アークエンジェルの格納庫には役目を終えたνガンダムとストライクがハンガーに納まろうといていた。
開放されたエアロックはそのままに、熱い外気を運んで来る。
アムロがνガンダムから降りて来ると、目の下に薄っすら隈を作ったマードックが声を掛けて来た。
「――お疲れさんです!」
「マードック、大丈夫か?戦闘が始まった時には寝ていたのだろう?」
「ええ、お陰で寝不足ですよ」
アムロが顔色を見て気遣う言葉を掛けると、マードックはくたびれた様子で首の後ろを摩りながら頷いた。
その向こう側では、ストライクを降りて来たキラが、整備兵に声を掛けている姿があった。
「――整備、お願いします!――お疲れ様です!」
キラは整備兵の一人に頭を下げると、二人の元へと駆け寄った。
「おう、坊主!あの状態で良く帰って来たな」
「でも、援護が無かったら、今頃やられてたと思います」
マードックが声を掛けると、キラは軽く首を振って答えた。
謙虚な姿を見せるコーディネイターの少年に、マードックは笑みを浮かべながら少年の背中を軽く叩く。
「何であれ、あの状態で良くやった。お前は病み上がりなんだし、体を休めろ」
「はい、そうさせてもらいます。ストライクをお願いします」
「言われなくてもやっとくさ」
キラはそう気遣って貰えるのが嬉しいのか、軽い笑みを受けべて頷くと頭を下げると、マードックは頷いて応えた。
ヘリオポリスからここまで、運命を共にして来たアークエンジェルの整備兵達は、コーディネイターであるキラの事を自分達の仲間として見ている者が多かった。それも懸命に戦い、アークエンジェルを守ろうとするキラの姿を知っているからだった。
それはアムロも同様であり、通り掛る整備兵が二人のパイロットに労いの言葉を掛けては、自分の仕事へと戻って行く。
そうしていると、カタパルトデッキの方からレジスタンスと警備兵が言い合う声が聞こえて来た。距離がある為、良くは聞き取れないが若い女性の声や野太い男性の怒鳴り声が聞こえて来ていた。
「……ザフト兵も艦内に来ている。外の連中の事もあるからな、念の為にコックピットをロックしておいてくれ」
「分かりました。エアロックもすぐに閉じさせます。おい、お前ら――」
カタパルトデッキへと顔を向けたアムロが言うと、マードックは頷いて部下である整備兵達に指示を出し始めた。
マードックが二人の元を離れると、アムロはキラの背中を軽く叩いて言った。
「さあ行くぞ、キラ」
「あ、はい!」
カタパルトデッキに目を向けていたキラは頷くと、アムロと共にパイロットルームへと向かって歩き始めた。その途中、気に掛かる事があったのか、隣を歩くアムロに声を掛ける。
「……あの、アムロさん」
「どうした?」
「さっき、どうしてラクスがあんな事……したのか、僕には分からなくて……」
「俺にも聞かれてもな……詳しい事は分からないさ。ただ、今分かるのは、ラクス・クラインが戦闘を中止させる程の力を持っていた。と言う位の事だな」
アムロはキラの質問に対して、ラクスの行動がどうして行われたかなど、アムロが事実を知る訳は無く、一度首を振ると、ラクス・クラインと言う少女が、どれだけの力を持っているのかと言う事のみに対してだけ言及した。
「……それをラミアス艦長が利用した……んですか?」
キラは少し俯くと苦々しい表情で言い難そうにアムロに聞き返した。
ここまで共に苦楽を共にして来たマリューが、ラクスを人質として使ったのではないかと、キラが疑念を抱き始めているのにアムロは気付いた。
「……そう言う事か……。脅迫したのか、それとも自主的にラクス・クラインが行ったのかは知らないが、ラミアス艦長に他意は無くとも、そうさせてしまったと言う事は事実だからな。俺としては何とも言い兼ねるな」
「でも、それって人質と……同じじゃないですか……」
苦々しい表情のままキラは顔を上げて言った。
キラと言う少年は多感な思春期に有りがちなナイーヴな面を今まで、多々見せる事が多かった。だが、そのナイーヴさは、戦う者として諸刃の剣にも成りうる。その危険さを知るアムロは、考え過ぎるなと言わんばかりに突き放す言い方をする。
「……だとしても、起きてしまった事を無かった事には出来ない。真相はブリッジに行けば分かるさ」
「……そんな!?」
キラはアムロの冷たい言い様に、思わず顔を強張らせ足を止めた。
アムロは一瞬、振り返りはするが、そのまま歩き続けながら低めの声で言う。
「……キラ、お前は敵側であるラクス・クラインと関わり過ぎている。俺と同じ事を繰り返すつもりか?」
「……えっ!?……同じ事って?」
キラは驚いて小走りでアムロの隣へと並び、横顔を見詰める。
アムロは真っ直ぐ前を見据え、歩みを止める事無く、ゆっくりと話し始める。
「……俺は一年戦争当時、同じニュータイプだったララァ・スンを殺している……。彼女は軍人だったとは言え、殺してはいけない人だった」
「……僕とラクスが……同じとでも言うんですか?」
「ラクス・クラインはハロを持って居た。何かしらの関わりが有っても可笑しくは無い。今は民間人だとしても、この先、敵対する可能性が無い訳では無いだろう」
「ラクスは……そんな事……」
キラはそう言うが、アムロの言う通り未来の事など分かりはしない。ましてや、ラクスはアスランの婚約者である以上確信が持てず、言葉を続ける事が出来なかった。
顔を伏せながら歩くキラに、アムロは苛立ちを隠しながら言う。
「僕はキラに同じ道を辿って欲しくは無い。関わり合うなとは言わないが、敵対する国の住人である以上、線は引いて置いた方が良い」
「僕だって……ラクスを殺したくなんか無いですよ……」
「全てが起こってからでは遅す過ぎるんだ」
様々な戦いを経験し、殺してはいけない人を殺めてしまったアムロの言葉がキラに圧し掛かる。
「……アムロさんは、その……ララァさんの事を……後悔しているんですか?」
「……今でも夢に出て来る。敵とは言え、互いを分かり合えた存在を殺してしまったのだからな……。だからこそ、ララァに母親を求めたシャアは、隕石を落としてまで俺と決着を着けたがったのさ……」
「……そんな事って!」
「νガンダムの中で見ただろう?……全て事実だ」
たかが女性一人の復讐の為にシャアと言う人は地球に隕石を落とすなど、普通ならば到底考えられないが、アムロが言う様に、ヘリオポリスでνガンダムのコックピットで見た戦闘記録は事実であり、キラは現実にあった事なのだと絶句する他無かった。
そうして居ると、あまりの事に言葉が出て来ないキラに向かって、アムロが徐に口を開いた。
「考え過ぎかもしれないが、キラに取っては、アスラン・ザラがシャアに当たる人間なのかもしれない。気をつけた方が良い」
「……アスランが!?」
「嫌な言い方になるが、全てに可能性が無い訳じゃ無い。戦っている以上、敵である事には間違いないのだからな」
既にキラはアスランと戦い、完全な敵対関係となっている。それを否定する事はキラ自身、出来る訳も無く、アスランがシャアと言う人物に当たらないとしても、アムロの言う事は正しく現実の事なのだ。
アムロの過去と自分の未来が重なる可能性が有ると思うと、キラは気が重くなった。そして、そうは思いたくないと、躊躇いがちに床を見詰めながら言う。
「……そう……ですね。でも、ラクスやアスランが、ララァさんやシャアって言う人と同じだとは思いたく無いです……」
「ああ、キラは僕では無いからな。……同じ事になるとは限らないさ」
「はい。……嫌な事聞いてしまって済みませんでした」
アムロは静かに応え、元気を出せと言わんばかりに片手でキラの背中を押した。すると、キラは顔を上げて頷き、アムロに対して心から謝罪した。
二人は格納庫の扉を出て通路に来た所で、キラは思い出した様に呟く。
「そう言えば、あの……レジスタンス……」
「ん?ああ。戦闘中に出て来た事を考えれば、俺達に恩を売ってザフトを討たせようとしたんだろうが、当てが外れたと言った所なのだろう」
「もしもあの時、僕がレジスタンスの指示に従っていれば、彼らはザフト軍から開放された……んですか?」
「いや、それは無いだろう。あったとしても一時的な物だ。どこかの国なり組織がバックが付いているなら話は別だろうが、民間の寄せ集めが正規の軍隊に勝てる程、戦いは甘くは無いさ」
「それなら僕達が彼等を助けてあげても……」
キラはアムロに訴えるかける。が、アムロは未だ軍人としては甘すぎる考えをするキラを善しとは思わなかった。
アムロは歩みを止める事無く、キラに向かって告げる。
「……突き放す言い方をするが、俺達は正義の味方じゃない。軍人となったキラが気に留める必要は無いんだ」
「――そんな!」
「自分の正義感だけを振りかざして戦うな。軍と言う組織はそう言う所だ」
「それじゃ、彼らを見捨てろって言うんですか!?」
アムロの言葉にキラは信じられないと言う表情で叫んだ。
軽く溜息を吐いたアムロは、足を止めて振り返ると淡々と語り始める。
「……悪く言えばそう言う事だ。泡良く俺達が彼らを助け、ザフト軍から開放したとしても、俺達が出て行けば無政府状態となる事を避ける名目で他国の軍が介入して来る可能性もある。上手く自分達で臨時政府を樹立したとしても、派閥や利害から内戦が起こる可能性も高い。
彼らは彼らの目的の為にしか動いてないのだから、政治が安定するまで連合軍が駐留する事になれば、それを良しとしない別のレジスタンスが組織される可能性も否定出来ない」
「……それじゃ、戦いなんて終わらないじゃないですか!」
「だからこそ、人のエゴを押さえ込むだけの力が必要となるんだろう。キラは自分がストライクに乗り、何故、軍人として戦って居るのか考えてみると良い」
「……エゴを押さえ込むって……、その為に戦うなんて僕には……」
キラは唇を噛みながら呟いた。
アムロは悔しそうな表情を見せるキラに向かって言う。
「キラ、その人間が地球さえ破壊するんだ。だからこそ、世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろう」
「……シャアと言う人みたいにエゴで隕石を落とそうとするなんて、僕は考えたくも無いです」
「……でなければ、俺だってシャアと戦って無いさ。俺は奴程、急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない。必ず人類は乗り越えて行けるさ」
「……僕だって、そう思いたいですよ」
アムロは一瞬、厳しい目付きを見せると髪を掻き上げ、再び歩き始める。その後を追う様に歩き始めたキラは呟く様に言った。
空気が固まった様な雰囲気の中を二人は歩いて行く。
徐々に冷静になって来たキラは、アムロに対して物凄く生意気な言葉を言ったのではないかと後悔をし始めていた。しかし、口に出さなければ何も通じない。
キラは躊躇しながらも前を歩くアムロに声を掛けた。
「……あっ、あのアムロさん……す、済みません……生意気な事を言って……」
「気にしなくて良い。実際の所、この世界の人間では無い俺が、戦いに介入して良い物なのかと、色々と考えさせられる事も多いからな」
謝罪をして来たキラに、アムロは首を振って応えると、足を止めてキラが隣に来るのを待った。
キラはアムロの隣に来ると、ゆっくりと口を開き、共に歩き始める。
「……でも、アムロさんが居なかったら、今頃どうなっていたか分からないです……」
「それは買い被りすぎだ。俺は今を生きる為に行動しているにしか過ぎない。この世界を良い方向に導くのは元からこの世界に住む、キラ、お前達の役目だろうに」
「……世界を良い方向に?……僕達の役目……ですか?」
「ああ。本来なら俺が介入すべき事では無いはずだからな」
意外な言葉にキラは目を丸くすると、アムロが前を見据えたまま言った。
だが、そのアムロでさえ、この世界に放り込まれ、既に本来の流れさえ変えてしまっている事に気付きはしない。
キラは共にここまで一緒にやって来たアムロが、その様な言葉を言う事に一抹の寂しさを感じて聞き返す。
「……あの……それは、アムロさんも一緒にじゃ、駄目なんですか?」
「そうしなければならないのなら、俺もそうするさ」
「……出来ると思いますか?」
「……気休めでも出来ると信じなければ、何も出来ないだろう」
「……そう……ですよね」
アムロの言葉にキラは頷くと、真っ直ぐ前を見据えて歩いて行く。
キラはこの時を境に友達、仲間を守ると言う戦いだけでは無く、人類を守る為の戦いを少しずつ考え始める様になる。
窓の外には街の灯りが瞬いていた。そこには多くの人達が集い、楽しんでいるのだと容易に想像がついた。
ベッドに腰を掛けたアスランは、既に夜となった窓の外を眺めていた
フレイに見送られ、軍病院から戻って以降、パトリックの言い付けを守り自室で謹慎に入っていた。頭の中では今までの事が思い出されたが、その度にフレイとニコルの顔が思い出された。
理由は至極簡単で、病室を出た後、落ち込むアスランをフレイが勇気付けたのと、ニコルが本気で怒ったのでは無いのだと聞かされた事が原因だった。それが無ければ、今頃、自分は暗い思考の中を彷徨っていただろう。
何であれ、今は感謝し切れないほどフレイとニコルには恩を感じていた。
その時、来客を告げるチャイムが鳴った。
「――はい」
アスランは立ち上がって扉の所まで行き、コンソールパネルに有るボタンを押すと、空気が抜ける音と共に扉が横へとスライドする。
驚いた事に、そこにはクルーゼが立っていた。
アスランは慌てて敬礼をする。
「――た、隊長!?……失礼しました!」
「うむ。失礼するがいいかな?」
「――は!散らかっておりますがどうぞ。それから……」
アスランはクルーゼを部屋へと招き入れると、来客を持て成す物が一切無い事に気付き、バツが悪そうな表情を見せた。
クルーゼは殺風景な部屋を一度見回すと、苦笑いを浮かべる。
「アスラン、気遣いは無用だ」
「――は!それにしても隊長自ら、何故、ここに?」
「それはユウキ隊長から話を聞いてな。事の内容を確かめに来た」
「……はい。あ、椅子をどうぞ」
クルーゼはここに赴いた用件を言うと、アスランは頷く。そして、立ったままなのに気付き、クルーゼに椅子を勧めた。
椅子へと腰を下ろすとクルーゼは口を開いた。
「うむ、ありがとう。君も楽にしてくれ。……それでだが、ユウキ隊長はラクス・クライン嬢が事の原因ではないかと言っては居たが、話を聞けばその戦場にはアークエンジェルも居たと聞く。どうなのだ?」
「……はい。キラ・ヤマトと戦いました」
「その結果、ニコルを含む多数の死傷者が出たと言う訳か」
立ったままのアスランは、問いに対して事実通りキラ戦った事を告げると、クルーゼは足を組み問い返した。
「……はい」
「それで君は、友人のキラ・ヤマト君を倒すつもりはあるのか?」
「……それは勿論――」
素直に答えるアスランにクルーゼは徐に質問をした。
その問いにアスランは口を開くが、言い掛けた所でクルーゼの口から出た言葉が遮る。
「――彼の乗るモビルスーツ、ストライクと言ったか?あのモビルスーツに因って、私の部下であるニコルが傷付けられた。君は昔の友人と今の仲間、どちらを取るのだ?」
「……それは勿論、今の仲間を取ります」
「……そうか。ならば、これからも戦えるな?」
「はい」
優秀な部下の選択にクルーゼは笑みを湛えて聞き返すと、怪我を負ってまで自分に気を使うニコルの事を思い、アスランは頷いた。
その様子を見たクルーゼは、まだアスランは使えると判断すると皮肉交じりに言う。
「ならば、お父上の期待を裏切らぬ為にも今まで以上に働く事だ。それで処分についてだが……」
「どの様な処分も受ける覚悟は出来ています」
「……ほう、ならば話は早い。形ばかりではあるが少しの間、独居房の中に入ってもらう」
「……はい。しかし、それだけで済まされる様な罪では無いと……」
「うむ、その通りだ。然るべき時に任務と言う名の罰を与える」
クルーゼから出て来た言葉にアスランは唖然とした。それは、独房で拘束される以外は通常の任務と変わらない内容なのだ。
報告など握り潰す事など厭わない父に因って決定されたのではないかと、釈然としないアスランはクルーゼに抗議する。
「しかし、それでは!」
「分からないのか?私は君がパトリック・ザラの息子だからと言って、甘やかすつもりは毛頭無いぞ。君は死んでいった者達の為に死を覚悟した方が良い。理解出来たか?」
恐ろしい程、冷たく笑みを湛えるクルーゼの口から出て来る言葉に、アスランは恐ろしい何かを感じた。
だが、それだけの罪を自分自身は背負っているのだから、どの様な任務を与えられようと頷く以外には無い。
「……分かりました」
「それでは明朝〇九〇〇時、軍本部に出頭し、後に独房入りとする」
「アスラン・ザラ、了解しました!」
クルーゼは立ち上がって命令口調で告げると、アスランは背筋を伸ばして命令を受領する。
アスランはこの先、自分の手が何を行うのかさえ知る事は無かった。