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Last-modified: 2010-11-11 (木) 16:24:03
 

「…………ここは?」
ルナマリア・ホークは、目に差し込む緩やかな光に気づき、重い瞼を開け、
目の前に広がる光景に一瞬彼女は言葉を失った。

 

一面の、花畑である。

 

小さい頃よく父や母に読んでもらったおとぎ話に出てくるような、ほんわかした雰囲気が漂う空間。
ミネルバの自室で眠っていたはずの自分が、何故こんな場所にいるのかの見当が全くつかず、
彼女はただただ周囲を見回して、自分の見知った人間が居ないか祈った。
ふと、小高い丘のてっぺんに、何かが置かれているのが目に入り、
ルナマリアはぽつんと設置されたベッドから飛び降りた。
(人がいる!?)
白いテーブルと、同色のチェアが二つ。テーブルの上には古めかしいティーセットがひろげられ、
女が一人、手にしたカップで紅茶を楽しんでいた。
女の前にルナマリアは立っているのだが、長い髪に隠れて女の顔は見えない。
一つだけわかるのは、女の髪の毛が自分と同じ色だと言うこと。
「…あの」
「……ん? 何だ?」
おずおずと女に声をかけたルナマリアは、
男っぽい口調だったが女の対応が穏やかだったのに安堵し、
「ここ、座っても良いですか?」
「ああ、お前に座って欲しかったんだし、座りなよ」
女の物言いに少し不気味さを感じ取ったが、仕方なくそこへ座ったルナマリアは、
彼女に促されるまま、ビスケットを口にほおばった。
「美味しいか?」
「……え? あ、はい。美味しいです」
「良かった。口に合わなきゃあどうしようかと……」
ほっとした表情をみせる女の顔を見ながら、ルナマリアはますます不気味な感覚に襲われた。

 

~家で母が教えてくれたビスケットと全く同じ味がするのだ

 

「やっぱり、知ってるんだな、お前」
「!?」
いつのまにか、女が彼女の後ろに回り込んでいた。
ルナマリアはとっさに横へ動かんとしたが、それよりも女の方が早かった。
がっちりと体を押さえられたルナマリアは、ふりほどかんと藻掻くが、無駄だった。
人間離れした腕力で押しつけられ、肺に負荷が掛かり、うめき声を上げる。
「これは‘俺’が親父に作ったビスケットだ。確か、7,8才の時だったなぁ」
「え?」
女の声音が、変わった。それも、自分がよく知っている…………
そこまで考えた時、ルナマリアは顎を掴まれ、女の顔の近くまで引き寄せられ、
「何でお前だけ良い思いしているんだ? あんないい男まで見つけてよ……」
頭の中に、黒髪の少年の姿が浮かんだ。
「忘れたのか? 楽しく女の子やってる都合なんて‘俺達’にゃ無いんだよ」
ギリギリと首が締め上げられ、もうろうとしてくる頭の中を、泣き崩れる母がよぎる。
「あの‘死の天使’が地べたはいつくばるまで、‘私達’は良い思いしちゃならねぇ……わかるか?」
地の底からわき出たような、怒りの声。女は顔を隠す長い髪を払いのけ………

 

ルナマリアは、悲鳴を上げた。

 
 

「……ナ! ルナ! おい、大丈夫か!」
「……シ、シン?」
気が付けば、そこはあの白い空間ではなく、自分の部屋の、椅子の上だった。
出かけていって帰った後、眠くなってすぐに寝たことを彼女は思い出した。
「あ、ご、ごめん。悪い夢見ちゃっただけだから……」
「……そ、そうか。ならいいんだ。
でも、何かあるんだったら、俺やレイがいるから、いつでも言ってくれ」
「ありがと」
シンはほっとした顔で部屋を後にし、ルナマリアは寝汗でベトついた服を着替えようと、
部屋のクローゼットを開けた。その時、彼女の耳元で……

 
 

『夢だと思うなよ?』

 
 
 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第10話

 
 
 
 

「間もなくオーブ接続水域を離脱します」
メイリンが普段通りの明るさでブリッジ要員全てに告げ、それに答えるように、
バートがミネルバの索敵警戒レベルを上げた。
「カーペンタリアからの通信は開いているの?」
「はい、ずっと呼び出してるんですが……」
タリアの質問にメイリンが首を振って答えたとき、先程からレーダーを凝視していたバートは、
ゴックと周りに聞こえる位の音で息を呑んで、
「か、艦長! 本艦前方に熱紋多数! ち、地球軍艦隊です!」
「こんな所に!?」
タリアは一瞬耳を疑った。オーブ出航後に地球軍と戦闘になるとしても、
よりオセアニア大陸に近づいたところでと踏んでいたのだ。
しかし、連合側はミネルバを叩きつぶす気満々だったらしい。
「空母が四、戦艦六、駆逐艦が……八。他にも小型船舶多数が展開!」
ブリッジにいる全ての人間の顔色が青ざめ、タリアは身を引き締め、
アーサーは力が抜けているかのように椅子に座り込む。

 

~なぜ敵は一隻の戦艦にここまで?

 

という疑問が立ち上るが、それに答える者はここにはいない。
「待ち伏せを食ったか……、……マリク! 旋回してオーブ領海ギリギリで南下して!」
「し、しかし……」
「無理です! 後方にオーブ艦隊も展開!」
タリアは直ちに南下しニュージーランドをぐるりと回るルートを考えたが、
バートの言葉に躊躇した。オーブが後方に展開? 何故?
まさか条約締結は連合にすり寄る内容で、戦艦一隻と引き替えに何か好条件を?
と、先程までいた国への疑念すら頭をよぎり、彼女は頭を振ってそれをかき消した。
いくら考えてもきりはないし、今考えるべきは現状況の打開である。
「コンディション・レッド発令、艦橋遮蔽。対艦、対MS戦闘用意!
慣れない大気圏内での戦闘になるわ、地球の重力に注意して!」
今までにない剣幕で彼女は怒鳴った。
目の中に恐怖の色を宿したまま、ブリッジの皆は慌ただしく動き始める。
『ブリッジ、状況はどうなっている!?』
メイリンが艦内に戦闘用意の命令を伝えた直後、MSデッキとの通信がつながり、
金髪の男の顔がモニタに映し出された。ミネルバMS隊隊長、シャア・アズナブルその人である。

 

「ほ、本艦前方に空母四隻を含む地球軍艦隊、後方には領海守備と思われるオーブ艦隊が展開しています」
『後方にはオーブ……か、問題は前だな。メイリン、ゲタを使う。
カタパルト前に用意していてくれ。それと、今回は歩いて出るぞ』
シャアはそこまで告げると一方的に通信を切った。メイリンは少し慌てつつも、兵器庫管理室に繋いで、
ゲタこと、グゥルの用意を申請する。そんなとき、ふとタリアは不思議に思った。
~何故、あんなにも早くMSデッキに着くことが出来たのだろう?~
そんな考えを、彼女はアーサーの兵器起動命令を聞くと同時に忘れ去った。

 

「シンとルナマリアは発進後、私と敵MS及び敵艦を駆逐する。
レイとショーンは甲板で接近するMS隊をたたけ!
ノエミはミネルバ上空にて二人の援護を頼む」
『『『了解!』』』
あの騒ぎの時に積み込んだ甲斐があったなと、シャアはグゥルの上に乗って思った。
しかし、壊されるともう後がない程度しか艦載されておらず、万全の装備とは言い難い。
「敵の攻勢が緩んだ一瞬を見逃すな!」
シャアはバズーカを背中にマウントさせて、グゥルの上にまたがり、
ブースターの起動と共に、ザクの巨躯が空へと浮かび上がる。
シンのインパルスが、フォースで飛び立ち、その後ろをルナマリアがスラッシュで追従する。
レイはガナーで、ショーンはノエミのお下がりのガナーザクで出撃し、甲板に陣取った。
ノエミは、カオスの二番機でミネルバ上空の守りに入った。
それと同時に、ミネルバの主砲と副砲が左舷敵艦隊に火を噴き、これが戦闘開始の合図となった。

 

「落ちろ!」
シャアはグゥルをひねり、真下から接近を試みたダガーの不意を突き、
ビームを一撃、そのボディにたたき込む。爆散するダガーの向こうにもう一発放つと、
放たれた奔流が、インパルスに斬りかかろうとした別のダガーを捕らえた。
「シン、動きが鈍いぞ、何かあったのか?」
「いえ、何も!」
シンが息を切らして返し、ふと、シャアはざわめきに近い感覚を覚えた。
(何を気にしている? 動きからするとルナマリアのようだが……)
シャアは、海面近くでグゥルを滑らせながら戦う、スラッシュ装備のザクに目をやった。
相手の振るうサーベルをアックスの柄でいなし、その回転を利用し刃をダガーの胴体へつきたて両断する。
全開の戦闘や訓練からまた一歩洗練されているようにもみえる。
一見して、不都合どころか良い傾向に見えるのだが、何が彼を心配させているのだろう?
と、思うのもつかの間、インパルスとザクとの間にビームが数条駆け抜ける。
「ちぃ、こうも数が多いとは! ミネルバは?」
ミネルバの方角へ目をやると、彼らを取り囲むよりも多数のダガー・ウィンダムが取り囲んでいるのが見える。
今回救いだったのが、敵兵の練度がまだ低いことの一言に尽きる。
MSが配備され初めて二年ほどしかたっていないから当然といえようが、
MS同士の戦闘が初めての連中もちらほら混じっているようだ。
こちらもその点に関しては人のことはあまり言えないのだが。

 

慣れないMSで新鋭艦の弾幕の中を突破しろというのは、『死ね』と言うのも同義である。
レイ達の射撃以前に、CIWSに落とされる者も少なくなく、彼らの負担を幾分か軽減させていた。
そして何より、ノエミがシャアの想像以上に剛胆な女史だったことが功を奏した。
お互いに当たることを懸念する敵の心情を良いことに、カオスの格闘の力をもって切り込みをかけ、
がら空きになった敵の防備にレイとショーンが砲撃を加えて、面白いくらい敵が落ちている。
「あちらの心配は無用か、……む?」
ゾクリと、彼の背を悪寒が走り、シャアは敵艦隊最奥の空母の方角へ機体を向け、
(あれは……ビグロ? いや、違う。だがMAか!)
蟹のような、凶悪な四肢を持つ巨体が、此方へ近づいてくるのがわかった。
それと同時に、自分たちを囲んでいたMS群が蜘蛛の子を散らすように散開して行くのも。
「くっ!」
恐らくプレゼンのつもりだ。MA一機で突撃させて、性能テストと同時に邪魔な艦を潰す。
ビグロ似の外見から察するに、一定空間での高軌道と高火力を両立させた機体の一つだろう。
想像通り、ミネルバの火砲が全てあのMAに向けられ、
主砲と副砲、対空ミサイル全砲門が火を噴いた。
ただ、シャアのみならず、ZAFT勢には一つだけ誤算があった。
(……避けないだと!? まさか!?)

 
 

「これは……マズイね」
オーブ国防本部発令所。その巨大モニターに映る光景に、ユウナ・ロマ・セイランは唇をかんだ。
彼だけでなく、ここにいるオーブ軍人全員が、
今にも飛び出して加勢したいという欲求を抑えつけているようだった。
「カガリに仕事をたくさん残しておいて正解だったね」
「ええ、あの方なら恐らく飛び出していったでしょうから」
「それにしても、あの兵器はすごいね。特装砲はまだ使ってないにせよ、あの防御力は……」
デタラメだ。そう言ってユウナはオーブ艦隊には迂闊に動かぬよう再度通告した。
艦隊を任せているトダカ一佐は、いまは机で書類と格闘している彼女とよく似た気性の持ち主だ。
ユウナは、今ここで彼らに手を貸せない状況であることに強い憤りを感じるが、
オーブがこの時ZAFTに手を貸したとなれば、大西洋連邦、
とりわけ彼らの後ろにいる『連中』が黙ってみているはずがない。しかし……
「……! スドウ三尉! カーペンタリアと連絡はとれるか?」
「カーペン、タリアですか?
旧世紀の海底ケーブルがいくつか生きていますから、不可能ではありませんが……」
「秘匿回線が使えれば良いんだけど……。やってくれ!」
ユウナは通信管制官にカーペンタリアと密かに通じるよう言いつけると、
トダカ達防衛艦隊に、
「ミネルバが面舵に梶を切ったら、ミネルバと地球軍艦隊の間にミサイルと砲弾の雨を降らせろ!
ミネルバには絶対に当てるなよ! 水の壁と弾幕を作るだけで良い。
地球軍には『照準装置の故障』だとでも言い張っておけ!」

 
 

シャアはグゥルのブースターをふかし、MAのクローの一閃を辛くもかわし、
機体をひねってバズーカをその巨体に向かって放つ。
だが、その巨躯に似合わぬ速度でMAはそれを回避すると、四肢に搭載された大口径ビーム砲を
ザクめがけて発射してくる。
「ええぃ!」
先程からこの繰り返しだ。シンのインパルスの機動で回り込もうとしても、
全身に火砲が設置され不意を突けないし、レイとショーンのガナーが上手く奴を捕らえたと思いきや、
MAの機体の三点でまた微光が現れたと思ったときに、ビームがはじかれる。
「Iフィールド、いや、ビームシールドと言った方が良いか」
UCの頃、デラーズ紛争でIフィールドを搭載した二機のMAが活躍したとは小耳に挟んだ事があるし、
フィールドではないが、ビームの効かない相手がいたことも思い出す。
(まさかアレまで作っているとは思わんが、厄介なことになった)
もしこのまま奴に載せられるまま戦闘が長引けば、疲れるのは此方で、
回復した敵MS群の来襲が待っている。是が非でもここで此奴を落とさなければ……
気休めと言えば、ミネルバが放った砲弾が、紛れとはいえ敵艦隊の一部に当たっているということと、
オーブ艦隊の砲撃が連合側の足止めとなっていることだろう。後者は恐らくわざとだ。

 

PiPiPiPiPiPiPi…

 

「……!? くそっ」
『シャアさん!』
メイリンの悲痛な声が、通信機越しに聞こえた。向こうでも恐らくわかったのだろう。
バッテリー切れだ。
ガクンと力の抜けたザクの両肩を、MAのクローが掴む。
モニターの落ちたコクピットでシャアが感じたのは、掴まれた衝撃と、グッとからだが持ち上がる感覚。
急降下しているのだ。このまま行けば、ザクのボディは海面に叩きつけられ、自分はどうなるか。
シャアは臍を噬んだが、不思議と恐怖は感じなかった。二つの気迫の塊が、こっちに向かっていたからだ。
だが、妙だった。近づいてくるのがわかったが、そのうち一つが、急激に爆発したのだ。
機体が爆発したとか、そういうものでは無い。

 

~感情の爆発

 

その者の精神が、急激にふくらむような、妙な感覚であった。
「これは、シン!?」
彼は思わずコクピットハッチを開けて、外の光景を見、息を呑んだ。
インパルスが、信じられないほどなめらかな動きを見せていた。
ビームが放たれるや、それをすれすれで回避し、
滑り込むようにMAの眼前に接近すると、ビームを発射した前脚を切り落としたのである。
『ルナマリア! 手伝え!』
『わかった!』
赤いザクウォーリアも、インパルスに負けじとグゥルを急上昇させて……
『こっちだカニ野郎!』
MAはシンに気を取られたか、前脚を切られたことに動揺したのか、
ルナマリアが後方をスッと抜けたことに気が付いていないようだった。
今更になって、MAの危機に連合のMS群が飛び出してくるが、後の祭りであった。
『でぇあ!』
ルナマリアはグゥルから飛び降り、ブーストして加速を加えながら、アックスをおおきく振りかぶった。
大斧の切っ先はMAの背に吸い込まれるように突き刺さり、悠々と引き抜くのと同時に、
MAの機体のあらゆる所から爆煙が上がり始める。これが、ミネルバ反撃開始の合図だった。

 
 

「……ZAFTと連絡せずには済んだ、か。ま、大変なのはここからだけど」
ユウナは歓声を上げるオーブ軍人達をよそに、ボソリと呟いた。
今更ながら、痛いカードを連合側に渡してしまったことになるからだが、
そこをどうやって切り抜けようかと、わくわくしてしまう自分に少し嫌悪しながら、
彼は発令所を後にしようとした。
そんなときであった。発令所の索敵班の一人が、彼の元へ歩み寄り、
「オーブ近海で一二ほどの機影が見つかりました。ムラサメを向かわせますか?」
「相手は? 潜水艦? MS?」
「いえ、MSとしか、ミネルバの戦闘区域からあまり離れていませんが……」
ここでやっておくべきだったのは、少なくともその地点へ巡視船を派遣しておくことだった。
しかし、ユウナはミネルバが無事乗り切った事への安堵で少しゆるんでいた。
その事を、彼は後悔することになる。

 
 

ミネルバのMSデッキは、喜びの声で満ちていた。
コクピットから下りたシンは、ヨウラン始め技術スタッフや、
ショーン達も駆け寄ってきたので度肝を抜かれた。
「シン! やったじゃんか!」
ヴィーノが背中を叩いてくるが、今はその痛みも心地よかった。
周囲の者達から頭を撫でられ、背を叩かれ、激励の言葉を聞いていると、
自然と叫びたい気持ちに駆られたが、
「シン」
この声を聞いた瞬間、身が締まる。
「……さっきのは見事な操縦だったな。何かあったのか?」
シャア隊長の後ろでは、興味深げにレイ達も自分の顔をのぞき込んでいる。
しかし、アレに関してはどうも上手く説明が付けられない。
「いえ、……自分でもよくわからないんですよ。連合との戦闘でカッてなって、
 隊長のザクのバッテリーが切れたって聞いて、
 で、キレた瞬間こう、頭がバァーッてクリアになって」
ロッカールームに向かいながら、必死にあの感覚について語ろうとはするものの、
上手く言葉が喉から出てこない。
「いずれにせよ、今回の大殊勲はシン、お前だ。よくやってくれた」
シャアの顔が綻んだのをみて、シンは妙にこそばゆい気分になった。
シャアはシンの様子を見て、今度はルナマリアに、
「君もこの間とは見違えたな……」
「あ、いえ、たまたまですよ」
「たまたまじゃない、ルナマリア。別人が乗り移ったみたいだったぞ」
レイがシャアに続いてほめ言葉を口にしたが、ルナマリアは急に沈んだ顔つきになった。
「……ルナ?」
隣にいたショーンとノエミが心配そうに肩に手をかけようとしたが、
「……!? あ、あたし疲れちゃったから! もう着替えるわ!
べ、別になんでもないから、心配しないで!」
そこまでを早口で言い残して、女子ロッカールームに駆け込んでしまった。
「…地雷を踏んだのか?」
「…………さぁ?」
その場にいる全員が、訳がわからないと首をかしげる中、ミネルバは先ほどの戦闘の名残を残す海を後にした。

 
 
 

※※※※※※※

 

アスラン・ザラはピンク髪の少女が持っている赤い上着を受け取って、懐かしげにそれをひろげた。
それを羽織った後、襟を止め、ふぅと息をつく。
この服を着ることはあるまいと、この前まではそう思っていた。
だが、またもう一度、こうして袖に手を通してみると、
何とも言えぬ高揚感や、郷愁に近いものを感じる。
『だから、君は『アスラン』になってくれ』
あの時のユウナの言葉が、頭に響く。自分の大切な、プラントや、オーブ。
そして、彼女を守るための力、アスランは二年の時を挟んで、またそれに手を伸ばしたのである。
「すっごい! 似合ってるよ!」
少女の無垢な顔に、思わず頬をゆるませ、アスランは自分を見つめるもう一人の男と向き合った。
「議長……」
「友達との挨拶は終わったのかい?」
ギルバート・デュランダルの言葉で、アスランは昨日の出来事を思い出す。
ユウナの後押しがあっても、まだ気持ちがぐらついていた自分を叱咤してくれた、
イザーク・ジュールと、ディアッカ・エルスマン。そして、今は無きニコルとミゲル。
死人の声が聞こえるはずもないのだが、不思議と彼らの声も聞こえたのだ。
「はい」
「それはよかった。……でもよかったのかい?
普通に復隊したいとのことだったが、通常の命令系統から外す手もあったんだよ?」
先日、デュランダルに『ZGMF-X23S セイバー』を見せられたとき、
『特務隊』に入った上でと言われ、辞退したのだ。
一度ZAFTを裏切った自分に、この称号は重すぎるし、なにより、同じと組む隊の人間や、
その栄誉を欲している同胞達への侮辱と取られかねない。
デュランダルに対しても、「何故彼奴を…」という批評に曝される事に繋がるかもしれない。
そんな足を引っ張るような形での復隊など、出来るはずがなく、自分もそれを望んでいなかった。
「それは先日も申したはずですが……」
「ああ、すまない、忘れてくれ。
 それはそうと、君もオーブの動きは気になるだろう?
 だから発進後はミネルバに直接合流してくれ。恐らくオーブに留まっているか、カーペンタリアだ」
「わかりました」
アスランはデュランダルに敬礼すると、ミーアにも一礼し、
踵を返して議長執務室を後にしようとした。
「アスラン君!」
「……?」
「君の力はもはや君だけのものではない。
 地球に行ってもこれだけは忘れないでくれたまえ。
 重力に引かれて自分を見失うな」
「……は!」
アスランが執務室を出て行き、ミーアが暇そうだったので自室に戻るよう行った後、
デュランダルは、自分のデスクのPCの画面をスリープ状態から立ち上げ、あるウィンドウを映し出す。
この間の、プラント核攻撃隊を壊滅させた『緑の悪魔』、その最大望遠画像である。
それをメールに張りつけて、彼はミネルバのある部屋宛で送信していた。
軍事機密となっている画像をながすのは本来あってはならないことだが、
もしや彼ならばと言う考えが、どうしてもデュランダルの頭の中から消えなかったのだ。

 
 
 

※※※※※※※

 

宇宙、某所。
かつてサトーらが潜伏していた拠点が、まばゆい光を放ち爆散した。
固い岩盤と鉄板で固められたそこは、高熱でねじ曲がり、衝撃に砕かれた。
その元となったのが、宇宙の闇に浮かぶ、三機のMSからであった。
不釣り合いなほどに大きな二門の砲塔を持つMSが二機。
先日プラント・連合を騒がせたあの緑の悪魔とは別の、緑を基調とした、
大型のミサイル発射装置を背負ったMS。
後者は2連装のビーム・ガンを右腕に、左腕には西洋騎士の盾のようなシールドを付けている。
いずれも、ダガーやジンと比べるとはるかに大きな機体であった。
火力に特化したそのMS達は、岩塊は破片も残さず燃え尽きるのを見届けると、
機体をひねって、背後に浮かぶ巨大な艦に向かった。
きっと、その姿を見た人間は悉くがある男の名前を思い浮かぶはずだ。

 

『ジョージ・グレン』~C.E.の史上にコーディネイターという言葉を生み出した男
その男が乗った、ツィオルコフスキーにうり二つの、巨大な艦が浮かんでいたのである。

 

「お疲れ様でした。いかがでしたか? PMX-000と001の乗り心地は?」
三機のMSから降り立った、黒ずくめの三人組に、技術員の一人が近づいて行った。
ヘルメットを外した三人のパイロットは、女が一人、男が二人だ。
「最高だったよ。あの360°全部見渡せるコクピットには驚いたし、機動性も申し分ない。
 何より火力には言葉がないよ。特に000の方はねぇ、そうだろ?」
「ええ、そりゃもう」
隻眼の女の問いに、ひげ面の男が笑って返し、メガネの男も同じ意見のようだった。
「でもさこのMS、本当にあの方がデザインしたのかい?
 私にはどうしても想像できなくてさぁ」
女は首をかしげた。自分たちの知るあのお方は、こんな血生臭い、
もといオイルくさいものとは無縁のイメージが強い。
「しかし、上から下りてきた話では、あの方から直々に賜ったものだと」
「……まぁ、いいけどね」
女はそれ以上興味は内容で、デッキの真ん中で大きくのびをし、
その視線の先に茶髪の少年がいることに気が付いた。
「あいつ……」
あの方肝いりでこの間艦に転属してきたというガキだ。
そこまで考えて、彼女はまたさらりとながした。
彼女は難しいことはあまり深く考えないようにして、今まで生きてきた。
そのスタイルを今更変える気持ちなど持ち合わせては居ない。
「ふぁ~あ、眠……」
もう一度のびをした後、彼女はロッカールームへ足を向けた。

 
 
 

コツコツ…

 

廊下を歩く少年の足取りは速い。その目の中には、怒りと憎しみと、歓喜。
同居するのに相応しくない感情が入り交じり、少年の目を濁らせていた。
「姉さん!」
部屋の中に荒々しく入っていった少年は、PCと向き合っていた女性の近くまでズカズカと近づくと、
「オーブの部隊が全滅したって、本当?」
「ええ、本当よ。とうとうあのお方が重い腰を上げられたわ」
女性はキーボードをいじって、ある映像を呼び出す。
緑色の、ZAFT製MS達の四肢を切り落とし、戦闘不能にしてゆく、
青い羽根を華麗にひろげる天使の映像。
少年は唇を噛みしめて映像に見入り、握り拳はワナワナと震えている。
女性はその様子を楽しげに、まるで観察するように見やると、
「あなたもああいう風に動かせるのよ。もうすぐ届くから、それまでの辛抱……」
「NZ-000はだめ? 今すぐにでも…っ!」
「ダメよ! あれは大きすぎて、強すぎる。あれはもっとふさわしいときに、しかるべき場所で。
 …………わかるでしょう?」
「うん」

 

「あなたならできるわ。あの方の隣も、きっとオリジナルのものでは無くなるから」

 
 
 

第10話~完~

 
 

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