D.StrikeS CO_第2話

Last-modified: 2009-06-08 (月) 18:02:41

気がつけば何も無くて
 ただ、真っ暗闇の中で夢を見ているという実感だけが自分の中にある。
 その中で色んな事を思い、考える。 
 
 俺は……なんで戦ってたんだっけか……

 

 ザフト、というかアカデミーに入ったのは、親に言われて……半ば無理矢理に入れられた形に近かった気もするが。
 少なくとも戦いは、好きでは無かった。
 そんなことよりも、好きだった音楽をやって暮らしていたかった。

 

 ただ、そんな望みに反して、俺はアカデミーを次席で卒業してしまう。
 ……手を抜くのが嫌だったんだよなぁ、我ながらガキ臭い話だ。
 ザフトレッドになった後は色んな戦場を転々としていた。
 戦争を、していた。

 

 その中でも俺はやはり戦うことが、戦争が嫌だった。

 

 ああ、そういやそうだったんだよなぁ……
 だからザフトなんて嫌いだった、その筈だったのだ。
 まあ、それでも任務は忠実にこなしてたし、誰かにそれを漏らす事も無かったから上に目をつけられることも無かったのだが……

 

 なんでそんな俺が今ではザフトの為、議長の為にと戦いを続けていたんだっけか……

 

 ああ、そうだ。
 あれは……確か―――

 

「……っぅう、朝か。
 知らない、天井じゃあ無いな。」
 
 俺は借り受けている部屋、ギンガが言うには客間らしい―――に差し込む光に目を細める。
 鼻腔をくすぐるいい香りが食欲を感じさせる。
 上半身を起こした俺は一度大きく伸びをして、立ち上がった。

 

 また、新しい世界での1日が始まる。

 

 
 魔法少女リリカルなのはD.StrikerS外伝 CodeOrange
 第2話「朝食は和食に限るというかなんというかそんな話」

 
 

「おかわりが欲しかったら言ってくださいね。」

 

 そう言いながら俺の分のご飯を手渡してくるギンガに軽く頷く。

 

 俺がこの世界、ミッドチルダに来てから早いものでもう5日。
 俺がぶっ倒れた翌日、ゲンヤさんに色々と聞かれ、そして教えてもらい、とりあえず現状の把握は十分に出来た。

 

 それを受け入れることはまだ完璧に出来たとは言いづらいが……

 

 …………元の世界に帰れる可能性は、なんとも言えない、とのことだ。
 俺が住んでいたような、別次元の世界という奴は途方も無い量が存在しており、次元間に渡って活動しているこの世界の組織でもその一部しか把握できていないらしい。
 少なくとも俺が住んでいたあの世界は存在を認知されて、いなかった。

 

 一応、発見されたら連絡が入るらしいがどうも絶望的な確立らしい。

 

 もう、笑うしかなかった。
 帰る場所が無くなると言うのが辛い事だとは知っていたが。
 これほどのもとのは、思っていなかった。
 広い世界にたった一人、という孤独。

 

 ……はあ。

 

 そんな俺にとって唯一の救いであったのが、このナカジマ家の人間に拾われたことだろう。
 いきなり現れた俺を追い出すどころか、寝食の保障に加えて身元引受人とやらにまでなってくれている。
 正直人が良すぎると考えざるを得ないが、今の俺にとってこれほどありがたいことは無い、と思う。
 人の優しさとか、そういったのがこれほど身に沁みたのは始めてだった。
 
 多分、なんとか今の俺が俺を保っていられるのは彼等のおかげだ、なんて柄にもなく思ってしまう。

 

「しかしなぁ……」

 

 目の前で湯気を立てている味噌汁を一口啜り……む、旨いな―――呟く。

 

「どうかされたんですか?」

 

 俺の声を聞きとめていたのだろうか、ギンガが聞いてくる。
 俺はそれになんでもない、とだけ応えて香ばしく焼けた塩鮭を箸でほぐし口に運ぶ。
 ……むぅ、これもなかなか。
 いい塩梅にきいた塩味が食欲を増加させてくれる。

 

 流石にこれ以上ギンガやゲンヤさんの世話になるのはまずいような気もする。
 その気になればここで職を探すことも出来るのだろうけど。
 しかし、何故かどうにもやる気が起きないのだ。
 胸にぽっかりと空洞が開いた、なんて陳腐すぎる表現をしたくなる日が来るとは思わなかった。
 この世界で何をしていいかわからない。

 

 俺が、何がしたいかわからない。

 

 軽くもう一度ため息を吐きながら、パックに入った納豆に醤油やねぎといった薬味を入れてかき混ぜる。
 独特の香りが鼻を刺激するが、俺はこれを案外気に入ってるので抵抗無くかき混ぜ続ける。
 粘り気が強くなり、全体的に白っぽくなってきたところで口に入れる。
 うん、これも旨い。ご飯に良く合う。
 
 こんな状況でも飯は旨いんだよな、なんて思いながら典型的な日本の朝、と言われるような朝食を食べ終える。
 
「ご馳走様、うまかった。」
「はい、お粗末様です。」

 

 食べ終わった後で今更だが気づいたことがあった。

 

「あれ、ギンガ。この時間はいつもだったら仕事に行ってないか?」
「あ、今日は休みなんです。」

 

 ふむ、ゲンヤさんはもう仕事の方に行ったみたいだしな……
 この世界に住むための手続きとか身体検査とかは昨日で全て終わっているし、となると本格的にすることが無いことに俺は気づいた。
 
 ……実を言うと、ゲンヤさんに管理局に来ないか、と誘われていた。
 時空管理局、この世界の治安維持機関。
 警察機構や軍隊なんかをごちゃ混ぜにした組織らしいが、どうにもよくわからない。

 

 いや、ここに来た日の翌日に管理局とやらの解説も受けた。
 まず軍のような組織の癖に、俺にとっての常識の範疇にある武装がされていないのだ。 銃とかミサイルといった兵器群はこの世界では質量兵器と呼ばれ忌避されている……らしい。
 MSなんてもってのほかだろうな。
 その代わりにクリーンな攻撃手段として、魔法って奴を使うのがこの世界における常識らしいのだが……
 俺に言わせればそんなに変わらんと思うんだがね? 魔法も、質量兵器だかも。

 

 しかもこの魔法っていうのが厄介で、ある資質……確かリンカーコア、って奴を持っていないと使うことが出来ない。
 つまり魔法を使う犯罪者に魔法を使うことの出来ない一般人はやられるがままってことで。
 ああ、それは俺らの世界でも一緒か? 武器を持たない一般人がMSで武装した奴らに敵うわけないし。
 もちろん、それを防ぐための俺たちの世界で言う軍であったり、この世界での管理局なのだろうが……

 

 ゲンヤさんが言うには慢性的な人手不足、とのことで魔法を使った犯罪が後を絶たないらしい。
 特に指揮官クラスの人間が足り無いらしく、ここに来るまでの経験を買われたからあの人は俺を誘ったんだろうけど……

 

 なんかなぁ……いまいち乗り気になれない。
 やはり、自分はザフトの一員という意識が捨てきれないんだよな。
 このまま帰ることが出来ないってなると、それも選択肢の一つってのはわかるんだが……
 これに関しては、そんな簡単に割り切れるものでも、無いと思う。

 

 ……アスランの奴に割り切れって言った人間の言葉か、これが。

 

「……やれやれだ。」

 

 ここの人たちには悪いが、もう少しだけ……甘えさせて貰うことになりそうだ。
 思った以上に、その、なんだ。俺は落ち込んでいるらしい。
 そんなことを考えてしまってる俺自身に溜息をついていると……

 

「……あの、ヴェステンフルスさん?」

 

 朝食で使った食器の洗物をしているギンガから声を掛けられた。
 
「ん……と、なんだ?」
「後で、外……街に行ってみませんか?
 って言っても掃除とか洗濯が終わってからですけど……」

 

 ……えっと、なんだ? これはもしかして所謂……デートのお誘い?
 唐突だな、おい。そこまでフラグ立てに積極的じゃないぞ、俺は。

 

「違います! ええっとですね…………

 

 ほ、ほら、ヴェステンフルスさんの生活用品とか全然揃ってないじゃないですか?」

 

 それらしいことを言われても、たっぷりと空いた時間がそれが建前だということを如実に語ってくれているのだが……
 ま、突っ込まないでおくことにしよう。

 

「声に出てますっ!」
 
 おっとそいつは失敬。
 まあ、大体予想はつくんだが……そこまで精神的に参ってるように見えたのか、俺。 
 ……見えて当然か。
 全く我ながら情けない話なんだが……確かに気分転換もしたい。
 それにここの街がどんな感じなのかも気になる。

 

「悪い、すまなかった、ごめん、許してくれ。
 ってわけで街の案内頼めないか?」

 

「そ、そんなに謝られても困りますっ。
 っもう、ならヴェステンフルスさんも掃除とか手伝ってください!
 さっさとやってさっさと行きますよ!」

 

 誠心誠意(?)謝ったのが功を為したのか、もうギンガはさほど気にしていないようだった。
 洗物を終え、ぱたぱたと居間から出て行った彼女の後ろをついていきながら、少し楽しみになった今日のこれからに、俺は思いを馳せた。

 

 そう、この時はまさかあんなことになろうとは……俺はもちろん、誘ったギンガでさえ想像していなかった。

 
 
 

「どうでした? クラナガンの街は。」
「結構発展してるんだな、ここ。」
「それはまあ……ミッドチルダの首都ですし。」

 

 当然じゃないですか、と言うギンガを眺めながら俺は手元のコーヒーを口に運ぶ。
 ギンガに連れられて軽く街を見て回り、とりあえず昼食でもとるかと入ったレストラン。
 今は食後のコーヒーを楽しんでいるところだ。

 

 というか……

 

「よく考えるまでも無くさ……俺、ここの金一銭も持ってないわけだけど……」
「あ、気にしなくても大丈夫ですよ?
 お父さんから、ヴェステンフルスさんの日用品を買ってやれってお金渡されてますし。」

 

 ちなみにここは私の奢りです! と少しばかり胸を張るギンガを見て微笑ましいやら情けないやら……

 

「どうか……したんですか?」

 

 っと、顔に出てたらしい。ここに来てからポーカーフェイスが出来なくなってる気がするなぁ。
 これ以上この親子に心配をかけたいとは思ってなかったからなんでもない、と答えると……

 

「嘘ですね。」

 

 ……即答かよ。

 

「即答です。
 あなたが私たちに遠慮……といいますか、迷惑を掛けたくないって考えてることくらいの事はお見通しです。」

 

 お前さんはエスパーかなんかか!
 というかそんなに考えてることわかりやすいかね、俺は。

 

「いえ……そういうわけじゃないんですけど。
 とりあえず! 今はもっと自分のことを考えてもいいと思いますよ。
 その……大変なことだと思いますから。」

 

 もっと頼ってください! と言うギンガを……俺は呆然と見ていた。

 

 ……頼れ、か。
 なんか久しぶりに言われたなあ……この台詞。
 赤の他人に言う台詞じゃ……ああ、もう違うのか?

 

 もう十二分に頼ってるつもりなんだが……いや、それでも無理してるように見えたんだろうな……
 ああ、というか俺がこんな感じな時点で既に迷惑掛けてるんだよな、きっと。
 
 ったく、気分転換に出てきたのに更に考え込んでどうする俺。
 
「悪いなー、偶然俺なんか拾っちまった所為で色々迷惑かけてさ。
 それでも、頼っちまっても……いいのかな?」

 

「困ったときはお互い様、です。
 あ、その代わりいつかその分お願いするかもですけど。」

 

 そう言って笑うギンガを見てふっと心が軽くなった。
 確かにまだ、辛いと思う気持ちはある。
 この孤独感は……多分しばらくは消えないだろう。
 
 でも、こうして俺のことを助けてくれた人達が居る。
 助けたいと言ってくれている人達が居る。
 なら何かの形でこの人たちの力になりたいと思うことは、間違いじゃないはずだ。

 

「ああ、別にいいぜ?
 きっとお前さんが驚くようなお返しをしてやるよ。」

 

 そう言って俺とギンガは一回顔を見合わせてから、どちらからとでもなく笑った。

 

 さて、そろそろ出て散策の続きと行きたい所だな。
 ……と、こんなちょっとした会話で活力が戻ってることに苦笑したい気持ちを抑えながら、俺が席を立とうとした。

 
 

 瞬間。

 
 
 
 

 入り口の方から響いてきた何かが割れる音、怒号、そして悲鳴。

 

 先ほどまで漂っていた穏やかな雰囲気が一瞬で消し飛び、俺たちを含めた客、店員合わせて大体10人余りに緊張が走った。

 

「全員動くなァッッ!!」

 

 店に入ってきた男が大きく叫ぶ。
 
 ……ん? テーブルに手をかざして……何、だ? 
 何かがアイツの体に、集まっている?
 数瞬遅れてそいつの手から光が迸り……って、テーブルが消し飛んだ!?

 

「しゃべんじゃねえぞ!!」

 

 お、おいおいおいおい……なんなんだよ、今のはっ!?
 ……冗談じゃねえぞ……っ!
 クソ、落ち着けよハイネ! 

 

「……魔導犯罪者ッ!」

 

 目の前に座ってるギンガが小さく呟くのを耳に入った。

 

「今のが……魔法だってのか?」

 

 俺の疑問にギンガは小さく頷いてから厳しい顔つきになった。
 状況はあまりいいものでは無いこと位俺だってわかる。

 

 色々と唐突過ぎて追いついてきてなかった頭が漸く回り始めた。

 

 今入り口に立っている男は犯罪者。
 背は細身の長身、殴り合いになったら余裕で勝てる自信はある。
 しかし、魔法ってのを使えるのがネック。
 そいつは店に入ると同時に入り口付近に設置されているレジで仕事をしていたウェイターを殴り飛ばした。
 さっき聞こえてきた音はその時のものだろう。

 

 その直後、ざわついていた客たちを魔法という脅威を持って沈黙させた。
 
 これだけならまだマシなのだが……更に厄介な問題が一つ……

 

「……ひっく、た、助けて…………!」

 

 ……人質、ね。
 男の腕の中にはまだ小さな女の子が一人。
 立てこもりの戦法としては余り良い策とは言えないんだが……
 
 うかつに手を出せなくなるのも確か。

 

「……どうする?」
「まずは人質の解放を……それから犯人の無力化……」
「コラ、ソコォォォオッッ! しゃべんなってんだろォォがァッ!」

 

 ちっ、まずいな……出来る限り小声でしゃべってたつもりだが気づかれたか……
 それに随分と興奮してやがる。
 これをどうにかするのは……ちっとばかり骨だな。
 ギンガの方を見ると、大丈夫です。と頷かれる。

 

 ……こいつ、何しやがる気だ?

 

「人質を、解放してください。」

 

 ……。

 

「ああン?
 なんで俺がそんなこと聞かなきゃなんねェンだよオォオッ!」

 

「私が代わりに人質になりますから、その女の子を放しなさいと言ってるんです。」

 

 ああ、やっぱりこういう展開……ってこの馬鹿は!!
 自分が管理局の人間だから、そんな無茶なことしてるんじゃ……!

 

「なンでそんな面倒くせぇ事を、この俺がァ!!」
「私は管理局の局員です。
 市民を守る義務がありますから。」
「……てめェ……局の人間か。
 きゃハ……っ! こいつは傑作だなァ、オぉい!
 いいぜ、テメェを人質にして管理局のクソ共から逃げ切ってやるッ!!」
「あなたは……まさか、この間捕縛されたはずの……オルティアスピアーノ!?
「ハッ、よォおく知っておいでで!
 管理局の奴らは相変わらずぬりィヨなあ! この俺様を搬送するのにあの程度の警備ィ!?
 警備の奴ら、今頃その辺でのたれ死んで無きゃぁいいけどよォオっ!」

 

 ……俺置いてけぼりですね、わかります。
 あれよあれよと言う間に……って程軽い状況じゃあ無いんだが、とりあえずギンガは人質に。

 

「あの子を……頼みます。ヴェステンフルスさん。」

 

「いや、それは判ってるが……お前は?」

 

「私は……こう見えて結構頑丈に造られてるんですよ?」
 
「……おい、そりゃどういう……?」

 

 俺の疑問に対して寂しそうに微笑んでからギンガは、あの男―――オルティア、だったか? のもとに歩いていった。
 
 それを……俺はただ見送った。
 何かすべきなのかもしれない。
 何か出来たのかもしれない。

 

 ただ……足が震えたのだ。どうしようもなく体が戦いを怖がる。

 

 そうだ、別に俺が何かしなくちゃいけないわけじゃない。

 

 このまま時間が経てば管理局ってのが恐らくくる。
 そうなればこの状況はどうにかなる……はずだ。

 

 仮にも警察機構なのだからそれなりの対処をしてくれるだろう。

 

 ただ、それを待つ時間が長くなれば長くなるほどギンガの身は危険にさらされることになる。

 
 

 …………っ。

 

 それで……いいのかっ?

 

 ハイネヴェステンフルス! 俺はそれでいいのか!?

 

 彼女に助けられたのだろう!? フェイスとしての誇りはどこに消えた!?

 

 何もせずにただ事態の推移を見守る……それで本当にいいと思っているのかッ!?

 

 唇を強く噛み締めた。口の中に鉄の味が広がっていくが気にならなかった。
 そんなことよりも、ただ俺自身の不甲斐なさとか情けなさが、俺を打ちのめした。

 

 ふと、顔を上げる。

 

 ギンガと入れ替わりでそれまで人質にされていた女の子が、こっちに向かって走ってくる。
 そしてその子を受け止めるために屈んだ俺は、見てしまった。

 

 必死でこっちに逃げ走る女の子に向かって、先ほどテーブル一式を破壊したのと同じように、その手の平を向けているオルティアの姿を。

 

 ……ああ、そういうことかよ。
 元から人質を解放してやる気は無かった、と。

 

 ただ自分の破壊衝動とこの場に居る人間に絶望を味わわせるためだけに開放したように見せた。
 そうなんだな。

 

 ――――――ふざけんなっ!!

 

「させるかよっ!!」

 

「ぐぁっ!? なんダぁア!?」

 

 咄嗟にテーブルの上にあったナイフを掴み、その手に向けて投げつける。
 考えての行動ではなかった。
 本当に体が動いてしまった、という奴だったのだが思いのほかうまくいった。

 

 俺が投げはなったナイフは奴の掲げた手に突き刺さり、魔法とやらの発動は出来なくなったらしい。
 先ほどと同じように奴の手の平に集まっていたよくわからないモノが霧散していくのが、なんとなく理解できる。

 

 
「ギンガっ!」

 

 強く叫びながら飛び出す。
 それを受けてギンガが緩んだオルティアの手から抜け出すのを確認してから、握り締めた拳を思いっきり振り上げる。
 
 距離はざっと見て5メートルといったところ。 
 その数歩分の距離を俺は走り抜けて行った。

 

 不思議なことに震えは既に無く、ただ理不尽な暴力に対する怒りだけが籠ったその一撃を叩きつける。 
 ガゴン! と凄まじい音と共に奴が吹っ飛んで行ったのが視界の端に映る。
 
 ……なんだ、今の感触?

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 たったあれだけの事で息が荒れるのは俺が緊張しているからだろう。
 
 とりあえずコーディネーターの本気の拳を食らって立ち上がってこれる奴は早々いない、はず。
 後は管理局ってのが来るのを待てばいいのかね?

 

「……ヴェステンフルスさんっ!!」

 

「ぐぇっ!」

 

 そんなことを考えていた俺の体が思いっきり横から吹き飛ばされる。
 原因はわかっていた。ギンガが押しのけたのだ。

 

 仰向けに倒れながら俺は見た。

 

 凄まじい光の奔流に飲み込まれていくギンガを。
 
 その中でも、まるで俺を助けられてよかった、と笑っているあいつの顔を。

 

「……あ、あ、ああ。」

 

 言葉にならない声が洩れる。

 

 ギンガの姿を探しても、ただ視線の先には崩れ落ちる壁しか見えない。

 

「あ゛ー……面白イねェ、アンタ。
 シールドが間に合わなきャ、チョッとやばかったかもなァ?」
「……お前……!」
「モー、どうデもいいや。ここにいル奴ら全員ぶっ殺しテさァ?
 ンでよぉ、ソロソロ来る管理局の糞共皆殺シにしたら逃げられるよネ?
 だからサあ……」

 

 ……来るっ!

 

「まずはてめぇから、死ねぇぇぇぇぇぇエっ!!」

 
 
 
 

 ……

 

 …………

 

 体中が痛む。

 

 致命傷どころか骨の一本も折れてないのは幸いなのか不幸なことなのか……
 
 ってか単に俺を痛めつけて楽しんでるだけのように見えるなぁ。

 

 この野郎急いでんじゃなかったのか?

 

 あー、くそ……きゃはきゃは笑ってんじゃねえよ、うるせえ……

 

 何だって俺はこんなことになってんのかね。

 

 この世界にはザフトは無い。俺が戦う理由なんて無いはずだ。

 

 ……? ちょっと待てよ?
 
 俺はそもそもザフトとかあんまり好きじゃなかっただろう。

 

 それが、なんでだ?

 

『ハイネヴェステンフルス。
 君は自分が臆病な人間だからフェイスには相応しくない、そう言うのかね?』

 

 これは……デュランダル議長?
 終戦後、暫らくして俺のフェイス受領が決まった時の、その時に言われた言葉だ。
 だって、そうでしょう? 少なくともその頃の俺は戦うことが嫌だったんですから。

 

『そうかな? 私はそんな君にだからこそ、フェイスになって欲しいと思っているんだが……』

 

 わけがわからなかったのを覚えている。

 

『君はどうもフェイスという言葉の意味を私とは違うように考えているようだね。
 フェイスとは、信頼……そして信念を意味する言葉だ。それがどういうことかわかるかい?』

 

 ……そう真顔で問われて、俺は応えることが出来なかったんだ。

 

『私はこう考えている。
 端的に言えばフェイスとは力だ。ザフト内での権力というね?
 そして私に出切る事は、私が信頼に足ると思えた信念を持つものにその力を与えることだけなのだよ。』

 

 信頼に足る……信念。

 

『君は臆病と言うが……私に言わせて見ればそれは単に仲間思いなだけだよ。
 失うことが怖いのだろう? そんなもの、私だって怖いさ。』

 

 議長が?

 

『ああ。唐突だがね、私はプラントが……いや、この世界が好きだ。
 ああ、愛しているといっても過言ではないだろう。
 例え数ある世界の中で、選りすぐりの愚かさを持った世界だとしても。

 

 本気でこの世界を守りたいと思っている。』

 

 数ある……? 議長は、知っていたのか? わからない……

 

『ハイネ……君の持つ信念を私は信じたい。
 その信念を貫くための力を与えたい。

 

 そして出来るならば、私の信念を貫くために君に力を貸してもらいたい。
 君がもし私の信念を信じることが出来ると、感じてくれたのなら……

 

 どうか私の力になってくれないだろうか。フェイスとして。』

 

 フェイスと……して。

 

 フェイスとは、俺の信念を貫くための力。
 そう、だったな。だから俺は戦えていたんだった。
 
 ……ったく、思い出すのがおせえよ、俺。

 

 からん、と音がする。

 

 目の前の馬鹿が俺を蹴った拍子に、ポケットからフェイスバッジが零れ落ちる。
 なんとかそれを掴もうと手を動かしてみる。
 あと、少し……あと少しだ。

 

 こんな下らない痛みなんて無視しろっ、震えてる場合じゃないことくらいわかってるだろう!

 

 さあ、動け俺の腕! 取り戻すんだ、絶対に! 

 

 俺の中にあるフェイス(信念)を―――!

 
 
 
 

「―――フェイスとは。」

 

「ァん?」

 

「俺が俺であるために無くてはならないもの。」

 

 議長……俺は、もう貴方の力になれないかもしれません。

 

「俺とあの人を繋ぐもの。」

 

 それでも……あの時交わした言葉を、俺は生涯忘れません。

 

「なァに言ってやガんだ?」

 

「俺の……力っ。」

 

 俺は、貴方が信頼していると言ってくれた……俺の信念に従って生きます。

 

 貴方もどうか御自分の選んだ道を行ってください。

 

「そうだ……だからこそ……」

 

 だから……

 

「これが、俺だ。」
 
 俺は、俺の道を行きます。

 

 フェイスとして。

 

「だから、なぁニわけわかんねェこと言っテやがんダよぉっ!?」

 

 そう叫ぶ奴の手の平に、先ほどまでと同じようにナニかが集まって行くのが感じられる。

 

 あれが、魔法。

 

 なら、これも魔法なんかね?

 

 さ、いっちょやってみますか。

 
 
 

 奴の放った光に咄嗟に掲げた腕には何時の間にやら、腕全体を覆うほどの盾が……ってそれだけじゃねえな。
 服まで変わってやがるし。

 

「バ、バリアジャケットだとォ!?
 てメぇ、魔道師かっ!」

 

「さあてね? 自分でもよくわかってないんだ、これが。」
 
 奴が驚いた一瞬の隙を突いて全身のバネを使い、跳ね起きる。
 いや、正確にはなんとなくわかっている。
 ただ……まさかこんな形になるとは思いもしなかった、というのが正しくて。

 

『ふむ……ハイネヴェステンフルスか?』

 

 ん、この声は……いつの間にか胸元に来てたフェイスバッジから、か?
 
『私は貴様のデバイスの管理AIだ。
 さて、もう一度問おう。
 貴様はハイネヴェステンフルスだな?』

 

「ああ、俺がハイネだ。
 デバイスって言うと……ああ、魔法を使うための道具か。
 なんでまた俺がそんなのを持ってるのか気になるところだが……」

 

「ふ、ふざケンなぁああああぁああアアアア!!」

 

 おっと、んな滅茶苦茶撃ったってもうあたんねえよ。
 この盾想像以上に硬いし、もう見切ってる。

 

「っ、今はその辺聞いてる場合じゃないな。
 お前さんを使えてるってことは俺は魔法使えてるんだよな?
 ってかなんて呼んだらいい?」
『私にはまだ名前はなくてね。
 適当に付けてくれると嬉しいのだが……』
「名前……ね。
 パッと見た感じお前さんは俺の乗ってたMSに近い形状をしてるみたいだし……
 グフ……? いや、それはよろしくないな。
 ……ああそうだ、イグナイテッド。うん、これで行こう。」
『ふむ……悪くはないな。了承した、その名称を登録しておく。
 では、マスター。まずはこの目の前の五月蝿い輩を黙らせるとしよう。
 マスター程度のへっぽこ魔道師でも使える魔法がある。』
 
 なんて偉そうな奴なんだろう。
 ま、俺としては別に構わんがね?
 今、頭の中に直接叩き込むように教えられた魔法は便利そうだし。

 

 ただ、この安っぽい挑発にかかると思うんだよな……このオルティアって奴は。

 

「……だ、だぁれがザコだぁっ!!」

 

 おおう、手に光を纏わせて殴りかかってきやがった。

 

 でも―――遅いな。ああ、全然遅いぜ?

 

『Slayer Whip』

 

 俺の意志にイグナイテッドが反応したのを確認してから、俺は思いっきり腕をを振るう。
 よしっ、伸びた鞭が上手く絡んだな!

 

「なんなんだヨ、こりゃァあああああ!?」

 

「スレイヤーウィップって……本当にグフまんまなんだよなぁ。
 まあいいか。
 ところで……魔力変換資質ってのしってるか?」
「あ、あアン?」
「こいつが言うにはさ、俺にはそれがあるらしくてな。
 魔力ってやつを、電気に変えられるらしいんだ。
 大体想像がついてきたと思うんだが、そういうことだ。
 悪いが俺はお前みたいな野郎は大嫌いなんでね。

 

 ……黙って寝てろ!」

 

『Slayer Whip ThunderCrashShift』

 

「あががガがガがガがガがガがガがガッがガがガが!!」

 

 俺の声と同時に、奴に絡んだ鞭に電撃が走る。
 おー、いい感じに焦げたなぁ……気絶は……してるな。
 流石に暫らくは起きないだろうし……

 

『私があれ(鞭)できつく縛っておこう。』
 
 なんて含み笑いすら感じさせる声音でイグナイテッドが言ってたので大丈夫だろう。
 ……この先こいつと付き合って行くのかと思うと少しぞっとするが。

 

 今はそんなことよりも……

 

「ギンガっ! おい、ギンガ!?」

 

 俺なんかを庇ってオルティアの魔法の直撃を食らったギンガのことを。
 既に危険が無くなったと判って隠れているのを止め、外に出てきた客や店員を押しのけ彼女が吹き飛ばされた場所まで行く。

 

 かなりの衝撃だったらしく、壁に大穴が空いていて外からは様子が確認できなかった。 だから俺が近づいて細かな瓦礫をどけようとしたその時。

 

「……で、……い……くだ……い!」

 

 声が聞こえた。
 少なくとも生きていることがわかって俺は胸を撫で下ろす。

 

 よかった……

 

「ギンガ! 大丈夫なの「…いで、私を……今の私を見ないでください!」
 ……お、おい?」
 
 様子が変、じゃないか……?

 

「お願いです……来ないで……ください……っ!」
「いや……そんなこと言われてもだな……」

 

 くそ、こんな所で無理を通したくなんてないんだが……大怪我だったりしたら始めの処置で結果が変わるからな……
 すまん、ギンガ!

 

「……お、おいおい。こりゃあ……」

 

 穴の中に踏み込んでから一瞬俺は絶句してしまった。
 余りにも現実味の無い光景だったからだ。

 

 それでも……ギンガの腕の皮膚の下から覗く電子部品が……
 ショートでも起してるのだろうか、パシィと音が鳴り、火花が弾けるその様が……
 
「……だから、来ないでって言ったのに……」

 

 まるで隠していた悪い成績表を見つけられてしまったかの様な、泣き笑いの表情で呟くギンガの声が……
 これを現実だと俺に知らしめてくれやがる……

 

「ギンガ……お前……」

 

 あの馬鹿を倒して一件落着、そうだったらどれだけ良かったのだろうか。
 
 俺は一瞬脳裏に浮かんだそんな考えを、強く頭を振るい否定した。

 
 

?