その少年はすごく悲しそうな目をしていた。
見た感じはどこにでも居そうな、年下の男の子。
話してみても、ちょっと生意気なところはありそうだったけど、それだけだった。
でも……あの時涙を流しながら私を否定した、その言葉が、その瞳が……
私の心に突き刺さっていく……
私には何も言えなかった、彼の背負う悲しみがどれだけの物かわからなかったから。
ただ、彼の……燃えるような深紅の瞳が……私の目から焼きついて離れなかった。
魔法少女リリカルなのは D.StrikerS……始まります。
魔法少女リリカルなのは D.StrikerS
第2話「シンとなのはと戦う理由なの」
(私の言ってることって……綺麗事、なのかな……?)
そろそろ日付が変わろうか、という時刻。
医務室から帰ったなのはは、ベッドの上で自問自答を繰り返していた。
シンの言葉は少なからずなのはに影響を与えていた。
子供のころから今まで、シンのように面と向かってなのはを否定する人物は居なかった。
両親や家族は、なのはが自分で決めたなら……とある種放任主義的なスタンスを取っていたし、友人達は皆この考えに賛同してくれていた。
(でも……それでも私はやっぱり皆を守りたい。
シン君が言ってることも、わかるけど……
この気持ちは嘘じゃないから……)
その想いを持ち続けて、ここまでやってきたのだ。
だからなのははどんな時だって、前を向いていた。
そう、今この時だって……彼女は前を向く。
(そうだ……うん!
とりあえず……夜遅くで悪いかもしれないけど、今からはやてちゃんに会いに行こう。)
なのはは動き出す……自分の想いを信じて。
「なぁ、シン……
あんたあの後、なのはちゃんに何か言ったやろ?」
翌朝、シンの部屋に訪れたのは、何故か非常に機嫌を悪くしたはやてだった。
「……あー、もしかして落ち込んでたりしました?」
昨夜のことを思い出し、ばつの悪そうに頬を掻くシン。
「ちゃう、その逆や!
あんな頑固ななのはちゃん久しぶりに見たわ、ホント。
あーもう、おかげで今日は寝不足や。
夜更かしはお肌の天敵やのに~。」
よよよ、と泣きまねをしながらシンに愚痴るはやて。
「というか一体何の用なんなんですか?
昨日の話の続きじゃないんですか?」
「あ、それそれ。
シンのこれからについてなんやけどな。」
泣き真似を止めたはやてが本題に移る。
「俺は元の世界に戻るつもりはないですよ。」
シンはぶっきらぼうに言い放つ。
「あー、それはわかっとるよ。
でなそれも含めて、シンのこれからについてなんやけど……」
はやてはそこで一旦言葉を切る。
「なのはちゃんに一任したから。」
「ああそう、俺のことをなのはに一任……ってはぁ!?
なんでそんなことになってるんですか!?」
突然の報告に、驚くシン。
シンにとってなのはは昨夜のこともあり、気まずい相手であった。
「まあ、詳しいことは本人に聞いてぇな。」
「はぁ……わかりました。」
いまいち釈然としない態度で頷く。
「私は今からせなあかんことあるからもう行くけど……
なのはちゃんの早朝練習もそろそろ終わるやろうし、しっかり話さなあかんで?」
「…………う、あー。」
痛いところを突かれ、口ごもるシン。
「なにがあったかは知らんけど、早いとこ仲直りしいや?
もしかしたら長い付き合いになるかもしれんし……(ボソ」
「最後のほう、なにか言いました?」
「ああ、いや気にせんでええよ~。
それよりもシン……」
急に表情を改めるはやて。
「な、なんですか?」
怖気づくシンに対しはやては、いきなりいいおもちゃが手に入った子供のような笑みをうかべ……
「覚悟しといたほうがええよ~。
ああなったなのはちゃんは、そんじょそこらのなのはちゃんとはちゃうからな。」
そんじょそこらのなのはちゃんって何だよ!?と突っ込みたくなったが、薮蛇になりそうだったのでシンはこらえる。
「それってどういう意味ですか?」
「さあ?
ほな、私はこの辺で~。」
手を振りながらさっさと部屋から出て行くはやてを、シンは呆然と見送る。
「な、なんなんだよ……一体?」
シンはこれから自分の身に起こることを想像して、身を震わせた。
「はい、今日の早朝訓練はこれでおしまい!
みんな、お疲れ様ー。」
そのころなのはは、フォワード達4人相手に訓練を施していた。
『お疲れ様でしたー!!』
挨拶と同時にその場にへたれこむ、4人を見てなのはは苦笑し……
「それでねみんなには悪いんだけど、私午前中にやらなくちゃいけないことがあって訓練見れないの。」
なのはは申し訳なさそうに、4人に対して謝罪する。
「どうかされたんですか!?」
真っ先に反応したのはなのはを憧れの人とする、スバルであった。
「ごめんねスバル、どうしてもやらなくちゃいけないことがあるの。
私の代わりはフェイト隊長に頼んであるから。
私が居なくてもしっかり訓練……できるよね?」
「も、もちろんですよ、なのはさん!
なのはさんが居なくてもしっかりと訓練します!」
「ったく、この子はすぐ調子に乗るんだから……」
スバルが顔を赤くしながら答え、相棒のティアナがそんなスバルに呆れたようにつぶやく。
「エリオとキャロも……ごめんね?」
なのははスターズ分隊の二人にも顔を向けて、ささやく様に謝る。
「い、いえ……久しぶりにフェイトさんに見てもらえるのは嬉しいですし……」
「はい! 私も久しぶりです!」
まだ子供と言っても問題ない年齢の二人が、少し困ったように返事をする。
そんな、新人達の様子になのはは感謝し……
「じゃあ、そういうことでよろしくね。
午後からは私も参加できると思うから。
それじゃ、がんばってね。」
と言って、足早に訓練場を去っていった。
残された4人はそんななのはの姿に少し違和感をかんじつつも、なのはを見送るのであった。
そして、舞台は再びシンのいる医務室へと移る。
嵐のようにやってきて、嵐のように去っていったはやてを見送ってから、シンはシャマルが持ってきた朝食を取り終え、くつろいでいた。
その時、医務室のドアがノックされ声がかかる。
「シン君、起きてる?
なのはだけど、ちょっとお話いいかな?」
ビクッとシンの体が震える。
まさか、心の準備もしないうちに向こうからやってくるとは思わなかった。
シンに断れる理由は無く、力無く返事をする。
「……起きてるよ、開いてるから勝手に入ってきてくれ。」
その言葉にドアを開けて、なのはが部屋に入ってきた。
「おはよう、シン君。
体のほうは大丈夫?」
そこには昨日の別れ際の姿が嘘のような笑顔を浮かべるなのはが居て、シンは目を疑った。
「あ、ああ……別に問題はないと思うけど……」
「そっか、ならよかった。」
シンの返事に弾けるような笑顔を浮かべるなのは。
シンはその笑顔に一瞬見惚れてしまい、顔を赤くする。
「シン君? 顔赤いけど、大丈夫かな?」
その様を見てなのはは心配そうにシンの顔を覗き込む。
「だ、大丈夫、大丈夫だからそんなに顔をちかづけ……ってそうじゃないだろ!?
なんでアンタそんなに普通なんだよ!?
俺……昨日アンタにひどいこと言ったのに……」
シンは昨夜のことを思い返し、徐々に語勢が弱くなっていった。
シンの言葉になのはは神妙な顔つきになって言う。
「うん、そのことも含めて、君にお話があるんだ。
これからのシン君についてなんだけど……
元の世界には戻りたくないんだよね?」
「ああ、あんな世界に未練はないね。」
「そう……でも一応捜索はしてもらうね。
さて、ならシン君に選べる道は、一応二通り。
一つはしばらく私達時空管理局の保護観察のもと、この世界に馴染んでいってそのままミッドチルダに帰化するという道。」
なのはの言葉にシンは考え込む。
シンにとってこの世界は、 魔法という技術を始めわからないことだらけである。
しかしそれでも、今更C.Eに帰ることに比べればまだ良いように感じられた。
「……もう一つはなんなんだ?」
悩んでいても仕方ないので、シンはとりあえず聞いてみることにした。
促されたなのはは、そこで目を閉じ、一度深呼吸をしてから話し出す。
「その前にね、昨日の話なんだけど……
あの後、一人で考えてみたんだ。
シン君に言われたこと。」
「別に……俺は間違ったことは言ったつもりはない。」
シンは昨夜の自分の発言を覆すつもりはない、と言う。
「そうだね、確かに君の言うとおり、私の言っていることは綺麗事なのかも知れない。
でもね……」
そっと目を閉じ、なのはは言葉を続ける。
「私はその綺麗事を貫き通したい。
馬鹿なことだ、って笑われたっていい。
無理に決まってるって、蔑まれてもいい。
ただ皆を守りたい、そう……その為に私は力を手に入れたんだ……
ねえ、シン君はどうして戦ったの?
なんで力を求めたの?」
「……俺…は……
力が欲しかったんだ……もう二度と俺のような存在を出さないために……
力を持たない人たちや、大切な人たちを守るために……」
じゃあさ……となのはは一旦そこで言葉を区切って言う。
「シン君はもう、諦めちゃったの?
もう、頑張れないのかな?」
なのはの言葉にそんなことはない!! と反論しようとしてシンは固まる。
何故ならそれは、昨夜自らが否定した言葉。
「なら、どうしろって言うんだよ!?
そうさ、俺だってわかってるよ!
自分の力で大切な誰かが救われるというなら、いくらだって戦ってやる!
だけどな、俺にはもう何の力も無いんだ!
俺は、何も出来ないんだよ……」
目の端に涙を滲ませながらシンは叫ぶ。
「大丈夫だよ……その想いがあるなら、まだシン君は戦えるよ。」
なのははそっとシンの頬に手を当て、あふれ出た涙をぬぐった。
「だから……さ。
管理局で私と一緒に、もう一度頑張ってみない?
私達が願った綺麗事を、叶えるために。」
それがもう一つの選択肢、そう言ってなのはは、シンの頬から離した手を差し伸べる。
シンだって心のどこかで理解していた。
例えこれまでにどれだけ守ることが出来なかったとしても、これから自分の力で救えるはずの人たちまで見殺しにしていいというわけではないと。
そしてその綺麗事こそが、かつて自分が願ったものなのだと。
しかし、シンは一度にたくさんのものを失いすぎた。
その事実がシンの心に、その想いを認めさせようとしない。
故に―――
「……決めた。」
シンの手がなのはの手に重ねられる。
「シン君……」
「勘違いするなよ、俺はアンタの言ってることを認めたわけじゃない。」
釘を刺すようにシンは言う。
「なのは、アンタが綺麗事を貫くっていうんなら、俺は見極めてやる。
それが成せるのかどうかを、本当に、アンタが守れるのかを。
その為に俺は管理局に入る、それでもいいな?」
これがシンにとって限界の妥協点であった。
なのははシンの言葉に一瞬目を見開くが、すぐに笑顔に戻り……
「うん……それでも、いいよ。
これからよろしくね、シン君。」
シンの手をなのはが握り返す。
「……こちらこそ、な。」
シンはどこか恥ずかしそうにそっぽを向きつつも、それに応えた。
「というわけでカリム、お願いがあるんやけど・・・」
『その子を六課に入れたいんでしょう、違う?』
はやてはシンと別れた後、自分の執務室で聖教会の騎士であり、六課の後見人でもある、カリムと通信を行っていた。
「あら、お見通しかいな。
なのはちゃんたってのお願いやからな、理解のある部隊長としてはそれに応えへんとな。」
『ふふ、いい上司さんね。』
冗談めかしたはやての言い回しに、カリムは笑いながら答える。
しばし互いに笑いあう。
「それで、騎士カリム。
お願いできないでしょうか?」
はやてが表情と口調を引き締め、改めてカリムに問う。
『わかりました、起動六課部隊長八神はやて。
書類の工作、他の後見人への説明、その他の雑事は今まで通り私が行っておきます。』
「助かります。騎士カリム。
……それにしてもそんな即決でよかったん?」
はやてがいつもの口調に戻し、カリムに問う。
『ええ、あなたが最高の人材を集めれるように努力する、それは当初の予定通りだし……
それに、気になることもあるの。』
「気になること?」
『そう、解読が終わってないからまだなんとも言えないんだけど……例の予言、末尾に新しい節が増えたの。』
カリムの言葉にはやては眉根を寄せる。
「例の予言、言うたら……六課設立の最大の要因のあの予言のことかいな?
その増えた文節にシンが関わってる?」
『もしかしたら、という段階ではあるけど……ね?
解読が済み次第、詳細を伝えるわ。』
「了解や。
なら、シンのこと頼んでええかな?」
『ええ、例の彼、確か……シン・アスカ君?
書類方面の工作については任しておいて。』
「おおきにな、カリム。
ほなまた、今度はちゃんと会って話そな。」
『そうね、それならまた今度。』
切れた通信を前に、ふうとはやては溜息をつく。
「これから大変そうやなあ……まあ覚悟はしてたし、それに……」
それ以上におもしろくなりそうや、とはやては笑った。