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Last-modified: 2010-11-12 (金) 10:12:31
 

「大丈夫かしら。ラクスさんとバルトフェルドさん……」
スカンジナビア王国へ向かおうとしていたアークエンジェル艦内。
ブリッジにおいて、マリュー・ラミアスがボソリと呟いた。
彼女がここを離れて行動するのが心配だからというのもある。だが、
「心配ありませんわ、マリューさん。
向こうにだって協力してくださる方はいらっしゃいますし、
バルトフェルドさんも付いてますもの」
彼女が向かった、『会わなければならない人』のいる場所というのは、
彼女たちには一切聞かされていなかった。
今や地球の何処彼処が、ブルーコスモスの巣窟と言って良く、
いたるところで「コーディネイター狩り」が行われていると聞く。
そんな情勢下で外に出て行こうなどとは、死にに行くも同義である。
「大丈夫さ、ラミアス艦長。何かあったときは俺が体を張るよ」
とバルトフェルドは念を押していたが、彼自身、彼女から何も聞かされてはいないようだ。
「ラクスさんの事だから、きっと心配はないだろうけど……」
止めておけば良かったと、彼女が後悔することになるのは、ずっと後の話になる。

 
 

※※※※※※※

 
 

「‘L’……。イニシャルだけとは、よほど顔を見せたくないらしいな」
ロード・ジブリールは、また送られてきたメールをモニタに映しながらそう呟いた。
‘L’ ~度々、彼にとって有益な情報を提供してくれる協力者の一人であり、
近年になってロゴスに接触して来た人間である。
その情報は信用性は高いがルートが不明確で、かつ当人の素性は一切伏せられている事が唯一の不安要素だ。
部下に調べさせてはいるもののいっこうに判明しておらず、わかっているのは、
向こうが持ち込んだ情報が正しければという前提で、今現在太平洋を北方へ向かっているということだけだ。
「しかし、この映像は使えそうだ。感謝しなければならんな」
送られてきたのは、いくつもの映像と画像であった。
十枚の翼を持った白いMSと、破壊されるMS達。
そして、かつて『大天使』の名を冠して活躍したはずの艦が映っていた。
その発信元は、オーブ。
破壊された建物も、オーブ首長の別荘として公表されているもので、
オーブが今の今までアークエンジェルとフリーダムを隠していたことは疑い様がなかった。
「これであのセイランの小僧も黙らざるを得まい。
予定より遅いが、早速条約改正を覆してもらわねば……」
ジブリールは自分の書斎から出で、屋敷の大広間の階段を下りて、客間へと足を運ぶ。
この屋敷で書斎の次に豪奢にあしらってあるそこでは、使用人達が慌ただしく準備を進めていた。
「間に合いそうか?」
「は、はい。今夜のお客様が到着する頃には全て……」
「よろしい」
満足そうに頷いたジブリールは、用意されている盛り合わせのサクランボを、一つ口に含んだ。

 

今夜その‘L’本人が、ここにやってくるのだ。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第12話

 
 

『J・P・ジョーンズは09:00出港。第一種戦闘配置発令。各班、持ち場に着け!』

 

「セリナ、水中のMS部隊はお前に任せる事になるが……」
「わかってます。アウルのことでしょ?」
ネオ・ロアノークは、フォビドゥンヴォーテクスに乗り込もうとしたセリナを呼び止めた。
スリランカ西岸を出港した後、赤道連合が旧インドネシア・ジャワ島に建設中の前線基地に停泊していた。
上層部から、あのミネルバがオーブ出航直後、カーペンタリア基地包囲網から割いた連合艦隊を一隻で潰し、
カーペンタリアに寄港したとの情報が入った。命令の内容をわかりやすく言えば、
『彼らは恐らく、情勢の悪化しているヨーロッパ方面に向かうだろうから、その迎撃をせよ』
との命令が下されていたのである。
加えて彼の気を重くしていたのは、奪ってきた三機のセカンドシリーズの如何について、
何も知らされないどころか、スティング達のスローターダガーが未だに戻ってきていないことにあった。
カオスに至っては予備パーツは無いのである。
後何回使えるか…それを考えると頭が痛くなるので、ネオは考えるのを止めた。
現在、水陸両用MS部隊とウィンダム部隊、そしてカオスで編成された第一波が出撃する所だ。
「まぁな。アイツ、いの一番に突っ込んでいきそうだし、あの艦は手強い。
ZAFTだってバカじゃないんだ。潜水艦付きだったり、新型が出てきたっておかしくないぞ」
「肝に銘じておきます」
セリナはそう言うとコクピットに滑り込んだ。
ネオは出撃していくフォビドゥン部隊とアビスを見送ると、引き返してJ・P・ジョーンズのMSドックに向かう。
そこには、ネオ用のカラーリングが施されたウィンダムが佇み、
ネオはそれに乗り込んで、起動シークエンスを進めていく。ネオは第一波のウィンダム部隊担当だ。
ファブリスが当初その役割を名乗り出たのだが、この間の戦闘記録を見てみると、
ネオが現在、ミネルバのMS部隊で最強と踏んでいる『赤いザク』は、
どうも彼に執心していると見て、第二波の部隊を任せることにしたのである。
最初からアイツにくっつかれては、彼もミネルバに集中できないはず。
むしろ、後で彼に出てもらうことで、赤い奴が気を取られることを期待していた。
そう言うことを考えていたとき、

 

「ネオぉ~」
力のない声が通信機の向こうから聞こえるのがわかった。
ステラだ。ガイアのコクピットの中で、少し涙目になった顔がモニタに映る。
アウル当たりに何か言われたのだろう。後で叱ってやらねば……
「ステラだけおるすばん……」
「ステラ、仕方ないだろ? ガイアは飛べないし、ステラのダガーは戻ってないんだ」
「でも!」
「……ステラには、もっと大事な仕事がある」
ネオはガイアの肩にウィンダムの手を当てて、
「スティングやアウル、兄さん達が帰ってくる所を守ることだ」
「ステラが?」
「ああ、そうだ。スティングにもアウルにもこれは出来ない。
ステラだけが出来る仕事なんだ。帰ったら、目一杯ほめてやるから」
モニタの向こうの少女はパァッと向日葵のような笑顔になり、それを見たネオは少し憂鬱になった。
この扱いやすさが、上にとっては良いことなんだろうが、彼は不安でならなかった。
(もう色々考えて、遊んだり、恋したりしなきゃ……
女の子として生きていなきゃいけない年頃だってのに……)
ネオは今度は基地の方を振り返る。十数機にも及ぶウィンダム部隊が、待機して命令を待っていた。
「行くぞ!」
暗い気分を振り払うように、ネオは号令して飛び立った。

 
 

※※※※※※※

 
 

~バリ島南部付近

 

アスランがミネルバと合流して約半日後、
カーペンタリア基地司令部にもプラント上層部からの正式な通達があり、
カーペンタリアから、ボズゴロフ級『ニーラゴンゴ』が水中の護衛として付けられることとなった。
前途多難な航海になりそうだ。遠くに見える陸地を見やりながら、タリアはそう感じていた。
オーブを出港したときも、了解ギリギリのラインで狙われたのだ。
ブレイク・ザ・ワールドの被害が顕著な赤道連合が間近にあることもあって、
彼女の不安は募るばかりであった。
(馴染めるのかしら、彼は)
心配なのは、ミネルバのこの先のことはもちろんだが、今回ミネルバにやってきた『彼』の事もあった。
アスラン・ザラ。
アーモリーワン襲撃事件からブレイク・ザ・ワールドまでの間、この船に別人として乗っていた「元英雄」。
デブリ帯での戦闘に於いても、議長の手伝いがあったとはいえ、彼の働きで艦が助かった事もある。
それに関しては彼女も感謝している。しかしだ、何故今更になって戻ってきたのだ?
それは彼女だけが思っていることでなく、ミネルバのクルーは大半がそう思っているに違いあるまい。
アスラン自身、それをよくわかっているのか今現在は整備班の補助に廻っている。
「……まぁ、シャアは心配ないにしても、シン達と上手くやれれば良いんだけど」
「アスラン・ザラの事でありますか?」
タリアの独り言を聞き取ったアーサーが、彼女の方に振り返り、
彼女は今ブリッジであることを失念している気が付いた。
「ええ、彼出戻りでしょ? うちのパイロットとうまくやれるかなって……特にシンとか」
「ああ~、確かに。彼は(ry「艦長っ!」……うぉ!?」
アーサーの言葉を遮るように、バートが張りつめた声を上げた。
彼が目の前に座っているメイン索敵モニターには、レーダー・ソナー双方の反応が浮かび上がっていた。
「ミネルバに接近する機動物体あり、サイズからMSと推定。数は二十五!」
「二十五機も!? このあたりに基地があるなんて情報はないわよ!」
「メイリン、カーペンタリアに照会して! バートはこの付近に空母クラスの艦船がないか捜索!」
哨戒中と言うには多すぎる。しかし、この付近でMSが駐留できる規模の基地があるなど聞いたことがない。
味方だとは到底思えなかったが、敵だと決めつけるのも早計と思えたのである。すると、
「艦長……、敵です。熱紋を照合しましたが、大半がデブリ戦時の新型。
水中にもMSの反応多数。新型連中の中に……カオスがいます」
ぞわっと、タリアの背を悪寒が駆け抜けた。あの時の部隊がまた襲ってきた?
「水中戦闘ができるのはニーラゴンゴの部隊だけ……か。
総員に告ぐ! コンディション・レッド発令。対MS戦戦闘用意!」
「……ミネルバ艦内の全クルーへ、コンディション・レッド発令。繰り返します……」

 
 

「ブリッジ、敵の編成は?」
『はい。空中から接近中の部隊は、例の新型MSが十六、カオスが一。
水中ではアビス、フォビドゥンヴォーテクスが各々一、その量産タイプが六。計二十五機が接近中です』
シャア・アズナブルは、ザクのコクピットに滑り込み、ブリッジと通信を開き、
今回の敵の数がまた大規模ではないにしろ、多勢に無勢である事実を知った。
アムロが駆っていたあのGMもどきに、アーモリーワンで奪われたガンダムタイプ、
そしてかつての不安が的中し、水陸両用の部隊がいるらしい。
水中戦の要であるニーラゴンゴのMS部隊がどれほどのものか、それが問題であった。
「シン、アスラン。今回の戦闘も此方が数の上では不利だ。機動力のある君らが要になる。
決して出過ぎるなよ。ルナマリアとノエミもだ。敵の出所がわからん内は迂闊に動けん」
「「了解」」
カタパルトにグゥルを、その上に脚部を固定させると、
シャアは背のラッチにバズーカをひっさげ、ライフルを掲げて身を屈めさせた。
「シャア・アズナブル、ザク、出るぞ!」
グッと、体がシートにGで押しつけられる。
射出された勢いを利用してシャアは上空へと高度を上げた。
シャアのザクに続いて、左右からインパルス、セイバー、
スラッシュザクウォーリアとカオスが発進し追従する。
レイのザクファントムが中央カタパルトを守るように甲板に布陣。
ショーンは、未装備のウォーリアで、別命があるまで待機となった。

 

そして、先陣を切ったシャアが敵の先頭のウィンダムと接触するのに、そう時間はかからなかった。
ライフルの先端から放たれたビームを、シャアはグゥルをひねって交わし、
すれ違い様、後方にライフルを向けウィンダムの背から撃ち貫く。
「グゥルでああも動けるのか」
アスランは一連の動きに感嘆しながら、斬りかかってきたウィンダムのサーベルを、
急制動で後方へ下がり空振りさせて、出来た隙をつきビームをたたき込む。
すると、セイバーの前方すれすれをビームが数条掠め、彼は肝を冷やした。
左方を見ると、ウィンダムが四機編成で此方に向かってくるのが見える。
先頭の奴は、指揮官と思しきカラー持ちだ。
赤紫という目立つ色を持ったウィンダムは、チューンしてある分スピードも一段上らしい。
みるみるうちにセイバーとの距離を詰めてきて、
「くっ」
アスランは咄嗟にセイバーをMA形態に変形させると、上方へと急上昇する。
宙を切る形になった赤紫のウィンダムはうろたえることなく、セイバーの攻撃圏外へ一度脱した。
奴と違い、一瞬攻勢の手を緩めた後ろの三機に、
上方から背部ビーム砲を浴びせかけ横薙ぎに焼き払い、三機のMSの胴体は融解し爆発する。
しかし、またその爆煙の向こうから、煙を突き破って、またあの赤紫の奴が肉迫してくる。
ウィンダムはシールドの隠しミサイルをセイバー向けて発射し、
アスランはシールドでそれを凌いだ…つもりだった。
「……ぐあっ!」
不意に、横から強い衝撃を加えられ、アスランの体は強烈に揺さぶられる。
蹴られたのだとわかったときは、モニターの向こうで奴がライフルを此方に向けていた。
彼は、銃口の先に淡い光が見えたのと同時に、おかえしとばかりに銃口を蹴り下げ、
発射されたビームはノエミのカオスに襲いかかろうとしていたカオスの頭上すれすれを掠めた。

 

※※※※※※※

 

「何やってんだ、ヘタクソ!」
スティングは、自分に当たるところだったビームを撃ったのがネオだと知ると、声を荒げて怒鳴りつけた。
「すまん。この赤い新顔が……」
「それによ、あの基地の連中、マズイんじゃねぇか!?
あの白いのと赤いのに良いようにやられてっぞ」
セイバーとやり合いながら不安に思っていたことは、スティングが指摘したとおりのことだ。
高機動装備であるジェットストライカーが完全に無駄になっているのである。
インパルスの急制動に、機体でなくパイロットがついて行けず、胴体を切り裂かれる者。
赤いザクのトリッキーな動きに惑わされて、インパルスに不意を突かれる者。
インパルスのライフルを避けて、バカ正直にタイマンを張ろうとして別の赤いザクに唐竹割りに斬られる者。
赤道連合含め東アジア地域は地球連合の中でもMSが行き渡るのが遅かった地域である。
今だMSが廻されない地域もあると聞くが、ここまでできあがっていないとは予想外であった。
まあ、ミネルバが徐々に此方を押してきていると同時に、
その進路が計算通りであることは運が良いと言えたが。
「後はアウルとセリナが上手くやってるか…だが、今はそう言ってられんな!」
セイバーの放ったビームをやり過ごしながら、ネオはどの段階で後退すべきか、その糸口を探り始めた。
「じゃあ俺はこのパチモンをやらせてもらうわ」
スティングは目の前のカオスに向き直った。気に入らない。先程目にしたときからそう思っていた。
奪った身の上で言える台詞ではないが、そんなこと彼にはどうでも良かった。
全く同じ姿の存在が目の前にいる事実がただ気に食わぬだけだ。
ただ、色だけは違った。向こうは此方と見分けが付くようにしたかったのか、
全体的に黒を基調としたカラーになっている。
「『カオス』は俺一機で良いんだよ! 落ちな!」

 
 

「新型? ……ま、いいわ。どうせ全部藻屑にしてやるんだから」
セリナは、前方500m付近に見えるボズゴロフ級から、数機の『ゾノ』が射出されるのを察知し、
射出された八機の内一機が『unknown』である事に気が付いた。
『UMF/SSO-3 アッシュ』~先日、オーブで姿を現した機体であるが、
この場にいる面々が知るはずもなかった。
「いい? 一対一で勝とうなんて思わないで、組んで各個撃破に専念しなさい。
あの新型は私がやるわ……アウル、わかってるわね?」
「へーへー。聞こえてますって」
MA形態のアビスは、ディープフォビドゥン二機を連れて左方に転回した。
それに釣られたゾノ三機がその方向へと流れていき、
同時に残ったアッシュとゾノ四機から、魚雷が一斉に発射される。
彼女のヴォーテクスと、左右に転回したフォビドゥンからも、魚雷を発射して、水中でかち合わせた。
互いの爆発で殆どの魚雷が消滅したが、残ったものがゾノ一機とフォビドゥンを二機巻き込み、
「このバカ! ……仕方ない、行くしかないか!」
彼女はヴォーテクスを沈降させると、
まだ爆発で泡立っている部分の下方をくぐり、加速させてゾノ達の下に廻った。

 

ほんの一瞬だった。
アッシュは自分に気づいたようだが、爆発に目を取られていたゾノ達は別だ。
『……!? 下だっ!』
「遅いよぉ!」
アッシュのパイロットはゾノのパイロット達に指示を飛ばそうとしたが、遅かった。
彼女は一機のゾノの側面へ急浮上すると、水中用のランスで二機まとめて貫き、
その爆発をも利用して、浮き足だった別のゾノの懐に飛び込みコクピットを突き刺す。
そして、体当たりを兼ねて方向転換し、そのゾノを盾にするように回り込み、
ジリジリと味方の元へと後退した。
フォビドゥンの後方まで下がると、彼女はゾノの残骸を蹴りつけランスを引き抜く。
残ったのはアッシュとゾノ一機。ソナーを見る限り、分散した三機も片が付いたようだ。
そして彼女の後に続こうと、フォビドゥン三機がアッシュとゾノに躍りかかった。
「……あら」
しかし敵も見上げたものである。アッシュは、退くどころかフォビドゥンの一機に真っ正面から突っ込んだ。
振りかざしたフォビドゥンのランスをクローで切り落とし、フォノンメーザーでコクピットを焼き、
魚雷を発射しようとした別のフォビドゥンにもクローで斬りかかる。
「まったく、悪あがきもいい加減にしな!」
セリナは足掻くアッシュに接近しようとしたが、一機残っていたゾノの放ったメーザーに足止めされ、
「くそっ」
この新型の性能は想像以上だった。ゾノとは段違いの高機動を水中で見せ、
フォビドゥンの胴体に深々とクロー突き刺し、蹴りつけて爆発から逃れた。
残ったゾノも、ヴォーテクスに対してつかみかかってくるが、彼女はクローをランスを振るって切り落とし、
後方へ機体を瞬時に下げると、バックパックのフォノンメーザーをゾノへ打ち込む。
ゾノが爆発するのと同時に、彼女はアッシュのいた方向へ身構えるが、もうすでにそこに姿はなかった。
「あれ? ……!? ああ、そう言う事ね」
彼女は、ソナーで点滅していたボズゴロフ級の反応が消えたことに気づいた。
どうやらアウルが上手くやったらしい、フォビドゥンも二機とも無事のようだ。
ただ、このままミネルバを攻めると言うわけにもいきそうになかった。
ミネルバの位置はすでにジャワ海に入っており、この辺りの水深はMSで攻めるにはすでに浅すぎ、
地上に出てはミネルバの火砲に曝される微妙な場所であった。
「後は大尉にお任せしましょう。……アウル! ジョーンズに戻るわよ!」

 

※※※※※※※

 

「シン、出過ぎだぞ! ……ええぃ、邪魔だ!」
目の前に立ちはだかったウィンダムがサーベルを振るってシャアに斬りかかってくる。
彼はその右腕をかいくぐるようにして、ウィンダムの胴体をサーベルで薙ぎ、インパルスとザクの後を追う。
リーダー機のウィンダムとカオスを、アスラン、ノエミ二人が抑えていてくれるおかげで、
シャアとシン、ルナマリアはウィンダム部隊に集中することが出来た。
だが、数は数だ。寄せては退き、集まっては分散したりで、シンとルナマリアのイライラが
先に頂点に達したのである。
そして、ミネルバ含め自分たちがだんだん、西へ西へ、陸地へ陸地へと近づいていることが
不安要素になっていた。
予定航路から北へと進路を逸らされ、インド洋に入るつもりがジャワ海に入っていたのだ。
その事がメイリンから通信で知らされてから、シャアの中でイヤな予感が渦を巻いていた。
もし、自分が敵の立場であるなら、小島が多数存在するこの海域に基地を作り拠点とするだろうし、
自然を隠れ蓑にして奇襲を考えるはずだ。
そこまで考えた段階で、シャアの背中を懐かしい感覚が襲う。
何故、先ほどの戦闘で姿を見せなかったのかを、考えなかった自分をシャアは恥じた。
「……アムロか!」

 

「よし、見えてきた……ウィンダム隊はほぼ壊滅。大佐は無事か」
ファブリスは、バリ島西部の密林にウィンダム部隊を伏せさせて、
ミネルバが島沿いを西へ通過していくのを、辛抱強く待っていた。
仲間が落とされ、今すぐにでも突っ込んでいきそうな現地部隊を抑えるのも大変だったが、
今ようやくそのタガを外すときが来た。
「総員、エンジンに火を入れろ!」

 

一方、シンとルナマリアはジャワ島東岸付近で、最後のウィンダムを撃ち落とした。
「シン、ミネルバが…」
「わかってる。離れすぎたみたいだ」
西へ進んでいくミネルバがモニターの端に映っており、
点になりかけていることに気が付くと、シンとルナはミネルバの救援に戻ろうと機体を向けた。
しかし、ロックオンアラートが二機のコクピット内に鳴り響き、
「な、何だ……!? うわぁ!」
空中に浮かんだインパルスの横腹めがけて、獣のようなルックスの物体がぶつかってきた。
「ガイア!? 何でこんな島に……」
ルナマリアは驚愕しつつも、インパルスと共に浅瀬へ飛び込んだガイアめがけ、グゥルの上から飛び降りた。
膝程度の深さしかなかったことが幸いし、シンは即座に体勢を立て直せたが、それはガイアも同じだった。
獣の姿のまま、ガイアは飛び上がりルナの振るったアックスをかわし、陸地へと着地する。
「くそ……待てよ!」
シンは激昂した。まるで虚仮にするかのように、一撃与えただけでガイアは後退し始めたのだ。
東岸沿いに北へと逃れるガイアを、シンはインパルスを飛ばして追いかけ、
一足遅れたルナは、グゥルを再起動させて後を追った。
「シン、深追いしすぎよ! ミネルバはまだ……」
「うるさいっ!」
ガイアの後ろ姿にビームを打ち続けるシンの耳に、
何かがインパルスに当たっている音が聞こえたのは、それからすぐのことだった。
「何なんだよ、一体!?」
他にMSが潜んでいたとは考えなかった。
MSの機銃にしては口径が小さかったからだが、それもすぐにわかった。
「機銃? トーチカがあるの!?」
よくよく見てみれば、機銃が設置された施設が散見され、対空砲の姿もあった。
また、密生した木々の間から、人の手による建造物が見える。
「基地だ……」
滑走路に管制塔、ハンガーに数々の機銃座や対空砲、ミサイル。戦車に軍用ジープ、戦闘ヘリ。
カーペンタリアののど元に当たるであろうこの場所で、連合が着々と建設を進めていた事実が、
二人の背を凍らせる。
しかし、ここに似つかわしくない存在が、しかしの端に映り、シンはそれに釘付けとなった。
民間人である。基地と島の住居区画を隔てる境界線に、人々が集まっていたのだ。
女や子供が、フェンスを掴んで何かを叫んでいる。
フェンスの向こう側で、基地を建設していたのも、軍人ではなかった。
「連合に徴用されたのね……、ちょっと、シン?」
シンの中で、何かが沸々と滾っていた。この感覚には覚えがある。
~怒りだ。
此方の存在に気づいた連合の軍人達が、民間人から注意を逸らしたのを皮切りに、
ドッと民間人達がフェンスへと押し寄せ、金網を破り、乗り越え、撃たれる。

 

そして……シンの中で、最後の理性とも言える感情が焼き切れた。

 
 

「くっ……数が多すぎる、シンとルナマリアは!?」
レイ・ザ・バレルは、ガナーの大口径ビーム砲をウィンダムの群れに放ちながら、
ここに二機も味方がいないことの不満を漏らした。
「さっきミネルバに連絡があったわ。
ジャワ島東部に基地があって、シンはそこで派手に暴れてるみたい」
「基地をか! そんなの命令には…」
「後で絞られるでしょ……隊長に、ね!」
ショーンは腰のグレネードを天高く放り投げ、
「みんな、目ぇつぶって!」
閃光弾が、ウィンダム部隊の目の前で炸裂し、不意を突かれた数機が、
フラフラとおぼつかない動きとなる。その隙に、二人はビームをウィンダムに浴びせ、三機ほど葬る。
今現在、アスランとノエミはカオス、そしてリーダー機のウィンダムと未だに交戦中である。
「当たれっ」
レイが放ったビームが、ウィンダムのバックパックの片翼を焼き、
姿勢が崩れたところに、ミネルバのCIWSが打ち込まれる。
そんなときだった。レイとショーン機、そしてミネルバの索敵レーダーに、また一機反応が増える。
「ウィンダムがもう一機……真後ろだと!」
レイの体全体が、押しつぶされそうになる。それほどの強烈な圧迫感が彼を襲った。
(……息苦しい、何なんだ、このプレッシャーは!)
レイはたまった息を吐き出すと、小刻みにジャンプしてミネルバの後方へ飛び移り、
そして……ユニコーンの紋章を確認した。
紺と白のカラーで統一されたウィンダムが、バズーカを二本掲げ、腰にライフルをセットして突っ込んでくる。
レイはビーム砲を奴に向け、同時にミネルバの対空ミサイルが奴めがけて飛んで行く。
しかし、奴はそれら全てを縫うようにかいくぐると、ミネルバの後方めがけてバズーカを発射した。
「くっ」
レイは発射された弾頭をビームで撃ち落としたが、その時、すでに奴は上空へと急上昇していた。
「しまった!」
レイは歯噛みした。
今ミネルバの上空に味方は誰一人おらず、奴にとってこれほど好条件な状態は無い。

 

奴がバズーカをミネルバのブリッジに向け、レイの中にある種の絶望感がよぎったとき、
バズーカを、一条の光が貫き、奴は咄嗟にバズーカを手放し爆風から身を守った。

 

「ミネルバは無事か!」
シャアのザクが、奴のウィンダムめがけて飛びかかった。
奴が腰のライフルを手に取ると、シャアはシールドから出したトマホークを奴めがけ投げつける。
トマホークが奴のライフルを切り落とし、サーベルを抜いてシャアは奴に斬りつけた。
「久しぶりだな、アムロ!」
『またしても…貴様か…!』
バチバチと、ザクとウィンダムの間で火花を散らしながら、
シャアはグゥルのブースターと合わせてウィンダムを押し込んでいく。
シャアがサーベルを振るえば奴が受け止め、
奴がそれを受け流してお返しにサーベルを突き出せば、かわしてまた攻撃する。
昔のチャンバラ映画さながらのやりとりが、上空で開始され、
レイは自分たちに攻撃のチャンスが廻ってきたのを悟ると、
迫ってくるウィンダム部隊の方に全砲門を向けるようミネルバに要請した。

 

ミネルバ周辺で猛烈な応酬が行われているのを余所に、また別の場所でも、凄惨な戦闘が行われていた。
インパルスのビームが、戦車を爆散させ、付近にいた兵士達を巻き込んだ。
頭部バルカンを辺り一面にまき散らし、滑走路を穴だらけにし、管制塔を切り崩し、
ハンガーを焼き尽くし、ヘリは全てたたき落とし、足下も気にせず彼は彼方此方を火の海にしていく。
兵士を踏みつぶしたことも、彼は気づかなかった。
目の前にある忌々しい物体を全てぶっ壊す。その事しか、今の彼の頭にはなかった。
とうとう、基地の武器庫にまで攻撃を加えた。爆発炎上した火器類は、辺りにまた炎をひろげ、
逃げ遅れた兵士達を焼き尽くしていく。
「放せ、ルナ!」
「もうやめて、シン! 敵の戦闘能力はもうゼロよ!」
ルナマリアのザクが、インパルスを羽交い締めにして、
何としてもシンの暴走を止めようとしたが、そのたびに彼は彼女を振り払おうと藻掻いた。
「此奴等、人を撃ちやがった! 民間人を……!」
彼の脳裏には、焼け野原となった丘と、醜く歪んだ両親、そして、体の引きちぎれた妹の姿が映っていた。
目の前の連中と、あの時の連中とが、彼の中で繋がっていたのである。
「ぬぅあああああ!」
シン・アスカの暴走が終わったのは、敵が撤退し、シャア達がそこに駆けつけるまで続いていた。
二人は、基地の近くから母艦がスッと離れていくのに、終ぞ気づくことは無かった。

 

「ちぃ、借りてた連中がやられたな……そろそろ限界か?」
ネオ・ロアノークは、レーダー上に映る味方の機影がほとんど無くなっていることに気が付いた。
このままでは、ミネルバ本体とMS部隊に囲まれる。
ミネルバにダメージを与えられなかったのは不本意ではあるが、こういう時のネオの判断は速かった。
「ジョーンズ、後退だ。着艦準備をしておけ!
スティング、ファブリス。後退だ、切り上げて艦に帰るぞ!」
「あ!? 今それどころじゃねぇよ!」
「こちらも同じです…」
セイバーの猛襲をくぐり抜けながら、ネオは二人がまだ一人相手に苦戦していることに気づき、
まだ自分はこの艦を侮っていたのだと自覚した。ネオはセイバーに視線を戻し、
「今の勝負はお預けだ、赤いMSくん!」
ネオはミネルバから離れ行くファブリスと、赤いザクの間にビームを発射し、二機の距離を無理矢理開けさせ、
ファブリスが転進するのを見るや、カオス二機の間に割って入り、黒いカオスを突き飛ばした。
ごねるスティングを誘導しながら、ネオはこの船を何時かこの手で落とすと心に誓いながら、
後ろから放たれる砲撃を避けつつ空域を後にしていった。

 

※※※※※※※

 

ガッ

 

鈍い音が、ミネルバのハンガー内に響き渡った。
シンの体が仰け反り、ハンガーの壁にぶつかった音である。シンの頬には、痣が出来ていた。
「殴られる理由はわかっているな? シン」
「……そんなのわかりませんよ! 俺は間違った事なんてしちゃいないんだ!」
また、シンの頬にシャアの拳が食い込み、シンの体が後方へ吹っ飛んだ。
シンは口の中を切ったらしく、口元を拭いながら、フラフラと立ち上がる。
「貴様の行動が軽率だと言ったのだ。出過ぎてミネルバから離れたのはまだ良い。
しかしだ、報告もせず命令も待たず、ましてやミネルバに帰還もせずに何故勝手に基地を破壊した!
インパルスは貴様のオモチャではない!」
「オモチャ!? 俺は! ただあそこの民間人を助けようって……」
「それをオモチャにしていると言うのだ! インパルスはMSだぞ!
むやみやたらに振り回す力でないことは、貴様が一番よく知っているはずだ」
シンは納得できない表情を見せたが、
シャアの顔が氷のように冷え切っており、押し黙る。
「貴様も軍人ならその程度の分別もあるものだと思っていたが、残念だよ……」
シャアはそう言って、シンに背を向けハンガーから去っていった。
シンは、拳を握りしめて、ワナワナと肩を震わせてはいたが、
隊長の言葉がずしっと心にのしかかっていた

 

「三日間の独房入り、ね。貴方にしては随分軽い措置じゃない?」
ブリッジのタリアに、シャアは今回の戦闘の報告書を提出し、
同時に、シンに与えられる罰則についての書類にも彼女は目を通していた。
「貴方のことだから、『シンをインパルスから下ろす』…って言うと思ってヒヤヒヤしてたけど」
「今回のシン・アスカの暴走は、ZAFTの交戦規定違反にあたります。
ですが、彼の行動が結果としてZAFTの軍事的利益になったことと、
赤道連合住民のプラントへの印象改善に役立ったこと、
また、彼がミネルバにおいて多大な功績を治めていること。
これらもまた事実であり、その点を考慮した上での三日です」
口に出しては言えなかったが、シャア自身、
敵にまんまと嵌められた事を寸前まで気づかず、終盤アムロの相手をするのに終始。
結果シンの行動を止められずミネルバ守護に廻れなかった自分を恥じていたから…というのも理由の一つだ。
「わかったわ、ご苦労だったわね、シャア。
マハムール基地に着くまで数日はかかるでしょ。ゆっくり休んでちょうだい」
シャアは敬礼すると、ブリッジを後にして、軽くため息をついた。
先程シンに対して言った言葉は、本心である。シャアから見るに、シンは純粋で直向きな良い子だ。
しかし、その性格が彼をああいう風にしていると考えると、複雑な思いがある。
「MSをオモチャにするな、か」
自分が言えた話ではないな。
そう一人ごちながら、シャアはエレベーターに乗り込み、彼はミネルバの営倉室へと入っていった。
入り口からは死角となる奥の懲罰房に、シンは入れられている。
三日間とはいえ、シンはまだ理解はしていても納得は完全に出来てはいないようだった。
「少し良いか?」
「何です? さっきの続きか何かですか?」
「まぁ、そんなところだ」
シャアは懲罰房の、ちょうどシンが腰かけている簡易ベッドの近くに背をもたれた。
そして、シンの足下辺りに、コーヒーの入ったカップを置いて、
「いいんですか? ここに俺を入れたのはあんたのはずだ」
「この程度なら文句は言われまい。まぁ、ばれなければの話だが」
シンはよくわからないまま、カップを手にとって口に含む。味は、甘かった。
「……さっきは殴ってすまなかった」
シャアはそこから始めた。必要なことだったといえど、戦闘直後の苛立ちも手伝ってああなった事を。
「君は、宇宙で確か言ったな、『俺の家族は殺された』…と」
そして、ユニウスセブン破砕の直前、カガリに対しシンが激昂したことを思い出した。
シンがあそこで暴走したことは、その時の言葉に起因しているに間違いはなさそうだ。
家族を失った者の怒り、恨み。シャアはそれを理解できる人間でもあった。
「ええ、オノゴロ島で殺されたんです。……何でそんなこと聞くんですか?」
一呼吸置いて、シャアは口を開いた。
「私にも……家族がいた。父と、母と、妹が一人」
同じだ。シンは、シャアの言葉に吸い寄せられるように、視線を彼の背中に向ける。
「活動家だった父は私が十の時に死んだ。
そして私は、父の友人に連れられて妹と地球へ逃れ、母とはその時に生き別れた。
地球でその友人に聞かされたよ…………父は後援者だった男に殺され、母は幽閉されたとな」
「味方に!?」
「ああ。母は幽閉されたまま衰弱死したとも後に……。私は、母の最後を看取ってやれなかった」
シャアは天井を見上げて、呟く。自分とシンは逆だ。
家族のむごい死に様を見せつけられたシン。 
母が一人弱っていくのを、知ることも、見守ることも出来なかったシャア。
シンに聞かせつつも、自分で自分を振り返りながら、彼は言葉を続ける。
「そして私は、こうして軍人になった。力を手に入れるためにな」
「力……」
「軍に入って、訓練に耐えて、様々なことを学んで……一人の男に近づいた」
「……誰、なんです?」
「言っただろう? 私の父は‘後援者’に殺されたと。
私は軍に入った後、士官学校で奴の息子に近づいたんだ。……復讐のために」
「…………」
「私は彼と友人関係を作り、信頼を勝ち得ることに成功したよ。
そして、戦闘中のどさくさに紛れ……嵌めた」
「え!?」
「敵の真ん前におびき寄せたんだ。敵の放火を浴びながら、彼は乗艦もろとも消えていったよ。
彼の姉も、私は手にかけた。残った一族も殆どが死んでいった。私は親の仇を討ったのさ」
シンは、何も言えなかった。目の前の男が口にしたことが、どれほどのものか判断するのに必死で、
復讐を遂げたということの重みを彼はひしひしと感じた。
「……復讐を果たした者に残るのは、なんだと思う?」
「何って、そんなこと……」
シンは初めて、シャアという男に『恐怖』という感情を持った。
表情一つ替えず、人一人を騙し、殺したことを語る男に。 
それと同時に、不思議とシンは彼に親近感も抱いていた。
彼の言葉の奥底にある、淡い感情も、何故か感じ取ることが出来たから……

 

「……‘虚しさ’……ですか?」

 

「正解だ。達成感も、高揚感も何もない。
残るのは、ただそこにポッカリと穴の開いた自分の心だけだ。
そしてその場になって、ようやくわかった……
自分はとうとう、肉親に顔向けできない男になった、とな」
「肉親? ……妹さんに?」
「妹はよく出来た子で、私より賢かったよ。
復讐に走ることなく、自分の歩くべき道を見つけたのだからな。
軍に入った後、妹と再会したとき、あの子は私に銃を向けていた」
「そんな!」
信じられない。シンは思わず立ち上がっていた。
「……君は、妹に情けない兄だと言われたいか?」
「そんなわけ無いでしょう! 俺は、マユの…妹のように!
力のない人が泣く世界を変えたくてZAFTに入ったんだ!」
「そこだ、シン。
『世界を変えたい』などと無理に考えようとするから、何も見えなくなるんだ」
シャアはゆっくりと立ち上がり、
「パイロットじゃ、力があるだけじゃ、ダメなんですか!?」
「力の意味が違うのだ、シン。
その力、君のインパルスが出来るのは、隣にいる、手の届く場所にいる人間を守ることだけだ。
世界を変える、国を変える。そして、そこにいる人々を守る。
それができる力を持っているのは、我々軍人ではなく、政治家だ。
たとえば、デュランダル議長がな……」
「あ……」
「私は、肉親に情けないと思われたくないあまりに道を踏み外したが、シン。君には時間がある。
……君の守りたい世界が何なのか、君に出来るのは何なのか、そこでじっくりと考えてみることだ」
シャアはそこまで言うと、懲罰房から離れ、営倉室を出て行った。
シンは、シャアに言われた言葉を、頭の中で何度も何度も思い返して、
「父さん、母さん、マユ。
俺は、どうしたらいい? どんな人間になりゃぁ……」
天井を仰いで、そう呟く。

 

彼の頬には、涙が伝っていた。

 

※※※※※※※

 

アンドリュー・バルトフェルドは、目の前の光景に唖然となっていた。
彼はラクスの護衛として、彼女の協力者の操縦する長距離用の航空機に乗り込んだ。
その協力者には彼も一度会ってはいたが、名前は知らない。
それよりも、今彼が驚愕している原因は、彼女が降り立った場所の先にいる、ある男にあった。
「おやおや、まさか客人が貴方だとは、私も予想していなかったよ」
静かでありながら、沸々と煮える何かを押さえつけていることが、男の目を見てわかる。
「あら? すでに知れているものと思ってましたわ」
ラクスは、オーブにいた時や、アークエンジェルで見せていた表情を、すでに捨てていた。
妖艶な輝きを持つ瞳に、重量感の増した挙動。口紅にはラメ入りのマゼンタ。
黒いローブ・デコルテの上に、スミレ色のケープを羽織った姿からは、
二年前から見知っている少女の面影など感じられず、『魔女』と形容すべき風格があった。
彼女はゆっくりと、周りにプレッシャーを放ちながら、出迎えた男の所へと進んで行く。
バルトフェルドは、護衛として後ろに付かねばならなかったが、
脂汗が出そうになるのを必死にこらえていた。
男の目の前に立って、彼女は深々とカーテシー(女性式のお辞儀の一種)をして、

 

「この度拝謁を賜りましたこと、我が身を祝福したい心地ですわ、ロード・ジブリール閣下」

 
 
 

第12話~完~

 
 

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