ようやく落ち着いたと思う。ロンデニオン共和国として独立が成り、ともかくも自分たちの家を確保することができた。
けれども僕自身に心境の変化はない。艦隊内であろうと、国家として独立しようと自分の仕事に変わりはないからだ。私、レーゲン・ハムサットはそう思うのだ。
失いし世界を持つものたち外伝・7
「レーゲン・ハムサットのDay by day」
仕事の本質は変わらないとは言ったものの、僕らの生活様式は大きく変わることになった。
「少佐殿!!C地区の開墾が終了しました!!」
「よし、直ちにキャベツとレタスを植える作業に入る!!各班は所定に従い作業に入れ!」
「「Ay sir!!」」
農作業は当番制となっている。全員で行うとさすがに他の業務にも影響が出ると考えられたからだ。
人はパンのみに生きるにあらずとは言うが、パン無しに生きることもまた叶わず、である。
担当者にも拠るが、概ねそれを朝方4時ないし5時近くから、朝食を挟み10時くらいまで行う。
一般兵は日中も作業し、機動部隊の指揮官がその指揮を担当する。ただ私のような司令部の幹部クラスは、さすがに市庁舎での業務のために10時には切り上げる事になっている。
家に帰ることも億劫なので、農作業の日は班の面々と共に朝食を取る。もちろん部下に任せず自分で作る。
僕はこれでも『ロンド・ベル美食クラブ』の理事だ。朝食に手を抜くわけにはいかないし、他人に任せて不味いものを食べたくない。
まずはパンを焼く傍らで、玉子を焼く。ミルクを少し混ぜスクランブルエッグをふわっとさせる。
ちなみに乳牛と卵を産む鶏は、オーブ脱出の際にいくらか確保している。もちろんE.E.F.(拡大ユーラシア連邦)からは、補給物資として乳牛と鶏を大量に輸入することになっている。
ちなみに牧場はコロニーの周囲を回る農業コロニーに作られた。また、魚と水産資源のために、まるまる水がため込まれた農業コロニーもある。
後者はオーブ市民が元々島嶼国だったために整備されたものであろう。我々としても大助かりである。
一方で畜産物の整備はまだ完全ではなく、一部制限を行っている。事実上の統制であるが、食料がない以上はやむを得ない。
そして、生産も早く効率もいい農業コロニーだけではなく、こうして本土においても耕作地を作るのは、食料は多くて困らないからである。
スクランブルエッグが焼き上がる。うん、自分でも上手くできた。満足出来る料理を作った日は気分がいい。
もちろん、美食クラブ所属の者も手伝っている。班のシフトに関しては自分も関わっているので、自分が農作業をする日には、何名か美食クラブのメンバーを参加させている。
「少佐、サラダが上がりました」
ラー・カイラム所属のリゼルパイロット、ゲアハルト・フィッシャー中尉がサラダを仕上げる。彼も会員のひとりである。
「よし、手の空いている兵に配膳させろ」
「了解!!」
畑の前に作られた小さな広場は、こうして作業で休息したり、食事をしたりするためにいくつも整備されている。そのため脇には簡単な厨房が整備されている。
これは耕作地整備の折、美食クラブ所属士官が強く進言したためだ。美食クラブ会長であるレディング艦長の力強い演説は、普段の慎重さはどこ吹く風かのごとくのもので、列席者は目を点にしていた。
ちなみにレディング艦長が会長であることは、彼の立場上理事、それも士官だけしか知らない。
仲が良くなった兵士によると、私など美食クラブが上官にいる班や、炊飯長らがいる班に配属されると食事が美味いために労働意欲が湧くそうだ。そしてなにより、うまい野菜や米、麦を作りたいと思うらしい。いい傾向である。
「いつも美味しい料理を作って下さる少佐殿に敬礼!!」
整備班の小島太一軍曹が、兵を代表して声を上げ、全員が私たちに敬礼する。繰り返すようだが、へたな奴に貴重な食料を無駄に使わせるくらいならば、私が共に働く兵の食事くらい作ることに苦痛はない。
それでも普段裏方に徹してあまり表に出ない自分に取って、こうして謝意を直接受ける事は嬉しいと感じる。
「では、諸君。食事にしよう。頂きます」
「「「いっただきまーす!!」」」
うん、全ての活力は食に有りだな。自分の食事に満足してくれる兵を見ると素直に嬉しい。料理をすることで自分自身もストレスの解消になる。
※ ※ ※
午前の業務を終えて一息入れ、昼食をどうするか頭の中で色々考えていると、ブライト司令が昼食に誘って下さった。
どうやら、このところ心配をかけている詫びも込められているようだ。やはり司令は心配りの出来る方だ。短気で頭痛に胃痛持ちなところが玉に瑕だが。
「君にはいつも苦労をかけている。今日は美味い飯でも奢らせてくれ」
そういわれれば、喜んでついて行くに決まっている。司令は市庁舎を出て広場を挟んだ正面に店舗を構える、ロンデニオン共和国唯一の食事処、レストラン「ビュー・ペガサス」へと入る。
ここは炊飯長が司令と彼の父親が苦楽を共にした、ペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベースを’belle 醇Ppoque’として考えている事から命名されたそうだ。
本当は、belleをロンド・ベルの鈴に絡めようとしたそうだ。
ところがペガサスが男性形だから、フランス語の形容詞の特性上beauになってしまう。そこで女性名詞のベースにしようとしたけど、「ベル・ホワイトベース」じゃ語呂が悪いから止めたらしい、という噂を後で聞いた。
「それにしてもようやく落ち着けたな」
「同感です」
ふむ、このレタスとドレッシングのマッチングは申し分ない。蒟蒻を上手く使う事で、食感を堪能出来るよう配慮されている。まいうーである。
「君には、特にオーストラリア以来、苦労をかけてしまった。食事をおごるくらいでは報いることができるとは思わないが、ともかく堪能して欲しい」
「ありがたいお言葉です。思えばここにたどり着くまで、わずか半年であったのに何年も旅してきたように感じます。我々を取り巻く環境は予断を許さない状況とはいえ、『家』を確保出来たのは大きいと思います」
「そうだな。食料生産は、もう半年くらいあれば安定するだろう。もっとも、その前に帰還出来ればそれにこしたことはない。だが現状では研究する余裕もない。
まずは食い扶持や自衛のための整備をしなけりゃあならん。そもそも転移の原因については、未だによくわかっていないからな」
「そうですね。いくつか推測は出されましたが、実証出来るかと言えば困難ですし、科学者に意見も聞きたいところです。
そのことを考えると、あまりオーブをぞんざいに扱うことも考え物ですね。もちろんE.E.F.にも研究者はいるでしょうが、オーブは少なくとも多少は調べてくれた学者がいるわけですし」
司令は、前菜を平らげると、ワインを飲み干し、デカンタから自分のグラスへ注ぐ。
「だが、彼らも決定的なことは何もわかっていないのだ。ゼロからやり直したところで、困ることはない。とはいえ、事象のデータは渡さないといかんから考えものではある、か」
私は頷いた後にワインを飲む。昼食と言う事もあり、さっぱりとした白ワインだ。ちなみにワイン等の酒類も農業コロニーにて製造中である。
幹部は貴重なコロニーで酒を造る必要は無いという意見も強かったが、補給参謀トムスン少佐の「葡萄も麦も有って困らず」、という説得力のあるような無いような意見が勝利し、一部生産物は酒の生産へと振り向かれている。
メインは鱸のムニエルだ。適量な小麦とバター、そしてソースのマリアージュ、完璧だ。さすがタムラ炊飯長である。超まいうーである。
ブライト司令も満足そうだ。
「いや、美味い。私も料理の練習で何度か作ったが、やはりプロにはかなわん。ま、そのプロになろうとしていたんだがな」
司令は頭をかいて苦笑しながら、料理に舌鼓を打つ。
「司令、焦ることはありません。特に魚料理は簡単そうに見えて難しい物です。例えば(以下略、その時間経過すること15分)」
どうにも料理に関しては饒舌になってしまう。司令は先ほどとかわらぬ苦笑を浮かべている。少し汗をかいているようだが何故だろう。
「美食クラブ理事の適切なアドバイスを受けたからには、それを用いてシンとマユを喜ばせてやりたいな」
その言葉は、普段とは違う多弁なところを見せてしまっている自覚もあるので、逆に苦笑させられてしまう。
司令と食事をするとどうにも食事の話か、シン君やマユちゃんの話になる。特に後者は司令の彼らへの接し方、話し方を聞いていると胸が熱くなるときがある。
でも僕はそのことを口に出すことはない。副官として司令のメンタルに留意ことは当然なのだ。
今度メランやトゥースもおごらにゃならんか。そう話す司令の表情は、オーストラリアにいた頃よりも確実にいい方向に向かっていると思う。
※ ※ ※
今日の事務仕事は15時で終わりである。農作業参加者は早期帰宅ができるのだ。残業しようかとも思ったが、司令に早々に止められてしまったので、帰宅することにした。
司令に気を遣わせてしまうとは、まだまだ副官としてはなっていないな。
町を歩くと、兵士達がまだ整備中の娯楽を野外で楽しんでいる光景が目に入る。野球をしたり、カラオケをしたり様々である。
もっとも、カラオケは早く屋内でさせるべきだろう。さすがに市内の公園で歌われては周りが辟易する。
「うーわさに聞くパンチ力ーどうしちゃったーのー?」
「ルネーサンス!!情熱♪」
それにしても下手くそだな。そう思い見てみると、『がんばれ!タブチ君』を歌うはテックス・ウエスト大尉で、『ルネッサンス情熱』を歌うはアレクザンダー・マレット少佐だ。
2人とも指揮官だ。なるほど、つまり「音痴だから止めてくれ」とは言えない。まさにジャイアンに付き合うスネ夫とのび太である。
マレット少佐は美食クラブのネェル・アーガマ理事で、私とは食事に関してよく議論する仲である。
まぁ、『ミスター○っ子』は『美○しんぼ』と並び我らの聖典だからな。歌いたくなる気持ちはわかる。下手くそだが。
「副官殿ー!!ご帰宅ですか!?どうですか一曲?」
マレット少佐が誘ってくる。もはや涙目に近い部下が助けてくれと、懇願する視線を私に向ける。今日は特に急ぐ用事もない。
司令も息抜きをしてくれとも言った。よし歌うとしよう。これでも私はサイド1歌自慢で入賞したことがある。
「全く、もう少し音程に併せて歌った方がいいぞ、少佐?」
「いやいや、どうしてもこう、歌いたいという思いが先走ってしまってね、あっはっは」
マレットの部下達がうなだれている。気の毒に、俺とは違い上官に恵まれていないんだな。特に用事もない私は、一曲ほど歌うことにした。
「ともかく見ていろ、歌とはこう歌うのだっ!!!」
私はおもむろに鞄からマイ・マイクを取り出す。
「では!!レーゲン・ハムサットで!!『心のPhotograph』!!」
何故全員ひっくり返るのだ?だが、歌い始めると、全員が聞き入っている。そうだろう。
「um誰だってum1人じゃなぁい♪(中略)umさけないで!」
まさに熱唱した。気分爽快だ。そして全員がスタンディングオベーションである。
「さすがです、副官殿!!」
マレット少佐はひとしきり感激している。周囲の連中も拍手を浴びせてくる。普段裏方で事務仕事をしている私には気分がいい。こういう日があっていいと思う。
気を良くした私は調子に乗って、『palore』と『tous les jour』を熱唱した。ふたつとも旧世紀においてヌーベル・シャンソンと呼ばれた曲である。
すっかり雰囲気が良くなり、その後ひとしきりマレットに歌うコツを教えた後にその場を去ろうとすると、彼に呼び止められた。
「副官殿!酒のつまみと思って作ったホット・ドックです。よろしければ」
「おっ、歌い過ぎたせいか小腹が減ったと感じたとこだったんだ。ありがとう」
兵士達の心のこもった敬礼に答礼すると、再び帰宅の途につく。うん、このホット・ドックはうまい。タマネギの分量が絶妙で、なによりソーセージが冷めてもおいしいソーセージを用いている。彼も腕を上げたな。
うむ、美食クラブとしてトムソン少佐に補給物資の内容を細かく指示しておいた甲斐があった。代わりに彼には大量の酒瓶を送ることになったが。
そのことはともかく、このホット・ドックはまいうーだ。後に耳にするが、カラオケ店舗の整備の後に、ロンド・ベルにはカラオケ・クラブが結成されたそうだ。いや、もともと水面下にはあったらしいが。
※ ※ ※
美味いものを食べ、上機嫌に未だに実質シャッター街といえる商店街の端まで歩いて行くと、アークエンジェルの学生組に出くわした。
「ハムサット少佐!」
サイ・アーガイル曹長とトール・ケーニヒ准尉、そして市民として住んでいるカズィ・バスカークだ。
「やぁ、どうしたんだ?」
「少佐は美食クラブのメンバーでしたよね?」
「ああ、なんだいきなり?しかしどこで聞いたんだ。ケーニヒ准尉?」
「レーンさんからです。ロンド・ベルには美食を追求しようとする求道者がいると言っていました」
彼は何を教えているんだ。
「それで、なんだね?」
「実は料理を学ばせたい人がいるんです!!」
私は彼らの勢いに困惑しながら答える。
「いや、わざわざ私に聞かなくとも、料理の本さえあればそこそこの物はできる。美食クラブはその上のだな……」
「これを食べて下さい」
トール君が、クリーム・シチューを差し出す。見た目は、そう、随分荒い野菜の切り方だな。だがそれほどおかしなところはない。
どうやら保温の弁当箱に入れていたのか暖かい。ともかくも口に運ぶ。……これは。
「ウボァー」
なんだ?これは、生物兵器か?くそ、喉がちりちりする。胃に流れ込んだことがはっきりわかるこの嫌悪感はどうしたらこうなるのだ。渾身の怒りを込めて叫ぶ。
「このシチューを作ったのは誰だぁ!!!!!!!!!」
俺はここ数年来ここまで頭に血が上ったことはない。これは食への冒涜だ。あの飯に関してはアブラムシ以下のイギリス人だって、ここまで酷かない。
若者達は俺の怒り方に若干引き気味である。
「どうしたのです?」
偶然近くを通りかかったマリュー・ラミアス中佐とフラガ少佐が何事かと走ってきた。
そういえば、彼らはどういう経緯か知らないが、男女の仲になったらしい。
くそっリア充め。
「ああん!?」
「うっ!」
俺は普通に応対したつもりなのだが、何故か2人は引いている。
どうしたリア充ども。
「……あの、どうされたのですか?少佐……」
ラミアス艦長が、オドオドしながら尋ねてくる。
「この産業廃棄物を作った馬鹿野郎はどこだ!!!」
どん引きするラミアス艦長とサイ君、トール君を尻目にフラガ少佐が、脇でカズイ君にシチューを勧められている。
リア充死ね。
「ウボァー」
「ムゥ!?」
ラミアス艦長が振り向き少佐を見やる。エロ少佐などどうでもいい、俺の怒りはフルスロットルである。
「で、こんなもん作った奴はどこにいる!!!」
「あ、あそこです」
完全にびびったカズィが小さな店舗を指さす。あそこは、食事処が入る予定地だったが人員がいないので、好きに料理を作る場所として解放されているところだ。
俺は拳銃の弾数を確認すると、全力疾走した。ラミアス艦長が、フラガ少佐を投げ捨て慌てて追いかけてくる。
「しょ、少佐!!!落ち着いて下さい!!銃を下ろして!!」
うるせぇ、揉むぞこら。今の俺は誰にも止められないぜ。ところが部屋に突入すると、驚くべき光景が広がっていた。
なんとアムロ・レイ中佐とキラ・ヤマト少尉、レーン・エイム中尉が悶絶していたのである。
「……」
「どうして……こんな……ごふっ」
「うおぉぉぉ」
声を出さないアムロ中佐はさすがである。ただひたすらこめかみを叩いていたが。さすがにこの惨状を目の当たりし、自分の思考が冷静になる。
というより主力パイロットが原因不明の悶絶状態になっている事を目の当たりにし、血の気が下がって冷静になったのだ。
「これは、いったい何があった?」
「ご、ごめんなさい……」
そこには涙を目に浮かべた美少女が、おそらく彼らの悶絶した原因であるシチューを持っていた。
※ ※ ※
事の経緯は、こうである。ミリアリア・ハゥ軍曹が、料理場を解放されていることを知ったことが悲劇の始まりだった。
どうやら、トール君は彼女思いだが尻には敷かれているようで、彼女の料理の才能を婉曲にしか咎めていなかったそうだ。
そして、ミリアリア君には残念ながら彼の意図は伝わらなかったらしい。事あるごとに独創的な料理を彼と周囲に振る舞っては、周りを辟易させていたらしい。
そして、残念なことはこの事実をロンド・ベル将兵だけでなく、キラ君も知らなかったことだ。
キラ君がアムロ中佐とレーンらと農作業に精を出した後で、共有の料理場について話題に出したところ、ミリアリア君がやる気を出してしまったのだ。
その時に不運にも彼女の腕を知る、トール君とサイ君がその場を離れていたことも今回の事態に至った原因であろう。
料理が得意であるという彼女の主張を真に受け、キラ君どころかアムロ中佐やレーンも彼女に料理を依頼してしまったのだ。トール君とサイ君が戻るとすでに料理を始めていて今更止められない。
そもそもトール君の手には弁当として渡されたシチューがあった。彼の話によると昨夜の夕飯の残りだそうである。つまり彼は既に2食も食べさせられていたのだ。気の毒に。
3食も食べさせられるのはかなわないと、用事を作って逃げ出すと、ちょうどそこに私が通りがかったので、声を掛けたという事なのだ。アムロ中佐達が犠牲になるとわかって逃げるとは、案外酷いなおまえたち。
トール君の告白に、ミリアリア君はこめかみに血管が浮かべていたが、これはトール君が悪い。ともあれ、まずしなくてはならないことは明白だ。
「よし、わかった!!!ハゥ軍曹!!!これから私は君を特訓する!!!」
私は自宅に今回の被害者一同を集めてミリアリア君の特訓を行った。これはなにより、貴重な食料品を無駄に消耗されてはたまったものでは無いという思いからだ。
ちなみに、試食に付き合わされることに最も青い顔をしたのがトール君だったのは、少しミリアリア君が気の毒だと思った。
実際のところ包丁さばきなどを除けば、彼女の基本的な問題点は香辛料の乱用と、下味の未確認など初歩的な物が多く、何故今まで誰も注意しなかったというレヴェルの物だった。
ラミアス艦長は善意から協力してミリアリア君に色々手ほどきをする。母性が溢れる女性だな。それにしても、軍服にエプロンは意外にグッと来るな。
いや、ラミアス艦長の豊満の胸があればこそか。フラガ少佐が色々妄想しているようだ。顔がだらしない。……気持ちはわかる。
夕食は先ほどのリベンジを込めて再びクリーム・シチューである。私はその出来を心配していなかったので、すんなり口に運んだが、他の面々は私がミリアリア君の努力を褒めるまではおそるおそるだった。
トール君、君くらいは信じてやれ。そしておめでとう。悲惨な結婚生活を送らなくてすむぞ。私に感謝するがいい。
「確かに美味い!とろみといい、火の通り具合といい完璧だ!!」
レーンが顔をほころばせる。ふむ、なかなかいい評をする。今度クラブに誘ってみるか。
「ああ、それにしても少佐、美味いものだな。短時間でこうも矯正するとは」
アムロ中佐が感嘆する。さすがにアムロ中佐にそう言われるとこそばゆい。
「なんの、常識的な見地で物を指摘しただけですよ」
ちなみに翌日、ミリアリア君の両親から涙ながらに感謝された。
私は世界が変わろうとも、やることには変わりはない。
常にある状況の中で自分の意見を提示して、皆にとって自分の意見が叩き台であったり、軸になったりすれいい。
ミリアリア君にだってそれほど突飛なことはしていない。常識的な物事を少し示してあげただけだ。私にとっては平凡な日常である。
副官とは裏方なのだ。誰かにとって支えになる事ができれば、役割を全うしていると信じたい。
ちなみにこの一件の後に、たまたま兵士の会話を耳にしたことがある。
《私には間違っても不味い物を出すな》と言う条文が、ロンデニオン共和国裏憲法に加えられたそうだ。
なぜだろうか。
――「レーゲン・ハムサットのDay by day」end.――