DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第09話4

Last-modified: 2013-12-22 (日) 06:18:18

『コアスプレンダー!? シン、無事だったのか!?』

「潰される直前、ギリギリでチェストフライヤーを分離したんです! 連中がインパルスの構造を知らなくて助かりましたよ! けどそれより今は……」

 コアスプレンダーを旋回させ、再びF・ベルゼビュートに攻撃をかけるシン。コアスプレンダーの武装は20mm機関砲ニ門のみ……しかしそれでも牽制程度にはなる筈と、攻撃と離脱を繰り返す。


 そんな中シンの目が捉えているのは、触手に囚われ呆然としている、裸同然の女……シンにとっての、憎しみの対象の一つ。

「アスハの奴を助けるなんて、シャクだけど……!」

 アスハは憎い、それはそう簡単に変わりはしない。だけどそれより、あの連中を野放しにしてはおけない。

 連合が攻めてきた時と同じ痛みと悲しみを、奴等はオーブに持ち込んできた。アスハ以上に、今はあの連中が憎い。

その結果アスハを守る事になってしまうのは複雑だったが、シンはそこまでその事に嫌悪感は抱かなかった。

 いくらアスハとはいえ女の身であそこまで辱められているのを見て流石に同情しているのか、それともアスハを助けようと足掻いている人々の姿に感化されたからなのか……シンは自分でもよく分からない。


ただ胸の中にはがゆい、奇妙な引っかかりを感じてはいた。

「くそっ……貸しにしとくからな、アスハ!」

 シンは気付いていない。シンの中にある憎しみの対象と、守りたいモノの中間──本来憎むべき対象であるはずのアスハが、今この瞬間は守るべき弱者に限りなく近付いているということに。






「アスラン……ユウナ……みんな……シン……ッ!」

 その戦いを見つめるカガリの目からは、ボロボロと大粒の涙が流れていた。

 みんなが、私を助けようとしてくれている。愛してくれる人、信じてくれている人、憎んでいる人……

それぞれに色々な理由があるのだろうが、今自分を助けようとしてくれている事は、まごうことない事実。

 ──こんな何も出来ない、オーブを守ることが出来なかった私のために。

(……なのに、私は今何をやっている!?)

 みんな闘っているのに、自分はただ逃げているだけ。現実を見ず、これまでの人生全てを否定し、心の奥底に引き篭もりただ助けを待っている自分。

 なんという愚かさ! なんという卑しさ! なんという浅ましさ!

(……ダメだ)

 このままじゃ、ダメだ。

 自分を裏切りるだけでなく、自分を愛し、信じてくれる全ての人を裏切る……そんな事許されない、許されていいはずがない!



 ──ならば、どうする?



(そんなの、決まってる)



 逃げるんじゃない。どんなに傷付けられても、どんなに辱められても、どんな恐怖と向き合おうとも──



(逃げるなんて事、私には許されない)



 ──闘わなきゃいけない!



「何故なら、私は──」





「あぁああああああっっ! 次から次へと、どいつもこいつもぉぉぉぉぉ!」

 とうとう堪忍袋の緒が切れたティベリウスが雄叫びを上げる。仮面は真っ赤な憤怒の表情に変わり、体から魔力が視認出来るほどに沸き立つ。

「げぁばらあああぁぁぁぁぁっっ!」

 ティベリウスが手をかざした瞬間、倒されたゾンビ達の血肉が渦となり、肉の触手として再構築された。

「うぐっ!?」

「ユウナ様、くっ!」

 触手は瞬く間にユウナやオーブ兵達を絡め取り、動きを封じる。首に絡まった触手が彼等を窒息させようと力を込める。

『ユウナ!』

「アンタもいい加減離しなさい! ベルゼビュート、バッド・トリップ・ワイン!」

 アスランの意識が逸れた瞬間、F・ベルゼビュートのナックルガードがセイバーに叩きつけられる。

電流と瘴気に汚染さえ、再び機能不全に落ち込んだセイバーをヤクザキックで弾き飛ばした。

『アスランさん!』

「そこの戦闘機、舐めた真似すんじゃないわよ! どうせ殺すけど、これ以上余計な

 手間かけさせるならアンタから殺すわ!」

『チッ……!』

 コアスプレンダー単体ではもはや何も出来ない。変な動きをすればいつでもF・ベルゼビュートで落とす事が出来る──そう判断したティベリウスはシンを捨て置き、ユウナやオーブ兵たちに向き直った。


「散々余計な手間かけさせてくれたわね……もう我慢ならねぇ、貴様等全員先にブッ殺す!

 苦しみ抜いて死に腐れ、ゴミ共が!」

「かっ……!」

 ユウナ達の首に巻き付いた触手が、更に力を強めた。首をへし折らんばかりの圧力に空気の供給が完全に止まり、目を血走らせて顔を歪める。

「やめろ! 彼等に手を出すな!」

 その時、ハッキリとした意思を持つ凛とした声がティベリウスの腐った耳を打った。

「……アラアラ、随分と元気を取り戻したみたいじゃな~い。カ・ガ・リ・ちゃん☆」

 ティベリウスは声の主を振り返る。その先に居るのは触手に縛られながらも、その瞳に光を取り戻しティベリウスを睨みつけるカガリだった。



「もうお前に、誰一人殺させはしない。もしこれ以上一人でも誰か殺してみろ……舌を噛んで死んでやる。

 お前達は私の身柄を確保したいんだろう?」

「──!?」

『な……カ……リ!?』

 爆弾発現に声を出せないユウナ達は勿論、セイバーの中のアスランまでもノイズ交じりの声を上げる。

逆にティベリウスは声を上げて笑った。

「あらあら~? 残念だけどそんな見え透いた脅しは通じないわよ、アンタにそんな度胸あるわけが」

「試してみるか?」

「……オーケーオーケー、落ち着きましょうか。分かったから早まらないでちょ~だい」

 カガリの目に鬼気迫るものを感じ、不審に思ったティベリウスはユウナ達の拘束を緩めた。呼吸を再開した彼等にカガリがほっと一息ついたの見届け、ティベリウスは元々の目的を実行しようとする。


「それじゃ~カガリちゃん、随分と遠回りしたけど、ようやくパーティタイムの始まりよぉん☆  覚悟は出来てるのかしらぁん?」

「……ああ、好きにしろ」

「ちょ、カガリ何考えてるのさ!?」

『やめる…だカガ………クッ…こ…エラーさえ……』

「もういい、やめてくれ! もう何もしなくていい!」

「カガリ!?」

 足掻こうとするユウナやアスランを、カガリが止めた。カガリの意図が理解出来ず困惑する彼等に、カガリは声のトーンを抑えて語りかける。

「ありがとう、みんな……でももういいんだ。もうこれ以上、誰にも死んで欲しくない……

 死なせるわけにはいかない」

 そういってカガリはユウナとセイバー──アスランに笑いかける。二人は絶句し、もはや言葉すら発せない。

(なによもう、単に諦めて捨て鉢になっただけじゃないの。ビビって損しちゃったわ)

 そう判断したティベリウスはカガリへと近寄り、その腹から新たに何本もの触手を生やした。

それを見つめるカガリの目に僅かな怯えが生まれ、体が小刻みにカタカタと震え始める。それがティベリウスの加虐心を刺激した。

「さあ、みんなの前でシッポリタップリ、ベッタベタのグッチョグチョになるまで犯してア・ゲ・ル☆

 国民の皆様全員にだらしないイキ面晒しちゃいなさ~い♪」

 先端から粘液を垂らし、触手がカガリへと殺到した。その光景を見るある者は目を背け、ある者はやめろと絶叫する。触手が体のありとあらゆる穴を貫こうと迫ってくる様を、カガリは真正面から睨みつけ──






「──面白くないわね」

 穴を貫こうとした触手が止まる。真っ直ぐ眼前のティベリウスから目を逸らさないカガリに、ティベリウスは心底不快気な声を上げた。

「アンタ、ついさっき黙りこくる前は随分とビビって泣き叫んでたじゃない? 何よそのツラ?」

 カガリの目元は潤んではいるが、涙を流してはいない。身体は震えてはいるが、逃げようとはしていない。

その瞳は怯えを映しているが、まだ絶望してはいない。その口は一文字に結ばれているが──

それが薄い笑みへと変わった。

「何だぁそのツラァ!? もっと怯えなさい! 泣き喚きなさいっ! 絶望しなさいっっ!

 アタシを、楽しませろっっっ!」

 触手の一本がカガリの口腔に強制的に侵入した。いきなり口の大きさを軽く超えるモノをねじ込まれた上、口の中に広がる腐肉の味と臭いにカガリの顔は苦しげに歪む。


「そうその表情よ! もっと、もっと苦しみなさい! 泣き叫び、絶望し、アタシに許しを懇願なさい!

 そうすれば天国にイクよりもっとスゴイコトしてあげるベrんjZ#!WX$EC%RV&(NU!?」

 ティベリウスが声にならない叫びを上げると同時に、カガリの口から形容しがたい色の粘液が大量にあふれ出した。同時に触手がカガリの口から飛び出す。先端から大量の粘液を噴出するそれには……


『先端が無かった』

「……ウェッペ! ウエェッ! オエッ! ウゲ! ゲホッゲホッ! ケホッ……不味い、臭い、キモイ!」

「「「「うっ!?」」」」

『ひえっ……アスハのヤロウ、エグいことしやがる……』

 粘液や胃液を嘔吐すると同時に、カガリは口からゴロリと大きなモノを吐き出す……それこそ正に、噛み切られた触手の先端。

その光景に男共は寒気を禁じえず、シンですら恐ろしさに股間を押さえずにはいられなかった。

「アーーーーーーーーーーッ!? こ、こんのクソアマァァァァァァァァッッ!」

「ケホッケホッ……舐めるなよ、バケモノ」

 流石に浮かべてしまった涙を拭い、仮面を赤くしたティベリウスに吐き捨てる。

 正直、怖い。今すぐにでも殺されるんじゃないかと気が気じゃない。心臓の鼓動はとっくに限界を超えている。

 けど、支えてくれる人達が自分にはいる。彼等のおかげで自分は立っていられる。

 自分を信じてくれる人達、自分を愛してくれる人達──彼等の力を貰って、私は今、立っている。

 けど、それでもやっぱり、怖い。





 ──しかし、逃げるわけにはいかない。



 コイツは敵だ。国土を焼き、町を破壊し、財産を奪い……私を支えてくれる、私が守るべき人々を傷付け、命を奪った。

 逃げるわけにはいかない。許すわけにはいかない……負けるわけには、いかない。

 何故なら、私は──



「私は──オーブ首長国連邦代表首長、カガリ・ユラ・アスハだ!

 貴様のような汚らわしい、文字通りの腐れ外道の思い通りになどなるものか!

 例えこの身体の隅から隅まで汚し尽くされようとも、心は、誇りは決して汚されはしない!

 ──絶対に!」



 宣誓する。国民に、友に、部下に、敵に──この世界の全てに、迷い無く声を張る。



 下着一枚で、触手にその身を縛られ、体中は腐汁と粘液まみれ──それでも、その姿は誰よりも気高い。





 『種』は、芽吹いた。





 この時初めて、オーブ首長国連邦代表首長『カガリ・ユラ・アスハ』は真に世界へと生まれたのだ。





「フフ……フフフフ……オーーーホッホッホッホッホッホッホ!」

 誰もがカガリの宣誓に硬直する中、最初に動き出したのはティベリウスだ。仮面がクルクルと回転し、

色と表情を百面相させている。

「よくもまあほざいたわね……いいわ、試してアゲル。その誇りとやら、正気を失うまでグチャグチャのタップンタップンに汚しきってやるわ……どこまでガマン出来るかしらねえ?


 ……国民に喜んでマタ開くほどパーになるまで、トコトン犯しまくってやらぁ、クソガキィィッッ!」



「ハッ……カ、カガリ……」

 キラは姉の宣誓を聞いた。それなりに距離が離れているにもかかわらず、その声はハッキリと聞こえていた。

『チッ、あの馬鹿調子に乗りやがって……オイ、そろそろヤベェんじゃねえか?』

『ウゥム……もう時間ガない。我々だけデも目標を確保して撤退するベきダろう』

 二体のMMに弄られ、キラもフリーダムも満身創痍だった。フリーダムのPS装甲と核動力は猛攻に耐えこそしたが、内部機器のダメージが酷い。飛べない事はないが、戦闘はかなり厳しいだろう。


 そしてキラの身体も既に限界に近い。ダイレクトに伝わる衝撃は骨を軋ませ、筋肉を痛めつける。

操縦桿を動かすだけで全身に激しい痛みが走る。

(何とか、この拘束から脱出さえ出来れば……)

『まっ、十分痛めつけてやったし十分だろ……最後にもう1発、な』

『堪え性のナいヤツだ……間違っテコクピットを壊すナよ』

『テメェが言うんじゃねえよ、単細胞!』

 C・クラーケンがフリーダムの肩を掴み持ち上げ、R・ビヤーキーがライフルをフリーダムのコクピットから僅かにずらして向ける。

『出力は調整してやっから爆発で死にはしねえさ。けど腕の一本くらいなくなっても不可抗力、ってなあ?』

「クッ!」

 スラスターを噴かすが、C・クラーケンの腕から逃れられない。ライフルからビームが放たれるその直前、

『……彼奴等が怯んだら、隙を見て飛べ』

『『「……!?」』』

 キィンという甲高い音と共にライフルの銃口がぶれ、ビームはフリーダムではなくC・クラーケンに当たった。

『ナッ、何をしてオるかァクラウディウス!』

『し、知るか! いきなり銃口が……?』

 ライフルの先端を見たクラウディウスの言葉が止まる。ライフルの先端にはMS用のコンバットナイフ

『アーマーシュナイダー』が突き刺さっていた。

『……相変わらず、爪が甘い』

 二体のMMがナイフが飛んで来た方向を向く。

視界の先数百メートルに、一機のMSを彼等は見つけ──そのMSは、歩行しながら背のスラスターを噴かして一気に距離を詰めてきた。

『『なっ……』』

 現れたMS──鉄の鎧武者は両腰の刀を抜き、その二刀を振るった。

『な、な、な……』

『あが、ががが……』

 R・ビヤーキーは素早く飛び上がったが右腕の翼先端部を斬り落とされ、C・クラーケンは足の付け根── 腰と腿の間の僅かな境に、刀を突き立てられた。

『往け』

「は、はいっ!」

 フリーダムがフルブーストで飛ぶ。同様にC・クラーケンの拘束は弱まっており、今度は難なく脱出できた。

「さっきの機体は……」

 その場から離脱しつつ、キラは黒い機体の動向を伺う。刀を素早く納めたあの機体は、スラスターを使いながら大きくジャンプ。その着地予想地点は──結婚式場。





「……へ?」

 ありったけの触手をカガリに放とうとしたティベリウスは、突如地面にかかった影にポカンと空を眺めた。

 そこに居たのは黒鉄を纏った鎧武者。二本の刀を腰に下げ、二本の大剣を背負った、機械の剣士──

 ──モビル・マキナ、オーガアストレイ。

 そしてその胸部のハッチが開き、そこから人影が飛び出す。

「うええええ!?」

 『彼』の正体を知らないユウナが、その行動に驚嘆する。

『え……?』

『彼は!?』

「あいつ……!」

 『彼』が死んだと思っていたシン、アスラン、カガリは己の目を疑った。

「ミ、ミスタアァァァァァァ!」

「随分遅いお帰りじゃないか……ミスターブシドー!」

 『彼』の過去を知るストーンとネスは、心強い味方の登場に沸く。



「──斬」



 数十メートル上空から難なく地面に降り立ち、同時に引き抜かれたレアメタル製の二刀が幾重もの閃光となって煌く。

カガリやユウナ、オーブ兵を拘束していた触手が、瞬く間に輪切りにされた。

「ティ、ティトゥゥゥゥゥゥゥゥス!」

 『彼』のかつての同胞であり、今は相容れぬ敵となった道化師の怨嗟の声が響き渡る。

「……然り」

 刀を上下段に構えたティトゥスがカガリを庇うようにティベリウスへ向く。その数十メートル後方に、少し遅れてオーガアストレイが着地した。

「アスハ代表、私用にて遅れてしまい申し訳ない……契約終了の旨はまだ承っておらぬ、改めて護衛の任、継続させて頂く」

「え、あ、えーと……うん、よろしく頼、む……?」

 余りに想定外過ぎるこの状況に、流石に混乱するカガリであった。



「ホ……オーホッホッホッホッホ! いきなり出てきてやってくれるじゃないティトゥスちゃん!

 けどMMを降りたのは失敗だったわね!」

 ティベリウスの足元に魔術陣が浮かび、その姿が掻き消える。同時にF・ベルゼビュートが一歩を踏み出し、ティベリウスの声が機体から響き渡った。

『さあどうするのかしら? MMに乗る暇は与えないわよ? それとも生身で闘ってみる?』

「……愚かだな、ティベリウス。遠方と背後に敵がいるのにも気付かぬか」

 もう一歩を踏み出そうとしたF・ベルゼビュートの足が、突然止まった。ギシギシと装甲が軋む音と共に、F・ベルゼビュートの巨体が宙に浮く。

『どれほど高性能であろうと、操縦者無き傀儡に我の天〔アマツ〕の姿、掴めはせん』

 MSの姿を隠していたミラージュコロイドが拡散し、F・ベルゼビュートを締め上げている機体の全貌が露になる。

 漆黒の装甲に全身を覆われているが、装甲の合間から金色のメインフレームが輝きを放っている。

右手には大型の盾、左手には三本の鉤爪。そして爪にも見える巨大な翼が、F・ベルゼビュートを掴み持ち上げている。

 この機体こそロンド・ミナ・サハクの愛機『アストレイゴールドフレーム天』である。

『ふむ、やはりエネルギー形式が違いすぎて吸収は無理か……ティトゥス、早くオーガに。急がねば振りほどかれる』

『ぐぅ、ロンド・ミナ……ええいどいつもこいつもジャマしくさってぇ!』

 ゴールドフレームがF・ベルゼビュートを抑えている間にカガリ達は避難を開始し、ティトゥスは素早くオーガアストレイに乗り込む。

だがオーガアストレイの起動より早く、F・ベルゼビュートが拘束を抜け出しオーガアストレイに迫る。

『ブッ潰れなさるびぁ!?』

 ナックルガードを振り上げたF・ベルゼビュートの胴体に、何処からともなく放たれたビームが直撃した。

『そ、狙撃ですって!? 何処から!?』

 ティベリウスが狙撃手の位置を探ろうとするが、もはやそんな余裕はない。



 【──Please order , my lord──】

 

 屍食教典儀とのリンクが完了し、オーガアストレイが起動した。

『っ! しまっ』

「裂」

 神速の斬撃が、敵を正確に捉える。バッド・トリップ・ワインをバチバチと放電させながら、F・ベルゼビュートの左腕が地に落ちた。





 結婚式場から1キロ弱ほど離れた山の上、そこに先ほどF・ベルゼビュートを捉えたスナイパーの姿があった。

「エルザ、目標を狙い撃ったロボ!」

 術式魔砲『我、埋葬にあたわず』を構えるエルザと。

「見事、見事であるエェルザァ! 流石、さっすが我輩の最高傑作! エルザの緻密極まる精密射撃と『我、埋葬にあたわず』の収束モードが組み合わせれば狙撃命中率120%もなぁんのその!


 ホーミング機能を使う事で発射後に僅かながらも軌道修正も可能とは、正に魔技! ああ、自分の才能が空恐ろしい……」

 我等が■■■■ドクターウェスト……ちなみに彼は何時ものように何もしてません。

「うぬう! 何か猛烈に馬鹿にされた気分である! ならば我輩、狙撃手エルザを応援する為、歌を歌う! ま~てんろ~、ねおんをま~とい~♪(ガスッ!)アン!」

「ウッセーロボ、あんまりうるさいと次は博士を狙い撃ちロボ」

「ほ、砲身はキツイのである……貧乏くじはゴッツンコ~!」

 ──閑話休題。







『……さあどうする逆十字の罪人よ。今すぐオーブを去ると言うなら見逃してやらぬでも無い』

 左腕を落とされたF・ベルゼビュートに、オーガアストレイとゴールドフレームが向かい合う。

『巫山戯てんじゃないわよ! アンチクロスがここまでコケにされて引き下がれるもんですか!』

『おいティベリウス……ってお前何やられてんだよ!? ヤベェじゃねえか!』

 空中からR・ビヤーキーが飛来し、地上からC・クラーケンがホバー移動で向かってくる。

『ええいお黙り! アンタ達こそキラ・ヤマトどうしたのよ!?』

『……チッ、そこのチョンマゲ野郎のせいで逃がしちまったよ! おいティトゥステメェ! 久方ぶりに会って早々ナメた真似してくれんじゃねえかよ、ええ? 裏切りモンが!』


「これは滑稽、元々仲間意識など皆無だった者が裏切りを叫ぶか」

 オーガアストレイが二刀を構え間合いを図る。MM三機も武器を構えるが……C・クラーケンとR・ビヤーキーの動きがどこか、逃げ腰だ。

 そんな中、唯一武器を構えず立っていたゴールドフレームからミナの声が響き渡った。

『……もう一度言おう罪人共よ。今すぐオーブから手を引け……さもなくば、今この場で消す』

『……随分と余裕じゃないミナちゃん。アンタ達二人、狙撃手を入れて三人かしら? たったそれだけでアタシ達に勝てるとでも? ……舐めんじゃないわよ!』

『3人で、などと言った覚えはないな……』

 ゴールドフレームが顔を海岸線の方に向け、左腕の指を立ててそちらに向ける。

そこから此方に向かってくる、無数の影──

『貴様等の敵は我々と──彼等だ』







 それは一隻の戦艦と、その周囲に展開する無数のMSの群れ。

『あれは……まさか!?』

『ミネルバだ!』

 アスランとシンの言うとおり、その艦影はミネルバのものだ。更にその周囲には飛行ユニット『シュライク』

装備のM1アストレイに、可変新型MSムラサメ。そして地上にも多くのM1が行進して歩いてくる。

『……おいおいちょっと待てや話が違うだろうが! ヘタレのオーブ軍は主力艦隊さえ足止めしときゃ烏合の衆っつってたよなあの爺ィ!』

『耳が痛いがその通り。主力艦隊が氷付けになったと聞いた時は肝を冷やしたが……残存兵力を纏めるのに苦労したぞ』

『っ! テメェの仕業か婆ァ!』

『ああ、サハクの名と……少しアスハの名を使わせてもらってな。そしてミネルバから協力の打診があったのは嬉しい誤算だった』

 さて、と前置きし、ゴールドフレームが腰の小型実体剣『トツカノツルギ』を抜き、三機のMMに向ける。

『これが最後だ……引くなら良し、引かぬならオーブの全兵力と協力者の力全てを持ってして貴様等を冥府へと送りつけよう……だが忘れるな。

オーブを蹂躙したその罪決して消えはせぬ。何時の日か必ず、サハクの名に懸けて貴様等に引導を渡してくれる……!』

 ミナのその言葉は、恐ろしいほどに冷たかった。ハッタリでもなんでもなく、絶対にそれを成す……そんな凄みが感じられる。

『チッ、冗談じゃねえ。そもそも時間切れなんだ、これ以上付き合ってられっか! ボクは帰るぞ!』

『ま、待テクラウディウス! オ、俺モ退くゾ!』

『……ケッ! 途中までなら運んでやんよ! オラ掴まるんならさっさと手ぇ伸ばしやがれデブ!』

『えええい! ティトゥス、ロンド・ミナ、カガリ・ユラ・アスハ……どいつもこいつも、これで終わったなんて思うんじゃないわよ!』

 R・ビヤーキーが戦闘機形態に変形し、その下部をC・クラーケンがアームを伸ばし掴む。アームの長さを元に戻したC・クラーケンをぶら下げながら、R・ビヤーキーは飛び立つ。それを追う様に、F・ベルゼビュートも飛び立っていく。


「……追わずとも良いのか?」

『良い、今はオーブの民を救うのが先決だ……それに、まだ全て終わってはいな……』

 ミナの言葉が途切れる。オーガアストレイとゴールドフレームの視界を、何かが高速で駆け抜けていった。

『来たか、フリーダム』





 フリーダムの中で、キラは結婚式場に佇むカガリを真っ直ぐに見つめていた。

 当初の目的である、カガリの保護。それだけは何としても果たさなければならない。

「カガリは、こんな事をしてちゃいけないんだ……!」

 一気に結婚式場へ降り立ち、カガリへと手を伸ばす。カガリは驚いたようだがそんな事には構っていられない。少し荒っぽいがそのままフリーダムは手を伸ばすが、

『止めるんだキラ!』

 横から飛び出したセイバーのタックルを受け、フリーダムが後退する。

「い、今の声は……」

 フリーダムを殴ろうとするセイバー、その動きはやけにゆっくりで、キラは振り下ろされたセイバーの腕を簡単に掴まえた。

『クソッ、さっきのエラーの影響がまだ……』

「やっぱり……アスラン! 何で君がMSに!?」

『これは預かり物だ! キラ、お前こそなんでこんな馬鹿なことを!?』

 フリーダムがセイバーを押し飛ばす。吹っ飛ばされたセイバーが結婚式場へと落ちる。

「馬鹿なことをしてるのはカガリじゃないか! 連合と同盟を結んで、君以外の人と結婚するなんて!

 そんな事誰も望んでいないのに!」

 セイバーに掴みかかるフリーダムに、今度はセイバーが蹴りを入れる。だがフリーダムはそれに耐え、セイバーを押さえ込む。

『誰が望んでないなんて言った!? じゃあ聞くが連合と同盟を結ばないならオーブはどうすればいい!?

 お前はそれ以外にオーブを守る方法があるって言うのか!?』

「けど、だけど……だからって……」

「キラ!」

 キラの耳を打つ、カガリの声。取っ組み合う二機に怯える事無く近付いたカガリは、ハッキリと自分の意思をキラに伝える。

「キラ、お前の考えてることはなんとなく分かるよ。お前が私を心配してくれてるのも……けど、私はお前と一緒には行けない」

 その言葉に、キラは大きく目を見開いてカガリを見つめる。

「私の今一番守りたいものは、ここにある……私はここを離れるわけにはいかないんだ、だから!」

「カガリ、僕は……分からない!」

 フリーダムの手を伸ばす。この際仕方ない、無理矢理でも連れて変える。

『キラ、お前!』

「カガリが悪いんだ、我侭ばかり言うから! 僕は、僕は……!」



『ウオオオオオオオ!』

 今にもカガリを掴もうとしたフリーダムを、援護に出たコアスプレンダーの機関砲が襲う。

『シン下がれ、コアスプレンダーじゃ無理だ!』

『けど、こいつは!』

「邪魔をしないでくれ、アスラン!」

『巫山戯るな! カガリのあの決意を聞いただろうに……お前は自分の姉を信じることが出来ないのか!?』

 アスラン相手には穏便に行きたかったが仕方ない。ビームサーベルを抜き、セイバーを斬るしかない。

殺しはしない、手足を切り裂くだけだ。セイバーへ向けてサーベルを振り下ろそうとしたその直後、衝撃が連続してフリーダムを襲った。

『……気に入らんな、連れの男を痛め付けてでも婦女子を連れ出そうとするような男は』

 溜まらずその場を離れると、何時の間にか眼前に金と黒で彩られたMSが立っている。

その右手に装備された盾から、実体の槍を何発かぶつけられたらしい。

『これ以上カガリに言い寄るなら、まずは我がお話を承る……どうする?』

「くっ……」

 隙が全くない。万全ならまだしも、今のフリーダムで勝てるのか……思案するキラの耳に、アークエンジェルからの通信が入る。

『キラ、もう戻ってください。これ以上時間が経つとアークエンジェルがオーブ軍に囲まれます!』

「ラクス、でも!」

『仕方ありませんわキラ、カガリさんにはカガリさんの考えがあるのでしょう……ですから、今は』

「……分かったよ、ラクス」

 カガリやセイバーから背を向け、最大加速で離脱する。コンソールに腕を叩きつけるが、苛立ちは消えない。

「どうしてさカガリ、どうして僕達の……ラクスの考えを聞いてくれないんだ……」

 





 その日、オーブ本島を襲撃したフリーダムと謎の三機のMSの争いによって、オーブ本島の総人口の内一割が死亡が行方不明、三割が重軽傷を負うという未曾有の大事件が起きた。




 そしてこの事件が『ユニウスの魔人』に次ぐ、世界に人知を超えた現象や怪異の存在を示唆する第二の事例となる──







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