砂漠では日が徐々に高くなり、落ちる影を短くしていた。
空調の利いたアークエンジェルのブリッジでは停戦協定調印が済んだ事で乗組員達の中には、安堵の表情を浮かべて居る者たちさえあった。
ブリッジの扉が開き、制服姿のアムロとキラが入って来た。その二人を見たバルドフェルドが口元に笑みを浮かべた。
「ようやく御出座しか」
「えっ!?……あ、キラ」
ラクスは振り向いてキラを見詰めるが、当のキラはアムロと共にムウやナタルと挨拶を交わし、何やら話し込んでいるようだった。
そうして居るとキラは一人離れ、マリューの元へと歩み寄って行く。勿論、ラクスは傍マリューの居るのだから、近くを通る事と成る。
キラは歩いて来る途中、少しだけラクスに目を向けるが、強引に唇を奪ってしまった負い目から直ぐに目線を外した。そして、立ち止まるとマリューに声を掛けた。
「あの、ラミアス艦長、お話があります」
「なにかしら?」
バルドフェルド達が居る事もあって、マリューは立ち上がると、キラに通路へ行くようにと促した。キラは頷き、踵を返してブリッジの扉へと向かって行く。
マリューは「失礼」と言って席を離れるが、一応のザフト側にラクスを拉致させない為に、その場にラクスを残そうとはせず、ナタルと共にラクスを引き連れてブリッジの外へと向かった。
扉の外で待つキラの表情はかなり険しく、マリューは扉が閉まるのを待って、躊躇いがちにだが用件を聞く為に声を掛けた。
「……何かしら?」
「あの、ラクスを……ラクス・クラインを人質として使ったんですか?」
「それは――」
キラの口から出て来た言葉にマリューは、結果的に人質と同じと採られても仕方が無いかと感じつつ、事の顛末を話そうと口を開くが、ナタルの一喝がそれを遮る。
「――ヤマト少尉、口を慎め!」
「――だけど!」
キラはナタルに向かって怒鳴るが、それで気が収まる気配は見せてはいなかった。
ラクスは自分が止めなければと、キラを止めようとする。
「キラ、違うんです!」
「――ラクスは黙ってて!」
キラはラクスに怒鳴るが、ラクスも必死に食い下がった。
「――キラ、お願いですから聞いてください!ラミアス艦長は私のお願いを聞いてくださっただけなのです!」
「――!……っ」
「……お願いです……だから……」
ラクスの言葉にキラは息を飲むと、苦々しい表情を見せた。懇願するラクスの視線がキラに突き刺さる。
ナタルとて、この様な事態になってしまったのは仕方が無い事ではあるが、本来は喜ぶような事では無いのだ。
居た堪れないであろうキラに同情しつつ、ナタルが静かに声を掛けた。
「……分かったか、ヤマト少尉」
「……ラミアス艦長、……済みませんでした」
キラは少しだけ頷くとマリューに頭を下げて踵を返し、ブリッジの中へと向かおうとした。
マリューこの様な選択肢を選んでしまった事もあり、自分の不甲斐なさも相まってキラの背中に向かって言った。
「……こんな事になってしまって、ごめんなさいね」
「……いいえ」
「あの……キラ」
キラは扉を開けようとスイッチに手を掛けると首を振って応えると、ラクスが呼び止める。しかし、キラは「……ごめん」と言って、扉を開けてブリッジへと入って行った。
ラクスにはキラが言葉が何に対しての謝罪であったのか理解が出来ず、寂しそうな顔を見せた。
通路に居た全員がブリッジに戻るとマリューは椅子に腰を下ろし、社交辞令としてバルドフェルドに謝罪をした。
「……お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「いいや。それで、あの少年がストライクのパイロット?」
「それはお答えしかねます」
バルドフェルドは首を振り、アムロやムウと共に離れた位置に立つキラを見て質問すると、マリューは真面目な顔をして答えた。
「まあ、そんなケチな事を言わないで欲しいな。そして、あっちの彼がνガンダムとかって言うモビルスーツのパイロットだろ?声で分かるさ」
肩を竦ませてバルドフェルド言うと席を立って、アムロとキラの方に歩み寄って行った。そして、最初にキラの前へと立ち、声を掛けた。
「少年、良い目をしてるな。アンドリュー・バルドフェルドだ。名前は?」
「……答える必要があるんですか?」
キラの厳しい視線がバルドフェルドへと向けられる。キラに取っては、バルドフェルドはアークエンジェルの敵であり、ラクスを攫って行く存在でしかなかった。
バルドフェルドは微かに微笑むと、手を差し出して言う。
「こっちが名乗ったんだ。礼儀として、教えてくれても罰は当たらんだろ」
「……キラ……キラ・ヤマト……少尉です」
キラは嫌そうな顔をすると、仕方なく自分の名前を口にするが、決してバルドフェルドの差し出した手を取ろうとはしなかった。
バルドフェルドは肩を竦めると手を下げてキラに問い掛ける。
「……キラ・ヤマト少尉、君はコーディネイターだろう?」
「――!……コーディネイターが地球軍に居ては可笑しいですか?」
「……いやいや、そんな事は無いさ。ただ、理由を知りたかっただけさ」
「僕はあなたに言うつもりはありません」
「フッ。そうか、まあ良い。少しの間、よろしく頼む」
キラは敵意むき出しの視線を向けて答えるが、バルドフェルドは余裕を見せ付ける様に軽く笑みを浮かべながらキラに応え、次にアムロの方へと足を向けた。
「アンドリュー・バルドフェルドだ。さっきの戦い振りは見事だった。正直、死ぬかと思ったさ」
バルドフェルドはつい数時間前に戦ったアムロに手を差し出しながら言った。
アムロは肩を竦めると、その差し出された手を取り握手を交わして応える。
「アムロ・レイ大尉だ。まさか、指揮官自ら出て来るとはな……」
「いやいや、君の戦い振りを見ていたら気が抑えられなくなってな。君もストライクの……キラ・ヤマト少尉同様、コーディネイターかい?」
「知る意味があると言うのか?」
「あれだけの戦いをする相手の事を知りたくもなるのさ」
アムロが問い返すと、バルドフェルドは真っ直ぐ見据えながら答えた。
一瞬、アムロは素直に答えていい物なのかと、ムウの方に目線を投げるが、そのムウは虎の事を驚かせてやれと言わんばかりにニヤケた表情を見せていた。
アムロは溜息を小さく吐くと、バルドフェルドに向かって告げる。
「……君達の言う所のナチュラルだ」
「――!?……これはまた……面白い言い方をする。……突然変異とでも言うのかな?それともOSの力か?……違うな、あの判断力に操縦技術、天性の素質とでも言えば良いのかな?」
バルドフェルドはキラと同じコーディネイターと思っていたのだろう。顔を強張らせながらも面白い物を見つけたとばかりに、興味深々の様子で語りかけて来た。
アムロはこれ以上答えるつもりは無いと言う様な感じで答える。
「……どうとでも取れば良いさ」
「……君は恐ろしい男だな」
「――ねえ、アンディ。私も良いかしら?」
バルドフェルドは眉間に皺を寄せ目を細めて呟くと、後ろから声が掛けられた。
振り返るとアイシャが歩み出て来て、パートナーの傍へと立った。バルドフェルドは頷き、アムロにアイシャの紹介を始める。
「ああ、構わんよ。一度見て分かっていると思うが、アイシャだ。ラゴゥの砲手をしている」
「よろしく、アムロ・レイ大尉」
「ああ、こちらこそ」
アイシャははにかむ様な表情でが手を差し出すと、アムロはその手を取って握手を交わした。
そして、手が離れるとアイシャが微笑を湛えたままの目を真っ直ぐ向けながら言った。
「あなた、嫉妬しそうなくらい強いわね」
「……偶然だろう」
「私には分かるの。あなたは強いわ。休戦の間は仲良くしましょう」
「……そちらが協定を破らなければな」
楽しそうに言うアイシャに、アムロは真面目な顔を向けて応えた。
アイシャは少し首を傾けて話し始めると、バルドフェルドの方に顔を向ける。
「大丈夫よ、アンディは約束は破らないもの。あなた達と正面から戦いたいんだから。ねえ、そうでしょう、アンディ?」
「まあ、そう言う事だ。今のうちに修理はしておいてくれ。君達とはつまらん戦いをしたくないからな」
バルドフェルドは不敵な笑みを湛えると、頷いてアークエンジェルのパイロット達に向かって言った。
「――待ってください!命の恩人に対して、その様な事、私は許しません!私がここに居る限り、攻撃などさせませんわ!」
ブリッジにラクスの声が響き、その場に居た全員の目がラクスへと注がれた。
ラクスの表情は、ザフト軍の者達に取っては、モニターで見知っている穏やかな物とは違い、驚く程、真剣な物だった。
プラント最高評議会議長の令嬢の言葉に肩を竦ませると、諦めを含んだ軽い口調で言う。
「フッ、と言う事だ。僕は次の機会がある事に期待するしかない訳だ。まあ、こんな機会も中々無いからな、今の間だけでも仲良くしようじゃないか。ラミアス艦長、こちらから食料と水、その他の物資を供給させてもらおう」
「――えっ!?……どうしてですか?」
「君達はラクス嬢の命の恩人なんだろう?毒を盛ったりするつもりも無い。歌姫からの感謝の気持ちと思って受け取ってくれ」
「……お気持ちは有り難いですが、しかし……」
マリューは眉を八の字の様にして、見るからに困った表情を浮かべていた。
そこへムウが助け舟を出すかの様に声を掛ける。
「攻撃して来ないって言ってるんだし、向こうが申し出てんだ。良いんじゃないの?」
「フラガ大尉!?」
「最も、毒を盛られたり、奇襲されなけりゃな。そうだな……、医者を遣して貰えるか?そっちの軍医とかはやめてくれ。何をされるか分からん」
「……分かった、腕の良い町医者を送らせる事にする。ただし、ラクス・クラインのDNA鑑定は軍医を使わせて貰う。さて、こちらからも頼みがあるんだが、聞いて貰いたい」
ムウの要求に頷くと、バルドフェルドはささやかな願いを聞き入れる様、アークエンジェル側に申し込む。
マリューは困った表情のまま聞き返した。
「……何でしょう?」
「君達を私の屋敷に招待したい。食事でもどうかな?」
「……それはいくら何でも」
「無理か?それなら俺がこっちに来よう。食事じゃなくても良い。どうだい?」
「……理由が分かりません。どうしてですか?」
マリューはバルドフェルドが何を考えているのか分からす聞き返した。
腰に手を当てるとバルドフェルドはマリュー達に取って、意外な言葉を口にする。
「ああ、彼らと話してみたいのさ。この戦争の事をね。こんな事がなければ、お互い話す機会なんてないだろう」
「……はぁ。……いきなりドカン!なんて事は無いんだろうな?」
「勿論だ。歌姫に誓って約束しよう」
ムウは毒気を抜かれたのか、これ見よがしに溜息を吐いて言うと、バルドフェルドは頷いてラクスを顎で指して答えた。
マリューは砂漠の虎と呼ばれる男が少なくとも約束を守る人物だと理解すると、機嫌を損ねるのも不味いと思い、一応、制限の中でなら許可する事にした。
「……見張りを立てて入れる場所を制限しますが、良いですね?」
「ああ、構わん。そっちがいきなりズドンとやらなければな」
「分かりました」
「感謝する」
バルドフェルドは満足そうに頷くと感謝の言葉を口にした。
そうして居ると、空気の抜ける音と共にブリッジの扉が開き、アークエンジェルの警備兵に挟まれる様にして金色の髪をした少女と、褐色の肌をした長い髪をした大男、髭を蓄え、がっちりとした体格の中年男性が入って来た。
「失礼する、艦長はいるか?」
「レジスタンスの方々ね。私が艦長のマリュー・ラミアス少佐です」
金色の髪の少女――カガリが問い質すと、マリューは立ち上がって数歩前へ出て応えた。
その様子を見ていたアムロが、ムウに小声で聞いた。
「どうしてレジスタンスがブリッジに?」
「ああ、やっこさんが連中に味方が居ないってのを分からせる為だろ?」
「……そう言う事か。しかし、それではこちらが攻撃対象にならないか?」
「いやぁ、有り難い事にさ、ピンクのお姫様が居る間は俺達の事を守ってくれるそうだ」
ムウは顎でバルドフェルドを指すと、アムロは納得した表情を浮かべながらも聞き返した。すると、ムウは頭を掻きながらアムロに答えた。
そうして居ると、レジスタンスの一人、髭を蓄えた中年男性――サイーブ・アシュマンが、マリューを睨みつけながら口を開いた。
「……おい、どうしてザフトへの攻撃を止めたのか、聞かせて貰いたいもんだな?」
「我々はあなた方と協力関係にある訳ではありません。一方的に押し付けられる云われは無いと思いますが?」
「……なんだと!?」
マリューの返答にサイーブの隣にいたカガリがいきり立った様に睨み付けた。
カガリの後ろに居た褐色の肌をした大男――キサカが、カガリに小声で語り掛ける。そのカガリは顔をマリューの後ろに座る男へと向けると強張った表情へと変化させた。
「――あっ!?……おい、サイーブ!」
「どうした?――砂漠の虎!?……どうてここに奴が居る!?」
呼び掛けられたサイーブは、カガリの指す先に敵であるバルドフェルドが居る事に絶句した。
バルドフェルドは椅子に座ったまま、レジスタンスの三人に向かって声を掛ける。
「これはどうも、レジスタンスの諸君。名乗らなくとも、僕の名を知っているんだろ?」
「貴様!一体、どう言う事だ!?」
「どうもこうも、彼らと停戦したのさ。停戦が終わるまでは、彼らは君達の味方にはならんよ」
サイーブは自分達の宿敵の親玉を睨み付けたまま怒鳴り声を上げると、その親玉であるバルドフェルドは薄ら笑いを浮かべて答えた。
「……停戦……だとっ!?」
「それは本当なのか!?」
「……ええ、本当です。因って停戦期間が終了するまで当艦は、あなた方とは協力する事はありません」
サイーブが絶句する中、カガリがマリューを睨みながら問い質した。
そのマリューは小さく溜息を吐くと、割り切った様に胸を張って答えた。
「――くっ!……お前達、そんな卑怯者と手を組んで恥ずかしく無いのか!」
「……卑怯者とは酷い言われようだな。まあ、何と言われようが知った事では無いがね。まぁ、とにかく、この艦に手を出せば、君達はザフト、連合両軍から攻められる訳だ。分かったかい?」
カガリの言い様に、バルドフェルドはおどけた様子を見せるが、その口から出て来る内容は完全に脅しである事に間違いは無かった。
サイーブはバルドフェルドを睨みつけながら唇を噛んだ。アークエンジェルに入る時に武器を取り上げられてなければ、今すぐにでも撃ち殺したい程だった。
「……くぅぅ」
「何なら、君達もこの停戦に一口乗れば良いじゃないか。そうすれば、数日間はお互い平和に暮らせる。どうだい?」
「――卑怯者がふざけるな!」
「ハッハハ!いやぁ、元気がいいね。そうでなくてはな」
軽い口調で話すバルドフェルドに向かってカガリは怒鳴り付けた。
しかし、バルドフェルドに取っては、気にする程の事でも無いのだろう。笑ってカガリの威勢の良さを褒める程だった。
怒りを治める事の出来ないカガリは喰って掛かる様に数歩前へ足を出した。
「――何が可笑しい!」
「いや、これは失礼、お嬢さん」
バルドフェルドは肩を竦めると笑いながらカガリに謝ったが、そのカガリは警備兵に前を塞がれ、それ以上バルドフェルドに近付く事すら不可能となっていた。
レジスタンスに対する警告を終えたバルドフェルドは席を立つと、マリューに声を掛ける。
「さて、我々はお暇させて頂こう。医者は夕方にでも寄こさせる。DNA鑑定は明日と言う事で、今日は戦いの疲れを取ると良い」
「分かりました」
「それでは失礼する」
マリューが頷くと、バルドフェルドは部下を伴って扉へと歩き始めた。勿論、警備兵も伴っており、カガリ達が手を出せば、瞬く間に命は無くなるだろう。
扉が開き、出て行こうとするバルドフェルドに向かってカガリが吼える。
「逃げるのか!?卑怯者!」
「……お嬢さんは口が過ぎる様だな。憶えておくと良い。君達が抵抗する程、犠牲者も迷惑する人間も増えるって事をな」
バルドフェルドは呆れた様子で振り返ると、表情を一転させ、険しい表情でカガリに向かって言い放った。その雰囲気は正しく虎と言われる者らしく、恐怖を感じさせた。
カガリはバルドフェルドを睨み付けたまま、言葉を発する事すら叶わなかった。
そして扉は閉じられるのだった――。
プラント本国、ザフト軍本部施設周辺の明かりは僅かな外灯が点るのみと成り、深夜が近い事を感じさせていた。
だが、ザフト軍本部は眠る事は無い。例え、深夜に成り施設内部の人員が減ったとしても、その活気は然程変わる事は無かった。
その施設内、相も変らぬ薄暗い執務室で、パトリックは新型モビルスーツの計画書に目を通していた。
内容と言えば、地球軍から奪取したモビルスーツの性能をも取り込み、行く行くはザフトの守護神と成るべき機体の計画が記されている。今だ計画段階であって、様々な問題を抱え、装備やそのシルエットすら確定してはいない状況ではあるのだが。
「――失礼します」
「……クルーゼか」
突然、扉が開きパトリックは目を細めた。
クルーゼは部屋に入りパトリックの前までやって来ると、徐に口を開いた。
「アスランと会ってまいりました」
「……それがどうした」
パトリックは眉を顰め、クルーゼを睨み付けた。
帰還したユウキが原因とは言え、パトリックが握り潰したアスランの一件が危うく穿り返されそうに成ったのだから、不機嫌にも成ると言う物だった。
「彼に対する罰ですが、明日から次の任務までの間、一先ず独房に入って貰う事としました」
「……どうするつもりだ?」
「……しかし、形だけの事です。そうでもしなければユウキと言う男は納得しないでしょう。収監記録は抹消させます」
苦々しい顔で聞き返すパトリックに、クルーゼは静かに答えた。
パトリックは手に持った新型モビルスーツの計画書を横に置くと、納得した様に言う。
「……そうか」
「アスランへの刑罰は任務と言う形で行います。そうでも言わなければ、本人が納得しないようでしたので……。しかし、与える任務を上手く使えば、閣下の望み通りに成るやもしれません」
クルーゼは続ける様にアスランへの対処を口にすると、その口元に笑みを零した。
パトリックは眉を顰めて聞き返す。
「……どう言う意味だ?」
「……最愛の婚約者を失った者が困難な任務を成し遂げる。……それが、次期議長のご子息であれば、美談として民衆は褒め称えましょう」
「……なるほど。だが、その使い所、ゆっくりとは待ってられんぞ」
「分かっております。しかし、作戦が終了したばかりですので、今すぐと言う訳んは行きません。使い所を私の方でも検討するつもりでいます。今しばらくお待ち頂けませんでしょうか?」
パトリックの言葉にクルーゼは頷くと、アスランの使い所を検討する時間を貰える様に伝えた。
「……ならば、貴様に任せる。上手く使え」
「承知しております」
パトリックは自分の息子を道具として扱う事を許可すると、クルーゼは静かに頷き踵を返した。
執務室を出て行くクルーゼの目の端に、新型モビルスーツの計画書が目に映っていたのをパトリックは知る由も無かった。
アークエンジェルのブリッジでは、バルドフェルド達が退出した事で、残ったらレジスタンス達との話し合いが始まっていた。
レジスタンスの主張は、今すぐにザフト軍との停戦を破棄し共同戦線を張ると言う物だったが、船体とスラスターにダメージを残したアークエンジェルに戦闘は厳しい上、マリューは停戦協定もあって、一時、話し合いは平行線を辿っていた。
少なくとも停戦が終了するまでは協力は出来ないと話すマリューに対し、ほとんど話す事の無かったキサカが停戦終了後に向けての話しを始めた事で、再び話し合いが再会され、マリュー、ナタルが話し合いを進めている所だった。
それを見て居たキラが、徐にアムロに声を掛ける。
「……アムロさん、お願いがあるんですが」
「なんだ?」
「νガンダムの戦闘データ、見せてもらえませんか?」
聞き返すアムロを見上げながらキラは言った。
アムロは考える事も無く、疑問を口にする。
「……別に構わないが、どうしたと言うんだ?」
「……そんな大した理由じゃ無いんです。ただ、もう少し上手く立ち回れないかと思って。そうすれば、ストライクを壊す率も少なくする事も出来ると思うんです」
「……そう言う事か。俺は構わない」
言い分に納得したアムロは快く頷いた。
キラはアムロに礼を言うと、らしく行動に出る。
「ありがとうございます。それで……早目に確かめたいんで、今、出て行っちゃ不味いですか?」
「……いや、俺達は話し合いに参加している訳では無いからな」
「それじゃ、行きませんか?」
「ちょっと待てろ」
アムロはキラを制止すると、ムウに声を掛ける。
「ムウ、席を外して構わないか?」
「ん?……良いんじゃないか?これなら寝てる方がマシだって」
「分かった。キラ、行こう」
答えるムウにアムロは頷くと、キラを扉の方へと促した。
キラは頷いた。
「はい」
「ちょっと待った。俺も行くわ」
アムロとキラが歩き始めると、ムウが二人の方を掴んでつまらなそうな顔で言った。
振り返ったアムロはムウに言う。
「ムウが離れるのは不味いんじゃないか?」
「問題無いでしょ、副長さんも居る訳だしさ。おい、トール、付いて来い」
飽き飽きした表情でムウは言うと、小声でトールを呼び付けた。
トールはすぐにムウの元へと駆け寄った。
「えっ!?なんですか?」
「いいから俺に付いて来い」
「分かりました」
訳も分からずトールは頷くと、アークエンジェルのパイロット達は、そそくさとブリッジを後にした。
最も、何人かはそれに気付いていたが、問題は無いだろうと誰も引き止める事は無かった。
「――?」
少ししてラクスは、キラが居ない事に気付きブリッジを見回した。そして、席を離れミリアリアに声を掛ける。
「あの、キラが居ない様ですが?」
「さっき、アムロ大尉やフラガ少佐と一緒に出て行ったわよ」
「……私も出て行ってしまっては不味いでしょうか?」
ラクスはキラに避けられている気がしてならず、どうしても話をしておきたかった。
聞き返して来たラクスに、ミリアリアは自分では判断出来ず、チャンドラに聞いてみる事にした。
「……あのぉ、今、ラクスがブリッジを出るのは不味いんですか?」
「はぁ?……別に構わないんじゃないか?本当ならブリッジに居る方が問題なんだしさ」
チャンドラは眉を顰めるが、すぐにミリアリアに返事を返して来た。
ミリアリアはラクスに笑顔で応える。
「だって」
「ありがとうございます」
ラクスはミリアリアとチャンドラに笑顔で礼を言うとブリッジを出て行こうとする。
それを見ていたチャンドラがミリアリアに言う。
「だったら、ちゃんと部屋へ送って来てくれ。俺達に取っちゃ、大事なお客さんなんだからさ」
「……分かりました」
ミリアリアはチャンドラの「大事なお客さん」と言う言葉に、少しムッとしながらも頷いて、ラクスと共にブリッジを後にした。
この後、ラクスとミリアリアは少しの間、パイロット達を捜す事と成るだった。
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