シャアがMSデッキに降り立つと、先に帰投したキラが神妙な面持ちで立ち尽くし、その周囲をメカマン達が取り囲んでいる光景が目に入った。
「どうしたね?」
マードックに状況を尋ねるシャア。
マードックは複雑な心境であるのだろうか、頭を掻きながら居心地の悪そうに答えた。
「……ストライクのOSをご覧下さい」
シャアはデッキの床を蹴り上げ、開け放してあるストライクのハッチへと滑り込んだ。
「これは……?」
自分のデュエルとは違う、一風変わったシステムであった。
覚えの無いシャアは、訝かしげに首を傾げた。
「そいつぁ、CO用のOSなんです」
「(ああ……やはりか……)」
僅かな訓練にも関わらず、異様とも謂える上達。その裏付けが取れたのだった。
となると、キラが取り囲まれているのは、メカマン達の憎悪か、はたまた軽蔑によるものであろうか。
どちらにしても思わしくないのは確かであった。
「(どうしたものか……)」
アークエンジェルを危機から救ったキラへフォローを入れるべき状況である。
しかしながら、その行動がどういった目を出すかは想像出来なかった。
何故なら、この世界に来て間もないシャアには、COとNAの間の相克を測るにはまだ時間と経験が足りないからだ。
「まさかコーディネイターだったなんて……」
「どうするんだ……?」
「コーディネイターがこの艦にいるなんて……」
次第に険悪になる空気――キラは黙ってうつ向いている。
その時だった。
「彼に命を救って貰ったのは事実よ!以後、彼への謂われ無き非難は、連合軍大尉の名に於いて厳しく処断します! いいわね!?」
マリューの怒鳴り声が場を制したのだ。
その胆力は凄まじく、誰も反論するものは無かった。
「さぁさ、野郎共!仕事に戻るぞ!」
マードックの号令に従い、散々になって行くメカマンたち。
いつの間にかシャアは、感謝の眼差しをマリューに向けていた。
それに気付いたマリューは、にこりと笑ってウィンクで応答した。
「女はいつの世も強いものだ」
微笑み返しをして、シャアはキラへと近付いた。
とりあえず身の安全を確保したことに、安堵している様子だった。
「よくやってくれた。感謝する」
「は、はい……」
シャアがキラの背中を2、3回叩くと、キラは力無く尻餅を着いた。
「どうしたね?」
それほど力を込めてはいなかった。
「腰が抜けてしまって……」
間の抜けたキラの声色に、シャアの肚の底から笑いが巻き起こった。
――なんだ、人間ではないかと――
「ははは、初陣だからな。無理もない。
それに先程まで修羅場に居たのだからな」
「笑わないで下さい!」
「済まないな。老人というものは、
若者をからかうのが趣味なのでな」
「老人を語る歳じゃ無いくせに……」
感情豊かなキラの姿に、シャアの頭の中では、コーディネイターへの無機質なイメージが血の通った有機的なイメージへと書き換えられていった。
シャアは、少し胸の支えが取れた気がした。
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赤毛の少女、フレイ・アルスターは居住区にて一人佇んでいた。
キラが訓練の際に回収した脱出ポッドにいた避難民の一人である彼女は、ただただ孤独だった。
もちろんヘリオポリスの学生達という友人は存在したが、軍の手伝いに奔走し、孤独は満たされることは無かった。
「淋しい……」
フレイも理系学生であるから、軍の仕事を手伝う素質はあった。
しかし、軍が男社会であるのと、彼女の潔癖さが能動的な行動を抑制していた。
――油まみれになるなど、もっての他だった――
「誰か治療を手伝ってくれませんか?包帯を巻くだけで結構ですから!」
居住区に現れた軍人が言うには、先の戦闘によって負傷した兵士が多数いて、治療の手が完全に回っていないらしい。
「嫌よ……」
小声で呟く。血にまみれるなど、油より嫌悪すべきことだった。
「お嬢さん」
「……」
「貴方ですよ」
「……は、はい」
不意に声を掛けられ、フレイは軽く目を反らしたが、逃れることは出来なかった。
「お願い出来ませんか?」
「他を当たって下さい……」
「他は老人や小さな子供くらいしかいないのです。
老人は卒倒でもしたら命に関わるし、子供は勘定には入りません」
軍人の言葉の端から、フレイは事の凄惨さを読み取り、顔を青ざめさせた。
「私だって……子供です」
何て情けない回答なのだろうと、フレイは自嘲した。
「……分かりました。もう頼みません」
去って行く軍人。
『ったく……。 ……それに比べて、あの坊主どもはよくやってるよ』
心を刺す呟き――
幻聴かと思えるような小さな音であっても、フレイは耳を塞がずにはいられなかった。
「……私は悪くない……」
状況が悪いのだと、フレイは自らを省みようとはしなかった。
それは、フレイの悪癖に他ならなかった。
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医務室付近の廊下では、部屋に入りきらぬ患者が横たわっていた。
何れも軽傷ではあるが、所々に血を流し、苦痛に顔を歪めていた。
「痛たたた!」
「もう少しだ。我慢してくれ」
ナタルはそんな患者達の治療の手伝いをしていた。
己の失策の罪滅ぼしのような行動である。
包帯を巻きながら、済まなかった、済まなかったと、負傷者たちに謝り歩いていた。
――もっとも、医務室に入ることは許されなかった――
それは、医務室の惨状を示していた。
本来ならばそういった人々にまず謝罪すべきだが、それは叶わなかったのだった。
「済まなかったな」
次の患者に取り掛かった。中年の兵士であったが、階級はナタルより下であった。
「いえいえ。それより、ブリッジにお戻り下さい。
私達の負傷は大したこと有りませんから」
負傷兵の言葉に、ナタルは視線を落とした。
「しかし……」
自信を失っていたのだ。
これからはシャアが艦長をやった方がいいとさえ思っていた。
この治療行為は、負傷者への罪滅ぼしだけでなく、自らの罪悪感を散らす為にも行っていた。
それは精神的な弱さに相違無いが、そうでもしなければ、正気ではいられなかった。
「誰も少尉を恨んじゃいませんよ。お若いのによくやっておられる」
ナタルは、目の前の男が、まるで神のように思えた。
罪を洗い流してくれる存在――歳が成せるものだろうか、誰も見て居なかったらすがり付きたいほどに男の分以下は達観したものがあった。
「でもよ、少尉に包帯巻いて貰えるなら怪我すんのも悪くねぇよなぁ?」
「言えてるな」
「軍って、女っ気ねぇもんなぁ……」
中年に続くように、次々と発せられる無器用な激励に、ナタルは少し涙した。
「包帯が緩かったようだな。どれ、巻き直してやろう」
涙を拭き、これまた無器用な冗談まじりの礼を返すと、一同は笑いの渦に巻き込まれた。
「では、大事にな」
ナタルは振り返ってブリッジへ駆け出した。
その心の中は、洗濯したシーツのように真っ白な、晴れ晴れとしたものであった。
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無数に広がるデブリ――激戦を物語るそれらかき分けながら、ストライクとデュエルは目当てのものを探していた。
「見付かったかね?」
『いえ……こう破片が多いと……』
「そうか」
諦めずに注意深く辺りを探る。
「あれは……」
四肢をもぎ取られた黒色のMSの残骸にシャアは足取りも軽く近寄った。
ハッチをこじあけ中を確認すると、修復すれば十分に使えそうなコックピットがシャアの目に映った。
「よし……。
キラ君、目標を発見した。帰投するぞ」
シャアは残骸――長距離偵察用複座型ジンのコックピット部を両腕に抱えて進路をアークエンジェルへと向けた。
これでアークエンジェルにあるジンのパーツは全て揃い、次の戦闘に投入する目処が立ったのだった。
『少佐!』
キラからの通信である。
「敵か!?」
『いえ……救命ポッドが……』
「反応はあるか?」
『確認しました』
「回収してやれ。君はつくづく拾い物に好かれる性質らしいな」
軽い皮肉を交え、シャアはバーニアを一つ吹かせた。
避難民だらけの戦艦とは、かのホワイトベースのようだと少しばかり郷愁に駆られたのだった。
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二人が帰還した後、MSデッキでは、マードックが恐る恐るポッドのハッチに手を掛け、その後方では兵士達がライフルを構えていた。
なぜなら、ザフト製のポッドであることが判明したからだ。
「開けますぜ」
マードックがコンソールのコードを打ち込んだ。
鬼が出るか、蛇が出るか、緊張の一瞬。
「ハロッ!ハロハロッ!」
緊張が緩んで行く。
現れたのは、AIを積んだマスコットロボット。
「ハロだと!?」
シャアがよく知るマスコットが飛び出し、シャアは目を丸くし、困惑に陥った。
そして――
「ご苦労様です」
続いて現れたのは、あどけない桃色の姫君であった。
シャアだけでなく、一同は上手く状況を把握することが出来なかった。