Canard-meet-kagari_第22話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:32:48

第22話

 L5宙域に位置するコロニー群『プラント』、ヘリオポリス崩壊により本国への帰還命令を受けたヴェサリウスはヘリオポリスから遥々戻ってきたのだ。
 漆黒の宇宙空間に並ぶ100基以上の砂時計の様な景観のコロニー群は、ヘリオポリスのような密閉型のコロニーとは違いコロニーの両端に居住地帯を設けた、天秤型と呼ばれる次世代型スペースコロニーだ。
 コーディネーター達の高い技術力で作られたこのコロニー郡であったが、地面以外は分厚く張られたガラス張りという構造上、密閉型より耐久度などがやや劣るという弱点がある。そのため、ザフトはプラント防衛の為に資源採掘用の小惑星を改造した軍事要塞ヤキン・ドゥーエを主軸とした防衛網を構築したのだった。
 さらに、この防衛網に加え、現在L5に向けて曳航と要塞への改装が進められているボアズが加わればプラントの守りは鉄壁のものとなる。
 ヴェサリウスはガイドビーコンに従い第四ドッグへ入港していく。
「負傷兵の搬送準備を急げ、イージスとデュエルはマイウスの研究所への移送するから作業員は準備をしておけ」
 艦長席に座ったアデスが的確にクルーに指示を出していく。
(この男には、いつも助けられるな)
 プラントまでの一週間、アデスが艦の雑務をクルーゼの代わりにしてくれたため、クルーゼは委員会への報告書の作成する事に集中できたのだ。
 アデスの有能さ再確認したクルーゼにアデスが話しかける。
「委員会は何と言うでしょうかね」
「解らん、アスランがシャフトを破壊したのは事実だが、それまでの地球軍側の戦闘で大分コロニーにもガタがきていたからな」
(委員会の追及をアレだけで交せるとは思えないが……)
 クルーゼはヘリオポリスの崩壊の原因は地球軍の新型兵器郡に搭載された過剰なまでの威力の武装によるものという主旨のレポートを作成したのだが果たして委員会は納得してくれるのか……
(クビになったら裏で自由に動けて便利なんだがな……)
「艦長、シャトルの用意が出来たそうです」
「では行って来る。後の事は任せた」

「再度確認しました。半径5000に、敵艦の反応は捉えられません。完全にこちらをロストした模様」
 トノムラの報告にブリッチに居る全員が安堵の声を挙げる。
 アルテミスでの襲撃から一週間が過ぎ、アークエンジェルは何とか敵の追撃を振り切れた様だ。
「アルテミスが上手く敵の目を眩ませてくれたってことかな?だったら、それだけは感謝しないとね」
 ムウが茶化すように言うがナタルは強い口調で否定する
「アルテミスは我々からMSのデータを手に入れたのです。それぐらいは当然かと」
「まだ気にしてるのかい?アイツがMSのデータをユーラシアに渡した事」
「当然です。そして、その行為に対するカナード・パルスに対する処罰が何も無い事にも納得がいきません」
「仕方ないだろう、アイツが言うには俺達からの命令でMSのデータを渡すようにアルテミスの指令に言われたそうなんだから。
 そしてその事が本当かどうか調べる手段は俺達には無い。そういう事は無事に本隊と合流してからだ」
 ムウは軽い調子で言うが本心は穏やかではない
(けどアノ狸親父が相手だと簡単にはいかないだろうな、噂じゃ相当な策略家で凄腕のMSパイロットもその手腕で抱き込んだって話しだ)
 もしガルシアに問いた出したとしても本人は知らないの一点張りか、あるいはマリュー達かカナードが自分からMS情報を漏らした事にすればいいのだ
(唯一の気がかりはアイツの着ていた特別製のパイロットスーツだがアレはエース用のオーダーメイドの一級品だぞ、アイツの話ではブリッツの迎撃に出撃する時にアルテミスの兵士から着るように言われたって話だったが……)
 その時ムウの頭の中で『ユーラシアの凄腕のMSパイロット』、『エース用のパイロットスーツ』、そして『カナード・パルス』この三つが糸で結ばれ一つの可能性が浮かび上がる。
(まさか……だが十分にありえる話だ)
「どうかしましたかフラガ大尉?」
 ナタルが珍しく難しい顔で悩んでいるムウに声をかける。
「え?いや、ところでボウズ共はどうしたんだ?」」
 ムウがブリッチを見回し、ヘリオポリスの学生達が居ない事に気づいた。
(言うと、また面倒な事に成りそうだし、今は黙っておくか)
「彼等には今日は休むように言ってあります。
 この一週間、彼等には食料状況の再確認と配給の分配データの作成、航路のシュミュレーション等、働き通しでしたから」
「そうか、アイツ等軍人でもないのによく働いてくれたからな」
 アルテミスからマリュー達は敵の追撃を逃れる事に集中していた為、艦内の雑務をヘリオポリスの学生達に丸投げしてしまっていたのだ。
 カガリとミリアリアは現在のアークエンジェル内の物資の確認、避難民達の現状調査。トールはアークエンジェルの航路データの作成、そしてサイは全員のまとめ役として各自のデータを見やすい形に修正するという役割だった。
「そうね、彼等には休息は必要だわ、これから話し合う問題は私達が決める事だし」
 マリューが飲んでいたドリンクから口を離し、ムウに相槌を打つ
「実際のところ、かなりマズイのかい?」
 ムウの質問にナタルがカガリ達が作った資料を基に現状を報告する。
「水は艦内で循環して使ってますが、それでも使用制限をしないとやっていけませんし、食料もシモンズとハウの二人が再分配表を作ってくれましたが、配給量が少なく避難民が暴動を起こす可能性もあります」
「あちゃ~そんなに少ないのかよ」
「けど今は非常事態なのよ。何とか我慢してもらえないの」
 その報告にムウとマリューがそれぞれ感想を口にする。
「我々と同じ軍人なら耐える事も出来るのでしょうが彼等は民間人、しかも世界で最も恵まれた国オーブで暮らしてたんです。耐えろと言うのが無理な話です」
「そんでもって避難民をそんな状況に陥れた原因は俺達にもある。怒りの矛先が俺達に向くのは当然か」
「次に弾薬にですが、これもあまり余裕が無い状況です。そして今の我々に絶対的に不足してるのが薬です」
「薬?」
「はい。避難民の中には慣れない避難生活のせいで体調を崩す者も少なくありません」
 これはナタルでさえ予想してなかった事態である。
「問題は山済みね」
 マリューが頭を押さえながら答える。
「次に本艦の取れるルートがこれです」
 スクリーン上にアークエンジェルの針路をシュミュレートしたデータが呼び出される。
「これで精一杯か?もっとマシな進路は取れないのか!?」
 ムウの意見にノイマンが反論する。
「無理ですよ。あまり軌道を地球に寄せると、デブリベルトに入ってしまいます。ここを突破できれば月軌道に上がるのも早いんですが…」
「突破は無理よね……」
 マリューが溜め息混じりに言う。
「このアークエンジェルがPS装甲なら可能なんでしょうけど……この速度を維持して突っ込んだら、この艦もデブリの仲間入りです」
 アークエンジェルのラミネート装甲は物理攻撃に対してはビームほどの耐性を持たないのだ。
「この船もゴミの仲間入りか……待てよ。スペースデブリ、宇宙のゴミか!」
 ムウが何かに気づき端末を弄る。
「どうかしたんですか大尉?」
「不可能を可能にする男かな?オレは」

 クルーゼとアスランがシャトルに搭乗しようとすると思いがけない人物に出合った。国防委員会所属を表す紫の軍服を着た精悍な顔つきの中年男性だ。
 この男こそアスランの父にして、プラント国防委員長を務めるプラントのナンバー2、パトリック・ザラその人である。
「御同道させていただきます、ザラ国防委員長閣下」
「礼は不要だ。私はこのシャトルには乗っていない。いいかね、アスラン」
 パトリックはアスランにこの事を口外しないように促す。
「はい父上……いえザラ国防委員長」
「今は公の立場で居る訳ではない、そう畏まるなアスラン」
「はい……」
 二人はシャトルに搭乗するまで久しぶりに親子の会話をするハメになった。
「大分派手にやられたそうだなアスラン」
「自分の未熟さに恥じるばかりです。戦友を救う為とはいえヘリオポリスに多大な被害を与え、さらに残された最後の一機にも良い様にあしらわれるなんて……」
 悔しさで拳を握り締めるアスランをパトリックは優しくを諭す。
「そう自分を責めるな、お前より強い者もいる…それを知った事が良い経験に成っただろうアスラン」
「あの父上……」
「なんだアスラン」
「スーパーコーディネーターというものをご存知ですか?」
 以前、ストライクとの交戦の時に敵パイロットが口走った言葉だ。アスランはその言葉の意味を知らなかったがパトリックなら知ってるんじゃないかと思ったからだ。
「スーパーコーディネーター?下らん。そんなものはただの幻想だ!二度と口にするな」
「申し訳ありません」
 アスランはそれ以上スーパーコーディネーターについての追求はしなかった。父の態度から酷く馬鹿馬鹿しいモノなのだろうと思ったからだ。

「貴様にしては不手際だったなクルーゼ、ジンを9機も失い、奪った新型の内一機を中破するとは」
「それだけ敵は強大だったという事です、レポートに添付した戦闘映像を御覧になられたでしょう?」
「確かにこの映像を見れば、ヘリオポリス崩壊の原因は貴様の言い分通り、ナチュラルの開発したMSに搭載された兵器の威力のせいになるだろう…しかしだ、今後の事を考えるとただ見せるだけでは意味は無い」
「と言うと?」
「貴様の寄越した戦闘データ……あれでは敵パイロットの技量ばかりが際立って、MS本体の性能の脅威が和平派の連中にまるで伝わらん」
「!!確かにおっしゃる通りです」
 パトリックや自分の様に普段からMS接してる人間なら、連合のMSの驚異的なまでの性能に目が行くが和平派議員にその性能が伝わるか疑問である。
 さらに同程度の性能のMSに乗ったザフトレッドが手玉に取られてる事から、その性能は敵パイロットの腕によるものと取られる可能性まであるのだ。
(新型機開発の決定打になると思ったがこれでは……)
 クルーゼ、いやクルーゼ達には自らの技量を100%引き出す事の出来るMSを得る事は急務であった。
 ザフトのMS開発計画が和平派との衝突で進展しない為に、連合の新型MS、ストライクとイージスを手に入れようと『彼女』に頼んで連合のMS開発部に色々と仕掛けたのだが結局その二機を手に入れる事が出来なかった。
 そこで、今度は連合のMSの威力を和平派議員に見せ付ける事でザフトの新型開発を急がせようとクルーゼは思ったのだが、思わぬ所で計算が狂ったものだなと思いながらクルーゼはパトリックの話しに耳を傾ける。
「そこで私はあの機体のパイロットを奴の同類という事にして、委員会の場で例の事の存在も発表しようと思う」
(彼と同類?笑わせてくれる……そんなカワイゲのある相手なものか)
 クルーゼはそう言ってやりたい衝動を抑えてパトリックの意見に頷く、どうやらあの事を査問委員会で発表する事で委員会全員の連合への憎しみと恐怖を煽るつもりの様だ。
(ならば乗ってやればいい)
「ザフトのトップガン達が束に成っても敵わなかった相手です。他の議員の皆様方も納得するかと」
 その言葉を聞いたパトリックは少し黙った後にこう切り出した。
「実は奴が貴様たちが出撃した直ぐ後に専用ジンを奪い脱走した」
「本当ですか」
 クルーゼが業とらしく驚く。
「前々から調査をしてきたのが感づかれた様だ、追撃を任せた部隊は尽く返り討ちにあった」
「で今は……」
「L4の外れの廃コロニーに潜伏しているらしい……本来なら貴様やあの男に追撃を任せたかったが貴様にはヘリオポリスでの任務があり、あの男はボアズの守りの要、どちらも向かわせられなかったので代わりを出した」
「代わり?」
(私とあの男以外に彼に敵う人物など今のザフトには居ないはずだが……)
「傭兵だ、それもとびっきり優秀な」

「え~こんだけ?」
 アルテミス以来ザフト艦からの追撃は無く一週間が過ぎた昼、今日は早番だけだった為にミリアリアと一緒に食堂で昼食を取ろうとしたトールは久々のトレイに乗った食事の量の少なさに不満の声をあげた。
「文句言わないの。これでも他の避難民に比べたら艦の仕事を手伝ってる分多いんだから」
「けどさ、毎日ブリッチ勤めでハンバーガーとかばっかだったんだぜ?久々にちゃんとした食事が楽しめると思ったのに」
「ほら元気出して!私のオカズ少しあげるから」
「いいよミリィだってお腹が空いてるだろ」
「なんだか最近、食欲が無くて……」
「駄目だよちゃんと食べなきゃ、顔色だって悪いし……最近寝れないんだろ?」
「良いのよ気にしなくて、今日はこれからグッスリ寝るつもりだから」
「そう?ならいいけど……」
 トールは今までミリアリアの体調の変化に気づかなかった自分の迂闊さを恥じたその時に突如後ろから声を掛けられた。
「なあアイツを知らないか?」
「うわっ!」
「カガリさん!」
 思わずトールが仰け反る。
「そんなに驚くなよ」
「ごめんなさい、でアイツって?」
「カナードの事だ!やっと時間が出来たからアイツに約束を果たしてもらおうと思ってな」
「約束?なんだよそれ」
「ヒミツだ」
 カガリがもったいぶって言う。
「たしかトレーニングルームに居たと思ったけど?」
「トレーニングルームか、サンキュー」
そう言うと一目散に出て行く。

 カガリに入れ替わって今度はサイが食堂に入ってくる。
「あっミリアリア、悪いんだけどさフレイが風邪を引いたみたいなんだ」
「大変じゃない!」
「うん、それでさ……言い難いんだけどさ、ちょっと見てやってくれないかな?ほら、フレイは女の子だし色々と……」
 口ではそう言ってるがサイはフレイに会うのが気まずいのだろう。二人はアルテミスの一件の仲直りが最近の忙しさもあってかまだ出来ずにいたのだ。
「いいわ、任せて」
 そんな二人の関係を知ってるミリアリアは安請け合いをする。
「ありがとう、助かるよ」
 サイが地獄に仏とばかりに喜ぶがトールは内心穏やかではない。
「ミリィ良いのかよ?」
「大丈夫よ」
 ミリアリアがいつも通りのチャーミングな笑顔で答えるが、その時トールはその彼女の笑顔が酷く儚く見えた。

 アークエンジェルのトレーニングルーム、カナードはそこで唯ひたすらに走り続けていた。
 宇宙での生活では体が衰えないようにトレーニングを重ねるのが常だが、今のカナードにはそんなものとは比べ物にならないハードなトレーニングだ。
(もっとだ、もっと速く、もっと力強く)
 カナードはそう念じながら一歩一歩を踏み出していく
(そうでなければ追いつけない、俺はヤツに追い着き、必ずその前を走ってやる)
 それこそがカナードの生きる意味、いやソレを成し遂げなければカナードは世界に存在しないのだ。
 何年か前にカナードが出合った黒髪の男は、生きる意味を見い出せなかったカナードにキラ・ヤマトの名前を教え、その時までに鎖に繋がれながらも、牙と爪を研ぎ澄ませと言い残し去っていった。
 それ以来カナードは日夜、その牙と爪を研ぎ澄ませているのだが……
(こんな事をしていて俺は本当に良いのか?)
 アルテミスの襲撃以来、敵は全くこの艦に攻撃を仕掛けてこない為、MSの整備とOSの調整以外にすることが無いカナードはトレーニングに没頭する事で空いた時間を潰してきたのだが、一週間も過ぎると飽きて他の事を考えるように成ってくる。
(敵の襲撃が無いって事はザフトは追撃を諦めたのか?)
 カナードは今までの戦闘で自分とストライクが派手に暴れすぎたからザフトは恐れをなしたのか考えたのだ。
 それではやっと見つけたキラ・ヤマトの手がかりであるアスラン・ザラには、もう会えないのかと思ったが、直ぐにその考えを打ち消した。
(見逃すははず無い、ザフトは何としても今の内に連合のMSの開発計画を潰したいはずだ。今は確実に俺とストライクを倒す為の準備期間というところか)
 カナードは、今ザフトが襲ってこないのはザフト側のガンダムの修理とパイロットが機体に慣れる為のトレーニングをしているのだろうと推測した。
(そうなると前の様にはいかないな)
 ブリッツ一機だけでも相当てこずったのである、機体にパイロットが慣れたら前の様にカナードの一方的勝利にはならないだろう。
(だがその時には、あのアスランって野郎も必ず出て来るはずだ。その時こそ聞き出してやる……キラ・ヤマトの居場所を)
 そしてカナードは黒髪の男が最後に言い残した言葉を思い出した。
『君はいつか必ずキラ・ヤマトに巡り合う。それが君の運命。焦らずにその時を待つんだ』
 だがカナードは運命などという曖昧なものを信じるつもりは毛頭なく自分の能力を総動員して必ず見つけ出すつもりだ

「いたいた。おいカナード」
 カガリがトレーニングルームに駆け込んでくる。カナードはトレーニングマシーンを止めてカガリと話す。
「お前か。何の用だ」
「ほら、この前の約束を覚えてるか?」
「約束?ああ、覚えてるぞ」
 ブリッツとの戦闘の折にカガリの言葉がヒントになり、見事ブリッツを撃退する事ができたので気を良くしたカナードはカガリの頼みを一つだけ聞いてやると言ったのだ。
「最近は忙しくて時間が無かったが、やっと時間が出来たから守ってもらうぞ」
「で?何だ頼みって」
「私にMSの操縦を教えろ」
「……無理だ」
 カナードはその不可能に近い頼みをあっさりと却下する。
「何でだ!きいてくれるって言ったじゃないか!!」
「常識を考えてから言え!お前にMSの操縦を覚えられるはずが無いだろう」
「やってみなければ判らないだろう!MSのゲームだってやったことあるし」
「ゲームはゲームだろうが!だいたい強いのかお前?」
「うっ!!」
 カガリはオーブ本国のゲームセンターで赤い瞳の妹連れの少年にMSのゲームでボコボコにされたのを思い出したが強気な態度で答えた。
「ああ、強いぞ!ジュリ達も私には敵わなかったし……」
「それでも無理なものは無理だ!お前がMSの操縦を覚えるなんてサルが飛行機の操縦を覚えるのと同じ位に難しい事だ!!」
「サルだって電車の運転が出来るんだ!飛行機の操縦だって出来るはずだ!!だから私だって出来る!!」
「言ってる事が無茶苦茶だ!!兎に角、他の頼みを考えるんだな」
「ケチ!!」

 カガリが他の頼みを考えてると小さな影がレーニングルームに入ってくる。
「おね~ちゃん!えるとのやくそく」
 小さな女の子がカガリのズボンを引っ張る。
「え?……ああ一緒にお話を聞くんだったな」
「早くいこうよ」
「分かった分かった、教えに来てくれてありがとう」
 そう言うとカガリはしゃがみ込み、女の子の頭を撫でる。
「ダレだ?そいつ」
 カナードが女の子に指を差しながら聞く。
「避難民の女の子でエルちゃんっていうんだ。そうだ、お前も一緒に来ないか面白い話が聞けるんだ」
「話?」
「そう、避難民の中に世界中の民話だとかに詳しい人が居て、毎日その人に話を聞きにいくんだ……そうだ!お前も一緒に聞きに行かないか?暇なんだろう?」
「いいだろう、退屈していた所だ」
「決まりだな」

 プラントの政治の中心であるアプリリウス1にやってきたアスランとクルーゼはシャトルステーションから透明なエレベーターチューブを降りながら、備え付けられたテレビに映るニュースを見ていた。
 ニュースでは間じかに控えたユニウス7追悼式典についてのプラント最高評議会議長シーゲル・クラインによる声明発表が行われていた。
 アスランは無意識の内にモニターの中に写るクライン議長の傍らに立つピンクの髪の可愛らしい少女に目が奪われる。プラントに居る人間の中に彼女を知らない者はいないだろう。彼女はシーゲル・クラインの娘にして、血のヴァレンタインの悲劇で悲しみに沈むプラント国民をその類まれなる容姿と歌唱力で慰めてきたプラント一の歌姫、ラクス・クラインである。
 プラント中の誰もが彼女に心酔しているのだが彼女はアスランにとっては、特別な存在だった。
「そういえば、彼女が君の婚約者だったな」
「え?いや、その」
 そのアスランの様子を見て取ったクルーゼの声にアスランは気恥ずかしくなって返答に困った。
「アスラン、君は幸せ者だぞ。私の知り合いにも二人ほど彼女のファンがいて、二人とも彼女の為なら命すら捨てる覚悟があるそうだが、君はどうかな?」
「も、もちろん。私だって同じです」
 突然のクルーゼの質問にアスランは戸惑いながらも答えた。
「結構、そうでなければ彼等が浮かばれない」
 クルーゼの知る彼等の思いは純心そのもの、それ故にクルーゼにとっては利用しやすいのだが……
「君と彼女が作る戦後の世界、私は心からその世界に期待してるよ」
「あ、ありがとうございます」
アスランがクルーゼの言った言葉の本当の意味を知り、彼自身の生き方を変えていくのは、もうしばらく後の事である。

「随分な人気だな」
「何のことだ?」
「お前の事だ。全員がお前に声を掛けてるぞ」
 カナードとカガリそしてエルの三人で避難民が収容している居住ブロックを歩いているとすれ違う人々が皆カガリに声を掛けていくのだった。
「ああ、そんな事か。避難民の人達に食事を渡したり、健康状態の事を聞いたりしてる内に顔を合わせたら挨拶したりするようになったんだ」
「そうか……しかし何で毎回、兄妹かって言われるんだ?」
「さあな。それにしてもさっきは面白かったな、兄妹ならまだしも姉妹かって聞かれたんだからな」
カガリはその時のカナードの顔を思い出してクスクスと笑った。
「お前、まだ笑う気か!」
「ゴメンゴメン、あんまりにも面白かったからな」
 ちなみにその事を言った男はショックのあまりカナードが呆けてる間に退散した為、カガリの馬鹿笑いとカナードの怒りの叫びを聞かずに済んだのだ。
「あのリーゼント頭、今度会ったら女呼ばわりした事を後悔させてやる」
「止めとけよ、だいたいお前が女みたいに髪が長いから間違われたんだぞ」
「クッ、これは髪を切るのが面倒だからこうしてるだけだ」
「いや、髪が長いほうが手入れとか面倒だろう」
「おねえちゃん、ついたよ」
 カガリがツッコミを入れた所でエルが立ち止まりドアを指差す。
「ここなのか?」
 始めて来るカナードは戸惑いながら中に入ると黄色いオーバーオールを着たメガネを掛けた白髪頭の老人がベッドに座っていた。
「おや、お前さんは?」
 老人がメガネを持ち合げながらカナードの顔を見る。
「おじ~ちゃ~ん」
「おお、エルちゃんか。よく来たな」
 エルがカナードの脇をすり抜け老人に抱きつく、老人は優しく抱き上げる。
「またお話を聞いてもいいかな?」
 最後に入ってきたカガリの顔を見て老人は満面の笑顔を浮かばせて言った。
「良いとも良いとも、退屈な年寄りの暇潰しだ何でも話してやるぞ。そこに居るのはカガリちゃんのお兄さんかな?」
「いいや違う、さらに言っとくが姉でもない」
「そんなもん見れば解るわい。お前さんも話を聞きに来たのかい」
「そうだ」
「ねえ、きょうは、なんのおはなしをきかせてくれるの?」
 エルがあどけない顔で老人に聞く、老人はそれに笑顔で答える。
「今日は『勇士ドアン』の話をしようか」
 老人は静かに語り出した。とある島で人々が語り継いできた巨人伝説の一つを。
「昔、まだ巨人達がお空の国に住んでいた時の事じゃった」
 空の島に住む巨人達が豊かな土地を求めて地上の国を攻めていた時に、巨人の一人であるドアンは誤ってその島に住む大人たちを殺してしまった。親の亡骸に縋り付き泣く子供達を見て、自分の罪を知ったドアンは贖罪の為にその子供達を育てる事を決意し戦う事を止めたのだが、裏切りを許さない巨人族は追手が迫る、
 戦いを止めたドアンには武器が無い為に素手で戦い、辛くも勝利したのだが、何時また次の刺客が襲ってくるか解らない。そんな時に白い巨人が現れ、ドアンの鎧を壊して海に捨てたのだった。
「するとどうだろう、ドアンは普通の人間の姿になってしまい、巨人達はドアンを見つける事が出来なくなってしまった。その後ドアンは子供達と一緒に幸せに暮らしたそうじゃ」
「その白い巨人ってのは何なんだ?」
 老人の話が終えるとカナードは話の最後に出てきた白い巨人について聞いた。
「さあて、ワシにも解らん。ただ白い巨人については世界中の巨人伝説に登場するんじゃ。一人で巨人の軍団を壊滅させた救世主やら白い悪魔とも呼ばれていたりするが、その特徴は決まっておる」
 老人は世界中に残る巨人伝説に決まって登場する『白い巨人』の共通した特徴をカナード達に話す。
「まず普通の巨人の目が一つなのに対し、白い巨人はワシ等と同じく二つなんじゃ、次にその巨人の額にはV字に生えた二本の角があり、その手には光の剣と弓を持っていたそうじゃ」
「それってガンダムみたいだな」
 巨人の特徴を聞いていたカガリが横から言う。
 なるほど他のザフトのMSは目が一つにだが、ガンダムは二つだ、また頭部のブレードアンテナも角に見えないことも無い。そして白い巨人が使う光の剣と弓は、ガンダムタイプだけが持つビームサーベルとビームライフルに重なる。
 白い巨人の特徴はそのままガンダムの特徴になるのだ。
「唯の偶然だ。あるいは…その爺さんがガンダムの事を知っていて、今の話が作り話って事もある」
 カナードがチラリと老人の方を見て言うと老人は顔を真っ赤にして怒った。
「何を馬鹿な事を言うんじゃ、作り話なわけないじゃろう。そもそもガンダムってのは何じゃ」
「MSの事だよ、コイツが乗ってる強くて凄いMS」
 カガリが親指でカナードを指差しながらガンダムの事を説明する。
「MS?あんな機械人形なんかと白い巨人を一緒にするな」
 老人が拗ねた様に言うと廊下の方が騒がしく成っていた。
「なんだ?」
 カガリが首だけ廊下に出して様子を見ようとすると目の前を猛スピードで医者の手を引いたトールが走っていく。
「ほら先生、急いで急いで!」
「待ちなさい、キミッ!!」
 カガリが半ば引きづられていく形で引っ張られる医者の後ろ姿を見送ってると、小走りでサイがやって来る。
「ちょっと止まれ!」
 カガリは事情を聞こうとサイを強引に止める。
「何があった」
 カナードも廊下に出て来る
「ミリアリアが倒れたんだよ!」
 そう言うとサイは小走りでトール達の後を追った。