CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第23話_前編

Last-modified: 2007-11-10 (土) 18:20:12

窓の外は青空が広がっていた。人工とは言え、その風景は地上とそう大差無く清々しい物だった。
 しかし、ニコルが入院しているの病室へとやって来たアスランには、その青空を見る余裕すら無かった。何故なら、病室に入ってニコルの顔に巻かれた包帯に息を飲み、自分の行動が改めて迂闊だったのかと、唇を噛む事となったからだった。
 ニコルはイザーク達が見舞いに来た時の様に朗らかな声で応える事は無く、かなり厳しい声をアスランに対して向けていた。

「あの人は倒すべき敵なんです。……僕の言った事、分かってもらえますか?」
「……ああ、それは分かっているんだ。本当に済まない」
「――それなら、そんな顔をしないでください!全然、分かってないじゃないですか!」
「……っ」

 答えるアスランの表情が満足出来る物で無かったのか、ベッドに座ったままのニコルは罵声を浴びせた。
 アスランは唇を噛み反論すら口にする事すら出来ず、ニコルはそれを無視しながら言葉を吐き続ける。

「あの人は、もうアスランの友達なんかじゃないんです!倒さなければ行けない敵なんです!ちゃんと自覚してください!」
「……それは……あの時戦って、感じてはいたんだ……。キラが変わってしまったのも……」
「良くも悪くも人は変わるんですよ!あの時、僕は本当に死んだかと思いました。このままじゃ、アスラン……あなた自身が友達だった人に殺されますよ」
「――!」
「――っ!……それは……」

 ニコルの言葉に、傍らに立って二人を見守っていたフレイとアスランは顔を強張らせると息を飲んだ。そして、アスランが吐き出す様に口を開くと、包帯の間から見える瞳に怒りを滲ませたニコルが遮る。

「――分かってるって言いたいんですか!?」
「……自分の迷いが、みんなに迷惑を掛けているのは分かってるんだ」
「自覚しているなら、そう言う風に行動してください!」
「……本当に申し訳無い……」

 怒鳴り声を上げるニコルに、アスランは自分がキラにこだわり続けた結果を後悔しながら顔を歪めながら頭を下げ続けた。
 それを見かねたフレイが懇願する様にニコルに言う。

「……ねえ、もうアスランを責めないであげて」
「フレイ、アスランを甘やかすのは止めてください!それで死ぬのはアスランなんですよ!戦場じゃ、やらなきゃ、やられるだけなんです!」
「……」

 ニコルは睨む様にフレイを睨み付けると怒鳴り声を張り上げた。ニコルとて、フレイに対して怒鳴るつもりなどは無かったが、踏ん切りを着ける事が出来ないアスランがニコルを苛立たせた。
 フレイはニコルの言葉を聞き、何時までもキラを気に掛けるアスランが向かう先に、死が待っているのだと思うと何も言い返す事が出来なかった。

「……アスラン、帰ってください。……当分の間、あなたの顔を見たくありません!」
「……えっ!?」
「……ニコル」

 徐にニコルの口から出て来た言葉にフレイは驚くと、アスランは驚愕し呆然と立ち尽くした。
 病室は時が止まったかの様に重苦しい空気に包まれるが、ただ立ち尽くすアスランに対して業を煮やしたニコルが怒鳴る。

「――早く出てってください!」
「……分かった。……本当に済まなかった」
「――アスラン!」

 アスランは自分が罵られても可笑しく無い立場なのだと改めて実感し、己の甘さに唇を噛むと頷いて、再度、深々と頭を下げ病室を出て行く。
 フレイは引き留めようと呼び止めるが、アスランは振り返る事は無く扉が閉じられ、その姿が遮られた。フレイは涙を溜めながらニコルに顔を向ける。

「……どうして、あんな事言うの!?」
「……はぁ……。僕だって、好きで言う訳無いじゃないですか……。こんな怪我までして……」
「……」

 ニコルは大きく溜息を吐くと、愚痴りながら顔を背けた。
 アスランがキラを信じたばかりにニコルはキラに怪我を負わされたのだから、フレイはただ口を噤む他無かった。
 気まずい雰囲気の中、顔を背けていたニコルが包帯の下に苦笑いでも浮かべているかの様に言う。

「……これで少しは自覚してくれると良いんですけどね……。フレイ、アスランの事、追いかけてあげてください」
「えっ!?」
「アスランの事ですから、見た通り凄く落ち込んでると思います。だから……」
「……うん」

 ニコルの口から出て来る言葉を聞いたフレイは、怪我を負いながらも優しさを忘れていない事に涙腺が緩むと頷いて、病室を出て行ったアスランを追いかける。
 病室を出て行くフレイの後ろ姿を見詰めながら、「いってらっしゃい」とニコルは優しく手を振るのだった。

「――私の名は、ラクス・クラインです!ザフト、連合両軍共に武器を引き、戦いを止めてください!私はラクス・クラインです!」

 真夜中の砂漠――しかも戦場に、ラクス・クラインの声が響き渡った。そして、戦場の居た全ての者達が何事かと動きを止めた。

「――ラ、ラクス……!?」

 ストライクのコックピットの中でキラは、声の発信源――アークエンジェルへと顔を向け顔を目を見開いた。そして、盾代わりにしていたバクゥを離すと、ストライクをアークエンジェルへと旋回させる。
 その動きで思わぬ巻き添えを喰らったのが、足元に居た金色の髪を持つレジスタンスの少女だった。

「――うわっ!?お、おい!」

 金色の髪の少女――カガリ・ユラは、ストライクに繋げたワイヤーガンを手にしたままだった為に、旋回したストライクに引っ張られバギーから転げ落ちた。
 落ちた拍子にワイヤーガンを手放したカガリは、口の中に入った砂を唾を飛ばしながら吐き出すと、ストライクへと怒鳴りつける。

「こ、この馬鹿!危ないじゃないかっ!」

 カガリの声は装甲に隔てられたキラの耳に届く事は無く、アークエンジェルへと向きを変えたストライクはバーニアに火を点し大きく跳び上がった。
 それと共に、ストライクの跳躍と共に舞い上がった砂がカガリ達にパラパラと雨の様に降り注いだ。

「バッカヤッロー!」

 アークエンジェルに向かって跳び去るストライクの背に向けて、カガリの怒鳴り声が虚しく木霊した。
 その時、バギーに乗せてある通信機からノイズ交じりに重々しい男性の声がに入って来る。

「連合の腰抜けどもが攻撃を中止しやがった!一時、引き上げだ!様子を見るぞ!」
「――っ!くそっ!」

 カガリは跳び去ったストライクの後姿を睨みつけると助手席に飛び乗り、勢い良くバギーが砂丘を駆け上がって行く。
 その他のバギーも同じ様に砂を巻き上げながら後退を始めたのだった。

「――私の名は、ラクス・クラインです!ザフト、連合両軍共に武器を引き、戦いを止めてください!私はラクス・クラインです!」

 アークエンジェルのブリッジの上では右前後の脚を失い大破しながらも尚、ブリッジを潰そうとするラゴゥとそれを阻止しようとするνガンダムが対峙していたが、そこへ突然、ラクス・クラインの声が響いた。
 互いに張り詰めていた緊張感が一瞬、途切れる。

「――ラクス・クラインだと!?……一体、どうなってる!?」

 ラゴゥのコックピットでバルドフェルドが傾いたラゴゥのコックピットの中で戸惑った声を上げた。
 νガンダムに乗るアムロも同様に何事かと、足元のブリッジに向けて回線を開く。

「――アークエンジェル、どう言う事だ!?何が起こった!?」
「――おい、モビルスーツのパイロット、どう言う事だ!?死んだはずのラクス・クラインが、何故、ここにいる!?」
「……死んだ……だと!?」
「ああ、ユニウス・セブンでユーラシア艦に襲われて死んだって話しだ」
「……あの時の事か?俺達は救命艇を拾い、その中にラクス・クラインが乗っていた。そう言う事だ。……どうする?」

 アムロはふとユニウス・セブン跡宙域で地球連合軍ユーラシア所属艦と戦った事を思い出し、その時の事を目の前の敵に話しながらも隙を突き、νガンダムの右手に持たせたサーベルをラゴゥのコックピットへと近付けた。
 隙を突かれサーベルを近付けられた事で、サーベルのスイッチを押す時間差と言うアドバンテージがほぼ無くなり、バルドフェルドは苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

「……くっ!……アイシャ、どう思う?」
「……分からないわよ。あのパイロットの言う事が本当なら、間違いなく生きてなんでしょう」
「……つまらん。全く、つまらんな……。仕方無い……アークエンジェルの艦長、聞こえているか?」

 アイシャも額に汗を浮かべながらも口元に笑みを湛えて答えると、バルドフェルドは吐き捨てる様に呟いてアークエンジェルへと呼びかけた。
 突然、アークエンジェルのブリッジに響く声にマリューは戸惑いを見せる。

「――えっ、な、なに!?」
「こちらはザフト地上部隊北アフリカ方面軍指揮官、アンドリュー・バルドフェルドだ。貴艦に一時停戦を申し入れる」
「……停戦だと!?」
「……停戦!?」

 ナタルとマリューはバルドフェルドからの申し出に目を見開いた。
 マリュー自身、ラクスをブリッジに上げ、一時的に戦闘を中断出来ればと思っては居たが、まさか一時停戦を申し込まれるとは思っていなかった。

「……ラミアス艦長、お受けしてください」
「あー、受け入れられない場合は、分かっていると思うが……」

 艦長席後ろのCICの傍に立っていたラクスが静かに口を開くと、間を置かずに再びバルドフェルドの声が響いた。
 チャンドラが顔を強張らせながら叫び声を上げて無情にも報告を告げる。

「――敵モビルスーツ、多数出現!レセップスからの増援です!」
「――!」
「あの数……!」

 砂丘の頂に姿を現したザフト軍のモビルスーツに、マリューは息を飲み、ナタルは顔を顰めた。
 今、見えるだけでも三個小隊分のモビルスーツが姿を現し、砂丘の向こう側からは、まだ続いて出てくる気配が窺えた。
 そこに追い討ちを掛けるようにバルドフェルドの声が響く。

「……ラクス・クラインの件もある、こちらとしても最大限、譲歩しよう。一時停戦を受け入れ、ラクス・クライン引き渡しの交渉を行いたい。飲んでもらえるかな?」
「……分かりました、停戦を受け入れます。その前にモビルスーツを下がらせてください」

 スラスターの一部にダメージを受けたアークエンジェルに、逃げ切れるだけの力が無いのはマリューにも分かっている。
 例え、νガンダムとストライク、スカイグラスパーがあの数のモビルスーツを倒そうとしても、時間が掛かり、その間にアークエンジェルは落とされてしまう。ましてや、頭上には砂漠の虎が居るのだ。マリューはバルドフェルドの提案を受け入れる他無かった。
 意図も簡単に敵の提案を受け入れてしまう上官に対してナタルは叫ぶ。

「――艦長!」
「仕方ないでしょ!あの数を相手に戦えば確実に落とされるわ!それに敵は私達の頭の上にも居るのよ!」
「……くっ!しかし……」

 マリューは状況が状況だけに仕方ないと言う感じで、苦々しい表情で異を唱えるナタルに怒鳴った。
 ナタルにもマリューの言う事は分かるが、地球軍の士官が簡単に敵の提案を受け入れて良いのかと奥歯に力が篭った。
 だが、アークエンジェルにはこの現状を打破するだけの力は無い。

「……モビルスーツを下げて逃げられたら、お話にならないんでね。モビルスーツを下げるのは正式な書類にサインをしてからにしたい。それまでは、互いに攻撃はせずに睨み合いと言う事でどうかね?」
「……分かりました」

 バルドフェルドの提案を受け入れる他無く、マリューは神妙な面持ちで頷いた。
 アークエンジェル側が提案を受け入れた事でバルドフェルドは少しだけ安堵の表情を浮かべる。

「……受け入れ、感謝する。――おい、ダコスタ、聞こえているか?攻撃中止だ!これからアークエンジェルと交渉に入る。下手な動きをしない限りは攻撃はするな!それから、何人か護衛を寄越してくれ!」
「――了――いし――した!」

 バルドフェルドはマリューに礼を言うと、通信回線を開いてダコスタに指示を出した。Nジャマーの影響で通信にはノイズが混じるが、ラゴゥのコックピットには「了解しました」と答えたであろうダコスタの声が響いた。
 そして、そのやりとりはアークエンジェルのブリッジにも聞こえていた。

「……ストライクを下げて……って、こっちに向かっているのね……。ストライクはエネルギーも少ないでしょうから装備を変更の後に、νガンダムと共に警戒に当たらせて!」
「――分かりました!」

 マリューは大きく溜息を吐くと、指示を出しながら窓の外へと目を向けた。
 そこにはジャンプしながらアークエンジェルへと戻って来るストライクの姿が見え、マリューは指示を言い直すとミリアリアが頷いた。
 一方、アークエンジェルのブリッジの上では、未だνガンダムが武器を下ろす気配を見せてはいなかった。アムロからすれば理由は至極簡単な事で、下手に隙を見せて不意打ちをされる可能性があったからだった。
 バルドフェルドは武器を下ろそうとしないνガンダムに向かって呼びかける。

「モビルスーツのパイロット、話は聞いていたんだろう?いい加減、武器を下げてもらえないか?」
「それならば機体から降りろ。そうすれば武器下ろそう」
「……ふぅ……分かった。……ついでにだが、君の攻撃でモビルスーツが見た通り壊れてしまって動けない。下に降りるのに手を貸してもらいたいんだが、頼めるかね?」

 アムロはアグニとビームサーベルをラゴゥに突き付けたままの体勢で言うと、バルドフェルドは息を付いて頷いた。そしてコンソールを確認して、右側前後の脚を失った今のラゴゥで下に降りるのは不可能だと、バルドフェルドは肩を竦ませてアムロに降ろしてくれるよう頼んだ。
 バルドフェルドの頼みに対して、アムロは念を押す様に言う。

「……下手な真似をすれば容赦はしない。いいな?」
「そっちが何もしなければ、こちらも手出しをするつもりは無い。安心してくれ」
「……分かった。手の上に乗れ。機体は後で下ろしておく」
「済まないが、よろしく頼む」

 バルドフェルドはそう言うと、ラゴゥのコックピットを開いた。
 外の空気は冷たく、見上げれば砂漠の夜空を追い遣る様に東の空が白見始めていた。そう時間も掛からずに、やがて太陽が昇って来るのだろう。νガンダムの白と黒のコントラストが鈍い光に赤く染まって見えた。
 アムロはサーベルをラックへと収めると、νガンダムを屈めさせて空いた右手を差し出した。

「……良いモビルスーツだな」
「……ええ」

 バルドフェルドはνガンダムを見上げ、額から流れる血を拭いながらぽつりと呟くとヘルメットを外したアイシャが頷いて、二人はコックピットを離れた。
 アムロはνガンダムの右手に二人を乗せてアグニを抱えたまま立ち上がらせると、右手に乗ったバルドフェルドとアイシャに注意を促す。

「少し揺れるが落ちない様に気をつけろ」
「ああ、敵だからって振り落とさないでくれよ」

 バルドフェルドはνガンダムを見上げながら、皮肉混じりに笑いながら言った。
 νガンダムのバーニアに火が点り、ゆっくりと機体が浮き上がる。

「……夜明け……か」

 νガンダムの指の間から見える徐々に白む空を見詰めながらバルドフェルドは呟いた。

 プラントの空は帳が降り夜と言われる時間が訪れていたが、ザフト軍本部の建物から光が漏れ、まだ多くの者達が働いているのを感じさせている。
 その軍本部の一室、パトリック・ザラの執務室にラウ・ル・クルーゼが入室しよう扉の前に立っている所だった。
 扉が開かれると椅子に座っていたパトリックは眩しそうに目を細めた。

「――ん?クルーゼか」
「――は!失礼します。報告が遅れまして申し訳ありません」
「いや、構わん。それよりも良く成功させてくれた」

 クルーゼは一度敬礼をすると薄暗い執務室へと足を踏み入れ、パトリックの座る大きなデスクの前へと進んで行った。
 パトリックはクルーゼが歩いて来る中、作戦を無事遂行させた事を労う言葉を掛ける。

「ありがとうございます」

 クルーゼは立ち止まると労いの言葉に答えた。
 パトリックは満足そうな表情を浮かべると口を開く。

「これでプラントがナチュラルどもに対して有利である事を示す事が出来たはずだ。やがてプラント中が歓喜で溢れかえるだろう」
「これで次期最高評議会議長の座も決まった様な物ですな」
「――フッ、嬉しい事を言ってくれるな。それでだが、お前が上申していた勲章授与の件だが、私としてもイザーク・ジュールにネヴィラ勲章を与える事に文句は無い。今回は大々的に授与式を執り行いたい」
「……なるほど。それならば更に軍の士気は高まり、プラント中の注目を集める事となりましょう」

 パトリックの意図に気付いたクルーゼは静かに頷き笑みを湛えた。
 普段、余程の事が無い限り大々的な式典は行われてはいない。それを今回は執り行いたいと言うパトリックの意図は一つ、民衆へ誇示する事で戦意高揚を促し、戦争への道を更に加速させる事だった。
 察しの良いクルーゼに、パトリックは口元で笑うと皮肉る様に勲章を貰う者の母の事を口にする。

「フッ、最も、一番喜ぶのは本人よりも母親なのだろうがな」
「ええ、微笑ましい物です」

 クルーゼもパトリックの言いたい事に同意し微笑んだ。
 そうして少しの間、二人は遣り取りをしていると扉が開き、レイ・ユウキが姿を見せた。

「――失礼します」
「おお、ユウキか。今回は臨時編成の艦隊で良くやってくれた。礼を言うぞ」
「いいえ。私は任務に従ったまでの事です」

 ユウキはそう言うと、クルーゼが立つその隣へと進んで行った。

「そうか。しかし、流石としか言いようが無い。本当に感謝している」
「――は!ありがとうございます」

 歩いて来るユウキに向かってパトリックは頷くと、改めて労いの言葉を掛ける。ユウキはクルーゼの隣に立ち、再度、敬礼をして背筋を伸ばした。
 隣に立つクルーゼは、ユウキ体を向けると静かに口を開く。

「ユウキ隊長、私からもお礼を言わせて頂きたい」
「クルーゼ隊長、この度の作戦は見事だったな」
「ありがとうございます」

 ユウキは口元に笑みを湛えながらクルーゼの功を讃え、右手を差し出した。クルーゼはその手を取り二人は握手を交わした。
 互いの手が放れるとユウキは神妙な顔でパトリックへと向き直った。

「それでですが、仮報告書で提出した件ですが……」
「……ん、提出した件とは何かね?」
「……は?届いておりませんか?」
「私の元には、この報告書が来ただけだが?これで良いのだろう?」

 ユウキは眉を顰め確認し直す様に聞き返すと、パトリックは手元にあった報告書を軽く持ち上げて見せた。
 プラント到着前に送った仮の報告書でアスラン・ザラの軍紀違反についての報告を添付しておいたのだが、それがパトリックの手元に来ていないのは不自然過ぎた。
 ユウキはパトリックの言葉に一応頷くが、その眉間には皺が寄っていた。

「はぁ、確かにそうなのですが……」
「何か問題があったのかね?」
「ええ……。ザラ国防委員長には申し難い事ですが、アスラン・ザラの事での報告を秘匿にて付けたはずなのですが」
「……」

 パトリックはユウキの言葉に眉を顰めた。
 握りつぶしたのはアスランの事柄のみではあるが、報告をした本人が目の前に居る上に自分の立場を考えれば、怪しまれても可笑しくは無い。
 ――ちっ、ユウキめ……。
 パトリックは心の中で、ユウキの事を忌々しく思った。

「……ユウキ隊長、私の部下が何か問題を?」
「あ、ああ。命令違反を犯してな。婚約者であるラクス・クライン嬢の事が原因だとは思うのだが……」

 パトリックの心中を察したのかクルーゼが聞くと、ユウキは顔をパトリックからクルーゼへと向けて答えた。
 その二人の遣り取りを見ていたパトリックは、握りつぶした事実を悟らせぬ為、椅子から腰を上げ一芝居仕掛ける。

「……そうか、由々しき事だ。息子が迷惑を掛けた。親として頭を下げさせてもらう。……しかし、我が息子と言えど、軍規違反を犯した以上は処分せねばならない。報告の方は電波状態が悪かったのかもしれんな。
それでだが、報告が来ていない以上は何もできん。必要とあらば、再度提出をしてもらえるとありがたい」
「……了解しました。再度、提出させていただきます」
「うむ」

 まさか頭を下げるとは思っていなかったユウキは驚いた表情を見せたが、すぐに表情を正して応えると、パトリックは間を置かずに如何にも威厳有る感じで頷いた。
 クルーゼは仮面の下で微かに微笑む。それはパトリックもユウキも気付かない程に。

「お待ちください。ユウキ隊長の指揮下にあったとは言え、アスラン・ザラは私直属の部下です。部下の失態は隊長である私の責任でもあります」
「……クルーゼ」

 突然のクルーゼの申し出にユウキは、クルーゼに対して人間としては懐疑的な見方をしていただけに、部下を庇う様な行動に出るとは思わず目を丸くした。
 クルーゼは一歩足を進めると、凛とした声で言う。

「ユウキ隊長、ザラ国防委員長閣下、お二方にお願いがあります。アスラン・ザラへの処罰、私目にお任せ頂けませんでしょうか?」
「……いや、しかしそれでは――」
「部隊内で処理すると言う事か?」

 ユウキはクルーゼの言葉に「――それでは示しが着かない」と続けようとしたが、パトリックがそれを遮った。
 パトリックの問いにクルーゼは静かに頷く。

「はい。かと言って、ラクス・クライン嬢の事が原因だとしても、甘い処分を下すつもりもありません。しかし、今のプラントに彼の様な優秀な人材を遊ばせて置くだけの時間的な余裕はありません。全てを私にお任せ頂けませんでしょうか?」
「……見逃すつもりではないのだな?」
「それは勿論です。罪を犯したのならば罰せられて当然。上官としてアスラン・ザラには、それだけの帳尻は合わせさせるつもりです」

 ユウキが厳しい視線を向けると、クルーゼは胸を張って答える。
 そのクルーゼの毅然とした態度を見たユウキは考える。
 ――今回の件は一時の気の迷いだと思うが、これを気に立ち直ってくれるのならばな……。クルーゼの人としての器、見て見る機会でもあるか……。
 ユウキは考えを纏め上げると、クルーゼに対して口を開く。

「……ならば、報告書は作成するが、それをクルーゼ隊長にお預けさせて頂く。処分が甘ければ私の方から抗議させてもらう。それでどうだ?」
「ありがとうございます。ザラ国防委員長閣下、私目にお任せ頂けますでしょうか?」
「……分かった。但し、厳正な処分と報告を頼むぞ」
「――は!心得ております」

 自ら握りつぶした報告の件が立ち消えた事でパトリックは安堵しながらも、アスランの処分の件に対しては苦々しく思っていた。しかし、今更、回避出来る物でも無い。
 パトリックは眉間に皺を寄せながらも重々しく言うと、クルーゼは背筋を伸ばして応えた。
 そして、アスランの件が纏まった所で、再びユウキがパトリックに向かって口を開く。

「それからですが、今回、戦闘指揮を執っていて感じた事なのですが、アカデミーのカリキュラムも見直した方が良いかと思われます」
「……そうか。流石、FAITHを纏めている者は見ている所が違うな。私としても大いに助かる。是非とも意見書を提出してくれたまえ。プラントの防衛が掛かっている故、こちらとしても早急に対応しよう」
「――は!ありがとうございます」
「うむ。戦いで疲れている所を済まない。クルーゼや君の様に優秀な者が居るからこそ、今のプラントがあるのだ。感謝しているぞ」

 ユウキはパトリックの自分の進言を受け入れてくれた事に敬礼をすると、パトリックは話しながらユウキの前まで歩出て手を差し出した。

「恐縮であります」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます」

 パトリックはユウキの手を取り軽く握手をすると、次はクルーゼへとその手を移動させた。
 二人と握手を終えたパトリックは向き直ると、ゆっくりとした口調で言う。

「疲れた体を休めるといい。一応の報告も上がっている。君達二人には大仕事をやってもらっているからな、明日一日休みを取ってくれたまえ。意見書製作はそれからでも構わん」
「――は!ありがとうございます!それでは失礼します!」
「――は!失礼します!」

 ユウキとクルーゼは、パトリックに敬礼をすると踵を返し、薄暗い執務室を後にした。
 残されたパトリックは苦々しい顔をしながら椅子へと腰を下ろし呟く。

「……ユウキめ、余計な事を。……私の苦労を無駄にしおって。この件、クルーゼに釘を刺して置くか……」

 パトリックは背凭れに体重を預けると目を瞑り、大きく息を吐いた。

 砂漠では既に朝日が昇り、アークエンジェルのカタパルトデッキ前にはνガンダムが下ろしたラゴゥが横たえ、照りつける光はジリジリと装甲温度を上昇させていた。
 その中、外の外気と遮断されたアークエンジェルのブリッジでは、マリューとバルドフェルドにより、一時停戦に向けた交渉が行われている所だった。
 ザフト側は椅子に腰を下ろしたバルドフェルドを中心に、アイシャ、そして、五名のザフト兵。彼らは丸腰ではあるが、その代わりに外には十数機のモビルスーツがアークエンジェル右舷側でいつでも戦闘に突入出来る体勢を取っていた。
 対するアークエンジェル側はマリューを中心とし、ナタル、帰還したムウ、ラクス、そしてブリッジ要員と多くの者達が揃っていた。
 外にはアグニを構えたνガンダムと、バッテリーの残量の関係で、仕方なくダメージが残るエールストライカーパックに換装したストライクがザフト軍モビルスーツに対する様に立っている。
 停戦交渉は、二、三時間程掛かりながらも大体の条件が纏まり、互いに確認しあう段階へと移っていた。
 額に包帯を巻いたバルドフェルドがメモを手に取り、目を通すと念押しするかの様にマリューに言う。

「――これで条件は良いかな、マリュー・ラミアス艦長?」
「ええ、これでお願いします」
「それでは、これを文書化した上で調印、停戦としよう」
「ええ。これを文書化してもらえる?」

 バルドフェルドの提案にマリューは頷くと、ミリアリアにメモを手渡した。
 ミリアリアは「分かりました」と言ってCICへと戻りタイプを打ち始める。その傍らではナタルが文章の内容を確認しながら指示を与えていた。
 一仕事終えたとばかりにバルドフェルドが背凭れに体重を掛けると、ブリッジ内を見回しながら楽しそうに言った。

「それにしても良い船だ。それに艦載機やパイロットの腕も良いと来てる。クルーゼやユウキが取り逃がすのも無理は無い」
「それはそれは、お褒めに預かり恐悦至極でございますよ」
「まぁ、そう嫌な顔をしないで欲しいな。エンデュミオンの鷹殿」

 ムウが皮肉混じりに言うと、バルドフェルドは薄い笑みを浮かべて応えた。
 その遣り取りを見ていたブリッジに居る者達の表情が強張り緊張が張り詰める。

「フラガ少佐……まだ調印が済んでいないんです、刺激しないでください」
「フン、分かったよ!悪かったな、砂漠の虎さんよ」

 見かねたマリューが困った表情を浮かべながら言うと、バルドフェルドが気に食わない様子のムウは顔を背けて謝罪の言葉を口にするが、誰が見ても謝っている様には見えなかった。
 それを見ていたバルドフェルドは可笑しそうに笑みを零しながら言う。

「フッ……こんな機会は滅多に無いんだ、停戦の時ぐらいは仲良くしようじゃないか」
「だがな、こっちはそうもして居られないんでね」
「そりゃ、またどうして?」
「新米を抱えてんだ。仲良くする暇があるなら、訓練させにゃいかんのさ」

 興味を示した様に言うバルドフェルドに対し、ムウは顎で自分の後ろに立つトールを指して答えた。
 一応の納得をしたバルドフェルドは肩を竦めながら、薄ら笑いを浮かべる。

「……なるほど。まあ、訓練するなら、取り決め通りに通達を貰えれば飛行空域を設定する。その範囲内なら、いくら飛んでくれても構わんよ。お互い不可侵な訳だからな。しかし、エンデュミオンの鷹が育てる人間か……。鷹か鳶か、楽しみな物だな」
「それはあんたには関係無い話だ。どの道、見張り立てて性能を確かめんだろ?」
「それはお互い様って事さ」

 トールに目を向けた敵将に対し、ムウは突き放す様に言うと、納得してくれと言わんばかりに、その敵将であるバルドフェルドは答えた。
 その時、チャンドラの声がマリューに向かって掛けられた。

「――艦長、左舷より所属不明の車両が近付いています!」
「所属不明って……?」
「ああ、きっとレジスタンスの連中だろ?」

 眉を顰め聞き返すマリューに、バルドフェルドはレジスタンスの車両など見えぬ窓の外に目を向けながら答えた。
 マリューは律儀にもバルドフェルドの目線の先を追った。

「レジスタンス……ですか?」
「そうだ。我々は君達、連合の相手ばかりをしている訳では無いからね。まぁ、最もこうなった以上は、レジスタンスが君達に攻撃を仕掛けて来た場合は我々が守ろう。そうなった時は手を貸して貰えると有り難いんだがな」
「おいおい、敵の味方をしろって言うのか?」

 ムウはバルドフェルドの申し出に呆れた表情を見せると、そのバルドフェルドは頷くと顔の前で手を組んで言う。

「ああ、君達の船を襲って来た場合の話しだがね。レジスタンスが我々を攻撃して来た場合は、その限りでは無い。君達は高見の見物と洒落込めるんだ、良い話しとは思わないか?」
「ラクスさんの引き渡しが終わるまでは――と、言う事ですね?」
「そう言う事だ。それまでは、互いに戦う事は禁止。君達はレジスタンスの味方をする必要も無い。これだけの好条件を飲まないとしたら愚者としか思えんよ」

 マリューが確認するかの様に聞き返すと、バルドフェルドは薄い笑いを湛えながら答えた。
 少し考える素振りを見せたマリューは軽く頷くと引き締まった表情を向ける。

「……先程言った通り、私達は停戦を結ぶ意志に変わりはありません。それでは、その条項を新たに明記します」
「大いに結構」
「レジスタンスに対して警戒を。警備に伝えて!それから、バジルール少尉、今の話し聞いていたわね?」
「分かりました」
「ええ、了解しています」

 バルドフェルドが満足そうに頷くと、マリューはチャンドラとナタルに指示を出した。それぞれが頷き、指示を出して行く。
 ナタルは口頭で追加条文をミリアリアに伝え、タイプさせて行く。
 数分が経ち、停戦協定調印書が二枚吐き出される。それをナタルは手に取ると不備が無いか確認を始める。

「……不備は無いな。艦長、お待たせしました」
「ええ、バジルール中尉」

 ナタルから調印書を受け取ったマリューは紙に目を落とした。そして、一通り目を通すと、バルドフェルドに調印書を差し出す。

「……これで大丈夫ね。――どうぞ、ご確認ください」
「ああ、ありがとう……ふむ、問題は無い様だ。早速だが、お互いにサインを取り交わして休戦としよう」
「分かりました」

 バルドフェルドも内容を確認し終え、二人は二枚の紙に自分の名をサインして行く。
 それぞれが停戦協定調印書を交換すると、満足そうに笑みを湛えたバルドフェルドが立ち上がる。

「さて、これで正式に休戦と成った訳だ。この取り決めが破られない事を期待する」
「ええ、分かっています」

 マリューも頷くと席を立ってバルドフェルドと握手を交わした。

「おい、ダコスタに連絡してモビルスーツを下がらせろ」
「――は!」
「こちらもモビルスーツを下がらせて!」

 停戦協定に則って、バルドフェルドが自分の後ろに立つ部下に指示を出すと、マリューも同じ様に指示を出した。
 ここにアークエンジェルとバルドフェルド隊の停戦が締結され、モビルスーツ同士の睨み合いが終了した。