DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第13話1

Last-modified: 2008-08-14 (木) 18:39:39

 乾き切った砂漠に覆われた地、ガルナハン。風に舞う砂は日常ではあるが、今日の砂は一段と激しく吹き荒んでいた。
 マハムール基地より発進した何隻もの地上艇、そしてわずかに陸から船体を離し地上艇に随伴している空中戦艦、ミネルバのためだ。鳴動する推進機関からあふれ出すエネルギーが砂を吹き上げ、撒き散らしていく。
 長い砂のケープを引いて進むその雄姿を、停車した一台のジープから遠目に見つめる者達がいた。
「あれがミネルバか……」
 地上艇ばかりの中で一際目立つ白い船体を目にして、ジープの運転席から身を乗り出した小柄な人物が呟いた。防塵のためのゴーグルとマスクから除く濃い目の肌色は、この土地では一般的だ。
「まさかこんな所で出くわすとはね……けど、これでガルナハンゲートもなんとかなるかな」
「どうだかな。英雄だのなんだのと持ち上げられてはいるが、所詮は一戦艦と数機のMSが合流しただけだ。その程度で覆る状況なら苦労しない」
「けど、そのために俺達がいるんだろ?」
「フン……気乗りしない」
 そう会話を交わしたのは後部座席に座った二人の男だ。その見た目は運転席の人物とは違い、あまり砂漠に適しているとはいえなかった。
 片やゴーグルこそしているがジーパンにシャツ、ジャケットという軽装。もう一人に至っては上から下までピシッと決めたスーツという出で立ち。似合ってはいるのだが、だからと言って砂漠の砂は防げない。
「それじゃ行くぞ。二人とも落ちるなよ」
「ん? ……のうわ!?」
「お、おいお嬢──!」
 唐突に、ジープのエンジンが唸りを挙げた。急発進で空回りしたタイヤに砂が巻き上げられ、後部座席の二人へと散った。
 二人が文句を言う間もなく、ジープが走り出す。荒々しい運転に二人は車にしがみつくのが精一杯だ。
 ジープが向かうのはザフト艦隊、そしてミネルバへと向かっていく──結論として、彼等を包む砂のケープへと突っ込む形となる。
 二人の男は揃って顔を引き攣らせる。活発そうな男の方は、片手でしっかり掴んだ己の仕事道具──カメラの防塵処理を再度確認し直した。

 
 
 

第十三話 The Truth and Burrower──貫くは真実、穿つは大地──

 
 
 

「──お前さんと相性がいいのは広範囲攻撃、出来れば連射できる武装がいいって話だったよな」
「面に範囲が広い方が射撃位置を絞る必要がないから、眼で追った相手を狙いやすいんです。実際スラッシュウィザードは扱いやすかったし」
 資料片手に頭を掻くエイブスと、真剣な表情のルナマリアが連れたってハンガーを歩いている。歩みの先にあるのはもちろん、ルナマリアのザクウォーリアだ。
「となると、かなりの近接迎撃機仕様になっちまうが……お前さんの今までの戦法と随分違ってくるぞ。それでいいのか?」
「遠距離兵器があたしの苦手なオルトロスくらいしかありませんからね……砲身もバッテリーパックも重いし、弾速はまあまあだけど距離が開いてるとやっぱり着弾までに時間もかかっちゃって。先読みに身体が
 ついていかない現状じゃ、遠距離攻撃は諦めるしかないです」
 諦めたような口調だが、その顔には口惜しさがにじみ出ている。そんなルナを見て、不意にエイブスが口元を歪めた。
「とりあえず元々のコンセプトである広範囲攻撃強化の目処は立った。基本装備はスラッシュウィザードのビームガトリングに手を加えるつもりだが──それ以外にも、アレを使おうと思ってる」
 ザクの横を指差すエイブス。ルナが指先を眼で追うと、そこには思いもよらないパーツが転がっていた。
「あれって、アビスのシールド!?」
「ティトゥスが斬り落としたのを回収したんだ。元々アビスはこの船で運用されるはずだったからな、修理は簡単だったぜ。こいつを本来のシールドの変わりに左肩に装備しようと思ってる。内側の三連装ビーム砲は攻撃範囲が広いし、連装砲も炸裂弾頭を連続でばら撒ける。オマケに盾としても機能するからな。使い勝手はいいはずだ──で、こっからが面白いんだ。こいつを見てみな」
 エイブスは資料の中から一枚の紙を取ると、ルナに差し出した。受け取り、その内容にルナは眼を通す。
 それは、MS用銃火器の設計図だった。専門家ではないルナには詳しいところは分からないが、その彼女の目にもその銃は随分奇異に見えた。
 銃身は通常のライフルより少しだけ長いが、全体像が非常にシャープかつコンパクトに纏められている。見ようによっては金属の棒のようにも見えるその形状は、とてもビームライフルとしての構造を内部に持っているとは思えない。
「そいつは試作型でな。コンセプトは長距離、高弾速用ビームライフルってやつだ」
「は? ……ちょ、この大きさでですか!?」
 驚くルナマリアに、エイブスは得意げに説明を始めた。
「徹底的な効率化、小型化の為に切るべきところを一気に切って、逆に必要なところは密度を高めるってのをやっただけよ。弾はカートリッジ方式、それでも小型化しすぎて1カートリッジで四、五発が限界。一発の威力自体はMSの装甲を撃破できるギリギリライン──けどその変わりに、収束率を徹底的に絞って弾速と射程を最大限引き上げてる。シンプルな形状と見た目どおりの軽量さで、片手でだって振り回せる取り回しのよさ──動きは邪魔しない、着弾も早い。これならお前さんでも扱えるんじゃないか?」
「……すごい……」
 確かに、着弾までの時間が短ければ長射程でも誤差は小さくなる。なおかつ取り回しが効くというなら理想的な武器だ。
「まあまだ設計だけで机上の空論だし、造れたとしても複雑化しすぎて量産性は皆無だけどな。俺らミネルバメカニックだけの力じゃないってのがシャクでもある」
 そう言いながらエイブスは視線を動かす。レイのザクファントムと、その調整をしながら周囲のメカニック達と話しているユンの姿が見えた。
「あの嬢ちゃん、発想の柔らかさがハンパじゃねえ。たまに脳味噌熔けてんじゃねえかと思う時もあるが、喋ってることの中に思いもしなかったアイディアがポンポン混じってやがる。お前さんの機体についても意見をもらったし、今もレイ用のウィザードの考案があるとかで色々測定してるんだそうだ。ティトゥスで分かってたが、やっぱナチュラルにだってスゴイヤツはいるもんだな」
 嬉しそうに言っていたエイブスだったが、ふとその表情が沈痛な面持ちに変わった。
「ただ、いくらなんでも……」
「これをつければ攻撃力速力共に大幅アップであ~る! これさえあれば変哲のないショッピングカートもスーパーを守る決戦兵器に! 我輩の発明、我輩の証明、我輩の魂! 我輩の、我輩のド」
「黙っていろ狂人[サイコパス]!」
「六番コンテナにどうぞーーーーーー!?」
「……あのヤロウだけは技術者として、というより人として認めたくねえがな。このライフルのビーム制御機構やらなんやら、アイツがいなけりゃ出来なかった事は多々あるんだが……」
 格納庫の奥、アメノミハシラから送られてきたコンテナが置かれた区画。そこから鈍い音と叫び声が響き渡る。
 天蓋の開いたコンテナの縁に身体を引っ掛け足しか見えないドクターウェスト。そのコンテナの下で肩を怒らせるティトゥスをセトナがまあまあと押し留め、エルザがツンツンと木の棒でピクリともしないドクターの足を突いていた。
「……ドクター、また何かやったんですか」
「あのボケ、あのコンテナに入ってたパーツを組み立ててたんだが、それがまたとんでもないシロモノでな。それをティトゥスに使わせようとか何とか……そりゃティトゥスも怒るわ、あんなモン」
 今度は一体何作ったんだあの■■■■──そう思いながらもルナは口を噤んだ。
 ハンガーの一角に置かれた、アメノミハシラから送られてきた物の一つであるMSを見る……正直思考が深遠に堕ちそうなので普段は意識しないようにしているが、そこには恐ろしいものが置かれていた。
 二つの巨大なドリルを背負った作業用?MS──スーパーウェスト無敵ロボVerレイスタ。背中に超重量が集中しているにもかかわらず何故か自立しているその機体の周囲には当然、誰も近寄らない。
 アレを見れば何を作ったのか想像は──つかないが、ロクでもないモノなのは間違いない。下手に関わって生まれ変わる直前の自分の機体にまで飛び火するのは勘弁願いたかった。
「……お?」
 艦内通信機から呼び出し音が鳴った。エイブスは駆け足で向かって受話機を取ると、回線の向こうの相手と言葉を交わす。距離の開いたルナの位置からでは周囲の音が邪魔をして内容までは分からない。
「了解です──おーいお前等! ハッチ降ろすぞ! お客さんだそうだ! ウロチョロしてるヤツは下がれ、そのまま地面に放り落とすぞ!」
 受話器を下ろした直後、張り上げた声にメカニック達が一斉に動き出す。ルナマリアもエイブスに促され、安全地帯へと離れる。
 ハンガーの床の一部がゆっくりと下降し、砂漠の砂の色が覗く。車両や資材を搬入する為のハッチで、低速時ならミネルバの飛行中にも使用できる。
 景色の流れを見ていつの間にか速度落としてたんだ、などとルナが考えていると、下降したハッチに後方からジープが乗り上げた。
 よし上げろ、とエイブスが叫ぶと共に上昇し出すハッチ。ルナは上がってくるジープに乗った人物へと眼を向ける。
 後部座席には二人の男。なぜかグッタリしており、髪や衣服に被った砂を払う余裕も無いらしい。
 対して操縦席の人物は平然としている。小柄な身体を揺らして素早く砂を払うと、ゴーグルとマスクを取り払い短く息を吐く。
(女の子?)
 露になった幼い顔に、ルナは眼を丸くした。その間にハッチは完全に閉じ、現場責任者であるエイブスがジープへと近寄る。
「あ~、あんた等がお客さんだな。少ししたら上の人間が来ると思うんで待っててくんな……後ろの二人、大丈夫なのかい?」
「ああ、こいつらはこの土地にあまり慣れてないから……だらしないなあ」
「あ、あはは……面目ない」
 ゴーグルを上げながら、軽装の男が乾いた笑みを浮かべた。所々に金のメッシュを入れた紺色の髪を揺らし砂を落とす──と、ハンガーの一画に目を向けたその男が突然声を上げた。
「──! ティトゥス! ティトゥスじゃないか!」
 視線が男へ、続いてティトゥスへと集中する。紺色の髪の男はどこか嬉しそうな顔をし、その隣のスーツの男も髭を生やしたダンディな顔に驚きを浮かべた。
「……ジェス・リブルか?」
 振り向いたティトゥスは、短くそう告げた。

 
 
 

「それでは、作戦の説明を始める」
 ミネルバのブリーフィングルームに集められた、この作戦に参加する全てのパイロットの面々。その戦士達の前で、アーサーが堂々と宣言した。
 その横にはアスラン、そして少し後ろに先ほどミネルバに乗りつけた三人の姿がある。
「まず先にご紹介しよう。今回協力してくれる、地元レジスタンスに所属するミス・コニール。そしてフリージャーナリストのジェス・リブル氏と、ボディガードのカイト・マディガン氏だ」
 アスランが促し、三人の内二人が一歩前に出る。コニールとジェスが小さく一礼する中、一人動かなかったカイトはすました風を装いながら周囲に気を配っている。
 確かに実力はある人物のようだと、ボディガード経験のあるアスランは感じた。
「……子供じゃないか」
 コニールの姿を見たシンの口から言葉が漏れた。それを聞き取ったコニールがキッとシンを睨み、シンはその目に篭った強い感情に少しだけ身をすくませた。
「ミス・コニールは現在連合に占領されているガルナハン出身者で、リブル氏達はそこで行なわれている圧制の事実を世界に知らせるため彼女らと行動を共にしている。彼等と協力し、我々は今回の作戦を決行することになる」
 今回タリアはブリッジに残り、ラドル司令ほか上級仕官達との折り合いを行なっている。ミネルバクルーからは頼りないイメージを持たれていたアーサーだったが、小さなミスをアスランにフォローされつつも問題なく作戦の説明を行なっていく。外の人間へのミネルバ副長の面目はなんとか守られそうだ。
 今回の作戦は大きな火力プラントを保有するガルナハンの攻略。ここを得られれば大きなエネルギー源を失った連合の勢いはかなり削がれる事になり、また連合の圧制を受けている現地住民達の支持を勝ち取る事も出来る。
 ザフトの戦争目的は積極的自衛権の行使であり領土拡大ではないが、圧制からの開放という大層なお題目さえ立てば攻め込めないわけではないのだ──そういう薄暗い側面は、流石にアーサーも口にはしなかったが。
 しかし、重要拠点ともなればそう簡単に落とせるものではない。ガルナハンゲートと呼ばれる要塞施設が、ガルナハンの街を護るように、同時に住民を閉じ込めるかのように建造されている。
 配備された戦力も多数であるが、なにより問題なのは要塞に装備された陽電子砲【ローエングリン】の存在である。戦艦に搭載されるそれより大型化された現行最大規模の主砲は、ザフト艦隊を瞬く間に消し去るだけの威力と大地の汚染という二重の脅威を持っている。実際、先日マハムール基地が行なった侵攻作戦では多数の艦が一撃の元に沈められ、多大な被害を被ったという。
 更にそのローエングリンへの攻撃を一手に防御する、陽電子リフレクター装備のMAが確認されている。かつてミネルバを襲ったザムザザーとはまた違う、より防御に特化したMAらしい。
「つまり、正面切っての戦いでは分が悪いわけだが……ここでレジスタンスの協力が活きてくる」
 作戦領域周辺の地図が映されたモニターに、一本のラインが浮かび上がる。その線はガルナハンゲートの側面、山や渓谷が自然の要塞を形成している地形を貫いて描かれていた。
「この地点に、今は使われていない坑道が存在する。MSが通れる大きさではないが、ここを通り抜けられれば一気に要塞の懐に飛び込める……敵の意表を突きローエングリン、もしくは防衛用MAを破壊できれば勝機は生まれるというわけだ。その坑道の内部データを、今回レジスタンスが提供してくれた」
「ただし坑道の入り口から出口まではかなりの距離だ。悠長に歩兵を運用していては時間がかかるし、そもそも歩兵用火器でどうにか出来るものでもない。しかし我々にはただ一機、この狭い坑道を通り抜けられるMSが存在する」
 アスランが話を引き継ぎ、コニールを連れて前に出る。二人は話を聞いていたパイロット達へと近寄っていき──シンの目の前で止まった。
「ミス・コニール。彼にデータを」
「え、俺!?」
「こっ、コイツにか!?」
 お互いに顔を見合わせた直後、弾かれるようにアスランを見る二人。
「お前のインパルスなら分離状態でこの坑道を通り抜けられる。パイロットとしての技量も問題ない。当然の人選だろう……ミス・コニール、彼は優秀なパイロットです。彼に任せれば上手く行きます」
 素早く対応するアスランに、二の句を告げなくなる二人。どこか不満気な目を向けてくるコニールに、シンは苛立ちを覚える。
「なんなんだよ、さっきから」
「……本当に大丈夫なんだろうな。お前みたいなガキっぽいヤツで」
「なっ、んだとぉ!? お前の方がガキだろうが!」
 身を乗り出したシンを両脇にいたルナとレイが抑える。対するコニールは怯えた仕草も見せず、逆にシンへと歯に衣着せぬ物言いで返した。
「アタシくらいしか動ける人間がいないから、アタシがきたんだ! レジスタンスの皆はもうボロボロで、でも命がけなんだ! 今回の作戦で失敗するわけにはいかないんだよ! それをお前見たいなガキなんかに!」
「ガキガキ言うなガキ! だいたいなんだよ、レジスタンスとか! わざわざ力のないやつが戦う必要なんてないだろうが! 全部俺達ザフトに任せて大人しくしておけば──」
「そうもいかないんだよ、シン・アスカ。戦わざるを得ないんだ、今のガルナハンは」
 ヒートアップする二人の口論。そこへ不意に横槍が入った。
「アーモリーワンで何度か顔を合わせたけど、こうやって話すのは初めてだな」
「あ、ああ……」
 そう言ってきたジェスに、シンは高ぶった感情もあり曖昧な表情を返した。
 【野次馬】ジェス。その知名度はフリージャーナリストとしてはそれなりに高い。
 大きな特徴はMSを所有し、MS視点による戦闘の記録を行なう事。そして何よりも『真実の探求』を重視している事だ。少々取材対象に入れ込む傾向があるが、基本的に国家のプロパガンダや真偽の知れぬ情報には惑わされず、自分の足でその場に赴き、自分の目で見た真実を記録に収め、公表する。そこには偽りも思惑もない、むき出しの真実があるだけ。
 思惑を持って情報を操作する国家寄り報道機関からは受けが悪く、同業者からも批判の声はある。大衆に望まれる受けのいい情報でなければ意味がない。真実に価値はない。興味のあるもののみを追い求めるのはジャーナリストではなく、単なる野次馬である、等々。
 しかし愚直なまでに真実を求める姿勢と、どんな場合でも嘘偽りない報道内容を評価する声が無いわけではない。情報が乱れ飛び真偽の基準が崩壊しかけている今の世界では、【真実】という言葉は魅力的に聞こえるのかもしれない。
 しかし、何故そのジャーナリストがレジスタンスに身を寄せ、今ザフトに協力者として現れたのか。先ほどアーサーは連合の圧制の事実を世界に知らせるため、と言っていたが……
「……ここに集まっている皆さんに見せたいものがあります。少々刺激の強い内容ですが、出来れば
 目を逸らさないでもらいたい……これが今ガルナハンで起こっている、真実です」
 カメラからメモリーユニットを取り外し、モニターの外部スロットに接続するジェス。先ほどまで映っていた地図が消え、ユニットの中に記録されていた画像ファイルが表示される。
 ブリーフィングルーム内の雰囲気が、一気に重苦しいものへと変わった。
「うっ……」
「ひ、ひどい……」
 そこに映ったのは、連合兵による現地住民への圧制──先日の強制労働が生易しいとも思えるほどの、弾圧や暴行の記録だった。
 強者による弱者への一方的な暴力。残虐さを剥き出しにした上位者と、虐げられる下位の人間。口にするのもおぞましき醜悪な人間の姿が、そこにはあった。
 それを見たパイロット達の中には目を背ける者や、口元を押さえうずくまる者が出始める。いつも冷静なレイですら表情を嫌悪に歪め、ルナマリアは目元に涙すら浮かべている。
 そしてシンは、その光景に激しい怒りを抱いた。弱者が一方的に傷付けられるのを、シンは何よりも許せない。
「先日のザフトの攻撃に合わせ、蜂起したレジスタンスの末路だ……蜂起前も似たようなことはいくらでもあったが、な」
「……っ! アンタはぁ!」
 目の前のコニールを押しのけ、シンはジェスへと詰め寄った。
「黙って見てたのか! これを、こんなものを写真に取るだけで、アンタは何もしなかったのか!
 自分は関係ありませんってか! こんな、これだからマスコミなんてのは……っ!」
「コイツに当たるのはお門違いだぜ」
 ジェスの胸元を締め上げようと伸びたシンの腕を、ジェスの後ろから伸びた手が掴んだ。そのまま軽く関節を極められ呻くシンを、ジェスの前に出たカイトが見下ろした。
「連合がこんなものの撮影を手放しで許すはずがないだろう。全てレジスタンスの協力の下、ガルナハンに忍び込んで取ったものだ。危険を承知の上でな。見つかってたらどれもタダじゃすまん、実際俺もコイツも何度か酷い目に合ってる」
 カイトがシンの手を離す。すぐさま体勢を建て直しカイトに向きなおるシンだったが、その身体を誰かが背中から押さえこんだ。
「やめてくれ! ジェスはアタシに付き合ってくれてるだけなんだ! ジェスは今まで何度もアタシ達を助けてくれた! こいつのことを悪く言わないでくれ!」
「お前……」
 シンを捕まえたのはコニールだった。先ほどまでの睨むような顔から一転、涙目でシンの背中にすがりつく。
 困惑するシンを尻目に、ジェスが口を開いた。
「……オレは今までに何度もガルナハンの──いや、世界各地で行なわれている連合の暴走を世界に伝えてきた。ほとんどが連合から検閲を受けて闇に葬られちまったが……オレはジャーナリストだ。兵士じゃない。オレが出来るのは真実を伝える事だけ。伝え続けていればいつかは大勢の人も気づいてくれる、状況は変わるって期待してた。けれど──」
「でも、もうガルナハンは限界なんだ!」
 ジェスの言葉を遮って、コニールが声を上げた。
「前にザフトが砲台を攻めこんだ時、それと同時に街でも抵抗運動を起こしたんだ。でも結局失敗して……逆らった人達は捕まって、写真みたいに酷い目に遭わされて、殺された人もいる! もうまともに動ける人間だってほとんどいないのに、それでも奴等は皆をこき使って……だからアタシみたいな子供しかこれなかったんだよ!」
 泣きながら訴えるコニールにシンの心は揺さぶられた。自分とコニール、境遇は違えど理不尽な暴力に大切なものを奪われている点では、同じだと今になって気づいたのだ。
「アタシ達が何をしたって、この作戦が失敗すれば遅かれ早かれ皆死んじまう……もうザフトにあの砲台を何とかしてもらうしかないんだ! だから、だから……!」
「……データをくれ、コニール」
 えっ、とコニールは顔を上げる。やんわりとコニールを背中から引き剥がし、ジェスにすまないと謝るシン。視線をコニールの位置まで降ろし、その瞳を真っ直ぐ見て、告げる。
「約束する。俺は絶対に、この作戦を成功させてみせる!」
 今度こそ、虐げられた人達を助けてみせる──!
 データを受け取り、一度コニールに任せろという笑顔を向ける。すぐに表情を引き締めなおし振り向くと、頷くアスランの姿があった。
「頼んだぞ、シン。お前が作戦の鍵だ」
「……はい!」

 
 
 

 ブリーフィングが終わり、パイロット達はブリーフィングルームを後にしそれぞれの船へと戻っていく。誰もが連合への怒りと苦しめられる住民を解放するという決意を胸に、高い士気で戦いへと望めるだろう。
「……相変わらず、報道屋としてはあるまじき行いばかりしているようだな。南アメリカでの大演説を思い出す」
「へへ、分かっちゃいるんだけどな。けど、真実を追い求めるだけなのは変わってないぜ。今回はそれでたまたま連合とかち合うことになっただけさ」
 ブリーフィングルームに残っているのは三人。ジェスとカイト、そしてブリーフィング中は隅に背をもたれ傍観していたティトゥスだ。
 ティトゥスはかつて参加した南アメリカ独立戦争で、MSに乗って戦場でも真実を追いかけるジェス達と出逢った。また彼らはロウ・ギュールやアメノミハシラとも浅はかならぬ繋がりがあり、現在はその縁でティトゥスの事情にも通じていた。
「アメノミハシラから話は聞いてたし、オーブでの活躍もTVで見たが、まさか本当にミネルバの用心棒になってるとはな。若い連中のお守りはどうだ、MS斬りの旦那」
「何、野次馬の手綱を締めねばならぬお主程苦労してはおらぬよ、白十字」
「へっ、どうせオレは王道じゃないヘンテコジャーナリストですよ」
 作戦まで時間はあまりないが、久方ぶりの再開に世間話の花が咲く。セトナがこの船に乗っている事を伝えると、二人とも複雑な顔で唸った。
「ホンットーに何処にでも現れるな、あのコは」
「顔見知りだと聞いたのでな。後で顔を見せてやれ、喜ぶだろう」
 だがいつまでも世間話をしてる場合ではない。ティトゥスは真剣な顔をすると、ジェスへと問いかけた。
「しかし、お主覚悟はいいのか?」
「ん?」
「作戦が成功した後、どうなるかを分かっていないわけではないだろう。だがそれを黙っていられるお主ではあるまい……だからこそあの少女と共にここに来た。そうではないのか?」
 ジェスの表情が大きく変わった──どこか陰りの見える、疲れ切った男のような乾いた表情へと。
「……ああ。オレはここで全てを見てきた。だからこそ最後まで見届けて、その真実を伝える人間でいなけりゃいけない」
「全て承知の上で、それでも覚悟があるのか?」
「ガルナハンの人達、本当にいい人ばっかりなんだよ……これ以上余計なしがらみを背負って欲しくない」
「……不器用な男よ」
「これもジャーナリストの宿命、ってやつかな」
 ティトゥスは苦笑し、ジェスもまた苦笑を返す。カイトだけは大きく溜息をついた。
「さて、コニールと一緒にシンを案内してやらないとな……じゃ、アンタも頼んだぜ」
 ジェスとカイトが退出する。一人残されたブリーフィングルームで、ティトゥスは目を伏せて呟いた。
「真実を追い求める故に、己の心に嘘をつけぬ者──だからこその矛盾であり、因果か」

 
 
 

「渓谷、であるか……いい話を聞いたのであ~る! 丁度良い、いっそあの小僧でも構わん! 今度こそ祭りの始まりであ~る!」
「そして今回も博士の出番は少なかったのでした、ぷぷぷ~ロボ」
「エェルザァァァァァァァァァァ!?」

 
 
 

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