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Last-modified: 2010-05-01 (土) 09:57:42

~すべての誤りには三つの段階がある。
第一は、誤りが生まれる段階。
第二はそれを誤りと認めようとしない段階。
第三は、もはや取り消そうにも取り消せない段階。~(フランツ・グリルパルツァー)

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第7話

 
 

「アスラン・ザラ?」
シャア・アズナブルは、帰艦した直後、
血相を変えたホーク姉妹と、硬い表情をしたレイが口にした名前を、
頭のメモリーから引き出していた。
(確か、二年前の大戦で名をあげたパイロットだと聞いたが……)
今カオスから下りてきたパイロットがそうなのだという。
彼は機体の方を向いて、顔を確認すると、
「……彼が、か」
見てみれば、出撃前オーブの代表の傍らにいた少年ではないか。
合点がいったような、いかないような、何とも複雑な気分ではあった。
「間違いないのか?」
「そうですよ!
だって、ブリッジで議長とオーブの代表さんが揃って『アスラン』って!」
オーブの代表の護衛がだよ! ……と、興奮気味にまくし立てるメイリンをよそに、
シャアは即座にロッカールームへ駆け込む青年の後ろ姿をじっと見つめていた。
「それにしても、なんで名前まで変える必要があるの?」
着替えが終わり、レクルームに向かう途中、ショーンが言う。
そこまで話題にあげたがるほど、そのアスランという人間は有名な男らしい。
ただ新聞やTV、インターネットで流れている情報からは読めないイメージ、
少々新鮮だったので、黙ってその話題に耳を傾けることにした。

 

~アスラン・ザラ。
先々代議長兼、A級戦犯パトリック・ザラの息子。
クルーゼ隊の一員として前大戦で活躍。
連合の開発した『ストライク』を撃破し一躍名をあげる。
しかし父親の極右思想に反発し軍を遁走後、ラクス・クラインが結成した三隻同盟に参加。
終戦後は謎の失踪。
簡単にまとめてみるとこういう経歴らしい。

 
 

女性陣には、行方知れずの英雄がこんな所に! という興奮があるらしい。
ただ、それほどの男が名前を変えている。
名前を変えなければならない状況に追い込まれたのか、もしくは、
「何かから逃げているのかな、彼は」
「逃げ、ですか?」
「あのアスラン・ザラが?」
シャアは先頭のシンやホーク姉妹らには聞こえぬように言い、
傍らにいたレイとノエミが彼に問う。
「いや、初対面の印象だけだが、ルナマリアたちが言うような英雄と言うより、
ただの悩める少年にしか見えなかったからな。
名前を変えねばならない状況は、国を追われ隠れ住んだり、
本人だとばれぬようにして組織に入る時だったりと、
あまり公に語りたいような内容ではない」
キャスバル・レム・ダイクンという名を、エドワウ・マス、シャア・アズナブル、
そしてクワトロ・バジーナと変えた時の状況を、彼は思い返していた。
ザビ家の手から逃れるためエドワウを名乗り、
ザビ家への復讐のため、シャアと名乗り、
そして、キャスバルとシャア。
この二つの名前に生まれた『重さ』から逃れるため、クワトロと名を変えて……。
あのアスランという少年も、そんな自分と似ているのではないか?
これは押しつけに近い憶測であるが、シャアはそう思った。
ふと、レクルームの入り口でシンらが一度立ち止まっている。
誰かいるのだろうか。シャアが彼らの後ろに立ったとき目に入ったのは、
レクルームのベンチに一人腰かけた、紺の髪の少年であった。
「……入るなら早くしろ」
シャアは突っ立ったままのシン、ルナ、ショーンの背をトンッと押し、
慌てて三人とも中へと入った。シャアと後ろ二人は少量のため息をついて後に続き、
アスランはそんな様子をじっと見つめていた。
「それにしても、こんな所で『アスラン』に会えるなんて、正直びっくりです」
ノエミがフリーメイドの自販機から取り出したコーヒーを、
アスランに手渡して問うた。彼は少々苦い顔をしているが、否定はしなかった。
ホーク姉妹ら女性陣は興味津々と言った面持ちで見ていたし、レイは何も言わないが、
こちらも興味ありげにじっと見つめている。
ただ一人、不機嫌さを隠そうともしない少年がいる。……シンだ。
「二年ぶりなんですよね? だとしたらすごいですよ、カオスをあそこまで……」
「よしてくれ、緊急だったからMSに乗っただけだよ」
「だから、もう乗らないと?」
挑発するかのように、言葉を重ねるノエミに対し、アスランも気に障ったようで、
キッと彼女をにらみつける。そこに、シンが割って入った。
「よせよ。オーブなんかにいる奴に! 何を聞いても無駄さ」
「「シン!」」
咎めるシャアとレイを見向きもせず、シンはレクルームを飛び出した。
レイがこの始末は私がと言って、即座に彼の後を追いかける。
会話するような空気から一転、重々しい雰囲気に包まれ、
女性陣も気まずそうに部屋を後にした。

 
 

「……私の部下が失礼した、すまない」
「あ、いや、気にしてないですよ」
もう一度ベンチに座り直した彼の隣に、シャアも腰を下ろした。
「彼はオーブ出身のはずなんだが……、
まさかあのような物言いをするなど」
そう言う彼にアスランは驚きつつも、平静を保って返す。
また、何かを押さえつけ、責めているような表情を浮かべる彼に、
「今回は、君に艦を助けられたな、遅ればせながら礼を言うよ。
しかし、私も解せん。君はどうして、再びMSに乗る気になったのだ?
今の君は元英雄でこそあれ、ただの部外者に過ぎん」
「それは……」
シャアの問いに彼は言いよどみ、一呼吸置いて、
「わかりません」
「……わからない?」
「ええ、デュランダル議長が薦めたからとか、クルーの期待に応えるとか、
そういうのじゃなくて。何でしょう。
……なんかこう、自らの胸中に滾るモノに押されたって言うか……」
シャアは彼の言うその『何か』に、大方察しは付いた。
恐らく彼も、気づいているのかも知れないが、口にはせず、
「自分を突き動かすその『何か』に、負けたんですよ、俺は」
そう言って、彼も立ち上がりレクルームを出る。
(……彼は自分が嫌いなのか)
強烈なまでの自己嫌悪と満足感。
まるで、MSに乗れて喜んでいる自分と、それを責めている自分が真っ向から対立し、
どう収拾を付けるべきなのかがわからない。そう言っているように感じる。
「もっとじっくり話せればいいのだが……」
シャアはそうぼやいて、彼も部屋を後にしようとした。

 

Pilililililili!

 

その時レクルームの内線が鳴り、シャアはそれを手にとって、
「こちらレクルームだ。どうかしたのか?」
「私よ、シャア」
耳に聞こえてきた声に体がこわばる。
相手は艦長であるとわかってはいるのだが、何故か脳裏に、
『私は4歳ごろのキャスバル坊やと遊んであげたことがあるんだよ。お忘れか?』
と、忌々しい顔がよぎる。そのイメージをシャアは必死に振り払い、
「艦長、何か」
「ちょうどホットラインで議長に連絡があって……」
その後彼女が口にした言葉は、彼を真っ青にするのに十分な効果があった。

 
 

「ユニウスセブンが動いている! ……一体何故!?」
士官室の一つの中に、五人の人間が顔を合わせていた。
ギルバート・デュランダル、タリア・グラディス、カガリ・ユラ・アスハ、アスラン・ザラ、そして、シャア・アズナブル。
デュランダルの元にもたらされたのは、前大戦の開戦前、
『血のバレンタイン』によって破壊されたユニウスセブンが、地球への落下コースを取ったというものだ。
「それは此方でも調査中です。しかし、動いているのは事実なのですよ、アスハ代表」
デュランダルはいつもの表情を崩すことなく彼女に言い、この時の彼にシャアは感心した。
しかし、何とも居心地が悪い。彼女の何でという言葉が、さも自分に向けられている様な気がする。
数週間前に隕石落としを実行した張本人であるから仕方のないことであるが、
彼はこの事態が自分自身に向けられた皮肉にも感じられた。
カガリ嬢の隣にいたアスランも、動揺を抑えつつもデュランダルに、
「ですがユニウスセブンは『おそらくあと百年単位で安定軌道にある』
と言われていたはずではないですか……」
「隕石の衝突か、もしくは……」
「人の手によるものか、でしょうな」
「「「……えっ!?」」」
「………………」
デュランダルの言葉に重ねて、そう言い切ったシャアに、
カガリ、アスラン、タリアの三人は驚愕する。デュランダルは黙って、彼の顔を見た。
「人の手って、どうしてそんなことを」
「あれだけの質量ですから、まず最初は隕石の衝突が挙げられるのは確かです。
ですが、本国からコロニーが動くほどの隕石が接近したとの情報はない。
しかも、場所は本国のすぐ近くなのです。……隕石が原因という可能性はほぼゼロでしょう。
……だとすれば」
「人が動かした……と?」
「然り」
シャアの言葉にカガリは青くなり、アスランは慌てて彼女の体を支えた。
デュランダルが、何かを思い出したかのように口を開き、
「そういえば……」
「どうかしましたか? 議長」
タリアの問いに彼は、
「私が議長に就任したばかりの頃の話だが、
本国のある工廠で、試作型宙域用モーターが少しずつ消えていった事件があったな」
彼によれば、それは太陽風を利用して推進力を生み出す新型で、
大質量の物体も数があれば簡単に動かせる代物だったらしい。
少量ながら生産されたが、実用性に少々難があるのがわかりお蔵入りとなったのだという。
使用する予定もない物品であったので、調査も短期間で打ち切りとなり、あまり気にする余裕もなかった……というのが、彼の話であった。
「まさかそれが使われているとすれば、可能性は無くはない」
「そんな……」
「だとすれば、首謀者は捕らえるべきかと」
シャアの言にデュランダルも頷き、
「姫には申し訳ないが、先程私は艦の外装の応急処置がすみ次第、
至急ユニウスセブンに向かうよう手配しました。無論、本国からは破砕用具も届くはずです」
デュランダルは、カガリ嬢にまた厄介事に付き合って頂きたいと頭を下げ、
「幸い、この艦は場所も近いので。姫にもどうかご了承を……」
「無論だ! 私たちにとって……いや、むしろ此方にとっての一大事に、
其方が手を貸してくれると言うなら、喜んで」

 
 

「地球への衝突コースって、本当なの?」
「うん、バートさんが気づいて、私にみんなに伝えなさいって」
一方、レクルームに再び集まっていたシン一同にも、
ユニウスセブンの軌道にズレがあることが、別ルートで知らされていた。
ルナマリアが髪をかき上げ、イライラを隠すことなく、
「全く、アーモリーワンじゃ新型を取られるし。
それも収まってないのに今度は何!? どうなってんのよ!」
何やら妙な雲行きじゃない? とルナマリアは続け、皆もそれには同意見であった。
直感であるが、この二つの出来事が何故こう見事に合致するのだろうと、
みんな考えていたのである。考えすぎだろうという思考も合致していたが……。
「で、そのユニウスセブンを私らはどうするの?」
ノエミの言葉に、一同は考え込む。そして、一番に口を開いたのは、レイだった。
「砕くしかない」
あっけらかんと言い放った彼。それに、ショーンとメイリンは顔を合わせ、
「「砕くって……あれを?」」
「ああ。コロニーほどの質量がある物体が、すでに地球の引力に引かれているというなら、
軌道の変更など考える余地はない。……『破壊』、それしかもう無いだろう?」
「でも、でかいよ、あれ!? そんなもの、どうやって砕くのよ」
ノエミがレイに言う。
「しかし、衝突すれば地球はどうなる? そこで暮らす生き物は……」
ごくりと、息を呑む者も中にはいた。直径数キロにも及ぶ小惑星が地球に落ちる。
もしそんなことになれば、
「何も残らないぞ?」
「何も……?」
シンが小さく呟き、この中の誰もが、シンがオーブ出身であることを思い返す。
想像するのも恐ろしい、凄惨な光景が眼下に広がることだろう。
「地球、滅亡?」
「だな……」
ヴィーノが言葉を絞り出し、ヨウランが少々他人事のように返す。
彼は肩をすくめた後、緊張を払うためなのか知らないが、
口にしてはならない言葉を言いはなった。
「でも、しょうがないんじゃない?
……これで地球とのゴタゴタが無くなると思えば案外……」
「よくそんなことが言えるな! 貴様は!」
耳をつんざくように高く大きな声が、突如レクルームに響き渡った。
ヨウランは飛び上がり、彼の言葉に絶句していた一同も一斉に入り口の方を向く。
そこに立っていたのは、瞳に怒りの炎を宿し、金の髪が逆立ち、
周囲に熱気が立ちこめるほどの怒気を放っている、カガリ・ユラ・アスハであった。
「もう一度言ってみろ! 案外、なんだと言うんだ!」
「いや……それは」
「これがどういう事態か、地球がどうなるのか、どれだけの人間が死ぬか!
ちゃんとわかっての物言いだろうな!」
ぐっ、とヨウランは言葉に詰まり、皆も返す言葉がない。
ただ約一名、皆とは逆に嫌悪の感情を急激にふくらませる者がいたことには、
気づく者は誰一人いなかった。

 
 

「……すいません」
「あれだけ大変な思いまでして、デュランダル議長の下で変わったんじゃないのか!?」
ヨウランは頭を下げた。冗談といえども、言って良いことと悪いことはある。
その分別を無視しての発言であることも、彼はわかっていたのだ。
しかし、粛々とした雰囲気をぶちこわす発言が、部屋に響いた。
「別に本気で言っていた訳じゃないさ、ヨウランも。
そんな事もわかんないのかよ、あんたは」
カガリと、その後ろに追従していた人間が顔を驚愕に染め、
レイ達同僚一同は、
(しまった!)
性格的にも、彼の経歴から見ても、この雰囲気の中彼女に噛み付きかねない男が、
この中に一人だけいたことを思考から外していたことに心底後悔した。
「シン、言葉に気を付けろ!」
シンの隣にいたレイが彼を制そうとしたが、シンはそれにすら、
「あ、そっか。この人偉いんでした、オーブの代表ですもんねぇ」
「お前!」
「落ち着いてください、代表」
無礼にも程がある態度に、頭に血が上っていたカガリも激昂し、
彼につかみかかろうと仕掛けたが、後ろにいた少年に腕をつかまれた。
少年は丁寧な言い方であったが、部下が押しとどめるというより、
むしろ少年の方が彼女に命令しているかのような印象を受け、シンもその雰囲気に押された。
しかしなおもにらみ合いを続ける両者の間に割って入った少年、アスランは、
「君はオーブが嫌いなようだな……。だが何故だ?
もし、くだらない理由で関係ない代表に突っかかるのなら……
「くだらない……? 関係ない……?」
シンの表情がみるみる恐ろしい形相へと変わり、
「そんなこと言わせるか!」
目の前の者に向けられた殺意、憎悪はその場にいた全員を一瞬硬直させた。
「俺の家族は、オーブでアスハに殺されたんだ!」
レイも、ルナマリアも、メイリンも、ショーンも、ノエミも、ヨウランも、ヴィーノも、
そしてカガリとアスランも、その言葉に凍り付く。
シンが見つめているのは、その口にした姓を持つ一人の人物。
「国を、あんた達が掲げた理念とやらを信じて。
信じていたんだ! 中立国が焼かれるわけ無いって!
でもあんた等が招いたのは何だ! 連合の総攻撃だっただろ!
俺の父さんも、母さんも、妹も…………最後の最後にオノゴロで死んだ!」
理念を守ることを優先し、国民の命をないがしろにした、あの男。
目の前の女の父親、ウズミ・ナラ・アスハを、心底憎んだ言葉。
「あんたはあの時何してた! 人がいっぱいあの時あの場所で死んでいったってのに!」
生き残ったあげく、責任も取らずその地位に居座り、
綺麗事を守って国民を守らず、一度は国を亡ぼしたくせに。
「俺はあんたを信じやしないし、オーブなんて国も信じない!
あんた達は、自分の口にした言葉で誰が死ぬかとか、真剣に考えたことがあるのかよ!?」
シンの剣幕に何も言えない一同を尻目に、彼はそう吐き捨てるとレクルームを駆け出た。

 
 

「本国より、ジュール隊がメテオブレイカーを持って先行せりと報告が入りました!」
「うむ。……タリア、こちらもそろそろ動こう」
後部シートに腰を下ろしたデュランダルが、タリアに告げ、
ミネルバはユニウスセブンへの足を速めた。
現在、ザフト製戦艦の中で最速を誇るミネルバなら、
ユニウスセブンに到着するまでそう時間はかからないはずである。
「だが、地球軍の動きも気になります。
今になっても、月から艦隊が出港したとは聞いておりませんし」
「……今から出たとしても間に合うまい。全く、何を考えているのやら」
ブルーな気分を隠さず、デュランダルは大きなため息をつく。
「地表から核ミサイルでも撃てば事態は解決しようが、
そうなれば本国の民衆がどう動くかわからん。困ったことになった」
「我々とて、生まれたのは宇宙でも、地球は『母』も同然ですからね。
可能なことは全て、やってみなければ」
「うむ」

 
 

※※※※※※

 
 

「……カガリ、入るよ?」
アスラン・ザラは、カガリに与えられた部屋のドアを開け、中へと入る。
カガリは机の前の椅子に腰かけ肩を落とし、俯いて彼に背を向けていた。
机の上に、アスランは自販機から取り出したばかりのジュースを置き、
落ち込む彼女の前にかがみ込んで、言った。
「そう落ち込んではいられないぞ、カガリ。わかっていたはずだろ?
政治家になった以上は、自分に浴びせられる批判や糾弾にも耐えなきゃならない」
「わかってるよ、そんなこと。……でもあんなふうに、お父様のことを」
涙声でそう言って、カガリはアスランの胸に顔を埋めた。
そう、薄々感じてはいたのだ。
二年前にオーブ代表となり国内を飛び回り、政務に当たる中で。
~アスハの名に対する反感や憎悪
~政界の事情などこれっぽっちも知らない小娘への侮り
それは、父ウズミがとった前大戦での対応で家族を失ったあの黒髪の少年や、
オーブを支えてきた下級氏族、今は政府を実際に動かしている連中だが、
彼らのような人々から浴びせられていたものなのだろう。しかし、カガリはそれと向かい合いたくなかった。
それだと、あの父が行ったことが『悪』のように感じられてしまうから。
最後に自分をなでてくれたあの時の、父の優しい微笑みや、そのたくましかった手の感触。
それら全てを、否定してしまうものに感じられたから。だが、叩きつけられてしまったのだ。
ハッキリとした、憎悪の言葉と共に。
「仕方ないことだよ。わかってくれと言っても、今の彼にはきっと通じない。
彼も、自分の気持ちを抑えるのに必死なんだ」
アスランはカガリの頭をなでながら、彼女を落ち着かせようと彼女に優しくささやく。
「君にはわかるだろ?」
カガリは抑えていたものが決壊したかのように、彼の胸の中でむせび泣く。
彼はそれを黙って受け止めることしかできなかった。

 
 

シンは黙して格納庫を一望できる控え室からインパルスを眺めていた。
正直言って、今はルナやレイとは顔を合わせたい気分ではない。
これまで彼らにすら黙っていたことを、ああいった形で皆に知られてしまうとは、
自分の血の気の多さが悔やまれるところである。今はまだ、同情の念を向けられたくはない。
先程、カガリにぶつけた言葉は本音だ。
ウズミのとったどっちつかずの姿勢は連合の反感を呼び、結果、自分の家族はあの場所で死ぬことになった。
自分は今でも、あの時の光景を夢に見る。
~巨木に押しつぶされた父親だったもの
~岩壁に叩きつけられた母親だったもの
~そして、手が引きちぎれていた妹だったもの
「う……」
シンは咄嗟に口元を抑え、襲ってくる吐き気を押さえ込んだ。
アレがいつも厳しくもたくましく優しかった父なのか?
アレがいつも暖かく自分を包み込んでくれた母なのか?
アレがお兄ちゃんと自分を慕ってくれていた妹なのか?
突如、控え室の戸が開き、シンは咄嗟に振り返ってその人物が誰か確認すると身をこわばらせた。
入ってきたのは、赤いパイロットスーツを着込んだMS隊隊長、シャア・アズナブルであった。
黙ってはいたが、その顔はシンをじっと見、なおかつ険しい。
恐らく、先の騒動を聞きつけてきたのであろう。シンは身構えて、
「隊長」
「話はレイから聞いた。困ったことをしてくれたな」
口調は予想に反して、比較的穏やかだった。
しかし、言葉の底にはいつも以上の冷たさがあり、シンは彼からプレッシャーをひしひしと感じた。
「政治家の失策を責めるのは何も悪いことは言わんが、まさか本人に直接浴びせるとは」
「それは……」
故郷といえども、今は他国の一パイロットに過ぎない人間が、国家元首に面と向かって批判や罵倒を浴びせる。
それは、一歩間違えば国際問題に発展しかねない問題。
「我慢できなかったのか?」
「はい」
その一言は、シンの心中を現したものであり、シンはそう言って俯くことしかできなかった。
「私はお前の気持ちはわからないでもない。しかし、お前の言動を肯定する気もない。
私とて、今の彼女が政治家に向いている……とは正直言って思えんさ。
彼女は、人を疑うという事、人の汚い部分から目を背けたがっている」
「汚い……面?」
「綺麗好きも過ぎれば害になると言うことだ。しかし……だ」
シャアはシンに向き直り、
「お前の言葉の矛先は、彼女ではあるまい?」
「……」
「その怒りの矛先、それは何なのか、もう一度振り返ってみることだ。
少なくともお前は、復讐に生きるべき人間ではない。
その感情に押し流されると、ろくな生き方が出来なくなるぞ。…………私のように」
「え……!?」
シンは隊長の言った言葉に驚きを隠せなかったが、その隊長本人は、
すでに腕の時計の時刻を見、身を翻して格納庫直通エレベーターに向かっていた。
「行くぞ、シン。そろそろ作戦区域に入る」
「あ、はい!」
シンは急ぎ、男の後ろに付いていく。頭の中に、先程の隊長の台詞を反芻させながら。

 
 

※※※※※※

 
 

数隻のナスカ級戦艦から、数多くのMSが飛び出し、
クラゲのようにも見える廃棄コロニーへと一直線に向かっていく。
ザクウォーリアを始め、ゲイツやジンの姿も見られた。
二機一組で、MS2,3機分の大きさを持った作業機械、『メテオブレイカー』をひっさげている。
人工の大地は広く、その各所にMS隊は散らばっていく。
その光景を、物陰から見つめる不気味な一団があった。
「おのれ、軟弱者の鎖に繋がれた犬共めが……」
顔に大きな傷のある男が、忌々しげに工作隊を見つめていた。
着込んでいるパイロットスーツは、工作隊が来ている者と同じ、ZAFTのもの。
そして、乗り込んでいる機体も、彼らと同じ、ZAFTのMS。
腰にさした日本刀に似た斬機刀と、
MS本来の機動性を強化する増加ブースターが特徴的な、黒と紫の『ジン』であった。
所属不明のジン達は、各所に散らばったMS部隊の後を追い、
その中の一機、が、メテオブレイカーの設置に取りかかったザクの後ろに躍り出る。
「油断のしすぎだ。まだひよっこだな」
顔に傷のある男、サトー・エヴァレットは、
ZAFT共通の通信チャンネルで、相手に言葉を浴びせるのも忘れなかった。
「我々は二年も苦汁をなめてきたのだ!
貴様等のような者共に、我らの理想を邪魔だてされてなるものか!」
「な、何だ! ぐわっ!」
不意を突かれたザクは何者なのか確認する間もなく、
サトーの駆るジンの刀によって背から腹まで刺し貫かれ、仲間が撃たれ動揺したもう一機の隙をつき、
貫いたザクの影からビームカ-ビンをゲイツの腹にたたき込む。
爆散していく本来友軍であった機体。各地でも、戦闘が切って落とされていることが、
爆発する光で確認できる。
「ここで散った者達の無念を晴らさねばならぬのだ。何故それがわからん!」
サトーは悲しさをこめて叫び、また次の場所へと機体を向けていた。
「ぬぇい! 戦場慣れもしとらん若造ばかり!」
彼は、此方にビームを撃ってくるゲイツの弾をかわしながら、
着実に、その後ろにある物に向かって突き進む。
此方は強化してあるとはいえ、旧式である。にもかかわらず、此方の方が優勢というのは、
サトーの胸中にある種の虚しさを呼び起こす。
彼のジンは滑るようにしてゲイツの懐に飛び込むと、
すれ違い様に右手の刀を一閃させ、左手のライフルでメテオブレイカーを射抜いた。
両断されたジンと貫かれたメテオブレイカーはほぼ同時に爆発し、
「やらせはせんぞ、今更!」
彼の足下にあるものこそ、今の彼が守るべきものであり、
それは守者を失った者達が選択した滅びの物体と化していた。
そして、本来守るべき者達に銃口と刃を向けていると、今の彼らには想像する心すら失われていたのである。
「……何だ!?」
全身をゾワリとする感覚が襲い、彼は前進する機体を急停止させた。
すると、彼の行くはずだった場所に何条ものビームが降り注ぎ、彼は身も冷える思いになった。
その方向に目をやると、漆黒の戦艦が此方に近づいてくるのに気が付く。
ビームが発せられたのは、戦艦でなく、MSだと言うことにも。そしてまた別の方向には、グレーのZAFT製戦艦が見えた。
「あれは……ZAFTの新鋭戦艦と、連合だと!? 何故だ!」

 
 
 

「MS発進三分前。各パイロットは搭乗機にて待機せよ。
繰り返す、各パイロットは……」
「やはり人間の手によるものだったか……」
シャアは目を閉じ、『因果』『業』という言葉が頭を走り抜けていくのを感じていた。
つい先程、ユニウスセブンに先行していたジュール隊が何者かに襲われ戦闘状態に入ったらしい。
ブリッジのメイリンが半ばパニックになって伝えてきて、
シンやレイらも動揺を隠せない様子であった。
「……なんで」
「ん?」
MSに乗る者の中で、シャアの他冷静さを保っていたのは、
カオスを一時的に預かっているアスラン・ザラであった。
「どうして、あんな物を地球に落とそうするんでしょう」
「……どうして、か。難しい質問だな」
「そうでしょうか?」
シャアがそう返したことを、アスランという少年は疑問に思ったらしい。
「人が……死ぬんですよ?」
「だからこそ落とす。という人間もいるのだよ、アスラン君」
この世界には知る人間などほぼいないが、
ギレン・ザビ、デラーズフリート、ハマーン・カーン、そして、シャア・アズナブル。
U.Cにおいて、地球に質量のある物体を落とした人間達。
その中の一人であるシャアには、これこそ皮肉以外の何者でもなかった。
(本当のお前なら、私を笑うだろう? アムロよ)
落とそうとした張本人が、今度はそれを止めようと作戦に参加する。
総帥であった頃の彼を知るものなら、きっと失笑ものであろう。
「それに、今もあれは地球へ落ちているのだ。考える事は後にするのだな」
その時、格納庫内にメイリンの通信が響く。
「ミネルバ、カタパルトオンライン! 各機、発進願います!」
「……了解した。アスラン君、君の事情はどうあれ、今回は私の指揮下に入ってもらう。
それはわかっているな?」
「ええ」
クレーンでカタパルトに運ばれていく、シンのインパルスと、ノエミのブレイズザク。
「シン・アスカ、インパルス、行きます!」
「ノエミ・ジュベール、ザク、出るよ!」
レイのザクもガナーで出撃し、ルナマリアもまたスラッシュで、ショーンのゲイツも、
インパルスを先頭にしてユニウスセブンへ向かっていく。
シャアのザクもカタパルトへ運ばれ、背部にイージーのユニットが装着される。
開かれたハッチの向こうには、着々と地球へ降下する廃棄コロニーと、
その周りでチカチカと光っては消える閃光が見えた。

 

「シャア・アズナブル、ザク、出るぞ!」
「アスラン・ザラ、カオス、発進する!」

 
 

「ボギーワン!? こんな時に……くそっ」
ブリッジから入った新たな情報は、シャアらの心中をかき乱す。
シン達からしてみれば、彼らは同僚を屠った敵であり、
今ユニウスセブンを落とそうとしている連中以上に、憎い存在であった。
それにくわえ、彼らは犯人だけでなく、ジュール隊にも攻撃をかけているそうだ。
「ちぃ、あいつら!」
「あの三機、今日こそ!」
案の定カッとなった、シンとルナマリア、ノエミとショーンの四人が飛び出した。
「奴らは捨て置け、シン! ルナマリア! ……ええぃ」
シャアの制止を聞かず、彼らは加速して、
ユニウスセブンの戦火の中へ飛び込んでいく。
シャアも彼らだけではと後を追い、
「む? ……! やらせるか!」
付いていこうとしたレイ、そしてアスランが地表に目をやったとき、
地表にメテオブレイカーを抱えて降り立ったゲイツが、
今まさに、紫のジンの攻撃を受けようとしていた。
ジュール隊の母艦から武器を持って来ていなかったのか、ゲイツの武装は腰の無反動砲のみだ。
ジンは悠々とそれをかわし、ビームカービンをゲイツに向けようとしている。
レイとアスランがそれに反応し、まずはレイがビームキャノンを低出力で放つ。
牽制である。ジンは即座に右へと軌道を変え、路地だった場所に身を潜めようとしたが、
「ぬえぇい!」
アスランはビームライフルでジンの左右の腕と頭部を打ち抜き、
丸腰となったジンのコクピット部を殴りつけた。
高い硬度を持った物体をぶつけられたジンの装甲はひしゃげ、
コクピットから人間が出られぬようにし、丸腰だったゲイツにジンを渡して、
「本体までこいつを連れて行ってくれ、犯人の一味だ」
「わ、わかった! ……感謝する!」
ゲイツのパイロットはそう言い残すと、ジンを抱えてこの宙域から離脱しようとした。
その時、
「うわぁああ!」
「何!?」
突如、ジンが内部から爆発し、ゲイツをも巻き込んで四散したのである。
「自爆……した?」
レイは信じられないものを見たという心中の気持ちを隠さず呟く。
それはアスランも同じで、呆然とその光景を見つめていた。
「…………」
シャアは黙したままその爆煙を見、小さく息を吐く。捕まるくらいならばいっそと自爆するその様には、
テロリスト側の意地・気概が現れている。
しかし、それに気を取られている場合ではなかった。
「……!? ちぃっ」
此方に襲いかかってくるのは、何もテロリストのジンばかりではないことを、
三人は失念していたのである。
三人めがけて、ビームの雨が襲い、かろうじてそれを避けた二人はその方向に目をやる。
ダークブルーとホワイトのカラーリング、そしてユニコーンの紋章を持ったGMもどき、
そして青を基調とした、奪われた機体の一機アビスであった。

 
 

「お前等のせいかよ、『こいつ』が動き出したのは!?」
一方アビスもビームランスを振りかぶり、カオスへと躍りかかり、
アスランは咄嗟にサーベルを抜くと、迫るランスの刀身を受け止めた。
即座にレイはアビスに砲身を向けるが、撃つのをためらった。
アビスとカオスの距離が近すぎるのだ。今ここで撃てば、確実にカオスを巻き込む。
「何故こんな物を地球に落とす!?
これでは地球が寒くなって人が住めなくなる。核の冬が来るぞ!」
あの時と違いつつも似た状況で、あの時と同じ台詞を、同一でありながら別の人間に叫ばれる。
それは、シャアの胸をキリキリと締め付け、
「これは私ではないぞ、アムロ!」
「くっ……、またしても……。
信じられるわけがないだろう! 特に貴様は!」
GMもどきが仕掛けてくるビームと、振るう刃をサーベルで受け止め、
「信じてくれとは言わん! しかし、これだけはお前にわかって欲しいのだ!」
「……何で」
「……?」
「何故貴様は俺にそこまでこだわる!? 俺は貴様の何だ!
教えろ! 貴様は、俺の何だ!?」
「……私は……貴様の好敵手〈ライバル〉だ!」
シャアはスラスターを全開にして奴をはじき飛ばすと、腰からライフルを外して、
姿勢を崩した奴めがけて、数発ビームを浴びせる。
左右に光速で動きやり過ごした彼奴は、シールドを構えて此方の様子をうかがう。
「貴様にはわかるはずだ。……『人の心の光』を見せた貴様になら……」
「『人の心の光』? ……つぅ!」
一瞬動きの鈍ったGMもどきとの距離を、シャアは詰めようとしたが、
左方から感じた殺気によって、動きを阻害された。

 

ゴウッ

 

目の前を一条のビームが通り過ぎ、足下の大地を焼く。
「くっ……」
シャアがその方向に目をやると、
ビームカービンを此方に構えたジンが、廃墟となったビルの上に立ち、
此方を見下ろしていた。
その姿と、ひしひしと感じる敵パイロットのプレッシャーは、
先程のジンとは比べようもないほど大きく、禍々しいものであった。
アビスも、其奴の存在に気づいたのか、シャア達と距離を取るように後ずさり、其奴を見上げた。
「……やらせはせん」
通信機の向こうから、壮年の男性の声が聞こえる。
その心底に、無念と憤りが見え隠れして、レイやアスランは怯み、
シャアは何とも複雑な気分にさせられた。
「やらせはせんわ、今更!」
斬機刀で八双の構えをとる、『サムライ』を意識させるジンは、
何処に隠れていたのか、引き連れた数機のジンと共に、シャア達に躍りかかった。
その言葉の中には、こうなるはずでなかったという焦りがあり、
シャアも、GMもどきに乗っているであろう(今は違うとはいえ)アムロも、
困惑と共に奴らの刃を受け止めた。

 
 

※※※※※※

 
 

一方、シン達も混沌とした状況となっていた。
「こなくそぉ!」
ショーンのゲイツが放った無反動砲の二つの弾が、ジンの腕をひしゃげさせ、ボディを砕く。
しかし、撃破したと思えば、また別のジンが出てくるという、
まるでゴキブリを相手にしている香のような気分である。正直言って、こいつらは気味が悪い。
「一匹見たら三十匹はいると思えって!? 冗談きついわ」
ノエミのザクのトマホークも、メテオブレイカーを狙うジンの姿を捕らえ、
そのビームカービンを切り落とす。
その隙を、シンのインパルスが撃ち貫き、また別の奴は、
「てぇええい!」
ルナマリアのアックスが、相手の日本刀似の斬機刀を持った手を切り落とし、
返す刃で逃げる相手のボディを捕らえた。
そんな彼らにも、別の敵が牙をむく。
緑のGと連合のものらしきブラウンのMSが、
前線で刃を振るうシンのインパルスとルナマリアのザクに肉薄し、
援護しようとしたノエミとショーンにも、一機のMSがうちかかる。

 
 

「くそ、こいつ」
ルナマリアは腰からライフルを取り出し、アックスと入れ替えると、
目の前に迫る『GMもどき』に向かって、ライフルを何発か放つ。
(隊長がそう呼んでいたので、隊の皆もそう呼んでいるが、『GM』ってなんだろう? と、最初は思ったものだ)。
当然、向こうも撃ち返してくる。ビームがお互いをかすりつつ迫り、
彼女はそれを避けつつ、目の前のGMもどきめがけてさらに数発みまうが、
一発も掠りもしない。
「こいつ……強……」
ルナは気合いを入れ直すように深呼吸すると、ライフルをまた腰にしまい、アックスを取り出した。
そして腰のグレネードに手をやり、それを自分の足下めがけて投げつける。
すると、激しい勢いで赤色の煙が立ちこめ、辺りを赤い煙が覆い尽くす。
ルナは煙が覆う箇所のうち、MSが隠れるに適した建造物の影に滑り込む。
「あら……先にいたのね」
そこには先客である紫のジンがおり、不意を突かれたそいつは慌ててビームカービンを向けるも、
ルナマリアがアックスを振るうのが早かった。
ピック状の刃でコクピットのみを貫き、爆発せぬようジンを横たえると、ルナはGMモドキが来るであろう時を待ちかまえた。
しかし、ルナマリアの予想は大きく外れ、
「……え!?」
建物の天井を、何かが貫いた。
それは易々とコンクリート製の建造物を貫き、切っ先がザクのシールドの結合部を切り落としていた。
もし、もう少し左に立っていたら……。そう思うと、ルナマリアはひやりとした感覚と共に、怒りが立ちこめてきた。
ビームガトリングを天井に向かって十数発か打ち込むと、勢いよく建物から飛び出す。
そして上を見上げると、建物の屋上に大剣を掲げたGMもどきが立っていた。
「やってくれたわね……」
「自分の思い通りに戦局が動くと思ってるの? バカもZAFTにはいるものね」
「何を……!」
ルナは憤り地を蹴ってGMもどきに斬りかかった。
みるみるうちに距離を詰めた彼女は目の前のMSに向かって右から左へ、渾身の力を込めてアックスを振り抜く。
しかし、GMモドキはそれを大剣の刀身で、まるで流すかのようにいなし、
その勢いを利用して回転すると、後ろ蹴りをザクのコクピットにかました。
「ぐふぅっ」
あまりの衝撃にコクピットは揺れ、ルナは腹に強烈な一撃をくわえられたような感覚に、
思わず吐き気がし、一瞬だけ、意識を手放した。
その隙をついたGMもどきが大剣を構え振りかぶり、ザクを両断せんと振り下ろそうとした。
それを、横から邪魔した者がいた。
「何……!?」
パイロットは不意を突かれ、横から放たれたビームはGMもどきの胸部前ギリギリを通過する。
その方向に目をやると、テロリストのジンが此方に仕掛けてくるのが見えた。
彼らからすれば、双方とも自分たちの目的を邪魔する存在でしかないらしい。
「くっ……命拾いしたね、赤いの!」
GMもどきはルナにむけて言い放つと、迫るジンに向かってスラスターをふかし、
大剣をすれ違い様に一閃させジンを両断すると、建造物の向こう側へと飛び去っていった。
ルナマリアは、コクピットの中で唇を噛みしめていた。また良いようにもてあそばれたあげく、生き恥をさらした気分である。
勝ち逃げされるのがこうも腹立たしいと言うことをルナマリアは知った。
「ちくしょう……、ちくしょう……」
胸中のどす黒いこの感情に引っ張られるように、別の何かが自分の中で息を吹き返したことを、
ルナマリアはまだ気づくことはなかった。

 
 

起動に成功し、地中に吸い込まれるメテオブレイカーを、
じっと見守るMSがいた。
ルナマリアが装着しているものと同じ、スラッシュウィザードを装備し、
全体を水色のカラーリングで染めた、ザクファントム。
その見守る先で、地が揺れ、割れ、亀裂がどんどんこの大きな塊を引き裂いてゆく。
しかし、途中でその亀裂は勢いを止め、
「くそっ……、まだ足りない」
水色ザクのパイロット、イザーク・ジュールは、
忌々しげに舌打ちする。
まだ何機か残るメテオブレイカーを、何としても守り抜かねばならない。
イザークも、傍らで砲撃をくわえる彼の相棒、ディアッカ・エルスマンも、
迫り来るジンに向けてビームを放ち、近づいて切り裂くのを繰り返す。
そんな中、一機のメテオブレイカーがまた、起動に成功した。
ギャリギャリギャリッ
耳障りなこの音も、今は心地よい音楽のようにも感じられ、
「グゥレイト! やったぜ!」
思わずディアッカが叫んでいた。イザークも、同じように叫びたい気持ちだ。
亀裂はますます広がり、轟音と共に大地がずれていく。
その向こうに、星空が覗き、このコロニーが割れたのだとわかり、
至る所で、ジュール隊の面々の歓喜の声が聞こえる。
「油断するなよ、貴様等! ……ん? あれは」
嬉しいのはやまやまだがと続けようとした彼の視界に、
白いMSと、それと格闘する緑のMSが映る。どちらもGタイプのようだった。
「……ミネルバの新型か!」
先程、母艦のボルテールからミネルバが到着したと連絡が入り、
通信でミネルバ隊のMSデータが送られていたので、
白い方が、我が方の『インパルス』で、緑の方が奪われた『カオス』だとわかる。
見る限り、どうやら白い方が劣勢のようだ。
「ディアッカ、ここを頼む」
「お、おいイザーク!」
イザークはディアッカにそう言い残し、隊の皆にもまだ作業を続けるよう通達すると、
一人インパルスの援護に向かった。
あの部隊は、どうやら機体を奪った連中と交戦中で、白いのは一機はぐれてきたに違いない。
「手間をかけさせるなよ……」

 
 

「しまった、ライフルが!」
シンはというと、焦りを露わに相手の攻撃をかわす一方であった。
ユニウスセブンが割れたことによって周囲に岩塊が飛び散り、
それが交戦中であったインパルスのライフルをはじき落としたのである。
「油断しすぎだ、インパルスのパイロット!」
「……味方か!」
カオスが放ったビームを防いだシンに、激しい気性の声が聞こえてくる。
近づいてくる水色のザクからのもので、シンはそのカラーを許されたパイロットの名を、
頭から引っ張り出して驚いた。
「イザーク・ジュール……」
ヤキン・ドゥーエの戦いで一躍名を挙げたMSパイロットで、
今回のユニウスセブン破砕任務を任された部隊の隊長。
そんな人物が、こんな端っこの場所にいる。
「貴様もさっさと破砕作業に向かえ!」
イザークのザクはカオスの攻撃をかわし、するりと前面に滑り込む。
彼の一閃したアックスはカオスのシールドを焼き切り、
イザークはそのままカオスを蹴りつける。
シンはその、流れるような戦闘に見入っていた。
「あれが、ヤキンの戦いを生き延びたパイロットの力……」
感嘆の声を漏らしつつ、シンは本来の目的を思い出し、
「……了解しました!」
ユニウスセブンに向かうべく機体を其方に向けた後でも、
シンは一部のモニターを使って、後ろの戦闘を見、
あの動きが自分にも出来るだろうかと、思わずにはいられなかった。
すると、闇の向こうにみえたボギーワンから、数個の信号弾が打ち出される。
「……?」
イザークと格闘していたカオス、ノエミとショーン相手に大立ち回りをしていたガイアが、
弾幕を張りながら後退し、一斉に踵を返して母艦に帰っていく。
ボルテールからも、帰還信号が打ち上げられ、
「何なんだ? 一体……」
そう思ったシンの問いに対する答えは、意外にも自分の母艦、ミネルバからの通信で判明することとなった。

 
 

※※※※※※

 
 

「MS収容後、艦首砲で破壊しつつ大気圏に突入?
MS隊はミネルバに帰投しろ? ……何故こんなタイミングで」
シャアは毒づき、ジンの斬機刀をサーベルでさばくと、
左手のライフルをジンの胴体に押しつけ、ためらわず引き金を引いた。
メテオブレイカーの設置は殆どが成功し、このコロニーは細かく分断されている。
しかし、そのいくつかは確実に地球に落下する高度まで来てしまっているという。
「……そこか!」
シャアは殺気を感じ取り、その方向にサーベルを振るうと、
別のジンがシールドでシャアのサーベルを受け止めていた。
「我が娘のこの墓標、落として焼かねば、世界は変わらぬ!」
「……娘?」
そのジンの懐を蹴り上げ、逆手に持ち替えたサーベルをむき出しになった胸部に突き刺しながら、
シャアはパイロットの言葉を反芻した。
「……一体何を?」
それを聞いていたのか、アスランも驚きの声を上げる。
アスランのカオスに斬りかかったジンからも、同じように、
怨嗟の込められた言葉が通信機越しに響く。
「ここで無惨に散った者達の無念、嘆きを忘れて、
撃った者らと手を取り合って、なぜ笑っていられるのだ、貴様等は!
軟弱なクラインの後継者共によって、ZAFTは変わってしまった。何故気づかぬか!
我らコーディネイターにとって、パトリック・ザラのとった道こそが、唯一正しきものと!」
「え……!?」
アスランの動きが、止まった。
ジンはカオスに出来た隙をついて、ビームカービンでカオスの右腕を吹き飛ばした。
なおもジンはカオスに迫り、斬機刀を首の関節めがけ突き立てようとし、
「……何!? ビームか!」
ジンのパイロット、サトーは、斬機刀が根本から熔け落ちたことに驚愕し、
刀のような細い物体を正確に射抜いたパイロットの技量に舌を巻いた。
機体をカオスから離したサトーはビームの飛んできた方へ目をやる。
赤いザクである。それは、サトーの僚機をサーベルで貫くのと同時に、
もう片方の手に掴んだライフルでサトーのそれを打ち抜いて見せたのだ。
「レイ、アスラン君を連れてミネルバに戻れ!」
「了解! しかし、隊長は……」
「私は良い。早く行け! 間に合わなくなるぞ!」
相手がひるんだのを察したシャアは、すぐさまカオスに近寄ると残った腕をひっつかみ、
レイのザクへ放った。レイはそれを受け止めると、シャアにも撤退を促すが、
シャアはそれを一度拒んだ。
目の前の、ジンに乗ったパイロットに対して、含むものがあったから。

 
 

レイはシャアの声に無言で頷くと、呆然となったままのアスランを連れて、空域を去っていく。
この場に残るのは残り四機となった。
シャアのザク、首領のジンが向かい合い、その二機に対して、GMもどきとアビスはジリジリと距離を取り始める。
その方向にチラリと目をやると、ボギーワンと思しき戦艦が帰還信号を打ち上げたのだとわかる。
シャア個人としては、アムロとの戦闘を続行したい気持ちでいっぱいであったが、
このままでは限界高度も近い。それに、このジンを放って帰還するのはどうにも癪に障る。
あの部隊といずれ再戦するときが来れば良いと願いつつ、シャアは先程切り捨てたジンの残骸から斬機刀を二本手に取ると、
サーベルをランドセルにしまい、ライフルを腰に戻し、手に取った斬機刀を一本、首領のジンに放り投げた。
実体剣ではビームサーベルを受けられない。そう考えた彼は、あくまでフェアに勝負を付けようと思った。
フェアプレーを好むのは彼の悪癖と言えようが、指摘する者は誰もいなかった。
サトーもシャアの意図するところをくみ取ったのか、ビームカービンを放ると、
シャアの投げた斬機刀を受け取る。
「……そこまでの腕があるのなら、何故あのような者らに手を貸す!?」
シャアのコクピットに、サトーの声が響く。最早自分の計画は破綻しているというのに、妙に冷静な声音だ。
「デュランダル議長をそこまで嫌うとはな……」
「当たり前だ。あの男とカナーバは、我らの同胞が血を流して手に入れたものを、
易々と手放したのだ! ナチュラル共に屈した軟弱者共なのだよ!」
その無念は、かつてジオン共和国の面々を『売国奴』と罵った、
デラーズ・フリートの思想に通じるものがあり、シャアは眉をひそめる。
~愛国心や信念を語りながら、やっていることはあくまで私的な憂さ晴らし
そういう印象すら、先程の台詞からは読み取れた。
「だからコロニーを落とすのか? その同胞とやらと共に、彼らを糾弾する事も出来たろうに」
「黙れ! 貴様に我らの思いが理解できるはずがあるまい!」
サトーは聞く耳持たず、構えたままジンを前方へと加速させ、シャアへと迫った。
「そうか……」
シャアはそう言い残すと、上から迫る刀の刀身をスッと、流麗な動きで避けると、刀を掴む両手に力を加え、振り抜いた。
サトーはその刃を、咄嗟に刀を回転させ受け止める。衝撃は刀ごとジンを押し返し、
降った先で突きの形に持ち替えたシャアは今度はジンの胸めがけ刀を突き出す。
サトーはそれを左に避け、読んでいたシャアは突きだした手をさっと返し、
さけた先にいるジンに追撃をかけた。サトーはそれを受け流し、胴体を回転させると、
「でぇええい!」
「何と!?」
がら空きとなったザクの頭部めがけて、斬りつけてきた。
シャアは機体をかがませ、ギリギリの所でそれをやり過ごすと、逆手に持った刀でジンの左腕を切り飛ばす。
刀を持った右手がまだ死んでいない。サトーは、平突きの構えに入り、
これが最後の一撃と、シャアのザクに躍りかかった。
しかし、如何せん片腕を失っていれば、それだけボディもがら空きになる。
「……そこだ!」
シャアはサトーの一撃をさけ宙を切らせると、左手の刀でジンの首と、残った右腕を切り落とし、
その向こうの背部バーニアをも切り裂いた。
彼は、バランスを失ったジンのボディをさらに殴りつけ、地に叩きつける。
「ぐはぁっ」
サトーの全身に衝撃が走り、彼の意識を一瞬にして奪う。
シャアは、ジンが自爆せぬ事を確かめると、GMもどきの消えた虚空に目をやり、
あの男が一刻も早く元に戻ることを祈りつつ、
「……こちらシャア・アズナブル。敵の首領格を捕獲した。これより帰投する」
ミネルバのメイリンにそう告げ、ジンの脚部をつかみ、真っ赤に染まりつつある大地を後にした。

 

※※※※※※

 

「……もう一度、言ってもらえます?」
「申し訳ありません。あの男が捕縛されるとは、想定外でして……」
「言い訳はいりません。確かに、あの男は捕まったのですね?」
「は、間違いありません。先程、『例の艦』の協力者から、報告が入っております」
子供達が孤児院の中に逃げ込むのを、茶髪の少年と壮年の男性が誘導している最中、一人の少女が、電話の前で般若の如き形相を見せていた。
子供達や、少年の前では決してみせぬ顔、その顔のまま、少女は続ける。
「……確かに、ミネルバにそれほどの腕のパイロットがいたとは想定外ですけど、
まさかエヴァレットさんともあろう者がみすみす捕虜に甘んじたのが、もっと意外でしたわね。
やはり、他者の言と威を借りねば何も出来ないお馬鹿さんだったのでしょうか?」
本来は旧式のジンだけでなく、ゲイツも渡す余裕はあったのだが、ミネルバ隊とジュール隊でちょうど殲滅できる程度の戦力しか回さなかったのも、
適度に破片を地球に落とすためであった。だが、それが裏目に出たようだ。捕らえられた彼の口から、自分たちの情報が漏れれば元も子もない。
「お気持ち、お察しいたします」
「ありがとう。『彼』についてはそちらで『処理』してくださいな。
……で、ユニウスセブンの破砕結果はどうなのです?」
「今現在、大きな断片は地球には落下せぬとの正式な見解が出ましたが、
少なくとも、連合の先進地域の何ヶ所かに破片が落下するのは確実かと……」
電話の主の言葉に、少女は少し気を許す。
それならば、きっと地球のどこかに潜んでいる過激派の土竜たちも、その腰を上げるだろう。
それに、地球市民のプラントへの反感も増し、プラント市民もそれに反発するのは必至だ。
だが、
「まだ、足りませんわね」
それだけではダメだ。その状態のまま、戦火が開かれては意味がない。
地球側とプラント側との物量差が絶望的なのは、前大戦で証明済みだ。
ならばもっと、地球側が全力を出せぬように仕向けなければ、混乱はすぐさま沈下へと向かうだろう。
そうなれば自分の出番が無くなる。それだけは避けなければならない。
「中東とアフリカ、東南アジアの協力してくださってる方々にも、発破をかけて下さいな」
中東諸国のイスラム原理主義グループや、アフリカの民族主義者達は、
かつての西暦時代ほどではないが勢力は存在し、連合内で主導権を握る国家に不満を持っている連中が多い。
「……分かりました。やってみます」
「みます、ではありません。……やりなさい」
「は……はい!」
電話の主は慌てたように電話を切り、ツーッツーッと電子音のみが受話器の向こうから聞こえ、
少女は呆れをその顔ににじませてため息をつく。
「もっと自信を持っていただかないと困りますのに……!?」
少女は、背後に近づく気配を察すると、急ぎ受話器を置き、バンと開かれた扉の前に、茶髪の少年が立っているのに気づく。
「まだこんな所にいたの!? 危ないよ! はやくシェルターに行かないと!」
その少年に少女の顔が向いたとき、それは普段の表情に戻っており、少年の顔には安堵の笑みが浮かぶ。
「わかりましたわ、キラ。……私もすぐに参ります」
元プラントの歌姫にして、今はこの孤児院で子供達の世話に励む、

 

ラクス・クラインの顔が、そこにはあった。

 
 
 

第7話~完~

 
 
 

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