CCA-Seed_427◆ZSVROGNygE氏_15

Last-modified: 2009-08-06 (木) 23:02:28
 

失いし世界をもつものたち
第15話 「アラスカへ」

 
 

 トール・ケーニヒの回復の知らせを聞いた私とアムロは、医務室へと足を運んだ。医務室に入ると、少年の悔し泣きに遭遇することになった。看護士のマリー・グラネ少尉が優しく抱きしめている。

 

「足がないことに気付いてからずっとなんだ」

 

 ハサン先生が沈痛な表情を見せる。そこへレーン・エイム中尉やジャック・ベアード少佐など何名かのパイロットが入ってきた。私の姿を見ると敬礼した。

 

「お騒がせして申し訳ありません」

 

 年長のジャックが代表してわびる。そういえばパイロット連中は件の飲み会で面識がある奴もいたことを思い出す。

 

「いや、かまわん。みんな心配だったろうからな」

 

 私はそういったが、パイロットたちも怪我の詳細を聞いていなかったので、足の喪失に声をかけられないようだ。私はグラネ中尉を彼から引き離したうえで、語りかけた。

 

「トール君」

 

 ケーニヒ二等兵は涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした顔をあげた。

 

「……ブライト司令……」
「よく、生き残ってくれた」

 

 その言葉に彼は顔を崩して再び大声で泣き出す。慟哭といってもいい。その場にいる人間でそれを咎めるものはいない。しばらく泣き続けたところで、ジャックが彼を励ます。

 

「ケーニヒ二等兵。あえて言わせてもらうが、おまえは訓練もろくにしていない状況でちゃんと飛んで見せ、生き残ったんだ。少なくとも軍人としてやることはやった。泣くようなことは何もない。
 確かに足のことは俺たちからは何も言うことが出来ないが、生活に支障を来すようなことはない。そうでしょう?先生」
「ああ、義足を一両日中に用意させよう。艦長、義足の手配をしたい」
「うん、弁務官に要請しておく」

 

 ジャックの不器用な励ましに続き、アムロやレーン、他のパイロットが明るく話しかける。そうしばらくパイロット連中が慰め、ようやく彼が落ち着きを見せたそのとき、もう一人の看護士メアリー・ポールマン曹長がカーテンの向こうから顔を見せてハサンを呼び出した。

 

「先生!ザフトの彼が意識を回復させました!」

 

 その声に全員が振り向く。トール君だけはなんのことだかわからない様子だ。レーンが彼に説明する。

 

「実はおまえともう一人救助したんだ。ブリッツのパイロットだそうだ」

 

 トール君は驚き目を開く。我々はそんな彼をグラネにまかせ、ザフトのパイロット、ニコル・アマルフィが横たわるベッドへと向かう。
 もっともベッドを1つおいてカーテンで仕切っていただけであったが。状況が把握できていない彼にハサン先生が、簡単な検診を行う。
 彼は検診の途中で意識をはっきりとさせてきたようだ。古い包帯を取り替える過程で、火傷の様子を知ることになった。
 とりわけ顔の右半分が無残に爛れていることに同情の念を覚えた。コーディネイターでは一般的であろう美形の顔が、右の額から顎にかけて火傷の跡が残っている。手術すればどうにかなるかもしれないが、おそらく右目は使えまい。

 

 ニコル・アマルフィは検診の間はすることもなく周囲を見渡していたが、そこで違和感を覚えたようだ。

 

「あの、あなた方は地球連合軍ですよね。軍服が違うように思えるのですが」

 

 私はその声と髪の毛の色で、ようやく記憶が呼び起こされた。オーブの公園にいた職員だ。あのときおどおどしていたのがアスラン・ザラで、この少年は礼儀正しく対応した子ではないか。私がそのことに驚いていると、代わりにアムロが話しかける。

 

「その辺は説明が長くなるが、この艦に拾われた以上は説明しなければならないな。安心して欲しい。俺たちはコーディネイターであっても南極条約……じゃない、コルシカ条約に基づいて人道的に対応することを保証する」

 

 アムロはそういうが、俺はコルシカ条約など一文も知らんぞ。まぁ後で南極条約やジュネーブ条約と比較しておこう。
 そこにハムサット少佐とメラン、トゥースらといった幹部もやってきた。ジャックが気を遣いパイロットをトールくんのところへ向かわせる。ただ、アムロとレーンだけは残った。レーンを残したのは年長者に囲まれる不安を取り除こうとしたからである。

 

「はじめまして、当艦の艦長ブライト・ノア准将だ。いや、起きなくても良いし、敬礼もいらん」
「……申し訳ありません。ザフト軍、ザラ隊所属MSパイロット、ニコル・アマルフィです」

 

 私の階級に緊張をしたようだ。私は彼の緊張を解きほぐすためにも、不意打ちをしてやろうと思った。

 

「君と会うのは2度目だね。オーブの親切な公園職員さん」
「えっ?」

 

 全く想定していない質問だったせいか。少年らしい素直な反応を見せた。私は軽く笑うと、数日前の出来事を話し、彼の方も思い出したらしく、改めて驚くことになるのであった。

 

 各々の自己紹介をした後で、ハムサット少佐がニコル君に我々の素性について簡単に説明した。
 彼は最初あまりにも突拍子もないことに訝しんでいたが、映像や我々が着ている軍服、見たこともない拳銃、何より実際の戦闘における体験から、次第に納得していった。
 若いこともあるだろうが、柔軟な思考を持つ少年であるという印象を受ける。そして彼が発した言葉は、彼が聡明であるという印象を加えることになった。

 

「あなた方のことについては、この現実がある以上は理解します。ですがこうして救助し、さらにはそのような説明をしたのは、僕に何を求めているのですか」
「聡明だな。隠すことではないから話しておこう。もちろん第一義的には人道に基づく救助だ。戦闘が収束した後に負傷者を発見すれば、状況にもよるが救助するのはあたりまえだろう。
 ただ君がプラントの人間であるという点に関心があったということもある。我々はこの世界に来てからプラントの人間と全く面識がなかったからね。だから話してみたかった。
 なにも機密を聞き出そうとまでは思っていない。聞き出せるとも考えていないしな。しかしプラントという国がそこに属している人間にどう映っているのかは知りたい。それは軍事機密かな」
「……そこまでは」

 

 私の真意をつかみかねている様子だ。無理もなかろう。いろいろ混乱しているというのもある。彼に疲労の色も見えてきたので、私はとりあえず話を切り上げることにした。

 

「いずれにせよ、君はまだ怪我人だ。もう少し落ち着いてから改めて話そう。いいかね」
「……わかりました」
「今日はもう遅いから、明日にでもプラントのオーブ大使館にでも生存を通知させよう。ただ、艦隊はすぐに出航することになる。
 我々は残念ながらプラント側とのパイプもないから、すぐに引き渡しが出来る状況にない。できるだけ早くするつもりだが、しばらくは帰国できないが我慢して欲しい。君の安全は最大限保証しよう」

 

 こうして我々は初めてプラントの人間とじっくりと接触する機会を得たのである。

 

   ※   ※   ※

 

 その翌日の午前中に行われた艦長会議でアラスカ行きについて議論が交わされた。その席でレディングとピレンヌの両艦長は拿捕の可能性を指摘し、慎重であるべきであると主張した。
 対してコンタリーニ艦長は両名の意向を汲みつつも、アラスカへは向かう必要を主張した。

 

「仮に交渉を拒絶した場合、我々はこの世界の大半を敵に回しかねない。そうなればオーブ側も我々と共にあろうとは思わんだろう。交渉の場をこれまでのように限りなくニュートラルに近いアウェーな場にすればいい」
「アラスカ基地の規模からしてそのような場所があると思うのか?」

 

 レディングが切り返す。対してピレンヌはコンタリーニの意見に思うところがあったようだ。

 

「いや、ジョバンニの言うこともわかる。だが連合軍の総司令部である以上はそれなりに戦力があるはずだ」
「もちろんこちらも相応の体制で臨めばいい。少なくとも直掩機を展開させるなどすれば抑止にはなる。最悪ミノフスキー粒子を散布すればいい」

 

 結局のところ、私自身がアラスカ行きに前向きであることもあったが、信頼できる代理人がいない以上は我々が動くしかないという意見が作戦部と情報部の参謀から出されアラスカ行きは決定することになったのである。

 

 その次の議題として、ニコル・アマルフィとプラント側への対応を協議することになった。プラントとは既に3回も戦闘行為に及んでいる。
 状況的に緊急避難的な側面もあるが、3回目はそうとは言い切れない。とりあえずはメインザー中佐を介して交渉パイプの設営をすること、そしてニコル君の返還を通して関係修復をはかるという点で一致した。
 またニコル君に関しても、洗脳とはいわないが出来るだけ協力者になってもらうようになるよう努力するということになった。交渉の窓口について、ピレンヌ艦長がアムロに問うた。

 

「アムロ中佐、君はこちらにいる機会が我々より長かった。プラントの人間と知り合う機会はなかったのかね」
「残念ながらありません。直接面識がある人間はこの世界に来た直後に、共に拘束されたラクス・クラインという議長令嬢くらいです。
 その少女は16才ですから、政治的な影響力を期待するのは難しいでしょう。そもそも連絡する術がありませんし、深い会話をしたわけでもありませんからパイプとはなりえないでしょう」
「残念だ。ザフト側と協議などの席は持たなかったのか」

 

 続けてピレンヌが問うた。アムロは頭を振る。

 

「ありませんでした。ザフトの軍人で言えば、アフリカ戦線のアンドリュー・バルトフェルドは対話に値する人物ではなかったかと思いましたが、アークエンジェルとの戦闘で戦死しています」
「理由は?」
「……キラ・ヤマト少尉が彼と偶然にも接触し、対話した内容を自分に相談したからであります。バルトフェルド司令は人種戦争の色合いが強い中で、幕引きを考えていたようでした」
「……まぁやむを得ないな。それほど話が上手くいくとは思っていなかったからな。中佐、ありがとう」

 

 ピレンヌ艦長は憮然として腕を組む。一方でアムロはキラ・ヤマトの名前を出すことに少し躊躇していたようだ。確かに再会した後の酒を酌み交わしたとき、そんな話もしたな。
 ラクス嬢を利用しようにも、当事者はアークエンジェルだから我々との接点はない。こうなるとニコル君には悪いが彼には最大限協力してもらうようにしなければならないな。
 今後の行動のためにも、プラント側とも理解し合うための席は設けなければならない。全く頭痛がしてくる。こうして今後の方針について検討を終えて会議は終了した。

 

   ※   ※   ※

 

 会議が終わり、幹部と雑談した後で私は医務室に足を向けた。特に用があったわけではないが、少年たちの様子を見てみたいと思ったのである。
 私が医務室へ入ると、ベッドの方から談笑する声が聞こえてきた。
 見るとケーニヒ二等兵とニコル君、レーン、ベアード少佐、そしてパイロット数名がアムロを交えて話し込んでいる。
 ハサン先生が私に気付いてコーヒーを勧めてきた。

 

「パイロットのイレーヌ少尉が、パトナムとエイムを引っ張り込んできてな。心配していたんだろう。ニコル君もちょうど薬が切れて起きたところでね。
 怪我人2人が複雑そうな顔をしていたから取りなしていたんだよ。そこにアムロ中佐とジャックが来てな。あの通りさ。もうアムロ中佐が来てから20分くらいになるかな。」

 

 シモン・イレーヌ少尉とトマス・パトナム少尉はジェガンのパイロットで、うちの部隊でも最も若手のパイロットである。年齢が若いせいか、先の飲み会で意気投合したのだろう。
 パイロット志望で盛り上がっていたことを思い出す。彼らの配慮をうれしく思うと同時に、自分が出過ぎたという思いを抱いた。
 こういった行動を取ることは、いよいよ年を取ったと言うことだろうか。苦笑してコーヒーに口を付けると、ハサン先生は私の精神状態を心配した。

 

「彼ら2人も心配だが、艦長も気をつけてくださいよ?」
「うん?」
「はっきり申し上げて、この世界に来る直前の艦長は生気を失い、まともに指揮が出来る状況にありませんでした。その貴方がこのような状況に置かれることになり身体に良い影響を与えるとは思えません」

 

 私は再び苦笑して見せた。そしてアムロやレーンたちの笑顔に目を向ける。どうやら先日のパーティーについて話しているようだ。

 

「大丈夫だよ、先生。気持ちはありがたいと思っている。ただこの世界に来て色々と心の整理は出来てきた。マフティーのことはともかくな。
 アムロやレーン、この世界の人々との交流で精神的なバランスはとれてきている」
「ですがヤマト少尉のことがありました。それが艦長にとって痛恨時でないですか」

 

 全く医者という人種はニュータイプとは別の意味でたちが悪い。

 

「確かに、悔やんでいないかといえば悔やんでいる。だがそれは指揮官としての想いであって、マフティーの事とは別次元の話だよ。先生」

 

 私は嘘をついてコーヒーを飲み干す。部屋を出る前にアムロたちを見ると、ニコル君がピアノ・コンサートを開けるほどの腕前と聞き、音楽談義に花を咲かせている。私はそれを微笑ましく眺め、部屋を後にした。

 

   ※   ※   ※

 

 翌日、艦隊はアラスカへ向けて出航する準備に入った。明日には出航する予定である。オーブ側はその通知におもしろく思わなかったようだが、不干渉の方針と先日の技術供与が効いたのか表だって文句は言ってこなかった。
 前回同様にオーブ側の弁務官も同行するという。コレマッタ少佐によると、監視カメラによって先の戦闘での経験をレポートにまとめていたという報告を受けている。その程度は当然しているだろう。
 私はそれほど気に留めなかったが、コレマッタ少佐は隙を見つけレポートを確保すると提案した。確かに情報は多いに越したことはない。考えを改め少佐に調査を命じた。

 

 一方、高等弁務官としてオーブに派遣しているメインザー中佐にオーブのプラント大使館へ連絡を試みさせたが、大使館側は政権交代にともなう大使人事で対応することが出来ないと内容も聞かずに断られた。
 ニコル君の生存を連絡することはアラスカ帰還後になりそうだ。それにしても政権交代が起きたのか。メインザー中佐に継続してパイプを作るように命じた後で、コレマッタ少佐に情報収集を命じようとしたとき、ちょうど彼が艦橋に入ってきた。
 そして報告の内容はタイミングのよいものであった。

 

「司令!!プラント政府で政権交代がありました!!新最高評議会議長に就任した人物の会見がテレビに放送されています」
「なんだと?メインパネルに映せ!!」

 

 画面に壮年の男性が浮かび上がる。彼の名前は確かパトリック・ザラだったな。私はナタル・バジルール中尉が映像を以て解説してくれたことを思い出す。クライン政権の国防相だ。
 戦時に政権交代が生じるとは。前任者であるシーゲル・クラインは国内での評価は悪いのだろうか。戦局はほとんど圧倒的に有利であるのに。
 もしかすると投票直前に我が艦隊との戦いが起きたために批判票が集中したか。まるでアスキス内閣のようだな。もっともそのときは大敗の責任を海軍大臣のチャーチルも取って辞職したが。
 まぁガリポリの大敗はチャーチルが主導したようなものでもあったけれども。会見は政府の基本方針から、戦局に対する問題を述べたものだった。
 けれども戦時と言うこともあるだろうが、内政に対する方針よりも戦争に対する方針に対して時間を割いて演説していた。

 

『……戦争は勝って終わらせなければ意味がない。今回の損害に関してはオーブ政府の欺瞞であると認識している。今回の件は既にオーブ政府に対して抗議をしている。
 だが現時点ではオーブとの断交を欲してはいない。関税等の引き上げによる、経済制裁を検討している……』

 

 彼は我々の存在には懐疑的のようだ。まだ正確な情報が伝わっていないのか、それとも先の我々が行った会見を取るに足らないものと判断しているのか。いずれにせよ拙速な判断に感じた。その疑問は次の記者が発した質問で納得させられた。

 

『BBCのマット・グロートです。今もおっしゃったように、戦争は勝って終わらなければ意味がないという言葉を閣下は好んで使われます。では公約にもある戦争の勝利とは具体的にどの段階で出来ると考えているのか』
『地球連合が我がプラントの国家主権を承認するまでだ。それには対等の条件で交渉のテーブルに着く必要があり、それまで我々から戦闘を中止する理由はない。さきに連合はオルバーニの譲歩案を提示してきたが、いまさらばかげている。
 我々は中立国オーブとパナマを除いた全てのマスドライバーを有している。この状況でも交渉のテーブルに着かないのは、ひとえに連合政府の傲慢さであると認識している。だが、戦争の早期終結は私も欲している。そのためには迅速な行動をしなければならない』

 

『しかし、今度の選挙で議長に有利な影響を与えた、ソロモン諸島の会戦はオセアニアのザフト軍に甚大な被害を与えたと聞いています』
『我々はそれほど致命的な損害と認識していない。だが戦争の早期終結のために戦力を動員し、近いうちに大規模な作戦を決行し連合政府に独立を承認させるつもりである』

 

 なるほど、つまりは連合が本格的に反抗してくる前にマスドライバーの基地であるパナマを落として、連合を地上と月に封鎖する算段か。
 早々に終わらせる気なのだろう。上手くいくかどうかは別にして。だから、我々のことなど眼中にないと言うことか。

 

「艦長、どうやら新議長は我々に好意的ではないようですな」
「あの損害で我々に握手を求められるような人物なら戦争などおきないでしょう」

 

 メランが映像を見ながら語り、トゥースが応じている。私は頷きながら、新議長の拙速さに危うさを感じていた。だがそれがその後に起きるような事態までは想定する事は出来なかった。少なくともこのときの会見からでは。

 

 翌日、艦隊はアラスカに向けて出航した。
 この世界に降り立ち半月、我々の進む航路に未だに灯台の灯火は見えない。

 
 

(つづく)

 

 

【次回予告】

 

 「全く次から次へと飽きさせない世界だ」

 

  第16話「天から来るもの」