CCA-Seed_787◆7fKQwZckPA氏_36.5

Last-modified: 2012-05-26 (土) 06:54:19
 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第36.5話

 
 

「ラクス、クラ……イン?」
純白の壁紙が栄える中世西欧風の部屋の中で、少女は、その名を呼ばれ振り返る。
大窓の向こうには庭があるのだが、そこに少女が立っていた。
ラクスと同じ桃色の髪を、肩まで切りそろえた女の子。
不思議なことに、自分が常日頃鏡で眼にしているのと、同じ顔であった。
「あなた、だぁれ?」
ラクスは聞いてみた。だが、目の前の少女は頭を振って、
「わからない」
と答えた。変な話だ。自分の名前も知らないのだろうか?
次第に、目の前の少女が奇怪な格好をしていることに気付く。
ぼろを、纏っていたのだ。先日、お父様に連れられ足を運んだ先で見たような……
「……!? あなた、“わたし”ね!?」
「“わたし”……?」
おもいだした。このぼろは、“ひけんたい”の来ていた白衣だ。
ラクスは、庭先に走り出た。そして、その者の手を掴む。
自分は部屋の中で綺麗な衣装を着て、彼女はぼろ。
どうもこの構図が気持ち悪くて仕方がなかった。
「入って! 一緒に遊びましょう!」
と、言うのが本音でもあった。
先日以来、女の子らしい事は殆どやっていない。勉強と、勉強と、勉強。
そればっかりで、お父様に部屋からも殆ど出してもらえなかった。
学校に行きたいと言っても、聞き入れてもらえなかった。
同い年の子と遊ぶのは不健全なのだろうか? 何故ダメなのだろう?
何でも、“ていれべる”だと言うのが理由らしいけど……
『お前は彼らの上に立つ身だ、その必要は無いのだよ、ラクス』
とお父様は言った。お父様がそう言うのだから、間違いないのだろう。
そう納得はしていたものの、やはり寂しいものは寂しい。
本を読むこと以外に楽しみも無かった故に、少女の到来は嬉しかった。
部屋の中に、少女を引っ張り上げる。その段階で、遊び道具もない事に気付く。
部屋の中を見渡してみる。飾り付けは綺麗でも、子供のための物は本しかない部屋。
仕方がない。ラクスは、本を引っ張り出した。日頃良く読んでいる物だ。
このテの本も、本当は禁止されている物だ。悪影響だからと。
魔術師や、凶戦士であったり、ドラゴンやゾンビの登場するファンタジーもの。
それがラクスは大好きで、良く読んでいた。好きすぎて、夢にも出るようになった。
「ねぇ、聞いて聞いて!」
ラクスは少女に、自分の好きな本の事を語った。
それ以外に何も出来なかったし、知らなかったといった方が正しい。
少女の方も、普通ならいやがろうものを、熱心に聞いた。
どれくらい、話したろう。日が少し、西に傾きかけた頃だろうか。
部屋の戸が、勢いよく開けられ……
「お父……様?」
父、シーゲル・クラインが、けわしい顔で立っていた。
傍らには、物々しい格好をした、白衣の男達と軍人がいる。
ラクスは、ゾッとなった。何が起こるのかを、察知した。
「ここにいたか……due(ドゥエ)」
「……だめぇ!」
父の合図と同時に、白衣の男達が少女につかみかかった。
ラクスは、その一人の腕にしがみついた。……かみついた。
「 !? ラクス! 」
父が、自分の身体を抱え込もうとする。
思いっきり、身体を振り回した。これを暴れるというのなら、そう、暴れた。
初めて、自分の話を真剣に聞いてくれた相手だったから。
そう、それが“自分”であったとしても、嬉しかったから。
「やだぁ! つれてっちゃやだ!」
ポロポロと、まぶたの裏から熱い液体がこぼれ出てくる。
霞がかる視界の向こうに、少女の後頭部が移る。
『due』、2を表すイタリアの言葉だった。

 

今思えば、その子は“妹”になるのだろうか?

 

その瞬間、視界が暗転した。

 
 

※※※※※※※

 
 

 ズブリ

 

と、ラクス・クラインの耳に鈍い音が聞こえた。
そのような音は、サーベルが突き刺さっている金属の塊。
MS“だった”物体からはしないはずであった。
だが、確かに聞こえた。傷口から刃物を引き抜く時のそれと、全く同じものが。
金属の塊であるMS、目の前のスタークジェガンには似つかわしくない音。
あたかも自分の手を見るかのように、ラクスはジ・Oを動かして手のひらをじっと眺めてみる。
手のひらに、血は付いては居ない。当然だ、機械なのだから。
だが、べっとりとしたものが手にからみついた。そんな気がした。
手に付いたのを払うかのように、ぱっぱとマニピュレータを動かす。
(……気持ち悪いものですわね)
“穢れ”
東アジアの小国、日本。そこで存在したという概念を、彼女は思い出す。
今まとわりつくような“死の感覚”が、それなのだろうか?
厳密には違うのだろうが、とにかく彼女は不快になった。
この残骸に乗っていたパイロットの死を、感じ取ったから。
そこに恐怖は含まれていなかった。むしろ、逆である。
満足ともとれない穏やかな感情のまま、パイロットは逝った。
魂が、大切だった者の下へ迎えられたような、そんな感じ。

 

吐き気がする。凄まじく、強い吐き気が、彼女を襲う。

 

「大切な者、ね。
 どんな貴人豪傑でも、死ねば唯の肉と骨だと言うのに……」
少女の声も、一瞬聞こえた。二年前、愚者を装っていたあの頃に聞いた覚えがある。
今思えば、あの時すらかなり昔に思えるが……ああ、そうだ。
半狂乱になってラクス・クラインを人質にしたあの娘だ。
忌々しい赤毛の、凡人。あの女と声がよく似ているのだ。

 

ああ、羨ま……いや、腹が立つ。大切な者と再び会える等、絵空事だ。

 

それが誠なら……
何故父シーゲル・クラインは私に会いに来ない?
人類を統べ、世界を導く存在として私を作ったのは、娘だからだろう?
父として、今の私の姿が嬉しくないとでも言うのだろうか。
何故母は、私に会いに来てくれない?
“私”という存在を産んだ事は誇らしいはずだ。おそらく母の人生で最高の栄誉の筈だ。
何故シャアは、キラは、私から離れていった?
ラクス・クラインを“愛する対象”として見て良いのは、彼らくらいのものなのに。
と、ラクスは数秒の間考えていた。
敵が近くまで来ている事は、分かる。だが考えずにはいられない。
シーゲルは彼女に、“王になるべき”と言った。だから、そのようにした。

 

富はあった。最初から手元に存在していた。
父が蓄えていたものと、表の舞台で自分が稼いだものだ。
だから使った。

 

人が集まった。自然と集まってきた。
父に共鳴していた者、私を慕って来た者達だ。
だから彼らを使った。

 

その者達は、様々な組織に所属し、施設に出入りしていた。
それらも酷使できる。それで良いという。
誰もが最初は、私を信用する。だから、思い通りに出来る所まで食い込める。
コレは私の力であり、才だ。父が、そうなるように私を作ったのだ。
C.E.という暦に身を置くこの地球圏で、自分の思い通りにならないことは少ない。
そういう存在にまで自分はなったのに、何故、父と母は会いに来てくれないのだろう?
自分より優れた女などいないのに、何故私を愛してくれる男はいないのだろう?
とまで思考が達した段階で、鼻で笑った。ばかばかしい。
「全く、がらじゃありませんわ」
そう、がらじゃない、ラクスは王だ。隣に誰もいなくても良いではないか。
誰もが、すぐ下にいるのだから。私の隣に立てる者など居ないのだから
そう言い聞かせてきたはずだ。
夢の中の“幻影”……居るはずの無い少年までも持ち出して。
居ないから作ったのだと考えるなら、少年はラクスの“願望”そのものなのだろう。
自分を肯定してくれる人がいなくなったから、夢の中でそれを作ったのだ。
じゃあ、私を肯定してくれる人間は……何処に居る?
いないと考えてしまえば楽だ。また、そうだと部下に言わせれば手っ取り早い。
だが、彼女にはそれが出来ない。それにそれでは何の意味もない。
自分に盲目に付き従っている者達に肯定されたところで、何も感じないから。
そんなもの、マスターベーションでしかない。
むしろ、自分を敵と見なす者達に、自分を肯定し味方となって欲しい。
シャアもその中の一人だと思う。でも彼も私から去った。
今思えば、キラ・ヤマトには盲目的に付いてくれば未だ切らずにいただろう。
「……プラントの“妹”は、ダメでしょうね」
デュランダルが確保していた、妹達の生き残りの一つはどうか。
頭をその考えがよぎるも、否定する。彼女は、“私”になれない。
だから、デュランダルが保護できるような事になったのではないか。
キラは自ら切ったし、シャアも去っていったとなれば、再度…は不可能だ。
「アスランも、あのアスカとか言うパイロットも、多分靡かないでしょうね……」
ふと、脳裏に二人の顔が浮かぶも、即座に否定する。
聞けばアスランは、二年前とは大きく代わったという。
デュランダルの下で忠実な刃となり、以前の彼は死んだと見て良い。
若干“暴”の香りがしたが、もはやラクスを信用する事はすまい。
残るはシン・アスカなる、あの時彼女の中を“見た”男。
アスランやシャア以上に、軍人らしからぬ激情家であるものの、
戦災孤児という経歴を持つ者が、元凶と呼ばれる女の言うことを聞くはずがない。
「所詮、私は一人……ですか」
ポッカリと、胸に穴が空いた気分になる。
愚かなラクス・クライン。そう心の中でつぶやいた。
「世界の王となるに、まだそんな事を引きずりますか……」
そう、王に並び立つ者など不要。何度思ったか分からない事を考えた。

 

その時……

 

 ギャーンッ!

 

ジ・Oの目の前を光線が走り抜ける。通常のライフルではない。
ラクスははっとなった。ほんの数秒間の間に、随分と考え込んでいたらしい。
数十分経ったようにすら思えたが、どうやら瞬く間であったらしい。
違和感を感じ、額をぬぐってみる。左手の甲が、汗まみれであった。
「愚かなラクス・クライン……」
彼女は再度、自らを罵倒する。
一瞬触れた、人の心の最後の瞬きに、揺れた。
弱者の発想だ、猛省せよ、ラクス・クライン。そう念じ続ける。
ライフルの火線をたどると、二機だと分かる。
そもそも、凄まじい殺気が一つ、感じられる。
「キラ・ヤマト」
親の望み通りの“調整”の下、生まれ出ずる事が可能な事。
世の者達が羨望するその可能性を、身をもって証明した『最高のコーディネイター』。
同時に、その設計図から“量産”もできる元となった“哀れなモルモット”。
永遠に我が掌中で踊れば良かったものを、手ずから切った愚か者。
そして、もう一人……憎しみつつも抑えの効いている、より恐ろしい殺気が一つ。
「アムロ・レイ」
自然と出たその名前。ラクスは内心驚いた。
何も知らないのに、知っていた。シャアの時と同じだ。
だが、シャアの時は血が熱くなったものなのに、こっちの名は逆だ。
“戦慄”したのだ。この身体が。
流れている血が知っていた。そう考えるのが順当であろう。
不思議と、そのわき出てきた名前に違和感はない。自然さすら感じる。
『『ラクス・クラインッ!』』
フリーダムを思い起こさせる機体を眼にしつつ、ラクスは後ろの機体に興味を持った。
どんどん、身体が冷えてゆく。サーベルを収納しライフルを掲げながら、思った。
キラやアスラン、シャアともまた異質の者だ、と。

 

生まれて初めて、彼女は『死』を覚悟した。

 
 

第36.5話~完~

 

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