DEMONBANE-SEED_デモベ死_03_2

Last-modified: 2013-12-22 (日) 05:13:21

 MA形態を取ったセイバーを先頭に、左右にインパルスとデモンベインが並び、その後にディン2機が続く逆V字編隊を取ってしばらくして、デモンベインの魔術知覚が敵機の群れを捕えた。

「結構多いな」

「臆したか?」

「馬鹿言え。とはいえ油断できる状況でもないだろう」

「確かにな」

 この数倍の破壊ロボを相手に単機で渡り合った事もあるが、現在の不完全なデモンベインでミネルバを守りながらというのは、決して楽な戦闘ではない。

『セイバーより各機へ。これより作戦を伝える』

 無線からアスランの声が響いた。

『まずはセイバーとインパルスが先行し、敵の編隊を崩す。デモンベイン及びニーラゴンゴ隊はその隙に乗じて攻撃せよ。敵の方が数的優位にあるが、とにかく数を減らせ。以上』

「たった2機で突っ込むのか?」

「あのセイバーとインパルスはディンや敵のウィンダムより速い。その2機でかく乱し、攻撃力に優れた我らを主力に攻撃、ディンはその援護というのは、荒削りだが悪くない戦術だ」

 アルはすらすらと、アスランの意図を説明する。

「お前、詳しいな」

「この世界の戦争に関わるつもりなら、汝もこのくらいは知っておけ」

「その必要はありそうだな」

 この間にセイバーとインパルスが急加速し、まだ見えない敵編隊へ向かって突っ込んでいく。

「望まぬ戦いとはいえ、引き受けたからには本気でやれ」

「言われるまでも無い」

『ニーラゴンゴ隊よりデモンベインへ』

 その時随伴するディンから通信が入った。

「こちらデモンベイン、どうぞ」

『私はニーラゴンゴ所属のマクガバンです。魔を断つ剣のウワサは聞いておりますので、共に戦えて光栄に思います』

 オーブで受けた改修で映像回線が繋がるようになっており、若い兵の顔がモニターに映る。その言葉が社交辞令でないのは、僅かに興奮した口調が語っていた。

『自分はキリアです。よろしくお願いします』

 こちらは更に若く見える、少年のような兵だった。

「あ……ああ、こちらこそよろしく頼む」

 答えながら九郎は、改めてMSに乗るパイロットが人間なのだと実感し、それを恥じた。ミネルバ所属のMSはそれぞれ多彩であり、パイロットごとの個性の表れに見える。だがこの世界で最初に目にしたのがそれだった為に、没個性な量産機に乗るのも個性を持つ人間だと忘れかけていたのだ。

 やがて先行する2機が小さな点にしか見えなくなった時、ビームの火線が無数に空を走り始めた。

「始まった。マクガバン、キリア、行くぞ!」

『了解!』

 両手にクトゥグアとイタクァを召喚して、デモンベインが加速する。その左右にディンがぴったりと張り付き、3機は一本の矢となって戦場へと突進した。

 3機が到着する頃には、戦場は既に爆炎と閃光の踊る舞台と化していた。空間戦闘用可変MSのカオスが大気中でもその高速性能を発揮し、アスランのセイバーを追い回している。大気中の飛行能力に優れるセイバーだが、多数のウィンダムからもビームを浴びせられ、なかなか優位に立てない。シンのインパルスも圧倒的な数の差の前に似たような状況だったが、両機とも一瞬の隙をついて反撃し、ウィンダムを撃ち落す。何より敵の隊列を乱す目的は達していた。そこにデモンベイン達が飛び込む。

 最初に狙いを付けたのは、4機編隊のウィンダムだった。インパルスを追うのに夢中で、こちらには気付いていない。

 当然ながらその中には、ディン同様それぞれの人生を持つ兵士が乗っている筈だ。だが彼らを討たなければ、仲間となった者達に危害が及ぶ。

 ―――許しは請わない!

 刹那にも満たない逡巡の後、九郎はデモンベインの二丁拳銃を連射した。クトゥグアの紅い銃弾が当たったウィンダムは文字通り粉砕されてから爆撒する。それより破壊力の劣るイタクァの白い銃弾もMSを破壊するには十分すぎる威力と、正確無比の誘導能力を持ち、無慈悲に胴体を貫通、燃料と蓄電池の触媒が爆発して炎の花と化す。





「あれは……ユニウスセブンの怪物!」

 戦場に飛び込んできた巨大な機体を見て、仮面の男―――ネオ・ロアノークは連合での仮称でそれを呼んだ。

「そこのウィンダム、狙われているぞ!」

 警告を発するが乱戦の中では伝わらず、怪物は一瞬でウィンダム4機を葬り去った。

「ちっ、オーブを出てザフトに付いたって聞いたが、こんな所で会うとは。ウィンダム各機、あの化け物には近付くな!」

 命令するまでもなく、その威力と巨体を目の当たりにした者は恐怖に駆られて逃げようとするが、怪物は戦闘空域を横断するように突進してウィンダムを次々と落としていく。

「くそっ、相変わらずとんでもないな。だがこれ以上好きにさせるか!」

 味方が混乱する中、ネオは単機で怪物へと向かった。

 MSは近年出来たばかりの兵科だが、その泣き所を象徴する光景が大空に広がっていた。

 出現間もない新機軸の兵器である為に、訓練と運用を模索している最中だが、戦時の増産と配備にパイロットの育成が全く間に合っていないのが現状だ。最大の原因は前大戦で試験部隊を導入し、大量に損失した為に、教官となれるパイロットが決定的に不足しているのだ。この為ろくな養成を受けずに配属されるパイロットが大量生産され、高度に養成されたエリート兵や、前大戦で戦果を上げたエース級パイロットとの差が過剰に開いているのだ。この傾向はザフトにも見られるが、運用実績の少ない連合側は特に深刻だった。

 もう一つの問題として、ウィンダムの設計思想があった。通常の装甲ではビーム・ライフルの直撃には耐えられない為に、装甲を削って軽量化し、得た運動性能で回避能力を向上させるのを目指したのだが、それのもたらした結果が、錬度の低いパイロットがMSの小口径頭部機銃やディンの対空散弾銃で易々と撃破される光景だった。

 数に劣るザフト側MSだが、最新鋭機のインパルスとセイバーを駆るのは”赤服”と呼ばれるエリート兵であるシンと、前大戦のエースであるアスランであり、初の航空MSで旧式化しつつあるディン2機も、若く見えるパイロットは前大戦から兵を勤めるベテランだった。

「何だこいつら、素人か?」

 撃墜数が10に近付いた辺りで、九郎も異常に気付いた。

「どうやらこの世界のパイロットは、能力の差が大きい様だな。だが情けは無用だ」

「かけてる余裕もねぇしな…・・・っと!」

 不意に浴びせられた鋭い殺気に機体を捻ると、打って変わって正確なビームの射撃が掠めた。

「雑魚の中に鯱が混じっていたか?」

 気を引き締めて射線の方向へ機体を向けると、他とは色の違うウィンダムが迫りつつあった。その左腕には―――

「……ドリル?」

「ドリルだな……」

 エレキギターの音色とも呼べない騒音が、脳裏に響いたような気がした。

「ええい、不吉なもん持ちやがって!」

 怒りに任せて、交換したばかりのイタクァ全弾を叩き込む。白い軌跡を描く6発の魔弾は一度散開して、全周囲から獲物へ襲い掛かり―――その全てが避けられた。

 まるでいくつもの目を持っているかのように、紫のウィンダムは銃弾の旋風を曲芸じみた動きで避けた。

「んなぁっ!?」

 驚愕の声を上げながらも、九郎はクトゥグアの残弾全て―――といっても2発だけを撃ち込むが、ウィンダムが正面に構えたドリルが猛烈な勢いで旋回し、弾き飛ばした。

「んなアホなっ」

 慌てて給弾する隙に、ドリルを振りかざして突進してくるウィンダム。その斜め上から1機のディンが襲い掛かる。死角からの奇襲の筈だが、九郎にはそれが通用しないと確信できた。

「迂闊に近付くな!」

 九郎がディンのパイロットに叫ぶ間もなく、重突撃銃を易々と避けたウィンダムは一瞬で進路を変え、ディンの懐に入り込んでドリルを叩き込んだ。ディンの上半身の半分が消し飛ぶような大穴が穿たれ、金属の砕片とパイロットの肉片が空中に巻き散らかされた。

『マクガバン!』

 仲間のパイロットの叫びが通信機から聞こえると同時に、ディンは爆発して新たな炎の花と散った。

「くそっ!」

 怒りに流されそうになるのを堪えて、イタクァを半分だけ発砲。ウィンダムの回避軌道に合わせてクトゥグアを撃つが、やはり避けるか弾き飛ばされ、ウィンダムが一気に間合いを詰める。両機が交錯する瞬間、二丁拳銃とビームライフルが火を噴くが、ウィンダムは至近距離の銃撃すら避け、デモンベインの巨体では避けきれずに直撃の衝撃が響く。

「どこをやられた?」

「左肩に1発だけだ。焼き切れた回路は補正できるが、パワーは落ちるぞ」

「その程度なら問題ないが、撃ち合いでは埒が明かねぇ。なら!」

 間合いを保つウィンダムにクトゥグアの残弾を撃ち込み、弾交換を行う。デモンベインの残弾を数えているだろうウィンダムのパイロットは、イタクァの1発だけになった隙を逃さず再度間合いを詰めて勝負に来る。再び両者の距離が触れ合う程に近付いた瞬間―――

「アトラック・ナチャ!」

 デモンベインの緑の鬣が蜘蛛の巣状に伸び、ウィンダムを絡め取る―――かに見えたが、ドリルが紫電を放ちながら猛回転し、鬣の網を切り裂く。凶悪な螺旋がそのままデモンベインに迫り―――

「力を、与えよ!」

 そこまで読んでいた九郎は、間髪を入れずに次の術に入っていた。クトゥグアが実体化を解いて魔力の炎となり、そのまま右手を振って一文字を描いた火炎の中から別の黒金が実体化した。

「バルザイの偃月刀!」

 MSの全長を上回り、質量も匹敵する巨大な魔剣をデモンベインが握り、炎を纏わせたままウィンダムへ振り下ろす。

ウィンダムもドリルを突き出し、ぶつかり合う金属で盛大な火花が散った。

「うおおおりゃあ!」

 九郎の裂帛の気合と共に偃月刀が何度も振られ、ウィンダムはドリルで受けながらその勢いを利用して間合いを取るが、MSを遥かに上回るデモンベインの重量とパワーに耐え切れずに左腕の間接から過負荷の火花が飛ぶ。離れ際にイタクァの最後の一発を放つと、避け切れずにドリルで弾こうとするが、故障した間接では間に合わずドリルごと左腕が消し飛んだ。

「よっしゃぁ!」

 損傷して逃げに回るウィンダムを追おうとするが、

『ミネルバよりデモンベイン。至急引き返して下さい』

 引き止めるようにメイリンの通信が入った。

「何だ良い所を……こちらデモンベイン、どうした?」

『海中からの襲撃を受けています。そちらはMS隊に任せて援護に回ってください』

「海ん中? 水中戦なんかやった事ないぞ」

『こちらの水中用MSが苦戦中です。ザク2機も回しましたが、止められません』

「ザクまで?」

 汎用性の高いザクシリーズだが、水中戦能力はかなり低い事くらい九郎にも判る。それすら投入しなければならない程に状況は悪化しているようだ。

 一方こちらの空中戦は、あれだけ優勢だった連合側は10機以下にまで数を減らし、指揮官機らしい機体も撃退に成功、今も海へ向かい落下していく機体はウィンダムばかりだ。デモンベインが居なくても優位は動かないだろう。

「わかった。すぐそっちに向かう」

 通信機に言いながら、九郎はデモンベインを反転させた。

 空中で30対5の戦力で逆転劇が起こっている間に、海中ではそれ以上のワンサイド・ゲームが展開していた。

 ニーラゴンゴから発進したグーン4機は、魚雷弾を装填したバズーカを持ったザク2機が到着する時には1機しか残っておらず、最後の1機もすぐに海の藻屑と消えた。

 敵は1機だけ。ファントムペインに強奪された新型水陸両用MS、アビスだ。

「あっはっはっは! ごめんね、強くってさ!」

 幼さの残る顔を凶悪に歪めて、アウル・ニーダが笑う。不適な物言いだが、事実彼と愛機の強さは圧倒的だった。

カブトガニのようなMA形態をとったアビスは、現在のあらゆる潜水艦や水陸両用MSを圧倒する航行能力を持ち、強化処置を受けたアウルの技量も合わせて水中では無敵の存在だった。

 残ったザク2機がバズーカから魚雷を放つが、易々と避けて反撃、アビスの魚雷が紅いザクウォーリアの左腕を粉砕した。

「はっ、そんなんでこの僕をやろうって? 舐めんなよこらッ!」

 その2機がアーモリーワン以来何度も立ち塞がった敵であり、特に白いザクファントムが強敵なのはアウルも気付いていたが、海中では敵ではない。このまま魚雷で仕留めるか、接近してランスで貫くか、決定権は彼にあった。

『アウル、スティング、ステラ。終了だ、離脱しろ』

 だが母艦J・P・ジョーンズが極超短波で中継した彼の上官ネオ・ロアノークの命令が、行動に移ろうとしたアウルを押し留めた。

「何で?」

 不平を口にするアウル。

『借りた連中が全滅だ。俺もちょっとやられたしな』

「えー、何やってんだよボケ!」

 上官に容赦ない罵声を浴びせるが、それを許す程の信頼が彼らにはあった。

『言うなよ。お前だって大物は何も落とせてないだろう?』

「く……」

 優位に慢心してMSを必要以上に時間をかけたのを自覚しているアウルは、そこを突かれると痛い。ソナー表示を見ると、ザク2機の後方にボズゴロフ級の反応があった。それほどの距離ではない。アビスの速度ならちょっとした寄り道程度だ。

「ならやってやるさ」

 アウルはアビスのスロットルを全開にして突進し、ザクの間をあっさりとすり抜けた。

「アビス、ザク2機を突破! ニーラゴンゴに向かっています!」

 オペレーターの叫びが、ミネルバの戦闘ブリッジに響く。

「魚雷全弾発射! 続けて次弾装填して撃て!」

 タリアの命令でミネルバのミサイル発射管から魚雷が飛び出るが、効果は期待できない。第二波も間に合わないだろう。

「大十字さん、急いで!」

 通信機に向かってメイリンが叫ぶ。



「くっ、判ってる!」

 九郎はデモンベインを全速で飛ばしながらバルザイの偃月刀を針代わりにダウジングを行い、海中の敵機を探る。

「居た! 行けえ!」

 アビスを発見すると同時に、それに向け機体の全パワーを使って偃月刀を投擲した。巨大な水柱を立てて海面に突き刺さった偃月刀は、超常の推進力をもって水の抵抗を切り裂いて進む。



 ミネルバとニーラゴンゴからの魚雷を避けたアウルは、回避運動を取るニーラゴンゴへ魚雷発射管を向けた。加虐的な笑みを浮かべてトリガーを引こうとした時、異常な音を探知したソナーが警告を鳴らした。

「上から? 何だ!」

 反射的に機体の進路を変えるが、海面から降って来た巨大な鉄塊も謎の原理で進路を変え、アビスに激突した。

 物理を超えた切れ味を誇るバルザイの偃月刀だが、水中への投擲ではPS装甲と耐圧構造のアビスを討つ程の威力は無かった。

「うわあっ!? くそっ!」

 衝撃に揺られながらもアウルは照準を修正し、トリガーを引く。アビスの4門の発射管全てから同時に魚雷が飛び出た。



「しまった!」

 アビスが魚雷を放つのを察知した九郎は、それに向けてイタクァの全弾を撃った。だが風の眷属の魔力を得た弾であっても水の抵抗を受けて速度と威力を急速に失い、一発の魚雷しか破壊できない。

 ニーラゴンゴも回避運動を取りつつ囮の音響魚雷を放ち、一発がそれに惹かれて逸れた。だが残り2発の新型魚雷は、ボズゴロフ級の巨体に致命傷を与えるには十分だった。

 二つの水中爆発が重なり、猛烈に揺れるニーラゴンゴの艦内に大量の海水が押し寄せる。一瞬の間を置いて海面に水柱が立ち、ニーラゴンゴは多数の乗員を閉じ込めたまま、あるいは破孔から放出しながら、海底へと沈んでいく。

「くそっ……くそっ!」

 敗北感が九郎の口から罵声となって漏れ、

「うおおおおおおおっ!」

 搭乗者に呼応した機神の咆吼が、天に木霊した。

 任務を終えたMS達が、ミネルバに次々と帰還していく。

 ザク2機も海中から引き上げられ、母艦を失ったディンも着艦した。肩を落としたパイロットが、格納庫の隅に座り込む。

「あの艦には配属されたばかりでしてね。一緒に配属されたマクガバン以外はろくに名前も覚えてないんですよ」

 目の前に立つアスランとシンに向かい、虚ろな表情でキリアは語った。

「ですから仲間を失ったって言っても、実質一人しか友人じゃなかったんです。戦友を失うのも初めてじゃないですし、心配して頂かなくても大丈夫ですよ」

 彼は自分にそう言い聞かせているのだと、アスランは気付いた。

「判った。だが無理はするな」

 仲間の死は兵士なら避けて通れない痛みだが、誰もが乗り越えられるものではない。心に甚大な傷を負うというのは、戦場では危険な状態だった。本人だけでなく周囲にも。

「いや本当、友達じゃなかったんですよ。友達になれそうでしたけど……」

 なおも語るキリアを、アスランは肩を叩いて黙らせる。

「しかしあいつ、無茶苦茶とは思ってたけど、思った以上に無茶苦茶ですね。本当に何でもありだ」

 シンが無理に明るい口調で言いながら、格納庫脇のガンルームを指す。ヘタクソな気の遣い方だが、明るい材料には違いない。

「そうだな……魔術の力というのは恐ろしい程だ」

 この位置からは見えないが、ガンルームの椅子には力を使い果たした九郎とアルが倒れ込んでいた。

 被雷して海底に沈みつつあったニーラゴンゴだが、圧潰深度に達する前にそれを追って海中に飛び込んだデモンベインが捕縛呪法のアトラック・ナチャで捕え、浸水の重量も含めて数十万トンに達する巨艦を引き上げたのだ。

 生存者は極僅かだったが、それでも全滅間違いなしの状況で仲間を救えた事実は大きかった。この話題になるとキリアの表情にも明るさが射した。

「だが彼らは自分の持つ力を理解している。今回の件も含めて本当に正しい事、必要な事に使える筈だ」

 アスランは信頼に満ちた顔で言う。

 ―――だが彼らが正義を行うなら、その力は戦争という悪を行う我々に向けられるのではないか?

 ふと過ぎった不安は、意識しないようにした。

「汝、戦場の全てを背負おうとしていないか?」

 長椅子を抱くようにうつ伏せで寝るアルが、脱力した声で言う。

「ああ? 俺は自分の出来る事をやってるだけだ」

 いくつかの椅子を繋げて仰向けで寝る九郎は、目を腕で覆ったまま答えた。

「ならば良いがな。出来る事と出来ない事は早々に見極める事だ」

「今回のアレは出来ただろう? やる前から決め付けるな」

「そうだがな。全く汝といると己の新しい領域を見せられる」

「へへっ。どんどん行くぜ、付いて来いよ」

「うつけ……」

 言い合う二人だが、立ち上がって部屋に戻る気力も体力も無い。何か忘れているような気がするが、どうでも良かった。





 翌日、戦闘海域近くの孤島に建設中の連合軍基地が発見され、カーペンタリアのザフト軍が襲撃するが、護衛機のない彼らはあっさりと降伏した。

 いかに現地人を大量導入して急遽建設されたとはいえ、事前に発見できなかった事実を受けて、カーペンタリア基地は哨戒体制の見直しを迫られる事になる。



 ―――いつから、何でこうなったんだ?

 ファントムペインのスティング・オークレーは自問するが、前半の答えははっきりしていた。あいつらが来てからだ。

 母艦J・P・ジョーンズの格納庫に、カオス、ガイア、アビスと並び、損傷したネオのウィンダムがあった。

「済まないな、博士。せっかくのドリルを壊されちまって」

 ネオが謝罪すると、男はエレキギターを掻き鳴らして妙なポーズを取った。

「ノープロブレムである。あれは所詮試作品にして我が輩の次のステップへの踏み台。次はもっとデリィシャスでグゥレイトォなドリルを作ってやるのであぁ~るっ!」

「ああ、ずるい博士。次はステラのガイアにドリル付けてくれるって言った」

「ああ? お前今回は留守番してただけだろ。次は一番活躍した俺のアビスの番だろ」

「うぅ~……」

 アウルの言葉にむくれるステラ。

「何言ってる。アビスの性能なら誰が乗ってもあれくらい当然ロボ」

「ああ? 何だとこのポンコツ!」

 妙な語尾の少女が横から口を挟む。

「ぬははははは! 心配せずとも我が輩の虹の七色を超えて256色オールカラーの脳の中には、ちゃんと次なるドリルの構想が出来上がっているのである」

 博士と呼ばれる男の言葉に、ステラとアウルが期待の目を向けた。

「大きなドリル?」

「ガイアの搭載能力限界に迫る巨大さである」

「尖ったドリル?」

「触れただけでどんな装甲にもサクッと刺さる鋭さである」

「やったぁ!」

 ステラとアウルが歓喜のハイタッチを決めた。

「ねえ博士、あれやろう」

「エルザもやるロボ」

「おっ、良いねぇ」

「よおぉぉぉし、イッツロッケンロォォォォル!」

 ステラの提案にエルザと名乗った少女とアウルが賛同し、男がけたたましくギターを鳴らし始めた。

「ど~りるでるんるんくるるんるんっ、は~とがるんるんぷるるんるんっ♪」

 それに合わせてステラとエルザが妙な歌を歌いだし、アウルがノリノリで手拍子を打つ。ネオ(の下半分)は真顔のままだったが、足首は甲板を叩いて盛大にビートを刻んでいた。

 ―――何でこうなるんだ?

 この場のノリに付いていけないスティングが自問するが、答えは出ない。

 ふと彼の強化された感覚が、異様な視線に気付いた。振り返ると、遠巻きにした整備兵達が怒り、驚愕、哀れみ、呆れ、その他いろいろ混ぜたまあ要するに白い目で、軍艦に似つかわしくないイカレた連中を見ていた。当然その”イカレた連中”にはスティングも含まれているだろう。

「お、俺は違うからな!」

 スティングの声は、やかましいギターの音に掻き消されて聞こえない。

「違う、違うんだ! 俺は仲間とは違う! だからそんな目で見るな!」

 半泣きになって叫ぶが、聞こえたとしても届きはしないだろう。

「スティング、ノリが悪い」

「お前も歌えロボ」

 頭の痛くなるような歌を一曲終えたステラとエルザが、逃げ出そうとしたスティングを捕まえた。抵抗しようとするが、少女二人は笑顔のまま意外な力で、特にエルザは細い腕の物理限界を超えた怪力で引っ張っていく。

「い、嫌だ……俺はそっちには行かない!」

「何だお前、付き合いが悪いな」

「団体行動を乱すな。仲間だろう?」

 悲鳴を上げるスティングを、アウルとネオが諭す。まるでそっちが正常なように。

「ぬははは、拗ねなくても我が輩がちゃんとカオスにもスペシャルなどぅおぉぉりるを付けてやるのであるからして、仲間外れは無し、イジメ格好悪い、ああ美しき友情は永遠にであ~る」

「拗ねてねぇ! 俺の機体に変なもん付けるな!」

 叫ぶスティングの肩を、エルザがぽんと叩く。

「郷に入っては郷に従うロボ」

「入ってきたのはお前らだぁ!」

 そう、何故こんな事になったかは彼には理解できないが、いつからこうなったかは判っていた。このエルザを連れてあの●●●●が、ドクターウェストと名乗る変態がやってきたからだ。

「ああ、我が強敵と書いて友と読むよ。貴様の行く末、新たなる友と力を得た我が輩がとくと見極めてやるのでああぁぁぁる」

 陶酔した表情でどこか異次元を見上げ、その●●●●であるドクターウェストは訳の判らない言葉を呟いていた。





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