DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第14話2

Last-modified: 2008-10-29 (水) 22:13:25

 海に面したディオキアの街。心地よい潮風が吹く海岸線沿いの道路を、一台の車が走っていた。
 オープンタイプの車体の運転席にレイ、隣にはシン。そして後部座席にはホーク姉妹が座っている。
「いやー買った買った♪ やっぱりショッピングは楽しいわ。う~ん、休暇最高!」
「お姉ちゃん、ほんと服も化粧品もいっぱい買ったよね。シン達もありがと、荷物持ちしてくれて。レイにはレンタカーまで出してもらっちゃったし」
「気にするな、俺は気にしてない」
「メイリンも随分買ってたじゃない。さっきのランチでは割勘にかこつけて一番食べてたし。っていうか、訊こうと思ってたけどヨウランやヴィーノはどうしたのよ? てっきりあっちと出かけると思ってたのに、あたし達についてくるなんて珍しい」
「それがね、何かディオキア限定のラクス様グッズが前のライブと連動で売られてるとか何とかで、絶対買いに行くって変に盛り上がっててさ~。わざわざ付き合うのもばからしくなっちゃって」
「うわ~……ハマっちゃてるわねあいつら。知ってる? 連中ラクス様が復帰した当初はイメージが違うだのなんだの結構愚痴ってたのよ」
「え~、それホント!?」
「ホントホント! それでさ──」
 姉妹の姦しい喧騒を尻目に、前の席は会話の一つもなく静けさを保っている。
 普段から無口なレイはいい。だが普段なら多少は会話に絡んでくるはずのシンは難しげな顔で、延々と海を眺め続けている。先ほど街を回っていた時も呼びかければ反応こそするが、ずっとこんな調子だ。
 あまりの温度差に耐えかねて、メイリンは一度会話を切るとひそひそ声で姉に訊いた。
「ねえ、シン一体どうしたの? 少し前までは気が抜けてて変だったけど、今日はずっと不機嫌そう。私がついてきたのがまずかったのかな?」
「ううん、メイリンのせいじゃないし、機嫌が悪いわけでもないのよ。昨日議長に呼び出された時に、ちょっとあってね。シンも複雑なのよ、いろいろ」
「議長に直接怒られでもしたの?」
「そうじゃないんだけどね……」
 むしろシンが議長に怒りたいところでしょ、とはルナは口に出さなかった。ルナ自身議長の話には理解は出来るが、完全に納得出来るかといわれればしっくりはこない。
 しかし、それを今ここでどうこう言っても仕方のないことだ。
 当面の問題は話の内容ではなく、そのためにシンが悩んでいるということ。アカデミー以来の腐れ縁ゆえに、シンがウジウジと悩み続けている様を見ていると調子が狂って仕方ない。
 レイもそれが気になっているようで、彼にしては珍しく自発的に観光スポットを調べ、今ハンドルを握ってそこへと向かっている。
 このわずかな休みの間に、シンの気が少しでも解れてくれればいい。その想いはレイもルナも一緒なのだ。
(あたし達がこんなに心配してあげてるんだから。しっかりしてよね、シン)

 
 
 

 数十分車を走らせた後、砂浜から徒歩で数分。一向は少し人里から離れた海辺の岩場へと到着した。
 その岩場の一部、岬状に大きく海へと突き出た場所こそがレイの調べた観光スポットだった。
 日の光を受けた青い海が一面に広がり、遠目にはディオキアの街も見える。
「結構綺麗じゃない! 海なんて艦の上で散々見てきたから今更って少し思ってたけど、こういうところから見てみるとやっぱり違う気がするわね」
「夜だと街の明かりが映えて美しいそうだが、日中の景色も中々のものだと聞いてな。街から距離があるのもあって、この時間帯は人も少なくほとんど穴場扱いらしい」
「へ~、私は夜の景色も見てみたいな」
 三人が景色を話している横で、シンもまたぼんやりと海を眺めていた。だが海の青はシンの目に映るだけで、その心には響かない。
 シンの頭には、昨日議長が話した言葉が何度も繰り返されていた。

 
 
 

「無論、ロゴスを放置しておくつもりはない。だがロゴスは先に言ったように、古今東西の利益を求める者たちが集まった集団だ。それぞれ違う職業、地位、権威を持つ人間が大量に集まることで、政治や経済に強い影響力を持つ大組織を形作っている……もし彼らが突然、一斉にいなくなってしまったら?」
 ロゴスメンバーの中には国や企業の要職に名を連ねる人間も数多いという。それらが全員その役職を追われるなどということになれば、どうなるか。
 最悪の場合、体勢を維持できない国家や企業が出る。一つ二つならそれでも世界全体は回り続けるが、それが大量に、世界規模で起こるのだ。
 そうなれば世界はたちまち大混乱と大恐慌に見舞われるだろう。金と物の流れは完全に停止し、輸出入に頼っていた国は瞬く間に飢餓と貧困にあえぐことになる。行政の管理を失った国の治安は失われ、犯罪が横行する無法地帯が生まれる──その被害は戦争などよりも遥かに大きいものになるかもしれない。
 少しオーバーかもしれないが、その可能性は決して低くないと議長は言った。
「それを防ぐ為に、私はロゴスの体制を維持しつつ、その中の戦争を望む者達を排除できないかと考えている」
 ありとあらゆる経済に干渉するというのなら、その中には当然戦争では利益を得ることが出来ない者、または戦争によって利益どころか損害を受けてしまう者もいる筈。また多数の人間が集まっているからには、心情的に戦争を好まない者も決して少なくはないだろう。戦争で得られる利益が莫大であるがためそういう者達の意見は主流派に封殺されてしまっているが、もしそれらの穏健派、少数派とでも呼べばいい者達をこちらに引きこめるなら。
 そこを皮切りにロゴスの内部に切り込み、多くを懐柔する事も不可能ではないのではないか。
「戦争を推し進めている主流派にしても、戦争はあくまで手段に過ぎない。儲からないとなれば即座に戦争を止める方向に動く、所詮その程度の小物の集まりだ。劣勢になったところに多少の見返りを与えれば、掌を返させるのは難しくはない。それでもまだ意固地に戦争を煽るような愚か者は残るだろうが──そのような輩は排除せざるを得ないだろう。そこから混乱は多少なりとも生まれるのは必至。だがそれを収めることこそ私の仕事だ」
 毒を喰らわば皿まで。戦争を終わらせるだけでなく、その後の混乱を最小限に防ぐ為に。そのためにあえてロゴスという毒を呑み込む必要がある。
 無論こちらがその毒に侵されぬ程度に薄めなければならないが、とデュランダルは冗談めかして苦笑していた。

 
 
 

(言っていることは分かるさ……分かるけど、でも!)
 ロゴスのせいで戦争が行なわれ、そのせいで命を奪われた人達がいる。大事な物を奪われた人達がいる。そしてそれは今も続いていることだ。
 そんな連中を見逃すどころか、懐柔するなどと。それが後の平和の為であるとしても、納得できない。
 今も失われているであろう弱き人々の命は、既に奪われてしまった者達の埋められない悲しみや憎しみはどうなる。平和の為ならば、それらは全て切り捨てられて当然なのか?
(だけど──)
 しかしその憎しみに駆られた人々の醜い姿もまた、シンは識っている。その身に受けた苦痛を、それ以上の憎悪をもってして相手に返す人間の姿を。その余りにも醜く、惨たらしく、哀しい悲劇を。
 そして自分は彼ら以上に、己の手を血で汚している。連合の兵を、故郷を焼いた国の人間を……そして、故意ではなかったとはいえ虐げられていた人々を。
 シンもまた復讐者だ。家族をその手にかけたフリーダムは未だに許せない。だがガルナハンで見た復讐者達の姿を見て、自身も彼らと同類であるとシンは認めたくはなかった。
 アスランさんは言っていた、間違いを間違いと分かってさえいれば……俺は力のない人を守るために……けど弱い人は復讐者で、故郷を焼いた連合の兵は命乞いをする弱者になった……全ての元凶はロゴス、奴等さえいなければ……けど奴等を殺せば世界中が混乱してしまう……いや、悪いのはフリーダムだ……アイツが俺の家族を……絶対に許さない……けどそれじゃ俺も同じ……ジェスさんやティトゥスさんの言っていた言葉は──
(くそっメチャクチャだ! なんでこんな……もう、訳が分からないっ……)
 支離滅裂な考えがシンの頭の中で混ざり合い渦を巻く。オーブを出てから直面してきた数多くの出来事と衝撃の連続に、シンの精神と思考はとうに限界を振り切っていた。
 疲れた。もう何も考えたくない──シンが思考を放棄しようとした、その時。
 明るく陽気な鼻歌が、シンの耳に入った。
「これ、ライブでも歌ってたラクス様の曲だね」
「地元の人達かしら? 歌ってる子、結構カワイイじゃない。でも、こんなところで踊るなんて危ないんじゃ……」
「柵がないとはいえ、流石にそこまで考えが回らない事はないだろう。見た目より随分幼げに見えるが」
 仲間たちの声につられて、歌のするほうに顔を向ける。
 同年代くらいの若者が三人、岩場の反対の端から海を眺めていた。先客だったのか後から来たのか、悩みに没頭していたシンは彼らの存在に今まで気付かなかった。
 その中の一人、金髪の少女がクルクルと回りながらラクスの歌を歌っている。
 柵のない岩場で舞い歌う少女の姿を、シンは知らず知らずのうちに目で追っていた。少女の顔を何処かで見たような気がしたからだ。
 記憶を掘り起こそうするシンの視線の先で、少女は相変わらず踊りながら、ゆっくりと岩場の突端方向に移動し続け──
「……へっ?」
 その身体が傾いたかと思うと、突然彼女は消えた。
 歌の途切れた耳に届いたのは、ボチャンと何かが海に落ちる音。それに仲間や少女の連れも気づく。一瞬の間の後、

 

「「「……落ちたーっ!?」」」

 

 ホーク姉妹と水色の髪の少年の絶叫が、全員に事態を認識させた。
「アウルテメェ、なんでステラを見てなかった!?」
「なんだよスティングだって見てなかったろ!」
「おおおおおお姉ちゃんどうしよ!? どうしよ!?」
「落ち着きなさいメイリン! こういうときは深呼吸、スーハーハーハー……ァッ!」
「吐き過ぎだ! お前も落ち着けルナマリア! 俺達が乗ってきた車にロープがあったはずだ、急いで──」
 誰もが落ち着きを無くし、混乱を極める中、
「──っ!」
 シンは反射的に駆け出し、その身を海へと投げ出した。

 
 
 

 シン達がある意味激動の最中にいた、丁度その時。アスランは再び呼び出されたホテルのレストランにて、
二人の人物と昼食を楽しんでいた。
 いや、楽しんでいたという言葉には少々語弊があるかもしれない。
「議長の執務室に乗り込んだぁ!?」
「おう! 核攻撃を何とか防いでやれやれって時に、いきなりテレビがついたと思ったらミーアが出てきやがって。しかもラクス・クラインの格好でだぜ? 気づいた時にはもう議長のとこに怒鳴り込んでたよ。何やってくれてんだアンタはぁ! って感じで」
 なにせそこで語られる話の内容は、外部に漏れれば様々な問題を巻き起こすであろう恐ろしい暴露話だったからだ。
「いや、今思い出すとゾッとするねホント。もしプラント防衛戦でFAITH授与が確定してなきゃ間違いなく首切られてたぜ、文字通りの意味で。そこはまあ穏便に済ましてくれた上に彼女の護衛に回してくれたデュランダル議長に感謝ってやつだ。ま、向こうにも色々思惑はあるんだろうけど」
 とんでもない話を平然と、笑みすら浮かべて自信気に語るハイネにアスランは唖然とし、ラクス──ミーアは苦笑していた。
「は、はぁ……しかし、よくミーアだって分かりましたね。顔も完全にラクスだと思いますけど」
「ふふん。俺は昔ボーカリスト目指してたんだ。インディーズで中々いいトコいってたんだぜ? 前の戦争が始まった時にザフト入りしちまったけど。ま、その音楽活動してた時期にミーアと知り合ってな、声もしっかり覚えてたわけだ」
「そりゃ、ハイネとは結構顔を合わせたりしてたけど……まさか、声だけであたしとラクス様を見分ける事ができるなんて。他の人は誰も気付かなかったのに」
「バーカ。いつも言ってるだろ、お前とラクスじゃ全然違う。発声の仕方から抑揚のつけ方、音程の幅まで何から何までな。見た目がラクスだからどいつもこいつもイメージだけが先行して、疑いを持ってないから騙せてるだけだ。毎度毎度自惚れてんじゃねえよ」
「あーもういっつもいっつもうるっさいわね! 分かってるわよ、今のあたしの人気はラクス様の人気で、あたしの歌のおかげじゃないことくらい! え~え~ニセモノで悪かったですね!」
「その程度で化粧が剥がれてたらすぐバレちまうぞ。おしとやかにしてくださいませラクス様、ってな。ま、無理か」
「ムキ~! なんでよりによってあんたなんかが気付いたりしたかな~っ!」
 普段のラクス像とは一変し、ハイネに怒鳴り散らすミーア。そして彼女の癇癪をのらりくらりとかわして更に彼女をおちょくるハイネ。アスランはハラハラしながら、二人の顔と部屋の扉へ視線を交互に動かしていた。この個室は外に音が漏れるような安普請ではなく、盗聴器等のチェックも事前に行なわれているのは
聞いている。だがそれでもつい神経質になってしまうのはアスランの性格ゆえか。
 そんな中、マネージャーに呼び出されてミーアが退室する。何かスケジュールの変更があり少し簡単な打ち合わせをしないといけなくなったらしい。必然的に、個室にはアスランとハイネの二人が残される。
「少し意外でした。活発な印象は元からありましたが、ああいう一面もあるんですね、彼女」
 ミーアのハイネへの態度を思い出し、アスランは苦笑しながら言う。やれやれという身振りをしながら、ハイネは答えた。
「そうかい? あいつはアレが地だぜ。ま、気づかれてないってことは、それなりにラクスも板についてきたってことかね」
「彼女のこと、よく知っているんですね」
「言ったろ、インディーズ時代からの腐れ縁さ」
 冗談めかした軽口ばかりのハイネに苦笑するアスラン。笑みを返すハイネだったが、ふとその顔に憂いの色が差した。
「なあ、アスラン。ほとんど初対面のお前に言うのもなんなんだが、ちょっと愚痴らせてくれ。ミーアの正体を知ってる人間で、こんなこと話せるのお前くらいしかいないからさ」
「はい?」
「インディーズ時代に、俺はミーアの歌を聞いてるんだ。ラクスの歌じゃない、本当のミーアの歌を」
 そりゃヘタクソだった、とハイネは言う。声はラクスに近いがただそれだけ、という周囲の意見を彼自身も認めていたと。
「けど、俺はこうも思った。『これは絶対に大化けする!』ってな」
 声がラクスに似ているとか、そういう話ではなく。荒削りな歌声の中に密かに、だが強く輝く才能の片鱗があった。こいつはいつか大物になるという、確信が。
 その確信はあながち間違いではなかった。今のミーアの歌は本来のラクスにはなかった魅力が確実にある。今のミーアの人気は決してラクスに乗っかったからだけではなく、彼女の実力の成果も少なからず存在するのだ。
 だが、それによって評価されるのは『ミーア・キャンベル』ではない。
 どれだけ実力がついても、歌に人気が出ても、結局売れるのは『ラクス・クライン』の名前だけ。ステージに立っているのは自分なのに、本当の自分にはだた一つの賞賛も、ただ一人の歓声も、名前すら呼ばれることもない。
「俺が一番懸念してるのは、そのうちミーアが『ラクスの代わりをしたい』じゃなく、『ラクスでいたい』と思い始めるんじゃないかってことだ」
 評価されたい。賞賛されたい──それは人間なら少なからず持つ思い。『ミーア・キャンベル』のままでは、自分に賞賛が向けられることはない……ならば、本当に『ラクス・クライン』になってしまえばいい。そう思ってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
 だが一度その味を占めてしまえば最後、もう『ミーア・キャンベル』には戻れない。彼女はその栄光と快楽に魅了され、永遠に『ラクス・クライン』から抜け出せなくなるだろう。
「ザフトに入ってからも、ミーアのことは応援してたんだ。インディーズの楽曲も全部手に入れてたし、いつメジャーデビューできるか楽しみだった……けど、俺はこんな形のデビューを期待してたわけじゃねえ」
 だから頭に来た。彼女にラクスの真似事をさせる議長が、そしてそれを感受するミーアが。
「あのバカに自分が『ミーア・キャンベル』だってことを忘れさせないために……そのために俺はここにいる。あいつをラクスになんぞ、ならせてたまるもんかよ」
 俺の聞きたいのはラクスの歌じゃない。ミーアの歌だとハイネは言い切った。
「……自分の歌で誰かを安心させたり、勇気付ける事が出来るなら、それが嬉しい……か」
 初めて会った時、ミーアの言っていた言葉をアスランは思い出す。
 あの言葉が嘘だとは思わない。だがそれが変わらないとも、決して言い切れはしない。
 人はあまりにも弱く、うつろうものだから。それは自分が一番よく知っている。
「……議長はいつまで、彼女をラクスの代わりに使うつもりでしょうか」
「知るかよ。そんなのは議長か、本物のラクス・クラインに聞いてくれ」
 ハイネは冗談で言ったつもりだったのだろうが、その言葉はアスランの胸を突き刺した。
 何故ならアスランは、本物のラクスが今どういう行動を取っているか知っているのだから。
(ラクス、それにキラ……お前たちは今、何をやっている……?)
 その後すぐミーアは戻り、それ以上その会話が続く事はなかった。

 
 
 

 海に飛び込んだシンは、何とか少女を助けて陸地に戻る事に成功した。
 溺れかけた人間を助けるのは訓練された軍人といえどかなりの重労働で、二人揃って砂浜にぐったりと横たわる。濡れた服に入り込んだ砂のザラザラした感触が、今は気持ち悪い。
「あー、無事でよかったぁ」
「すまんなシン。何も出来なくて」
「あっちの子も大丈夫みたいよ。ヒーローね、シン」
 仲間達の労いの言葉もほとんど耳に入っていない。なんでこんなことに──沸々と怒りが混み上げて来る。
「おいアンタ!」
 疲れも忘れて、シンは仲間や少女の連れを押しのけて少女へと詰め寄った。
「周りが見えてないんならあんなところで踊るな! 死ぬ気かこのバカ!」
「っ!」
「あ、ヤベッ!」
 水色の髪の少年が声を上げる。掴んだ少女の肩がビクリと震えたのが掌から伝わった、その直後、
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「っ!?」
 絶叫が耳に響くと同時に強い力に腕を引かれ、シンは再び地面へと叩きつけられた。
「な、何っ!?」
「嫌、嫌ぁっ! 死ぬのは、死んじゃうのは嫌! いやぁ!」
「クソッ、落ち着けステラ!」
 砂に突っ伏したシンが少女へと目をやると、半狂乱で泣き叫ぶ少女の姿がそこにあった。連れの男達が押し留めようと腕を掴むが、大の男二人の力にも屈せず少女は暴れ続ける。
「怖い……怖い! 死ぬのはいや……怖いよぉ! 死にたくない!」
「あ……」
 死を恐れ、涙する少女の姿。その姿を見たシンの脳裏にいくつもの光景がフラッシュバックする。
 自分の駆るインパルスを、震えながら見上げる人々。
 映像で見た、連合兵によって一方的に蹂躙され逃げまどうガルナハンの民。
 報復として捕らえられ、殺されていく仲間と憎しみに燃える住民たちを前に命乞いをする連合兵。
 ──そして、家族を失い絶望に涙した、過去の弱かった自分。
(この子も、どこかで同じような体験をしたのか……?)
 目の前の少女は、そんな人間たちとどこか似ていた。失うことを恐れる姿、恐怖に怯えた瞳。
 そう思ってしまった直後、シンは矢も盾も溜まらず立ち上がると、少女の身体を抱きしめることで押さえ込んだ。
 なおもシンを振りほどこうとする少女の手や肘が胸や腹に突き刺さるが、シンは引かない。
 少女の絶叫をかき消すように、声を張り上げて呼びかける。
「大丈夫だ! 君は死なない! 俺が、俺が護るから! 君を絶対に死なせたりしないから!」
「っ! あ……」
「だから大丈夫、大丈夫だから……怖い目になんか合わせないから」
 シンの言葉に少女はハッとシンを見上げ、その身体から力が抜ける。
「落ち着かせた? あそこまで恐慌状態だったステラを……」
 驚いた顔をする緑色の髪の少年。それには気づかず、シンは手の中の少女を、軽く頭を撫でながら出来るだけ優しい声で話しかける。
「もう怖くない?」
「うん……ねえ」
「ん?」
「本当に、ステラのこと護ってくれる?」
「ん……ああ、勿論。君が……ステラが怖い目に合いそうな時は、俺が護るよ」
「……あはっ! ね、名前、教えて」
「あ、そうか。俺はシン・アスカ。君は……ステラでいいのか?」
「うん、ステラ! ステラ・ルーシェ! あとね」
 残った涙の跡の印象をかき消す花のような笑みを浮かべ、ステラは告げた。
「シンの後ろで変な笑い方してるのが、スティングとアウル!」
 その言葉にシンは一瞬呆けた後、ゆっくりと後ろを振り向く。
 そこには歯を見せて笑いながらも、目はまったく笑っていない二人の少年が仁王立ちしていた。
「色々と礼をいうべきなのは分かってるが、ちょっとその前に話をしようか」
「とりあえずさぁ、ウチのステラといつまでくっ付いてるつもりだい? 色男さんよ」
「へ? って、あ!」
 未だにステラを押さえ込んだ──つまりは抱きしめた状態でいた事にようやく気づいたシンは真っ赤になり、慌ててステラから離れる。しかし今更遅いと言わんばかりに、シンへとにじり寄るスティングとアウル。
 シンは助けを求めて仲間たちを振り返るが、
「シン、手を出してしまった以上男なら筋を通すべきだと俺は思う」
「頑張れ~シ~ン♪ ……ナムナム」
 既に距離を取り、レイとメイリンは我関せずを貫いていた。
「お、お前らなぁ! ル、ルナは……」
「はーいステラ、シンはお兄さん達とお話があるみたいだから向こう行ってましょうね。あ、ビショビショな服も着替えたほうがいいわね、風邪引いちゃいけないわ」
 ちゃかりステラを確保してシンから引き離すルナ。追いすがろうとするシンにルナは振り向き、満面の笑みを返すと……
「くたばれ、ラッキースケベ」
 右手で立てた親指を地面に向け、下へと振り下ろした。
 顔面蒼白になるシン。状況を理解していないステラが、くちゅんと可愛いくしゃみをした。

 
 
 

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