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Last-modified: 2009-04-16 (木) 16:11:15
 

失いし世界を持つものたち
第9話「魔除けの鈴」

 
 

夕日に照らされる海岸の公園で、私は先ほどぶつかったマユという少女の兄を探している。
普段の私ならば、探そうとまでは思わなかっただろう。だが少女に娘の面影を見てしまい、泣きだしそうな彼女を放っておけなかった。
私はアムロに少女を送らせた後で、彼女が兄を見失ったという場所に足を向けた。

 

夕暮れということもあり、視界に入る人々は帰宅の途につき始めている。
南半球の日差しはやや強く、目元を探るには難しい。5分ほど探しても、見つからなかったので、思ったよりも難しいと感じ始めていると、やや異質さを感じる4人組が歩いてきた。
なぜ異質かといえば、夕暮れの公園で確かオーブの軍港で関係者が来ていた服を着込んでいるからだ。

 

公園の用務員か清掃員だろうか。ただ用務員にしては若すぎる印象を持った。
この手の仕事はローテーションを組んで園内を清掃するときは、大抵2人1組で、青年がいる場合は年配かヴェテランと組む場合が多い。
ところが、目の前から来た連中は、4人1組で行動していて、さらに全員が若い。バイト上がりなのかもしれない。
いずれにせよ、園内を歩いている関係者であれば、心当たりがあるかもしれない。

 

「すみません。」

 

私は真ん中にいた、藍色の髪に夕日が当たって見えにくいが、エメラルドの瞳を持つ少年に声をかけた。
すると彼は、やや滑稽なほど動揺する様子を見せた。バイト歴が短いのか。

 

「な、何でしょうか。」

 

後ろにいる銀髪の少年は殺気立った目を私に向ける。早く帰りたいのだろうが、公園に来てものを尋ねてきた市民への態度ではない。
それに後ろの金髪に色黒の少年も、あさっての方向を向いている。礼儀以前の問題だ。私は少々不快に感じたが、そのことを横に置き、少年について心当たりを問うた。

 

「人を探しているのですが、黒髪で赤い眼をした少年です。コーディネイターなので、容姿は整っていると思います。
少年も妹を探しているので、声を上げているかもしれません。心当たりはありませんか。」
「ああ、その少年でしたら、そこの芝生にいましたよ。大声で女の子の名前を呼んでいましたし、黒い髪ですから間違いないと思います。」

 

動揺する少年を抑えて、緑色の髪を持つ少年が指をさして礼儀正しく答える。おそらく彼が指導員か先輩だろう。
全員顔立ちが整っていることから、コーディネイターではないかという印象を抱いた。
この顔立ちを持ちながらなぜ公園でバイトをしているのか、私には不思議に感じる。最も人はそれぞれ事情がある。
特に銀髪の少年は顔に大きな傷があるからかもしれない。いずれにせよ推測しても仕方がない。私は礼を言ってその場を後にした。
銀髪の少年から放たれる視線は、最後まで私には不快だった。

 

※※※

 

礼儀正しい少年に教えられた場所に行くと、叫び声が聞こえた。おそらくシン・アスカ君だろう。

 

「マユーっ!!!何処だー!!」

 

間違いない。私は歩きを速めて声がする方へ歩くと、汗を振り払い必死に探している少年を見つけた。
私が呼び止めると、少年は不思議そうな顔をこちらに向けた。
黒髪で目も赤いから間違いあるまい。私がマユ君の名前を出すと、目の色を変えて食いかかってきた。

 

「オッサン知ってるのか!!!」
「少し落ち着くんだ。10分くらい前かな、私にぶつかってきてね。慌てていたので事情を聞いたんだ。
君が急いでいる理由も知っている。大丈夫だ、君の妹は私の友人が駅前まで連れて行っているよ。」

 

少年は少し息を整えると、やや疑惑のまなざしを私に向ける。

 

「ほんとかよ、オッサン。」
「ウソをついても仕方ないだろう。」
「そりゃそうだけどさぁ。」
「ぶつかってきたうえに、泣いている女の子を放ったらかしにはできんだろう。」
「ふーん。それにしたってフツー放っとくだろ。」

 

こうやって素直に肉親の心配をする少年を見ていると、不意に失った息子を思い出した。
そして、どうしてこんなことを言う気になったのか、振り返っても解らないが、自然と少年に本心を話していた。

 

「そうかもしれんがな。・・・けど、私にも君たちのような子供がいたんだ。」
「えっ?」

 

少年は予想もしていない言葉に戸惑いを見せる。私は自分に苦笑すると本題に入ることにした。

 

「すまない、変なこと言ってしまったな。だが、君の妹が必死になっているの見て、お節介を焼きたくなったのさ。」
「ふーん。オッサン、ロリコンとかじゃねーだろうな。」

 

なんて言い様だ。私はシャア・アズナブルではないぞ。

 

「なんて言い方をする。ともかくいくぞ。あまり待たせるわけにはいかん。」
「やべっ!そうだった。」

 

赤く染め上がった道を2人早足で歩き始める。しばらく歩くと少年が口を開いた。

 

「なぁ、オッサ・・・。」
「私はオッサンではない。ブライト・ノアという名前がある。別に名前で呼ぶ分には構わんが、年長の人間には敬語を使った方がいい。」
「・・・ブライトさん。」
「何だ?」
「さっきの・・・その・・。」

 

私は歩みを緩め、少年の表情を見た。距離感をつかみづらそうな表情だ。

 

「ああ、さっきは変なことを言ったな。すまなかった。」
「え、いや。」

 

なおも私の方を伺う少年に対して、私は歩みを止め、半ば自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

「・・・実は少し前に息子を・・・失ってね。」
「えっ?」

 

少年の目が大きく開く。

 

「そして、娘も今は遠く離れた所で暮らしていて、当分の間は会うことも出来そうにない。
だからどうだという訳でもないかもしれんが、思い出してな。だから力になりたいと思ったんだ。」
「・・・。」
「カッコつけすぎだな、忘れてくれ。」

 

私は再び歩き出す。この少年は私の表情から何を感じたのかはわからない。だがしばらくすると少年は口を開いた。

 

「オッサン・・・、ありがとう。」

 

私は少年の純粋さに笑みを浮かべて頷く。夕日は互いの照れ臭い感情が顔に出るのを隠すのに丁度よかった。

 

※※※

 

既に空は紫から漆黒へとグラデーションを始める中で、私とアスカ君は駅前にたどり着いた。噴水の前まで歩くと、アムロと先の少女、それに両親と思われる夫婦と思しき男女を見出した。

 

「あっ、お兄ちゃん!!」
「マユ!!」

 

シン君が駆け寄って妹を抱きしめる。大切にしているのだな。私は彼の父親のところまで歩くと、今回は2人を許してほしい旨を伝える。父親は苦笑しながら頷いてくれた。

 

「ご迷惑をおかけしました。どうもうちの子供たちは仲がよすぎて困ります。」
「いや、2人とも互いに大切に思っている。いい子供さんではないですか。」

 

幸せな家族なのだろう。それは父親の愛情に満ちた苦笑からも察することができる。
じゃれあう兄妹を見ると、改めてハサとチェーミンを思い出す。子供たちを見ると、やはり何とも言えない気分が湧きでてくる。

 

「アムロさんとお話していたのですが、軍の方だとか。」

 

父親の言葉が現実に引き戻す。

 

「ええ・・・。なぜそんなことを?」
「私も今、軍属の技術者でして、オノゴロ島の居住区に住んでいるのです。
今日は妻の実家に泊まるのですがね。もしオノゴロ島に努めているのでしたら、今度お礼も兼ねて食事でもどうですか。」

 

そういうと名刺を私に差し出す。

 

「申し訳ない。今はプライヴェートで名刺を持ち合わせていない。ですが、機会があればこちらから連絡したいと思います。」

 

互いに握手を交わす。軍属の人間か、面倒なことにならないよう気をつけねばなるまい。

 

「では失礼します。2人とも元気でな。」
「ありがとうございました。」
「ありがと!おじさん!!」

 

アスカ一家に別れを告げ、私とアムロは帰路に就いた。
振り返るに、今回の散策は自分が異世界に現実として存在していることと、息子がもういないことなど、失ったものに対して再認識する機会だったように思う。
帰り道、オノゴロ島へ向かうフェリーの甲板で1人風に当たっていると、アムロがアイリッシュ・コーヒーを持ってきた。

 

「夜の海は魔物がいるというぞ。飛びこまないでくれよ。」
「いや、飛び込みはしないさ。ありがとう。」

 

礼を言いカップを受け取る。しばらく首都の夜景を海上から見つめる。

 

「ブライト、思い出していたのか。」
「・・・ニュー・ホンコンでおまえがカミーユやハヤトと協力してハサを助けてくれたことを聞いて、嬉しかったよ。」

 

アムロは言葉を探すように夜景を眺める。彼もこの夜景にホンコンを想起しているかもしれない。

 

「ハサは、親バカに聞こえるかもしれんが、正義感が強かったんだ。だからかもしれんな。」
「・・・。」

 

「政治的に意見が異なろうとも、息子殺しなんて役割を被る羽目になるとは思わなかったよ。もちろん直接指示したわけじゃぁないさ。だがな・・・。」
「ブライト・・・。」
「こないだ夢でハサに言われたよ、俺は政治的に動こうとしなかったてな。確かにそうだ。だからツケを払っているのかもしれん。
だがな、この世界で行動することがハサに向き合えないだろうかとも思うんだ。」
「強いな、ブライトは。俺と・・・シャアは失ってしまったものに向かい合えるまで7年かかったよ。」
「そこは今この現実があるからかもしれん。もし元の世界にいたら、こうにはならんよ。そも、これが向き合えていることなのかどうか自信はないな。
・・・それに、俺はお前ほど繊細じゃないからだよ。」

 

アムロが下を向いて苦笑する。

 

「この国に来るまで、俺はどこかでおまえと会えたことも含めて夢ではないかとも思ったが、アスカ君のようにこの世界で現実に生きている人を目の当たりにして、その考えはなくなったよ。」
「あてにしているぞ、艦長。」

 

南太平洋の夜風は暖かく、失った傷を癒すかのように我々を優しく包んでくれた。

 

※※※

 

艦に戻ると私は、アムロや幹部たちとささやかに食事会を開いた。アムロには迷惑だろうが、艦隊司令部や幹部クラスでも、アムロ・レイと会話したい人間が多いからだ。
後で聞いた話だが、アムロによると生存発表後しばらくは、将兵から握手や写真を求められたらしい。二等兵から佐官クラス、果ては参謀までいたらしい。
会食の方は参加する年齢層が高いこともあり、アムロに対する反応も大仰しいものではなく、むしろ今後の方針を改めて話し合う場となった。やはり各艦長が心配するのは補給の問題だ。

 

「司令、実弾系の兵器はともかく、今後はMSの部品を補給する必要が出てきます。前にも申しましたが、この国の連中に部品を発注することは、技術が流出することになりますが、その危険をどういたしますか。」

 

ピレンヌ艦長は私が最も危惧する問題を指摘する。続いてコンタリーニ艦長が重要な指摘をした。

 

「ピレンヌ艦長の意見ももっともだが、それに関して俺が心配するのは、部品からこちらの機動兵器の詳細を知った後に、向こうが欲出して先の協定など無視して艦隊を拿捕しやしないかという点だ。
連中にはミノフスキー粒子のことも、核融合エンジンについても話していないのだからな。
我々の兵器とこの世界の兵器にどれだけ差異があるかはまだわからんが、『アークエンジェル』の副長の説明を聞いた限り、ザフト以外はMSの運用がまだ確立していない1年戦争のころの連邦よりひどいもんだったぞ。
まぁミノフスキー粒子を用いてないだけ現用兵器でも対応ができているかもしれないがな。それにしても、部品を発注というが、装甲が同じレヴェルになるとは思えん。」

 

彼らの指摘は考えないではなかった。しかし、現実に生存権の確保という課題を抱えている中で、選択肢は常に限られている。

 

「諸君の危惧は解るつもりだ。オーブ政府もまだ技術供与といっても、ナチュラルが動かせるOSくらいにしか認識していないかもしれん。
警戒するに越したことはない。だが、物資を確保するためにまさか略奪をするわけにもいくまい。我々は今後も危険なリスクがあることを承知の上で行動せざるを得ん。
その意味では、我々は疑いながらもオーブ政府を頼らなければならん。鄭和の遠征艦隊のように、甲板で農作業して自給自足を補えるとは思えん。それに部品に関してもだ。
我々は技術の流出を覚悟してでも、また装甲の精度が落ちようとも、まずは補給可能な場所を確保しなければならん。」

 

「いずれにせよ、問題は連中が我々の技術に本格的に関心を抱いたときでしょうな。どうしますか。」

 

メランが来るべき対応を求める。

 

「場面による、としか言えん。最悪戦闘も覚悟しなければならん。その時はミノフスキー粒子を散布し、連中の電子機器を機能麻痺にした隙に離脱する。
問題はメインザー中佐、君たちが一番困難な事態になるだろう。」
「そうですな。」

 

メインザー中佐が同意する。最悪キルケー部隊は全員捕縛という事態になりかねない。

 

「1日2日で仕掛けてくるとは思えない。『アークエンジェル』のこともあるしな。中佐、すまんが泥棒の支度をしておいてくれないか。」
「泥棒・・・ですか。」
「連中の機動兵器を指導するときに、そのデータを把握してほしい。何かに保存する必要はない。
証拠を残すことになるからな。パイロットたちに指導する際に、連中の兵器を頭に入れてくるように指示しておいてほしい。
最悪の場合は、それを強奪して兵の安全を確保するんだ。不可能な場合は、航空機を奪え。アムロとレーンを支援に回す。」
「了解です。2人が来てくれるなら、心強い。」

 

その他にも、万が一の事態に対する行動計画について方針を立てていると、アムロがもうひとつの問題を指摘する。

 

「そのとき『アークエンジェル』はどうする?艦長。」
「気の毒だが、それは向こうで判断してもらうしかないな。ただ、万が一の際に我々が非常手段に訴えることを、あの3人には伝えておこう。」
「そうだろうな。俺としては心苦しく思うが、艦隊のことを考えるとな・・・。」
「いずれにせよ有事の際の話だ。全ては連中の対応次第で、明日の政府の返答でまた対応は変わってくる。
向こうもこちらの出方を見ているはずだ。奴さんだって我々の扱いについてまだ考えあぐねている段階だろう。」

 

一同が頷く。

 

「となると、向こうから来る高等弁務官には気を付けなければなりませんな。」

 

トゥースが指摘する。

 

「先任参謀の言う通りだ。向こうには行動の制限をかけると伝えているからな、監視付きで半分軟禁扱いにしなければならんな。もちろん、そのとき相手を怒らせないようにすべきだが。」
「つくづく難しい話ですねぇ。」

 

出席者の中で一番若い参謀、件の減給予定者チャールズ・スミス中尉がため息を吐く。

 

「嘆いてもはじまらんぞ、中尉。」

 

コンタリーニ艦長が窘める。私はもうひとつ懸案を思い出し、メランに確認した。

 

「そうだ、メラン。上陸する兵士には緘口令を徹底させろ。それと、美人局の類には特に注意しろとな。」
「了解です。」
「いっそ上陸も中止すべきでは?危険が大きいと思いますが。」

 

レディング艦長が進言する。

 

「気持はわかるが、私が既に上陸しているからな。司令官だけいい思いをするわけにはいかんだろう。
それに動揺している兵もいるからな、気分転換ないし現実を把握する機会になると思う。」
「ですが、オーブ政府が何か仕掛けて来ることも想定されます。」
「そのときは軍事的なアクションで対応するまでだろう。」

 

私の代わりにコンタリーニ艦長が意見を述べる。

 

「では補給の問題はどうするつもりか?」
「その時はまた別の政府を頼ればいい。いまの我々にはどの国も50歩100歩なのだからな。」
「それは短絡的にすぎないか、コンタリーニ艦長?」

 

2人の会話がやや袋小路に入りかけたので、私は議論を打ち切らせた。

 

「やめないか!レディング、上陸について変更はない。私は兵士たちにも事態を把握させたいと思う。
そのうえで互いに確固たる信頼を持って結束した行動をしたい。それほどに我々が置かれた状況は困難なものだ。
また連中が何を仕掛けてきても、現在のところ受け身にならざるを得ん。我々は常に相手に隙をさらして、第1撃を受けることを覚悟しなければならん。
無論、その時は被害を最小限にしなければならないがな。我々に有利な選択肢など、ないのだ。」

 

全員が沈黙する。しばらくすると、料理長が気を利かせてデザートを出してきたので、とりあえずは会議に近くなった会食を本来の目的である歓談に戻すことにした。
デザートとともにコーヒーや紅茶を飲んでいると、レディング艦長が話題を切り出した。

 

「司令、実は提案があるのですが。」
「なんだ。」
「我々の名称です。『第13独立機動艦隊』という名称は混乱が生じると思います。集団組織として適当な名前を作ってはどうでしょうか。」

 

彼の指摘は充分に検討に値する。我々は傍から見れば正体不明の傭兵集団になるわけだが、この世界に存在しない政府の正規軍で用いた名称を、このまま使うのはいずれ混乱を招くだろう。
皆も同様に感じたらしく、各々が腕を組み、顔に手を当て思案を始めた。しかし、その時間は長くはなかった。アムロが早々に解決案を提示したからである。

 

「なら、『ロンド・ベル』でいいじゃないか、艦長。艦隊は元々『ロンド・ベル』を再編したんだろう?だったら、変に名前を考えるよりは、元の名前でいいと思うが。」
「確かにな、いつまでも誤解を与える名前ではいかんだろう。幹部も全員いることだし、決を取ろう。いまの提案に賛成の者は挙手してくれ。」

 

全員が賛意を示す。

 

「よし、これより我々は元の世界に帰るその日まで『ロンド・ベル』と名乗るものとする。我々の前に覆う闇を鈴の音が払うことを願いたいものだ。
将兵とオーブ側には明日にでも通知しよう。さて、今日はこのくらいでいいだろう。解散する。」

 

※※※

 

翌日、オーブ政府に名称変更を通知した。政府からは、議会は公開しなければならないので、非公開の首長会議で協定受諾を採決したという知らせが入った。
非公式なものではあるが、一応法的拘束力はあるそうだが、そこは後で確認する必要がある。
確かに異世界から来た集団と条約を締結したという議案が公開の場で政府から出されたら、議会側は行政府の正気を疑うだろう。この国は立憲君主国のようなので、政府としても無茶な行動はとれまい。

 

また、首長会議に法的権限があるあたり、20世紀の国でいえば、日本国の天皇制ではなく、イギリスのような、ある程度君主に権限が存在する国のようだ。
もっともイギリス国王が君主の権限で政治に介入することなど、20世紀後半でハロルド・マクミラン内閣が政治的に混乱した際に、当時の女王エリザベス2世が後継首相にアレック・ダグラス・ヒュームを任命した以後は見られないが。
もしかすると、立憲君主制というより、同世紀のイスラム世界にあった君主国に近いかもしれない。

 

ともかく、君主権がある程度強い国で、君主、この場合は君主の集団だろうが、そこで認可されたのは大きい。一方で、君主権の強さが、我々に牙を向ける事は充分に考えられる事態だ。
それに対する警戒はしなければならない。

 

合わせて補給物資の搬入についていくつか協議を行った。すでに実弾等に関してはデータを配布し、それに基づいて部品を生産する。テストも含めて3日程かかるらしい。
しかし、MSのパーツを発注する件はやや難航した。こちらの技術流出を警戒する姿勢にオーブ側が不快感を示したからである。議論の末に、こちらが妥協することになった。
『ラー・キエム』のピレンヌ艦長は最後まで難色を示したが、先任参謀のトゥースは部品が手に入ることでよしとすべきであると説き伏せた。
とりあえずトラジャをはじめとする整備班を偽装したMPを混ぜて派遣し、チタン・セラミック複合材の情報と部品の発注を行った。
ガンダリウムに関して、現段階ではこちらの装甲強度が落ちようとも、精製方法を教えるべきではないという点では、艦隊首脳部は一致していたからである。
それでも複合材や部品の発注を危惧したピレンヌに、メランの言葉は印象的であった。

 

「材料とレシピの一部しか教えていないのに、シチューができるとは思えませんよ。しかも料理のように職人の匙の加減で、どうにかなるものでもないでしょう。」

 

※※※

 

11時時ごろ、ラミアス艦長から今後の行動に関して話し合いたいと希望があったので、昼食も兼ねて『ラー・カイラム』に招いた。

 

「機能的な艦ですね。MSとの戦闘を考慮された印象を持ちます。」
「さすがですね。本艦は地球連邦軍の長年にわたるMS運用の成果に基づいて建造された、優秀な艦です。」

 

会議室までの道のりで、その後もいくつかの技術的な問題に関する指摘から彼女の洞察力に驚き、これまで彼女に対して抱いていた印象をやや改めた。

 

会議室につくと、食事に手をつけるのも、さっそく今後の行動について話し合うことになった。先ずラミアス艦長から、『アークエンジェル』の修理に最短で1週間ほど、最長で1カ月かかることが伝えられた。
特に武装の修理に手間取る可能性があるという。また、『ストライク』の技術供与とOSの作成が終わらないと、出港できないそうだ。
やはりこの国は技術を貪欲に欲しているようだ。その欲求を上手く利用していく必要がある。私は自分が苦手な政治的な対応を求められ続けることを改めて意識した。

 

ラミアス艦長は今後の行動について、我々に目的地が地球連合軍本部アラスカ基地であることを明かし、そのうえで同基地までの護衛を要請した。

 

「先の戦闘でも明らかですが、本艦の戦力は現在のところ非常に微弱です。しかも『νガンダム』もそちらに返還したため、機動戦力はMS1、戦闘機1という状況です。
もし先の戦力と同程度の襲撃があった場合、対応することは不可能です。」
「要請としては理解できます。ですが、我々が貴軍の本部へ向かうことは少なからず混乱を招くと考えます。」

 

正直なところ、アムロに対して誠実であり続けた彼らを見捨てることは忍びなく思っている。だが、艦隊を必要以上の危険にさらすことは絶対にできない。

 

「司令、せめて安全圏までは護衛して頂けませんか。」

 

バジルール中尉が食い下がる。

 

「具体的にはどこまでになるのか。」
「はっ!アラスカの防空圏である、北緯50度まで、あるいはせめてハワイ基地の防空圏のパルミラ島までは護衛してほしいと考えます。」

 

先の協定もある。拒絶する前に私は地図を頭に浮かべて、護衛する場合のルートを検討することにした。ここからアラスカまで向かうには、想定されるルートは4つ。
例えばバジルール中尉が妥協案で出した、ハワイルートである。ハワイには大西洋連邦が米国を元に形成されている以上、必ず規模の大きい軍事施設があるはずだ。そこまでいけば友軍の支援も得られよう。
ただし、それだけに進行ルートも容易に予測でき、待ち伏せの危険が伴う。

 

一方で、ギルバード、マーシャル諸島を経て、ミッドウェイ島を北上するルートがある。最短だが、やはり通過の予測が立てやすく、友軍の支援も期待できないという危険なルートだ。
だが、ザフトが我々の行動予測で危険策を取らないだろうという判断した場合は、抵抗もなくアラスカ周辺に到達することができる。つまり心理的な隙を突くという形だ。

 

第3に、ソロモン、マリアナを経て日本列島を北上しアラスカへ向かうが挙げられる。日本やマリアナに配備されている戦力の支援を期待できるが、ザフトのカーペンタリア基地に近く、戦力が動員されやすい地域を通過するリスクがある。

 

最後にポリネシアから北西に針路をとり、米大陸西岸沿いに北上するルートがある。これは大陸に到達することができれば問題ないが、マルキーズ諸島からカルフォルニアまで何もない海上を移動することになり、万が一敵と遭遇した場合は最も支援が期待できない。

 

我々が帰還する問題も考慮すると、第4案はないと思う。帰り道に両軍に捕捉される危険がある。第3案も増援の可能性が最も大きいので難しい。
残るは第1と2案だが、第1案は確実に待ち伏せを受けるだろう。第2案も戦闘の危険性は高い。ただ、1・2案は我々の懸念事項がザフトの追撃してくる部隊のみという利点がある。
つまり、帰りもザフトに対しては気をつけるべきだが、『アークエンジェル』と別れた後で、連合軍と接触する可能性が少ない。

 

「北緯50度だと、今の我々にはリスクが大きい。貴艦の所属している第8艦隊のハルバートン提督に連絡し、ハワイ諸島を経由してアラスカに向かうのでハワイより先は護衛を要請する旨を伝えればいいのではないか。」

 

ラミアス艦長とバジルール中尉が顔を見合わせる。フラガ少佐が発言した。

 

「ですが、我々は現在のところオーブに滞在しています。あまり表だってここから連絡しづらい事情があります。」
「そこは出国してからでも要請はできる。君たちの事情は先にも聞いていてわかるが、まずは生き残ることだ。
そのためには上司を利用しない手はないだろう。我々もリスクを回避できる。互いに危険は避けるべきだ。」

 

フラガ少佐は頷き、自身の艦長に視線を向けた。ラミアス艦長はしばし悩んだ後、決断した。

 

「わかりました、司令。では我々は最短ルートでアラスカに向かいます。そのために改めて護衛を要請します。
ただし、護衛はミッドウェイ諸島の防空圏直前までで構いません。我々は出航後にハワイ基地を通してハルバートン提督に連絡し、ミッドウェイ島で友軍の支援を受けられるように要請します。」
「わかりました。我々『ロンド・ベル』はミッドウェイ島まで天使の行き先に現れる邪を払う鈴となりましょう。」

 

こうして、我々ロンド・ベルは『アークエンジェル』の護衛を受け入れることになった。いずれにせよ、『アークエンジェル』の修理からしばらくはこの国に滞在しなければならない。

 

ラミアス艦長らとの昼食後にオーブ政府から高等弁務官と駐在武官が決定したという通知が届いた。
弁務官にはユウナ・ロマ・セイラン、武官にはソガ2佐なる人物の名が記されており、私は首長の息子が弁務官に派遣されてきた事実に相手の意図を考えるよりも驚きを強く感じることになった。

 
 
 

【次回予告】

 

「どんな情報でも、ビジネスの世界にいるものは敏感なものです。」

 

第10話「軍事産業」