Char-Seed_1_第10話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:28:35

進路を最も近い友軍であるアルテミスに向けたアークエンジェルでは、シャアの指揮の下でキラとトールの訓練が行われていた。
ことMSの訓練に於いて、実践に勝るもの無しとのシャアの主張を取り入れてのものだった。
勿論、細心の注意を払った索敵の下で行われている。

『うわ、うわぁぁ!?シュミレーションと違うぞ!!』

バーニアを過度に吹かしてしまい、あらぬ方へ彷徨するトールのストライク。
その後を疾風の如く追い縋り、その胴体を捕まえる機体が現れた。

「慌てなくていい。バーニアは優しく扱うんだ」

――シャア専用デュエル。
赤い彗星のシャアも、今だけはベビーシッターである。
通信回線が憔悴したトールを映した。
ストライクにはシャアのデュエルと同じOSが搭載された為、その操作はビギナーには過ぎた荷であった。

『優しくって、どのくらいですか……?』
「私は、バーニアは女のようなものだと教官から教わった」
『……?』
「優しくすれば艶に哭く。乱暴にすればヒスを起こすとな」
『ははは』
『今、私のこと考えたでしょ!?』

通信に割り込んだのはミリアリア。頬を膨らし、顔を紅潮させている。

『ええ!?ち、違う違う!』
『へぇー、違う女のこと考えてたんだ~』

声色は愉しげでも、目は笑っていないミリアリアであった。

「ミリアリアくん」
『は、はい!』
「トール君が好きなのは分かるがね、痴話喧嘩は後でやって貰おうか。
命に関わることだからな」
「は、はい……」

戦争に出る訓練という現実を直視したのか、ミリアリアは俯いて覇気を失った。
シャアは、未だ戦死者が出ていないアークエンジェルでは、戦争の実感が湧かないのも仕方の無いことだと判断し、それ以上は言及しなかった。

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失敗を重ねながらも訓練を終えたトールの次に、キラがストライクに乗り込んだ。

「(見事だ……!)」

シャアは思わず目を見張った。安定した挙動、的確なバーニアの扱い。それらがキラの才能を物語っていた。

「キラ君、もう上がって構わん」
『えっ?』
「次の訓練の支度をする」

操縦に慣れるどころか、名うてのカウボーイのようにストライクを乗りこなしたキラにはこれ以上の時間は不必要だった。
過程をスキップさせて、シャアが戦闘訓練の準備に取り掛かろうとした時だった。

『あれは……脱出ポッド!?』
「何?」

ツインアイをストライクの周囲に向けると、確かに脱出ポッドが飛込んできた。
おそらくヘリオポリスのものと思われる。

「キラ君。回収してやって欲しい」
『僕が……ですか?』
「訓練の一環だと思ってくれ。揺らすなよ」

恐る恐る作業に取り掛かるストライクの姿をシャアは眺めていた。
流暢な動きは、キラがビギナーであることを微塵も感じさせなかった。

「コーディネイター……まさかな」

ふと溢れた単語、『コーディネイター』
――シャアの疑惑が事実に変わるのは、そう遠くなかった。

目的地に辿り着いたアークエンジェルのクルーたちは、広い、食堂のような部屋に通されていた。
各々、席に腰を掛けていたが、寛ぐ者は誰もいなかった。
――アルテミスの兵士はライフルを携えていたのだ――

「ようこそ、アルテミスへ」

のそのそとやって来た指揮官らしき恰幅のいい男――ガルシアが、慇懃無礼に端を発した。

「この待遇はなんなんですか!?これでは捕虜のようだ!」

歓迎に応じる気色も見せず、憤慨に身を震わせたナタルは男に抗議した。
友軍である自分たちがこのような仕打ちをされる覚えはないと訴えているのだ。

「捕虜とは人聞きが悪いな。ただ、信用が出来なくてね」

何が信用だと、シャアは心中でせせら笑った。真に信用していないのならばアークエンジェルを懐に入れる筈が無く、大方、彼等は新造艦であるアークエンジェルとMSのデータを欲しているのだとシャアは結論付けた。

「司令」

とはいえ、状況は打開せねばならんと、シャアは二人の中に割って入った。

「誰だね君は?サングラスなどしおって」
「シャア・アズナブルです。赤い彗星の方が、通りが良いかも知れません」

シャアの言葉に、物怖じし始めたアルテミスの面々。

「こ、これはこれはご無礼を……」

司令は先程の尊大な態度とは打って変わって、手揉みをしながら取り入るような口調になった。

「補給をお願いしたいのです」
「ははっ、直ちにさせましょう。おい!」

ガルシアは近くの兵士に補給を命じた。クルーと兵士たちは、事態が急転したことに呆気に取られていた。その原因であるシャア本人にも、その理由は分からなかった。

「それと、複座型のコックピットを頂けないでしょうか?規格はジンですが」

シャアは試しに更なる要求を加えてみた。

「残念ですが、ジン系の部品はございません……し、しかし、メビウスのパーツなら!」
「……!」

要求に応えることが出来ずに、取り乱したガルシア。
シャアはその姿に過剰なものを感じて止まなかった。
赤い彗星といえども、これほどの影響力は持ち合わせていないのではと考えたからだ。

結局、一通りの補給を受けることが出来たアークエンジェルは出港準備に取り掛かった。
シャアは未だ自らに疑念を抱いていた。

『あの、アズナブル少佐……?』

ガルシアからの回線が開いた。

「補給、感謝いたします」
『いえいえ!それより……アズラエル様にどうぞよろしくとお伝え下さい』
「……?」

聞き慣れない名前にシャアは首を傾げた。
ガルシアはにやにやと笑いながら回線を切った。

「アズラエル……?」

しかし、いつまでもその名前は、シャアの耳に響いていた。