CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第18話_後編

Last-modified: 2007-11-10 (土) 18:17:30

地球衛星軌道上の戦闘が終盤に差し掛かった中、指揮を執るユウキはモニターを見詰めつつも、敵である地球軍の動きに気を配っていた。
 敵方も後退を始めている以上、作戦上、攻める理由は無い。
 自らの指揮が間違っていない事に安堵しながらも、必要以上の消耗に気を配っていた。

 その最中、一人のオペレーターの声が響き渡る。それはユウキにとって、思いがけない事であった。

「――イージス、敵先鋒突破!後方のアークエンジェルに向かって行きます!」
「――何だと!?命令は伝わっているのか!?」
「――あ、はい!確かに全機に伝えましたが――」

 ユウキは予想外の事に眉を顰め、副官を睨むが、その睨まれた副官は、強張った表情で答えた。
 副官の返答を聞いたユウキは苦い表情を浮かべ、モニターを睨みつける。

「――命令無視か!?どうしてイージスだけが向かう!?」
「――そ、それは、分かりません!」
「――くっ!アスラン・ザラ、功を焦ったか!?……嫌、原因はラクス・クラインか?婚約者であろうと、身勝手な復讐の為だけに部隊が全滅させられては話しにならん!今すぐ、呼び戻せ!」

 ユウキは苛立ちながらも、アスランの身勝手な行動に腸を煮え繰り返していた。
 両軍共、これまでに無いタイミングで引き始めた矢先の事だ。一つ間違えれば、殲滅戦に成りかねない。
 婚約者こ殺されたのだから、アスランの気持ちは分からないでも無いが、もしも、それで全滅と言う事になれば、代償は余りにも大き過ぎる。
 ユウキは額に汗を浮かべ、モニターを睨みつけていると、続けてオペレーターからの報告が届けられる。

「――続いてデュエルも突破しました!」
「――何だと!?モビルスーツを何機か向かわせろ!連れ戻せ!」
「――は!」

 寄りにも寄って、作戦を立案したクルーゼの部下が立て続けに命令違反を起こしている事は、余りにも皮肉にしか思えなかった。
 ユウキ自身、教官時代に命令違反を犯して良いとは、一度たりとも告げた覚えは無い。
 ましてや、アスランやニコルは、身勝手な行動を取る様な者達でも無い事をユウキ自身、良く分かっているつもりだった。
 背を丸めながら顔を覆う様に片手を当てると、ユウキは目の前の戦場を睨みつけた。

「……戻って来たら修正が必要だな」

 背を丸め、ぼそりと言葉を吐いたユウキの姿は、誰から見ても鬼気迫る物だった。
 そのユウキの姿を尻目に、地球衛星軌道上では誰もが望まない戦いが繰り広げられようとしていた。

 地球軍側はハルバートンが後退を指示したのを皮切りに、徐々にだが損耗率が減っていた。それはザフト軍側の後退も有り、誰もがこの戦いの終局を予感していた。
 しかし、それを裏切るかの如く、地球連合軍第八艦隊旗艦メネラオスのブリッジにオペレーターの声が響く。

「――Xナンバー、接近!」
「――何だと!?……アークエンジェルを落とすつもりか!?ビームを使うんだ!落とせ!」

 オペレーターの報告を聞いたホフマンは、敵艦隊が引き始めたのを気に留めつつ、更にモビルスーツを進めて来る理由がアークエンジェルに有ると思い、直ぐに迎撃命令を出した。
 その直後、別のCICオペレーターがハルバートンに向かって、声を上げる。

「アークエンジェルより、リアルタイム回線!」
「……なんだ?」
「閣下。補給を中止し、本艦は艦隊を離脱、直ちに降下シークエンスに入りたいと思います。許可を!」

 突然の事態にハルバートンが顔を向けると、許可が有る前にマリューの声が、ブリッジに響き渡った。
 アークエンジェルとて、補給のみを受けていた訳では無い。広域レーダーを使い、逐一状況を察知していた。
 地球降下を目的とするアークエンジェルに取っては、この戦場に長く残るよりも、早々に降下を始める事の方が重要で有り、それを妨害される事の方が任務達成の邪魔になる。
 マリューの凛とした言葉を聞いたハルバートンは、驚いた様に声を上げる。

「なんだと!?」
「自分達だけ逃げ出そうという気か!?」
「機械系の物資は既に搬入済みですし、食料にしても、これ以上の補給は必要有りません。このまま補給を続けていたのでは、動けない本艦は恰好の的です!このままでは落とされてもおかしくはありません!」

 ホフマンが、ハルバートンに続く様にマリューに対して怒りの声を上げるが、そのマリューは真っ直ぐハルバートンとホフマンを見詰め、降下開始の指示を仰ぐ理由を口にした。
 それを聞いたホフマンは反論出来る余地が無いのか、息を詰まらせるかの様に言葉を出すことが出来ずに居た。

「アラスカは無理ですが、この位置なら、地球軍制空権内へ降りられます!突入限界点まで持ち堪えれば、敵モビルスーツは振り切る事も可能です!閣下!」

 マリューはホフマンからの異論が出ない事を確認すると、ハルバートンに対して理由を捲くし立てた。
 ハルバートンは、一瞬、眉を顰めるが納得したしたか、自らの教え子に向かって不敵に微笑む。
 
「ぬぅ……。マリュー・ラミアス。ふん!相変わらず無茶な奴だな」
「……部下は、上官に習うものですから……」
「いいだろう。アークエンジェルは直ちに降下準備に入れ。限界点までは、きっちり送ってやる。送り狼は一機も通さんぞ!」
「――はい!」

 マリューの言い分を聞き、ハルバートンは大きく頷くと、モニターに映るマリューは敬礼で返答をする。
 こうして地球降下準備に入ったアークエンジェルのブリッジは、一段と慌しく成り、補給が中止される事となった。

 イザークを始めとする突入部隊は、プトレマイオス基地で地球軍兵士達の必死の抵抗を受ける中、ようやく敵戦艦の爆破作業が終わろうとしていた。
 その時、地球軍プトレマイオス基地内、ドック第二層で爆破作業を行ってた部隊から通信が入る。

「――第二隔壁が動き始めたぞ、急げ!こちらの作業は既に終了した。俺達は撤退を始める!」
「――隔壁が動いているだと!?」
「ああ。閉じる速度が遅いが、ゆっくりはしてられんぞ!」

 入ってくる通信にイザークは苦々しい表情を浮かべ、声を上げた。
 通信の相手は逼迫した状況なのを口にすると、イザークは大声で答え、ドック第三層に残る味方機に通信を開く。
 
「――分かった!先に脱出しろ!――隔壁が動き始めたぞ!役目の終わった機体は先に脱出しろ!設置はまだか!?」
「――これが最後だ!」

 爆薬の設置をしていたジンが、イザークの声に答える。その間にも、役目を終えたジンが脱出して行く。
 残るは指揮を執るイザークが乗るブリッツ、そして護衛機と設置作業をしていたジン二機、計三機のモビルスーツだった。
 隔壁が閉じ行く中、どの位の時間を待たなければいけなかったのかと、イザークは心が焦る。このまま閉じ込められれば、死んだも同然なのだ。一秒でも早く脱出しなければならない。
 そう思っていると、スピーカーから設置終了の声が響いた。
 
「――爆薬設置完了だ!脱出しろ!」
「――よし!脱出するぞ!」

 イザークは、大声で脱出を促し、バーニアを噴かそうとした。
 その時、護衛をしていたジンが背後から敵将兵の攻撃を受け、声を上げた。

「――うわっ!……まずい、バーニアをやられた!飛べない訳じゃないが、手を貸してくれ!」
「――何だと!?まだ反撃をして来ると言うのか!?貴様は手を貸してやれ!」
「――了解!」

 イザークは、この土壇場で必死の抵抗を見せるナチュラルに脅威を感じながらも、爆薬の設置を終えたジンに指示を出した。
 爆破作業を済ませたジンは、バーニアをやられた護衛のジンに近づくと、手を差し出した。護衛のジンが、その手を掴むと残りのバーニアを噴かし、脱出の為に上昇を始めた。
 イザークはミスが無いこと確認するようにドック内を見渡し、脱出の為にバーニアを噴かした。
 その間にも地球軍兵士は、攻撃を仕掛けて来る。

「――フッ!ナチュラルどもが無駄な事を!」

 既に上昇を始めたブリッツのコックピットで、イザークは地球軍兵士の無駄な足掻きを嘲笑う。
 イザークはスロットルを一気に開き、全速力で脱出を開始した。
 そして第三隔壁を越えた頃、前方に先に脱出して行った二機のジンをモニターに捉えた。

「貴様ら、遅いぞ!」

 イザークは予想よりも二機のジンの速度が遅いことに声を上げると、無事なジンに引っ張り上げられている機体へとブリッツを併走させ、ブリッツの手をジンの腰の装甲へと差し込んだ。
 ブリッツは、ジンを押し上げる様にしながらバーニアを再び噴かすと、ジンのパイロットがイザークに声を掛ける。

「――す、済まない!」
「――黙ってろ!ペラペラ喋っていると舌を噛むぞ!」
「――あ、ああ」

 イザークは閉じ行く第二隔壁を確認すると怒鳴り声を上げる。ジンのパイロットは頷くと、言われた通りに口を噤んだ。
 隔壁は速度こそ遅いが、既にモビルスーツ三機分程の幅まで閉じかけていたが、動いているのは一組も隔壁のみで、三機を水平飛行させれば、一機分の隙間でも脱出は可能だった。
 しかし、隔壁までの距離とスピードを考えれば、隔壁を抜けるのはギリギリが良いとこだった。
 「……間に合うのか!?」と呟きながらイザークは、ひたすらバーニアを噴かし続ける。
 距離が近づくにつれ、その隔壁の口は閉じて二機分以下となって行く。

「――糞、間に合え――!」

 イザークは叫ぶと三機は水平に近い状態で、僅か一機分ギリギリの閉じ行く隔壁の間に機体を滑り込まそうとする。
 間に合わなければ、死が待っているのだ。当然、イザークは、ここで死ぬつもりは毛頭無かった。

 アークエンジェルの格納庫では補給作業が中止され、カタパルトデッキに残されたコンテナをそのままにハッチが閉じられた。
 その所為でメビウス・ゼロは出撃する事が出来ず、更にムウを苛立たせていた。

「――総員、大気圏突入準備作業を開始せよ」

 格納庫、ゼロのコックピットに大気圏突入準備に入る事を知らせる声がスピーカーから流れた。
 艦内放送を耳にした格納庫に居る者達は、更に急かされる様に忙しく動き始めた。
 その中、ゼロのコックピットでムウが毒づく様に吐き捨てると、ブリッジで指揮を執るマリューへと回線を開く姿があった。

「降りるぅ?この状況でか!?――おい!これじゃ、発進出来ねえよ!Gが二機居るんだろ!?何とかしてくれ!」
「フラガ大尉、今からの出撃は無茶です!」
「でも、来てるんだろ!?」
「本艦は降下シークエンスに入るんです!むざむざ死にに行く様な物です! 無茶言わないでください!」

 怒鳴るムウにマリューは、気持ちは分かりながらも必死に説得じみた言葉を言い続けた。
 この状態でゼロを出撃させた所で、ほんの数分の戦闘でアークエンジェルに戻る事も出来なくなる可能性も有り、下手をすれば、重力に引かれて焼け死ぬ事に成りかねない。
 その事はムウ自身も良く分かってはいたが、外でキラとアムロがアークエンジェルを守っているのだ。あまりにも補給のタイミングが悪すぎた。
 少なくとも、カタパルトデッキのコンテナを退かすのにも時間は掛かる。それだけの時間があれば戦闘など終わってしまっている。

「――ちっ!分かったよ!」

 ムウは吐き捨てると回線を切り、怒りをぶつけるかの様にヘルメットを脱ぎ捨てた。
 そしてゼロのコックピットを開放すると身を乗り出し、コンテナを運ぶメカニックマン達に怒鳴りつける。

「――カタパルトデッキのコンテナ、邪魔だ!モビルスーツが入れねえだろ!味方を殺す気か!?」
「あ?……やれやれだぜ。――おい!お前ら、とっととコンテナ奥に突っ込め!これじゃ、モビルスーツが帰ってこれねえぞ!早くしろ!」

 ムウの言う事は最もで、カタパルトデッキがあのままでは外の二機のモビルスーツは艦内に戻る事は出来ない。
 身を乗り出して怒鳴るムウを見たマードックは、呆れた様に溜息を吐いて苦笑いを浮かべると、忙しなく動く自分の部下に怒鳴り声を上げるのだった。

 補給を中止したアークエンジェルのブリッジでは、大気圏突入の為の準備が着々と進めら手居た。
 降下手順の再確認をする為に、マリューの号令がブリッジに響く。

「降下シークエンス、再確認。融除剤ジェル、噴出口、テスト!」
「降下シークエンス、チェック終了。システム、オールグリーン」
「修正軌道、降下角、六.一、シータ、プラス三」

 各クルーは確認するの為に声を上げ、マリューに報告する。
 マリューは、その声が一頻り終わると頷き、ハルバートンへと通信回線を開く。

「閣下!」
「うむ。アークエンジェル、降下開始!」
「降下開始!機関四〇%。微速前進。四秒後に、姿勢制御」

 ハルバートンはモニターの向こうで頷くと、アークエンジェルに向かって号令を出した。
 その号令に合わせ、ノイマンが操舵を開始する。

「メネラオスより、各艦コントロール。ハルバートンだ!本艦隊はこれより、大気圏突入限界点までの、アークエンジェル援護防衛戦に移行する。
厳しい戦闘であるとは思うが、彼の艦は、明日の戦局の為に決して失ってなぬ艦である。後退を掛けつつも陣形を立て直せ!第八艦隊の意地に懸けて、一機たりとも我らの後ろに敵を通すな!地球軍の底力を見せてやれ!」

 モニターは切られ姿こそ見えないが、スピーカーからは地球軍将兵に奮起を促すハルバートンの声が響き渡る。
 アークエンジェルの船体は、ハルバートンの声に後押しされるかの様に徐々に降下して行く。

「降下シークエンス、フェイズワン。大気圏突入限界点まで、七分!」
「――イージス、デュエル、先陣隊列を突破!メネラオスが応戦中!」

 ノイマンの声が大気圏突入降下シークエンスに入った事を知らせるが、そこに重なるタイミングでパルが最悪の報告の声を上げた。
 しかし、降下を始めたアークエンジェルは戻る事は出来ない。その白い船体は味方を信じ、地球へと降りて行く。

 地球軍プトレマイオス基地ドック脱出の為にイザーク達は思わぬ脱出劇の主役と成った。
 閉まろうとする隔壁の僅か一機分の隙間に機体を通さなければ、待っているのは自分達で戦艦に仕掛けた爆薬で死ぬ事となる。
 ブリッツとバーニアを破損したジンを押す様に、もう一機の無事なジンは破損したジンを引っ張り上げるように飛行し、今、正に隔壁の隙間を通り抜ける所だった。
 手を引っ張っていたジンは、ギリギリ無事に隔壁を抜けるが、ブリッツは左手でバーニアを破損したジンの腰を支えていた為、一機分以上の幅を取っていた。
 その為、続くブリッツは左肩を、バーニアを破損したジンはボディの正面を擦りつけ、加速のベクトルを殺す事となった。

「――うっ!まずい!?」

 ブリッツの左肩の先を隔壁に引っかけ、イザークは声を上げた。
 衝撃からか、ブリッツの左肩の関節が軋みを上げる。そして、次の瞬間、ボディからごっそりと左肩が千切れていた。
 それでもイザークはバーニアを噴かす。ブリッツは隔壁にボディを擦りつけ、火花散らしながらも隔壁を抜けようとした。
 機体を挟み込む様に閉じようとする隔壁。イザークとて恐怖を感じずはいられなかった。
 次の瞬間、ブリッツのボディがギリギリ隔壁を抜け出るが、脚部はまだ抜けてはおらず、擦る様に装甲から火花を散らす。既に、隔壁は脚部を挟み込もうとしていた。
 イザークはバーニアを噴かし続けるが、隔壁との摩擦で速度は思うように上がらず、膝が抜けた辺りで、再びコックピットを衝撃が襲い、肩にシートベルトか食い込んだ。

「――うわっ!」

 ブリッツは脛の辺りを隔壁に挟まれ、動きを止めていた。その左隣には、ジンが同様に膝をに隔壁に挟まれていた。
 無事に隔壁を抜けたジンが引っ張り上げようするが、既に焼け石に水の状態だった。

「――だ、頼む!た、助けてくれ!」

 ジンのパイロットは脚部を隔壁に挟まれ、身動きが取れずに恐怖の余り、助けを求める声を上げた。
 隔壁の向こう側からの振動と爆発音が伝わって来た。

「――い、いやだ!お、俺は、し、死にたくないぃぃ!」
「――くっ!うるさい!こんな所で死んで堪るか!」

 爆発音を耳にしたジンのパイロットは、更にパニックを起こた。
 イザークは悲鳴が耳障りなのか、思い切り怒鳴るとバーニアを噴かして抜け出そうとするが、隔壁に挟まれたブリッツの脚部は抜ける事は無く軋みを上げる。
 モニターで挟まれた脚部を確認し、脱出不可能だと判断すると、イザークはサーベルのスイッチを入れた。

「――うおぉぉぉ!」

 ブリッツは機体の稼動可能な関節部分をフルに動かして、無理やり左側に位置するジンの太ももを切断する。
 ジンの切断された箇所は軽く爆発を起こす。パイロットは突然の事に声を悲鳴を上げた。

「――うわっ!?」
「――こいつを連れて早く行け!」
「――わ、分かった!」
「――す、済まない!」

 イザークはジンの太ももの切断に成功したのを確認すると、無事なジンのパイロットのに怒鳴りつけ、脱出を促す。
 ジン両機のパイロットは頷くと、バーニアを噴かして脱出して行った。
 取り残されたブリッツのコックピットで、イザークはジンと同じ事をしなければ脱出出来ないと覚悟を決める。

「……こうなれば!ニコル、済まん!」

 イザークは、ブリッツの本来のパイロットであるニコルに心から謝罪をすると、ブリッツは左足膝関節の辺りをサーベルで自ら切断し始めた。
 左足が切れると軽い爆発を起こし、残った右足が隔壁から受ける圧力で軋みを上げる。
 その間にも、ブリッツの足の下から次々と起こる爆発音と振動は大きく響いて来ていた。
 イザークは焦りからか、知らぬ間にペダルを踏み込んでいた。当然、ブリッツのバーニアが噴き始める。
 その推進力で更に脚部が軋みを上げ、ブリッツの残った脚部は不自然に曲がり、機体が右側へと傾き始め、それに気付かないまま、イザークはブリッツの右足を切断した。
 
「――うわぁぁ!」

 バーニアを噴かしたままのブリッツは、当然の如く、弾かれたかの様に隔壁を一気に離れる。
 しかし、コントロールが効かなかったのか、そのままの勢いで右肩をドックの壁面に擦り付け、火花を散らしながら第一隔壁の辺りでようやく止まった。

「――ハアハア……助かったのか!?」

 コックピットの中はアラームが鳴り響き、コンソールには機体に異常を示す赤いランプが点っていた。
 ブリッツは既に両足と左腕を失い、右腕もダメージで駆動系が壊れたらしく、ただぶらさがっているだけの状態だった。幸運な事にPS装甲はまだ落ちてはいなかったが、そう持ちそうもない。
 まだ辛うじて生きているメインカメラを通して第二隔壁に目を向けると、皮肉にも予定通りに内部で戦艦が大規模な爆発を起こしたか、先程まで足を挟まれていた隔壁が飴の様に盛り上がって来るのが見えた。

「――くっ!頼む、動けよ!」

 イザークは宇宙へと繋がる第一隔壁の戦艦二隻分程しか開いていないスペースを目指してスロットルを開いた。
 ブリッツはバーニアから炎を吐き、壁面から弾かれた様に飛んだ。

「――間に合えー!」

 ブリッツはバーニアを全開にしながら突き進み、外へ出る為に機体を右方向へと旋回させる。
 すると目の前には暗い宇宙と味方の艦隊が見えた。外まで、もう二〇メートルも無い。コンマ何秒かで、到達出来る。

「――よしっ!」

 しかし、後方から爆発の炎が迫り、今にもブリッツを飲み込もうとしていた。
 ブリッツは炎を振り切る様にバーニアを噴かし、基地の外へと向かう。

「――こちらブリッツ、脱出せ――」

 機体が半ば隔壁を抜けた所でイザークは声を上げる。
 しかし、無情にも炎は、そこで黒いブリッツのボディを飲み込んだ――。
 地球軍プトレマイオス基地港口から暗黒の宇宙に向かって爆炎が吹き上げる。その様をザフト軍の将兵達は歓喜の声を上げ目撃する事となった。

 降下を始めたアークエンジェルの甲板上で、膝を着いていたストライクとνガンダムのメインカメラは、常に戦場へと向けられている。
 当然の如く、地球軍第八艦隊先鋒艦隊を突破し、第八艦隊旗艦メネラオスと交戦しながら侵攻してくるイージスを捉えていた。
 アムロがνガンダムが立ち上がると、続く様にキラはストライクを立ち上がらせ、アムロへと通信回線を開いた。
 
「来た……!?アムロさん、どうします?」
「このタイミングでか!?このままでは的になるだけだ!落とすぞ!」

 アムロは、モニターに映るイージスを最大望遠で確認すると、アークエンジェルのエネルギーケーブルをある程度引っ張り出し、移動に必要な余裕を持たせた。
 キラもアムロと同様に、イージスをカメラで確認する。
 ――アスランの狙いは僕……のはずだ!
 アムロの言葉にキラは頷くと、バーニアを軽く噴かし、慣性に任せストライクを軽く飛び立たせた。

「――待ってください!」
「……多分、イージスは僕を追ってきますよ。だから……ストライク、迎撃に出ます!」

 ストライクとνガンダムの行動を見たマリューは、二人を止める為に声を上げた。
 しかし、キラはイージスを見詰めたまま、呟く様にマリューに答えるとPS装甲を展開させ、スロットルを開いた。

「――キラ君!?」
「――ケーブル、最大まで引っ張るぞ!」

 バーニアを噴かし、アークエンジェルを離れたストライクを見て、キラの言葉の真意を分からぬまま、マリューは叫んだ。
 それと同時にアムロの声がブリッジに響き、νガンダムもストライクの後を追う様に飛び立つと、マリューは、それでも尚、二人のパイロットを止めようと声を上げる。

「二人とも待ってください!私達は、ストライクを失う訳にはいかないんです!」
「――やられたら、終わりなんですよ!それに、カタログスペックではストライクは単体でも降下可能です!」
「だけど!」

 説得するかの様に、ブリッジにキラの声が響くが、マリューは反論の声を上げようとした。
 その時、ナタルがマリューの前に歩み出て、真剣な表情で口を開く。

「艦長!本艦は今、落とされる分けにはいかないのです!フラガ大尉も出る事が出来ないのです!やるしかありません!」
「……分かったわ!」

 ナタルの言い分にマリューは苦い表情を浮かべるが、状況が状況だけに落とされる訳にも行かず、仕方ないとばかりに頷いた。
 そして、迎撃へと向かったキラとアムロに回線を開き、声を掛ける。

「ただし、フェイズスリーまでに戻って!スペック上は大丈夫でも、やった人間は居ないの!高度とタイムは常に注意して!アムロ大尉、キラ君の援護、お願いします!」
「――分かりました!」
「――了解した!」

 キラとアムロは頷くと、再びイージスへと視線を向けた。
 アムロに取っては、一年戦争当時を思わせるタイミングで有り、余りにも似通っていた。しかし、ここまで来て、アークエンジェルを落とさせる訳にはいかない。
 それは、キラに取っても同様だった。
 二人のパイロットは、それぞれの願いと役目を完遂しようとバーニアを噴かし、イージスへと向かって行った。