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Last-modified: 2011-05-09 (月) 23:39:29
 

~プラント首都・アプリリウス

 

「アニエス・ジュベールさんですね?」
アスラン・ザラは、アプリリウス郊外にある一軒家を訪ねていた。
ヘブンズベースの後処理を残存のZAFT地上部隊に任せ、
ジブラルタルに新設されたマスドライバーから本国へ帰還して約5日。
彼の手に握られた鞄の中には大きめの封筒があった。
本来この仕事は軍本部の人間がやる事なのだが、彼は自ら名乗り出て志願したのである。
自分が行かねばならないと感じていたからだった。
アスランは、ドアの向こうから現れた壮年の女性を見る。
ブロンドの髪を蓄えた美しい女性だった。
10代後半で娘を生みまだ30代後半と聞いていたが、20代でも十分通用すると思う。
泣きはらした事が、赤くなった目と目元の隈で解る。
「……貴方はっ!?」
「ZAFT軍所属、アスラン・ザラです。
 貴女の娘、ノエミ・ジュベールの件で……」
アニエスの目はアスランの眼をジッと見つめ、
彼が最後まで言い切るのを待たず、入るよう促した。
客人を迎えるに当たって良い態度とは言い難いものがあったが、
アスランは仕方がないと感じ何も言う気になれなかった。
彼がノエミの家に足を運んだのは、『遺族補償給付』の手続きを行うためなのだ。
つまり、娘の戦死を知った親に我が子が死んだ事実を、
書類という形で無惨に押しつける役目を買って出た訳である。
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
リビングに通され、ソファに腰を下ろしたアスランの前に、
あらかじめ来ることを知っていたアニエスはコーヒーを入れたカップを置いた。
「確か、砂糖は入れないはずでしたわね」
「ええ……ですが、どこでそれを?」
「娘が、手紙で教えてくれたんですよ。ミネルバにいる皆さんのこと」
ズンッと、アスランの腹部にナイフを突き立てられたかのような痛みが走る。
「珍しいでしょ?
 あの子、こんなご時世に手紙を書くのが好きで……」
彼女は、娘との思い出を一つ一つ掘り起こしていくようにリビングを見回す。
アスランも、ゆっくりと部屋の作りを再確認していった。
数世代前のヨーロッパ家庭をイメージした造りの家であった。
暖炉の上には、幸せそうな笑顔を浮かべる三人家族が映っている。
ZAFTの軍服を着た壮年の男性と、アニエス、そしてまだ16才前後のノエミ。
幼年学校の入学式の写真や、動物園でゾウを背景に父親に肩車されている写真。
ジャパニーズ・キモノをイベントで着た時を記念に撮った一枚。
ミネルバでは知ることの出来なかった、同僚の一面すべてがここにはある。
「アカデミーに入ってからはしょっちゅうでした。
 暴れん坊っぽいけど根は優しいシン君とか、冷静沈着のようで実は熱いレイ君。
 ルナマリアちゃんとメイリンちゃんっていう親友も出来たって言ってたわねぇ……」
コーヒーを入れながら見ていたのだろうか、ダイニングテーブルの端に、
アルバムが置かれており、そこにはミネルバで彼女が時折撮った写真が入っていた。
シャア・アズナブルやハイネ・ヴェステンフルス、そして自分が写っているものもある。
アスランは、第一声に何を彼女に言えばいいのか迷った。
ここに彼女しかいない理由はただ一つ。
ノエミの父であり、目の前の女性の夫であるマリユス・ジュベールは、
二年前の大戦の折アラスカで戦死していた。
つまり、自分の父が立案した作戦で命を落としている。
そして、娘であるノエミを、目の前にいながら自分は守れなかった。
脳裏に、爆散して行くギラ・ドーガのボディが鮮明に浮かび上がる。
戦後の回収作業で引き上げられたのはコクピット部の無い上半身、そして下半身。
予備パーツとして再利用するため本国に送還されることが決まっている、
そのボディ以外は遺品として残ってはいなかった。
ミネルバは海中に沈み、引き上げても中身がどうなっているかの保証は無かったのである。
それ故、彼女に何も渡せるモノがない。
あるとするなら、鞄の中にある数枚の紙切れだけだ。
親子二代にわたって、ここの家族の人生を振り回したのだ。
アスランは鞄から、スッと封筒を取り出しテーブル越しに彼女に渡す。
彼女はそれを受け取り、見もせず傍らに置いて重い口を開く。
「アスランさん」
「はい」
「娘の最後の事、話してくださるかしら……」
「……! よろしいのですか?」
「紙なんかじゃなくて、貴方の口から聞きたいんです。
 貴方も、そのつもりで来たんでしょう?」
アスランは、アニエスの目の奥に覚悟があることに今更気付く。
一呼吸置いて、アスランは話し始めた。それから、かなり時間が経ったように思う。
彼女が最後に『フリーダム』の手にかかったのだと言うときは、
身が引き裂かれんばかりに痛んだが、アスランは最後まで言った。
「娘は、苦しまなかったんですか?」
「一瞬の、出来事でしたから……」
「そう、ですか。娘は、楽に逝けたんですね……」
「……申し訳ありません」
アスランは目の前のテーブルに頭を打ち付けんばかりの勢いで頭を下げていた。
「何故貴方が謝るんです」
彼女の語気が強くなる。
「私が、もっと上手くやっていれば、ノエミ……娘さんは」
アスランが口に出せたのはそこまでだった。
彼の頬に何かが打ち付けられ、一瞬頭が真っ白になる。
アニエスに叩かれたのだと気付いた時、
「相当な自信家さんね。あの娘が言っていたのとは大違い」
「そんな! 私はただ……」
「MS一機の働きぐらいで娘が助かったり、
 戦争に勝ったりする程甘いもので無いことくらい、私だって知っています!」
どちらが泣く側なのだろうか?
情けないと知りつつも、アスランは俯いた。
あの時程、自分があやふやな心根で物事に向かっていたのだと自覚したときはなかった。
プラントやデュランダルの作ろうとしている未来のために、
決死の覚悟で戦うと決意しておきながら、
親友の言葉一つで揺れてしまう、自分自身の脆弱な心。
一番悲しいはずなのに、目の前の女性は微笑みを浮かべてアスランを見据える。
「貴方がどういう人かは、ある程度は知っているつもりです」
タカ派の筆頭であったパトリック・ザラの嫡子にして、
その父に反旗を翻し平和のために戦った、前大戦の英雄。
その認識は、今の彼にとって重荷なのだろうか?
それとも、背負うべきものなのだろうか?
「貴方がもし、娘の見たとおりの人なら、
 娘が望んだ『平和な世界』を作るために……戦ってください。
 そして、生きてください」
「……はい」
自然と口が動いていた。
アニエスは目の前の青年が、娘の手紙に書かれていた精悍な目をした青年、
アスラン・ザラとして存在している事に安心感を覚える。
(あなたの言う通りね、ノエミ。この人はきっと……)
書類の受け渡しが終わり、我が家を去っていくアスランの背を見ながら、
アニエスは娘が数ヶ月前送ってきた手紙の一文を、頭の中で反芻していた。

 

 アスランって、みんなが想像していたような
 強くてカッコイイ英雄さんじゃないけど、誰よりも悩んで生きて来た、感情豊かな人だと思うわ
 ミネルバのどんな人よりも素直で優しい人。強い人って、みんなそうなのかな?
 それとね、みんな変わってきたんだよ
 シンは前みたいな怖い目つきしなくなってきてステキになってきてるし
 レイはクールなところが薄れていって、実はお茶目さんなんだってわかったの
 ルナは明るい子だったけど、最近何か隠してる。いつか話してくれるかしら?
 メイリンは気付いてないけど、あの子ウチの隊長にお熱みたい
 ハイネは雑誌とかじゃ見れない怖い部分があるってわかったわ。人って見かけじゃないのね
 で、ウチの隊長も怖いけど、アスランと少し似てる。あの人は怖い仮面を被ってるだけかも

 

 それとねお母さん、あたし○○の事が…………ううん、やっぱりいいや

 
 

※※※※※※※

 
 

~数日後・宇宙L1宙域

 

プラント本国の存在するL5宙域と、
アーモリー市の属するL4宙域を結ぶ航路を、
ナスカ級二隻と民間シャトル数隻が進んでいた。
開戦してからと言うもの、この両宙域間を結ぶシャトルの便数は減り、
出港するにあたっても、こうして護衛を付けなければならない情勢となっている。
当然と言えば当然なのだが、シャトルの乗客達からすれば、
今が戦争状態なのだと言うことを実感させるものであり、あまり気持ちの良い物ではなかった。
「こちらウルフ4、当宙域に異常なし。どうぞ」
『ウルフ1、了解。OK、イェルン、もう戻って良いぞ』
「ったく、地上はあんなゴタゴタしてるってのに、こっちは平和なもんだ」
『全くだ。数ヶ月前の攻撃以来何もなしだからな』
一機のザクが、ナスカ級らの三時方向の宙域警戒にあたっていた。
月の地球軍に何か動きがあればそれを母艦に通達し、
全速力で本国へ逃げ切るという任ではあるのだがこのかた一度もそうなった試しがない。
実際、L1宙域の中でも月にほど近いあたりに、
キノコとも称すべき宇宙要塞の存在が確認されたときは焦った。
だが、それへの対応は自分たちではなく軍本部と評議会の仕事であり、
いまだアレにどう対処すべきかの明確な指針が出ていない。
敵が動くまで静観しなければならないというのは、正直言って辛いモノがある。
あそこにいる連中が何を隠し持っていてどれほどの軍備なのか、不安に駆られる。
「ま、そういうのは本国のお偉いさん方がやるこった。
 俺たち末端は知らなくて結構な事よ」
『まぁな。それより早く帰って来いよ!
 シャトルから地球のビールの差し入れがあってよ』
「マジか!? 俺の分残しとけよ!」
『へいへい……お前も好き……ガガ……ガ……』
その時、異変は起きた。通信機が急に効かなくなったのである。
「……あ? おいフィリップ、フィリップッ!
 くそっ、ハンスの野郎。通信機器のヒューズ新しくしろって……?
 ん? 新しくなってる。何だ、何だってんだ!?」
イェルンは最初、通信機の故障だと思った。
定期的に交換すべきパーツの交換がされてなかったのだろうと、
メンテナンスハッチを開けて確かめたが、全て正常に働いている。
ジャミングをかけられたと自覚はするものの、
MSの目であり鼻であり耳であるレーダーと通信装置を、
ここまで封殺するジャミングなど聞いたことがない。
(おかしい。絶対何かがおかしいぞ、こりゃあ)
遠目に見える自分の母艦から、次々とMSが出撃していく。
民間シャトルが、高速でこの宙域から本国へと駆けだした。
海賊か? 最初はそう思った。だが即座に否定した。
こんな高度なジャミング弾は本国でもまだ開発されたと公表はされていないし、
通常のジャミング弾でさえ通常弾頭でない分高価であり、
あったとしても海賊が手に入れるには身を切るほどの代物だ。
こんな辺鄙な部隊と民間シャトルを襲うために使うはずがない。
だとすれば……
「敵さんか! ちっ、『曹操の話をすれば曹操が現れる』ってな!」
ライフルの安全装置を解除し、
彼はナスカ級の部隊に合流する動きをしつつ周囲を見回す。
レーダーが使えず、肉眼のみが頼りという状況は初めてで、
自然と手に力が入り汗が身体からふきだしてくる。
ふと、同僚のフィリップの搭乗するグフが光通信で、
『ロクジホウコウニセンカンアリ……カナリデカイゾ』
半信半疑で、ナスカ級後方に目をやって、頭が考えることを停止していた。
まだ小さめに見えるが、確かに赤い戦艦が浮かんでいた。
ここから見える距離から目測で見積もっても、
大方600mはあろうかという戦艦の常識を越えた戦艦がそこにいたのである。
ナスカ級のクルーやパイロット達だけでなく、
シャトルの乗客達もその存在に気付いたのか、少しだけ足を緩めた。
その瞬間、ナスカ級とザク・グフの部隊を上方から閃光が襲った。
ビームの雨とも称すべき乱れ撃ちに、数機が巻き込まれる。
上を見上げて、イェルンは何とも言えぬ‘虚’と言えばいいのか解らない感覚に陥る。
それが絶望という感覚なのだと知る間もなく、彼の身もまたビームの高熱に焼かれていった。
雲の如く上方を埋め尽くす100はあろうかと思われるMSの群。
ガザCとガザD、ガ・ゾウム。そして、サーモンピンクのガンダムタイプ。
かつてハマーン・カーンが率いたアクシズのMS達、
そして、かつての英雄が駆る機体に乗った怪物が、C.E.のMSに火を噴いた瞬間だった。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第31話

 
 

シャア・アズナブルは、モニタの向こうに移った赤い影にライフルを一発放った。
周囲に浮かんでいるデブリを掠めて、閃光はみるみるうちに赤い影へ近づいていったが、
撃墜を示す爆発の光は上がらず、バーニアを噴射したことを示す蒼い光が見えた。
「外した!? ……やるようになった!」
シャアは口元に笑みを浮かべ、足下のデブリを蹴りつけてサザビーを加速させる。
無作為な動きをするデブリの間をすり抜けながら、
起動しようとした索敵モニタを切り、集中する。
どこから来る? ‘奴’はどこから……!
「なるほど、下か」
見もせずに、シールドミサイルを直下へ放つ。
ミサイルの弾頭は目下にあった小さな隕石に直撃し、
岩石で出来たソレを粉砕させ、向側に身を隠していた赤い影が飛び出す。
其奴は爆発して行く隕石を蹴り、別の隕石や残骸を、
飛び移っては蹴り飛び移っては蹴り、かつてアーモリーワンやデブリ帯で、
シャアがザクでやった技法をそのままやってのけていた。
「シナンジュか……良い機体だ」
サザビーの下部後方に回り込んだアスランのシナンジュは、
手にしたライフルをサザビーのボディめがけて放つ。
シャアは咄嗟にプロペラント・タンクをパージすると、
ライフルの斜線上にソレを残したまま、付近に見えた隕石の影に身を潜め、
ビームがエネルギーの残留したタンクを爆発させると同時に、
その光に紛れて、シナンジュ横へと機体を加速させる。
『……やった?』
「……こっちだ、アスラン」
『……!?』
スルリとシナンジュの懐にサザビーを滑り込ませたシャアは、
がら空きになっていたシナンジュの横っ腹へ思いっきり蹴りをかまし、
シナンジュはそのまま後方の戦艦の残骸に叩きつけられる。
手首のユニットからサーベルを抜いて、間髪入れずに斬りかかり、
アスランはシールドのアックスを起動させてそれを受け止めた。
ジリジリと火花が飛び散って、赤い機体双方の、悪魔が如き相貌を照らし出す。
「戦いの場で気を抜くな!
 爆発一つで勝ったと思うなど愚の骨頂だぞ!」
『……はい!』
アスランは全身のブースターを全力で可動させ、
後方の残骸に付いていた瓦礫などを吹き飛ばし双方の視界を殺す。
シャアはひるまずライフルを一度放り、もう一本のサーベルを取り出そうとした。
アスランは、それを待っていた。
シナンジュにのしかかるサザビーのパワーが一瞬ゆるんだ隙を突き、
残骸を蹴って上方へ逃れたのである。
ぬかった。シャアは臍をかんでファンネルを三基射出させる。
残骸を蹴ったシナンジュの死角を突かんと、
ファンネル達はデブリの間を飛び回り、逃れたシナンジュの姿を捉えた。
抜きはなったサーベルでファンネルのビームをはじき、
アスランは追いすがるサザビーの姿をモニタに捉えると、
迷いを振り払ったかのように、シナンジュを迫り来るファンネルの方へ向け、
サーベルを回転するように投げた。シャアは最初、彼の意図を読めずにいたが、
数年前、同じ事をやった少年がいたことを思い出し、
ファンネルに戻るよう発信しようとしたが、遅かった。
アスランはサーベルの刀身めがけてライフルを放ち、
ちょうど川の水面に石を投げて跳ねさせる『飛び石』のように、
ビームが刀身にはじかれ拡散しファンネルを襲った。
シャアの意識をファンネルの方へ持って行く事に成功したことをアスランは感じ取り、
目の前のデブリを踏み、方向をサザビーへと転換させると、思いっきりペダルを踏んだ。
「何っ!?」
『とったぁ!』
シナンジュの手にはアックスが最高出力の状態で握られており、
アスランはそれを隙が出来たサザビーめがけて突きだした。
勝った。アスランはそう思った。
しかし、まだ彼の予想を外れる動きを目の前の機体は見せた。
身をひねり、流れに乗るようにシナンジュのサーベルをいなしたサザビーは、
突き出されたシナンジュの前腕を脇に抱えるように捉えると、全身でシナンジュを押しつけたのである。
アスランは、いつの間にか残っていたもう三基のファンネルが、自分を取り囲んでいる事に気付く。
「今の一撃は申し分なかったが、惜しかったな」
プシュウウンという音と共に、シミュレータ終了のブザーが鳴った。

 

※※※※

 

《L1宙域で民間シャトル襲われる。護衛のナスカ級なすすべ無く撃沈》

 

このニュース速報が本国を駆け抜けるのにさして時間はかからなかった。
民間シャトルに損傷は何もなく、乗客達はこぞって謎のMSが我々を襲ったのだと供述した。
プラント最高評議会として、この件を最優先事項と判断。
その宙域の調査に部隊を派遣するという事で一抹の収束を経た。
そして、そこへ派遣されることになったのは当然、
本国に召還した‘彼ら’こと、ミネルバの面々であった。
ミネルバがヘブンズベース戦で沈んだというニュースが流れたときは、
ギルバート・デュランダルを支持する声は小さくなり、
反対派の声が大きくなったのも事実であるが、開戦からの活躍からミネルバを英雄視する動きは変わらず、
内政事務次官のエリオット・リンドグレンも、苦言を労するのみでそれ以降問題に触れる事はなかった。
ミネルバの搭乗員達は再編成という形で生き残った全員が本国に呼び戻され、
配属先が決まるまで休暇をもらう者もいれば、シンのように軍施設で過ごした者もいた。
パイロット達の中で、ホーク姉妹だけは一度自宅の母親に会いに行ったらしいが、
彼女ら以外は殆どがシミュレータを使い込んでいたり、
射撃訓練で鬱憤を晴らそうと躍起になっていた。……特にアスランは顕著だった。
シャアにMSでの組み手に付き合ってくれと頼み込んで、
一日の殆どをシミュレータでの訓練に費やしていたと言っても良い。
シャアも思うところがあったのか、何も言わずにアスランに付き合っていた。
シンは軍本部からの召集命令があるまで、この日は彼らの訓練の光景を眺めていた。
当然シミュレータホールでやっているので、人は集まってくる。
彼らは、シャアのサザビーとアスランのシナンジュが見せる非常識なまでの世界に魅入り、
シンも実際、あの赤い二機の動きについて行ける自信は五分五分といった所だ。
巷の雑誌やメディアでは、スエズ戦やヘブンズベース戦の映像の中で、
公開された部分をしつこいくらい何度も何度も映して、ミネルバ隊やジュール隊、
そして友好関係となっていきつつあった東アジアのMSについて取り上げている。

 

~《 赤い彗星 》~

 

サザビーとシナンジュの圧倒的機動性と、
その卓越した戦闘技術からメディアは二機を称してこう呼んだ。
自然とそれは民衆、兵士達の間で異名と化して行き、
奇しくもシャアは以前と同じ呼び名で認識されることとなったのである。
赤い彗星とメディアで出始めたとき、
ハイネが呑んでいたジュースを噴きだした時はそちらに驚いたが。
そんな事を考えていたとき、シンの隣にそのハイネ本人が立つ。
「まぁだやってんのか、あの二人」
「午前中からです。アスランもそうですけど、
 隊長もよく保ちますよね、確か34でしょ?」
「それ、本人に言うなよ……。
 ま、それはともかく、アレ一回で終了させなきゃならんけどな」
「……召集ですか?」
「ご明察。議長は今溜まった政務で出てこれないから、
 俺が新しい艦に案内しろってよ」
「新しい艦? でもそういうのって本部の人間が……」
「事情ってもんがあるんだよ、どこにだって」
シンには最後まで言わせず、一瞬だけ冷徹な目を見せた彼は
周りに効いている野次馬がいないか見回し、シンに目配せして言った。
シンはゾッとなって、それ以上踏みいるのを止めた。
ハイネは、明るいムードメーカーの他に、
全てを割り切って考える冷徹な面を時折見せる。
シャアやアスランも時たま見せる事があるが、
シンは正直言ってあの目は苦手だ。
オオッー! と、目の前の群衆から歓声が聞こえ、
モニタをパッと見上げると、サザビーめがけて斬りつけたシナンジュが、
サザビーの人間さながらにしなやかな動きで捉えられる瞬間があった。
「相変わらず凄い奴らだよ、全く」
そう言うハイネの目の中に一抹の対抗心が見えたが、シンは何も言わなかった。
あんな超常的な動きができるのは自分でも羨ましいとも思うし、
立場を抜きにすれば一度全力で戦ってみたいとすら思う。
闘争本能と言ってしまえば聞こえは悪いが、確かにそう言う感情があるのも否定できない。
シミュレータから汗まみれになって出てきたアスランに、
新品のタオルとドリンクを投げ渡したシンは、
軍本部からの召集命令が来たことと、急ぎ着替えハイネについて行くよう言った。

 

※※※※

 

メイリン・ホークはアーサー・トラインらミネルバクルー達と共に、
新たな乗艦となる戦艦を見下ろしていた。
ミネルバより100m程小型で、タンホイザーのような決戦兵器は搭載していない。
対空機関砲とミサイルランチャー、ビームキャノン等いたってシンプルにまとめられている。
象徴的なデザインは一切されていない、MS運用により重点を置かれた戦艦であった。
「これが、『レウルーラ』……」
彼女たちが集められた戦艦ドックには、
この目下にいるレウルーラという赤い戦艦の他、二隻の戦艦が鎮座していた。
こちらも中央のレウルーラに似た戦艦で、さらに80m程小さい。
水鳥を連想させる尖った戦端にカタパルトが斜めに取り付けられ、
羽のような放熱版が船体の下に二枚取り付けられている。
『ムサカ級』と、手元に渡された資料には記載されていた。
この三隻の戦艦は、最初から宇宙での使用のみを想定して設計されているらしい。
タラップを歩きながら、メイリンは不思議な感覚に包まれる。
この戦艦達は、ついこの間まで人が住み動かしていたかのような、
様々な人間達の思いが詰まっている何かがあると感じる。
それと同時に、ある男の顔が脳裏に浮かんでくる。
(隊長……? どうして……?)
ブリッジの構造はミネルバと似ていた。
似ていると言っても上部の通常ブリッジもより実用的な構造で、
戦闘ブリッジとを行き来できる部分が似ているという話である。
また、不思議なのはこうも実用的な設計をされた戦艦でありながら、
一部戦艦に似つかわしくない内装の部屋が存在したこと。
これだけはメイリンだけでなく、共に足を運んだ姉、ルナマリア・ホークも、
新たに艦長としてここに着任することになったアーサー・トラインも、
マッド・エイブス技術主任やヨウラン・ケント、ヴィーノ・デュプレもその意図がわからなかった。
メイリンはその部屋に一歩踏みいる。
中世の貴族さながら豪奢に装飾を施されたこの部屋に、
彼女は安心感を感じていた。何故だかは自分でもよく解らない。
壁に掲げられた絵画一つ一つが、地球の風景を彩ったものであること。
そこから、部屋のインテリアを考えていた人間が、強く地球を意識していたのだと知る。
ベッドに、うつぶせに倒れてみる。身体全体をぬくもりが包んでゆく。
脳裏にもう一度彼、シャアの顔が浮かぶ。
メイリンは、身体の奥底が熱くなって行くのを感じた。
自分が欲情しているのだと気付くと同時に、
自分の手が胸と、女の部分に伸びていたことも。
「や、やだ私ったら……」
ハッと我にかえり、恥ずかしさからなのかまた別の感情からか、
自分の顔が真っ赤に染まっている事を自覚する。
その時、部屋の戸を開ける者がいた。部屋に入っている事が気付かれたらしい。
緊張して戸の方を見やると、自分が先程思い浮かべていた人間その人が現れる。
「メイリンか、ここで何をしている?」
シャアであった。メイリンはワタワタとベッドを正すと、
「ご、ごめんなさい! とてもふかふかそうでつい……」
頬を赤らめたまま答えるメイリンを見て、シャアは娘を見る父親のような笑みを浮かべる。
その瞬間、自然と心臓の鼓動が高鳴った。
~もっと近づいて欲しい…この身体に触って欲しい~
そう思う自分と、自粛しろと怒鳴りつけてくる自分もいた。
そうだ。彼と自分にどれだけ年齢差があると思っている!
シャアはメイリンの頬が紅潮し、息が少し荒いことに気付く。
彼はメイリンの足下まで近づいて行くと、
「……ふぇっ!?」
彼女の額に手を当てて、自分の額にも手を当てる。
「やはりな、メイリン。君は最近寝ていないだろう? 少し熱っぽいな」
「いや、あの……」
「無理をするな。ここ最近の我々の動きを考えればわかる。
 君は若いとはいえ女性だ。今日はゆっくり休んでおけ」
「あ……」
シャアはそう言い残すと、部屋から出て行った。
メイリンは彼を呼び止めようと思ったが、声が出なかった。
彼めがけて伸ばした腕がむなしく宙を切って、彼女は俯いた。

 

※※※※

 

再編成されたと公表されてはいるものの、
ミネルバクルーにとっては以前とあまり変わってはいなかった。

 

◎レウルーラ級『レウルーラ』
艦長=アーサー・トライン
機動部隊=シャア・アズナブル      ~サザビー
       アスラン・ザラ        ~シナンジュ
       シン・アスカ          ~デスティニー
       レイ・ザ・バレル       ~レジェンド
       ルナマリア・ホーク      ~ギラ・ドーガ

 

◎ムサカ級『ムサカ』
艦長=リュディガー・ビュートウ
機動部隊=ハイネ・ヴェステンフルス   ~ギラ・ドーガ改
       ヘドヴィヒ・リット       ~ギラ・ドーガ
       アンネリーゼ・シャイン    ~ギラ・ドーガ重装型
       ペートラ・ガスト       ~ギラ・ドーガ
       ヨナタン・レハール      ~ギラ・ドーガ

 

◎ムサカ級『ガロム』
艦長=ダーフィト・ブルックナー
機動部隊=イザーク・ジュール     ~ギラ・ドーガ改
      ディアッカ・エルスマン    ~ギラ・ドーガ重装型
      シホ・ハーネンフース    ~ギラ・ドーガ
       エリノア・ゲーラー      ~ギラ・ドーガ重装型
       アダム・ピュッツ       ~ギラ・ドーガ重装型

 

実際はもっとパイロットは存在するが、
ジュール隊や元オレンジショルダー隊の再結成と言うこともあって、
以上のメンバーが軍内部において新たに編成された艦隊として公表された。
無論、新型艦という形で公表されており、
一隻にかかるコストや製造元については一切が隠匿されている。
そしてZAFT軍人達の目を引いたのは言うまでもなく新型のMSであった。
ザクとグフをZAFT全体にようやく配備させ終えたこの時にまたか…と、
事情を知らぬ上層部は頭を抱えているらしいが、
別部隊のパイロットからすればそんなの問題ではなかった。
スエズで大々的な戦果を挙げ、ヘブンズベースで母艦を失いつつも奮闘した機体達。
垂涎の的となるのは当然であったが、
配備申請について軍本部は一切受け付けようとはしなかった。
事情を知っている人間からすれば、
いつまでこの機体の事情を隠し通せるのかが悩みの種であった。
ただ彼らの間でも、ハイネとイザーク……。
ZAFT軍きってのエース両名が搭乗することとなった二機のMSについては寝耳に水であった。
『ギラ・ドーガ改』
この機体の真の姿を知っているのはシャアただ一人であったが、
彼もこの機体の姿が元々のソレに、あまりに酷似していることに驚きを隠せなかった。
ハイネ機はヘブンズベース戦で損傷を負ったギラ・ドーガの装甲を、
アスランのシナンジュと同質の装甲板に入れ替えた上で、
機体の各所のブースターと電子機器の性能を向上させた仕様となっている。
イザークのそれも同様である。両機に共通しているのが、特徴的な頭部であった。
普通なら隊長機はブレードアンテナを設置するのみで、
一般機と形状は変わらない(ディアッカ機がまさしくそれである)のに対して、
ナチス・ドイツのヘルメットを彷彿させるギラ・ドーガの頭部と異なり、
ドイツ帝国時代のシャコー帽をイメージした頭部になっていたのである。
ハイネ・ヴェステンフルスは、レウルーラとムサカの横たわるドックに設置された、
全天周囲モニタVerのシミュレータに乗り込んで、
起動させた後コンソールをいくつか操作し自機のデータを呼び出す。
公表されたとはいえども、ギラ・ドーガはブラックボックスと言って良い機体であり、
むやみに演習場で機体を動かすわけにもいかなかった。
加えて、機体の中でシミュレータは起動できるし通信での模擬戦も可能だが、
それでは先程のシャアとアスランがやったような模擬戦をするために、
一々回線を繋いで機体と機体同士をリンクさせてチェックして……ぶっちゃけめんどい。
本当は、宇宙空間で駆け回りたくてウズウズしているのが本音だった。
「これからよろしくな、相棒」
『おっさんくさい台詞だな、ハイネ』
「うるせえよ」
それに、一度は解散したオレンジショルダー隊の復活というのが、
ハイネのモチベーションを前向きにさせていた。
ミネルバに愛着がわき始めていたのも確かだし、
ヘブンズベース戦ではミネルバら旗艦が最後方であることにかまけ、
気を緩めた結果があの惨事であったのを後悔し続けた。
これ以降は絶対、船も沈めさせやしないし、ミネルバの彼奴等も死なせやしない。

 

そして……最終目標である、『シャア・アズナブルに追いつく』こと

 

いつかきっとやってやる。
そう心に誓って、ハイネはシミュレータのハッチを閉めた。

 
 

第31話~完~

 
 

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