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Last-modified: 2012-05-26 (土) 06:52:11
 

~ゼダンの門宙域

 

「アクシズは予定通り指定ポイントへの行路に入ったのだな?」
「はっ! 月面裏の基地上宙域より、L2宙域とL5宙域中間点への移動は、滞りなく」
「ゼダンの門から出たとして、早足で2日かからんな。
 よし、ポイント到達後メサイアへ急使を出し、エンドラ以下艦隊は直ちに出港させろ」
ラクス・クラインは、グワダンのブリッジで部下にそう命じながら、
正面モニタに映るギルバート・デュランダルら各国首脳の映像を眺めていた。
メサイアで行われている声明のLIVE映像である。
《 そしてこのメサイアに於いて、新たなスタートを我々は切ります 》
画面の向こうの演台で声高に叫ぶデュランダルを見、いよいよ自分の存在というものが、
プラント・ロゴス残党両者にとって無視できぬものとなりつつある事を確信していた。
プラントが抱える宇宙軍の規模は、地上部隊に割いた分を差し引くと、
月の残党勢力の抱える宇宙軍のだいたい2分の1程度。
今回新たにあちら側に加わった、オーブを初めとする地球軍の宇宙艦隊を、
L3宙域を経由させかき集めてようやく、向こうを上回る程度だとの見当は付いていた。
ロゴスの企業に架空の解体依頼を行い宇宙の残存兵力を温存し、
他国の宇宙軍をユニウス条約を名目にした軍縮で減らしてきた、
幻視痛の二年間の働きがここに影響していたと言っても良い。
そしてジブリール側に大幅な戦力増強を手引きしたのは自分であるが、
意図的に譲渡したゼダンの門で出来ることはたかが知れている。
‘ティターンズ’のMSと、アクシズ側の戦力を比較してみても、
数では劣りつつも引けを取ることはまず無いだろう。
この時のために、クィン・マンサをベルリンで暴れさせたのである。
シャア・アズナブルは確実にコレが我々のものである事を知っており、
デュランダルにその事を教えると言うことは分かり切っていたし、
幻視痛の報告を聞いたジブリールはプラントかアクシズのMSだと思ったはずだ。
その結果は先の会談、そして今回のジブリールの申し入れからもわかるとおりである。
また、デュランダル自らが自分の所へ足を運んだという事実が得られただけでも大きかった。
しかし、想定外の出来事が一つだけあった。目の前で行われているソレである。
メサイアにいるエリオット・リンドグレンから、
前々から地球圏安定後の構想を推し進めている事については聞いていたが、
まさか『地球連邦政府を打ち立てる』などとは想像だにしていなかった。
さらに彼女を不安にさせたのは、次官である彼の耳を通さず、
独断でデュランダルが評議会議員達や各国首脳と話を付けていたことに尽きる。
恐らくは、地球に降りていたときオーブや東アジアを経由して伝えていたと見る以外にない。
ソレと同時に、前々からではなく、フッと彼の胸に湧いて出てきた考えに相違なく、
エリオットに打ち明けなかったと言うことは、デュランダルの信用が別へと移っていることの証明である。
これをどう見るべきか、彼女は最初迷った。当初は長引いた戦争に決着を付け、
地球圏の主導をとる地位に立ったプラントを内外から乗っ取る形を考えていたのに、
倒すべき対象が増えてしまったことは想定外である。
ため息をつく彼女に入った唯一の朗報は、
先日シャアがグワダンから去っていった日の夜に届けられ、
その報の内容は傷心し沈んでいたことも少しは忘れさせてくれた。
『ダイダロス基地を混乱させる事に成功』の急報である。
月面裏に極秘裏に建設されたダイダロス基地には、例の『鎮魂歌』が設置されている。
アレがジブリール側の手にある限り、こちらも迂闊に動くことはできなかった。
宇宙へと追いやられ、もはや追い詰められたネズミ同然の彼らだが、
窮鼠猫を噛むどころか食いちぎることも、場合によってはあるかもしれない。
持つ者が今後の地球圏の主導権を握るほどの力を、鎮魂歌は持っているのだ。
基地の奪取を進めるためには、まず自分達を監視していた、
月面の小さな拠点を潰させる必要があった。自分達が直接絡まない謎の壊滅という形で。
その一点に於いて、試作品として完成していた『子供達』は役に立った。
地上から連れてきた戦災孤児を完成させ仕上げた『Negator』は、
闘争本能が極めて高く、全身がこれ武器とも呼べる戦闘能力をもった兵器となった。
だが、精神的に不安定な子供から作ったためか、
自分の傷や仲間の傷を見ただけで自傷までしてしまう失敗作だった。
それ故に投入したのである。基地の人間はかならず抵抗するだろう。
そしてNegatorは標的を抹殺し、自分に付いた傷を見、自分や仲間までも抹殺する。
証拠として残るのは正体不明の化け物の死体と地球軍兵士の無惨な遺体のみ。
制御の効かない兵器はさっさと使い切ってやるのが、
使う側・使われる側、双方にとって良いことである。
そして自分達アクシズが絡んだという証拠は残らない。
自然と彼女の頬は緩み、笑いがこみ上げてくる。
(後はどちらかがつぶし合い滅び事態が収束する前に、
 月裏の基地を制圧してしまえば、この勝負は私の勝ちですわ……)
早々に基地にNegatorを投入しなかったのは、訳があった。
月面に降下させ、基地周辺に潜ませた兵士達はまだ相当数残っている。
それらに、彼女はまだ待機命令を出しただけで何もさせなかった。
ダイダロス基地を早々に落として手にしてしまうのでは意味がないのだ。
デュランダルとジブリールが双方健全なままダイダロスを抑えれば、
双方が争い続けることは愚か、両方がこぞってそこへと押し寄せる事になる。
当方の損害がどれほどのものになるのかを考えると、まだ実行に移すのは拙速だった。
しかし、健全な状態のまま、フルに基地の機能を活用させるわけにもいかない。
リスクは、高かった。何せアクシズが離れていった直後なのだから、
此方を疑わない方がおかしいというものである。が、ある程度は疑わせておいた方が良い。
《 生物兵器を有している可能性がある 》と匂わせた方が、
結果として此方に言いように働く可能性も生まれるだろう。
此方に敵意を抱くほどの正確な情報がジブリールに渡らぬように、
ダイダロス基地周辺には大量に‘粒子’をばらまいておいた。
基地の監視施設で何が起こったのかが基地に伝わって、
ゼダンの門に伝達するまでの間に、ZAFT宇宙軍と各国の連合軍は編成を終えるはずである。
彼女はモニタの中で行われるこの演説に耳を傾けて、
その口から紡がれる新たな構想が、新時代にどれほど合致しているのか、考えた。
【地球連邦政府】…響きは悪くない。
だが何時の時代も、議会や行政といった社会システムを『創る』人間は、
彼らのように夢と希望に溢れた英雄達であったはずだ。
ロマンチストである彼らにとって最大の敵は、『時間』である。
どんな崇高な理念とシステムでも、時間が経ってそれに慣れてしまった人間達は、
その中での『権力』という甘い椅子にしがみつきたくなるもの。
官僚達が自分達を守るようにシステムを作り替え、
愚かな大衆はそれも知らずにただただ資源を食いつぶし、
自分達の生活に無駄に関わってくるようなインテリを毛嫌いするようになる。
インテリ達は、その大衆達の愚かさを見ようとしていないのだ。
ラクスは一瞬、デュランダル達が哀れに感じた。
モニタの中に立つ人間はデュランダルから、
東アジア共和国のジューガー・リァン大統領に代わる。
《 ……なのにどうあってもそれを邪魔しようとする者はいるのです
 それも古の昔から、常に人々に武器を持たせ、戦えと叫んできた者達が! 》
「ほう……アジアにもまだこういう男はいるのだな」
目の前に浮かぶ要塞の中で、ダイダロスと連絡できないことと、
いよいよ本題であるロゴスの糾弾・ゼダンの門の存在を公表し始めた各国首脳に、
怒り心頭となっているはずのジブリールを思い浮かべる。
LIVE映像の中に移るメディアの面々すらその空気に取り込まれており、
この放送が‘行われるであろうエリア’はすでにデュランダルの勢力圏と言っても過言ではない。
一気に、世界の世論は反大西洋から反ロゴスへ傾くことになるだろう。
「焦らしに焦らして、爆発させてやれば、ジブリールは自滅への一本道に乗るな」
頬がゆるむのをこらえていたラクスであったが、
彼女のそんな一時を邪魔するかのように、
ブリッジのオペレーターが緊急通信が入ったことを知らせた。
誰からだ……? と一瞬考えたラクスは、LIVE映像を映すモニタに繋ぐよう命じた。
『ラクス様、このような時に申し訳ありません……』
「……っ!?」
モニタに映った顔を見た瞬間、ラクスは、絶句した。
体中の血の温度が下がって、身体が震えてくるのが解る。
それと矛盾するように、怒りがこみ上げ頭がカッと熱くなってくることも。
モニタに映っている男、リンドグレンの評価は一気に下がった。
ジブリール同様、この先の趨勢を読めずに連絡してきたのだ。
よりにもよってこんな時に!
「…………ぃ」
『……? ラクス様?』
「今すぐ! そこで! 自決しろリンドグレン!」
エリオットの顔は、いきなり激昂し始めた主人の顔を、
信じられないと言わんばかりの顔で見ていたが、ソレすらも腹立たしい。
プラントの内政事務次官という肩書きの意味を、この男はわかっていなかったのだ。
政務を次々とこなす次官としての仕事ぶりという意味で言えば、
確かに優秀な能力を持つ男である。各国の情勢やプラントの内情の情報などは本当に役に立った。
しかしながら、このような大事の席で一国の事務次官が、
こっそりと席を外すという事態がどれほど重大なのかが、解っていなかった。
根本的なところで、ラクスは取り込む人間を誤ったと今更になって自覚したのである。
彼が動揺して話せなくなるのを見るや、オペレーターに、
「通信を切れ! 今すぐ……はやくしろ!」
『ラクス様! いったいどういう……『エリオット次官!』……!』
オペレーターの動きも待っていられなかった。
ラクスが手ずから通信を切るのと同時に、向こうで聞き覚えのある声が聞こえたと思った。
ラクスは、モニタが先程のLIVE映像に変わったと認識するや、
フラフラと後ろに数歩下がり、椅子に力無くもたれかかった。
気分は最悪だった。あの声から察するに、
グワダンでズカズカと自分の心に入ってきた……
(……『シン・アスカ』……!)
あの男は、自分の中を見て、自分がどういう事を考えていたかを少し知った奴だ。
モニタの向こうである自分の顔が見られていたとは思わない。
いや、モニタのログを見れば何処と話していたかは明白であろう。
全く、この土壇場で自分とコンタクトをとろうとするとは、
とんだ阿呆を信用してしまったものだと、ラクスは内心自分を責めた。
「ラクス様、お時間です……? ラクス様?」
ブリッジに、ゼダンの門へ向かうランチの準備が整ったことを伝えに来たキラツーは、
ブリッジの椅子で顔を床に向けていたラクスの様子を見、心配そうに近くへ寄った。
「御加減が悪いのですか? 医務室に一度行かれては……」
「……かまわん。ジブリールに会う」
ラクスは突き放すように言い放ち、十分待つよう伝えろと命じると、
ブリッジの天井を見上げ、大きくため息をついた。
シャアにはZAFTの作戦に一枚噛むと言ったばかりであったが、
恐らくそれが伝わっても信用されず、自分達も敵とみなされる可能性が高い。
だが、このままジブリールにすり寄れば滅亡は確実だ。
「キラツー。貴様とルナマリアはダミー隕石を用いて、
 クィン・マンサとジャスティスで付近の隕石に擬態後待機。
 ジブリールとの会談後、急ぎこの空域を離脱する故、その援護をしろ」

 
 

※※※※※※※

 
 

~メサイア

 

「いい加減、素直に白状なさってはいかがです?」
「はて、私には何のことを言っているのかさっぱり……」
「とぼけないで下さい! 今貴方は部屋の端末で、
 『誰と』連絡を取っていたのだと聞いているんです!」
シン・アスカは、次官の執務室端末に向かい、
何者かと通信していたリンドグレンの胸倉を掴み挙げていた。
先程の空間の中にいたせいなのか、気分が高揚して興奮状態にあり、
一介の軍人に過ぎない自分が国の次官を掴んでいるという事実に気づけなかった。
アスランがはっとなってシンを制して下ろさせるが、彼とて警戒を解いたわけではなく、
シンとレイに、次官をソファに座らせておくよう命じると、
自分は先程まで男が座っていた机の端末へ向かう。
アスランは、そうやって机に向かいつつ、ふと部屋の空気が‘重い’事に気が付く。
リンドグレンは、何者かと内通していたかもしれないという、
逃れようもない事実を見つけられたにもかかわらず、何故か余裕としている。
アスランが端末のキーボードをいじり、画面に表示された接続ログを見ようとした。
その時、モニタにバシッと火花が走り、彼は思わず仰け反っていた。
シンは、画面が火花を発し端末が破壊されたことを知るや、
ギッと目下に座っている男を睨みつける。
「またその目かね。一体何の証拠があって私を拘束するのかな?」
「証拠はたった今壊れましたが、『貴方が誰かと話していた』……
 この事実があるだけで十分です。特に、血気の盛んな私たち若者にはね」
レイが、氷のような冷ややかさをもった声で、
銃の安全装置を解除する音をワザと聞かせる。そして部屋の天井を見上げた。
デュランダルと個人的に親しい関係にあるレイは、
この男がメサイアの建造に関わっていないことは知っていた。
それ故のフェイクだ。この部屋にカメラらしき物体はあえて設置していない。
このメサイア内部の監視カメラは全て壁に埋め込んでいるのだ。
事実であったが、あえてソレを口にせず匂わせるだけで、
深読みが大好きな政治屋は必ずといって良いほど引っかかる。
騙されないぞといいつつも、絶対に意識してしまうのだ。
「私共はただ、貴方に‘好意的’に話して頂きたいだけなのですよ、次官。
 貴方が答える事が、世界全体にとって重要なことかも知れぬのです」
「世界…全体…?」
アスランが追い打ちをかけるように男に言い、
リンドグレンが何を今更と言わんばかりの顔をして、
「貴方は、プラントの内政事務次官です。
 プラントのコロニー全体の情勢や世界各国の情報が耳に入る地位にいる。
 だからこそ、『貴方が接触していた相手』は貴方に目を付けた、違いますか?」
アスランは、あえて彼に『誰と会おうとしたか』でなく、
『誰が貴方に会ったのか』という聞き方をした。
エリオット・リンドグレンがどういう男かは、アスランは少ししか知らない。
二年前デュランダルの補佐役に就き、ずっと彼を支え続けて来た男。
政治的立場にはそれ以前からずっと就いてきたようで、
品行方正、誠実勤勉を絵に描いたような政治家として知られていた。
ただ二年前就任するや、人付き合いが悪くなったとか、気にするレベルでない噂が立ったそうだ。
それこそが、最大の証拠となって今現れていたのである。
二年前何者かが接触し、彼を変えたのだと考えるのが妥当だった。
エリオットの顔色がサーッと青くなる。
身体にも震えが見え始め、おやっと三人は思った。
あの会議場で目を見たとき、シンはデュランダル以上に、
誰かを崇拝しているような目だと思っていたが、違うのだと言うことを確信した。
デュランダルやジブリール以上に誰かを怖がり、
怖がりすぎているが故の信心が生む目だったのだ。
「私は……」
「誰なのです? ここには貴方に危害を加えるような人間は……」
「言えるわけがない。言っても、信用はしないだろうよ」
「……信用します」
リンドグレンは頭を横へゆっくりと振った。
拒絶ではなく、否定の意思が見られる。
「君らのことではない。……他の人間だ。
 それに、話したら殺すともあの方は言った!」
「私たちが貴方の身を護ります」
「あの方から……? 無理だ。
 ZAFT……いや、世界中の国々が立ち向かったって、あの方には刃向かえやしないだろう」
確信を持って、リンドグレンは言い切る。
シンは、その対象が誰であるのか薄々勘づいてきていた。
ソファの男が一度何か飲みたいと所望し、レイは冷蔵庫から冷えたお茶を出してやり、
コップに注がれたソレを飲み干すと、アスランはリンドグレンに、
「次官。では貴方は昨今の戦争の裏に流れる『もの』を知っていると?」
「詳しくは私も知らん……だが予想は付く」
「一体どのような?」
「あのお方の仕業だ。そうに決まっている」
大の男が震える様子は、恐らく滑稽に見える事だろうが、
シン達にとってそれは笑うどころか逆に恐怖を感じさせるものだった。
大方察しは付いている故に、その人物の過去の顔を知っているアスランには、
なぜここまで怖がらせることが出来るのかが、解らなかった。
「あのお方は私により力のある地位を約束してくれた。
 そして新時代の幕開けの粛正から私だけ逃してくれると。
 あの方の命令通り色々やって来たさ、そして私は……焦って今、失敗した。
 まさか付けられてるとは思わなかったよ。だが、どの道あの方は私を見逃す気はなかったに違いない」
「それは、誰なのです?」
底冷えのする目と声でアスランが詰め寄った。
シンとレイですら、寒気すら覚える程の殺気があった。
リンドグレンは、真っ直ぐその目を見つめて、言った。
「あの方だよ。……偉大なるラクス・クライン様」
「……ラクスか」
アスランがやはりと言いたげに、苦しげな顔をした。
シンは、あの女の中を見ただけに、彼女を敵としか思えなかった。
しかし、アスランは過去に彼女と共に戦った仲である。
色々と戸惑いを感じるのも無理はなかった。
「ああ、言ってしまった! これで何もかもお終いだ!
 たとえZAFTやオーブの英雄全て集めてもあの方に敵うものか!」
悲観に暮れ頭を抱えたリンドグレンに、今度はシンが詰め寄った。
「教えてください、エリオット次官。
 一体何が貴方をそう悲観にさせるんです!?
 貴方だって知っていることがあるのでしょう」
「悲観的なものか! あの方は世界の全てに根を張られているお方だ。
 貴様等は解っていない! 世界は全て、あの方の掌の上にあるのだ!
 私は、二年前あの方に命令された。『デブリ帯』のテロリスト共に、
 MSを供与する輸送船の監査をパスし続けるように……とな」
「「「 …………なっ!? 」」」

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第36話

 
 

~ゼダンの門

 

ゼダンの門のMSデッキに一隻のランチが降り立った。
底面に接触しデッキのハッチが締まり、
空調調整完了のブザーがデッキ内に鳴り響く。
キラ・ヤマトは、ランチからひしひしと感じるものに冷や汗を流していた。
ソレから感じるのは、人間の欲望や悪意が詰まっているように思え、
握っている拳にも力がこもってしまう。だが、この感覚には覚えがあった。
何処で感じたことがあったろうか? それを思い出そうにも、出来なかった。
それに、思い出すことを自分自身が拒否しているのか、少し頭痛がした。
周りには、キラ同様軍服の男達で固めてあり、
女性一人を迎えるのに物々しすぎやしないかと、少し不安になった。
ランチのハッチが、開く。プシュッと空気が抜ける音がして、
キラは、空気と共に瘴気が抜け出たような気がする。
真紅のドレスとブラウンのファーを来た妖艶な女性が、
底面に降り立ち、男共は思わず息を呑んで彼女を見つめた。
「あれが……ラクス・クライン……」
兵士の誰かが、そう呟いていた。
そう言いたくなるのも解るほど、美しい。
コーディネイターだ何だという以前に、
彼女のその艶美さに引き込まれてしまっていた。
キラはと言うと、何故か彼女のたたずまいに美しさも何も感じず、
ただただそこの見えぬ闇と恐怖が、彼女の奥に見えた様な気がして、
知らず知らずのうちに、身体が固まってしまっていた。
そして彼ははっとなって、自分に与えられた役目を思い出す。
彼は、彼女の前に歩み出で、敬礼して出迎えた。
キラの顔を見た彼女は少しだけ、眉をつり上げる。
まるで、見知った人間を見るかのようであり、少し彼は戸惑いながら、
「お待ちしておりました、ラクス・クライン殿。
 ロード・ジブリール閣下が奥の間でお待ちです、こちらへ……」
「ふむ……」
彼の目をのぞき込んできた時、思わず背筋を寒気が襲ったが、
ぐっとこらえてキラは彼女に付いてくるようにと促すと、廊下を進み始める。
ゼダンの門の内部構造は、キラ達は知る由も無いが、
旧ジオン公国時代の装飾が未だ残されており、
要塞と言うより王の住居に近い部分も多かった。
大きな扉はヨーロッパの意匠がふんだんに現れており、扉の前の端末をキラがいじると、
大きな音と共に左右に開かれて、ラクスは同時もせず中へと入っていった。
かつてジャミトフ・ハイマンが腰かけたその椅子には、
ロゴスの盟主であるロード・ジブリールが優雅に腰を下ろし、
彼から見て右側に、キラは歩いて行き控えた。
ラクスは、ジブリールの前まで進むと、ゆっくりと膝をついた。
「ラクス・クライン、ただ今まかり越しましてございます」
「その歯の浮くような台詞を止めてもらおう。
 ラクス・クライン、貴様は食えん女だ、一体何を考えている?」
ジブリールは穏やかな口調であったが、怒りが言葉の各所から感じられ、
目の色からソレが本気だと窺えたが、ラクスはただ微笑むだけで、
「私はただ、力になりたいだけですわ。
 このゼダンの門が何よりの証拠ではありませんか」
「それはそれ、これはこれだよ。この要塞はありがたく頂戴する。
 貴公の供与してくれたMSと艦艇によって我が軍の軍備も増強された。
 が、貴様がデュランダルと繋がっているなら話は別だ」
ジブリールの殺意は強かった。ここで彼女を本当に殺す気でいることだけは確かだ。
だが、そのきっかけをつかめないでいるのだ。
命令は何か彼女が不審な動きをすれば直ちに下す気でいる。
「ここでデュランダルの名が出るとは……。閣下はあの男を恐れていらっしゃるのですか?」
「貴様……っ!」
「……!? よせっ!」
キラは、彼女が一瞬見せた蔑んだ顔を見逃さなかった。
彼女は最初から此方の話を聞き入れる気も無く、ただ笑いに来たのだ!
キラは直感でそれを感じ取り、袖口の仕込み銃の安全装置を外す。
ジブリールはキラを急ぎ制した。
「閣下、この女の目は自分以上に能力の高い人間はいないと思っている目です!」
「心底そう思っているのなら、このゼダンの門をお渡しいたしませんわ……」
キラの言葉にラクスはそう返した。
ご無礼をと、慇懃に頭を下げる女の行動全てが、
キラの目には軽薄なハリボテにしか感じられない。
ギリリと奥歯を噛みしめるキラを見、ラクスはフッと口元に笑みを浮かべた。
人を馬鹿に仕切った他人を見下すその目は、彼の怒りに油を注ぐ。
「血判状をしたためた女の物言いとは思えんな。
 貴様の保証というのは、その程度の効力しかないのか?
 私は、貴公がもっといい女だと思っていたのだが……」
ジブリールが冷静を装って彼女に尋ねる。
双方に不運だったのが、ここにネオとアムロ両名がいなかった事である。
ジブリールの選択ミスだった。純粋と若さ故に沸点が低いキラが、
この後の彼女の態度に耐えられるはずがないというのに。
「……クク……ハハハ!」
声を殺した笑いを彼女は見せ、キラは、
彼女から感じていた‘蔑み’が‘敵意’に返還される瞬間を感じ取った。
「……何故笑う!」
「……いえ、紙の上に血を塗っただけのものを、
 さも大層に大事になさる事が可笑しくて」
「……! 貴様はっ!」
キラは臨界点を突破した。手首を振動させてギミックを作動させて、
右手の中に小型拳銃を射出させると、彼女の胴体めがけて手を向ける。
それを見たラクスは身をグッと屈めた。地べたに顔がついてしまうかとばかりに。
弾丸は彼女の上数㎝を通り過ぎて、床を跳ねて天井に突き刺さる。
(避けた!? この距離から!?)
キラは内心驚愕したが、そんな暇など彼女は与えてくれなかった。
ラクスが着込んでいたドレスグローブの手首が光ったのが見え、
その標的がジブリールであることを悟ったキラは飛び出していた。
「閣下!」
そう叫んで、ギミックを仕込んでいた右手を差し出し、
ラクスが、後ろに飛び退きつつ右腕を振るった。
キャーンッという高い金属音がするのと同時に、キラの右手首に鋭い痛みが走る。
あの仕込み銃のおかげで、直接傷付かずに済んだが、
手首には、ダガーが突き刺さっていた。ちょうど銃身に当たったのは幸運である。
しかし、あれ以上に武器を隠している可能性は捨てきれず、
キラは壇上へ駆け上がって防弾シャッターを下ろさせた。
あのままだと、彼女が飛びかかってきそうな気がした、彼自身の恐怖がそうさせたのだ。
ラクスはフッと笑い後ろの扉に近づくと、扉は開き、
向こうに立っていたはずの地球軍の制服を来た男達は、
その悉くが床に赤い花を散らしてキスしている。
「退路は確保しております、ラクス様」
「よし、このままゼダンの門を離脱しアクシズへ戻る!」
いつの間に進入していたのか、明らかに幻視痛ではない兵士が彼女を迎えに来ており、
行く手を阻む者のいない通路を、彼女は悠々と戻っていった。
一方、キラはジブリールを安全なところへお連れするよう兵士達に命じ、
彼自身は一段下のブロックにあるドゴス・ギアへと向かった。
あの女を逃がしはしない。彼の心にあるのはそれだけであった。
ここで逃がしては後々のガンになるとも思っていたし、
何故か、以前彼女に恨みを抱いたような記憶が、微かに沸き上がってくるのである。
(自分がこうなったのは、全てあの女のせいだ……!)
不思議と、そう思うことが出来た。
キラは無重力の要塞の廊下を縫うように移動し、
ドゴス・ギアのデッキへ出ると、直接MSデッキの中に滑り込み、
MSデッキの中で趨勢がどうなったかを待っていた上司と仲間達の下へ向かう。
『キラ! どうなったんだ、一体!?』
アウル・ニーダが、スタークジェガンのコクピット越しに、
モニタに見えたキラの尋常でない顔つきに思わず聞いていた。
ネオ、スティング、フレイ、そしてアムロも、
すでにMSの中で待機していた。聞きたいことは同じだったらしい。
「……破廉恥な女だ! 閣下にナイフを投げた上に、今から逃げる!」
キラはぎらついた目でSフリーダムのコクピットに真っ直ぐ向かい、
ノーマルスーツを着ぬままシートに座って起動シークエンスを進めていった。
エンジン稼働、問題なし。各アポジモーター、良好。サイコミュシステム、正常。
「……くそっ! ハッチ開けて!」
文字の羅列すら読むのも煩わしい。
キラは心を突き動かすこの殺意と闘争本能を抑えようと思っても、できなかった。
タラップを手動で排除すると、ハッチの前まで歩かせて、
通信機越しに管制に叫んでいた。ゆっくりと、扉が開いて行く。
その時、Sフリーダムの肩を掴むMSがいた。νガンダムである。
『……激情に流されすぎだ、キラ。
 それでは死人に引っ張られて返ってこれなくなるぞ』
「でも、もたもたしていたらあの女は!」
『幸いグワダンはまだ上部デッキの中だ。初速は遅い。
 こっちが追いつけばいい話なんだ。もっと冷静になれ』
アムロの声は、キラにとって安心感を与える声音だった。
五月蠅い上司でなく、心遣いをしてくれる兄の言い方であり、
キラはゆっくりと、二度三度深呼吸して平静を取りもどすことに努める。
だんだん精神が落ち着いてくるのを察したのか、νガンダムが先に宇宙へと踊り出る。
『先に出るぞ、キラ』
『お先に失礼ってね』
スティングとアウルのジェガンが出て、
キラはその後ろに続くデルタプラスとリ・ガズィカスタムと共に出た。
『キラ、怖い顔してたわよ、大丈夫?』
「え、あ、うん。僕は大丈夫だよ。
 それよりも、あの赤いクジラを沈めなきゃ……」
目の前を上昇して行くνガンダムとジェガンを見、
岩壁の向側から現れるであろう赤い巨大戦艦を落とす光景を考える。
すでに、CIWSの火線が見え始めておりそのあまりの数に、
対応できなかったマラサイや、その上位機種とされるバーザムが落とされている。
これ以上好きにさせるか。彼がそう思って機体に加速をかけようとした時、
ロアノーク隊全員の背筋を寒い感覚が駆け抜けて、半ば本能的に機体を左右に散らしていた。
数秒遅れで、彼らが通るはずであった道筋の岩壁に、巨大な閃光がぶち当たり岩がえぐられた。
うろ覚えのキラを除いて、他全員はそのビームの太さや威力に見覚えがあった。
いや、忘れようがなかったと言うのが正しいだろう。
自分達から、大切な人を奪い去った『奴』のビームに間違いない。
そして、キラは自分に浴びせかけられる強烈な殺気を感じ取った。
嫉妬、憎悪などが込められた、どす黒く濁った感情の塊。
彼は、グワダンが航行してきたルートの隕石群に目をやった。
あそこから、ビームは放たれたのだ。間違いない。
あそこに、自分を殺したいと思っている存在がいる。
グワダンを沈める前に、奴を何とかしなくては……!
彼自身の勘が、そう告げていたのである。奴の方が先だ、と。
彼はSフリーダムを隕石の中へと向かわせた。キラの変心に気付いたアムロ達が続く。
レーダーの中には、異様な数の光点が点滅していた。
ただの隕石ではなく、ダミーの隕石も中には混じっているようだ。
通常の隕石に比べて挙動が早い。その光点の中で、動きの速い光点が二つあった。
どちらなのか、キラは一瞬悩み。2時方向の奴めがけて機体を加速させた。
9時方向に向かった点には、ネオとフレイ、アウルが続く。
そして数多く宙に浮かぶ岩の塊を、間を抜けながら周囲を見回し、
キラは、緑色の巨体がモニターに映ったのを見逃さなかった。

 

キラの頭の中に、ビームに呑み込まれるイメージが浮かんできた。

 

「……何だ!?」
アムロは脳裏に子供の声が走ったような気がした。
目の前の存在にこんなに嫌悪感を抱くのは、久しぶりであった。
奴も、此方が接近してくるのを待っていたかのように、
最も巨大な隕石の上で仁王立ちし、待ちかまえている。
《 生きていやがったな、オリジナルぅ! 》
そう、頭の中に声が響いた。キラの声だった。
アムロは、何故目の前のクィン・マンサからキラの声が聞こえたのか戸惑ったが、
その声が自分の知るキラよりはるかに幼く、残忍なものだとも悟っていた。
40mはあろうかという巨大なMSのテールバインダーが開き、
緑色で小さい、漏斗のような物体‘ファンネル’が次々と発射される。
奴は、一気に12基ファンネルを放出したのである。その威を見せつけるように。
だが、初見では無かったアムロやスティングにとって、それは脅威に映らなかった。
スティングが、牽制に両肩のミサイルポッドを放った。天龍に打ち込んだ散弾タイプのものをである。
目の前の奴に乗っているパイロットの判断は、甘い。アムロはそう判断していた。
ファンネルは一度に十何個も放出するべき兵器ではない。
無論数で押す戦術を採るならその戦法もあり得るが、数が多すぎればその分精神に負担が掛かる。
相手がサイコミュ搭載型なら、相手の精神との干渉も視野に入れねばならない。
目の前の機体『クィン・マンサ』は強化人間や、強力なNTが搭乗することが前提であり、
彼らですらファンネルの大量使用は危険なのである。
それを制御しようなどと、子供の見栄っ張りだ。
数十m飛んでいった後、展開したファンネルめがけ、弾頭が飛散した。
アムロの想像したとおり、飛散した破片達はファンネルを貫いて、
9つ程のファンネルを塵に変えた。ファンネルが落とされたことが堪えたのか、
癇癪をおこした子供のように、左右腕部のメガ粒子砲を放ちながら、
距離を一定に保とうと必死になっている。
「子供にかまっていられるかっ! キラ、スティング!
 ベルリンでは辛酸を舐めたが、コイツは落とせない相手じゃない。包囲して叩くぞ」
アムロはνガンダムを加速させると、あえてクィン・マンサの正面に躍り出た。
ビームライフルを、一発奴めがけて放つ。当然、肩のIフィールドで防がれる。
コイツにビームは効果がない。故にこの三機の中で最も、
奴に有効打を与えられるのはスティングのジェガンだった。
アムロは、奴の腕や胸から次々と発せられるビームの雨をくぐり抜けながら、
手の仕草でスティングに支持を送った。
上方のデブリの中に隠れ、隙が出来た瞬間攻撃を開始しろ、と。
キラのSフリーダムにもこっちで囮役になるよう支持した。
何故かコイツは、ベルリンでもそうであったがフリーダムへの敵意が凄まじい。
それも利用させてもらおうと考え、キラもそれを察して、
二丁のビームライフルを奴の視界を遮るように放った。
νガンダムへの攻撃が、中断された。
さらに放出されていたファンネルがクィン・マンサに戻って行き、
奴はνガンダムから目を背けて、反対方向にいるフリーダムに向き直ろうとする。
「……甘い!」
その時出来た隙を、アムロは逃さず追撃した。
振り返った瞬間を狙い、νガンダムは思いっきりクィン・マンサの頭部を蹴りつけていた。
コイツのコクピットは、シャアのサザビーと同じく頭部にある。
それを知っていた彼は、そこを狙った。撃墜できずとも、パイロットにダメージは入るはずだ。
同じ材質で、後の時代に開発された装甲で蹴りつけられた奴の頭部は凹んでいた。
奴は吹き飛ばされるように後ろへ飛んで、ダミー隕石を数個突き破ると隕石に衝突し、
奴の象徴であるテールバインダーに損傷が出来た。関節部に異状が出たらしい。
ファンネルを展開しやすいようにその時は持ち上がるのだが、持ち上がらなくなったようだ。
動きにもふらつきがあって、パイロットがコクピットでシェイクされて弱ったことを確認すると、
アムロは一度距離を置いて、腕部バルカンを奴めがけてはなった。
キラは、Sフリーダムの武装で奴に効果があるであろう、腰のキャノン砲を数発奴の肩を狙って打ち込んでいた。
奴のあの厄介なバリアは、肩のみょうちくりんなバインダーから発生していることは、
先程のアムロの攻撃で認識しており、あそこを破壊さえすればバリアはもう使えまいと踏んだのである。
アムロもそれは承知の上で、デブリから姿を現したスティングと共に、
奴の右肩めがけてミサイルとキャノン砲とバルカンの一斉射をおみまいした。
相手パイロットから、初めて‘恐怖’を感じ取った。
自分が追い込まれるはずがないという自身から生まれていた感情である。
いらいらする感情だった。キラは、右側の装置がショートした事を火花で確認すると、
ビームサーベルを抜き放ち、奴に接近戦を仕掛けた。ファンネルを、二機だけ放出させて。
奴は残った左腕のバリア発生装置をキラに向けようとした。
その瞬間を狙ってファンネルを奴の背後、即ち右腕を狙わせるように回り込ませた。
接近する自分の周りにも緑の小さなファンネルが展開されるが、
キラには不思議とそれらの動きが読め、それらを次々と切り下げた。
「……その兵器の使い方を、もっと覚えておくべきだったね!」
奴が背後のファンネルの存在に気付いたときはもう遅く、
ファンネルから放たれたビームは、奴の右肩とバインダーを繋ぐ関節を焼き切って、破壊した。
その光景に鼓舞されたか、スティングもバズーカを小脇に抱え、距離を詰めた。
キラはあのバズーカの特性を思い出し、近くの隕石を蹴って距離をとる。バズーカが、発射される。
そして、途中で飛散した金属片をかわそうと背後へ飛び退いた奴を待っていたのは、
アムロのνガンダムであった。ファンネルをすでに数カ所へ展開していた彼は、
そのファンネルで同時攻撃させ、左と上へ意識を逸らさせると、
ライフルを一発、がら空きになった下半身に打ち込んだ。奴の右足が、膝から失われた。

 

……いける!

 

三人、特にスティングは気持ちが高揚していた。
ステラをベルリンで無惨に葬った忌々しいMSが、
こうして自分達の手に掛かろうとしているのを見ると、興奮が抑えられない。
(ステラ、見てるか!)
アムロの攻撃によって完全に自身が崩壊したのか、奴は逃げの姿勢に入った。
逃がすわけがないだろ! とスティングは弾切れになったバズーカを捨てて、
背を向けた奴の追撃に入ろうとした。右のバインダーと脚部を失いながら、
異様な機動性を発揮する奴に、今のこのジェガンなら追いつけると考えたのである。
『スティング、よせ! 深追いするな!』
『そっちに言っちゃだめだ! スティング!』
スティングは、この時人生最大のミスを犯していた。
興奮のあまり、グワダンを逃してしまったとの通信を、聞き逃したのである。
同時に、距離を離したグワダンから一機のMSが出撃したことも。
傷付いた状態で隕石の間をすり抜けて逃げていくクィン・マンサを、
睨みつけたままモニタの中央から外さず、奴ばかりに目が入っていたスティングは、
とうとう、止めようとしていたアムロとキラすら振り切ってしまっていた。
向こうに、大きな赤いクジラが見える。傷付いた緑の奴の挙動もどんどんふらついてきている。
「ステラ……お前の仇……やっととれるぞ!」
奴の背中に、腰に携行していたビームライフルの照準を合わせたスティングは、
天国で見守ってくれているであろうステラの顔を思い浮かべ、引き金を引こうとした。
その時、ステラの声が聞こえたような気がした。
(スティング、上!)
「上……!?」
驚いた瞬間、ライフルがビームを放つことなく、ビームに焼き尽くされた。
敵がまだいた。スティングはこの時になって、味方すら振り切って孤立してしまった愚を悟る。
上空を見上げると、黄色い達磨のようなMSが、此方めがけて接近してくるのが、見えた。
サーベルを抜いて、奴がライフルを構えたのを見るや、
その弾道を頭の中で計算して回避コースに入る。
だが、相手はスティングの予想を超えて動きをした。
黄色い達磨は、自分のところの大尉と同じタイプだったのだ。
奴はスティングの待避コースをあらかじめ知っていたかのように、
ライフルの銃身を微妙に調整してビームを放ったのである。
ビームが、真っ直ぐジェガンのボディに迫ってきて、咄嗟にサーベルで防いだものの、
ライフルの出力が高かったためはじかれ、身を仰け反らせてしまった。
黄色い達磨は、その寸胴からは想像も付かない高機動性を発揮して、ジェガンの懐にスッと入り込んでくる。
「……来るなっ!」
スティングはもう一本サーベルを手首から射出させたが、
奴は一歩早くサーベルを振るってジェガンの手首を切り落としていた。
機体の追従性能も、尋常ではなかった。負けを確信した時、スティングはなぜか晴れやかだった。
目の前に、ステラが迎えに来てくれていたからである。
一緒にみんなを待とう? そう、彼女は言っている気がした。
「……当然だろ? だって、お前と彼奴等は、俺の……」
そこまで言ったとき、スティングの意識は高温に焼き尽くされていた。

 
 

第36話~完~

 
 

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