DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第11話2

Last-modified: 2008-01-14 (月) 02:07:06

 ミネルバに接近する敵を追っていたアスランの視界に、水柱に囲まれたミネルバとオーブ艦隊から飛び立ったゴールドフレームの姿が映る。
「やはり始めるか、ロンド・ミナは本当に容赦がない……」
 予定通りではあるが、イラ立ちにアスランは唇を噛む。自分はゴールドフレームを押さえることを演じなければならない。しかし今ミネルバに迫る敵機もかなりのものだ。シンとティトゥスは敵陣でMAや艦砲射撃に
足止めを受けており、援護は期待できない。『弾幕』があるとはいえミネルバの防衛機構とザク二機で、あの数を防げるのだろうか。
 一度MSの数を減らしてからでも──そう考えたアスランの耳に、二つの激が飛んだ。
『アスラン、早く行ってください!』
『そうですよ! あれに乗ってるサハクって人、本気でこっちを攻撃する気なんでしょ!?』
 ミネルバから高出力のビーム、無数のミサイルが放たれる。太いビームの奔流をMSの一団が散開して避けた瞬間、立て続けに飛んできた誘導ミサイルがダガーやウィンダムを捉える。盾で防ぐ者や撃ち落す者もいたが、何機かは直撃を受け大きなダメージを受け、中には撃墜された機体も見受けられる。
 白いブレイズザクと赤いガナーザクが、ミネルバ甲板の上で得物を構え、連合軍を睨みつけている。
『雑魚は我々が抑えます! アスランはアスランに出来ることをやってください!』
『そーいうこと! あたし達だって赤です! こんな奴らーーーー!』
 ガナーザクがもう1発、構えた大口径ビーム砲を撃ち込んだ。またしても当たりはしなかったが、その威力にMS達はうろたえたのか、足並みが大きく遅れる。
『二人の言う通りよ、アスラン。貴方はやるべき役割を果たしなさい。ミネルバのため、そしてオーブのために!』
「グラディス艦長……了解!」
 戦闘機形態のセイバーの速度を、一気に最高に引き上げる。セイバーがソニックブームの唸りを海に広げる中、Gを身体に受けながら、加速する視界に連合のMS隊を捉えるアスラン。操縦桿を一気に横に引き倒しながらトリガーをオン、セイバーはロールしながら先端の大型ビーム砲を放つ。後ろからのビームに晒されるMS部隊を一気に抜き去り、そのままミネルバの傍を通り過ぎるセイバーの中で、アスランは小さくサムズアップ。
「もののついでだ、これくらいはいいだろう?」
 そう言って笑ったアスランの顔は、即座に厳しい顔に変わる。大盾と鉤爪を持つ両手と黒い翼を広げ、ゴールドフレームがセイバーの眼前へと躍り出た。

 
 
 

「クソッ! こいつ、なんなんだよっ!」
 連合艦隊を目の前に、インパルスは二の足を踏んでいた。彼等の目の前にはカニのように見える、一機の大型MAがその巨体を大型ブースターで無理矢理中に浮かせ、誇示している。
「攻撃が、効かない!?」
 そしてこのMAには、インパルスのビームライフルが全く通用しない。前のめりにかがんだ体の前面から光の壁が展開し、ありとあらゆる攻撃を防いでしまう。
 陽電子リフレクター──ユーラシア連邦の光波防御帯技術を発展・小型化した、圧倒的な防御力を持つエネルギーシールド。その強度は陽電子砲にすら耐えられる。もしミネルバが軽々しくタンホイザーを使用していたならば、それは無意味にこの海域を汚染することにしかならなかっただろう。
「このぉ、落ちろよ!」
 であるからして、当然MSのビームサーベルでどうにかできるシロモノではない。しかしシンはそんなこと関係ないと言わんばかりに切りかかり……サーベルをリフレクターに弾かれた直後、足を巨大な爪に掴まれた。
『見くびるなコーディネーター! 新型機トライアルで好成績を残した、ザムザザーの力を思い知れ!』
「うるさい! こんなカニに負けてたまるか!」
『フッ、見た目で甘く見ないことだ……操縦士! ヤツを海に叩きつけてやれ!』
『ラジャー!』
 接触回線越しにいくつかの声が聞こえる。あのザムザザーとかいうMAは多人数で動かしているのかと思った瞬間、シンの体はフッと軽くなり──立て続けに走った衝撃に、一瞬呼吸が止まった。
 掴まれたインパルスが、ザムザザーにブンブンと振り回され、何度も海面に叩きつけられる。リフレクターが消えている今を狙おうにも、インパルスの中のシンは身体を襲うGと吐き気にもうそれどころではない。
 更にもう一度叩きつけんと、ザムザザーがその爪を振り下ろそうとした瞬間、
『何を呆けている!』
 インパルスを掴んでいた腕が、根元から斬り落とされた。先行して船や護衛のMSを相手にしていたオーガアストレイが援護に入ったのだ。
「ケホッ……す、すいませんティトゥスさん……」
『詫びる暇があれば行動しろ……断!』
 インパルスが爪から抜け出たのを確認して、両手の長刀をザムザザーの胴体に振り下ろす。再び前傾姿勢をとり、展開したリフレクターに刀は止められるが、その刃はゆっくりと光の壁の内側へ進んでいく。
『やはり、光波防御帯と同じく実体の武器なら通すのは可能か……だがっ……』
 刃先が三分の一ほど壁を貫いたところで、刀を抜いて後退する。先程までオーガアストレイの立っていた場所に、連合艦隊の艦砲射撃や護衛MSの援護射撃が飛ぶ。至近距離のザムザザーへ逸れたものも多少あったが、それらはリフレクターに阻まれザムザザーを傷つけることはない。
『彼奴等が邪魔をしていては、悠長に力押しする暇はない、か……!』
「くそっ!」
 インパルスとオーガアストレイが並ぶ。ザムザザーを中心に陣を組むウィンダム──シンにはそれがとてつもなく大きな壁に見えてしょうがなかった。

 
 
 

「なにが手加減は無用、だ……」
 MS形態のセイバーがライフルを連射。無規則に見えて相手の動きを先読みし、牽制するために計算されたビームの奔流を、より深い読みの元動くゴールドフレーム天は難なくかわす。単なる回避行動でありながら優雅さを持ち、そして確実に距離を詰めてくるその姿に、アスランはつい舌打ちした。
「そんなことしてたら、間違いなく瞬殺じゃないか……!」
 懐に入ってきたゴールドフレームが、右腕の大盾『トリケロス改』からビームサーベルを発生させ斬り付けてくる。それを左手のシールドで受け止め、ライフルを素早く収めたセイバーが右手で剣を抜き──切り付けようとした腕を、相手は左手の鉤爪『ムツハノタチ』の刃で止めた。
『どうしたアスラン・ザラ。そんなことではミネルバを救うどころか、我を抑えることも出来ぬぞ』
「なら、少しは手加減してもらえませんかっ……!」
『既にしている。我がオーブ軍はゴールドフレーム以外のMS全てを待機に回し、砲撃は相当抑えている。そしてその数少ない砲撃は煙幕代わりにしてやっているのだ。これ以上の手加減など出来うる筈もあるまい』
 ゴールドフレームに乗るオーブ軍最高司令官、ロンド・ミナ・サハクの言葉は全て、事実だ。
 オーブ軍の行動の大半は、ほとんどがミネルバを邪魔することのないよう計画されている。大規模なMS部隊はあくまで本土防衛用の切り札とし、この戦闘には使わない。艦砲射撃は一見、ミネルバを後少しで捉えそうな絶妙な位置に着弾しているが、実際はわざと外しているどころか、水柱を煙幕代わりにした『援護射撃』だ。
 そこまで精度の高い砲撃が可能なオーブの砲撃手達と、それをあたかも回避しているよう見せるミネルバの操舵手の技術が光る、高度な芝居。全てはミネルバを無事脱出させるため。
 しかし、嘘は多少の真実を盛り込まねばすぐに見抜かれる──そしてこの場合の真実とは、『一騎当千の力を持つオーブの軍神と、それを押さえ込むほどの力を持つ、帰還したザフトの英雄』という劇的なシチュエーションそのものなのだ。
『我を失望させるな……ここで潰える力ならばそれまで! この窮地を耐え切り、脱して見せろ!』
 ゴールドフレームの翼──エネルギー吸収機構『マガノイクタチ』がセイバーを捉えんと展開。危険を感じたアスランは鍔迫り合いを解き、セイバーを一気に後退させる。だがその顔面とボディを、マガノイクタチ先端に装備されたワイヤー兵器『マガノシラホコ』が容赦なく打ち付けた。ワイヤー先端のフェイズシフト装甲で出来た矛先が、セイバーと中のアスランへ強い衝撃を伝えてくる。
「クソッ、やはり強い……けど、負けられない。負けは、しない!」
 頭を振り意識をしっかり保つ。確かにミナは強く、ゴールドフレームも素晴らしい機体だ。彼女に勝つのは非常に難しいと言わざるを得ない。
 ──しかし、今回勝つ必要はないのだ。確かに勝ってミネルバの援護にいけるのが理想だが、そう簡単にはいかない。出来るならこの場を投げ出し、ミネルバの援護に回りたい気持ちもある。
 だが、ミネルバには仲間がいる。自分を送り出し、今もミネルバを守ってくれている仲間。そしてその進む道を切り開かんとする仲間──彼等がいれば、何も心配することはないと、アスランは何故か確信出来た。
 ならばこそ、自分は今、自分の役割を果たせばいい。負けないことが重要なのだ──が、しかし。
「ただこのまま、押されっぱなしというのは少し気に入らない、か」
 意地、だろうか。自分は元ザフトのトップガンであり、このセイバーは最新鋭機──やってやれないことはない。そんな沸きあがる感情に苦笑しながら、アスランは操縦桿を握り直す。
 ──アスラン・ザラとして戦いに戻った彼の闘争本能が今、完全に戻りつつあった。

 
 
 

 一方、オーブだけでなく展開を始めた連合艦からも攻撃を受け、近くにも遠くにも多数の水柱が上がるミネルバ。ミネルバの防衛機構やルナマリア、レイが向かってくるMSやミサイルを迎撃していたが──
「なんで!? なんで当たらないわけ!?」
 水柱の合間を縫い、巨大な得物を撃ちまくる赤いザクウォーリア。そのコクピットで、ルナマリアは叫びを上げた。その声には、もはや半泣きに近い色すら混じっている。激しいビームの奔流が連合のMS隊に向かって伸びるが、届くころにはもう敵はその場から散開してしまう。
 攻撃が、まるで当たらない。それはこの戦闘だけではなく、実戦に出てからずっとルナが抱えている悩みだった。
 アーモリーワンで始めて実戦を経験して以降、MSの扱い自体はけっこう上達したという自覚はある。しかし何故か射撃が上手く行かない。愛用するガナーウィザードの高エネルギー長射程ビーム砲『オルトロス』が命中した回数は数えるほど。確かに士官学校の時から射撃は取り立てて上手い訳でもなく、テストでは時に散々な結果だったこともある。しかし、決して命中が全く見込めないほど下手糞というわけではなかった。ちゃんと標準に捉え、ロックオンした状態で撃っている。当たるはずなのに、どうして。
 ──そもそも何故、そんな自分がガナーウィザードを愛用するようになったのだろう?
「あ……そっか、あたし……」
 ルナはすっかり忘れていた、自分がこの長物を使うことにした経緯を思い出す。
 士官学校の同期であり、同じ艦に配属されることになった、シンとレイ。彼等には目に見える、ハッキリとした力があった。
 シンは性格こそ難はあったが能力全般は低くなく、特に生身での格闘やMS戦闘には光るものがあった。そして何より、最新鋭機であるインパルスのパイロットに選ばれた。
 対して突出した点はないが、ありとあらゆる事項において平均を上回っていたのがレイだ。性格は沈着冷静、パイロットとしての能力は勿論、指揮官能力にも適応がある。同期の中で抜きん出ていたのは誰もが、
シンすら認める事実であり、何故彼がインパルスのパイロットに選ばれなかったのか今でも語り癖になるほどだ。
 ──彼等二人と比べて、自分はどうだ。赤服に選ばれた理由は、総合的な評価が他の連中より高かったから。取り立てて優秀な能力など何一つない。万能といえば聞こえはいいが、結局のところ器用貧乏。真の万能とは、レイくらい全てにおいて高い能力を持つ者に使われる言葉なのだ。
 状況に応じた形態を取れる最新鋭機を駆るシン。汎用性あるブレイズウィザードを多用し、あらゆる状況で一定の能力を発揮できる隊長機型ザクで指揮を取るレイ。そんな二人と、自分はどういう立場で肩を並べるべきか?
 ──選んだのは、火力。一撃で敵を薙ぎ払える、圧倒的な力。インパルスにも砲撃装備はあるが、シンは射撃より格闘を好む。そしてレイは全体の指揮を取りながらの中距離でのアシスト。ならば後方から彼等を援護できる、砲撃で力になろう──そう思って選んだはずだったのに。
「バカだ、あたし……ただバカスカ撃って、はずして、悔しがるばっかりで……これじゃ意味、ないじゃない……」
 意気消沈し、ヘルメットを被った頭を垂れる。呼応するようにザクも両手で構えた長物を下げ──それが仇となった。
『何をしているルナマリア、撃て! 敵が来ているぞ!』
「っ!?」
 ルナマリアの前方で水柱が上がり──その中から、三機のダガーLが飛び出す。
 水柱が視界を塞ぐだけでなくビームを多少ながら減衰する上、ミネルバの各兵装やザクによる迎撃──特にルナの高威力砲撃により思い切った接近が出来ず、連合のMSはミネルバに有効打を与えられていなかった。ルナは意識せぬうちに、この状況において良い対応をしていたのである。
 が、ルナがその手を安め砲撃に隙間が空いた時、痺れを切らした敵が捨て身覚悟の接近を仕掛けてきた。ルナの砲撃が集中していた角度にはレイもミネルバもあまり意識を割り振っておらず、更に丁度水柱を突っ切る
形になった三機はミネルバへの接近に成功し──視界に飛び込んできた赤いザクに、一機のダガーLがビームサーベルを抜いて迫り、ガナーウィザードの銃身を叩き切った。
「キャアア!」
 得物を破壊されたザクの頭上にサーベルを構えたダガーLが浮かび、その後ろにもまだ二機。完全に追い詰められ、ルナは恐慌状態でパニックになりかけていた。
(ウソ、そんな、あたし死ぬの? 死ぬ、死ぬ、こんなところであたし、死ぬ!? ……嫌、嫌嫌イヤッ!)
 そんな状態でも、体が動いたのは流石ザフトレッドと言うべきか。『死にたくない』という思考に囚われたルナの意識は、『とにかく攻撃しろ』という反射に近い結論をはじき出し──それを実行した。
 ガナーウィザードのパージと同時に、右腕を腰の裏に。マウントされていたライフルを掴み、構える。目の前のダガーLはサーベルを振りかぶり、後ろの二機もライフルを構えようとする。もはやロックオンすることすら億劫と言わんばかりに、ルナはライフルを敵がいる方向に向け、標準を意識することなく直感の命ずるままトリガーを連射した。
「……え?」
 呆然と、ルナは呟く。ビーム突撃銃の別名も持つ高い連射性を持ったライフルは、ダガーL達が行動に移る前に三発の光を連射し──その光は揃って、武器を構えたダガーLの腕を貫いた。
「あたし……今何した?」
 撃たれた側が状況を理解しきれず硬直する中、最も驚いたのはその早業を行った張本人。
 操縦款を握っていた掌を見る。スーツに覆われた内側は見えないが、その中でジットリと汗が滲んでいるのが分かった。
 呆然としているルナの意識を、轟音が引き戻す。硬直していたダガーL三機を、横から飛んできた緑の光が貫いた。幾重にも分かれた光は彼等の五体を解体し、バランスを崩した本体は立て続けに海へ落下していった。
『ルナマリア、なにボーっとしてるロボ?』
「エ、エルザちゃん!?」
 光の飛んできた方向を見れば、ルナの目はミネルバの船首に立つ二つの小さな影を捉える。片方は術式魔砲
『我、埋葬にあたわず』を構えたエルザ。
 そしてもう一人は言わずもがな、ギターを掻き鳴らすあの男──
『ギャハハハハハハハ! さ~ぁ、しかと見たであるか愚民メカニックども、我輩の最高傑作エルザの力を!我輩のエルザと魔術兵装の前にはあの程度の超絶的ピンチなんぞの~ぷろぶれむ!我輩の偉大さが分かったならば今すぐ先程の非礼を詫び、甲板に転がっているMSの部品を掻き集めてくるので……』
『じゃかあしい! 戦闘中にヘンなトコ昇って喚き散らすんじゃねえ! ダガーの腕にくくりつけて沈めたろか!?』
『『つうかテメェは何もしてねぇぇぇ!』』
『ギィヤァァァァァ!?』
 メカニック一同のスパナやらなんやら一斉攻撃を受け、落下していくウェスト。缶ジュースのアタリを引いたら二本目がぬるかった時の様ななんとも言えぬ目でそれを見ていたルナは、メイリンの言葉で現実に戻った。
『お姉ちゃん、お姉ちゃん! 大丈夫なの!? ねえ!?』
「え……あ! う、うん……大丈夫よメイリン、なんともないわ……」
『ハァ……よかったぁ』
『ルナマリア、大丈夫か?』
「レイ……ゴメン、あたし……」
『気にするな、俺は気にしていない。だがもう油断するな、まだ敵はいる』
『エルザも援護するロボ! 大船に乗ったつもりで任せるロボ!』
「……うん、アリガト。じゃあお願いね、エルザちゃん……メイリン、あたしは大丈夫だから仕事に戻りなさい」
『うん……お姉ちゃん、気をつけて』
 メイリンの心配する声を聞き終えると、ルナはヘルメットのバイザーを上げ、ブンブンと顔を振った。汗をシートに散らし、髪を整え、頬を指でピシャリと叩く。小さいが鋭い痛みに、意識は鮮明さを取り戻す。
「悩みも訳分かんないことも、今は後回し──!」
 ビームライフルを構え、ミネルバを囲む敵機を見据える。集中を遮るノイズ全てをかき消そうとするかのように、ルナは敵機目掛けライフルを乱射した。

 

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