CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第41話

Last-modified: 2015-04-21 (火) 14:57:02

 ザフト軍研究施設のとある一室。
複数名の大人たちがモニターを見ていた。
映るのは砂の大地を疾走し、次々とザフト軍モビルスーツを撃墜して行くストライクの姿だ。
それを見ている研究員や情報将校などは、呆気に取られいる。
だが、やがてモニター画面にノイズが走ると黒く切り替わった。

 

「……以上が演習時の記録です。分析と考察はこちらのモニターを見て頂きたい」

バルトフェルドがリモコンを操り、もう一つのモニターへと視線を促した。

「これがニュータイプ……」
「……」

モニターを見詰めていたクルーゼが呆然とつぶやく。
その傍らではパトリック含め、他の面々はは絶句したままの様だ。
それもそのはず。彼らは未知の存在である≪ニュータイプ≫――アムロ・レイの
砂漠での戦闘演習での戦いぶりを見ていたのだから。
そして、その情報元は≪砂漠の虎≫アンドリュー・バルトフェルド。
そのモニターには戦闘画像と望遠で撮影したと思われる、アークエンジェル各パイロットの
顔写真が映し出されるが、パトリック・ザラはそれを見ようともせずに憤慨した。

 

「ふざけるなっ! ニュータイプなぞ誰が認められるかっ!」
「でしょうな。私も初めて彼と戦った時には驚かされました。そしてこの演習……」

そこで言葉を区切ったバルトフェルドは息を吐いて言った。

「お認め頂かなくとも、我がバルトフェルド隊全員が経験した事。その事実は変わりません」

そこから押し問答が数分続いた。勿論、バルトフェルドが勝手に共同軍事演習を行った事にも事は及んだが、
そこは口の上手いバルトフェルド。それらしい理由を述べた上で、クルーゼの後押しを受け言った。

「今後、我がバルトフェルド隊は、対アムロ・レイ……。いや、対アークエンジェルを想定し、
 連携力と個別の力量を高める訓練を行ってゆく予定です」
「貴様もザフト軍人だろう。勝手な振舞いは許さんぞ」

勝手な所信表明に聞こえたのか、パトリックは机を叩くと睨みつけながら語気を荒げた。
下手をすればコーディネイターの存在意義を危うくする≪ニュータイプ≫と言う突然現れた存在に加え、
バルトフェルドの独断専行による共同演習だ。怒るのも無理もない。
しかしながら、クルーゼが諌めるかのように口をひらいた。

「しかし閣下。個人の力量、そして連携を高められれば、それは戦力の増強と同意。
 バルトフェルド隊長の言う事には一理ありるかと」
「現場の判断と言う事か」

不服な様子で腕を組むパトリックに対し、バルトフェルド、クルーゼの両名は頷いて見せた。
だがパトリックが、その事実を受け入れ難い表情をしていた。
話を切り替える為か、未だ呆然としている情報将校や研究員に対し、バルトフェルドが顔を向けた。

 

「それはそうと、シミュレーションした装甲の技術は使えないのか?」
「あっ……、ええ。理由は構成物質が判明したとしても、
 精製方法とその技術が分からない事には……。
 あの二つの装甲をそのまま再現するのは現状では不可能です。まあ、ただ……」

研究員がの一人が慌てたように反応をすると、質問に対して苦い表情を浮かべながら言葉尻を濁した。
それに対しパトリックが不機嫌そうに言う。

「曖昧な答えは要らん。ハッキリとした答えが聞きたい」
「分かりました。先程言いました通り、現状であの二つの装甲と同じ物は造れません。
 ただ数年、数十年後なら可能になるかもしれません。……おい、あのシミュレートデータを出してくれ」

頷いた研究員はハッキリと告げると、もう一人の研究員に向かって声をかけた。
するとデータがモニターに映し出される。
モニターに映るのはジェガンやヤクト・ドーガの装甲素材の解析データと、
それを元に現状で可能な限り精度を高めた装甲のシミュレートデータ。
もちろんだが、どうしてもジェガンやヤクト・ドーガの装甲に比べれば格段に見劣りしてしまう。
その事にパトリックは吐き捨てる言った。

「現にその装甲には負けているのでは意味が無い」
「しかし軽量化に加え、硬度は現在使用している装甲素材よりも上です」
「何が言いたい?」

研究員に対し、パトリックが不機嫌そうに目を向けた。

「要するに今のMSの装甲をそのシュミュレートした装甲にするだけでも、
 性能は上がると言う事でいいのかな?」
「はい」

バルトフェルドが助け舟を出すと、研究員が大きく頷いた。
この数日後、意味がないとまで言われたサンプルシュミュレートデータが再び日の目を見、
それにより数ヵ月後にはザフト軍MSは機動性を向上させ、地球軍を苦しめる事になるのだった。

 

※※※※※※※※

 

 トゥルカナ湖を目指すアークエンジェルは、晴れ渡った空の下、未だその道の途中にあった。
その艦の舵を握っているのはアーノルド・ノイマン少尉。
ブリッジ要員の中では、艦長であるマリュー、副長のナタルに次ぐ地位にある彼は何かと悩みが多かった。

「素人とは言え、ケーニヒの抜けた穴はデカイな……」

定期的な航路確認を終え、艦を自動操縦に切り替えたノイマンは舵から手を離す。
そしてファイルに目を通すと小さく愚痴をこぼした。
なにせアークエンジェルは操舵士の人員が少ない。
それ故にやり繰りを考えなければならない。疲労も溜まる。
良い例が本来、副操舵士であるジャッキー・トノムラだろう。
彼は本当ならノイマンの隣の席にいなければならないのだが、人員の関係上、
生憎とCICで索敵を担当している。
それから先日まで副操舵士見習いとして席に着いていたトール・ケーニヒだ。
彼は戦闘員に鞍替えし、今ではスカイグラスパー二号機のパイロット。
今考えれば、砂漠で過ごした日々は逆にやる事が少なすぎて疲れたが、
こうも極端だとやはり反動が来るものだ。
そんな事を思いながら困り顔で髪を掻き毟ったノイマンは、後方へと顔を向けると声をかけた。

「なあ、ロメロ」
「なんですか?」
「明日、三時間くらいで良いから入れるか?」
「構いませんよ。でも一応、バジルール中尉に聞いてください」
「悪い。分かった」

ロメロ・パルが返すと、ノイマンは片手を軽く上げてそれに応じる。
勿論、自動操縦がある為に素人が座っていても、なんとかなってしまうのがこの艦の良い所でもあるのだが、
人員不足を理由に無人にする事は流石に出来ない。戦闘などの有事があった際などは尚更だ。

 

「少なくともこの辺りからは戦闘もあるだろうから、俺が常駐しないとまずいよな……」

針路を映すアフリカ大陸地図の南側にあるトゥルカナ湖周辺を見ながらノイマンは呟いた。
その付近にはザフト軍に制圧されたレイク・ビクトリア基地がある。
少なからずそこからも追手が出される事は予想出来る。
例えアフリカを脱出したとしても、太平洋の南側には親プラント寄りの大洋州連合があるのだ。

「愚痴は言いたくはないが、余裕はもてないな」

手にしていたペンで、まるでリズムを取るよう紙上を軽く数回叩いたノイマンは眉間に皺を寄せた。
そうしていると、上官であるナタルがこちらにやって来て、ノイマンに声を掛けた。
「すまないが来てもらえるか?」
「あ、はい」

頷くノイマンはパルに声をかけると自分の座っていた席を任せて、
ナタルの背を追ってブリッジ通路へ向かった。

 

「――大尉!?」

扉を抜けた所でナタルと共に彼を待っていたのは、言わずと知れたアムロ・レイだった。
その事に少々驚きつつも、何故、彼がこの場に彼女と共にいるのか。
と言う嫉妬を押し殺してナタルに顔を向けた。

「それで何か?」
「操舵士の人員配置についての事だ。確認するが現状は?」

先ほどまで頭を悩ませていた案件事項がナタルの口から出て来た。
ノイマンにとっては、渡りに船と言った所だ。

「相変わらずですよ。オペレーターと兼務してるトノムラに負担が掛かってます。
 せめて通常時はケーニヒを戻してもらえると助かるんですが……」
「……やはりそうか」

状況を見越していたようにナタルは呟くと、その視線をアムロへと向けて首を縦に振り、
ノイマンに向かって言った。

「ならばアーガイルを副操舵士に充てようと思う。どうだ?」
「アーガイルを……ですか? まあ、教育が必要になるとは言え助かります」
「ならば決定で構わないな?」
「はい」

確認するように聞き返すナタルに、猫の手も借りたいノイマンは頷き返した。
その傍らでは、アムロが通路のコンソールを通じて誰かとやり取りをしていた。
彼はパネルを軽く叩くとノイマンに告げた。

「アーガイルは荷物を運んでいる様だ。俺が君の所に向かう様に伝えておく。それで構わないか」
「あ、はい。お願いします」

頷くノイマンは、少々取り繕うように言葉を繋いだ。

「でも助かりました。ローテーションの事で悩んでいた所だったので」
「そうか。今回の配置に伴って、アーガイルの部屋をブリッジ近くに移動させている所だ」
「構いませんが、でもこの件、部屋の移動までする事ですか?」

ナタルの言葉を聞いたノイマンは、湧いて出て来た疑問を投げかけた。

「実の所、理由があってな。ナタル。彼にも知っておいてもらった方がいいとは思うが」
「ええ、そうですね」

ノイマンが疑問を持つのは尤もだと言わんばかりにアムロが答えると、ナタルが同意した様子で返した。
そうしてナタルの口から、先日少年達に起こった諍いの話が語られ始めた。

 

サイが事務次官の息女――フレイ・アルスターが何故かプラント寄りの考えを持ち、
意見の違いで対立しているらしい事。そして、その彼女の婚約者である事など、あくまでも最小限の情報だ。
しかしノイマンからすれば、少年達はここまで上手くやっていた印象があったが、ふと思い出す。
サイは先日敗走した戦闘で、ミリアリアとも言い争いをしていたのをノイマン自身もその場で耳にしている。
聴くに少年達には複雑な事情がある事は見るに明らかだ。

「いや、何と言ったらいいのか。一種の隔離……みたいな措置ですよね?」
「ああ。本来ならば、ここまでする必要は無いとは思うのだが、何か起きてからでは遅いからな。
 結果的に君に押し付けてしまう形で申し訳ないが、
 フレイ・アルスターを降ろすまでの予防措置だと思ってくれ」

何とも言いがたい表情のノイマンは、自らの首筋を擦りながら尋ねると、
アムロが申し訳ないとばかりに苦々しい口振りで答えた。
その素振りを見るに、アムロは過去に似たような出来事を経験したのだろうと、ノイマンは感じ取った。

「なるほど。フレイ・アルスターが艦を降りた後は?」
「不都合が無ければ、アーガイルには副操舵士を続けさせるつもりだ」

そのノイマンの問いにはナタルが答えた。
理由はどうあれ現状の操舵士の不足分を補える事は、ノイマンからすればとてもありがたい事だった。
それにどの道、ナタルからの命令とあれば、そう簡単に拒否する事も出来ないと言う諦めが半分あった。

「……分かりました」

ノイマンは自虐的に心の中で苦笑したが、すぐに目の前の二人を見据えると頷いた。

 

※※※※※※※※

 

 研究施設入口に数台の車が横付けされていた。周囲には警護の者達が数人誰かを待っている。
その入口から数人の男性が出て来ると、警護の者達は警戒を強めながらも彼ら一団に軽く頭を垂れた。
一人の男性――パトリック・ザラが誘導されるように車へと乗り込もうとするが、
そこで足を止め振り返って声をかけた。

「貴様はどうする?」
「私は彼の車に同乗させてもらいますよ」

アンドリュー・バルトフェルドは目で、その彼――ラウ・ル・クルーゼを指した。

「好きにしろ」

不機嫌さを示しながら車に乗り込もうとするパトリックだが、片足を車内に入れた姿で再び振り返った。

「私は断じてニュータイプなど認めん」

その言葉にバルトフェルドは肩を竦めて見せるが、パトリックの言葉は続く。

「貴様の貢献は認めるが、データを持って帰って来た事を差し引いたとしても、流石に不問には出来んな」
「私はアムロ・レイと決着がつくまで首が飛ばなければ構いませんよ」

バルトフェルドは苦笑いを見せながら答えると、クルーゼを交えて二言、三言のやり取りをして
パトリックを乗せた車は研究施設を後にした。

 

数分後、バルトフェルドはクルーゼの運転する車の助手席に腰を落ち着けていた。
外はコロニーとは思えぬ程、長閑な車外の風景が広がっている。
この先を行けば、湖沿いの道へと出るだろう。

「お前に借りが出来たな」

風景を眺めるバルトフェルドが、ハンドルを握るクルーゼに向けて言った。
理由は単純な事。ラクスを助けたとは言え、勝手にアークエンジェルと演習を行うなどした事で、
パトリックの不信を勝った形になり、それを取り成したのがクルーゼだったからだ。
そのクルーゼは、ゆるいカーブに合わせてハンドルを右に切りながら言葉を返す。

「あなたはラクス・クラインを救い、新型の戦闘データをもたらした。あなたの処分は軽いはずです」
「だと良いんだがな」
「あなたは今、表向きには良い意味で注目を集めています。処分したとすれば世間がどう言うか」
「そう言う事か。目立ったお陰で助かったと言う事か」

クルーゼの棘のあるかのような言い様に、思わずバルトフェルドは苦笑いを見せた。
この仮面着けた男からの忠告とも警告とも取れる言葉は、パトリックからすれば、
好き勝手した上に派手な処分もし難く、悪い意味でも目立っていると言う意味を示していた。

 

「それでも借りだと思うのならば、私にも先程のデータを回して頂ければ、それで」
「どうしてだ?」

淡々と応えるクルーゼが、何故アムロの戦闘データを欲しがるのかをバルトフェルドが問い返した。

「恐らく先程のデータは、当面は軍上層部のごく一部の者以外に見る事は出来なくなるはずです」
「握り潰されるって事か?」
「可能性として否定はしません。だが、兵士に見せれば確実に不安が広がります。
 それにコーディネイターの優位性が揺らぐ事にも成りかねない。
 しかし、兵士には見せずとも、時を見計らい、その事を知らぬ評議会の方々に突きつければ……。
 と、言う所ではないでしょうか」

クルーゼの見解に、バルトフェルドは納得しながら言葉を返した。

「駆け引きの道具に使われるか。で、お前はどう使うつもりだ?」
「私自身、アムロ・レイに興味がある……。とでも言えば宜しいですかな」
「ハハッ……そうか。そう言う事なら、こいつはコピーだ。持って行け」

まるで欲しがっている答えが分かっているかのような言い回しに、
バルトフェルドは思わず笑い名刺ほどの記憶媒体を渡した。

 

「お前は、パトリック・ザラにデータを見せたのは間違いだったと思うか?」
「いいえ。あなたのデータは、どう言う形であれ活かされる事に違いはありません。
 ただあなたは、パトリック・ザラと言うお方の性格を把握しきれていないだけです」
「俺は地球帰りだからな。そりゃ分からんよ。まったく」

自分のプラント帰還を勝手に決めた上司――パトリックの性格など知りたくも無いと言った表情で、
バルトフェルドが愚痴りながらも言葉を続ける。

「まあ、装甲や性能の問題もあるにせよ、ザフトからすれば今の所、
 ニュータイプがアムロ・レイ唯一人だって言うのは救いだな」
「地球軍のパイロット全員がアムロ・レイの様にMSやMAを扱える訳ではない。
 そうでなければプラントは既に降伏していますよ」
「ああ」
「それに我々……いや、ザフトにも対抗する芽が無い訳ではない」

ハンドルを握りながら発するクルーゼの言葉に、バルトフェルドは思い出したように返した。

「研究員がサンプルにシミュレートした新装甲のデータってやつか?
 全ての数値でνガンダムと同系の装甲を大きく下回ってはいるが、
 多少なりとも……と、言った所だろう」
「それでも現在ザフト軍が使用している装甲を超える数値が出ています。
 現状からすれば性能向上と言える事には変わりありません」
「俺も同意見だ。全体的な底上げにはなるが、まだ苦しい事には変わらん。
 だが、地球軍のMS量産、パイロット育成を考慮すれば、まだ時間はある。
 それに戦争は一人で出来る物ではないからな」
「ええ。無いよりはマシと言ってしまえば身も蓋もありませんが、
 戦場ではその数パーセントの性能差が成否を決める事もあるかと。
 ザラ閣下は戦場に立たれて居ない故、今はご理解いただけないのは、仕方ないとは思います」
「まあ、政治家に戦場の事は分からんのも無理は無い」
尤もなクルーゼの言いように、バルトフェルドは溜息を吐いた。
彼からすれば、この会話が外の風景と似つかわしくないのも溜息の一因ではあるのだろう。
とは言え、似つかわしい話もする気は無いようだ。

 

「なあクルーゼ。奴が何故、ニュータイプと呼ばれるのか……。お前には分かるか?」
「そう呼ばれる理由は分かりませんが、あの記録を見る限り、納得は出来ます。それよりも」

ハンドルを握りながらも、クルーゼは懐から何かを取り出した。
そう、彼の手には研究所で手にした金属――サイコフレームがあった。
勿論、パトリックの許可を得て持ち出した物だ。

「私はこれが気になります」
「確か残骸のコックピット周りにあったと言ってたか」

バルトフェルドは手に取ると回すようにして眺め、クルーゼへと返した。

「私はこれが、ニュータイプに関わる物なのではないかと思うのです」

クルーゼはそう言って、サイコフレームを強く握り締めた。
彼のわずかな変化など誰も気づきはしないだろう。
だが、このサイコフレームを手にしたあの瞬間から、
ラウ・ル・クルーゼのニュータイプへの覚醒は始まっていたのだ。

 

※※※※※※※※

 

 庭と言うには広すぎる空間に、緑のコントラストに中で色とりどりの花々が咲いていた。
正確には庭園と言うべきなのかもしれないが、庭園というには所々家庭的な雰囲気も持ち合わせている
クライン邸の庭で、アイリーン・カナーバは鞄を片手にレンガ道を歩きながら心を和ませていた。
勿論、彼女は広く美しい庭を散歩している訳ではない。
ここの家主であり、プラント最高評議会議長でもあるシーゲル・クラインに会いに来たのだ。
このもう少し歩けば見晴らしの良い場所にたどり着く。
そんな時、シーゲルの一人娘であるラクスの声が聞こえて来た。

「お父様。私……」
「ん、何かなラクス?」

どうやらとシーゲルはラクスとお茶でもしているのだろう。
だが、娘のラクスの声はいささか緊張気味のように聞こえる。
その様子にアイリーンは、今出て行ってしまうのはどうかと思い、
自分の身の丈ほどもある木々の所で思わず足を止めてしまった。

「私……」
「うん。ラクス、言ってごらん」
「は、はい。あのですね、お父様」

父が優しく促すと、娘はらしくない強張った声を上げた。
アイリーンは立ち聞きするのは流石にどうかと思い、木の陰で踵を返そうと思ったが、
どうやら遅かったようだ。

 

「わ、私、とても大切な方が出来ましたのっ!」

 

ラクスの衝撃的発言にアイリーンは固まった。嫌、アイリーンだけではない。
勿論、父シーゲルも石造のように固まっていた。
娘の思わぬ告白に、シーゲルが含んでいたコーヒーが口の端からわずかに伝わり落ちる。
そして琥珀色の水滴がスラックスに染みを作ると同時に再び時が動き始めた。

「えっ……、あ……な、なっ、なにー!? そっ、それは!?」
「えっ!? お、お父様?」

父の予想外の反応に、娘は目を丸くして驚いているようだ。

「あ、あの議長が……あんな反応を示すとは……」

意外な展開とシーゲルの反応に、アイリーンは返しかけた踵を思わず戻した。
そして、木の陰からシーゲルと向き合うラクスのやりとりを見守る。
コーヒーカップを勢いよく置いたシーゲルの手が、わたわたと宙を当ても無くさまようが、
すぐに娘の婚約者の事を思い出して、取り繕うよう笑みを向けた。

 

「い、いや、済まない。ア……アスランの事だな。か、彼は誠実な上に婚約者なのだからな」
「えっと、違いますけれど」
「ラクス。い……今、なんと言ったのだ?」
「ち、が、い、ま、す。と、言ったのですが。その方はアスランではありません」

予想外の言葉を聞いたシーゲルが呆然と聞き返したが、当のラクスは首を軽く横に傾け、
さも当たり前のように答えた。
その告白による衝撃は父シーゲルばかりか、木の陰で成り行きを見守っていたアイリーンをも直撃する。
事実、彼女の表情はまるで埴輪のようになっていた。

 

「ち、違う!? ア、アスランではない……のか!? そ、それは、だ、誰なんだー!」
「えっと、お父様。お、落ち着いてください」
「落ち着いていられるか! 私のラクスをたぶらかしおって!」

どうやらラクスもここまで父が取り乱すとは思ってなかったのか、
少しばかり慌てながらなだめるが、鬼の形相となったシーゲルの怒りは、
完全に娘をかどわかした見知らぬ相手へと向かっていた。

「……私、たぶらかされてなんていません。お父様はキラの事、まだなにも知らないのに。
 だからお話しようと思ったのに、勝手に決め付けるなんて酷いですぅ」

父の発言に傷ついたのか、ラクスは頬を膨らませながらそっぽを向いた。

 

「……あら?」
「――あっ!?」

 

アイリーンは途端に冷や汗を流した。バッチリと視線は合ってしまった。
それもそのはず。ラクスがそっぽを向いたその先には、木の陰から覗き見る自分がいるのだから。
娘の膨らんでいた頬からは空気が抜けるが、その父はそれ所ではないらしい。

「あの……お父様」
「いや、だからなラクス!」
「ですから、お父様。アイリーンさんが御出でですけれど……」

父の反応にラクスは苦笑いを見せる。

「何をっ!? アイリーンよ、邪魔してくれるなっ!」
「あ……はい? そ、そう言うことなら……はい。あっ、またの機会にした方が良い……ようですね」

木の陰から出て来たアイリーンは、どうやらシーゲルの反応に戸惑い直立不動となって答えた。

「いいえ、そんな事は」
「いや、しかし……」

笑顔を返すラクスに、アイリーンは居た堪れない様子だが、
ようやくここに来てシーゲルは彼女の事を認識したようだ。

 

「……あ!? ア、アイリーンか。……いつからそこに?」
「……あの……議長」
「……うむむ」

相変わらず居た堪れない様子のアイリーンに、娘の事か、はたまた自分の情けない姿を
見せてしまった事でか、何故かシーゲルは頭を抱え込む。
二人を尻目に告白前の緊張など、まるで無かったかのようなラクスは、立ち尽くすアイリーンを促した。

「まあまあ、どうぞお座りになってください」
「あ、はい。ありがとうございます」
「アイリーン。済まんが、今見た事は他言無用で頼む」
「……承知しました」

どうやら切り替えの早いシーゲルが頭を上げながら言うと、アイリーンは頷いて椅子に腰を下ろした。
娘がアイリーンの分の紅茶を用意するのを確認したシーゲルは、
ここから先の話を流石に娘に聞かせるつもりは無いようだ。

「済まんがラクス。席を外してくれるか。先ほどの話はまた後でしよう」
「はい。それでは失礼します」

席を立ったラクスは軽く会釈をし、ハロとトリィを連れ庭園へと向かって行った。

 

木々にラクスの姿が消えるのを確認しすると、アイリーンは先ほどとは違い真剣な表情で、
鞄から書類を取り出しシーゲルの前に置いた。

「地球軍との会談の件が大筋で纏まりましたので、そのご報告と会談の原案です。どうぞ」

シーゲルは書類を受け取ると目を通し始めるが、どうやら思ったほどの事は書いてはいないらしい。
読むごとに眉間に皺を寄せている。

「もっと踏み込んだ話が出来ねば今回の会談の意味が薄れてしまう」
「しかし今回の会談の趣旨は――」
「――次も私が議長でいられるとは思わん。恐らく票はパトリックに流れる。
 君もそう感じているのでは?」

アイリーンの言葉を遮ったシーゲルの声は低く重々しい。一方のアイリーンは苦々しい表情で沈黙した。

「故に我々に残された時間は少ない」

長い沈黙の後、シーゲルはゆっくりとだが力を込めて言った。
それが今の現実だ。今、クライン派と呼ばれる派閥は徐々に追い込まれている。
二人ともそれを理解しているからこそ、こうして必死になって道を模索しているのだ。

 

※※※※※※※※

 

 プラント本国の某コロニーに住むホーク家――。
今日も姉、ルナマリアと妹のメイリンはリビングのソファに腰を下ろし、
テーブルに載せられた大量の菓子をボリボリパリパリと音を発てて食べながら、テレビへと目を向けてた。

「お姉ちゃん」
「なによ?」
「んぐうぐ……。この映画つまんない。番組変えていい~?」

パリポリポリ――と音を立ててメイリンはチョコスティクを口の中に収めてから言った。

姉のルナマリアも、この映画が相当つまらないのか、いつしかファッション雑誌を広げていた。

「ん~。好きにして良いわよ」

姉の了解を得たメイリンは、チャンネルを次々に変えていく。
その途中、画面に一瞬だけラクス・クラインの姿が見えた。

 

「そう言えば、帰って来たのに記者会見してないよね」
「誰が?」
「……ラクス・クライン」
「助けた地球軍の軍人達が良い人達だったなんて言っちゃったわけだからね。
 その辺りとか関係してるんじゃないの」

雑誌に目を落とすルナマリアは、興味も無い様子で応えた。
メイリンは、とあるケーブル系の番組で指を止める。画面には同じ位の年頃の少女達が映っていた。

「何の番組?」

賑やかな声を発するTVモニターが気になったのか、ルナマリナは顔を上げた。

「えっと……“ヨル・ヤン”だって。新人アイドル発掘オーディションの新番組みたい」
「ふーん。今って、ラクス・クラインが独り勝ち状態でしょう。そんな時期に……。
 ん? そんな時期だからかな?」
「何が?」
「……ううん。なんでもない」

何か思う所があったのだろうが、余りにも関係のない芸能界事情だと思ったルナマリアは、
画面を見詰めながら答えた。

 

「それにしてもこの子、なんかアイドル向きじゃわね」
「まあ、本物と比べたら……」

姉の言葉に、妹は苦笑いを浮かべながら言った。
モニターには灰色掛かった髪の少女――ミーア・キャンベルがマイクを握り、
ラクス・クラインの持ち歌を楽しそうに踊りながら歌い上げていた。

「アイドルより、ミュージシャン路線の方がいいんじゃないかな?」
「うん。歌は上手いよね」
「でも、売れるとは限らないわね。なんか軽いって言うか、薄っぺらい感じがするし」
「う~ん。でもさ、胸は本物よりもあるよね」

音楽を語りかけた姉に対し、妹は何とも本人が聞いたら泣きそうな事を言う。
決して悪気がある訳ではない。
そんな事を言っている間に歌い終わり、髪にリボンが印象的な娘が出て来るが……。

 

 どんがらがっしゃーん!!

「「プッ!!」」

 

次の少女はステージに出て来た途端いきなりこけた。しかも結構派手に。
姉妹は口に含んでいた菓子を噴出し、大きな笑い声で転がりだした。
尤もこの数分後には、机を汚した事を鬼よりも怖い赤毛の母に姉妹そろって咎められる事になるのでした。