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Last-modified: 2011-04-29 (金) 07:12:18
 

~アクシズ・謁見の間

 

「私のような紛い物を拾うて頂いた上、居場所まで。
 ……感謝の言葉もございません、ラクス様」
「顔を上げよ、ローランドの娘」
玉座で足を組み、漆黒のドレスに身を包んだラクス・クラインが、
数段下で跪く赤髪の女の謁見を許したのは、
ヘブンズベース攻略戦が開戦する一時間ほど前の事であった。
ヨーロッパに忍ばせた細作の所へ、二年前に死んだ人間である、
ローランド・ホークのコードで通信があったのがつい一週間ほど前。
ジブラルタル基地であったという怪事件の数日後の事だ。
ローランドの娘と名乗った目の前の女は不思議な名を名乗った。
「確か、ルナマリアという名だったかな?」
「はい。ローランドが一子、ルナマリア・ホークと申します」
確か、ミネルバに所属している女性パイロットも同じ名を持っていたはずだ。
今現在ヘブンズベースにいるはずの人間の名を目の前の存在も名乗っている。
「なるほど、確かにローランドの面影がある。
 それに生き生きとしている。それが人工の顔などとは俄に信じがたいが」
上げた顔を見たラクスは、内心驚きつつ興味を惹かれた。
目の前の存在は確かに人間。そして人間でありながらにして肉体から開放された存在であった。
精巧に作られた目玉は本物の目玉のようでありながら、濁りのないガラス玉にも見え、
髪の毛は皮脂のぎらつきがない美しい髪であったが、それが作り物感を強調し、
肌は傷一つ無いなめらかで真珠のような輝きを持つが、どこか金属質なモノを感じる。
ラクスは玉座を降り、目下の‘ルナマリア’と名乗った‘人形’の足下に歩み寄る。
自分を前にして、この‘人形’は緊張している。
作り物でありながら目下のそれからは感情を感じ取ることが出来た。
「……素晴らしい」
ラクスはそう呟いていた。穏やかな顔つきで侍従の制止を聞き流し、
彼女は屈んでルナマリアの手を取りそのなめらかな手の表面を撫でる。
「……皮膚は貴様の祝福されし心の牢獄。
 肉体など、完成されし者の前では俗物共の城塞にすぎん」
肉体。時にそれは持ち主の精神を束縛し、操りもする存在である。
どんなに高貴な人間でも、勇気溢れる人間でも、慈愛に満ちた人間でも、
肉体に与えられる『痛み』の前には、頭の中を『痛い』という言葉に支配される。
遙か昔、それから脱却するためにはどうすればいいのか、考えたことがある。
あらゆる苦痛と強靱な意思を屈服させうる強固な精神と、
この世界の何者にも負けることのない圧倒的な力と、
精神と力を進化させる最大の妨げ、『痛み』を克服した完成された身体。
それらをそろえれば、絶対的指導者となるに相応しい存在として、
『彼』も夢の中に再び会いに来てくれるかもしれない。そう考えたことがあるのだ。
「参れ、ルナマリア」
「……はっ、直ちに!」
ラクスは跪くルナマリアに共をするよう命ずると、近衛兵を連れて謁見の間を出る。
宮廷を出で、眼前に用意されたキャデラックに乗り込んだ彼女は、
客人の席に座るようルナマリアに促す。
きっと、自分に対し畏敬の念を持っているのは父の影響だろう。
献身的な部下だった事をうろ覚えだが思い起こす。
名前を聞いて初めて思い出す程度であり、
ローランド・ホーク本人はそれほど重要な人間ではなかった。
だが、目の前の娘と名乗る‘人形’は別だ。
その存在そのものが異質であり、内包する力は……使える。
ラクスは、内心嫉妬した。
力の衰えを自覚しなければならぬ『老い』も、
肉体は精神の枷としか思えなくなる『痛み』も存在しない身体。
彼女のソレを感じ取ったのか、一瞬ルナマリアは乗り込むのをためらった。
「何をしている? 乗らぬのか?」
「い、いえ……」
貴女様から殺意を感じたなどと、彼女の今の状況で言えるはずがなかった。
「乗らぬならこの場でジャンクにしてやってもよいのだぞ」
ラクスは右手をサッと動かした。
ただそれだけで、その場の空気が塗り変わる。
(あら、‘人形’も恐怖を感じるのですね……)
ルナマリアが、はじかれたようにサッと車に乗り込んで、
近衛兵がルナマリアの両脇を固め、ラクスの前にはバローロの注がれたグラスが捧げられる。
「私は素直でない人間は好かんよ」
「申し訳ありません」
「よい。主は何もかもが始めてであろう?
 ならば私は何も言うまい」
通り過ぎて行く岩肌と、人気のまだ少ない街道を横目で見ながら、
ラクスはグラスを傾け、口の中に広がるブドウの香りとその余韻を楽しむ。
ルナマリアの前にも、同じものが差し出される。
ありがたき幸せと、彼女はそう言って一口口に含む。
「ルナマリアよ……、『時』が近づいてきている」
「『時』……と言いますと?」
「衝合(conflux)…………。
 プラントと大西洋連邦……いや、変革を目指す者と停滞を望む者。
 デュランダルとジブリールとの戦いが一抹の終結を向かえようとしている」
「…………」
「断片へと別れし国々、人々が再び一つへと衝合し、世界は再誕する。
 その時こそ、私の悲願・計画が成就する時でもある」
そしてキャデラックは、アクシズ工廠区画へと入る。
ルナマリアはその段階になって、周りを見回す余裕が生まれた。
見たことのないMSが並んでいた。肉体のルナマリアの『目』を通して、
二年前から色々と学んで来ているが、こんなMSは知らない。
ガザシリーズ、ガ・ゾウム、ドライセン、ドーベン・ウルフ。
そして、クィン・マンサ。
艦船も、彼女は初めて見るものばかりであった。
その中でも一際度肝を抜かれたのは、
約600mはあろうかという超大型戦艦の姿だった。
シャア・アズナブルがこの場にいたのなら、その艦船の名を口にしていただろう。
『グワダン』
ガザシリーズなら内部に100程を搭載可能な、アクシズの開発した超ド級戦艦である。
工廠区画のハンガーの一つ、その前にキャデラックを駐車させ、
ラクスは侍従の開いたドアを降り、彼女を招き寄せてハンガーの中へと入って行く。
薄暗い空間の中に佇む大きな影を見る。MSだと、ルナマリアは思った。
パッとライトアップされ、ルナマリアは思わず目を窄めるが、
目が慣れてくると、目の前にある巨体を見て驚嘆の声を上げる。
「これは……!?」
「美しかろう?
 貴様のために用意させたものだ、ルナマリア。
 『∞ジャスティス』
 かつてアスラン・ザラが駆ったジャスティスを、
 このアクシズの技術で再設計させた機体だ」
「これを私に! 身に余る光栄にございます、ラクス様」
「事を上手く運ぶためには、貴様のような優秀な者が我が下には必要なのだ」
ルナマリアが、再びラクスの足下に跪く。
ラクスはそっと手を出して、ルナマリアはその手の甲にキスをした。
「偉大なるラクス・クライン。
 栄光ある貴女様の配下にこのルナマリア・ホークを」
「歓迎しよう、ルナマリア。我が忠実なる僕よ。
 そして貴様が身の程を知る人間であったことにも感謝しよう。
 身の程を知らぬ者は惨めでむなしい最後を向かえるものよ、あの男のように」
そう言うとラクスは、ジャスティスの佇んでいるハンガーの端に転がる肉塊を指して言った。
ルナマリアは、あまりにズタズタに引き裂かれたソレを見て、背筋を悪寒が走り抜ける。
同じようなことを基地の将兵にやった覚えはあるが、あの時は暗かった。
ただ一つだけ、あの肉塊が原型をもう少し止めていたのなら、
『サトー・エヴァレット』~自分の叔父のなれの果てであったことに気付いただろう。
「……あの男は?」
「ただのテロリストよ。 戦士として生きる才能は無くとも、
 我に使われる価値だけはあった男だ。だが死すべき時に死ねず、
 あまつさえさらなる力を求めよったのでな、もの言わぬ肉塊にしてやったのだ」
かつて、失敗した彼を始末しろと部下に命じたが、その部下が旧知の人間だったらしく、
もう一度チャンスをとしきりに言ったので一度会ってみたのである。
だが、彼女にとってもうサトーは不要の人間でしかない。
ナチュラルに対する復讐しか考えられない低能を蜂巣にしてやっただけのことである。
「確かに、身の程知らずとは恐ろしいもの。
 このルナマリア、肝に銘じておきまする」
「そう、それでよい。貴様はあの男のような失態は曝してくれるな。
 貴様は、この正義の剣で私に仇成す者を殺し尽くせばよい」
「御意。全ては貴女様の御心のままに」
喜びにうちふるえるルナマリアの処遇を旗下の艦隊司令に一任すると、
ラクス・クラインはハンガーを出で、キャデラックに再び乗り込み宮廷へ戻る。
また優秀な手駒が一つ増えたことも喜ばしいが、
今は居室の大モニターで、ヘブンズベース戦を早く鑑賞したかった。

 
 

※※※※※※※

 
 

「此方に上空から二機、接近するMSがあります!」
ミリアリア・ハゥの悲鳴が、アークエンジェルのブリッジに響き渡った。
カガリの同情しているタケミカズチから、ムラサメとM1アストレイが次々と発進して行く中で、
マリュー・ラミアスは、接近してくる殺意の塊の中に、覚えのある懐かしさを感じていた。
そこにいながら居場所を探しているような、
己の存在そのものに苦しみを抱いていたあの少年に似ている。
対空砲火が、始まる。
CIWSの弾丸が、接近するブラウンの機体と純白の機体に向かってばらまかれる。
だが、その悉くをスルスルとかわしたその二機は、
ライフルで確実に此方のCIWSを潰し、周りを観察するように飛び回りながら、
ゴッドフリートを、バリアントを、そしてミサイル発射管までも破壊していった。
衝撃がブリッジを揺らし続ける。恐怖が、皆の心に浸食してゆく。
モニタに映る純白の機体の全体をハッキリと見たとき、
マリューも、ミリアリアも、アーノルドも、
そしてタケミカズチのカガリやアマギ達でさえも、
これは何かの冗談か悪夢に違いないと、そう感じていた。
此方のMSを圧倒的な力で葬り去り、天使の羽をもぎ取って行く悪魔の姿は、
かつて大天使を守護し天を舞った『ヤキンのフリーダム』に酷似していたからである。
ムラサメがライフルを向ける前にその殺気を読み取って、
そのライフルごとムラサメを撃ち貫き、アストレイに肉迫すると腕部を掴んで振り回し、
もう一機のアストレイに叩きつけると、一気にサーベルで切り下げて爆散させる。
力の差がありすぎた。こちらの命運が危ういと悟ったのか、
すでにタケミカズチは陥落させたヴェストマン諸島への待避を開始していた。
「カガリさん……! 仕方がないわよね……」
マリューは心の内でカガリを罵ろうかと思ったが、
きっと一番辛いのは彼女本人であることも察しをつける。
一番泣きたくて、一番のこりたいであろうに、彼女の立場はソレを許さない。
その時、マリューの心は決まっていた。
「アークエンジェルは、タケミカズチの盾になります!」
マリューのその決定に、異を唱える人間はいなかった。
アークエンジェルが、前に出る。フリーダムに似たMSとブラウンのMS、
そして可変型のGタイプが、アークエンジェルを追って降下進路を変えた。
最後のCIWSが、破壊される。
ブリッジの眼前に、三機のMSが降り立った。
先頭のフリーダムが、サーベルを突きつける。

 

『覚悟しろ、裏切り者共……』

 

「「「 …………!? 」」」
パイロットの声が、聞こえる。マリューも、ミリアリアも言葉を失った。
死んだと思っていた人間の声が聞こえたのだ。奴がサーベルを振りかぶる。
いざ殺されようとしているその時、マリューの意識は拡散した。
死の間際に、神が見せてくれた残酷な幻覚だと思った。
相手パイロットの姿が、ハッキリと見ることが出来たのである。
ヘルメットのついていない、生の顔を。
「キ、キラ? フレイ?」
ミリアリアが、泣きそうな顔でその名を口にする。
自分たちを命がけで守ってくれた少年と、二年前いなくなってしまった少女。
そして…………マリューにとって受け入れがたい現実。
「ム、ムウ……?」
フレイ同様、二年前に自分の下からいなくなった、愛しい人。
三人とも、自分に向けて殺意を向けている光景がある。
「ま、待って! 三人とも……」
「私たちが解らないの!?」
『……黙れ!』
サーベルが振り下ろされ、彼女たちの意識は、そこでとぎれた。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第30話

 
 

「アムロ、これ以上はやらせん!」
シャア・アズナブルは、またしてもアムロにしてやられたという無念で満ちていた。
サザビーのビームサーベルを最大出力でνガンダムに叩きつけ、
ファブ(ry……いや、アムロ・レイも、サーベルの出力を上げてそれを受け止める。
ミネルバだったものの上で、バチバチと火花をあげながら二機は相対する。
その姿は、何者の介入も許さぬプレッシャーをひしひしと感じさせるものであった。
「貴様は……またしても、貴様は……!
 衆愚の塊でしかない連中の為にその力を使うのか!」
彼の心中は煮えたぎっていた。
愛着がわき始めていたミネルバを沈められたことは勿論であったが、
それをやったのがアムロであるという事と、
彼が未だなお地球圏の癌でしかない『旧体制』の兵士として戦っている事が、
彼の中に長年燻り続けた『アムロ・レイ』に対する憤りを加速させていた。
「貴様こそ、未だ夢しか見ていないインテリに組しているだろ!
 俺は、俺の守りたい人の為に戦うだけだ!」
アムロとてこの世界における地球連合上層部の連中が、
これ以上ないほど腐りきっている事くらい承知している。
だが、彼も引くに引けなかった。自分は勝ち続けなければならないのだ。
彼の守りたい少年少女の命は、『連中』が握っているのだから。
アムロはサーベルを押してはじき返すと手首を返し、サザビーの横っ腹めがけてサーベルを振るう。
サーベル同士の激しい応酬が繰り広げられる。斬りかかり、受け流し、打ち付け、払う。
はじけたビームの残りかすが、ミネルバやお互いの装甲表面を焼く。
一瞬の出来事だった。ガンダムが斬りつけてきたところを狙って、
シャアはそれをただ受け流すのではなく、後ろから押すように払ったのである。
自らの勢いが弱まるどころか強くなったことで、νガンダムの姿勢が崩れる。
だがサザビーの大きなボディにも隙が生まれ、アムロはそこを突きサザビーにタックルをみまう。
衝撃に数歩後ろへ後ずさったシャアは、咄嗟にサーベルを前腕部に格納し、
体勢を調えるやライフルをアムロのいた方向へ向ける。しかし、νガンダムはそこにはいない。
「……!? くっ……」
νガンダムは身を屈めてサザビーの足下にいた。
ぬかったと、シャアは感じた。
以前の、自らの知るνガンダムでは無かったこと、
奴に新たに与えられた武装=右腕のバルカンを見落としていた。
奴はそれをサザビーに突きつけていたのである。
バルカンから砲弾とも言うべき弾丸が放たれ、シャアは身をねじった。
サザビーの頭部を掠め、背筋を寒いものが駆け抜ける。
再びライフルを構えようとしたが、ライフルの銃身にバルカンの弾が撃ち込まれていた。
「ちぃっ、やってくれる」
左腕のサーベルを足下のガンダムに振るったが、奴は甲板を蹴り後ろへ後退する。
シャアはその隙を突いて、トマホークを奴めがけて投げつけた。
奴が握っていたライフルを両断し、甲板に突き刺さる。
心が、痛む。あの場所は、シン達やアスラン、ハイネと話をした甲板だった。
グラグラとこみ上げてくる闘争心を押さえ込む。本能の赴くままに戦って、勝てる男ではないのだ。
互いにサーベルを構え突撃しぶつかり合う。
応援に駆けつけたディンやバビも、遠巻きに見ていることしか出来なかった。
軍の人間として味方の援護に廻るのは当然の事であったが、
ああも距離が近くては撃てなかったし、行けば瞬く間に自分たちが殺されると生存本能が訴えていたのである。
互いに互いのサーベルを持った腕部を空いた手で掴み、
純粋な押し合い状態となって、シャアは上空の部隊に気付く。
「……私はいい。早く生存者の回収と、他の敵MSを逃がすな!」
「くそっ……、やらせるか!」
シャアが彼らに通信を開いて指示した瞬間、
アムロはνガンダムに思いっきり頭突きをさせた。サザビーの首下にヒットし、
「ぐおっ!」
コクピット付近で会ったが為にサザビーのコクピットは揺さぶられ、一瞬シャアはひるんだ。
沈没していく天龍から離れて無線で呼び出したベースジャバーに、
軽々と飛び乗っていたジェガンタイプに、ディンとバビ、ムラサメの群が追いすがる。
初めて見るジェガンであった。アナハイムからリークで手に入れたデータの中に存在した、
特務使用機のジェガンの草案によく似ている。
そして……νガンダムが、飛んだ。
ディンは真下からGタイプが飛んできた事に驚愕し、マシンガンを向けて放つ。
弾幕を左右に機体をふって交わしていく中、左肩に弾丸がヒットした。
だが、ディンの装備するマシンガンの弾丸ではνガンダムを傷つけられなかった。
ディンの足を掴んで引きずり下ろすと、アムロはディンを斬りつけて、
背中に乗り上げて蹴りつけ、ジャンプする。
爆風がガンダムを押し上げて、更に高い場所へと機体を運んだ。
そのやり口で、飛べないと思っていた機体が思いもしなかった方法で空中戦をやってのける事実に、
ZAFTやオーブ軍人達は対処できず、落とされては踏み台にされる者が続出して行く。
またνガンダムに気を取られた連中も、
新型SFSにまたがるジェガン二機からの弾幕の中に消えて行った。
「待て、アムロ!」
サザビーも追わんとしたが、なにぶんサザビーはνガンダムより重く、
飛ぼうにも味方を踏みつける訳にはいかない。
その時、シャアが何をしようとしているか悟った人間が、サザビーのコクピットに通信を入れてきた。
ZAFTの軍用通信であり、発信元は、ミネルバから脱出したランチからであった。
『聞こえますか、隊長!?』
「ヴィーノか! 無事だったか……」
『僕らのことは構わずに! それより、ミネルバのハンガー脇、
 カタパルトの入り口あたりにグゥルがあるはずです!』
「グゥルだと……」
『脱出するときロックを外してきたんです。
 傾き始めてますから、そのあたりに出てきてると思います!』
彼は、サザビーがνガンダムに斬りつけたとき、
乗っていたグゥルを海に乗り捨てていたのを見ていたのだ。
彼は彼らのランチが巻き込まれずにいたことを天に感謝し、
ミネルバのミネルバの閉じていたカタパルト入り口を……切ってこじ開けた。
「許せ……」
ハンガーの中に無理矢理入り、転がっていたグゥルを起こし、
壊れていないかどうかチェックをする。時間はどんどん過ぎて行く。
逸るシャアはそれをカタパルトから担いで出し、上へとまたがる。
ふと爆音が聞こえた。モニタのレーダーの中で、戦艦を示す光点がまた一つ、消える。
半分が海に沈みかけた天龍と、向こうで爆煙を上げ始めた白い戦艦を見やる。
アークエンジェルのブリッジが、潰されていた。命が消えていく音が聞こえる。
信頼を寄せていた者の手で殺されるという無念が、飛散する。
シャアの脳裏に、地中海で出会ったアークエンジェルのクルーの顔が浮かび上がる。
「アークエンジェルまでもが……おのれ!」
そしてシャアはグゥルを起動させ宙へ浮き上がると、
味方の退路を切り開かんと、次々にディンやバビを鉄くずに変えていく、
νガンダムと重装備のジェガンのもとへ向かった。
しかし、一つ引っかかるものがあった。
アークエンジェルにとどめを刺したあのガンダムタイプのことである。
νガンダムのコンセプトを色濃く受け継いでいる兄弟機に見えるが、
問題はそこではなく、パイロットから感じるものにあった。
「これは……『あの少年』?
 ……!? アスラン、よせ!」
シャアはアークエンジェルの上に立つMSと空中のジェガン、
並びにνガンダムを撃破せんと向かって行くデスティニー、レジェンド。
そしてデスティニーの後ろ姿を見て直感で悟った。
彼らを引き合わせてはならない! あの白い機体のパイロットは……!

 

「嘘だろ……?」
「まさかこんな……事が……。
 ミネルバ……アークエンジェルが……」
シン・アスカとレイ・ザ・バレル、そしてアスラン・ザラは、空中に機体を滞空させていた。
目の前に広がる光景を現実のものであると受け入れることを、すでに脳が拒否反応を起こし始めている。
何故アークエンジェルのブリッジが無い?
何で天龍がその身を海水に浸している?
何で、自分たちのミネルバがああもボロボロなんだ……!?
ミネルバの船上でグゥルを用意していたサザビーを見やり、
黒煙を上げる天龍から飛び立ち、
上空のディン達を撃ち落としているダガー系のMSを見る。
アークエンジェルの武装を潰していった二機の可変型MSを見やる。
そして、二機のGタイプを見た。
片方の紺と白を基調とした、一角獣の紋章を持つGは、
自分たちですら見事の一言でしか言い表せないほど、素晴らしい挙動を見せていた。
取り囲まれているのは其奴なのか、大多数のディンが逆に一気に絡め取られているようにも見える。
『一騎当千』とは、まさしくあの機体のパイロットに与えられるべき称号であろう。
「アスラン、レイ。俺はあのダガーっぽい奴らをやる。
 アークエンジェルの連中を頼む!」
「シン、一人でやる気か!」
「大丈夫だよ、レイ。
 俺がそう簡単にやられる男に見えるか?」
シンはそう言い残すと、止めようとしたレジェンドを振り切り、
巧みにSFSを操りバビやディンとムラサメを相手取って、
押されるどころか翻弄し続ける『ダガーっぽい奴』めがけて飛んで行く。
追っている暇などありはしないことくらい、二人にも解っていた。
今ここで残ったタケミカズチや生き残ったクルーを助けられるのは自分たちしかいない。
周りに戦艦はいるにはいるが、船……特に大型の船舶というのは、
旋回して向きをかえるのに時間が掛かるものであり、
指揮系統が一度途切れたことで旋回しようにも出来ない状況であった。
「……仕方がない、行くぞ、レイ」
「了解……」
アスランとレイも、アークエンジェルの破壊を続ける三機のMSめがけて、機体を降下させた。
思いの外、感情を表に出さずにいることが出来たのは大きい。
ただ、三人とも心中ははらわたが煮えくりかえり、
目の前にあるMSをズタズタに引き裂いても足りないぐらいの怒りを内包していた。
アスランは、グッと奥歯を噛みしめ、グリップを握る手に力がこもる。
(キラ、すまない。お前の守ろうとした船、俺達は守れなかった……)
キラは、この戦争が始まってからというもの、逃げ続けていた。
彼は自ら語ろうとはしなかったが、逃げようとしていたものが巨大な恐怖であり、
常に彼を押しつぶそうとしているのだと言うことは、薄々察しが付いていた。
相談にもっと乗ってやるべきだった。
こちらから、もっと何か聞くべきだった。
友達として、やるべき事を何一つ……してやれなかった。
だからこそ、彼の守ろうとしたあの船は守らねばと思っていたのだ。
だが甘かった。自らの愚かさを後悔し、彼は唇を切った。
超高々度からの急降下による奇襲攻撃。想像だもしなかった……十分考えられる事なのに。
レイも、同様に悔しさを滲ませていた。
キラ・ヤマト。自分たちを踏み台にして生まれた最高のコーディネイター。
ずっと、憎み続けていた存在だった……この間までは。
そのキラに会って、誰もが誰かに大切に思われて生きているのだと自覚して、
自分たちのような『技術の被害者』が生まれる必要のない世を作るのだと決意した。
キラ・ヤマトとは、その世の到来を共に見たいと思った。
だからこそ、彼にも生きていて欲しかった。でもいなくなってしまった。
だから、彼の守ろうとしたあの艦を守り、あの艦は太平の世の中で退役させるべきだと思っていた。
だが、アークエンジェルは沈められた。二人はグラグラとした心を示すように、叫んだ。
「「 貴様等は、ここで落とす! 」」
後続のハイネとルナマリアとノエミを待っている心の余裕は無かった。
アスランはシナンジュの両前腕部に搭載されたサーベルを取り出し、
「ぬえぇえええい!」
白いGタイプめがけて振り下ろした。
事前に二人の殺気を感じ取っていた三機の内、
可変タイプは変形して一度飛び上がり、シナンジュの横をすり抜け、
シナンジュではなくレイのレジェンドを取り囲む。
目の前のGタイプが、振り向くのと同時にサーベルを避けた瞬間、
アスランはその機体がある機体と似通っていることに気付く。
「フリー……ダム?」
似ているが、細かいところが違う。
まず第一に腹部になにやら開閉式のハッチがある。
第二にウイングの形状が違う。……でも、似ている。
奴が、腰のレールガンからサーベルを外す。
はっとなって、アスランは右手の一本で横薙ぎに斬りつけた。
奴は逆手でサーベルを抜いて、受け止める。
フリーダムの外見に違わぬ抜きの速さであった。
『敵の新型? くそっ、くそっ、次々とよくも……』
「……!?」
涙声が、聞こえた。
涙を流しながら、殺意を剥き出しにして艦を沈めたMSから聞こえた声は、
アスランが先程まで心中で謝り、かつ何とかしてやりたかったと願っていた少年と同じ声で……。
「……キラ。キラなのか、それに乗っているのは!?」
『お前は……』
信じられなかった。この声は、間違いない。
正真正銘、本物のキラ・ヤマトの声だ。
アスランは、訳が解らなくなった。
キラ自身が、守ろうとして必死になっていたアークエンジェルを手ずから沈めた!?
「キラ、貴様! 自分が何をやったのか、わかっているのか!?」
『……アスラン・ザラ? ……アスラン・ザラぁああ!』
「ぐぁっ……!」
フリーダムの中で、殺意が爆発した気がした。キラが自分に対して、
狂気的なまでの殺意をぶつけてくる目の前の現実を受け入れる間もなく、
アスランのシナンジュを衝撃が襲う。
フリーダムが、シナンジュを蹴りつけたのである。
無秩序で、暴力的で、破壊のみを目的とした蹴りを。
『お前、お前さえいなければ僕はぁ!』
「やめろキラ! ちぃっ!」
キラはなおも、攻撃の手を緩めることはしなかった。
驚愕を隠せぬまま、キラの振るうサーベルという名の殺意の塊を避け続ける。
アークエンジェルの装甲板を掠めた瞬間、その場所が融解し蒸発していく。
「なんて出力だ……」
アスランは冷や汗をかいた。あれが直撃すれば自分がどうなるか。
それを考えた瞬間、なりふり構っていられないと確信し、
シナンジュのサーベルでもう一度フリーダムのサーベルを受け止める。
「一体何を連中にされたんだ!
 お前は、この艦をあれだけ守ろうとしていたじゃないか!」
『守る? ふん、笑わせるな!
 この艦は二年前、大西洋連邦をを裏切ったあげくオーブに逃げ込んだ艦だ。
 あまつさえまた牙をむいた。これはその報いだ!』
キラは押しつけていたサーベルの手を急激に緩め、
勢いを逸らされたシナンジュが姿勢を崩した瞬間を狙って斜め一文字に切り上げる。
シナンジュの肩のアーマーが持って行かれる。
この段階になってアスランは、キラがこの間までのキラで無くなっていることを悟る。
それと同時に、以前ミネルバで収容した強化人間の少女を思い出す。
(キラは‘調整’されたのか……!)
繰り広げられるサーベルとサーベルの激しい応酬の中で、アスランは悟った。
「キラぁああああ!」
『アスラぁああン!』
その段階になって、アスランは自分が泣いていることに気付く。
かつての親友が、もう取り返しのつかない所に遠のいていってしまった事への理解と、
彼を殺さなくてはならなくなった自分の立場を、再認識したのである。

 

「『 お前は、俺が殺す! 』」

 

シン・アスカは、目の前のMSが尋常ならざる敵であることを、
相対して刃を交えて悟った。ダガー系なぞではない。
根本的なところが別次元であり、圧倒的な力の差があると確信する。
かたや飛行可能な新鋭機、かたや二機でSFSに乗っているMSという、
何も知らぬ人間からすれば何をしているのだと言われかねない状況だが、
お互いにして力量を見極めることが出来たが為に、迂闊に動けずにいたのである。
目の前の二機はもちろんのこと、絶対的な力量を見せつけたあのGタイプのおかげで、
周囲の空戦部隊はもはや壊滅状態と言って良かった。
自分がこうして目の前の二機だけに集中していられるのは、
シャア隊長がグゥルに乗ってGタイプを引きつけていてくれたからだ。
彼はというと、降下せざるを得なくなったGが、
空戦部隊の中にいたザクからグゥルを奪っていったのを追って、
現在互いのSFSのつぶし合いを繰り広げている。
狙いが明白であるが故に、互いの攻撃が当たらないという現象が起きていたが。
だがこれ以上皆を気にする余裕を与えてくれる相手ではない。
「さぁ、次はどう来る?」
冷や汗をかきながら、シンはグリップを握る。
背負っていたロングレンジ・ビームキャノンを失っていた。相手の砲弾が散弾だったのだ。
通常以上に細かくばらけた破片に貫かれた砲身はもはや使い物にならない。
シンは迷わずそれをパージして捨て去っていた。
おかげで少しは早く動けるが、相手の次の手はまだ解らない。
動いたのは、むこうだった。片方が、空中へと飛んで此方に吶喊してくる。
向こうは空になっていた肩のミサイルポッドを外すと、
此方に向かって投げつけてくる。
そしてバルカンで撃って、デスティニー付近で爆発させた。
「煙幕のつもりかよっ!」
引っかかるもんか。そう思いながら、上昇した。
相手は飛べない機体だ。だが、彼の発想は甘すぎた。
太陽の光が一瞬遮られ、シンは自らの愚を後悔した。
上空に、SFSがあった。二機、その上に機体が乗っている。
一度飛び出したのはフェイクで、爆発はそれから目を逸らさせるためだったのだ。
シンは最初、飛び出した一機が煙幕を作って、SFSに残った一機が横か下から攻撃してくると踏んだのだ。
降下していってしまう味方を回収すると考えればそうもなろうが、
煙を作り出した瞬間、回収して上昇すれば……。
今度は二機が、デスティニーめがけて飛び出してきた。
「くそっ、うわぁあ!」
両方をフラッシュエッジで迎え撃たんとしたが、さすがに二機相手では分が悪すぎた。
相手のサーベルがボディに直撃することは免れたものの、左腕を切り裂かれてしまった。
SFSを誘導して乗り込んだ二機のMSは、なおも此方にライフルによる攻撃を敢行し、
残った右腕のシールドでやり過ごしたシンは、反撃の機が来るのを待った。
そして、救いの神が降りたのは、彼らではなくシンの方であった。
二機のMSめがけて、ビームの雨が襲いかかったのである。
強力なビームが一条と、ビームマシンガンによる弾幕が張られ、
二機のMSは一転して不利な状況に陥ったことを悟ると、
その場から転進し、ビームをかいくぐりながら撤退して行く。
「シン、大丈夫!? 遅れてごめん!」
「危ないとこだったわね……」
「ルナ、ノエミ!」
シンは、味方が来てくれた事への喜びと、
何故もっと早く来てくれなかったのかという憤りが同居するという不思議な感覚に陥る。
ふと向こうを見てみると、ハイネのオレンジのギラ・ドーガ、
そして宇宙からの増援部隊と思われる、白いギラ・ドーガと黒いギラ・ドーガが目に入る。
黒と言えばノエミの機体も黒だが、向こうには角がある。
彼らの攻撃すら易々とくぐり抜ける、驚異的なSFSであった。
「嘘、ミネルバが……」
「ね、ねぇシン! メイリンは!? メイリンは無事よね!」
改めて、ミネルバが撃沈されたという事実を目の前にして、
少女二人もそれを受け入れがたいという声をあげ、ルナマリアは妹の安否を知りたがる。
シンも気になり始めた。ミネルバの方向へ目をやると、
ランチが次々と浮上してきた戦艦に回収されてゆくのが目に入り、
ひとまず安心する。しかし、まだ止まっていられるわけがなかった。
「そうだ! アスランとレイが……」
シンは傷ついたデスティニーをアークエンジェル上空へ向けようとして、ノエミに止められた。
「あんた馬鹿? そんな状態でまともにやり合える訳ないじゃない」
「じゃあほっとけって言うのかよ!」
「……何のために私らがいるの!
 傷ついたMSでどうにかなる相手?」
「ノエミっ!」
「今、コイツは私たちを信用しなかったの。うぬぼれ過ぎ」
ギラ・ドーガをアークエンジェルで激戦を繰り広げる、
シナンジュとレジェンドの方へ向けると、
「守ろうとしてくれるのは嬉しいけど、私だって戦えるんだから」
ノエミはルナマリアに、シンを制圧が完了したヘブンズベースの区画へ、
急いで運ぶよう指示するとアークエンジェル上空へ飛んで行く。
シンとルナマリアは、彼女の背中から‘死’の臭いがして、
ふと不安な気持ちに駆られたが、ただそれを見送ることしかできなかった。

 
 

※※※※※※※

 
 

「よりにもよって、あの‘白い坊主’だとは……」
ネオ・ロアノークは、撤退予定時刻が刻々と迫ってくる中で、
ビームの弾幕で通せんぼを敢行するグレーのMSを見やり、
機体から感じるパイロットの気配から、相手が誰だかを悟った。
ミネルバの白い坊主。一度だけ、会ったことがある。
地中海で、息も絶え絶えだったステラを届けに来たZAFTのパイロットである。
あの時、お互いをしてああして通じ合う境遇にあることと、
ステラに抱いていた感情もあって、不思議と敵意は感じなかった。
だが今は違った。白い坊主は、自分に向けて怒りと殺意を露わにしライフルを撃ってくる。
フレイが援護に廻ってくれていたことは本当にありがたかった。
今の自分なら、迷いが手元を狂わせて被弾していたかも知れない局面が何度か会ったからである。
『貴様だけは、落とす!』
「それは出来ない相談だな、坊主!」
ギャーンと音を上げてリ・ガズィ・カスタムの脇をビームが轟音を上げて通り過ぎ、
旋回すると、こちらも負けじとビームライフルとビームキャノンの弾幕を作り、また離脱する。
らちがあかないと思った。このままでは延々とこの繰り返しであり、
体力勝負では若い向こうに軍配が上がってしまう。
加えて、このリ・ガズィ・カスタムもデルタプラスも、空中での長時間の飛行が出来ない。
MS形態での空中戦を仕掛けても向こうが優勢のまま変わらない。
だとすれば、アークエンジェルの死闘に決着が付くまで待つしかないが、
彼はいち早くこの空間から脱出したかった。
(俺にまとわりつくな……!)
アークエンジェルを沈めてからずっと続いているこの悲しみにも似た不快感。
拭えぬ苦しみが胸中に沸き上がっており、いつもの調子が出ない。
フレイも同様で、先程までは泣きじゃくっていた。
何でここまで自分たちが苦しまなければならないのか、
今の彼にはもう見当が付けられなかった。
ファブリス大尉には、感謝しなければならない。
この状況下で、空戦用MSを壊滅させる腕前には仲間でありながら恐怖すら感じるが、
彼のおかげで白い坊主一人に専念できるというものだ。

 

そして、代わり映えのしない空中戦がひとしきり続いた後、戦況が…動いた。
アークエンジェル上の戦いに、乱入者が現れたのだ。

 

『アスラン、今援護するわ!』
『……!? 来るな、ノエミ!』
「何だよ、何なんだよ、お前等はぁ!
 何で僕を放っておいてくれないんだぁ!」
Sフリーダムの腹部に搭載したビーム砲のチャージの完了まで後少し。
キラ・ヤマトは、目の前にいる忌々しい赤い機体に攻撃を続ける中で横槍を入れられた気分であった。
何が親友だ。二年前散々僕たちを追い回して、友達を……トールを殺しておいて!
ただ平穏に過ごしていたかっただけなのに!
フレイと一緒にいたかっただけなのに!
どうしていっつもいっつも僕の邪魔をするんだ……どうして!
裏切り者を倒したのにこんなに悲しいのも全部コイツのせいだ!
今こうして、自分が苦しい気持ちにならなければならないのも、
フレイしか旧知の人間がいなくなってしまったというこの現状も、
全部この『アスラン・ザラ』のせいだ!
視界の隅に入ってきた黒い奴も、アスランの仲間なんだ。
なら…………殺さなきゃ。
キラは気を逸らしたシナンジュを突き飛ばすと、
黒いZAFT系の印象を持ったMSに斬りかかる。
さすがに、上からちょくちょく邪魔してきたディンのような奴ではない、骨のある敵だった。
自分のいた場所に何か棒のようなものを放り、
一秒後に戦端にくっついたモノが発射される。
グレネードか何かだと察したキラはSフリーダムを宙へ浮かせて、
ギリギリのラインでそれをやり過ごすと、スルリと黒い奴の側面に回り込む。
『……へっ?』
今のを避けたのかと、自身ありげだった目の前の黒い奴に、
ビームサーベルの二刀流をおみまいし、四肢を切断し達磨にしてやった。
コイツが自信家で助かった。先程の動きから見て、
エースが乗れば並大抵のことでは落とせない相手だと思った。
良い機体だ。でも乗り手がな!
キラは黒い機体だったものの胴体を左腕で抱えて、
右手で電源を切ったサーベルの柄を突きつける。
「……動くなっ!」
してやったり。キラは内心そう思った。
作戦時間、つまり敵のまっただ中であるこの場所から待避して、
敵の目を逃れてヘブンズベース内部の、
東アイスランドに設置されたマスドライバー区画まで逃げ込む。
難度の高すぎる作戦だと最初は思ったが、敵がこうもユルユルだとは思っても見なかった。
フレイやネオの可変機、そしてこのSフリーダムの足なら振り切れる。
その自身があった。だが、そのためにはまず目の前の赤い忌々しい存在から少しでも離れなければ。
「動いたらコイツを殺すぞ……?」
『くっ……』
なんだ、仲間には優しいのか。
キラは内心毒づきながら徐々に空中へと飛び上がって行き、無理矢理道を開く。
「……ロアノーク大佐、こちらフリーダム。離脱の準備よろし」
奴がジャンプしたとしても届かない距離まで上昇したとき、
キラはネオに通信を送り、了解の意を込めた閃光弾が後ろで炸裂する。
彼は、振り返った。グレーのGタイプが、落下していく。
閃光を目の前でまともに浴びたか。
彼はそう察すると、離脱して行くネオとフレイの後を追うべく其方へ機体を向け、
下へMSの胴体を放る。シナンジュが、拾わんと海上へ飛び出した。
それを見て、ほくそ笑む。腹部のビーム砲がチャージ完了を告げていた。
「僕の味わった苦しみ、お前もとくと味わえ…アスラン!」
ビームを、撃った。
それは機体の胴体を掴もうとしたシナンジュの目の前で、
機体のボディを焼き尽くし、海水を蒸発させる。
こちらに、先程の奴とよく似た、オレンジの奴と白い奴、そして角つきの黒い奴が迫ってくる。
一々相手をするのも面倒だ。キラは機体を翻すと、その空域を離脱していった。

 

胸の苦しみは、まだ続いていた。
だがもう、彼にその理由を知る術は残されてはいなかった。

 
 

※※※※※※※

 
 

~勝利と敗北~

 

その双方を、三ヵ国は味わうこととなった。
ミネルバ、天龍、そしてアークエンジェルが撃沈され、
ギルバート・デュランダルはかろうじて何を逃れたものの、
東アジア共和国の最高指導者、ツァオ・フェンが死亡するという結果を招いた。
鎮圧が完了したヘブンズベースの岸は、勝利を祝う者は誰一人として存在せず、
失った存在の大きさがどれほどのものかを想像する余裕も残されてはいなかった。
シャア、アスラン、シン。
レイ、ルナマリア、ハイネ。
アーサー、メイリン、チェン、バート、マリク。
彼らにも、ミネルバが沈んだ事、仲間を失った悲しみを噛みしめる時間は与えられなかった。
未だ続いている北アイスランドの鎮圧は、もうMSを必要としない段階に進んでおり、
東アイスランドの調査は未だ始まる気配などなかった。
見なくても解る。その方角の空には、数えるのも嫌になるほど多数の雲が伸びており、
それら全てが、マスドライバーによって宇宙へ逃げていった大西洋……いや、『ロゴス』の兵達。
まだ戦いは終わらないという現実が突きつけられて、
厭戦気分が漂い始める部隊も出現し始める始末であった。
「これは勝ったとは言わないな……」
宇宙から降下し、南アイスランドの敵MS部隊に強襲を敢行した部隊の筆頭、
イザーク・ジュールは、その惨状を見渡して一言だけ呟いた。
全体から見れば、壊滅状態になった部隊は逆に少ないとすら言える。
だが、その失った部隊が問題だったのである。
「よりにもよってミネルバが沈むとはな」
「……残念なのは解るけど、俺たちの仕事だって残ってるんだからな?」
「わかってる! つべこべ言うな!」
後ろに立つディアッカ・エルスマンも、いつもの元気は見られない。
当然であった。
彼らが向かっている先は、そのミネルバの生き残りが一度集められている箇所なのだから。
そこに、デュランダル議長も一緒にいると聞いたのである。
ミネルバの艦長との関係は、アングラでは結構な噂になっていただけに、
彼がそこにまだいたがっている心情は理解できる。
イザークからすれば、まだそっとしてやってほしいくらいだった。
だが、最高評議会の判断は極めて冷静かつ冷酷だった。
『議長とミネルバのクルーには、いち早く本国へ戻っていただきます』
内政事務次官のエリオット・リンドグレンはそう告げた。
昨今の戦闘におけるミネルバの活躍は確かにめざましいものであるが、
今回の作戦での議長、並びに軍本部の作戦に見通しの甘さが招いた結果であると。
よって、一度ミネルバ所属のクルーは本国で再編成をする故、
ジブラルタルのマスドライバーから搭乗機と共に直ちに帰国せよと。
議長に関しては今後の進退も問わなければならないと、
エリオット・リンドグレンはすました顔で言い切ったのである。
イザークは、電源が切れた後モニタを思いっきりたたき割った。
やがて、緊急で張ったテントが見え始め、意気消沈した面々がそこにおり、
イザークはかける言葉を模索したが、なかなか出てこなかった。
女性達は泣きじゃくっている者が半数以上、男連中もほぼ全員が俯き、
見た目で平静を保っているのが、
デュランダルとミネルバのMS隊長シャア・アズナブルのみという状態であった。
イザークはゆっくりデュランダルの下へ向かうと敬礼して、
「議長、今回の作戦……我々もかける言葉がございません」
「いや、その気持ちだけで嬉しく思う。
 ……基地制圧の進行状況は?」
「はっ、北部司令塔の制圧に少々手こずっておりますが、
 鎮圧にはさほど時間はかかりません。ですが……」
「東側だろう?」
「……はい。
 東側に調査が入ったのはつい20分ほど前でして、
 其方については詳しい報告はまだ……」
「うむ、解った。ジュール隊は基地制圧を続行してくれ。
 私は、先程聞いた帰国命令の手続きもしなければならん」
「了解しました」
イザークはもう一度敬礼してその場を離れようとしたが、
少し離れたとき、ディアッカが彼の袖をクイクイと引っ張って、
「……なんだ?」
ディアッカは黙って、テントの端で天を見上げている男を指さす。
アスランの姿がそこにあった。
放心して、何も考えていないようにも、
そもそも考えることを拒否しているようにもみえた。
イザークは、彼の所へ近づいて行き、
「……アスラン」
「……んぁ? ……ああ、イザークか」
イザークを視認して、誰かと認識するまで数秒。
これだけでも、深刻だと解る。イザークは近寄っていって、隣に座る。
「いつもの減らず口はどうした、貴様らしくもないぞ」
イザークには、こういう言い方しかできない。
真剣なかおつきで面と向かって喋ろうと思えなかった。
深く掘り下げていくのは野暮な気がした。
だが、イザークなりの気遣いを察したのか……
アスランは、その場でイザークに身をもたげてきた。
一瞬、ゾッとした。イザークは引き離そうと思ったが、
直後に耳に入ってきたものを聞いて、その気は失せた。

 

アスランは、大粒の涙を流して泣いていた。
イザークには、そっと肩に手を乗せてやることしか、その時は出来なかった。

 
 

第30話~完~

 
 

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