アークエンジェルのブリッジでは、正規のブリッジ要員に交じって、休息を取っているクルーの変わりに少年達の姿があった。
CICの席に座るミリアリアが分からない事があるのか、困った顔をしながら、チャンドラ二世に助けを求める。
「あ、すいません。ここの見方が良く分からないんですけれど」
「ん?どれ、見せてみろ。……ここは、こうすれば分かりやすいだろ。どうだ?」
「あ、なるほど!ありがとうございます」
チャンドラ二世は、ミリアリアの前にあるモニターを覗き込むと、手早く画面を切り替え、画面内に別ウインドウを表示させ、操作手順を教える。
ミリアリアは納得すると礼を言った。
その時、ブリッジの扉が開き、休息から戻って来た、ノイマンとCICのジャッキー・トノムラが入って来た。
「アーノルド・ノイマン、ジャッキー・トノムラ入ります」
「お願いね」
二人はマリューに敬礼をすると、それぞれの自分の持ち場に着く。
ノイマンは隣に座るトールに声をかけた。
「おい、休憩入っていいぞ」
「はい!」
トールは元気良く答え、席を立った。
トノムラも、ノイマン同様にミリアリアに声をかける。
「君も休憩に入るといい」
「はい。ありがとうございます」
「ゆっくりして来ていいからな!」
ミリアリアが頷き、席を立つと、代わりにトノムラが席に座ると、チャンドラ二世がミリアリアに向かって、片手を上げながら言った。
周りのやり取りを見て、ナタルは微笑を浮かべ、サイとカズイにも他の少年達同様に指示を出す。
「……アーガイル、バスカーク、休憩に入れ」
「いいんですか?」
「パル伍長もいるからな。気にするな」
サイがナタルに聞き返すと、安心しろとばかりの表情で答えた。
「はい。それじゃ、失礼します。行こう、カズイ」
「うん。失礼します」
「おう、二人共、お疲れさん」
サイとカズイが席を立つと、ロメロ・パルが労いの言葉をかけると、少年達は全員、ブリッジを後にした。
ナタルはマリューを見ると、何故か疲れているように見えた。少しだけ考え、マリューの前に立ち口を開く。
「……艦長もご休憩に入られたらどうですか?」
「……ありがとう。それじゃ、代わりお願いね」
「はい、了解しました」
ここ数日の色々な出来事で、マリューは疲れていた。未だ問題は山積みで、気苦労は絶えない。
マリューは、ナタルの言葉に感謝をしつつ、好意に甘える事にして席を立つと、キラとアムロが気になったのか、足を格納庫へと向けるのだった。
プラントのアプリリウス・ワンでは、パトリックの要求により、緊急で最高評議会のメンバーが呼び出され、シルバーウインドに関する報告と話し合いが執り行われていた。
「なんて酷い……」
「……許せん!」
「……」
議員達は報告を聞き、眉間に皺を作りながら、口々に何者かが、民間船であるシルバーウインドを攻撃した事。そして、船内には誰も生存者が居なかった事に、怒りと落胆を隠せなかった。
議長である、クラインも己の愛娘が乗った船の報告に青ざめていた。
「……軍としては、現在も捜索を続けていますが、問題は、何者が攻撃をしたかです」
間を見て、パトリックは厳しい表情をしながら、口を開いた。言い終えると、そこにいる全ての人を見回し、再び、口を開く。
「……シルバーウインドの報告とは別に、ガモフがユニウスセブン宙域より離脱した地球連合軍ユーラシア連邦所属のドレイク級艦艇二隻を拿捕しました」
「……拿捕ですと!?」
「拿捕した艦艇のデータは、現在、解析を行っております。ユニウスセブン宙域を航行していた敵艦艇は、此れのみだったので恐らくは……」
パトリックはガモフからの情報を元にした推測を口にする。今の段階では事実ではないが、それ以外は考えられなかった。
「……やはり、地球軍か!」
「……だからと言って、まだ決まった分けでは……」
「軍としては、事が事だけに公にするのを控えておりますが、報道や民衆は知りたがっている様子です」
議員の一部から地球軍への非難と、冷静な判断を求める意見が分かれて出て来た。
パトリックは、厳しい顔つきで、報道関係者や民間人から多数の問い合わせがあった事を伝えると、しばしの静寂が支配した。
それを破るようにクラインが、パトリックに向かって質問をした。やはり娘を心配しているのか、あまり落ち着かない様子だった。
「……脱出した者は誰もいないのか?」
「……報告通り、今の処は。被害からして脱出すら不可能だったのではないでしょうか」
「……ラクス……」
パトリックは、落胆をしたかのように振舞い、同情の視線で向けながら答えると、クラインは俯きながら、娘の名前を呟いた。
その時、扉が開かれ、軍の制服を来た男性が、パトリックの傍にやって来た。
「何だ?」
軍人はパトリックに耳打ちして立ち去って行く。パトリックは、口を歪ませると、一瞬、引きつるように微笑むが、すぐに険しい表情をすると口を開き、議会場にあるモニターのスイッチを押した。
「……どうやら、報道が嗅ぎ付けたようです」
「――続報です。非公式ではありますが情報によりますと、追悼一年式典の慰霊団派遣準備の為、ユニウスセブンへ向かっていた視察船、シルバーウインドは地球軍の攻撃を受けた模様です――」
議員全員がモニターに釘付けになった。どこから情報が漏れたのか?と、各々、驚きの表情をしていた。
「もう、一つですが……、拿捕した艦艇の解析報告が入りました。やはり敵艦が攻撃した事が判明しました。この事実、どういたしますか?」
そこに追い討ちをかけるように、再びパトリックが静かに声を上げ、クラインを見つめた。
「――!」
「――地球軍め!」
パトリックの言葉に全員が絶句し、口を揃えたように地球軍の卑劣な行為に怒りを露にした。
クラインは頭の中で、情報の流出と地球軍が攻撃した事実を、どう処理すればいいのかと悩む。
――事実を公表すれば、世論は戦争推進に傾く……。かと言って、戦闘行為を避ける為に隠蔽する訳にも行かぬ。どうすればいいのだ……。
クラインに追い討ちをかけるように、議員達はクラインに公表を迫る。
「――議長!」
「……事実の公表を……行う」
苦しむような声でクラインは決断を下した。その表情は、苦汁に満ちた物だった。
パトリックは頷くと、全員を見回しながら己の方針を口にする。
「分かりました。では、もう一つ。軍としましては、報復も止む無しと考えております」
「――報復だと!?」
クラインはパトリックの言葉に驚きを隠せず、声を上げた。
「発表で抗議声明を出した処で、民衆の怒りは収まりますまい。事を、どう収めるつもりですかな?お聞かせ願いたい!」
「――!」
パトリックは、淡々とクラインの目を見据えながら言うと、クラインは机の上で拳を固めるだけで、反論すら出来ずにいた。
――どう言う形であれ、事実を隠す事など出来ないのだよ。
議場から出てくるパトリックの表情は、冷たい笑みを湛えているようだった。
ブリッジを後にした少年達は、部屋に向かって歩いていた。仕事から解放されてか、みんな嬉しそうな顔をしている。
歩きながらサイが全員を見回し、口を開く。
「何だかんだあっても、俺達、この船に慣れてきちゃってるな」
「僕達、軍人じゃないのにね」
「最初は怖かったけれど、みんな良い人で良かったじゃない」
「そう言えば、キラは?」
カズイやミリアリアが納得するように頷くと、トールが食事以降、キラを見かけなかったの気にしていた。
「パイロットなんだし、格納庫なんじゃないか?」
「折角だし、格納庫行ってみないか?」
サイが思い当たったかのように答えると、トールがにやけながら提案をしてきた。
「え!?……いいのかな?」
「怒られるわよ!」
「そうだな」
トールを除く全員が反対の意見を表明する。
「ちぇっ!モビルスーツ見たかったんだけどなあ。なら、メシにしようぜー」
「ああ、そうするか」
トールは舌打ちをすると、ぼやきながらも部屋に向かうのを止め、食堂に足を向ける。
そんなトールを可笑しそうに笑いながら、サイは頷いた。
食堂に着くと、淡いピンク色の髪をポニーテールした女の子が、テーブルを拭いていた。
少年達は、今まで艦内見かけた事がない女の子を見て、全員が「こんな子いた?」と、言う表情になる。
「皆さん、ご苦労様です」
「――えっ!?」
その女の子――ラクスが少年達に気付き、ニコニコしながら挨拶してきた。
少年達は、驚きのあまり表情が固まった。
フリーズが一番最初に解けたミリアリアが目を丸くしながら聞く。
「……どうしたの、その格好?」
「お手伝いをしていましたの。……似合いませんか?」
「――ラクス!エライ!エロィ?」
ラクスは、いつもの如く柔らかく微笑み、制服の胸の上辺りを指で摘みながら、ミリアリアに聞いた。
その後ろでハロが呑気に飛び跳ねる。
男性陣はラクスの仕草に、やや顔が赤くなっていた。
「ううん、似合うよ。手伝ってると思わなかったから驚いちゃったのよ」
「お食事ですか?今、用意しますね!」
ミリアリアが微笑みながら答えると、ラクスは嬉しそうに厨房へと入っていった。
カズイが顔を赤らめながら、ぼそりと言う。
「……なんか、凄い事になってるね」
「……ああ」
サイとトールも同じように赤くなりながら頷くしかなかった。
厨房の中に入ったラクスは、少年達が来た事を伝えると、食事を盛り付けを手伝い、カウンターに並べて行った。
すると、スタッフの女性がやって来て、気を使ってくれる。
「あなたも、あの子達と一緒に食事をして来るといいわ。――いいですよね?」
「ああ、構わん」
女性の言葉に、年配の男性スタッフが頷く。
「――ありがとうございます!」
ラクスは笑顔を湛えながら深々と礼をすると、厨房を出て、カウンターの所で食事を待つ少年達の元にやって来た。
「お待たせしました!あのー、お食事、ご一緒しても宜しいですか?」
「え!?私は構わないわよ」
ラクスの言葉にミリアリアは驚きながらも、断る理由も無いので了承すると、男性陣に視線を向けた。
男性陣もミリアリアと同意見なのか頷く頷く。
「――皆さん、ありがとうございます!」
ラクスは本当に嬉しそうな顔した。
そこに、格納庫での訓練を終えたキラ達とマリューがやって来た。
「あ、みんな、どうした――のぉ!?」
「おー!こりゃ、結構、似合うじゃないか!」
「――ラッシャイ!マイド!」
まずは、キラがラクスの姿に目を丸くし、驚きのあまり、言葉を亡くす。
ムウが驚きながらも笑顔で褒めると、ハロが、どこぞの店の店員のような口調で飛び跳ねた。
飛び跳ねるハロを見たアムロは、ハロを読んでみる。
「ハロ」
「――ハロ!ハロー!」
「ハロが良く懐いているようですねぇ」
ハロは跳ねながら、アムロの手に納まるとラクスは優しく微笑む。
アムロは手の中でクルクル回るハロを見ながらラクスに質問をした。
「君が作ったのかい?」
「いいえ。プレゼントとして頂いたのですわ」
「そうか、大事にするといい」
「はい!ハロは大切なお友達ですから」
アムロはハロを差し出すと、ラクスは嬉しそうに答えながらハロを受け取った。
そんなラクスを見ながら、マリューが申し訳なさ気に口を開く。
「ラクスさん、済まないわね」
「いいえ。私が好きでしているのですから、お気になさらないでください。あ、皆さんのお食事、ご用意しますね」
ラクスは顔を横に振ると、微笑みながら答え、厨房の中へと入って行った。
この食事は、以外にも会話が弾み、楽しい時間を過ごす事となるのだった。
アマルフィ家のリビングでフレイは、二時間程前に最高評議会から発表されたシルバーウインドに関する報道番組を見ていた。
発表された事実は、同じナチュラルであるフレイですら、地球軍の行為に怒りを覚えた程だった。
悲惨な事に、生存者は今の処ナシ。時間が経つにつれ、更に助かる確率が下がって行く。
その中、フレイが気がかりだったのは、アスランと、その婚約者の事だった。軍の見解では婚約者は死んだ可能性が非常に高く、既に絶望視されていた。
婚約者の事も、そして、捜しに行ったアスランの事も心配になる。
そうしてると、ザフト軍の赤い軍服に着替えたニコルがアルミ鞄を持って入って来た。
お茶を飲みながら、TVモニターを見ていたフレイはニコルの姿に戸惑いながら立ち上がる。
「フレイ……僕にも出撃命令が出ました」
ニコルはフレイの前に立ち、鞄を床に置くと、軍人らしい真剣な表情で言った。
フレイは突然の事に驚きながら、寂しそうな顔をする。
「えっ!?……行っちゃうの?」
「……はい。後の事は母が面倒見てくれます。評議会や軍も、フレイの事をどうにかしようとは思ってないようですから、安心してください」
「……私……」
ニコルの言葉に、フレイは自分が何も出来ない事に不甲斐なさと申し訳なさを感じて、それ以上、言葉が続かない。
そんなフレイを見て、ニコルは口を開く。
「発表、聞きましたよね?」
「……ええ」
「僕も軍人なんです……。もしも、あなたの友達やお父さんを……殺す事になったら……ごめんなさい」
「……ニコル」
ニコルは悲しそうな表情で言った。
フレイには、ニコルがそんな事をしたがってるようには見えず、どう答えたいいか分からなかった。
ニコルは鞄を持つと、悲しそうな表情をしながらも、フレイに微笑みかける。
「約束、忘れないでくださいね」
「……うん」
「……また、会いましょう。お元気で……」
フレイが頷くと、ニコルが軍人らしく敬礼をしてリビングを出ていった。
その後姿は、悲壮な決意をしたようにも感じられる。
「……うっ……うっ……」
フレイは、知り合った人達が、戦場に向かうのを見送る事しか出来なかった。アスランやニコル、カレッジの友達、そして、アスランの友達であるキラの顔が頭の中で過ぎった。
――知ってる人達が……友達同士が戦うなんて……。
フレイは泣きながらも、何が出来る事を探そうと思い始めるのだった。
船に戻ったアスランは、ユウキに呼ばれ隊長室に来ていた。
捜索中の命令無視で怒られるのかと思っていたが、話された事は全く違って、アスランは、あまりの内容に怒りすら隠せない程だった。
アスランが両手で、机を叩き、身を乗り出しながらユウキに迫る。
「――捜索中止!?そんな!まだ、ラクスが……生きている人が脱出しているかもしれないのに、何故です!?」
「……軍本部からの命令だからな」
「――しかし!」
捜索時間が短いのはユウキにも解せない話だった。ユウキ自身、軍本部に捜索を続けるよう抗議もしたが、地球軍艦艇のデータと軍の見解を理由に、すぐに突っ返され、新しい命令を伝えられたのだった。
不本意であろうとも、軍人である以上、命令は遂行しなければならない。
ユウキはアスランの目を見ながら、真剣な表情で口を開いた。
「――アスラン・ザラ!自分の目で、船の中の状況は見たのだろ?……君の気持ちは痛い程分かるつもりだが、これは命令だ。君も軍人なら分かるだろう」
ユウキの見せる表情と言葉に、アスランは息を飲んだ。それは、まだ正式に軍に入る前にも見た事無い程、厳しい物だった
アスランは自分が軍人である事を思い出す。それ程、頭に血が昇っていたのだった。
「――!……りょ、了解……」
アスランは自分に戸惑いながらも、踵を返し隊長室を後にすると、一人部屋に閉じこもり、婚約者を探し出し、助ける事が出来なかった自分の不甲斐なさに涙した。
軍港に停泊中のヴェサリウスのブリッジでは、モビルスーツ隊を中心とした、ミーティングが行われていた。
クルーゼは、全員の前に立ち厳しい表情ながらも、淡々とした口調で話していた。
「作戦の概要は把握したな。要はラクス・クライン嬢の弔い合戦だ。国民も我々が勝つ事を望んでいる。負けられない戦いだ。分かるな?」
「は!」
全員が気合が入った声で返事をすると、クルーゼはマスクの下で微笑み、言葉を続ける。
「それでは、我々がどう動くかだが、隊を二手に分ける。イザークはアスランと合流してガモフに移り、敵艦隊を衛星軌道上で叩け。ディアッカとニコルは私と共に地球軍月本部に強襲を掛ける」
「えっ!?」
ニコルが思わず驚いたような声を上げると、クルーゼは冷笑を湛えながら言う。
「どうしたニコル?作戦に不満があるのか、それともアスランの事が心配か?」
「あ……いいえ」
「ニコル、怖くなったのか?」
「……違いますよ、ディアッカ!」
ニコルは、クルーゼに図星を衝かれ、不味いと思ったのか濁しながらも返事をすると、ディアッカが冷やかす。
イザークはニコルの様子がおかしい事に疑問を持ち、厳しい目を向ける。
「ニコル、アスランが心配なのか?」
「イザークまで……」
ニコルの表情は冴えた物では無く、明らかにアスランを心配しているように見えた。
イザークはイラつくように表情をすると、一歩前に出て、クルーゼに告げた。
「隊長、私が月へ向かいます。ニコルがあれでは、作戦が失敗してしまいます!」
「しかしな……。正確には機体の特性で配置を決めたのだ。乗り換えをする事になるが、いいか?」
クルーゼは渋い表情をすると、イザークに聞き返した。
イザークはニコルを見ると、反論は許さんと言わんばかりの強い口調で言う。
「……ニコル、貴様の機体を使わせて貰うぞ。いいな!」
「イザーク……!」
「俺の機体を壊すなよ」
「はい!ありがとうございます!」
「決まったようだな。各員の奮起に期待する!準備を急げ!」
ニコル嬉しそうに答えると、クルーゼは苦笑を漏らしつつも全員に激を飛ばした。
プラント、そしてザフト軍の報復のシナリオが、今、静かに幕を開けようとしていた。