CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第42話

Last-modified: 2015-04-21 (火) 16:02:47

 灼熱の北アフリカ戦線を脱出したアークエンジェルは、友軍である南アフリカ軍MA隊に守られ
南アフリカ南部トゥルカナ湖を目指していた。
艦長席からサバンナの大地を見回したマリューが口を開いた。

「連絡は?」
「はい。未だ来ていませんね」
「……そう」

通信オペレーターをしていたパルの返答に、マリューは少しだけ肩を落とした。

 

その理由は北アフリカ軍を通じて地球軍本部に対して、
民間人であるフレイを南アフリカ軍に預けることが出来ないか連絡を取ったからだ。
だが、それから六時間を経過したにも関わらず、返答は一向に来なかった。
フレイが外務次官令嬢であることを鑑みれば、返答はもっと早くても良いはずだ。
付け加えるなら、帰還に際して護衛及び増援要請もしていた。
そんな理由もあり、アフリカ大地を睨みつけるマリューは、少しばかり語気を荒げながら呟いた。

「新鋭艦とモビルスーツを積んでいるのに自力で帰って来いなんて、
 今の状態で素直に首を縦に振るわけにはいかないわよ」
「ええ。連絡が取れたと言うのに、未だ返答が来ないと言うのは……。
 私にも本部の考えが理解できません」
「最悪でも、ここでアルスターさんを降ろすのを認めてもらいたいわね」

モニターを見詰めていたナタルが振り返って同意すると、
マリューは多少なりとも落ち着いたのか軽く答えた。

 

「それで……彼はやれそうなの?」
「アーガイル二等兵ですか?」

突然の問いにナタルが聞き返すと、マリューは頷いた。すると生真面目なナタルらしく返して来た。

「アーガイル二等兵は、やる気になってくれています。
 お陰で操舵士の人員の件も多少は改善が見込めそうです」
「それならば良いのだけれど」
「私も彼女がアーガイル二等兵の婚約者だとは思いもしませんでしたから、
 この様な問題になるとは予想も出来ませんでした」
「誰だってそんなこと、予想も出来ないわよ。はぁ……。
 あのザフト兵が言ってた様に、早めに彼女を降ろしたいのだけれど……」

想定外とも言えるサイとフレイの件で、大人二人は大きな溜息を吐いた。
そこへ後ろからチャンドラが声をかける。

「艦長。アルスター事務次官は何も言っていないんですかね?」
「さあ。私には流石に分からないわよ」
「最初の連絡から考えれば、何らかの返答があってもおかしくはないはずですが……。
 それに実の父親なんですよね?」
「他人の家の事情だもの。アルスター事務次官とは連絡が取り難い状況にある……と、言うことかしら?」

チャンドラの言い様に、マリューは首を竦めて答えるとナタルへと顔を向けた。

「可能性は否定しきれませんが、今は連絡を待ちましょう」
「まあ、何であれアーガイルがやる気になってくれて、こっちとしては助かりますよ。
 おい、トノムラ。来てくれ」

これ以上の詮索は無用だと言わんばかりのナタルに続いて、
空気を読んだノイマンが仕事だとばかりにトノムラを呼びつけた。

「そうね。この話はこの辺りで終わりにしましょう。ハイ、仕事仕事」

少しだけ息を吐いたマリューは、手を二回叩いて全員に声をかけたのだった。

 

※※※※※※※※

 

 同時刻――。
νガンダムのコックピットでアムロ、キラ、マードックの三人が
コンソールモニターを苦々しく見詰めていた。

「右腕はどうにかなりそうか?」
「どうにもこうにも。肩はまだしも、右肘関節の稼動範囲が以前よりも小さくなってます。
 今やれることをやってこれですから。完全に動かないわけじゃないのが救いってとこですよ」

アムロの問いに、マードックはモニターで関節稼動範囲を見せながら答えた。
砂漠での戦闘でアークエンジェルを狙うミサイルをサーベルで斬り墜した時に爆風に巻き込まれた事で、
νガンダムは右腕にダメージを負っていた。現在、主兵装であるアグニ砲は左撃ち。
そのことは状況からすれば、実に幸いとも言えた。
とは言え、ストライクよりも大型のνガンダムだからこそ片腕でも何とかなるが、
如何せん大型の上、高火力兵器だ。さすがに支えも必要にもなる。

「稼動域は狭いが、右腕でアグニを支えることは可能だな。
 だが、これだとサーベルは左手で使うしかないな」
「何を言ってるんですか!? この状態で近接戦闘なんて無茶ですよ。
 前衛は坊主がいるんだから、大尉さんが前に出る必要はないでしょうに」
「状況次第では、そうも言ってられなくなるからな」
「そりゃそうですけど、極力そうならないようにしてくださいよ」
「努力はするさ」

髪を掻き毟るマードックの言い様に、アムロは肩を竦めながら答えた。

 

マードックからすれば、νガンダムは正にブラックボックスの塊みたいな物で、代えも利かない。
現状からして、自分達が生きる為にも壊れてしまっては困るのだ。
そのことを理解しているキラが声をかけた。

「砂漠の時みたいに僕が動き回ればいけますよね?」
「ああ。あの戦い方が基本になる。頼りにさせてもらうぞ、キラ」
「はい」

アムロの言葉に、キラは力強く頷いた。
その下ではムウが、トールと歴戦の南アフリカ軍パイロット達に対して戦闘技術のレクチャーをしていた。
何と言ってもムウは伝説的なMA乗だ。
自然と彼の周りにパイロット達が集まるのは仕方の無いことだった。

下の様子をνガンダムの360度モニター越しに目を向けたマードックが言う。

「だがな坊主。やるにしても限界があるぞ。
 ストライクだってスペアパーツが無けりゃ、今頃はガタが来ててもおかしくねえんだ」
「性能ギリギリまで来てますからね。ストライクも相当負荷が掛かってますよね」
「ああ。PS装甲だから簡単に軽量化とか出来ないからな。
 どこかでオーバーホール出来りゃいいんだけど。その設備も時間もないからな。
 とは言え、少なくともアフリカを出るまではストライクとνガンダムに
 負荷を掛けずに済みそうなのは助かるんだが、その先はどうなるやら」
キラが頷くと、マードックは顔を顰めながらぼやいた。
事実、地球に降り立ってからのストライクの間接稼動部の消耗は実に激しいものとなっていた。
ソフト的にもアムロの操縦機動を可能にした上、先の戦闘でキラの見せた機動で更に拍車が掛かったからだ。
だが、毎日戦闘があるわけではないのが救いだろう。整備兵達は時間を惜しんで動き続けている。
そんな彼らがいるからこそ、ストライクやνガンダムは稼動可能な状態でいられるのだ。

 

「どう進むか次第だが、アフリカを出れば恐らくは海上だな」

アムロがパネルを数回触れるとモニターには世界地図が映し出された。
そこにはこれからの航路が赤い矢印で描かれる。
それを見詰めながらマードックが呟くように言った。

「少佐と新米に頑張ってもらうしかないですね」
「その場合は、ストライクも支援に回るんですか?」
「恐らくは、そうなる」

マードックの言葉にキラは自分の役目を尋ねると、アムロは軽く頷いて見せた。
ただしこれは敵が航空戦力や海上からの敵のみの場合だ。
水中からとなるとスカイグラスパーでは苦しくなる。

「ストライクの水中性能は?」
「地上ほどではないですね。当然、機動性は落ちますよ。それに水中じゃビーム兵器の威力がね。
 なるべくなら陸地に沿って航行してもらった方が、いざって時にMSが使える分
 戦力としては楽でしょうね」
「だが強襲されれば、こちらも楽には陸に上がらせてはもらえないだろう」
「まあ、確かに。それにあの一件でユーラシアに恨みを買ってる可能性もありますからね」
「マリューからすれば、なるべくなら通りたくはないと言うのが本音だろうな」

アムロとマードックのやり取りで、本来味方であるはずのユーラシア所属の戦艦との戦いを思い出した。
何せラクスとの出会いと、自分の意思を固める切欠になった戦闘なのだから。
そんなキラは、恋人のことを思いながらも頭を切り替え、マードックに確かめる為に尋ねた。

「確か第二艦隊からの補給にバズーカありましたよね」
「ああ。いつでも使えるように準備はしてあるぞ」

親指を立てながらマードックが答えると、キラは無言で頷いた。
その直後、突然コンソールからブリッジよりの呼び出しの音が鳴り響いたのだった。

 

※※※※※※※※

 

 ――大洋州連合カーペンタリア基地。
アスランは数本のドリンクを抱えてる為か、少しばかり錆付いた鉄の扉を肩で圧し開け、
格納庫の中へと入って行った。中ではディン、ジンなどがハンガーに納まり整備を受けている。
周囲を見回し、奥のハンガーにイージスとバスターを確認すると、その方へと歩みを進めた。
イージス、バスターの周りでは整備兵が忙しなく動いている。両機ともに整備を受けているようだ。

「おい、アスラン!」

呼び止める声の方に顔を向けると、そこにはコンテナに腰を掛けたディアッカの姿があった。
アスランは歩みを進め近づくと、手にしたドリンクの一本を放るとディアッカは片手で受け取った。

「それで、脚付きの位置は判ったか?」

アスランは首を横に振り口を開いた。

「南アフリカ領内に入ったのは確実なようだが、その先は判っていないようだ」
「って、ことは……。」

ディアッカはコンテナから降りると、紙の世界地図を座っていた場所に広げて呟いた。

「南大西洋、インド洋、南極海ってとこか? 広すぎるな」
「南下したことを考えれば、インド洋か南極海だろうが……」
「……確かにそのまま行けば南極海だが、アフリカを横切って南大西洋って手もあるからな。
 これならカーペンタリアじゃなく、ヴィクトリアに行くべきだったか」

ディアッカはそう言いながらドリンクの封を切り、地図上のビクトリア基地のを見詰めた。

 

元々地球連合軍の物であったビクトリア基地だが、数週間に行われた
≪低軌道会戦≫、≪プトレマイオス基地強襲作戦≫、≪第二次ビクトリア攻防戦≫は
同時進行で行われ陥落した施設だ。
この基地はマスドライバーが設置されている為、月にあるプトレマイオス基地などに対する
補給路の一部を遮断することに成功した。この意味は大きい。

「アークエンジェルがいる以上、見つければヴィクトリア基地の部隊も動くだろうが……」
「当てには出来ねえよ。あそこの部隊は制圧維持が目的だし、単艦の脚付きとヴィクトリア基地じゃ
 重要度が比べ物になるわけないからな。出しても精々お湿り程度ってとこだろ」

ディアッカはアスランの言葉に、首を横に振って答えるとドリンクに口を付けた。

≪第二次ビクトリア攻防戦≫でビクトリア基地を制圧はしたが、
その周囲の完全制圧となるとそう容易ではない。
勿論、増援なども送られてはいるものの、広いアフリカの大地に対しては絶対的に数が少なく、
制圧下に置いたのは周囲一〇〇km程が良い所だ。
それも一時的と言っても良い程に、日ごとにその範囲は変化している。
そんな状況もあり、ビクトリア基地に駐留する部隊は増えているものの、
他の大規模作戦があれば縮小も余儀ない状況だ。

 

「どの道、脚付きは高高度は飛べないんだろう。脚付きが通れそうな場所はあるのか?」

ディアッカが尋ねると、アスランはタブレット端末を取り出し表示を切り替えた。

「南アフリカでは……大西洋側はどこからでも海に出ることは可能だ。
 インド洋側はこの湖の辺りを除けば山脈が終わる南部まで海に出るのは不可能……」

アスランは地図と端末を見比べながら、アークエンジェルの航行可能な山岳地帯を指でなぞって行く。

「そうなると最短距離でアフリカを抜けようとすればここか」

そう言うとアスランは、トゥルカナ湖周辺を指した。
ディアッカは顎に手を当てると、少しばかり考え込んでから言った。

「ヴィクトリア基地が近いな。ヴィクトリア基地に行くべきか……。
 いや、今からじゃ後手に回る可能性が高いか。アスラン、お前はどう思う?」
「時間を考えれば……、後を追う形になる可能性が高いだろうな」

アスランの意見にディアッカは「だよな……」と呟くと腹を決めたのか、顔を上げて口を開いた。
「それならヴィクトリア基地の報告を待った上で、予想進路に網を張る。強襲でいくぞ。いいな」
「分かった」

アスランは力強く頷いたのだった。

 

※※※※※※※※

 

 エリカ・シモンズ。彼女はオーブの国営企業モルゲンレーテ社に勤務し、家では一児の母でもある。
そんな彼女は、今激しい怒りに駆られデーブルを思い切り叩いて立ち上がった。

「だから、仰ってる意味がわかりません!」
「君には次のプロジェクトに移ってもらうよ。要するに異動だよ」

そう告げた目の前の男性の名は、ヒトシ・ナカ。
直接の上司ではないし、人事部のでも見かけたことはない。
問うと、彼曰く
『最近、こっちに移って来たんで知らないだろうけど、君の上司の上司の上司って所かな~。
 確かそのくらい?』
と、軽い調子で返され、エリカは必死に抗議をしているところなのだ。
だが、エリカからすれば未解決の問題があるM1アストレイのことを放って、
次の仕事に移るなど出来るはずもない。何せオーブ防衛の要となる機体なのだから。

 

「どうしてですか? まだM1が――」
「機体は既に量産体制に入っているんだよね」
「まだ肝心なOSの問題がまだ残っているんですよ! どうするんですか?」
「どうして、どうしてってね……。君さ、OSは他の者にやらせればいいじゃない。
 何なら兼任でも構わないけど、上からの辞令だし。一応、表向きは異動はしてもらうよ」
「いや、だから……。終わってもいない今の仕事を放って、次に移れって無責任だと思いませんか?」

飄々とした面持ちで返してくるナカに、エリカは身を乗り出して訴えた。
だが、目の前のナカは何処吹く風と言った感じだ。

「無責任? んー、無責任かなぁ? ま、いいじゃない。大いに結構! 
 まっ、そう言う辞令だからあきらめてよ! アハハハハッ」
「ぐっ……!」
「まあ、そう言うことでヨロシク」

思わず拳を固めるエリカを尻目に、ナカは辞令書だけを机に残して部屋を出て行こうと歩き出した。
正に暖簾に腕押し。エリカは、恐らくこの男を説きふせることなど出来ないだろうが、
いきなり訳も分からない仕事を任されるのも困るのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! その次の仕事って、何なんですか?」
「あー、そっかそっか。ゴメンゴメン。どんな仕事か言ってなかったね。それじゃ、着いて来てもらえる」

慌てて呼び止めたエリカに、ナカは忘れてたとばかりに、悪びれるでもなく笑いながら答えると歩き出した。
その様子にエリカは溜息を吐くと、トボトボと着いて行く。
二人はエレベーターを乗り継ぎ、社屋を出ると車に乗り工場方面にへと向かう。
いくつも並ぶ格納庫や工場施設を通り過ぎると、やがて緑が多くなり始めた。
だが、ハンドルを握るナカは車を停める気配は微塵も見せない。

「どこまで行くんですか?」
「ああ。いやぁ、同じ社内だって言うのに、本当に遠いねぇ。
 もう少しかかるから。ドライブだと思って、のんびりしててよ」
「はあ……」

軽い調子で返して来たナカの様子に、エリカは思わず溜息を吐いた。
ただでさえ広い敷地なのだから、目的地に着くまではドライブは終わらない。
広大な土地に様々な施設を完備しているのは分かってはいるが、目的地がどこなのかも見当がつかなかった。
それもそのはず。モルゲンレーテの施設は地上だけではない。
地下や海中、山の中などありとあらゆる場所に様々な施設があるのだから。
この広い敷地にうんざり気味のエリカだが、木々が生い茂る岩場に近づくと
ナカはブレーキを踏み車を停車させた。そこにはカモフラージュされた閉じたゲートが見えた。

 

「こんな所にゲートが?」

その口調から、やはり彼女でもこの施設の全容を把握しきれていないようだ。
ナカは車を降りて、ペタペタと岩を触ると「あったあった」と言って二回軽く叩いた。
すると岩の一部が蓋のように開き、キースロット着きのコンソール画面が現れた。

「ハイ、ハイ、ハイ、ハイっと!」

ナカはキーカードをスリットに通して、リズムを取りながら暗証キーの入力していく。
十秒ほど経つと重々しい鋼鉄製のゲートがゆっくりと開いてゆく。

「お待たせ、お待たせ。じゃあ行こうか」

車に戻ったナカは、ハンドルを握るとゆっくりと車をゲートの中へと進めて行った。
通路は二車線の一本道。緩やかな下り坂が続いていた。もちろん地下の為、景色など見えはしない。
時折見える看板と交差する道が見えるくらいだ。

「どの辺りなんですか?」
「今、走ってるのは地下七階ってとこかな。一応、君がいたM1関連施設の方に向かってるところだよ」
「こんな道、私知りませんでしたよ」
「まあ、それは仕方ないって。それに知らなくてもいいことも多いから、
 この会社はさ。ほとんどの社員はその方が幸せなんじゃないかな」
「……そんなものですか?」
「そんなものだよ」

ハンドルを握るナカは、淡々と言葉を返した。
そうしている間にもさらに深い階層までやって来たようだ。

 

「この辺りがM1関連施設の近くになるかな。地上に出るならエレベーターを使うと便利だよ。
 場所は、さっきあった曲がり角を左に行くと、それらしいのがあるから。
 それで僕等が行くのはもう少し先だから」
「ええ」

必要か不要か分からないが、ナカの道案内にエリカはなんとなく頷いた。
そうしている間にも車は進み、やがてこのドライブの目的地である施設へと着いたようだった。
その証拠に車は道を曲がり、新たなゲートの前で停車したのだった。
「とりあえず到着。これ持って行って」
「あ、はい」

エリカにタブレット端末を渡したナカは、車を降りると歩き出した。
彼女はキョロキョロと見慣れない施設を見回しながら、その後を追うように着いて行く。
やがて二人はMSが出入り出来るほどの大きな鋼鉄の扉の前で足を止めた。

「格納庫……ですか?」
「うん、正解。スポーツやコンサートなんかが同時に出来ちゃうくらい広いよ。さあ入ろうか」

問いにナカは茶化しながら答え、人間用の小さな扉を開いた。

 

「これは……残骸ですか?」

格納庫内に足を踏み入れたエリカは、思わず言葉をこぼした。
それは、恐らく何かの残骸と思われる巨大な鉄の塊が、所狭しと並べられているのが
彼女にも理解出来たからだ。
ナカは「うん」と答えて「こっちこっち」と彼女を先導しながら、
格納庫を見渡すために壁際の階段を上がって行った。
「君も噂で聞いたことあるでしょう。ヘリオポリス宙域で拾って来たってやつ」

階段を上り切った所で、ナカは足を止めて格納庫内を見下ろしながら言った。

「これがですか? モビルスーツ……ですよね? ザフト軍……、それとも地球軍の物ですか?」
「さあ? 少なくとも我が社が造った物ではないのは確実だね。
 うちのM1の前身の……、あの何とかフレームとか呼ばれているのとも違うらしいよ。
 あっ、データは、端末から見れるから確認しといてね。機密扱いだから言っちゃだめだよ」
「はい。えっと、それじゃ、どこが造ったのかは判らないと? 
 それにこの前の爆発事故は、これが原因なんですよね?」

肩を竦めながら答えるナカに対して、エリカは眉間に皺を寄せながら、
先日起きた変電所施設での停電事故の件を問い質した。
何せ、被害を受けたのはエリカばかりではない。上手いこと揉み消しはしたが、
変電所を預かる関連会社や、一般市民も損害や停電と言う二次被害を被っているのだから
彼女としては、怒りたくもなるのは当たり前だろう。

 

「ああ、あの爆発ね。そうそう、何でもエンジン解体しようとして失敗したらしいよ。
 いやぁ、あれは本当に迷惑な事故だったねえ」
「ええ。その所為で施設のコンピューターや電気施設が完全に使用不能になるし、
 挙句、島中停電で一般電源なんかも使えなくなりましたから。本当に迷惑でしたよ」
「まあ、そのエンジンはこの近くのブロックだけど……別の所に隔離して解体作業してたらしいから、
 安心して良いよ。ここは安全だから」
「えっ、……安全? ……どう言う意味ですか?」

飄々と答えるナカの言葉を聞き、エリカの眉間に寄せていた皺がさらに深くなった。

「いやあね、爆発した時にね、計測機器に核反応とヘリウム3と、あと……なんだったかな? 
 まあ、そんなのが検出されたんだよ。直ぐに消えちゃったらしいんだけどさ。
 その後、直ぐに周辺の施設のコンピューターや機器が全てパーになっちゃったから。
 あと、エンジンの爆発時に未知の微粒子が出て、変電施設のコンピューターやら基盤が
 ショートしたんじゃないかって、そんな話もあったくらいだからね」
「えっ!? ……はぁ!? ……核反応って!? そんなはずっ!」
「そんなハズは無いんだけどねぇ。まあ一応ってことで、隔離してあるらしいんだ。
 どっちにしても、爆発して使えないらしいし。それで後、分かってることは、
 パーツなんかにアナハイム・エレクトロニクスって企業名が入ってるってことと、
 装甲とかがやたら硬くて軽いってことくらいかな。
 まあ、分からないことだらけなんだよ」

腕を組みながら全然大変そうに語っているように見えないナカの様子と、
言葉のギャップ、そしてその内容の重要性に、エリカは開いた口が塞がらないようだった。

 

実際のところ、解体しようとしたエンジンはこの世界の物ではなく、アムロがいた宇宙世紀世界の代物だ。
解体した際に爆発、同時にエンジン内からミノフスキー粒子が噴出し、
格納庫はおろか換気口などを通じて一部が外に漏れ、機械がショートを起こし
変電施設やモルゲンレーテ内の施設にまで様々な影響をもたらしたのだった。
そう言うこともあり、宇宙世紀世界のことを何も知らない彼等が、
先日の爆発事故の原因を現状で把握し切れるはずもないのは当たり前なのだ。
そして、その後エリカは何を話したのか、あまり記憶していないらしいが……、ナカは
「面白そうでしょう? じゃあ頑張って!」
と言って、この格納庫からいつの間にか出て行ってしまったらしく、
エリカは職場に戻るのにも一苦労することになった。

 

――後日。
そんな事もあり、エリカは社内でヒトシ・ナカのことを聞き回ってみたところ……

 

『あのジョージと友達だったらしい』
『三段跳びで出世して来た』
『オーブ一のゴマすり男』
『彼には派閥なんて関係ないんだよ』

 

……などの良く分からない噂を聞くことになり、逆に何者なのかと頭を悩ますことになったのだった。
何はともあれ数日後、辞令通りにエリカは新プロジェクトに参加することになる。
そして幸か不幸か、後にモルゲンレーテ、オーブに大きな変革をもたらすことになるプロジェクトに
関わってしまったことを、彼女はまだ知るよしもなかった。

 

※※※※※※※※

 

 太陽が西へと降り、オーブ本国の空が徐々にオレンジへと染まり始めていた。
シンは少しばかりの空腹を感じつつも、いつものように自転車を滑らせながら自宅のガレージへと停めた。
そして、勢い良く自転車を降りて庭へと出ると隣の家に目を向けた。
見るからに忙しそうで、隣の家族はどうやら引越しの準備に追われている様子だ。

「あら、シン君。おかえりなさい」
「どうも。引越しですか?」

隣の若奥さんに声をかけられたシンは、頭を軽く下げて挨拶をして聞き返した。

「ええ。急に転勤が決まっちゃって」
「大変ですね」
「ええ。でも仕方ないわ」

結婚して数ヶ月だと言うのに、いきなり転勤など普通はあまりしたくはないだろが、
生憎とこの新婚夫妻が住む家はモルゲンレーテ社の社員用の住宅なのだ。
彼女のあきらめも仕方がないことだった。
シンからすれば大人の事情など分からないが、目の前の若奥さんは少なくとも疲れているように見えた。

「あの、手伝いましょうか?」
「えっ、……ありがとうね、シン君。困ったら声をかけさせてもらうわね」
「はい」

突然の申し出に少し驚きながらも笑顔を見せる若奥さんに、シンは照れながら頷いた。
そして少しばかり話をして、シンは自宅の中へと入って行った。

 

「ただいま」
「シン、お帰り」
「お兄ちゃん、おかえりー」

シンがリビングの扉を開くと母とお菓子を抱えた妹のマユが出迎えた。
荷物をソファ横に置いたシンは、キッチンの冷蔵庫をから牛乳を取り出すとグラスに注ぎ、
一気に飲み干した。

 

「お兄ちゃん。牛乳を一気に飲んだらお腹壊すよ」
「マユじゃないんだから、そんなヤワじゃないって」
「ふーん、お腹壊しても知らないんだから」

心配をよそにシンがからかい半分で茶化すように返すと、マユはムッと不機嫌そうに口を尖らせた。
妹を怒らせてもあまり良いことが無いと分かっているシンは、
マユに「ハイハイ」答えて母へと顔を向けた。

「母さん。お隣さん引越しするんだね」
「ええ。さっきご挨拶に。って、お菓子いただいたわ」
「なにもらったの?」
「さあ。でも今、マユが食べてるのがいただいたお菓子よ。私は夕食の買出しに行ってくるわ」

母が問いにそう返して出て行くと、シンはソファに座るマユへと目を向ける。

 

「なによ?」
「いや……、あの……マユ」

思い切り不機嫌な妹の様子に、兄は少しばかりビビったようだ。

「さっき、私のこと馬鹿にしたお兄ちゃんなんかにあげないもん」

そう言ってマユは頬を膨らましながらリスのように、ポリポリと小気味良い音でお菓子を平らげて行く。

「あのさ、マユ……」
「食べたい?」
「腹減ってるし……食べたいです」
「ふーん。でも、あげないもん」

マユはそっぽを向いた。
兄はどうしてくれようかと頭を回転させるが、それよりも先に妹の方が早く切り返して来た。

「……でも、食べたいなら」
「えっ?」
「ここに正座っ!」

ビシっとマユがの指が兄の座る位置を指定していた。
シンは妹を怒らせるものじゃないな。と思いながらご機嫌取りの為にも指定の場所に座った。
が……いささか問題があった。

 

「えっとさ、マユ……」
「なに?」
「いや……えっと、何でもない」

シンは目前のマユからを顔を少しだけ逸らした。
どうしてもシンからするとポジションが悪過ぎる。何せソファに座るマユ対して床で正座だ。
目線を下げればスカートの中が見えてしまいそうだ。
いくらなんでも妹に早々欲情はしないが、兄は思春期に突入済みなのですよ。

「……? お兄ちゃん、顔赤いよ?」
「なっ、なんでもないから。それよりもお菓子お菓子」
「それじゃ……食べさせてあげる。ハイ、お口あけて。あーん」

マユはシンの目の前にお菓子を差し出した。
「いや……自分で食べられるから」
「反論は許しません。早く口をあける。ハイ、あーん」

抵抗を見せるシンだが、マユはそれを許さなかった。
仕方なく兄は口をあけ、妹の差し出すお菓子をポリポリと齧り始めた。
味は良く分からないが、何となくじゃがいものお菓子なんだろうと言うことは辛うじて分かる。
そうして数回繰り返しているうちにも、妹の表情はにこやかに、シンの足はドンドン痺れて行った。

 

「マユ……足が痺れた」
「もう仕方ないなぁ。お兄ちゃん、足崩していいよ」

許しを得たシンはその場で正座を解いて足を投げ出した。

「もう私を馬鹿にしたら許さないんだからね」
「悪かったよ」

そう答えたシンは、足を摩りながら顔を上げた。そこには――。

 

「あっ、青のシマ……」
「えっ? あっ!?」

 

兄の口から出た言葉に妹は、顔を真っ赤にしながらスカートを両手で押さえ付けた。

「お、お兄ちゃんのえっちぃぃぃぃっ!」
「――まっ!? ぶっふぉっ!」

妹の蹴りが顎を捕らえると綺麗な弧を描いて宙を舞い、派手な音を立ててシンの体は床に這い蹲る。

 

い……良い……蹴り……だった……ぜ。マ……ユ……
「もうお嫁にけないよー! うわーん!」

 

意味不明な言葉を残して気を失ったシンを尻目に、
マユは泣きながら二階の自分の部屋へと駆け出して行った。
その十数分後、買い物から帰宅した母がシンの変死体じゃなくて、伸びている姿を発見したそうだ。

 

今日もアスカ家は平和なようです。

 
 

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