失いし世界をもつものたち
第28話「歌姫の出撃」(後編)
私以外がラクス・クラインの宣言に対して、どのような反応をしたかというと特になかった。これは彼女を軽視しているわけではなく、その意見にどう反応すべきか考えてこともあろう。
一方で、ダコスタ君は多少感動していたようが。はやくも和平派のアイドルとなりつつあるか。不幸なことだな、誰より彼女自身にとって。
私としては、もう少し説明が欲しいと思ったが、この状況でそれを求めている場合ではない。操車場の扉のロックを解除し、中へと進む。操車場は、まるで室内運動場のような高い天井と広い奥行きを持っていた。
そして、レールの上には待機中か整備中と思われる車両が停車している。なるほど確かに広い空間だ。しかし広すぎる。人数の戦力差が如実に現れはしないか。だが、迷っている暇はない。
「よし、エアロックへの通路前にバリケードを組み上げろ!!!だいたい10分程度保たせればこちらの勝ちだ!!」
「Aye ay sir!!」
ヴィーコに指示を出す一方で、エアロックにて味方を誘導する作業を行う人員を指示する。
「レーン!!ウィラーと先行して、エアロックに味方を誘導しろ!!」
「了解!!先行します!!」
レーンが銃を片手に左手で敬礼して、ウィラー中佐と共にエアロックのある通路へと消えていく。目の前では、バリケードを兵士達がせっせと作り上げる。アムロやクワトロ大尉もそれを手伝う。
キラとニコル君が、私と共にラクス嬢とアマルフィ夫人に付く。ニコルは、母親以上に苦悩しているようだ。先ほどから発砲することは避けている。無理もないことだ。
キラもラクスに付いているが、可能な限り銃の使用を避けている。生身の人間と戦うことに、躊躇いがあるのだろう。そのような2人の様子を見て思い立ったのか、ハマー二等兵がキラとニコル君に声を掛けてきた。
「おい、小僧ども」
2人だけでなく、ラクス嬢も彼を向く。
「レーンの坊やはさっきやられる前にやれとか言っていたがな。小僧ども、おまえらは身を守るためか、そこの嬢ちゃん守るときにしか撃たなくていいぞ」
ハマー二等兵は、目の前にバリケードを組み立てながら語りかける。
「生身で殺り合うことにびびっているのだろう?見ればわかるさ。だから無理して銃で撃ち合いなんかしなくていい。
この世界ではどうだか知らないが、俺らの世界じゃおまえらはまだガキだ。本当なら戦争なんかに出てきちゃいけない年齢なんだよ。」
「……」
「15才なんてのはな、仲間とエロ本片手にピンクな話に花咲かせるか、好きな事に勉強なんてそっちのけで打ち込むもんだ」
キラとニコル君、そしてラクス嬢は黙って聞き続ける。ラクス嬢は多少顔を赤らめていた。
ハマー二等兵の言い分は正しい。かつてのアムロのように、いわゆる成人年齢前に殺人を経験することはおかしい社会環境なのだ。一年戦争が全人類の半分を失うという異常な状況下であったように。
「大丈夫さ、俺たちは人間相手なら何とかなる。普段はおまえらに守ってもらっているからな。こういう時には俺たちが体を張るさ。
ロンド・ベルは機動部隊だけが強いわけじゃねえことを、イケメンどもに思い知らせてやる」
隣に障害物を置いた、ビル・マノフ一等兵もタバコのヤニで黄色くなった歯を見せて笑ってみせる。
「ハマーの言う通りだ。俺たちをもっと頼れ、おまえはもうロンド・ベルの一員だぜ。……いや、一員ですよ少尉殿!!」
「ハマーさん、ビルさん……」
キラは、心に何か思うところがあったようだが、うまく言葉に出せなかったようだ。
「大尉!!バリケード完成しました!!」
全く即席ではあるけれども、通路前に台形の本陣と2つ前進陣地を備えた陣地が完成した。
「よし、先ほどと同様に横隊を組み迎撃する。各分隊が一面ずつ対応しろ。第2と第3分隊から3名が前進陣地で迎撃し、十字砲火に誘い込む。
向こうから来る奴らはみんな敵と見なせ。よろしいですね、艦長?」
「ああ、かまわん。ダコスタ君、こちらは君らとザフトの見分けが付かん。向かって来る奴は全て敵と見なすが、いいか?」
「ええ、援軍が来ることはありません。ですが、向こうも混乱しています。いま来ている連中さえしのげば何とかなるでしょう」
その言葉にヴィーコ大尉が皮肉気に言葉を漏らす。
「ずいぶん楽観的なことをいう。それでも我々より一桁は多いと思うがね」
「大尉!!来ました!!」
プール先任曹長が声を上げる。目を向けると操車場の入り口から、警戒しながらザフト兵が進入してくる。おおよそこちらまで600mはあろうか。ヴィーコ大尉が声を張り上げる。
「Make ready!!」
私も含めて全員が銃やライフルを構える。
ザフト兵が300mまで接近した。
「Present!!!」
大尉が私を見る。号令は私にということか。私は頷くと敵兵が200mまで接近すると命令を発した。
「Fire!!!!!」
一斉に射撃が開始され、先行部隊を射殺する。後続は遮蔽物に隠れつつ反撃を開始した。
「ニュータイプだ、強化人間だといっても、こういうのは慣れだな!!」
ザフトのヘルメットをかぶったアムロが、気持ちを紛らわせるためか怒鳴る。
「フッ、アムロ、ア・バオア・クーのことを思い出したのか?」
クワトロ大尉が応じる。口ひげが少しずれていることに気づいていないようだ。確かに彼に突っ込むことが出来るものはあまりいない。
「ああ、あのときの貴様は、ニュータイプといえども体を動かすには訓練が必要だからとか言っていたが!」
「貴様があそこまでやるとは思わなかったさ!!」
そういえば、2人はア・バオア・クーで白兵戦をしたのだったな。セイラだったろうか、誰かから聞いた記憶がある。
2人の射撃は、絶妙なコンビネーションで敵兵を打ち倒していく。アムロが足下に斉射を掛けひるんだところに、クワトロ大尉が上半身に射撃を打ち込んでいくのだ。
「さすがですね!!中隊長殿!!!」
第1分隊のフィリップ・ルボン軍曹が歓声を上げ、兵も意気が上がる。アムロは賞賛に対しては軽く受け流す。
「次が来るぞ!!気を抜くな!!特に向こうが重火器を使いそうなときはそいつから狙うんだ!!!」
「りょうか……ぐぁ!!」
復唱する前に、ルボン軍曹は肩に被弾して後ろに倒れ込む。
「軍曹!!大丈夫か!!!」
私は伏せて彼に近づく。左肩から血があふれ出している。これは直ちに止血しなければならない。
「大尉!!彼の手当を!」
「Aye sir!!ウォルフ!!!軍曹の手当を頼む!!」
「Aye sir!!」
兵士の1人が、遮蔽物に伏せてこちらに来る。こちらに来て手当を始めた直後、さらに1人の兵士が負傷した。
ちらりと前方を見やると、すでにざっと見ても50人近い兵士がこちらを攻撃してくる。このまま私が突っ伏せているわけにもいくまい。
「軍曹!ライフルとヘルメットを貸すんだ」
「艦……長……」
「白兵戦は、君より経験がある」
私は、ルボン軍曹のライフルとヘルメットを取り上げると、残弾を確認した上でアムロのとなりに座る。
「艦長!!無茶しないで下さい!!」
ヴィーコ大尉が、一度伏せてから私にいう。
「しかし、負傷者が徐々に出てきている。戦える者は戦うべきだ」
「……わかりました。それに、ホント、よく考えたら艦長の方がよっぽど白兵経験ありますしね」
「ヨーロッパ後退戦を経験した君にそういってもらえるとうれしいな」
大尉は苦笑いして私の参加を黙認した。彼は少尉任官して最初の作戦が、一年戦争におけるジオンの第1次降下作戦後に欧州より後退する部隊の小隊長だったそうだ。
アムロはにやりと笑うだけだったが、クワトロ大尉が感嘆の声を漏らす。
「やるな、それでこそブライト・ノアだ」
「大尉、ともかく口ひげがずれているのを直してからだ」
兵士達から笑い声が上がる。彼はやや憮然として髭をもぎ取った。
「ふっ、言ってくれるな艦長?」
「まぁな、貴方をコメディメーカーにするのも気が引ける」
私はそう言って立ち上がると、迫り来るザフト兵を確認する。ザフト兵は、左右にある車両を盾にしながら接近するが、最短距離は十字砲火を受けるためにうまく前進出来ていない。
時折に援護を受けつつ突入を試みる勇者がいたが、その命を散らす結末が待っているのみであった。私も中央から十字砲火に参加し数名の敵兵を葬る。
しばらくすると車両の窓を割り、そこから支援射撃をする連中も現れ、断続的な射撃に見舞われた。
「くそったれ!!!蟻じゃあるまいし、次から次へと!!」
ミランダ曹長が毒づく。
「妙に車体が頑丈だから、ぶち抜いて殺れませんからね!!おかげでこっちも助かっていますけど!」
マノフ一等兵が、ミランダにそう応じた次の瞬間である。
「あっ」
ヘルメットより偶々少し下に命中してしまった。倒れ落ちるマノフを見て、ラクス嬢とロミナ夫人は言葉を失う。
「ビル!!!!!」
ミランダが射撃を止めて近づいたけれども、ビル・マノフ一等兵は誰が見ても既に事切れている状態であったようだ。
私自身もちらりとしか見ることが出来なかったが、頭部に命中したという事は確認した。あれでは助からん。
ヴィーコ大尉は、ミランダ曹長のところへとしゃがみながら近づき、部下の死を確認したようだ。私は部下を失った悔しさが湧き起こる。
その悔やみと怒りも織り交ぜて目前のザフト兵を攻撃する。特に、列車の車両内から中央突破を援護してくる兵士に射撃を加える。
「おのれ!!」
大尉は再びライフルを撃ち始める。それと前後して私のライフルのマガジンが尽きた。私は遮蔽物に伏せると次のマガジンを装填する。
全く銃で撃ち合うのは、第1次ネオ・ジオン戦争以来だろうか。装填する過程で、私は改めて部下の死に直面する。亡くなったマノフ一等兵の目を、ラクス・クラインが閉じていたのだ。
最初こそ動揺していたようではあったが、目の前に映る彼女の平静さには感心させられた。彼女の表情からは、深い悲しみと悔しさの混ざり合った表情が浮かんでいる。
その脇にいたキラも、悔しさが顔に浮かび上がっていた。そして、悔しさから怒りに近い表情に代わると、バリケードの側まで伏せながら進む。キラはバリケードに背を預け、ヘルメットをやや深くかぶりなおすと、立ち上がって拳銃による射撃を開始した。
「くっそう!!」
機動兵器の戦闘に比べると、明らかに練度不足に見えるがそれは当然だろう。一方でニコル君にはまだ迷いがあるようだ。無理もない。
彼にとってはまさに同胞だ。私は再びライフルのマガジンを取り替えるために遮蔽物に隠れる。ちょうどキラもしゃがみ、マガジンを取り替えている。私は2人に怒鳴る。声を大きくしないと銃声で聞こえないのだ。
「ニコル君!!君は攻撃に参加しなくていい!!辛いだけだ!キラ!!おまえも無理はするな!
それと、無理に殺す必要は無い!!負傷させた方が、敵兵は負傷者を助けなければならないから、時間を稼げる!!」
「はっはい!!」
「……すみません」
私は弾薬を補給すると再び射撃を開始する。こちらはこの戦闘で負傷者2名に、戦死者1名を出している。向こうの方が戦死者も負傷者も多いが、この手の戦いでは防御側が有利なものだ。
しかし、アーガマはまだ到着しないのか。20分はもう過ぎて4分は経つ。そう考えながら、目前の敵兵を攻撃していると、隣に立っていた兵士のヘルメットに銃弾が命中した。
「ふぅ、死ぬかと思ったぜ。あのクソ野郎ども!!」
一旦しゃがんで毒づくと、再び立ち上がり、構えた直後に左胸に命中してしまった。
「ピーター!!!ウォルフ!!」
ミランダ曹長の怒鳴り声に反応して、先ほどから手当を担当しているボーデン伍長が伏せながら駆け寄る。
「クソが……ごぼっ」
目の前の対応に追われて後ろが見えないが、かなりの重傷のようだ。
「私も手当を手伝います」
「あまりお役に立てませんが、私も!」
アマルフィ夫人とラクス嬢も手伝っているようだ。
「ふっ……かわいこちゃんに囲まれて……死ぬのは……わるく…………」
そこで、後ろの声が途切れる。意識が無くなったのか、それとも亡くなったのか。引き金を引く手に力が入る。そこに後ろから駆け寄る足音を聞いたので、レーンかウィラーかと思い、遮蔽物に身を隠す。予想通り、視界にレーンを確認した。
「司令!!ネェル・アーガマがエアロックに接舷しました!!脱出できます!!うぉ!」
彼は飛び交う銃弾に思わず身をかがめる。まさに間一髪であったが、その時にヘルメットに銃弾が命中した。私自身も軽く冷や汗をかいたが、当の本人が一番驚いている。
ヘルメットを脱ぎ、自分を殺し損ねた弾丸をつまんで眺めた後、それをポケットにしまい匍匐前進に近い姿勢でバリケードまでやってきた。私は彼の無事に安堵する。しかし、一方でピーター・ベック二等兵の死を確認した。
右手が震える事を自覚する。それを押し殺して、私のとなりまで来たレーンを気遣う。
「大丈夫か?レーン」
「ヘルメットがなければ即死でした。司令、繰り返し報告します。ネェル・アーガマがエアロックに強硬接舷しました。脱出はいつでも出来ます!」
待ちに待った報告に、皆の顔が明るくなる。レーンもそれが解るから、声を大きくして報告した。もうここにいる理由はない。
「よし!撤退するぞ!ヴィーコ大尉!!負傷者とラクス嬢、それにマダム・ロミナを先に行かせる!!!クワトロ大尉、ニコル、ボーデン伍長、それにダコスタ君達は彼らのエスコートだけでなく負傷者と遺体を運んでくれ!!」
「了解だ、艦長!」
「「了解!!」」
「わかりました!!」
私の指示に、ヴィーコ大尉が釘を刺す。
「艦長もですよ!!!我々の任務は、艦長の護衛なんですから!!」
確かにその通りだが、まずは非戦闘員と負傷者の回収が重要である。
「すまない、だが、まずは非戦闘員と負傷者それに遺体からだ!!私は次にアムロと共に向かう。戦闘指揮は頼む、私が後退したら順次撤退させてくれればいい」
「Aye sir!!」
ヴィーコ大尉は、各兵に指示を始める。アムロが私の側に来る。撤退時のためだ。
「各部隊へ!!まずはご婦人方を逃がす!!傷物にしたら承知しないぞ!!」
「「Aye ay sir!!!」」
わかりやすい連中だ。私はアムロと目を合わせ、互いに苦笑する。ともかく各隊の一斉射撃の隙にラクス嬢やクワトロ大尉が先行する。
ラクスは、キラに視線を向けていたが、私としてはダコスタ君配下の兵も先行させるので、これ以上人員を割けない。もっとも当のキラは、目の前の敵兵に対処することに逐われていたが。
ヴィーコ大尉は、次に前進陣地の放棄を決断して撤収を指示する。
「第2、3分隊!!!前進陣地を放棄する!!各隊は援護射撃開始!!絶対に敵を近づけるな!!」
「「Aye sir!!」」
前進陣地から後退を開始する。後退するときほど、敵の侵入を誘発することはない。私もアムロやキラと共に、援護射撃に加わる。前進陣地にいた6名は相互援助をしながら後退してくる。
しかし、数の差は埋めがたい。敵兵の銃撃が、後退するハマーの太もも付け根に被弾した。
「ぐおっ!!」
「ハマー!!!」
「ハマーさん!!」
「くそったれっぇぇぇぇ!!おれの子作り能力を奪う気かこの(自粛)野郎!!!」
倒れながら、ライフルを構えて射撃を行い、迫る数名を仕留める。
「……早く後退して下さい!!隊長!!ここは俺が防ぎます!!」
「馬鹿なことをいうな!!!いま助けに行く!!」
ボズワーズ曹長とステップマン二等兵がバリケードから飛び出して、彼の脇による。
「隊長!!俺なんか放っておいていいですから!!」
「いいから黙ってろ!!」
ボズワーズ曹長とステップマン二等兵は、片手でライフルを撃ちながら、ハマー二等兵を引きずってくる。アムロが怒鳴る。
「彼らを殺させるな!!援護するんだ!!」
一斉に兵士が追撃しようとするザフト兵や、彼らに狙いを定めるものに攻撃を加える。だが、向こうもこれまでの仕返しとばかりにひるまず反撃してくる。その攻撃のひとつが、ステップマン二等兵の左腕に命中した。
「ぬわっ!!くそが!」
「レオン!!」
だが、ボズワーズが声を掛けるまえに、レオンは腕の痛みを気にせずに、銃を捨ててハマーを引きずることに全力を傾注した。さらに第1分隊のプール先任曹長が飛び出して援護する。
「プール隊長!!!」
「フン!!このチキンども!!やるなら俺をやりな!!怪我人殺して後ろ指など指されたくはねーだろうが!!!」
先任曹長が囮になろうとすると、その部下達が全力で援護する。
「隊長をやらせるな!!!」
「トム!!無茶するな!!!」
ミランダ曹長が、援護射撃をしながら叫ぶ。その脇で、ハマーは無防備で自分を引きずるレオンを気遣う。
「レオン……馬鹿野郎……」
ハマーの声も無視して、ともかく3人はバリケードにまで逃げてこられた。部下の歓声が上がる。だが、その刹那に先任曹長が、バリケードを乗り越えた直後に被弾する。
「隊長!!!」
「ちっドジッたか……クソっ!!」
悪態を付いた後に救急セットを使おうとするが、うまく扱えない。なにしろ2発も被弾している。部隊で一番若いルイス・クレイル二等兵が、応急手当を行う。ともかくも前進陣地は放棄出来た。ヴィーコが私に進言する。
「よし、次こそ艦長ですよ。負傷者の関係で戦力の少ない第2分隊と共に先行してもらいます!」
「そうだな、アムロ、キラ!!」
「わかった」
「わかりました!」
そこに、ハマーが突然提案してきた。
「艦長……お願いがあります……」
「死ぬ相談だったら受け入れないぞ」
「違います……俺がしばらくここを支えますから」
「だから、君が死ぬ確率が高い案件など認めない」
ハマーの代わりに、ボズワーズ曹長が口を出す。
「艦長、大尉!!!第3分隊が第1分隊の分も働いて見せます!!そうすれば撤退は早く済みます!!」
確かにこれ以上時間を消費することは危険ではある。だが。私は逡巡したが、ヴィーコ大尉はそれを採用した。
「わかった!!貴様達は地球連邦軍最強のロンド・ベルだ!!言い出したら確実にやってくれると言うことはわかっているぞ!!
ボズワーズ曹長!!3分でいい!!俺たちの撤退から3分したら必ず貴様らも撤退するんだ!!!」
「Aye ay sir!!」
「大丈夫……です!必ず合流しますよ!……なんといってもこれで帰還すれば……マリー少尉のデカパイを堪能出来ますからね」
下世話なことをいうハマーに釣られて、レオンも便乗する。
「じゃあ俺は、メアリー曹長に踏まれたいな!ご褒美で!!」
下品な笑いに包まれると、第1分隊のパーマー伍長が残留を希望した。
「そんなすげぇご褒美があるんだったら、第3分隊だけにいい思いはさせられないな!」
その言葉に第1分隊の兵士達も次々に残留を希望する。
先任曹長も残留しようとするが、部下が上官の負傷度の高さから気遣い、無理矢理に気絶させた。
ヴィーコ大尉はあくまで希望者だけといったところ、第1分隊員と第3分隊員は、負傷者以外の全員が残留を希望した。
全く馬鹿者どもめ。そう内心うれしさとあきれた感情が交ざりあった気持ちでいると、アムロが冷やかす。
「司令官の薫陶行き届いているな?ブライト」
「俺はそれほど浪花節じゃないぞ」
私は憮然としたが、兵士達に笑いが広がる。キラが、負傷しているハマーとレオンに声を掛ける。
「ハマーさん、レオンさん」
「さぁ早く行け小僧!!……先に行って『全裸紳士の冒険』上映会の……特等席を確保しろ。いや、しておいて下さい少尉殿……こういう部下は、手懐けておくもんですよ」
「……わかりました!必ず確保しますから、死なないで下さい!」
私も既に逡巡はない。部下達の思いを無駄にはしない。直ちにアムロ達と共に出口までは伏せながら、そして通路に入ったと同時に全力で疾走した。後ろから兵士達の声が聞こえる。
「野郎、きやがれ!!」
「このチート野郎どもが!!」
「男は顔だけじゃねーぜ!!イケメンども!!!」
我々がエアロックに進入したとき、後ろで爆発音が聞こえた。ザフト軍が重火器を投入してきたと思われる。3分過ぎたのち数分待ったけれども、彼らは帰ってこなかった。
これ以上は待つわけにはいかない。突破されていれば、すぐにでも我々に追い付くだろう。私は撤退を決断した。そこにひとりの兵士が血まみれでやってきた。ヴィーコ大尉が駆け寄る。
「ルイス!!無事だったか!!他の奴らは?」
「大尉……。第1、第3分隊は、その任務を全うしました……仲間達は、自分にこれを預けて……自分が一番若いからといって……」
彼は意識を失い、ヴィーコは彼を抱きかかえる。ルイス・クレイル二等兵の手中には、認識票が束になっていた。彼らの覚悟を受け止めたといえ、約束は破って欲しくなかったな。特にハマーめ、大馬鹿者が。
「そうか……よくやった……。艦長?」
「うん、総員乗り込め。生存者は……全員収容した」
ヴィーコ大尉はルイスを強く抱きしめる。キラは悔しさに体を震わせ、アムロは自分のライフルを固く握りしめていた。私も、彼らの死に対する怒りが自責の念と共にマグマのように煮えたぎっていた。
※ ※ ※
即席の通路を抜けると、ネェル・アーガマ副長のレイアム・ボーリンネア中佐が待っていた。
「ランチが1機打ち落とされました!!それでネェル・アーガマを強硬接舷させたんです!」
彼女が状況を説明する。こちらでも被害が出ていたのか。私はアムロ達に直ちに出撃を命じて、艦橋に上がった。
ノーマルスーツに着替えながらの移動である。艦橋に入ると、混戦状況であることがすぐに目に入った。
直撃を許したのか、艦体が揺れる中で被害報告を聞きながらオットー艦長が報告する。目の前には飲みかけのコップが漂う。
「司令!!ご無事で何よりです!!現在、本艦は地球軌道に対して南天方向直角に進路を取っています!!」
「よし、全艦に離脱命令!!宙域を離脱すると同時にミノフスキー粒子最大濃度散布!!!振り切るぞ!!」
「了解!!」
「機動部隊は追撃を排除しつつ続行しろ!!!」
私が司令シートに着席すると、オットー艦長は続けて報告する。
「それと趣味の悪いピンク色の船が、数隻のザフト艦艇と共に同士討ちを始めました。先方からの通信では、例のダコスタ君が属しているバルトフェルド隊だそうです」
「あの船か……」
モニターに目を拭ける。確かに船体はともかく、何て色をしている。まぁクワトロ大尉もかつては似たようなMSに乗ってはいたが、艦艇までは赤く塗っていないはずだ。
あれがバルトフェルド隊のパーソナルカラーであれば、名前に似合わない思考の持ち主だな。そこに通信が入る。ボラード中尉が回線を繋げると、片眼の男がモニターに浮かび上がった。
『はじめまして、エターナル艦長アンドリュー・バルトフェルドです』
「君がダコスタ君の上官か?」
『そういうことです。ともかく詳しい話はここを離脱してからでいいかと思いますが?』
「そうだな、こちらと合流して戦力を集中しよう、離脱の算段はこちらに目算があるので従って欲しい」
『そいつは頼もしい、では後ほど』
通信を打ち切り、艦橋の正面を見る。窓の外には、左舷カタパルトからフリーダム、中央からν、右舷からペーネロペーがそれぞれ同時に発進していく。
続けて赤いMSが中央から出撃した。サブモニターを見ると、バルトフェルド艦隊は砂時計の中央付近で戦闘している。
「オットー艦長!!進路変更!!!上げ舵130!!バルトフェルド艦隊と合流する!!!」
「了解!!!上げ舵130だ!!航海長!!!」
「Ay Captain!!!各員気をつけて下さい!!!」
ングロ航海長が、見事な操艦を見せる。体に負荷がかかる。その重みに耐えながら次の展開を考える。ザフト艦隊でこちらに対応出来ているのは、現在のところ8隻程度だ。
オットー艦長の指揮で、3隻撃沈したらしい。だが、増加することは確実である。一方で、機動兵器群はジンだけではなく新型機も投入し、およそ70機程度がこちらに殺到してきた。
こちらの機動戦力は、偵察用のEWACジムⅢを投入しても32機である。それでも20機を撃墜したが、3機のジェガンとスターク・ジェガン1機が損傷して後退している。
パイロットに戦死者がいないのが幸いである。しかし、報告によるとジェガンのうち1機は大破したそうだ。それでも善戦出来たのは、トライスターとZ・リゼル混合部隊の活躍あってのことだ。
「司令達が回収出来たのだからサッサと撤収だな!!!」
プルトニウスを駆る、カール・マツバラ中尉が叫ぶ。彼はZタイプに相応しい攪乱作戦に従事している。サイモン少佐が檄を飛ばす。
「マツバラ中尉!!もう少しだ!!気合いを入れろよ!!」
彼らがかき回したところに、トライスターが確実に機体を戦闘不能に追い込んでいる。だが第3戦隊の面々は、先ほど出撃したアムロ達と違い消耗が激しい。
ともかく迅速に合流して、その後はミノフスキー粒子をばらまいて離脱すべきだ。今回は悠長なことをいっていられない。徐々に戦力の引きはがしに成功しつつある中で、バルトフェルド隊もこちらに向かってくる。
「艦長!!!進路前方に艦隊発見!!!」
「数は!?」
「ローラシア級3隻です!!機動兵器を展開しています!!」
「司令?」
「バルトフェルド隊と合流すれば、こちらが数で上回る。突破するぞ!!アムロ達を先行させて前方の敵を排除しろ!!艦長!!!ハイメガ砲へとエネルギー充填開始!!!」
「司令!!?」
オットー艦長や、艦橋の面々が驚く。
「20%でいい!!それならすぐに充填出来るし、一隻は沈められる!!」
「了解!!!ハイメガ砲!!エネルギー充填開始!!!」
そこに、ラクス嬢がやってきた。
「ブライト司令、私に説得させて下さい」
「何だ!?戦闘中だぞ!!!」
ウィラー中佐が怒鳴る。彼女はひるまずに懇願する。
「避けられる戦いであれば、避ける努力はしたいと思います。私はそのための努力は惜しむべきではないと思います。たとえ、国を裏切った者と後ろ指を指されようともです。これは私の戦いでもあるのです」
さらに怒鳴ろうとするウィラーを押さえて、私は真摯に答えることにした。
「貴女の姿勢は敬意に値するが、既に説得出来る状況にはないと思う。今回はご遠慮願いたい。これは貴女の決意を軽んじるわけではない。
貴女が何をしたいのか、まだ理解出来ているわけではない。そういったことも含めて、その辺りはこの戦闘が終わってから伺うことにする。だから、今回は自重して欲しい」
「……わかりました」
ラクス嬢はぐっと感情をこらえた様子であった。だが、自分がこの船では乗客であること、そして私の言い分に一定の理がある事から引き下がる事にしたようだ。
彼女の思いもわからなくはないが、同胞との争いは回避したいという願いは、この状況では難しいだろう。こうしたやりとりのうちに、アムロ指揮の部隊が前方に展開する部隊と交戦に入る。
「12機の敵か!!やらせるか!!」
「攻撃などさせん!!!」
アムロとレーンがそれぞれ備え付けのミサイルを前方に叩き付ける。同時にキラが一斉掃射を行う。
「いっけぇー!!!」
前方に展開するジン部隊が次々に撃退されていく。攻撃を回避したとしても、ジンはクワトロ大尉の容赦ない狙撃の餌食となる。
もちろん、ミサイル射撃を終えたアムロとレーンもクワトロ大尉と同様に攻撃を行う。キラは全方位攻撃を続けて中央突破をする。
彼らの攻撃で、前方の艦隊はにわかに艦隊の射程に入る。同時に待望の報告が上がる。
「司令!!ハイメガ砲充填完了!!!」
「よし!!!ハイメガ砲も含め、全艦主砲一斉射撃!!!前方敵艦隊をなぎ払え!!!」
「ハイメガ砲発射ぁ!!!」
この攻撃によって、前方に展開する艦隊は壊滅した。ハイメガ砲の直撃した中央のローラシア級は轟沈し、残りも被弾し中破した。
アムロ指揮の機動部隊は、その傷付いた艦隊も容赦なく攻撃を加える。確かにこの艦隊さえ排除すれば、何とかなる。
「よし!!!Z・リゼル部隊とペーネロペーを除いて機動部隊に撤収命令!!!全艦最大戦速だ!!5分後にミノフスキー粒子最大濃度散布!!!!本宙域を離脱する!!!」
5分後に行われたミノフスキー粒子散布で、敵の追撃を完全に振り切ることに成功した。こうして我々は、多くの犠牲を出しながらも離脱に成功することができた。
4日後に我々はヘリオポリスへと帰還したのである。想定外の同行者も連れてではあるが。今後の宇宙情勢を思うと大きな徒労感を覚えたが、口に出すことはしなかった。
――第28話「歌姫の出撃」end.――
【次回予告】
「全く、みんな余計なことに気を回すな」
――第29話「ロンデニオン共和国」――