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Last-modified: 2009-04-06 (月) 10:13:48
 

失いし世界を持つ者たち
第8話「オーブにて」

 
 

 我々の世界では、日本人の少年の誰もがある種の想像を掻き立てた、珊瑚海の東方に位置するエロマンガ島の近くに『オーブ連合首長国』が存在している。
 フィジーなどの南太平洋諸島群も、開戦後に各行政府の判断からオーブに参画したという。旧世紀より南太平洋の島嶼国家は、大国の庇護下になければ経済的にも軍事的にも独立の維持は困難だ。
 かつてはアメリカ合衆国との軍事協定や大英帝国、1931年のウエストミンスター憲章成立後はイギリス連邦に所属することで、安定を模索していた。この世界では大戦の勃発でオーブへ参加したのだろう。
 この世界では詳細は知らないが、信じられぬことに、イギリスとアメリカが同一国家となったらしい。『大西洋連邦』がどのような国家体制かは、今後調べる必要がある。

 

 私はオーブからの連絡後も、結局『アークエンジェル』に乗艦している。一応のところ、艦隊の司令官として『アークエンジェル』で通信をしたことに起因する。
 その間に、私はラミアス艦長たちとアムロから人員やこれまでの航海のことを聞く機会となった。

 
 

 口には出さなかったが、ラクス・クラインという少女を人質にして保身を図ったという一件は、緊急避難が適用されようとも、褒められるやり方ではない。
 提案したのはバジルール中尉だそうだ。彼女もなりふり構っていなかったのだろうし、状況にも情状酌量の余地もある。
 しかしながら、オーブとは違い民主国家体制であるという『プラント政府』の代表令嬢を人質にすることは、いかに法的に緊急避難が認められようが、政治的には大きな問題ではないだろうか。
 歌手活動をしていたというが、公職といえるたぐいのものではあるまい。この戦争は民族対立的な側面はあるにせよ、中立国も我々の世界の大戦である『1年戦争』に比べて、それなりの国力を保持して存在している。
 場合によっては深刻な事態になることをこの連中が考えなかったとすれば、私もあまり高い方ではないが民主国家の軍人として持つべき政治的な感覚が乏しいように感じる。

 

 また、これはゴシップめいたことであるが、修正した以上は無関係でもなくなったので、キラ・ヤマトとフレイ・アルスターの個人的な関係についても尋ねた。
 これについては、艦橋にいたヤマト少尉の友人であるミリアリア・ハゥ二とトール・ケーニヒが補足説明をしてくれた。
 曰く、元々ヤマト少尉はこの航海が始める前から、アルスター嬢に好意を抱いていたらしい。
 ところが彼女の方は、現在艦橋にいないもう一人の友人で元々仲間内のリーダー格であったサイ・アーガイルと家族ぐるみの付き合いがあり、非公式ながら婚約していたという。
 私は妻ミライの元婚約者カムラン・ブルームを少しだけ想起した。両名が婚約していたことを、トールとミリアリアが知るのは地球降下後のことで、それまでは何かとヤマト少尉を応援していたそうだ。

 

 ところが、話は先に話題になったラクス・クラインの一件からおかしな方向へと向かうことになった。
 そもそも人質を取ることになった原因は、彼女の錯乱に原因があるそうだ。
 なぜならば、その一件を招いた戦闘は、そもそもアークエンジェル救助のために来援した艦隊が捕捉されて全滅するところから始まるのである。
 その艦隊にはアルスター嬢の父親が乗艦していたのだ。それで彼女は父親の死を回避するために、戦闘中にラクス・クラインを艦橋に連れ出して、人質にすることを強要したそうだ。
 彼女の父親は軍人ではなく官僚で、どこかの事務次官を務めていたらしい。背広組である彼が前線に出てきた理由は父親としての愛情であったらしいから、公私混同甚だしいが家族愛の強い人物であったのだろう。

 

 当然、彼女の要求が受け入れられるわけもなく、艦隊はアークエンジェルが到達する前に全滅し、いよいよ危機になるに至り、バジルール中尉がクライン嬢を人質にするカードを切ったということだ。
 この戦闘の経緯そのものにいくつか指摘をしたいと思ったが、本題ではないので、沈黙を守ることにした。

 

 その事件後のアルスター嬢は、当初はヤマト少尉を激しく責め立てたが、平静になると彼に何かと気遣う様子を見せ始めた。そして、地球降下の際に志願兵として軍への入隊を希望したのである。
 そこまで話を聞いた段階では、男女の中になる様子はとても思えなかったが、地球降下の後に一気に話がドロドロとしてきた。

 

 降下時に疲労で倒れたヤマト少尉をそれこそ文字通り「体を張って」癒したそうだ。彼女は16歳にしてあのスタイルだ。健全な男子であれば性的欲求が発露されるのは仕方あるまい。
 そうして2人は男女の中になったそうだ。もちろんサイ・アーガイル少年にとっては寝耳に水で、怒り狂ってヤマト少尉に詰め寄ったそうだ。
 その経緯はカガリ嬢が居合わせたらしく、その一件はミリアリアを通して幹部の知るところとなった。

 

 人間関係的には、ある一面においては『ホワイトベース』以上に混迷した状況であったようだ。私の若い頃とは異世界であることからも感覚が違うのかもしれないが、よくも戦場でここまで愛憎劇を繰り広げるものだと感心した。
 もっとも、シャア・アズナブルも似たようなものだったし、私自身も経験がないわけではない。エマリー・オンスの唇と柑橘系の香水を思い出す。

 

 そこまで事情を聞く限りは、アルスター嬢がヤマト少尉に対して正常な恋愛感情を持っているとは、とても言い難い。
 だがヤマト少尉はその後も献身的に彼女に尽くしたそうだ。その献身が、先の複雑な感情の決壊を招いたのだろう。
 いずれにせよ、それより先は2人の問題だ。私が口を出すたぐいの話ではない。そう結論付けることにした。
 一方で、ヤマト少尉のコーディネイターであることのコンプレックスが少し理解できた。
 要するに『差別されることの恐怖』が、内向的な性格にさせるのだろう。目立たないようにすることが、彼の処世術なのだ。その彼がコンプレックスと向き合い続ける環境に置かれることは、気の毒なことであると私は感じた。

 

   ※   ※   ※

 

 我が艦隊はアークエンジェル・オーブ艦隊とともに、オーブ本国で軍事施設が集中するオノゴロ島に向かった。
 非公式の入国であることから、艦隊は山中に建造されたドックに誘導される。停泊すると、さっそく通信が入る。
 画面には資料で見た、ウズミ・ナラ・アスハが映った。

 

『お初にお目にかかる、私はオーブ首長国連合前主席、ウズミ・ナラ・アスハです』
「地球連邦軍第13独立機動艦隊司令、ブライト・ノア准将であります。こちらは『アークエンジェル』艦長、マリュー・ラミアス少佐です」

 

 私はあえて自分の正確な所属組織で名乗り、またカガリ・ユラ・アスハも通信の場に呼んで画面に映らせることで相手の出方を見た。彼は全く反応を示さず、娘にも一切視線を送らず話を続けた。

 

『ようこそ我が国へ……と言いたいところであるが、私は正直申し上げて困惑している。
 最初に聞きたいのは、ノア准将、君は何者かという点だ。『ブライト・ノア』なる人物は連合軍に存在していない。それに地球連合軍に独立機動艦隊など存在しない。にもかかわらず、空中を自在に動き回る大型機に、空中浮遊可能な『グゥル』に似た飛行補助機体に量産されたMS、そして大気圏内を航行できる戦艦。
これまでの連合軍とは似ているようで全く技術体系が異なっているような艦隊。
 繰り返すが、我々は非常に当惑している』

 

 彼がいきなり核心をついた発言をしたために、我々は相手の出方を伺う前に驚くことになった。
 やはり国家元首を務めるだけの人物だけあって、下調べはしているようだ。政治家相手に小細工が効くとは思えない。
 私は率直に、かつ誠実に対応することにした。

 

「さすがに調べていたようですね。仰る通りです。
 我々は先にも名乗ったようにアークエンジェルとは違い、地球連合軍ではありません」

 

 ウズミ・ナラ・アスハは目線で先を促す。

 

「ですが、この通信ですべてを話すわけにはいきません。盗聴の可能性があります。
 我々は直接オーブ政府の代表との会談を本艦で希望します」

 

 カガリ嬢が驚いた視線を送る。
 前代表は淡々と対応する。

 

『通信では十分ではないということは理解するが、こちらで私と会談することに、何か問題があるのかな?』
「失礼ながら、閣下は現在公職の任にないと伺っております。仮に閣下が実質的な指導者としても、公的な地位にあるものが出席しないと、貴国との交渉に法的な根拠がなくなるかと考えますが。
 また、我々は軍務中です。あまり艦を離れる事は好ましいことではありません」
『ふむ、しかし貴艦隊の入国は公式のものではない。ゆえにあまり公にことを運ぶべきではないと思うが?』
「対外的にはそうしてくださって構いませんが、我々に対しての貴国政府の対応があまりに不透明で、我々は不信を抱いています。相互信頼のためにも、閣下と公職にあるものを交えての会談を希望します」

 

 彼は表情を変えずに手を口に当て、少し思案した後に口を開いた。

 

『しかし、私を含めてオーブの人間が貴艦に乗ることは避けたいが』
「ではこのドック内、それもあまり艦から離れていないところで会談するというのはどうですか?」
『ふむ。よかろう、こちらは外務省と国防省から関係者を連れて参上しよう』
「我々は各艦艦長と副長を全員出席させます」
『では、互いに準備もあろう。2時間後に再度通信で打ち合わせよう』
「わかりました。閣下の英断に感謝します」

 

 彼が最後まで娘に視線を送ることはなかった。カガリ嬢の方でも、画面に映る父親に何か口を開く様子はなかった。
 通信を終えると、カガリ嬢は何も言わずに艦橋から退出し、ドアが閉まると同時にラミアス艦長が大きく息を吐いた。

 

「司令、あまり強硬な態度は危険ではないですか?」
「かまわん。少しくらい向こうにも危ない橋を渡ってもらわんとな。それに、のこのこ向こうに呼びつけられる間に艦隊を抑えられたら目も当てられない。なにせ国家が相手だからな。万事慎重に行動してしかるべきだ。君らはともかく、我々はね」
「司令の仰る通りです。この国は中立ではありますが、本艦建造の件などからも油断していい相手ではないと思います」

 

 バジルール中尉が私に賛意を示す。ラミアス艦長はやや眉をひそめたが、溜息をつき腕を組むと椅子に深く体を沈めた。フラガ少佐はおどけてラミアス艦長の肩を叩く。少し手つきがいやらしい。

 

「まぁ何とかなるさ。これまでだってなんとかなったんだ。それに単独行動の時と違って、心強い味方もいるんだからさ」
「……少佐、セクハラです」
「……」

 

 私はそのやり取りに苦笑しながら、艦橋から外へ視線を向けて来るべき会談をどうすべきかを考え始めていた。
 いよいよ生存権を確保するための交渉をしなければならない。私に国家元首を務める人物に相対するほどの力量があるだろうか?
 私はこれまでの政治的な経験と己の知識をフル活用しなければならないことに、武者ぶるいを覚えた。

 

   ※   ※   ※

 

 ドックの桟橋に簡単なテーブルが設置されている。打ち合わせの通信の際に、我々が会談場所を艦船から離れていないことを条件に提示したからである。
 オーブ側は、アスハ前主席の他に、『ユウナ・ロマ・セイラン』と『ロンド・ミナ・サハク』という首長会議に参加できる立場にあるという人物を随行させてきた。
 前者が外交、後者が軍事に公職を持つものだそうだが、詳細は秘匿するとのことだ。両名とも若い。交渉は明らかにアスハ前主席がリードするつもりだろう。
 若い両名に目を向けると、カガリ嬢に対して冷淡な視線を浴びせている。
 確かに公職で国を支えている両人にしてみれば、ゲリラ活動に参加し、間接的に今回の事態を招いた彼女に友好的な姿勢になれるとは思えない。おそらく、前主席も内心かなり腹を立てているだろう。だが、それはオーブの事情であって、私たちが関知することではない。他には外務、国防両省から参事官が派遣されてきた。
 我々の側からは私と先任参謀と補給参謀、各艦の艦長と副長が出席した。
 アークエンジェルからはラミアス、フラガ、バジルールの3士官が出席している。

 

 会談はまず我々の素性を包み隠さずに話すところから始まった。
 オーブ側は特に若い両名はかなり疑いの目で我々を見ていたが、画面で示した映像と『ラー・カイラム』から、非武装にしてカタパルトに出させた『ジェガン』を見るに至って、信じざるを得なくなったようだ。

 

「では君たちは、我が国に何を望むのか」
「率直に申し上げて、生存権の確保です。食糧やや整備補修のための物資を提供を貴国に要請します。もちろん代償には応じるつもりです」

 

 その言葉にサハク女史の目が光る。

 

「ほう、具体的にはどのようなものかな?」
「我々の保有する技術になるでしょうな。もちろんすべてをお渡しするわけにはいきませんが」

 

 その言葉に、セイラン氏が不快を示す。

 

「君たちはそのようなことが言える立場と思っているのか?」
「こちらとしては、転移したところで最も近い所に貴国があったにすぎません。場合によっては他の中立国に同様の条件で交渉するまでです」

 

『ラー・キエム』のピレンヌ艦長がセイラン氏を牽制する。

 

「馬鹿な、スカンジナビア王国まで見つからずに行けるものか!」
「ユウナ君、慎みたまえ」

 

 アスハ前主席が窘める。

 

「失礼した。仮に軍事技術を提供していただけるとして、具体的な内容を提示していただけねば検討には値しないが、その点はどうか?」
「失礼ながら、貴国のMS技術は機体制御のOSが未熟とお見受け致します。そのことは、『ストライク』がコーディネイターでなければ動かせないことが如実に示しています。
 そこで、貴国に対してMS制御のOSに関しての技術と、パイロット養成のための人員を派遣しましょう」
「他は?」
「現時点では開示するわけにはいきません」
「ふむ……」

 

 アスハ前主席は思案しているようだ。
 私はもうひとつ明確にしておかなければならない重要なことを表明する。

 

「もうひとつ、はっきりしておかなければならないことがあります。
 我々はこの世界では『国を失いしもの』です。自分たちの世界に帰るまで我々は艦隊を自分たちの国としなければなりません。今後は我が艦隊を『国家』として扱っていただきたい」
「馬鹿な!!!」

 

 セイラン氏とカガリ嬢がほぼ同時に反応した。

 

「領土もない組織を国家として認められるわけがないだろう!!」

 

 セイラン氏が主張する。対して私は屁理屈であることを自覚しながらも、反論した。

 

「確かに男女比率は悪いですが、艦隊所属の乗員はいずれもこの世界に国籍がありません。
 ない以上は独立した組織です。2000名以上の集団が共同で生活し、目的をもって行動する集団です。小規模ながら国家といって差し支えないでしょう」
「そんな理屈が通るとお思いか! 君たちには領土もないのだぞ!!」

 

 尤もだと思う。しかし、譲るわけにはいかない。

 

「国際社会が認めなくとも、領土がなかろうとも、事実上独立していた組織や一部国際組織が認めた国家に準ずる組織は過去にも存在している!!」

 

 例えば、領土なしに存在した組織として、旧暦のイギリス領海(独立を主張した当時は領海外であったが)に存在した『シーランド公国』や国際的に国家級に認知された組織でいえば『聖ヨハネ騎士団』がある。
 領土の存在はあるが一部の国家にしか認知されなかった国として、『北キプロス』や『パレスチナ』、『満州国』等が挙げられる。事実上の独立国としては『ジオン公国』がそうだ。
 この中で我々に近いのはシーランド公国や聖ヨハネ騎士団が最も近い存在になろう。

 

 ユウナ・ロマはその後も私に対して反論を積極的に提示してきた。
 私は彼に対して若いながら弁が立つ人物だという印象を持った。外交関係者というが、適材だろう。
 一方で、ロンド・ミナは、自分の担当する内容以外では発言していない。あまり感情を表に出さない様にしているが、少し注意すればそう見せているに過ぎないことが分かる。
 その眼には才気が溢れ、自信に満ちている。私はいつか見たパプテマス・シロッコを想起させた。

 
 

 その後も議論は紛糾したが、最終的に以下の協定が交わされた。

 
 オーブ連合首長国と地球連邦軍第13独立機動艦隊は以下の協定を結ぶものとする。
 ①双方は互いの法と正義に基づいて互いの組織の構成員の生命と財産、人権を保障するものである。
  但し、第13独立機動艦隊がオーブ政府に対して不利益な行為に及んだ場合は保障をする必要はない。
  関連して第13独立機動艦隊は艦隊内においての法は地球連邦憲章並びに地球連邦軍法に基づくものとする。
 ②双方は法的に対等の関係であるものとする。
 ③双方は軍事協定を締結するものとする。それに基づき、相互の安全保障の義務を有するが、
  第13独立機動艦隊はオーブ政府の指揮下には入らないものとする。
 ④軍事協定の締結をもって、オーブ政府は第13独立機動艦隊に対して食糧並びに医薬品、軍事物資を提供する。
  第13独立機動艦隊は応じて軍事技術を供与しなければならない。
  具体的な内容は双方の交渉と合意による。
 ⑤双方は外交目的に高等弁務官を派遣し合う。
  弁務官は特命全権大使と同様に、外交特権を付与される。
  但し、第13独立機動艦隊に駐在する弁務官は同組織の性質上、一部権利を制限される。
 ⑥オーブ政府は第13独立機動艦隊が転移した原因について調査するとともに、
  元の世界の帰還のためにあらゆる援助を行う。
  但し、オーブ政府は自国政府の状況如何で協力を一時的に打ち切ることができる。
 ⑦本協定の改定は、両組織の公的な手続きと合意によってのみ行われる。
 
 

 このほかにも、様々な文面が考案されたが、とりあえずは合意できたところで協定を結ぶことになった。

 

 印刷された条文を確認すると、私と外交担当のセイラン氏がサインを交わした。
 条約の発効は議会を通す必要があると断られたが、その場合はサハクとアスハ両家の君主権で対応するという。さすがは君主国だ。
 我々は艦長会議で、ここが我々の事実上の議会になるだろう、最終的な決定をする必要がある。結論はすでに出ているが、この種の問題は手続きを踏むことも重要である。

 

 そして、軍事技術供与はMSのOSとパイロットの指導官派遣、そして実体弾頭の技術供与に決まった。

 

 一方、我が艦隊ではなく、こちらはこの世界にれっきと存在している軍に所属しているアークエンジェルは、補修の条件として戦闘データとパイロットの出向を要求された。
 バジルール中尉は難色を示したが、ラミアス艦長はその要求を受諾した。

 

 会談を終えるにあたり、私はサハク女史の若者特有の野心を隠さない表情に多少警戒すべきと感じたが、生存権と補給の確保、並びに先の修正が問題とならなかったことに安堵していたので、それほど気に留める事はなかった。

 

   ※   ※   ※

 

 会談の翌日、『ラー・カイラム』艦橋で私はようやく一息を入れていた。
 わずか2日半程度しか離れていなかったのに、ずいぶん長い間この椅子に座っていなかった気がする。
 会談の後で、私は全将兵に対して状況の説明をしたことも、疲労が深まった要因である。
 演説の時を思い出す。
 将兵は動揺し、今後に大きな不安を抱えた表情を見せていた。

 

「……以上のことから、我々はオーブ政府と協定を結ぶこととなった。
 諸君には不平不満もあろう。だが、我々の目的は元の世界に戻ることだ! そのために艦隊首脳はいかなることも行うつもりである!
 諸君! みんなの命を我々に預けてほしい!」

 

 将兵は敬礼し、私に答えてくれた。
 全員が納得したわけではないだろうが、とりあえず皆は支持してくれた。問題はこれからだ。
 帰る手段など、見当もつかない。現在の士気がいつまで保つだろうか。私は答えのない問いの袋小路に入りかける。
 そのとき、タイミングよくメランがコーヒーを持ってきた。
 私は謝意を述べて受け取ると、頭を切り替え、懸案事項を信頼する副長に問うた。

 

「メラン、『νガンダム』は治りそうか?」
「装甲面と強度は低下しますが、何とかなりそうです。
 まぁガンダリウム合金は精製する技術があっても、月面で精製するところから始めないといけませんからなぁ」
「まぁな。そもそも、ガンダリウムの技術を渡す段階でもないからな」

 

 我々の世界でMSの装甲に使われるガンダリウム合金は、基本的にはチタン等から生成されるものだが月面など宇宙の特殊な環境で精製する必要がある。地上で製造する事は不可能と言っていい。

 

「『ペーネロペー』はどうか」
「同じです。ただ、νガンダム以上に稼働時間に影響が出ます」
「そうだろうな」

 

 もともと、作戦行動時に機体にかかる負荷が高い機体だ。強度が落ちればさもあろう。

 

「それと、MSインストラクターにはキルケー部隊から出向させることで構いませんね?」
「ああ、それで構わない。人選はメインザー中佐に任せる。弁務官も彼でいいだろう。護衛もキルケー部隊の人員でいい」

 

 メインザー中佐は、ケネス・スレッグ准将の部下で、准将退職後は私の指揮系統の下でキルケー部隊を任せている。
 もっとも機動戦力は現在ペーネロペーしか存在していないので、その意味では現在艦隊内で何か仕事があるわけでもないから適任であろう。

 

「エイム中尉はどうしますか」
「彼は重要な戦力だ。アムロとコンビを組ませる。アムロには部下がいない。階級的にもソートンと同格になるから命令系統上もややこしくなるからな。そこで、アムロとレーンに独立した遊撃戦力となってもらおうと思う」
「なるほど」

 

 部隊の再編や人事について少々話がそれたが、再び補給に関する問題に話題が移る。

 

「実体弾頭に関しては、データを提供することはやむを得ないだろう」
「そうですな。ミサイルもそうですが、対空砲の弾薬は速やかに生産してもらう必要があるでしょう」
「全くだ。ミサイルに関してこちらが優位に立てる技術は熱誘導技術くらいだが、それもそこまで深刻な技術の差はなかろう」

 

 メランだけでなく、先任参謀と補給参謀も交えて必要な物資の検討をしていると、アムロが地球連邦軍の制服を着込んで入ってきた。

 

「やはりその制服の方があっているな」
「俺もそう思うよ。ところでブライト、少し落ち着いたところだろう、外に出ないか」
「外って、お前そりゃ……」

 

 アムロの言葉に私は戸惑いを覚える。

 

「ラミアス艦長たちは外に出ると顔がばれる可能性もあるだろうが、俺たちの存在などこの世界で知っている奴の方が少ないんだ」
「しかしな……」

 

 私が躊躇していると、メランも進言してきた。

 

「艦長、私からもお願いします。少し休んでください。艦長が休めば、他の連中も休みやすくなります。部下たちも動揺しているのは知っているでしょう。整備関係者以外は上陸許可を与えて休ませたいのです」

 

 トゥースからもダメ押しの進言が入る。

 

「司令、上陸に危険を感じていましょうが、アムロ中佐の言う通りです。軍服さえ着なければ、疑問を持たれることもありますまい。オーブ政府も協定の手前無茶もしないでしょう。なにより、司令は休まれるべきです」

 

 さてはこいつら企んだな。
 だが、ここまで言われた以上休まないわけにはいくまい。私はオーブ政府に休養のための入国を申請した。
 3時間後に監視付きの条件で許可が下りた。これから上陸すると、一泊することになるだろう。さすがにまずいと考え、アムロと私は明日、街へ出ることにした。

 

   ※   ※   ※

 

 晴れ渡った天候のもと、私とアムロは私服、私はスーツを彼はネックのトレーナーにジャケットを着込み、オーブの首都を散策した。
 街を見て歩くなかで、私はオーブの首都が我々の世界と比べてあまり変わらない、というより豊かな都市であることに興味を持って眺めていた。
 この世界ではエネルギー危機などがあったそうだが、1年戦争のような地球規模で物理的な被害はないと聞いている。ましてや中立国で戦災もない。
 整然と並ぶ近代的な都市は、私に1年戦争が勃発する前の地球をどことなく思い出させた。

 

 一通り見て歩いたのち、海岸の公園につくと、私たちはソフトクリームを食べつつ、ベンチに座る。

 

「穏やかな国だな」
「ああ、市民たちが平和を謳歌している。俺たちの世界の地上でも、もうこういったところは少ない、というよりもうないだろう」

 

 私は『人狩り』におびえるアデレードの街を思い出す。

 

「この世界は俺たちの世界と違い、生活の基盤が地上にあるしな」
「その意味では、宇宙世紀以前の地球はこんな風だったのかもな」

 

 ここまで穏やかな都市を1年戦争以後に地上で見たことがないせいか、何となくノスタルジーを感じる。
 アムロも同じ感覚らしい。

 

「……ブライト、どう思う? この国を」
「お前はどうなんだ、アムロ」

 

 問いに対して、問いで返す。

 

「サイド6を覚えているか?」
「忘れるものか」

 

 私の脳裏に二人の男が浮かぶ。
 妻の元婚約者だったカムラン。ソロモンで散った恋敵スレッガー・ロウ。忘れるわけがない。

 

「あそこ以上に、外の世界に対する無関心を感じるな。なんて言うか、時代の流れを意識できていないというか」
「ああ、それは俺も感じたな」
「コロニーは閉鎖された世界だから、そういう感覚が起こるのはわかる。だがここは地球だ。民衆レベルもそうだが、報道レベルでも戦時を感じさせないのは、国策なのか、国民が無頓着なのか……」
「それは今の時点では何とも言えないな。何せこの世界に来てまだ一週間も経ってないんだ」
「そうだな。俺もこの世界に来てから、極端なところしか見ていないからかもしれないな」

 

 アムロはソフトクリームのコーンを口にほおばる。
 私はしばらく海を眺めていたが、改めて戦友の気遣いに嬉しさがこみ上げた。

 

「アムロ、気を遣わせてすまない」
「なんだ、急に」
「おまえや部下たちが、ハサのことで気を使っていることは解っている。俺自身も今度のことがなければしばらく引きずっていただろうからな」
「ブライト……」
「こうして穏やかな街並みを散策するとな、気分転換になった。ありがとう」
「……そろそろ帰るか。艦で飲もう」
「ふ、そうだな。今夜は羽目を外すか」

 

 私達は立ち上がると、元来た道を歩き出した。
 その時、大声で人を探す少女が向こうから走ってきた。

 

「お兄ちゃん! どこー?」

 

 家族を探しているようだ。迷子だろうか。遠くに目を向けている、あまり前を向いていないから、ぶつかりそうだ。
 私は避けようとしたが、近くをよく見ていなかった少女は私の避けた方に向きを変えたために、私に体当たりする形となった。

 

「きゃあ!」
「大丈夫か?」
「すみません」

 

 私は倒れた少女を起こして、怪我がないか確認する。

 

「大丈夫です、おじさん。ありがとう」

 

 おじさん……まぁ、仕方ないか。

 

「うん。ところで、かなり慌ててお兄さんを探しているようだが、はぐれたのかな?」
「そうなんです。お兄ちゃんたら、私が公園の向こうのお店に入って服を見ていたら、いなくなっちゃったんです。17時にお父さんと公園前駅で約束してきたのに……このままじゃ怒られちゃうんです」

 

 時計に目をやると、16時47分を指している。確か公園前駅は我々も使ってここまで来たときに使った駅だ。ここからのんびり歩いて15分くらいかかる。

 

「公園の事務所に放送してもらったらどうかな?」
「どこにあるかわかんないし、そこ探していたら本当に間に合わないよ!!」

 

 少女は混乱し、今にも泣き出しそうだ。
 私とアムロは互いに顔を合わせ頷き合うと、アムロが少女に落ち着くように話しかけた。

 

「落ち着いて、僕たちも探すのを手伝ってあげるよ」
「えっ、でも……」

 

 少女は警戒するそぶりを見せる。無理もない。私は連邦軍の身分証を見せる。
 彼女がある一方面に詳しくなければ、ごまかすことができるだろう。
 とりあえずは安心させたい。

 

「おじさんたちは、怪しいひとじゃないよ。ほら、軍人なんだ」
「ほんとだ」

 

 少女の警戒が薄らいだ。

 

「しかし、時間がないな。アムロ、お前はこのお嬢さんを駅まで連れて行ってくれ。お兄さんが戻っているかもしれないからな。
 私がこの辺を探そう。お兄さんの特徴と名前を教えてくれないかな?」
「お兄ちゃんの名前はシン、シン・アスカっていうの。黒髪で目が赤いし、かっこいいし、コーディネイターだからすぐにわかると思うよ!!」

 

 あまり正確な特徴ではないが、何とかなる。少なくとも赤い眼をした人間は普通生まれない。

 

「そうだ、大事なことを忘れていた。君の名前は?」
「私はマユです。マユ・アスカといいます」
「マユ君、じゃあお兄さんを見つけたら君が探していることを伝えて、駅まで連れて行こう」
「ありがとう! おじさん!」

 

 溌剌と答える少女に、私は遠く異世界にいる娘、チェーミンの面影を見ていた。

 

 

【次回予告】

 

 「いつまでも誤解を与える名前ではいかんだろう」

 

 ―第9話「魔除けの鈴」―