CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第18話_前編

Last-modified: 2007-11-10 (土) 18:16:52

地球連合軍プトレマイオス基地内への突入を成功させたイザーク・ジュールを始めとするザフト軍モビルスーツ隊は、基地内ドック第三層ブロックまで進めていた。
 しかし、それと同時に奥に繋がる通路の隔壁が閉じられ、これ以上の侵攻が出来ない状態と成っていた。

「――隔壁を下ろしただと!?こんな隔壁など――!」

 イザークは、腹立たしげに吐き捨てると、ブリッツのレーザーライフルを閉じた隔壁へと向け、トリガーを引いた。
 発射されたレーザーは隔壁に当たり爆発を起こすが、通常の隔壁とは違う対核用の隔壁の前では、僅かに削った程度の痕跡を残すのみだった。
 それを見たイザークは、顔をしかめながら苛立たし気に声を荒げる。

「――破れないだと!?地球軍め!」
「――ブリッツ、どうした?」

 イザークが隔壁を睨み付けながら声を上げると、後続として突入して来た、ジンの一機から通信が入った。
 足止めを喰らった事で、イザークは腹立たしさが抑えられないのか、怒鳴る様に答える。

「隔壁が破れん!ここからの侵入は不可能だ!他に奥に侵入出来そうな場所を探せ!」
「――了解!そうだな、そこの三機!それと、お前とお前!侵入可能な通路を探す。手伝え。残りはドック内の掃討と爆薬の設置だ」

 イザークの指示に答えたジンは、恐らくジンを束ねる隊長機なのか、次々とやって来る後続機に指示を出して行く。
 それの指示に付け加えるかの様に、イザークも注意を促す。

「分かっているだろうが、今は艦を爆発させるな。ブリッジと攻撃兵器を潰せばいい」
「――了解!」

 ドック内に分散した各モビルスーツから、指示に対しての返答がスピーカーを通じて聞こえて来た。
 モビルスーツ達は、地球軍の宇宙の要であるプトレマイオス基地破壊の為に、それぞれの作業へと向かって行った。

 ブリッツの追撃を振り切ったアークエンジェルは、地球軍第八艦隊旗艦メネラオスの後方に控える補給艦隊と合流を果たそうとしていた。
 甲板には灰色のストライクと、アグニを構えたνガンダムが周辺警戒をしている。メビウス・ゼロはアークエンジェルへと着艦し、補給を受けていた。
 アークエンジェルは、正面に補給艦を捉えると高度と進入角度に注意しながら、ゆっくりと補給艦へと進んで行った。

「アークエンジェル、停泊します」
「――索敵確認。周辺に敵機は確認出来ません」

 艦をここまで操って来たノイマンがアークエンジェルが無事に合流した事を告げると、チャンドラが続くように報告を口にした。
 マリューは報告に対し頷くと、顔を引き締めたまま指示を飛ばす。

「引き続き、各機に周辺警戒をさせて!」
「――補給艦より入電。ハッチを開放せよ。との事です」
「――格納庫、補給艦からの物資が来るわ!速やかに対応してちょうだい!」

 すぐにトノムラが補給艦からの通信を受け報告をする。
 マリューは、受話器を手にすると、矢継ぎ早にマードックへと補給艦からの指示を伝え、受話器を置いた。
 その顔には、ここまでの船旅がようやく報われたと言わんばかりの安堵の表情を浮かべ、大きく息を吐いた。

「ふう……」
「ようやくと言った所ですね」

 その様子を見たナタルは、第八艦隊が戦闘中の為、表情は軍人らしく引き締まってはいたが、気持ちは同じと言わんばかりの口調で声を掛けた。
 マリューは頷くと、背凭れに体を預けて微笑む。

「ええ。ヘリオポリスから、ここまでの事を考えれば長かったわね」
「そうですね。無事、合流出来ましたし、これで――」
「――なんだよ、これ!?トノムラ、聞いたか!?」

 マリューとナタルが、遣り取りをしていると、チャンドラが慌てた様な表情で声を上げ、背中合わせに座るトノムラの方へ顔を向けた。
 声を掛けられたトノムラも、突然の事に慌てながら、チャンドラが聴いていたチャンネルに合わせ耳を傾ける。

「――え!?ちょっと待ってくれ!……これって!?」
「両名とも、どうした?」

 トノムラの表情は見る見るうちに険しい物に変わって行った。
 マリューは、その遣り取りを不安そうに見つめるが、見兼ねたナタルが険しい表情で、二人に声を掛けた。

「……はい。恐らく、月のプトレマイオス基地からのメネラオスへの通信なんですが――」

 チャンドラは信じられないと言わんばかりの表情をナタルに向け、耳にした情報を報告をする。
 その報告を聞いたアークエンジェルの乗組員達は、皆、顔を青ざめさせる事となる。

 月の表側に位置する地球連合軍プトレマイオス基地から齎された、ザフト軍強襲の一報に第八艦隊旗艦メネラオスのブリッジは、一時、騒然とした雰囲気となっていた。
 予想外の事態にオペレーター達は、この報せに困惑を隠せず、動揺が広がる。
 それは、艦隊を指揮するハルバートン、その隣に座る副官であるホフマンも同じで、驚きの声を上げていた。

「――なんだと!?」
「……これは!」

 ハルバートンは、今の今まで、この様な事態は全く想定しておらず、月基地にダイレクトに攻撃をして来るとは予想すらしていなかった。
 呆気に取られながらも、ハルバートンは声を張り上げ、オペレーターに指示を出す。

「――プトレマイオス基地への回線開け!早くしろ!」
「――は!」
「……こんな事が起こっているとは……。閣下、我々は一刻も早く戻るべきではないでしょうか?」
「……今更、戻った処で間に間に合わぬ。我々が戻った頃には、ザフトは後退を済ませておるわ」

 困惑の表情を見せるホフマンの進言に、ハルバートンは眉間に皺を寄せ、苦汁の表情で吐き捨てた。
 その言葉を聞いたホフマンは、自らの上官の吐く言葉を納得はしながらも、宇宙の要である自分達の帰るべき場所を守らなければと言う想いが先走る。

「……しかし――」
「――回線、繋がりました」

 ホフマンの言葉を遮り、オペレーターが基地との通信が開いた事を告げる。
 ハルバートンは、ホフマンを片手で制すると受話器を耳に当て、その向こう側に居るプトレマイオス基地指令官に声を掛けた。

「うむ。――ハルバートンだ。どうなっている?」
「――ハルバートンか!?コーディネイターどもにしてやられたわ。今はドックに侵入され、閉じる事の出来ないドック以外、全ての隔壁を閉じた状態だ」
「ドックに侵入を許したのか!?」
「ああ。その突入の先陣を切ったのは、Gだ。恐らく、そちらの敵艦隊は囮だろう」
「――!なんと言う事だ……!」

 自ら開発を推していた兵器が、自軍の基地を攻撃している。しかも、地上からの攻撃要請で第八艦隊を出撃させたとは言え、こうも容易く自分達の根城への攻撃を許してしまっている。
 この様な結果に、ハルバートンは、司令官の言葉に一瞬、絶句し、空いていた片手を額に当て、目を閉じた。 言葉を失ったハルバートンに、受話器の向こう側から司令官からの声が再び届く。

「基地外にもGを確認している」
「……ザフト軍め!忌々しい!――こちらでもGを二機確認している。朗報が有るとすれば、アークエンジェルと残りのGが合流した事だ。戦闘は我々が押している」
「……そうか。こちらとて、落とされるつもりは無い。隔壁を下ろした以上、奴らとて突破するのは容易ではないからな。癪では有るが、月の各基地に支援要請を出した」
「……どうにか成るか?」

 司令官からの報告に、ハルバートンは、基地が予想以上の危機的状況に有る事を容易に想像が出来た。
 ハルバートンは、長年の戦友でもある司令官を気遣うかの様に声を掛けると、すぐに返答が返って来た。

「成らなければ、ザフトとユーラシアにでかい顔をされるだけだ。その為にドックの破棄を決めたのだからな。第八艦隊はしばらく、此処へは帰港出来ないと思ってくれ」
「……分かった。ザフト軍め、プトレマイオスを叩きに来るとは!これも元はと言えば、地球から見上げるばかりの馬鹿どもが、己の身の安全ばかり考えておるから、この様な事になるのだ!」
「ああ。だが、今更言った処で、どうしようも無い。この事態に連中は、責任を私に押し付けて来るのだろうな。覚悟をせねばならないか……」
「……それは、私とて同じだ。奪われたGがプトレマイオスを強襲したとなれば、矛先は私に向く。せめて、残ったGの開発を軌道に載せねばな……」

 大西洋連邦内部も一枚岩では無く、様々な派閥に分かれている。
 その中でも、宇宙軍側と地上軍側、そして、ブルーコスモスと言われるコーディネイターと言う種の殲滅を願う思想を持つ軍人と、純粋な軍人として国を守ろうとする者達の溝は予想以上に深い物だった。
 司令官の溜息交じりの言葉に、ハルバートンは、自分も立場は同じだと思いながらも、これからの行く末を思い、溜息を吐いた。

「……うむ。プトレマイオスがこの状態だ。癪ではあるが、アークエンジェルは馬鹿どもの居るアラスカに降ろす他あるまい」
「……分かった」

 司令官の言葉を聞いたハルバートンは頷き、その後、二言三言のやり取りの後、通信を切った。話を終えたハルバートンは、明らかに疲れた様な表情を浮かべていた。
 それでも、今は戦闘中である事を忘れてはおらず、すぐに表情を引き締め、少し考える様な素振りをすると、隣に座るホフマンに顔を向けた。

「ホフマン、アークエンジェルを地球に降下させる。これ以上の戦闘は無意味だ。我々は艦隊を後退させるぞ。各艦に伝えよ。――アークエンジェルに回線を開け!」
「はい、了解しました」

 ホフマンは頷くと、すぐに部下達に指示を出した。
 ハルバートンは目の前で光る、幾つもの爆発へと厳しい視線を向け、アークエンジェルとの回線が開くのを待った。

 補給を受けているアークエンジェルのブリッジのモニターには、ハルバートンの姿が映し出されている。
 マリューはハルバートンから、これからの詳細な指示と命令の説明を受けている最中だった。

「――と言う理由から、現状の人員編成のまま、君達にはアラスカに降りてもらう」
「現状の人員編成のまま……ですか?」
「うむ。本来なら、人員を割きたい所ではあるが、この戦闘に駆り出しているからな……。済まぬが承知してくれ」
「……分かりました」

 説明を受けたマリューは、正直、承服し難い内容だったが、自らの教官でもあったハルバートンの性格を知らない訳では無い。渋々ながら命令を受ける事とした。
 ハルバートンは、教え子であるマリューの性格を分かっていたのか、気にせずに言葉を続ける。

「降下のタイミングは追って知らせる。それに合わせ、降下を開始しろ。それからだが、君たちは第八艦隊所属となる。我々にはGの力が必要となる。無事に届けてくれ。君達には苦労を掛けるが頼んだぞ!」
「――は!」
「うむ。直にGを見て置きたかったが、この状況では叶わぬ。せめてもの救いが、補給艦からの映像で確認出来る事くらいだな……。時に、甲板に居る機体はGに似ているが、モルゲンレーテの物か?」
「「――!」」

 敬礼で答えるマリューにハルバートンは頷くと、突然のνガンダムの事を質問して来た。
 突然の事にマリューとナタルは息を飲んだ。νガンダム、そしてアムロの上手い言い訳など浮かばず、ここまで来てしまっていた。
 マリューは、どう答えていいのか困りながらも、口を開く。

「……あ、あの機体は……」
「どうも歯切れが悪いようだが、話せぬ事でもあるのか?」
「……いいえ……」
「……艦長、私に説明させて頂けませんか?」

 言い淀むマリューを見兼ねてか、ナタルが申し出て艦長席の隣へと立つ。
 マリューは頷くと、ナタルはハルバートンの映るモニターへと敬礼をする。ハルバートンに向かうナタルの表情は、かなり緊張した物となっていた。
 勿論、ナタルとて上手い言い訳が有る分けでは無い。しかし、ここで上手くやらなければ、自分達を守ってくれたアムロに対して、恩を仇で返す事になる。最も、それ以外の想いも有るかもしれないが。
 
「提督、失礼します。副艦長を務めさせていただいています、ナタル・バジルール少尉であります」
「うむ。ご苦労」
「あの機体はヘリオポリスで強襲を受けた折に現れ、脱出を協力して貰いました。彼が居なければ我々は全滅していたかもしれません。搭乗者は提督の信頼に足りうる人物だと私は確信しております」

 ナタルは緊張しながらも、毅然とした態度で質問に答え、言い終えると直立不動のまま、ハルバートンの言葉を待つ。
 そのハルバートンは、ゆっくりと頷いた。

「……そうか。それでは、各機体のパイロットに繋いで貰えるか?勿論、その機体のパイロットにもだ。せめて労いの言葉を掛けておきたい」
「――は!」

 ナタルは敬礼で答えると、今の処は誤魔化し果せたと確信する。
 しかし、事情を知らない者達も、このブリッジには多く居た。マリュー、ナタル、ムウ、マードック、キラの五人以外は、アムロの素性は知らない。
 今、ブリッジに居る者達が、ハルバートンとの遣り取りを耳にしていた事を気にする余裕など、マリューとナタルには無かった。

 ブリッジがハルバートンからの指示を受けている頃、格納庫では物資の搬入が既に始まっていた。
 メビウス・ゼロの前を次々とコンテナが搬入されて来る。始末の悪い事に、両舷のカタパルトから補給を受けている為、メビウス・ゼロが格納庫から出られない状況となっていた。

「おい!これじゃ、出れないぞ!早く退かしてくれ!」

 出られない苛立ちを隠せないのか、ムウがゼロのコックピットの中で怒鳴った。その声はマードックの耳にもヘッドホンを通じて聞こえて来ていた。
 マードックもムウと同じ様に、搬入を行っているスタッフへと怒鳴り声を上げる。

「そのコンテナ!奥に突っ込んどけ!片方のカタパルトデッキは空けろ!ゼロが出れねえだろうが!」
「――無理です!」
「ったく!一体、何なんだよ、この大型コンテナはよ!?」

 マードックは、スタッフの返事に文句を言いながら搬入されて来る大きなコンテナを見上げる。
 大小含めて、かなりの数のコンテナが搬入されて来る様だった。整備スタッフ達は、搬入の為に機械を動かし格納庫の片隅へと積み上げて行く。
 その光景を見ながら、マードックは思い出した様にムウへと通信を開く。

「出撃待ってください!すぐは無理です!」
「分かったよ、とにかく早くしてくれ!やられたらお終いなんだぜ!」
「分かりましたよ!ったく、俺に言っても仕方ないでしょうが!」

 ムウの言い分も最もだが、どう足掻いても無理な物は無理な訳で、マードックは通信を切るとぶつくさと文句を言った。
 丁度、その時、マードックの後の方から声がした。

「責任者の方は居られますか?」
「んっ?俺だが、何か用か?」
「は!失礼します!これが搬入します補給リストです」
「ああ。すまねぇ。新入りか?」
「は!そうであります!」

 振り返ったマードックは補給リストを受け取ると、リストを持って来た若い兵士に声を掛ける。
 兵士はキラよりも若干年上だろう。マードックの問いに、生真面目に直立不動で答えた。
 マードックにとって、別にこの兵士はどうでも良かったのだが、一つ文句を言いたかったらしく険しい顔を見せる。

「……何で上役が来ねぇんだ?カタパルトデッキを空けて貰わねえとゼロが出せねえだろ!やられたら終わりなんだぜ!?」
「――申し訳ありません。しかし、これも迅速に搬入する為でして……。上官殿は、現在、船外で搬入作業の指揮をされております」
「……そうかい。お前に文句言っても仕方ないんだがな。まぁ、とにかく、早くしてくれ。それより、あのコンテナはなんだ?」

 兵士は、マードックの文句に恐縮しながらも、自分の仕事を全うしようと答える。
 マードックは髪を掻きむしり、搬入されてるコンテナの中で特に大型の物を指さした。

「何でも、新型機の予備部品と聞いております」
「――!ザフトに持って行かれた機体の予備パーツも入ってるのか!?」

 兵士の言葉を聞き、マードックはリストに目を通すと思わず声を上げた。
 マードックの問いに兵士は頷き、事の説明を始める。

「はい。この艦が行方不明になってから、かなり時間がありましたから、提督閣下が製造元に部品を至急、送るよう要請したのです。その為、各部ごとの組み立てはされておりません」
「全部、バラの状態って事か?」
「はい。そうであります」

 兵士が答えると後から大型クレーンの動く音が聞こえ、マードックは振り向く。
 そこには、クレーンに吊られた戦闘機が搬入されている所だった。
 マードックは再びリストを捲り、何が搬入されているのかを確かめる。

「ん?――スカイグラスパー、二機!?おいおい……大気圏用の機体じゃねぇかよ!」
「ええ。先程ですが、提督閣下の指示でアラスカに降りる事が決まったそうです」
「――マジかよ!?」

 兵士の言葉に、マードックは信じられないとばかりに声を上げる。
 この事を知っているのはブリッジ要員だけなのだから、マードックとっては正に寝耳に水だった。

 地球衛星軌道上で戦闘を継続中であるザフト軍は、数で押されつつも良く持ち堪えていた。元々、哨戒中の艦を寄せ集めた艦隊なのだから、今の戦況は善戦と言えるだろう。
 そんな中、その艦隊を指揮するユウキの元へと一報が届けられ、オペレーターが読み上げようとしていた。

「――地球軍プトレマイオス基地へ奇襲を掛けた艦隊が基地内への突入に成功との報告がありました」
「……そうか。クルーゼはプトレマイオスへの突入を成功させたか」

 ユウキにとって、ラウ・ル・クルーゼと言う男は、何を考えているのか分からず、余り信頼出来る男ではなかった。しかし、軍人としては、武勲を挙げプラントに貢献しているだけに一目置く存在ではあった。
 そのクルーゼ率いる艦隊が、非常に難しい敵基地突入と言う武勲を挙げたのだ。ユウキが感心するのは無理もなかった。
 ユウキはモニターへと目を向けると、オペレーターに声を掛ける。

「こちらの戦況はどうだ?」
「所属不明艦は敵艦隊からの増援により、取り逃がしたようです。報告では、敵艦の名はアークエンジェルとの事です」
「アークエンジェルか……。地球軍は神にでも成ったつもりで居るのか……。その他の報告は?」
「――は!戦線は押されているとは言え、撃墜されている数を考えれば、当初の予測を下回っております」
「うむ」

 報告を聞いたユウキは満足気に頷くと、ふと、アスランの事を思い出した。
 婚約者であるラクス・クラインの事が原因であるとは言え、アスランの教官をして居た頃からだが、あの様に他の事に気を囚われている姿を見た事が無かった。
 自分の優秀な教え子だけに、逆に心配になり、ふと、言葉が漏れる。

「……アスラン・ザラはどうしている?」
「――は!?……アスラン・ザラですか?」
「……いや、奪取した機体の働きはどうだと聞いている」

 オペレーターは、ユウキからの個人名が出るとは思わず、聞き直した。
 ユウキも戦況を見渡す人間が、個人に囚われるのは問題が有ると思い、発言を誤魔化すかの様に首を振り、言い直した。

「お待ちください。……詳しい撃墜数は分かりませんが、報告によればイージスは多数の敵艦を沈めているようです。デュエルも多数撃墜してますが、敵新型艦、アークエンジェルの追撃には失敗しております」
「そうか」

 ユウキは報告に頷くと思考を切り替え、この戦闘での引き際を模索し始める。
 ただでさえ押されているのだから、引き際を間違えれば全滅しかねない。
 これから先、人口の少ないプラントが地球軍と戦う上では、高々数十の艦隊と言えども貴重な戦力なのだ。それをむざむざ全滅させてしまうのは、愚者のする行為だった。
 敵基地奇襲の為に囮となった臨時編成の艦隊は、役目を終えた以上、戦闘を継続するのは無意味と判断する。

「突入を成功させた以上、囮である我々は無理をする必要は無い。敵艦隊が今更戻った処で、間に合う訳でもないからな。各機に深追いするなと伝えろ。艦隊は徐々に後退させろ。気取られるな」
「……しかし、敵艦隊後方に控える新型艦……取り逃がしたアークエンジェルはいかがしますか?」

 ユウキの命令を聞き、副官がアークエンジェルの事で判断を仰いで来た。
 奪取したイージス、デュエルの働きを見れば、敵艦にある新型モビルスーツもやはり脅威でしかない。副官の言う事はユウキにも分かるのだが、この作戦の目的は、あくまでも敵基地奇襲にある。

「我々の目的はアークエンジェルの撃沈では無い。敵艦隊を誘き寄せる事で任務の半分は達成している。後は敵を消耗させつつも、我々が無事に帰還する事が任務だ。目的を間違えるな。いいな」
「――は!艦隊を後退させつつ、距離が取れたらモビルスーツに後退信号を上げろ!」

 ユウキは説くように言うと、副官は納得した様子で敬礼で返し、オペレーター達に指示を飛ばした。
 ――この戦いも、もうじき終わる。しかし、今、気を抜く訳に行かぬな。
 ユウキは、この艦隊が役目を無事に終える事の出来る様、再度、自らに言い聞かせた。

 モビルスーツで奮戦するザフト軍兵士達にも、クルーゼ艦隊が地球連合軍プトレマイオス基地内への突入に成功した事が伝えられていた。その所為か、先程よりも徐々にだが押し返し始めている。
 しかし、その中、アスランが乗るイージスは、何故か戦艦のブリッジに直接攻撃をする事を止め、砲塔を潰すのを優先していた。
 イージスは目立つだけあって、攻撃の的にも成り易く、その為、回避行動が多く取る事となった。その為、アスランは戦闘当初よりも動きが鈍く、精細を欠いた戦いを強いられて居た。

「――くっ!」

 アスランはメビウスからの発射されたミサイルを避けると、イーゲルシュテルンで反撃に出るが、モビルアーマー特有の直線の動き早さに追いつく事が出来ず取り逃がす。
 イージスは、すぐに戦艦の砲塔へと向きを変え、バーニアを噴かす。しかし、そこへ他の艦からの攻撃が入り、一時的に戦艦への攻撃を諦める。
 アスランは仕方なくイージスを一時的に下げる事にし、北天側へと移動を開始する。

「キラが……キラがすぐ近くに居ると言うのに、俺は……何も出来ないのか……」

 アスランは移動しながら呟く。フレイにキラへの伝言を頼みはしたが、思うよりも早い再会のチャンスが巡ってきていると言うのに、それを生かす事の出来ない自分に苛立っていた。
 それに加え、地球軍兵士の死を目の当たりにし、自分自身の戦争行為と言う物に一抹の迷いも生じていた。
 ――俺は、プラントを守る為に戦っている……。でも、あんな事をしたい訳じゃない……。
 そう思いながらも、敵を撃つ事しか出来ない自分に、不甲斐なさを感じた。しかし、兵士なのだから、そんな事は思ってはいけないのかもしれない。
 アスランは首を振り、思考を振り払おうとする。そして、戦場を見渡した。
 
「敵艦が徐々に下がってるいる!?後退をかけているのか?」

 北天からは前線が見下ろす事が出来、明らかに、モビルスーツが押して居ると言うよりも、敵先鋒の艦隊が後退している様に見えた。
 その時、スピーカーから、戦闘管制官の声が響いた。

「――各機、新たな指示を伝えます。艦隊は後退を掛け、撤退準備に入ります。各モビルスーツは深追いはしないようお願いします。繰り返します――」
「――撤退準備!?この戦いも終わるのか!」

 アスランは戦いの終わりが近い事に安心を覚えるが、キラの事が気に掛かった。
 キラをラクスの様に戦争の犠牲者にさせない為に、何としても説得しなければと、心が焦るのだった。

 地球連合軍プトレマイオス基地内で戦艦の爆破作業に取り掛かっている突入部隊は、今の所、順調に作業を進めていた。
 その一方、隔壁を閉じられた為、更に基地最深部に繋がる通路を捜す事となったモビルスーツ達から、イザークの元へと、その探索結果が齎される。

「――奥に繋がる通路は全て隔壁が降りている」
「――ちっ!ナチュラルどもが!爆破作業はどうなっている!?」

 報告を聞いたイザークは、舌打ちをすると苛立ちを隠さないまま、爆破作業に入っているモビルスーツに作業状況を確認する。

「――まだだ!もう少し時間が掛かる」
「モタモタするな!早くやれ!」

 イザークは報告を耳にし、予想より遅い進行状況に怒鳴りつけた。
 ドックの第三層まで、ほぼ制圧しているとは言え、時間が掛かり過ぎれば、何時反撃を喰らうかもしれない。そんな事になれば、基地の破壊など更に困難になる事が目に見えている。
 その時、イザークの耳に味方の悲鳴が聞こえて来る。

「――うわっ!」
「――!?何があった?」
「――敵艦からの攻撃が!う――」
「――馬鹿が者が!どうして、命令通りに砲塔を潰しておかない!探索はもういい、敵を叩き潰せ!」

 イザークは命令が守られなかった事に怒鳴り声を上げ、戦艦の生きている砲塔を潰しに掛かる。
 ドックの中には、まだ多くの地球軍の兵士が残っている。逃げ場の無くなった彼らとて、ただ手を拱いている訳ではなかった。
 地球軍の兵士達は、バズーカやロケットランチャーを使い、モビルスーツを攻撃し始めた。
 まだ、攻防は終わる事は無かった。

 ある地球軍兵士が目を覚ました。彼は乗る戦艦は基地を守る為にドックを出る所だったはずだった。
 しかし、突然現れたブリッツによりブリッジを潰され、船は座礁し、衝撃が襲って来た所までしか記憶が無かった。
 彼は体を横たえたまま、唸る様に声を上げた。

「……うっ!……生きてるのか!?」

 彼は痛む体を起こし、自分が生きている事を確かめる。
 そして、回りに目を向け、さっきまでの自分と同じ様に体を横たえた仲間である整備兵達の安否を気に掛ける。

「……みんな、大丈夫か!?」
「……ううっ……」
「……なんとか……。コーディネイターどもめ……何て事しやがるんだ!糞!」
「……どうなってるんだ?」

 彼が呼びかけると、近くに居た三人が無事に目を覚まし、体を起こした。
 格納庫には、まだ多くの整備兵が居たはずだが、多くはコンテナなどの下敷きになったりと、凄惨な状態であった。
 彼は回りを見渡し、自分達以外の生き残りが居ないか探すが、灯りの落ちた格納庫は暗く、全部は見渡す事が出来なかった。

「……分からない。どうなったのか、俺が確かめてみる。他に生きてる奴を集めてくれ」

 彼は、そう言うと、壁際にあるコンピュータ機器まで体を引きずりながら歩いて行く。
 それ以外の三人は言われた通り、生き残った仲間を探す為に歩き始めた。
 彼はコンソールのスイッチを入れると、モニターに再び光が点る。そしてキーボードを叩き始める。その間にも、生き残った者達は、三人に体を揺り動かされ目を覚ましていった。

「――糞!俺たちは見捨てられたのか!?」

 状況を調べていた彼は、モニターに映し出された結果に愕然とした。
 あまりの事に、彼はコンソールを叩くと大声で叫ぶ。

「指令は、港口の第一、第二隔壁以外を全部下ろしやがった!俺たちは見捨てられたんだ!」
「――えっ!?ほ、本当かよ……!?」
「……なあ……俺達、死ぬのか……!?」

 生き残って居た者達が、続々と彼の元に集まり始めた。そして、全員、モニターを覗き愕然とした表情に変わって行く。
 その中、誰か唸る様に怒りの声を口にする。

「……これも元はと言えば、コーディネイターどもの所為だ!許せねえ!」
「このまま死ぬのはゴメンだ!……なあ、奴らに一泡吹かせてやろうぜ!」
「ああ。死ぬなら、コーディネイターどもを道連れにしてやる!」
「でも、どうするんだ?」

 それぞれが、同じ様にコーディネイターへの怒りを声を上げる。生き残った者達は、皆、同じ意見の様でだったが、どうするかの声が上がった。
 疑問の声に彼はキーボードを叩くと、基地の破損状況を示す図を呼び出す。そして、第一、第二隔壁の付近のダメージを示す図をモニターに映し出した。

「見てみろ!第二隔壁が閉まらないのは、ケーブルが破損したのが原因だ。モーターもいくつかやられてるが、閉じる速度が遅いだけで問題無い。ケーブル交換が出来れば、奴らを閉じ込める事が出来るぞ!」
「俺たち向きの仕事じゃねえかよ!隔壁が完全に閉まれば、俺達、生き残れるかもしれないぜ!」
「なら、やるしかねえだろ!」
「奴らにプトレマイオス基地を攻撃した事を後悔させてやる!」

 彼らは希望が見えた事に生気を取り戻したかの様に、その表情には活力に溢れ返っていた。
 そして、彼らは自分達が生き残る為、そして、ザフトを倒す為に動き出した。

 アークエンジェル、そして、ストライクの追撃に失敗したデュエルは、逆にメビウスの迎撃に遭いながらも、四機を撃墜し、戦闘宙域へと戻って来た。
 デュエルのコックピットの中で、ニコルはストライクを落とす事が出来なかった事を後悔していた。
 今のアスランの為には、キラは居てはいけない存在なのだ。ニコルは唇を噛んだ。

「――くっ!僕は……僕は……」
「――各機、新たな指示を伝えます。艦隊は後退を撤退準備に入ります。各モビルスーツは深追いはしないようお願いします。繰り返します――」
「……もうすぐ、この戦いも終わる……。アスランは無事ですか!?」

 そうしていると、新たな指示がモビルスーツ各機に出されているのを耳にし、ニコルは予想より早い後退に驚き、目の前に広がる閃光へと目を向けた。
 このどこかにアスランが居る。今はただ、アスランとキラが会うことが無い事を願う。
 ニコルは通信回線を開き、戦闘管制担当のオペレーターを呼び出した。

「――こちら、デュエル!ニコル・アマルフィです!イージスの位置を教えてください!」
「――イージスは、第一次攻撃部隊と共に敵先鋒の艦隊と交戦中だ。ブリッツは支援に向かわれたし。敵艦は徐々にだが後退している模様。もうすぐ戦闘も終わる。必要以上の交戦は避けろ」
「――分かりました!デュエル、支援に向かいます!」

 ニコルは指示を受けると、デュエルの向かう先をアスランの居る宙域へと向ける。
 もうすぐこの戦闘が終わると言う希望と、アスランとキラが戦う事が無い様にと言う願いを胸にバーニアを噴かした。

 ハルバートンの希望で短い時間ながら、各パイロットとの面談が執り行われ始めた。一番最初は大西洋連邦所属で正規の軍人でもあるメビウス・ゼロに乗るムウだった。
 出撃出来ないメビウス・ゼロの中で、小さなモニターに映るハルバートンを前にしヘルメットを取ると、ムウは敬礼をする。

「――第七機動艦隊、ムウ・ラ・フラガであります!」
「おおっ!君が居てくれて幸いだった!今まで良くアークエンジェルとGを守ってくれた!」
「いえ、さして役にも立ちませんで……」

 ハルバートンの言葉にムウはバツがが悪そうに答えた。
 しかし、ハルバートンは気にしていない様で、そのまま言葉を続ける。

「エンディミオンの鷹と言われた君が居てくれた事も幸運の一つだろう」
「私は本来なら、Gに乗る奴らの護衛で来ただけです。しかも、護衛任務は失敗した様な物です」
「……と、いう事は?」

 ムウの言葉を聞いたハルバートンは、眉を顰めた。
 ムウはモビルスーツに乗る事無く死んで逝ったパイロット達の顔を思い出しながら事実を伝える。
 そのムウの表情は、悔しさを滲ませていた。

「……パイロットは全員やられました」
「それでは、誰がGに乗っているのだ?」

 ハルバートンの質問に、ムウは気を取り直し、口を開く。
 ストライクに乗るキラは共に戦っている仲間なのだから、胸を張って伝えなければいけない事実だからだ。

「ええ、あの機体、ストライクにはヘリオポリスの学生が乗っています。名前はキラ・ヤマト。コーディネイターです。いい奴ですよ。実際に話してみれば分かると思いますが」
「……そうか。君たちには地球に降りてもらう。大気圏用の新しい機体を用意してある。それを使い、引き続きアークエンジェルの守りを頼む事となった」
「アーマー乗りの生き残りとしては、お断りできませんな」
「うむ、頼んだぞ!アークエンジェルの事を宜しく頼む」

 ハルバートンは、当たり前の様にストライクにコーディネイターが乗っているとは予想していなかった。その所為か、一瞬、驚きながらも冷静に今後の事を伝えた。
 ムウは、ハルバートンの表情の変化を見逃すはずも無く、「やはりな」と思いながらも茶化す様に答える。
 ムウの言葉を聞き、ハルバートンは満足そうに頷くと通信を切った。
 モニターからハルバートンの姿が見えなくなると、ムウは「やれやれ」と言いながら息を吐き、ヘルメットを被り直した。

 アークエンジェルが補給を受ける中、ストライクはνガンダムと肩を並べる様に甲板上で膝を着き、灰色の機体を宇宙に晒している。
 そのストライクのコックピットでは、キラがキーボードを叩いていた。
 理由は至極簡単な物で、先の戦闘でデュエルと対峙した際、三二〇ミリガンランチャーを発射しようとしたが、トリガーを引いても発射されなかった事にあった。
 しかし、その作業も、一時中断を余儀なくされる。

「キラ・ヤマト、第八艦隊司令、ハルバートン准将からの通信だ」
「あ、はい。繋げてください」

 ナタルから連絡が入り、キラはキーボードを叩く手を止めた。
 ムウがハルバートンと話している間に、キラにも通達があった為、知ってはいたが、マリューやムウ以上に階級の高い軍人と話すのは初めての事で、キラは緊張を隠せずにいた。
 やがて、モニターにハルバートンの姿が映り、スピーカーを通して声が聞こえて来た。

「君がキラ・ヤマト君か……。今まで良くストライクとアークエンジェルを守ってくれた。礼を言う。ありがとう」
「――いいえ!こちらこそ、ありがとうございます!」

 キラはハルバートンから、いきなり礼を言われると思わず、緊張も相まって、上ずった声で答えた。
 それを見たハルバートンは、苦笑を浮かべると、頷き、口を開く。

「うむ、緊張する事はないぞ。君は謙虚だな。聞けば、君は学生……コーディネイターと言うではないか。ヘリオポリス以降、大変な目に遭ったと思うが、地球軍アラスカ基地に着くまでの辛抱だ。
済まないが、もう少しだけ付き合って欲しい。基地に着けば除隊申請を出来るようにしておこう。勿論、君が望むのであれば、このまま軍籍を取る事も可能だ」
「……はい。アークエンジェルには、友達も乗ってますから、僕も一緒に行くつもりでいました。軍籍については考えさせていただけませんか?」

 キラは正直に答えながらも、軍籍の事だけは、どうすべきか迷った。
 今は、友人達もアークエンジェルに乗っているから、こうしては居たが、正規の軍人でであるムウやマリューも、今やキラに取って、大切な人達なのだ。
 彼らを見捨てる事は出来ないが、本当にこのまま軍に入ってしまっていいのか迷い、そう答える他なかった。
 ハルバートンは少し残念そうな表情を浮かべたが、次の瞬間には表情を戻っていた。

「そうか。時に、君は……友の為に戦っているのか?」
「……最初は、そのつもりでした……。でも、今は友達ばかりではなく、大切な人達を守りたいから戦ってます。アークエンジェルの人達は、みんな良い人達ばかりで……。
僕自身、何が正しいのかは、まだ分からないですけど、やれる事はやっておきたいですから……」

 キラは、ハルバートンから出て来た問いが青臭い物だった為に、最初は少し恥ずかしそうに問いに答えていたが、自分の言葉ではっきりと話して行くうちに、真剣な物へと変わって行く。
 ハルバートンは大きく頷き、キラに感心した様だった。

「……いや、今は、それでいい。答えは自ら見つける物だ。いずれ、君自身の答えを見つける日が来るだろう。所で、君のご両親は?」
「……両親ともナチュラルです」
「……そうか。どんな夢を託して、君をコーディネイターとしたのか……」
「……僕には、ナチュラルとかコーディネイターなんて事は関係ありません……。本当に大切な人達を守りたいだけですから。その為には力も必要ですし……」

 キラはハルバートンの問いに、自分が改めてコーディネイターである事を自覚する。しかし、キラは、自分がその様な種に囚われて生きているつもりが無い事を自ら告げた。
 ハルバートンは、キラの言葉を聞いて満足そうに頷き、再び口を開く。

「うむ、良い心がけだ。君とは、ゆっくりと話す機会が欲しい物だ。良い時代が来るまで、死なぬようにな」
「はい」
「それでは、ストライクとアークエンジェルを頼んだぞ」
「はい、分かりました。全力を尽くします」
「いい返事だ。それではな」

 満足そうなハルバートンの表情がモニターから消えると、キラは再びキーボードを叩き始める。
 誰かが誰かを守る為に、何かを行う。それは見返りなどは無い。
 キラは己が為にキーボードを叩き続けた。

 ストライクと肩を並べ、甲板上で待機態勢に入っているνガンダムは、片膝を着きながらも左手に抱えるアグニは、常に戦場へと向けられていた。
 そのνガンダムのコックピットにスピーカーを通じて、ナタルの声が響いた。
 
「――アムロ大尉。第八艦隊司令、ハルバートン准将からの通信が入ります」
「俺にか!?」

 アムロは突然の事に驚き、声を上げた。
 キラに通達が行っていたのにも関わらず、アムロにそれが無かったのは理由があった。
 ナタルとハルバートンの遣り取りを耳にした、一部のブリッジ要員が、アムロを何者なのかと疑問に持った事が原因だった。
 ナタルは、その事を含めて、ブリッジでの一部始終の内容こそ謝罪を兼ねて謝罪を口にする。

「はい。連絡が送れて申し訳ありません。提督は、一言お礼が言いたいそうです。それからですが、提督はνガンダムがモルゲンレーテの物だと思っておいでです」
「どう言う事だ?モルゲンレーテ……ストライクを作ったメーカーだったな?」
「そうです。オーブの国営企業です」
「……そうか」

 ナタルから齎される情報に、アムロは頷きながらも、頭の中でどうすれば良いのかと考えを巡らす。
 そうしていると、ナタルが頼り無い声で謝罪の言葉を口にする。

「……私に今、出来るのはそこまででした。申し訳ありません……」
「いや、いい。良くやってくれた。感謝している」
「……ありがとうございます」

 アムロの言葉を聞いたナタルの声は、申し訳なさを含んだ様に弱々しい物だった。
 しかし、ここまで来てしまったのだから、アムロに取っては引き返す事は出来ない。覚悟を決めた様にアムロは呟く。

「ここから先は、俺次第と言う事だな……」
「……はい。そうなります……。あ、ストライクとの通信が終わったようです。……それでは、お繋ぎします」
「分かった、繋いでくれ」

 ナタルの言葉を聞いたアムロは頷くとヘルメットを取り、少しの間、目を瞑る。
 この話しの内容次第で、自分がどうしなければならないか、決まる可能性が高い。
 アムロは、どうするかを考えながら、ハルバートンからの回線が入るのを待つのだった。