DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第13話3

Last-modified: 2008-09-11 (木) 19:24:36

『いやしかし、無事でよかったよ、シン』
「ホントですよ……くそ、ドクターめ覚えてろよ」
 所々が焦げ付いているインパルスの中でシンはぼやいた。
 ローエングリンの爆発に巻き込まれたと思われたシンだったが、実際はそのままローエングリンどころかガルナハンゲートの外壁までブチ抜いており、推進剤が切れてゲート内部の床に突き刺さった状態で無事回収された。
 現在は簡易補修を受けたオーガアストレイとセイバーと共に、コニールたちが既に到着しているはずのガルナハンの街へと向かっていた。既にドリルストライカーは外し、フォースシルエットを装備している。
『急ぐぞ……ジェス達の身が気がかりだ』
「あ、待って下さいよティトゥスさん!」
 併走するインパルスとセイバーを追い越し、ジェットストライカー装備のオーガアストレイが先行した。
 アスランの怪訝そうな声がシンの耳に届く。
『どうしたんだ、彼は? ずっとあんな調子だが』
「さあ、コニールたちは別段怪我をしたわけでも……そういや、街にも連合兵は駐留してたんですよね? まさかそいつ等が暴れだしたりってことを心配して!?」
『それはないだろう。ガルナハンゲートが落ちたのは向こうにも伝わっているはずだ、残っている連合兵が無茶をするとは思えない。ティトゥスだって分かってると思うが……』
 などと会話している間に、ガルナハンの街上空に到着する。あまり近代的とはいえない、砂の上に造られた石と煉瓦の街並み──そこには腕を振り上げて勝利の雄叫びを上げる住民達の姿があった。連合に捕まっていたのか、ボロボロの姿をした者も多く目につく。
 勝ち取った勝利の余韻に浸る街──だが同時に、その一角に漂う不穏な空気にシンは気づいた。
「……!? あ、あれは!」
 中心近くの広場に、武器を手に集まった人間達。そこには立っている人間のほかに、縄に縛られた無数の人間が転がされていた。何人かはガタガタと奮え、何人かは散々な暴行を受け痛ましい姿を晒し──何人かは、血を流して事切れている。そしてまた一人、頭を銃に撃たれて脳漿を撒き散らした。
 そしてそれを行なう人間に張り付いた表情は、狂気の貌。喜怒哀楽様々な表情を浮かべながらも、その全てには憎悪という感情が見て取れる。
 作戦前のブリーフィングでジェスに見せられた、一方的な暴力。人間の隠された残虐性。
 ただし、前に見た映像と決定的に違う点がある。
 その光景は写真ではなく、今現在行なわれている現実であるということ──そして強者と弱者、狩る者と狩られる者の立場が180度入れ替わっていることだ。
 甚振られているのは撤退し損ねた連合兵。そして暴力を振るうのは、今まさに自由を得たガルナハンの住民だったのである。
『やはり……こうなるか』
 インパルスの前方で、オーガアストレイが滞空していた。シンと同じ光景を見ていたのであろうティトゥスの呟きが聞こえる。
「やっぱりって……こうなることが分かってたんですか」
『簡単な話だ。奪われた者が考えるのは、奪った者への復讐……お主が分からないはずがあるまい』
「それ、は」
 言葉に抑揚は無い。だがまるで責められているような錯覚にシンは言いよどむ。視線をオーガから地上に戻したシンは、そこに更なる驚愕の光景を見た。
 連合兵を蹂躙する住民達の輪の中心に乗り込み、彼らを止めようとする人間がいた。その姿は間違いない、ジェス・リブルだ。
「あの人、何を!?」
『……降りるぞ』
 高度を落としていくオーガアストレイにインパルスとセイバーが続く。ジェスを囲んでいた住民たちはMSの登場におののき、開いたスペースへと三機は降り立った。
「何をやっているんだ、貴方たちは!?」
 指揮官であるアスランがすぐさまコクピットから降り、住民達へと叫ぶ。
「もうすぐザフト本隊がここに着く、捕虜はその時引き渡してくれればしかるべき処罰を下す! だからもうやめるんだ!」
 自分達を助けてくれたザフト兵の言葉に戸惑いを見せる住人達。だがその中から十数人の男たちが前へと出てきた。
 全員が銃を持ち、衣服にはかすかに血が付着している。虐殺に積極的に参加していた連中のようだ。
「……アンタらザフトには感謝してる。だがこれに口出しはして欲しくない。こいつらが俺達に今までどんな仕打ちをしてきたか……その報いを受けさせなきゃ気がすまない!」
「その気持ちは分かるが、しかし!」
 憤りを隠さない住民を説得しようとするアスラン。だがそれを手を上げてジェスが制した。無言のまま、しかし強い意志を発する彼の目を見て、アスランは食い下がる。
 アスランに軽く頭を下げるとジェスは振り返り、住民達と対峙する。
「お前もさっきみたいに俺達を止めようとするのか、ジェス。お前だって一緒に見てただろう! こいつらが俺たちに何をしたかを! こいつらがどれだけのものを奪い、どれだけの仲間を殺したのかを!」
「ああ、分かってる」
「だったら!」
「けど、アンタたちがやろうとしてるのは本当に間違いじゃないのか?」
 ジェスはいきり立つ住民達を見渡し、一人一人の目を見ながら問いを投げた。
「本当にそこにいる連中は、全員が全員悪人だったのか? 助けてくれたザフトの言葉を無視してまで復讐を断行して本当にいいのか? 非道な行いをやられたからって、それをそのままやり返すことは非道じゃないのか? ──オレには、そうは思えない」
 淡々と語るジェスに向けられる視線が、徐々に敵意を帯び始める。だがその只中にあってなお、ジェスは毅然とした態度を崩さない。
「彼らはザフトに引き渡して、正統な裁きの元で罪を償わせるべきだ。これだけのことをしたんだ、裁判にかければタダじゃすまない。アンタたちが手を汚す必要なんてないじゃないか──それに、捕虜の一方的な殺害は国際法で罪とされている。ザフトは同情で黙認してくれるかもしれないが、ギクシャクした雰囲気はずっと後を引く。これから協力していくことになるんだ、しこりは残さないほうがいい──オレは、そう思う」
「……やっぱり、お前は余所者だよ」
 住民の一人が、ジェスにそう吐き捨てた。
「お前にゃ色々世話になったが、その言葉は聞けねえ! 所詮余所者のお前に俺達の気持ちが分かるはずもないんだ! 生まれた国をメチャクチャにされた悔しさが! 仲間を、家族を殺された者の悲しみと怒りが! 俺達の手で苦しみと死という償いを与えなけりゃ俺達の、死んだ者達の無念は消えやしねえんだ!」
 青年の言葉に周囲からも同調の声が上がる。余所者は引っ込め、邪魔するな──罵声が次々とジェスへ浴びせられる。
「……アンタ達は本当にそれが正しいと、誰に対しても胸を張って言えるのか?」
「当然だ! こいつらが俺達にしたことを、今度は俺達がやってやる番だ! それを間違いだなどと誰にも言わせねえ!」
「……分かった。なら好きにすればいいさ」
 ジェスが諦めたととった彼らはすぐさま踵を返し、兵士への暴行を再開しようとする。慌ててアスランが止めようとする中、ジェスはその場から一歩も動かないまま──

 

「──けど、やっぱりオレは納得できない!」

 

 シャッター音が鳴り、フラッシュの光が一同の目を突き刺した。
 何をしたのか分からないという顔で、住民たちの視線が再びカメラを構えたジェスへと集中する。
「確かにオレは余所者だ、アンタたちのやることに口出しできる立場じゃない。ザフトでもないから、力で無理矢理に抑えるなんてことも出来ない……けど、オレはジャーナリストだ。だから今目の前で起こる真実を写真に収めて、世界に公表させてもらう──『ガルナハンの住民は圧制を受けた報復として、連合兵を捕らえて虐殺した』という、真実を」
 呆気にとられたまま言葉もない一同を尻目に、ジェスは続ける。
「ここで何が起きたか、一つ残らず全部記録する。殺された人間の名前も、殺したのが誰かも、何もかも……何も後ろめたい事が無いなら、公表されても問題は無いはずだ。そうだろう?」
「ふ、ふざけやがって!」
 若者の一人が銃口をジェスに向けた……その直後、黒い影が若者へと詰め寄った。
「気に入らぬな。己自身は何もせぬ分際でいざ立場が逆転すれば増長し、無抵抗の相手を弄るような輩は」
 いつの間にやらコクピットから飛び降りていたティトゥスが、刀を若者の首筋に突きつける。身を竦ませた直後手の中で銃がバラバラになり地面へと落ち、若者は悲鳴を上げて尻餅をつく。
「ティトゥス、手を出さないでくれ」
 ジェスがティトゥスに近寄り、先ほどのアスランのようにやめるよう促す。ティトゥスはすぐに刀を戻すと、オーガアストレイの方向へと歩いていく。
 ジェスは尻餅をついた若者に手を貸して立たせる。手を離して相手を見据えると、若者はおびえるように数歩後ろへと下がった。
「アンタはさっき、本気でオレを撃つつもりだったのか?」
「だ、だったらどうだってんだ!」
「……厄介な事をするなら、例え顔見知りでも問答無用で殺せるのか? 都合が悪ければなら他人をいくら殺してでも構わないのか? ……それは、連合がアンタたちにしたことと何が違う?」
 ジェスの強い視線に気圧され、更に後ろへと下がる若者。
 暴徒寸前だった住民たちの前へ躍り出たジェス。銃を持たずにカメラを構えた彼の姿に、今や住民全体が圧倒されていた。
「そしてオレの口を封じようとしたってことは、アンタたちは自覚してるってことだ……これを公表されたら自分達が罪に問われるだろうことが。虐殺という行為が、周囲からは認められないことが」
「……黙れ、黙れ黙れぇ!」
 壮年の域に達した男が倒れた連合兵の一人にのしかかると、その頭に銃口を突きつけた。かろうじて意識を保っていたらしい連合兵の口から小さい悲鳴が上がる。
「こいつらのせいで、こいつらのせいであいつと娘は……! 許せるか、許せるものか! こいつが手を下してなかろうと同じだ! 連合さえこなければ、こいつらがいなければっ! 罪だと!? 認められないだと!? それがなんだというんだ! こいつらは俺に……俺達に殺されるべきなんだっ!」
「……オレにはアンタを非難することも、その兵士を擁護することもできない。……けど、もう一度聞かせてくれ。今やろうとしていることが正しいと、アンタたちは本当にそう思ってるのか?」
 今にも人が死のうとするその光景に、ジェスはカメラを向ける。兵士に押し付けられた銃口は震え、兵士の口からは命乞いと助けを求める声が悲鳴に混じって発せられていた。
「人の人生を丸々奪う覚悟が、その家族や友人から恨まれる覚悟が……そして、自分達が受けた悲しみと怒りを他の誰かにも与える覚悟が、本当にあるのか!? 被害者だからって自分の行いを正当化して、自分の間違いを認めたくないだけじゃないのかっ!」
 ジェスの一喝に、男は憎悪とも苦悶ともいえぬ表情で噛み締めた歯を鳴らす。トリガーにかけられた
人差し指に力が篭り──

 
 
 

 すっかり興奮の収まった夕暮れのガルナハンの街。その路地をシンは荒い息をつきながら走っていた。
 向かうは町外れ──アウトフレームとテスタメントが停まっている場所だ。
 あの後、銃が撃たれる直前にザフト本隊が到着し、司令官であるヨアヒム・ラドルにより住民との交渉が行なわれた。着任期間が長く現地住民とも親交の深いヨアヒム直々の説得のおかげで、捕虜は全員引き渡されザフトの法により裁かれることとなった。
 ジェスがいなければ、本隊到着までに捕虜は皆殺しになっていたかもしれない。
 赤服を着たままジェスの元へ向かうシンに住民たちは皆複雑な表情を見せるが、シンはそんな視線に気づきもしないで走り続ける。
 身一つで復讐に駆られた住民達を止めたジェス。その彼と話がしたかった。何を話したいのかは、シン自身にもよく分かっていなかったが。
 路地はそれなりに複雑だったが、巨大なアウトフレーム自体が目印になり多少デタラメな道順でも辿り着ける。あと少しといったところで、シンは曲がり角から飛び出した人影とぶつかった。
「うおっと……って、コニールじゃないか……!?」
「あっ、シン……」
 小柄な身体を胸で受け止めたシンの表情が固まった。コニールの目からは、幾筋もの涙が流れている。
 コニールが走ってきたのはアウトフレームのいる方向──つまりジェスのいる場所からである事に、シンはハッと思い至った。
「……分かってるんだ……ジェスがアタシたちのことを思って言ってくれたのは。あのまま続けてたらきっと、これからザフトとうまくやっていけなかった。ジェスの言ってることが正しいって、みんなも本当は分かってる……けど!」
 表情を歪めて、コニールは握った両手をシンの胸にぶつけた。だが腕の力より、コニールの次の言葉がシンの胸を強く揺さぶった。
「アタシたちのこの嫌な気持ちは、いったい何にぶつければいいんだよぉ!」
「コニール……」
「……っ!」
 シンを押しのけるようにして、コニールは走り去っていく。シンはその後ろ姿をただ見ているだけしか出来なかった。
「あのまま行かせるとは、レディの扱いがなっちゃいないな」
 いきなり背後から声をかけられシンは飛び上がりそうになる。振り向くとそこには相変わらずスーツを着たカイトがいた。
「わ、悪かったな。そういうアンタはなんでここにいるんだ」
「俺はあの野次馬バカの護衛だ、傍にいるのは当然だろう。アイツもお前みたいにレディの扱いが分かってないから嬢ちゃんを泣かせちまって、フォローしとこうと思ったが……お前さんに任せたのは失敗だったらしい」
 少し引っかかる物言いだったが、どうやらジェスはこの先にいるらしい。シンが動く前にカイトはシンが向かってきた方向へと歩いていく。
「俺はちょいと飲み物でも調達してくる。アイツに用があるなら好きにしな……アイツも少し、身近でない人間と話したほうがいい」
 そのまま去っていくカイトにあれで護衛かと眉をひそめるシンだったが、気を取り直しジェスの元へと向かう。
 角を曲がって少し進んだところで開けた場所に出た。アウトフレームとテスタメントの傍、砂の上に転がった少し大きめの岩に、ジェスは座り込んでいる。
 住人の前に出たときの毅然さはなく、背を丸め力なく俯く姿はいかに精根尽き果てているかを物語っていた。
「ジェス、さん……」
「ん……やあ、シンじゃないか。どうした?」
 シンの声にジェスが顔を上げた。疲れきった笑顔、だがシンを驚かせたのはそれではなく、真っ赤に染まった左頬だった。
「ああ、これか? さっきコニールに一発手痛いのをもらっちゃってな」
 シンの脳裏に言い争った末、ジェスに拳を叩き込むコニールの姿がありありと浮かぶ。これが他愛もない言い争いの結果なら微笑ましいことだろうが、その内容が内容であるだけにシンは作り笑いすら出来なかった。
「覚悟はしてたんだけどな……やっぱり少し前まで笑い合ってた相手に嫌われるのは辛いもんだ」
「……なら、どうして止めたんです?」
「ん?」
「嫌われてまで、あなたが街の人を止めて連合兵を助ける理由なんてなかったはずです。一般人が、それも行きずりのジャーナリストがすることじゃ……」
「違う」
 シンの言葉を、ジェスは強い口調で遮った。
「確かにオレのしたことは、ジャーナリストとしちゃやるべきではなかったんだろう……けど、ジャーナリストだからこそ、あそこでオレはみんなを止めることが出来たんだと思ってる」
 横に座るように促され、シンは岩に腰を降ろす。ジェスはゆっくりとシンに語り始めた。
「オレは戦争が始まってからずっと、各地の戦場を巡ってそこで起きた真実を見てきた。はっきり言って、地獄だったよ。連合に支配されてる場所が大半だったが、中にはここみたいに非連合勢力が盛り返したところもあった。けど、結局のところどこもそう変わりはしない。互いに争っているか、そうでなければ強者が弱者を弾圧する──狂気じみた光景があるだけだった」
 眼前で振りかざされる暴力に、ただ虐げられ続ける弱者。ルールもモラルもなく、ただ欲望のままに搾取と殺戮の日々が続く。
 だがいざ弱者が救われたとしても、その瞬間弱者は強者となり、虐げられた者は虐げる物へと変わる。
「赤ん坊を殺された母親がナイフで捕虜の腹を掻っ捌く。妻を暴行された旦那が捕まった女兵士をめちゃくちゃに犯す。仲間と手足を失った戦士が同じように何人もの敵兵の手足を切断する……そんな残虐な行いをする人間だって、皆ほんの数日前は生きてた仲間と笑ってた、余所者のオレとも仲良くしてくれたいい人達だったんだ」
 菩薩の如き心の持ち主でさえ、心通じた者を殺されれば夜叉となる。多少とはいえ見知った人物が目の前で豹変する──その様何度も目撃したであろうジェスの悲嘆と絶望は、いかほどのものだったのか。
「……かなり堪えたよ。オレには戦う力もなければ、みんなの苦しみを理解する事もできない……オレはただみんなが変わっていくのを、血塗れで狂気に呑まれる姿を──目の前で起こる最悪の真実を、見ていることしか出来なかったんだ」
 所詮、ジャーナリストはジャーナリスト以上足り得ない。
 戦場を渡り歩き、真実を伝えるのがジャーナリストの使命。ジェスは最初この恐るべき真実を世界に伝える事で、この状況を変えられないかと考えた──だが、国家の思惑により真実が多分に歪められる今の世界で、それがどれほどの効果を得られるというのだろう。
 真実を追い求めてきたジェス。だが戦場で見た真実は、あまりにも悲惨なものだった。真実全てが自分の望むものばかりでないのは理解しているつもりでいた。だが目の前で凶行が行なわれていく現実を、ジャーナリストであると同時に一人の人間であるジェスは受け入れられなかった。
「だからオレは、戦うことを選んだ」
「戦う……?」
 シンは首を傾げる。ジャーナリストが戦うとはどういうことか。アウトフレームで連合と戦う? それとも暴走する住民を力ずくで抑える? ……どちらも不可能だとシンは思った。
 シンの表情から考えていることを読み取ったのか、ジェスは苦笑した。
「君みたいにMSに乗って戦ったり、身一つで戦ったりするわけじゃないさ」
 銃を取り敵を討つのも、カメラを手に真実を追い続けるのも同じ戦い──ジェスはそう言った。
「そして、戦うためにはその『理由』がいる。オレの今まで戦ってきた理由は『真実を守る』ためだった」
 戦う理由。誰が頼んだわけでもない、自分が望んだ、誰にも譲れないもの。『真実を守る』というジャーナリストとしてのジェスの理由は揺るがない。
 だがジャーナリストとしての理由があるのと同時に、人間として譲れないものもあるのだ。
「オレがガルナハンのみんなを止めた理由は至極単純……嫌だったからさ。オレはもう優しかった人達が狂っていくのも、血に塗れるのも見たくない──オレは、オレの『真実を貫く』ことを決めた」
 ジェスがカメラを持ち上げ、保存されていた画像を表示させた。小型ディスプレイに、連合兵に銃を構える住民の姿が映る。
 狂気に犯された姿、これは間違いなく存在した真実──だがここから連想される結末はジェスの望む真実──『未来』ではない。だからそれが確定する前に、抗った。
「みんなも本当はこれは間違いだと、正しくないことだと分かってる。けど、怒りと憎しみがその考えを覆いつくし、狂った真実へと向かわせる──オレはそれが納得いかない。だからオレはみんなに、心の奥に押し込め隠した狂った真実を目の前に突きつけて、止める。オレはオレなりに、オレの望む『未来』を貫き通してみせる!」
 カメラに映った画像データを、ジェスはためらうことなく消去した。『未来』の消えた『真実』はもう、いらない。
「普通のジャーナリストとしてはやっぱり失格なんだろうさ……けど、今更だ。この馬鹿げた真実に向かう世界に、最後まで抗う──それがオレの、オレなりのジャーナリストとしての生き方だ」
 ジェスはそういって、シンに笑いかけた。そこには疲れきっていながらも、決意を固めた一人の
『戦士』の顔があった。

 
 
 

 日も落ちすっかり暗くなった街外れで、シンは岩の上に座り込んでいた。
 あの後すぐ、ジェスもカイトも行ってしまった。マハムール経由でまた新たな戦場に向かうのだという。
(結局のところオレのやることはその場しのぎでしかない。戦争が終わらない限り、どこかで同じことが繰り返されるだけだ……だからオレは、ザフトにこの戦争を終わらせてもらいたい。ザフトはまだ──少なくとも君たちミネルバのクルーはまだ、連合のように狂気には捕らわれていないと思える)
 シンの心には、去り際にジェスが言った言葉が引っかかっていた。
(だからシン、兵士の君にこんな事をいうのは筋違いかもしれないが……よく考えてみてくれ。自分が戦う理由を、自分が求める『真実』がなんなのかを──そしてそれが本当に間違っていないのかを。でなければいつか、君もまた狂気に呑まれてしまうかもしれない……それじゃ、何も変わらないんだ)
「真実に、理由、か……」
 自分の真実とは……戦う理由とは、なんだ?
 強くなりたいという思い、無力な者が虐げられるのが許せないという思い──この根幹にあるのは家族を殺された悲しみと、その原因となったものへの憎しみだ。アスハへの憎しみは徐々に沈静化しているが、連合とフリーダムに対しては未だ強く燃え上がっている。
 故にシンは、ガルナハンの住民が抱く思いが痛いほど理解出来た。何故なら彼らはシンと同じ痛みを持つ、シンの守るべき無力な者達だったからだ。
 だが、しかし。
「無力な人達って、誰だよ……」
 泣き叫び命乞いをする連合兵が、無慈悲に殺されていく姿。それを見た時にシンが感じたのは共感ではなく、不快だった。弱者だった者達は、その時既に弱者ではなくなっていたのだ。
 だが彼らを否定するなら、自分はどうだ?
 シンもまた数日前に、大多数の連合兵を虐殺している。周囲への被害を省みなかったことは間違いだと思っているが、連合兵への行いに関しては完全に間違いではないと思っていた。奴等は、弱者を利用していたのだから。
 だが、今回の件でその考えにも亀裂が生じた。結局あの時の自分は、圧倒的優位な立場を利用して鬱憤を晴らしただけではないのか? 弱者を上から見下ろし、自分を正当化していただけではないのか?
 ──ジェスの言うように、俺は連合兵やガルナハンの住民のような、狂った顔をしていたのではないのか?
(気に入らぬな。己自身は何もせぬ分際でいざ立場が逆転すれば増長し、無抵抗の相手を弄るような輩は)
(人の人生を丸々奪う覚悟が、その家族や友人から恨まれる覚悟が……そして、自分達が受けた悲しみと怒りを他の誰かにも与える覚悟が、本当にあるのか!? 被害者だからって自分の行いを正当化して、自分の間違いを認めたくないだけじゃないのかっ!)
 住民たちの前で、ティトゥスとジェスが言った言葉が思い出される。シンにはその言葉が、まるで自分を責めているかのように感じられた。
 肩を抱いて手を身体に当てた時、シンはようやく自らの身体が夜の寒さに震えていることに気づいた。

 
 
 

to be continued──

 
 
 

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