Char-Seed_1_第01話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:25:16

「これで終わりにするか、続けるか、シャア!!」

破壊された戦艦にて、四肢を失い、逃げ場も無い絶望的な状況で投げ掛けられた問い。
平凡な人間ならば投降し、生き長らえようとするだろう。
しかし、赤いパイロットスーツに身を包んだ男――
シャア・アズナブルは屈することを知らなかった

「そんな決定権がお前にあるのか!!」
「口の利き方に気を付けて貰おう!!」

止めを刺さんと、振り下ろされるサーベル。
その時、シャアは偶然、天井部に亀裂を発見した。
動力関係なのだろうか、その亀裂はスパークを発し、少し衝撃を与えれば誘爆しそうな雰囲気を醸し出していた。
どの道、足掻かなければ死ぬ運命なのだと
運を天に任せてバルカンを撃ち込むと、
爆発を引き起こして辺りを押し潰して行った。

「ぬぅうう!!」

凄まじいGに体は悲鳴を上げ、モニターはフラッシュアウトして何も見ることは出来なかったが、
不思議と恐怖は無かった。
そして、シャアの脳裏には一人の女性の微笑んだ顔が浮かんだ。

「ララァが……呼んでいる……」

そこでシャアの意識は途絶えた。
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《大佐》

シャアの目の前には、褐色の肌で、透き通るような黒髪を団子状に束ねた女がいた。
その瞳は吸い込まれそうな深い翠色を宿している。

《ララァ……》

シャアはその女、ララァ・スンの悲哀と慈愛を内包したような瞳に釘付けになっていた。

《大佐……悲しまないで下さい……》

ララァの身を切るような言葉に、シャアは思わず我に返った

《私は、何も悲しんでなどいないよ》
《嘘……今、この世界に絶望しているのでしょう?》
《……ララァには隠し事は出来ないな》

シャアはばつの悪そうに微笑んだ。
確かにシャアは絶望していた。
腐れきった体制、地球に魂を引かれた愚者、そして愛する人もいない世界
――何もかもに疲れきっていた。

《だから……私が……連れていってあげましょう……
……新しい世界へと……》

言い残すかのように呟くと、ララァは次第にその存在を薄めていった。

《待ってくれ……ララァ……!》

手を伸ばせども、届かない。
自分を置いて行かないでくれと後を追い掛けるが、次第にシャアの体も消えて行った。
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「ララァ!!」

シャアは飛び起きて辺りを見回した。
深緑の観葉植物、棚の中の薬瓶とそれをいじる医師、そして自らが横たわる清潔なシーツを引いたベッドが目に映った。
視線を落として自分の出立ちを見ると、シャツに赤いズボンというラフな格好をしていた。
以上のことから、ここは恐らく医務室で、きっと漂流している所を友軍に拾われたのだろうとシャアは推測した。

「お目覚めですか!?シャア少佐!」

起き上がったシャアに気付いたのか、白衣を纏った医者が男が駆け寄ってきた。

「済まない、もう大丈夫だ。
ん……?
今、何と言った!?」

医師の言葉の違和感に気付き、血相を変えてシャアは詰め寄った。

「……はい?」

突拍子もない質問に戸惑いを隠せない表情の医師に構わず、シャアは続けた。

「今、何と言ったかと聞いている!」
「……お目覚めですか、シャア『少佐』と言いましたが……」
医師の言葉にシャアは身震いし、
そして、決定的な詰問をした。

「ここは……何処だ?」

呆れたように肩をすくめた医師は、ぶっきらぼうに答えた。

「何処って……ここは中立コロニー、ヘリオポリスですよ。
新鋭機のMSのテスト中の事故に巻き込まれて、
さっきまで昏倒されていたんです。
……ショックで記憶が混濁しているのでしょうか?」

一転して不安げな顔付きになる医師の存在も気にせず、シャアは考え込み、
聞き慣れない単語群に顔をしかめた。

「(ララァは新しい世界へ連れていくと言っていた……
ここがそうとでもいうのか……?)」

にわかには信じ難い事態に頭を抱えたが、どうしようもなかった。
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医者に体の復調を告げ、その場を離れて少し歩いた。
ここは地下なのか、日の光は射していなかった。
廊下の窓越しに見える活気のある軍施設は何ら違和感は無かった。
しかし、そこにある兵器や戦艦は自分がいた世界には存在しなかったものばかりで、
異世界に来てしまったことを暗示していた。

「これから……どうするかな……?」

百式はどうなったのだろうか、自分はどうしたらいいのか、
途方に暮れるとは将にこの事だと思わず弱気な独り言を発してしまった。

「これから調整に手伝って頂きますよ!
まったく、医務室に行ったら、散歩に出かけたって言うじゃありませんか」

それを否定するかのような言葉にシャアは振り返った。
そこにはオレンジ色の作業服を着こなした、大人の匂い漂う女性が立っていた。

「……ええと……済まないな。記憶が混乱しているようでね」

真っ赤な嘘だが、恐らくここでは自分の立場が確立されているであろう。
よって迂濶に真実は言えないとシャアは判断した。

「聞いております。私はマリュー・ラミアス大尉であります。
新型のMSの調整を行っている技術士官です。
……思い出されました?」
「あ、ああ。ラミアス大尉か。済まないな」
「さぁ、行きますよ。まだやることは山ほどあるんですから」

シャアは適当に調子を合わせて、先行するマリューの後を付いていった。
今だ心の霧は晴れなかった。
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自室にあった新聞や文献を調べてシャアが知ったことは、
現在、この世界では戦争が勃発していることだった。
スペースノイドとアースノイドの確執が、コーディネイターとナチュラルのそれに酷似しており、
かの一年戦争を喚起させるものだった。
位置付けとして連邦側に身を置いているのは、皮肉なものだとシャアは自嘲した。

「(ララァ……何故私をこのような世界に……)」

とはいえ似ているのであって、同じではないと割り切って行動する他無かった。
そんなシャアにとって、MSの調整作業は心の霧を忘れることが出来るものであった。
調整しているうちに分かったことだが、こちらの世界のMSは発展途上であり、多くの改善点を抱えていた。
その最たるは動作を司るOSで、とても実戦に使える代物ではなかった。
だが、士官学校時代の知識を活かせば多少はマシになるであろうとシャアは確信していた。

幾度の調整を加えて、やっと一機のMSが実戦に耐えうるようになった。
それは決闘の名を冠する『デュエル』というMSだった。
このデュエルは、他に4種類あるMSのプロトタイプ的な位置付けで造られたもので、
汎用性とコストを見越して、他よりも一機余分に製造されていた。
その内の一機がシャアに当てがわれた訳だ。
「やっと、物になりましたね」

MSハンガーにて、マリューが満足気に横たわるデュエルを見据えた。

「ああ、大尉。
私も努力した甲斐があった」
「少佐のお陰です。もっとも、まだ他の機体の調整も有りますが……
ところで、カラーリングはいかがしますか?
少佐の機体ですから、どうぞご自由に」
「そうだな……赤にしてくれ」
「ふふっ……」

シャアの回答に、マリューは軽く一笑した

「どうした、大尉?」
「いえ、愚問でした。『赤い彗星』に対してこの質問は」
「はっはっは」

マリューの発言に、シャアは少し驚きつつも、何だかおかしくなった。
こちらでも自分は赤い彗星なのだから。
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けたたましい警報がシャアの耳をつんざいた。
爆音が一つ鳴り響くと、無数の屍肉が辺りを覆い、
それを乗り越え、やっとの思いで地下基地を出た。
そこでは敵とおぼしきMSが破壊の限りを行っていた。

「どうなっている!?」

近くにいた兵士に事情を聞く。

「て、敵襲です!!」
「なんだと!?」

ここは飽くまでも中立のコロニーである。
そこに敵が攻めて来る理由は一つしか無かった。

「新型かっ!?」

全力でMSハンガーに走り出すと、既に戦艦への搬入作業が始まっていた。
調整は終わっていないが、強奪される訳にはいかないのだ。

その時、ばたばたと倒れ始める作業員達――
ノーマルスーツを着た集団がアサルトライフルをばらまきながらやって来たのだ。

「ちぃ!」

弾丸をかいくぐりながら自らのデュエルのコックピットへと走る――!

「く、来るな!」

機体を駆け上がるとそこには先着がいたのだ。

「機体を返してもらおうか!」

慌ててハッチを閉じようとする緑色のノーマルスーツの男に、
痛烈な一撃を喰らわすと男は気絶した。
その間男を外に放り出し、シャアはシートに腰かけた。

――シャアは何故か生き生きとし、僅かに微笑んでいた――

「戦場の匂いが心地よいとは……私は業の深い男だ……
シャア・アズナブル、デュエル、出るぞ!」

己を鼓舞し、OSを立ち上げると自立し始める機体――!
この世界に、『赤い彗星』が産声を上げた瞬間だった。

つづく