DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第16話1

Last-modified: 2009-02-20 (金) 18:15:11

 剣閃が、漆黒の闇夜に一筋の線を描く。
 夜の甲板で刀を抜き払ったティトゥスは、数回無造作に振り払うとすぐに鞘へと戻してしまう。
「…………」
 ティトゥスは無言でその場に立つ。瞑想するかのように平静を保つ表情……しかし目のある者ならば、そこにかすかな感情の乱れを見出すだろう。
(その程度の力で、お主は満足できるかね? いいや無理だろうさ。力を追い求め人を止めたお主が、その程度で満足できるはずがない)
 ティトゥスの頭を占めるのは、ウェスパシアヌスの言葉。その言葉を思い出すたび、彼の中で苛立ちが溶岩のように煮え立つ。
 笑い声が頭の中で響き渡り、ティトゥスの目がカッと見開かれた。
(ハハハハハ! 無様だな、脆弱だな、物足りないなあティトゥス! 愚かだ、愚かだ、愚かさここに極まれりだな! フハハハハ!)
 ──思い出される嘲笑。そして無様にもフリーダムに叩き落される己の姿。
「────ッッ!」
 声にもならぬ獣の雄叫びと共に、両腕から繰り出された斬撃が空気を引き裂いた。
 刀を振り抜いた態勢のまま、ティトゥスは身を震わせた。
「……くっ」
 忌々しげに歪んだ口元から漏れる声。たった一言、腹の奥底からひねり出したような昏い声色は、ウェスパシアヌスの言を否定出来ぬ己への嘲笑であり、無力極まる己への侮蔑だった。

 
 
 

『──こちらもミナから聞いている。とうとう、キラとラクスが動いたか』
 通信室のモニターに浮かぶカガリの顔を、アスランは真っ直ぐ見据えていた。
『……アレックス・ディノ。オーブ首長国連邦代表首長として命ずる』
「はっ……」
 二人きりのときはしない形式的な態度にうろたえることなく、アスランは短くそう答える。
 オーブの代表首長として、カガリは決断しなければならない──カガリにとって、残酷極まる決断を。代表首長としての仮面を被らねば、その決断を優しいカガリに告げることは出来ないだろう。
 それでもなおいいよどむカガリを前に、告げられるだろう言葉が何かアスランはもう分かっている。男としてはカガリに何も言わせず、全て独断で処理してしまいたい。そうすればカガリは何も背負わないで済む。
 だが、当のカガリ自身がそれを望まないだろう。国を背負う者として、切り捨てねばならない者達の仲間として──そして、罪を犯した者の姉として。
 ならばこそ、自分のやるべきことは決まっている。彼女と覚悟を共にし、それに応えるだけだ。
『……アークエンジェルは、もはやオーブにとって害悪以外の何者でもない。彼等には、オーブに剣を向けた報いを受けてもらう』
「はい」
 カガリの声が、掠れる。毅然とした表情は崩さぬまま、見開いた目から大粒の涙が流れた。
『アークエンジェルクルー……及び、同乗している【ラクス・クライン】を名乗る者……そして……そしてフリーダムのパイロットであるキラ・ヤマトを……抹殺せよ……!』
 言い切って、カガリは身を震わせながら顔を伏せた。かつての仲間と、唯一の肉親への死刑宣告。この言葉を口にするために、彼女が耐えた痛みと苦しみ、悲しみはどれほどのものか。
 ──こんな苦しみをカガリに与えた者達を、アスランは許さない。
「……委細、承知いたしました。アスハ代表」
 燃え盛る、しかし何処までも冷たい炎を瞳に宿し、アスランはカガリに答えた。

 
 
 

「……一度、私も宇宙に上がらなければなりませんね」
 海中に身を潜めるアークエンジェルのブリッジで、【ターミナル】から情報を受け取ったラクスは言った。
「でも、ラクスがいなければオーブの説得は……」
「ダーダネルスであれだけ真正面から言い返されたんだ。もうラクスの威光でもオーブは動かせるとは思えないな。そっちはもう諦めた方がいいかもしれんぞ」
「バルトフェルドさん!」
 無責任なバルトフェルドの言葉にキラが非難の声を上げた。バルトフェルドは肩をすくめつつ、表情に真剣さを取り戻す。
「冗談はさておき、あの偽者が意外な強敵だったのは厄介だな。操り人形かと思ったが、存外しっかり自分の考えを持ってるようだ。オマケにあの場での言い分を聞く限り、基本的に悪い人間でもなさそうなのがなおやりにくい。ともかくあれと真正面からやりあうくらいなら、ラクスに宇宙での活動に専念してもらったほうがいいと僕は思うんだが?」
「そんな、バルトフェルドさんは偽者を認めるんですか!?」
「認めるとは言わないが、言ってること全て間違いだとも思えないな。キラは偽者の言ったことが全て間違ってると思うかい? それとも、ラクスの偽者というだけで信じない理由には十分かな?」
 バルトフェルドにそう問われ、キラは黙り込んでしまう。しかしその目を見れば、納得していないのがよく分かる。
「バルトフェルド隊長、あまりキラ君をいじめないで下さい」
「おっとこりゃすまないね。僕の悪い癖だ」
「──確かにあの方も、己の信念に従って行動しているのでしょう」
 マリューにたしなめられるバルトフェルドを尻目に、ラクスが口を開いた。美しさの中に未来を憂う儚さと、決して惑わぬ信念を持つ表情。それが多くの人を引き付ける要素の一つでもある。
「しかし、私達にも譲れないもの、守りたいものがあります。そのために私達は戦わなくてはなりません……たとえ、辛く厳しい道のりでも」
 ラクスの言葉にキラは力強く頷く。次いでマリューやブリッジクルーが続き、最後に少し間を置いてバルトフェルドが頷いた。
「ダコスタ君にも逢っておきたいし、宇宙には僕が送ろう。ストライクルージュとファクトリーが試作したMS用シャトルブースターを使う。僕が帰るときは降下カプセルを使えばいい。ラクスもそれでいいな」
「ええ。よろしくお願いします、バルトフェルド隊長」
 ぺこりと頭を下げるラクスの顔は、歳相応の雰囲気を取り戻していた。

 
 
 

第十六話 絆

 
 
 

「なんで俺達が調査なんてしなきゃならないんだ?」
「先行調査だ。艦長も言っていただろう」
 不満そうな声を漏らすシンに、レイが諭すように言った。
 MSから降りた彼等の目の前には、かなりの大きさを持つ施設がそびえ立っている。
「けど、たまたまいた俺達にこんなことさせるか、普通?」
 先のダーダネルス戦で被害を受けたミネルバはルートを変更し、マルマラ海の港に停泊していた。あれだけの連合艦隊と出くわした以上他に戦力がないとは言い切れず、また損害を受けた艦一隻で【ラクス】をジブラルタルまで送るのは危険と、上層部が判断したからだ。
 そのラクス──ミーア・キャンベルはハイネと共に、ジブラルタル基地から迎えに寄こされた輸送機で発っていった。基地に到着した後はラクスはまた慰問ライブの日々に戻り、ハイネはシャトルでプラントに戻る手筈である。
「わたし、頑張るね。ミネルバの皆を裏切らないように、一日も早く戦争が終わるように……わたしも戦うよ、【ラクス・クライン】として」
 ミネルバを去る前に告げた彼女の笑顔を、シンは思い出す。彼にとってもフリーダムと行動を共にするラクスは本物であれ偽者であれ気に入らぬ存在で、ミーアは応援に値する存在だと認識されていた。
 かくしてラクスをジブラルタルまで送るという任務を途中で取り消され、港で修理を受けつつ次の司令を待っていたミネルバだったが、そんな折に港の駐留部隊から奇妙な要請を受けた。程近いロドニアにある、連合のものと思わしき施設を調査してくれというのだ。
 数日前に現地住民から報告があり、この施設の存在は明らかになった。ただ人や物資の出入りは見られず戦力が配備された様子もないこともあり、大した戦力を持たぬ駐留部隊は上層部に報告だけして、この施設を放置していた。
 が、昨日この施設から何度か爆発音が聞こえたという報告が上がってきた。ここに至って駐留部隊も事を放置しておけなくなったのだが、少ない戦力を正体不明の施設に送って損耗するのは避けたいところ。どうするべきかと迷いに迷って、出た結論は丁度停泊していたミネルバに御鉢を回すというものであった。
『まあ、艦長も何度も頭を下げられて渋々といったところだったしな。それに機体の修理に駆け回ってたメカニックはともかく、俺達パイロットは比較的暇だったんだ。こういうこともいい経験と割り切っておこう』
 セイバーから響くアスランの声には、かすかに苦笑の響きがある。それに同意しつつ、シンは心配そうに
セイバーを見上げた。
 前の戦いの後から、アスランは少し変だ。誰かと話したり一緒にいる時はいつも通りなのだが、一人でいる時に思いつめたような表情を見かける機会が増えた。訓練時間を過ぎたあと、一人でシミュレータに篭っている事も多い。
 そして、変なのはアスランだけではなかった。
「……手早く済ませたい。行くぞ」
 黒衣をなびかせ、オーガアストレイを降りたティトゥスが一人施設の奥へと歩いていく。シンとレイが止めようとするが、まあ彼なら大丈夫だろうというアスランの言葉を信じ、まず自分達の装備の最終確認をする。
 ティトゥスもまた前回の戦いから、これまで以上に口数が少なくなった。訓練や個人稽古はつけてくれるし、その厳しさにも変わりはない。だが刀や、最近使い出したナイフで攻撃を受けるたび、シンには奇妙な違和感を感じるのだ
「準備はいいか、シン?」
「あ、ああ」
 使い慣れたナイフをパイロットスーツの腰に止め、拳銃の動作と弾数を再確認する。
 余計な思考を頭の隅によける。今は目の前の任務を優先しなければ。
「準備完了……行こう、レイ」
「ああ」
『気をつけてな』
『頑張ってこーい』
 MSで警戒に当たるアスランとルナの言葉を背に、シンとレイはティトゥスを追って施設へと足を踏み入れた。

 
 
 

 三人が施設に踏み込んで数分。彼らを出迎えたのは、死体の山だった。
 研究者じみた恰好の人間が老若男女問わず、そこら中に血を流して転がっている。警備兵のような恰好の者も少なからずいるが、死体になっていることは変わらなかった。
 刀も抜かず歩いていくティトゥスを戦闘に、周囲を警戒しながらシンとレイが続く。
「なんなんだよここは……何でこんなに、人が死んで……」
「状況から見るに、どうやら施設内の人間同士で諍いが起きたようだ」
「そんなこと分かるのか?」
「死体の配置や傷の位置で、な。そう見えるように偽装したという可能性もあるが、これだけの死体の数だとその線は薄いだろう」
 冷静極まるレイに、吐き気すら感じているシンは感嘆の視線を向ける。どんな時も、この旧友には頼りっぱなしだ。
 不意に、先を行くティトゥスの足が止まった。電源の落ちた金属製のドアが彼等の行く手を阻んでいる。
「どこかで電源を操作して……」
「不要だ」
 迂回しようとするレイに、振り向きもせずティトゥスが言った。
 直後、彼等の目の前で閃光が走る。凄まじい速さで振られた二刀に、扉はバラバラに寸断されて床に転がった。何ら感慨を見せず扉のあった場所を通り過ぎていくティトゥスの規格外さに、改めて驚嘆しつつシンとレイも奥へと飛び込む。
 直後、シンがティトゥスの背中にぶつかった。なんで止まってるんですかとティトゥスの顔を見上げて、シンは息を呑んだ。
 ティトゥスがその顔に、ありありと嫌悪の感情を見せていた。何を見たのかとその視線を追ったシンは、すぐにティトゥスの心情を理解した。
 薄暗い部屋の中に無数に存在する、ほのかな光を放っている水槽。液体を満たされたガラスの中に浮いているものは、人の生理的嫌悪を掻き立てるものだった。
 死体、といっても外に転がっているようなものとは違う。水槽の中の死体は全て子供か赤ん坊、もしくは【それ以前】──本来母親の中にいるはずの、人間の形すら保っていない状態だったのである。
 しかもただ死んでいるだけではなく、手足や腹の中を解剖した状態のものや干からびたものなど、明らかに正常とは思えないものが多数ある。そのおぞましさは、先ほどの死体の山の非ではない。
 とうとう耐え切るのが困難になり、シンが嘔吐しかけた、その刹那。
「あ、あああ……あああぁぁぁぁぁぁ……っ!」
 突然レイが呻き声を上げ、その場に這い蹲って苦しみだした。突然の異常にシンは勿論、ティトゥスも何事かとレイに近づく。
「レイ、おいレイ!」
「いったい何事だ?」
 二人の問いかけに答える余裕もないのか、レイは荒い息を立てながら頭を押さえる。一旦レイを連れて出ようとシンが判断した時、シンが携帯していた通信機から呼び出しがかかった。
『三人とも聞こえるか!? ミネルバから、こちらにガイアが接近中という連絡が届いた!』
「ガイアが!? 単機でですか!?」
『そうだ! すまないがすぐに戻ってきてくれ! 意図が読めない現状では、俺とルナだけで対応できるか分からない!』
 通信機越しにアスランから伝えられる情報を聞き、シンはレイとティトゥスを交互に見やる。アスランたちを助けなければならないのは当然だが、このままレイを放置しておくわけにもいかない。
「……拙者がレイを見ておこう。シン、お主は急ぎアスランとルナマリアの元へ」
「は、はい!」
 戸惑っている暇はない。アスランへ簡単に事情を説明して、シンは出口に向かおうと駆け出そうとし、
「し、シン……ガイアを落としては駄目だ……!」
 レイに呼び止められ、怪訝な顔でシンは足を止める。
「パイロットは、殺すな……生きたまま捕獲するんだ、シン……」
「い、いきなり何言い出すんだよレイ……?」
「いいから俺の言うことを聞け!」
 これまで見たこともないほど、激しい感情を露にするレイ。圧倒されたシンは、ただ頷くしか出来ない。
「……どうしたというのだ? お主らしくもない」
 シンが走り去った後、ティトゥスがレイに訊ねる。彼もまたレイの態度に不穏なものを感じていた。
「この施設は……そしてガイアが単機で……やはり、ここは……奴等は……」
 ティトゥスの問いかけに答えず、レイは突っ伏したまま、嘆くように呟いた。
「あいつらは、あいつらは……俺と、同じ……!」

 
 
 

「は、速過ぎ! これじゃ追いきれない!」
 ガトリングニ門と二連装砲の弾幕、そのかすかな隙間をMA形態のガイアが全速力で駆け抜け、一気に間合いを詰める。その背から伸びるビームブレイドが目前に迫り、慌ててルナは左肩のシールドをかざした。厚いシールドにビーム刃が食い込むものの、切り裂かれはしない。
 ほぼゼロ距離の状態で、バラージカスタムがスレンダーライフル──通常のライフルと区別する為に付けられた呼称だ──を撃ち込まんと銃口を向ける。だがその刹那ガイアがザクに頭突きを食らわし、同時にジャンプしてザクを跳び越えた。正に獣のような軽快かつ野生的な動き。頭突きの衝撃にルナは目を閉じ、その瞬間動体認識も途絶えガイアを見失ってしまう。
 後ろを取られたと気づいたときには、既に遅い。
「しまっ……」
 振り向く途中でビームサーベルの切っ先が眼前に迫る。だがその時上空からビームが降り注ぎ、MS形態に変形したガイアが後退した事で難を逃れた。
 上空から降下して来たセイバーが、ガイアと向かい合う。
『ルナマリア!』
 ほっと息をつくルナの耳に、アスランからの通信が届く。
『ガイアが単機で来たことが気にかかる。もしかしたら施設を破壊しに来たのかもしれない……となると、傍目には分からないが強力な爆装を施している可能性もある! このまま撃破するのは危険だ』
「ええ!? それじゃどうするんですか!?」
『少し手間だが、戦闘力を奪って捕獲する。上手くすればこの施設の詳細も聞き出せるかもしれない。ガイア単機ならやれるはずだ……君は援護を頼む! ただ今回ばかりは、間違っても当てないでくれ!』
「ちょ、ちょっとアスランさん!」
 返事を待たず、セイバーがガイアへと向かっていく。ルナはヘルメットの上から頭を抱えた。
「そんなこと言われたって……当てるなって言われる方がよっぽどやり辛いんですけど!?」
 そう愚痴りつつも、ルナは眼で動きを読みながらガトリングとビーム砲で弾幕を張り、ガイアの動きを制限する。連装砲ならPS装甲を気にせずばら撒けるのではとも思ったが、万一本当に爆装していて引火でもしたらたまらない。
 ガイアもさるもので、二対一でもまったく引けを取らない動きで渡り合ってくる。捕獲を考えこちらの動きが消極的なのもあるが、今のガイアの戦いぶりにはどこか鬼気迫るものがあった。
 しかし拮抗状態もそう長くは続かなかった。シンの乗るフォースインパルスがやっと戦闘に合流したのだ。
「シン、ガイアは落としちゃダメよ! もしかしたら爆装してるかもしれないって、アスランさんが!」
 簡単に状況を告げると、通信モニターの向こうでシンは驚いた顔をし、そしてすぐ納得の表情を浮かべた。
『レイも言ってたよ、落とすなって……やっぱり凄いな。あいつはそういうことも分かってたんだ』
 それを聞いたルナもまた、さすがレイだと感心する……それが勘違いだとは知らぬままに。
『とにかくそれなら……アスランさん、そいつは俺が!』
 フォースインパルスがガイアへと疾駆した。ライフルを腰にマウントし、腰から二本の対装甲ナイフを引き抜く。
 セイバーと切り合いを演じていたガイアが、インパルスの接近に気づいた。セイバーをシールドで押しのけ、振り回されるインパルスのナイフを素早い身のこなしでかわす。振動する刃がかすめる度装甲表面で火花が散るが、実体攻撃ではPS装甲にダメージはない。
 それに気づいたガイアがナイフを恐れず、右手でサーベルを振りかぶって一気に踏み込んできた。インパルスが左手を突き出したのも無視して、サーベルを振り下ろさんとした、その時。
「え!?」
 見ていたルナが驚きに声を上げる。インパルスが突き出したナイフが、ガイアに突き刺さっていた。
 ナイフが刺さったのは腕の付け根──PS装甲に覆われていない関節部だ。そこから激しい火花を噴き上げ、ガイアの右腕がだらりと垂れ下がる。
 ナイフを抜き抜くと共に今度は右腕を突き出そうとするインパルスから、慌ててガイアはスラスターを噴かせて宙へ跳ぶ。
「っ! させるもんですか!」
 咄嗟にルナがスレンダーライフルの引き金を引いた。頭上をかすめたビームにガイアが動きを鈍らせた瞬間、ガイアを追ってインパルスが飛翔する。
『うおおおおおお!』
 シンの気合と共に、インパルスが右手のナイフをガイアの胴体部、そのコクピットハッチの隙間へと突き立てた。火花の噴出る胸からナイフを引き抜き、仰け反ったガイアにインパルスは身体を捻って回し蹴りを叩き込む。
 宙から地面に叩きつけられ、ガイアはその動きを停止した。破損したとき異常を起こしたのか、コクピットハッチが力なく開いて内部を露にする。そのガイアの前に、インパルスがゆっくりと着地した。
『ふう、上手くいった……サンキュな、ルナ』
「シンこそ凄いじゃない! PS装甲の間を狙うなんて、よくあんな器用なこと出来たわね!」
『これもティトゥスさんとの特訓の成果、かな』
『よくやったな、シン。しかしパイロットは生きているのか?』
 インパルスに続いて降下して来るセイバー。アスランは褒めつつも、思い切りコクピットに攻撃を仕掛けたシンに少しだけ語気を強めて訊ねた。
『た、多分……一応加減して、あんまり深く突き刺したつもりは……っ!?』
 息を呑む音が、通信機越しにも分かった。突然インパルスが屈んだかと思うと、コクピットから飛び出したシンが倒れたガイアへと駆けていく。わけが分からぬままガイアに眼を向けたルナは、そのコクピットを見て表情を凍らせた。
「……ウソ、でしょ?」
 気絶したガイアのパイロットをシンが抱き起こす。パイロットスーツを着けず、ピンク色の連合制服を纏ったその姿は──
「なんで、ステラなのよ……?」
 ディオキアの街で出会った、いつもボケっとした金髪の少女その人だった。

 
 
 

「お姉ちゃん!」
 妹の今にも泣き出しそうな声に、医務室の前で座っていたルナは顔を上げた。
 息を切らしたメイリンが、ルナに近づいてその肩を掴んだ。
「ウソでしょ!? ガイアのパイロットがステラだなんて! ねえ、ウソだって言ってよお姉ちゃん!」
 揺さぶってくるメイリンに、ルナは黙ったまま首を横に振った。涙が溜まっていく妹の視線を直視できず、顔を背ける。
「ウソ……ウソだよ! そんなの信じられない!」
「ダメ!」
 医務室に入ろうとするメイリンの手を掴むルナ。向けられた非難の目を、今度は真っ直ぐ見つめる。このまま
行かせては、メイリンが余計に傷付くのが分かっているから。
「今は眠ってるわ……それに今のステラは、あたし達のことを覚えてないの」
 メイリンを掴む手、そこに巻かれた包帯と手の甲に刻まれた痛みが、ルナに悲痛な現実を再認識させる。医務室のベッドで目覚め半狂乱で暴れ出したステラに、鎮静剤を打とうと押さえつけた際ひっかかれて出来た傷だ。
しかし傷の痛みなど大したことはない。
 誰だお前らは。お前らなんか知らない──ステラにそう言われたことのほうが、よっぽど堪えた。
 力の抜けかけたメイリンを支える。自分のショックも相当だが、妹はもっと辛いだろう。
 だが、誰よりもショックなのは──
(シン……)
 座り込んだシンに、ルナは眼を向ける。壁を背にしつつも背中は曲がり、俯いた顔の表情は伺えない。だがまとう雰囲気が、その消沈具合を窺わせた。
「……レイ」
 不意にシンが立ち上がり、一人離れた位置で壁を背もたれに立っていたレイに近寄っていく。施設内で突然苦しみだしたと聞いたが今は特にそんな様子はなく、診察も必要ないと断ったという。
 そのレイにシンが腕を伸ばしたかと思うと、突然胸倉を掴んで壁に押し付けた。苦しげな声がレイの口から漏れる。
「知ってたのか! ステラが、ステラがガイアに乗っていたのを! だから落とすななんて言ったのか!」
 怒りと困惑を綯い交ぜにした顔を上げ、シンはレイに詰め寄った。
 こんな時も冷静なレイにルナも多少苛ついてはいたが、流石にこのシンの行動は許容できなかった。偶然にも関連するような発言をしたレイに、シンが八つ当たりしているだけ──ルナはそう思っていた。
「やめなさいよシン! ガイアにステラが乗ってるなんて、レイがそんなこと分かるわけ──」
「……確証は、なかった」
 発せられたかすれ声に、ルナだけでなく掴みかかったシンをも目を見開いた。シン自身、これが八つ当たりでしかないと分かっていた──いや、思っていたのだろう。
「ダーダネルスで戦ったカオス……ヤツの戦い方は、ゲームで戦ったスティングにそっくりだった……まさかと思っていたが……ガイアにステラが乗っていたことで、ほぼ確定だろう」
 レイの告白に、シンが震える手を放した。
「……なんで、黙ってたんだよ」
「……所詮ゲームだと、本気にはしなかった。単なる既視感だと、割り切ってしまいたかった……何よりも、信じたくなかった。あのスティングが敵だったなどと……」
 歪んだ表情は、シンに締め上げられていたからだけではないだろう。それを証明するような悔しげな声色に、シンは再び俯いてしまう。
「……そんな」
 呟いたのは、メイリンだ。
「カオスにスティングが乗ってて、ガイアにステラ……? それじゃ、それじゃ……」
 アーモリーワンから奪われた三機のセカンドシリース。その内二機に、三人組の友人の内二人が乗っているとなれば、誰がアビスのパイロットなのか考えるまでもない。
「アウル、くん……!」
 ついに感情が決壊し、メイリンはその場にへたり込んで泣き崩れた。痛ましい姿に、その場の誰も声をかけられない──その姿こそ、全員の心情を代弁しているのだから。
「……重症ね」
 その声に、メイリンを除く全員が振り返る。いつの間にかその場にいたタリアが沈み込んだ彼等を睥睨し、その口から重たいため息を漏らした。
「施設の調査に戻ったアスランとティトゥス、それに合流させたアーサー達からデータと報告が届いたわ。叩けばまだまだ色々と出てくるでしょうけど……とりあえずその情報を見ながら、あなた達にはあの捕虜について話を聞こうかしら」

 
 
 

「くそったれ!」
 エクステンデッドの調整カプセルで眠らされたアウルを見届けて、J.P.ジョーンズの通路に出たスティングが壁を蹴りつけた。
 事の発端はロドニアのラボで起きた反乱の鎮圧に失敗し、さらにミネルバが近づいているというネオへの報告を、ステラが立ち聞きしたことだ。
 ラボというのはエクステンデッドのような対コーディネーター兵士の育成や、より強い強化方法を確立するための実験が行なわれている施設の呼称だ。そしてロドニアのラボは、スティングら三人が育った場所でもある。
 反乱の話をステラから聞いたアウルは激昂した。あそこにはアウルが母と慕う研究者がいたからだ。
「このままじゃ母さんが、母さんが死んじゃうじゃないか!」
 だがその際アウルは【母さん】という自身のブロックワードと、【死】というステラのブロックワードを口走ってしまった。恐慌を引きこしたアウルをスティングが宥めている間に、信じられない事態が起こった。
 なんと同じく恐慌を起こしているはずのステラが、一人で無断出撃してしまったのである。
 向かう先はロドニアで間違いない。だが勝手をしたステラを、ネオは切り捨てると明言した。
「ただでさえ大きな作戦の前だ、戦力を割く余地はない! アウルからはステラの記憶を消す、お前も記憶を消されたくないなら従え!」
 そういわれてはもうスティングに反論は出来ない。ネオが苦渋の決断をしたことも、十分理解している。
 最悪なのは、よりによってステラの向う先にミネルバがいることだ。ステラがシン達を殺すのもシン達がステラを殺すのも、スティングが避けたかった最悪の結末でしかない。
 背負い込むのは、自分だけでよかったのだ。だがこうなっては、もうどうしようもない。
(せめて、お互い正体を知らないまま終わってくれ……)
 スティングはただそう願う。既に最悪の結末が避けられ、代わりにその願いが叶わなかったことなど、知る由もなかった。

 
 
 

「……エクステンデッド、ね。酷い話だわ」
 艦長室でデータを読み終えたタリアは、苦虫を噛み潰したような顔だった。
 施設に残ったデータにより、あの施設がラボと呼ばれる対コーディネーター兵士育成施設であること、そこで行なわれた非人道的な実験の数々と、多くの子供たちが実験に供された事実が明らかになった。
 同時に、施設内で起きた反乱の詳細も判明した。嫌気が差した研究者達がまだ洗脳されていないエクステンデッドを扇動し、予想外の苦戦を強いられた施設側が自爆を試みたものの失敗。そのまま泥沼の肉弾戦に突入し、結果誰一人生き残らなかったというのが、事の顛末だった。
 反乱を起こした研究者達はどのような思いだったのか分からないし、今このときに考えることではない。重要なのはエクステンデッド、しかも生きた個体をミネルバが確保している点だ。
「しかしそのエクステンデッドが、あなた達の友人だったなんて……皮肉なものね」
 デスクの前に並んだ四人は皆、居た堪れない表情だ。メイリンに至っては、まだ嗚咽を止められないでいる。
 スティング・オークレー、アウル・ニーダ、そしてステラ・ルーシェ──これら三名の名前は、ラボに残された実験体の名簿の中にも確認されていた。
「艦長、ステラは……ステラはどうなるんですか!」
 堪り兼ねたように、シンは声を荒げてタリアへと詰め寄った。歩みを阻むデスクの向こうで、タリアは冷淡に告げる。
「……コーディネーターと互角以上に戦える強化人間。そんなものを生きたまま捕らえたと聞けば、上や本国の研究所はすぐさま引渡しを求めてくるでしょうね。存在だけでも連合を糾弾する証拠になるでしょうし、彼女をサンプルとして解析すれば、他のエクステンデットへの対抗策や弱点も見出せるかもしれない」
「そんな! 証拠とか、サンプルとか……ステラは生きた人間なんですよ! それを物みたいに!」
 非難するようなルナの言葉にも、タリアは動じた様子を見せず返した。
「人間である前にエクステンデッド……プラントとザフトにとって脅威、敵となる存在よ。その敵を排除するに、手段を選んではいられないわ」
「そんな……おかしいですよ!」
 シンが叫んだ。シンの熱の篭った視線を、タリアの冷たい視線が見つめ返す。
「そんなの、ラボのやってたことと同じじゃないですか! コーディネーターは間違いだって言いながら、わけわかんないクスリや実験で人を弄って、戦わせて! そんなの、そんなの許されるはずがない! でも、ザフトも同じなんですか!? 敵を倒すためなら、何をやってもいいって言うんですか!? ステラだってラボの犠牲者じゃないですか! それなのに!」
「よせシン! 口が過ぎるぞ!」
 激昂するシンを、レイが押し留めた。興奮冷めやらぬシンに対しても、タリアは動揺一つ見せない。
「あなたの気持ちも分からないでもないわ、シン。でもね、あの子もまたザフトの兵を何人も殺しているの」
 その言葉にシンは熱を霧散させた。タリアの言うとおり、ガイアによってザフトにもたらされた被害は少ないものではない。無論、人の命も──
「犠牲となって、後に犠牲になる筈の兵士の命を救うこと。それがあの子にとっての償いではなくて?」
 苦悩を浮かべて俯くシン。タリアはため息をついて、この話を締めくくろうとした。
「もうこれ以上いうことはないようね。引渡しについてはまた後日……」 
「……お願いします……」
 その時、シンが突然デスクに手を置き、頭をこすり付けるように下げた。タリアの言葉を遮り、その口から泣き声にも似た声が発せられる。
「俺は、ステラを失いたくない……ステラを、助けてください……お願いします……!」
 それはもはや理屈も何もない、単なる我がままでしかなかった。駄々をこねる子供の、見苦しい足掻きでしかなかった。
 しかし全て承知の上で、シンはタリアへと懇願する。
 確かにタリアが言うように、ステラは罪人だ。償う為に犠牲になるというのは、間違っていないのかもしれない。
 それでも、それでもステラは俺の、俺達の──
「あたしからもお願いします、艦長!」
「ヒック……わ、私からも、お願いします……!」
 その言葉にシンが振り向く。ルナとメイリンが、頭を床にぶつけんばかりに下げていた。
「ステラは友達なんです! 後生ですからどうか、どうか!」
「ステラが、友達が死ぬなんてイヤです……お願いします艦長……お願いですから……!」
 ルナは声を張り上げ、メイリンは泣き声になるのを必死に堪えて懇願する。唖然とするシンの横で、ついに最後の一人も姿勢を正して優雅に頭を下げた。
「自分からもお願いします。軍人としては甚だ勝手だと理解していますが、友人が死地に送られるのを黙ってみていることは、どうやら自分にはできないようです」
「みんな……」
 シンは忘れていた。皆、気持ちは一緒なのだ。友達を、ステラを助けたい気持ちは。シンはその気持ちをとても嬉しく、そして頼もしく思った。
「ステラを助けてください……お願いします、艦長!」
「「「お願いします!」」」
 改めて頭を下げ、タリアに懇願するシン。続けて他の三人も声を上げる。
 長い沈黙が艦長室を支配する。頭を下げた状態ではタリアの顔は見えない。
「……本当に、どうしようもないコばかりね」
 呆れたような、しかしどこか温かみを持った声。その声にシン達は一斉に顔を上げる。
 そこには冷たい目を持った軍人の顔はなく、どこか困ったように目を緩ませる優しげな顔があった。
「分かりました。ステラ・ルーシェの身柄はしばらく本艦で預かります。なおこの件は極秘扱いとし、艦の外へは一切漏らさないように。これはFAITHとしての決定です……で、いいかしら?」
 タリアの言葉に全員が呆気に取られている。思わず、ルナが声を漏らした。
「えっと……本当にいいんですか?」
「あら、取り消して欲しい?」
 とんでもないと、一同は慌てて何度も首を横に振った。
「正直いうとね、さっきの話は私個人としてはあまり気分のいいものじゃないの。どんなに言い繕っても、非人道的というのは変わらないのだから……それでも軍人として責務を果たすべきと思っていたけれど、まさか馬鹿正直に頭を下げて陳情するなんて手段に出るなんてね。呆れてすっかり毒気を抜かれちゃったわ」
 苦笑するタリアに、先ほどまでの冷たさはない。普段の厳しいが、必要な時には優しさを見せるタリア──その優しさが、今この瞬間全面に現れていた。
「これ以上ゴリ押しして、部下の反感を買って艦の運用に支障をきたすのは艦長として失格、ということにしておくわ。せっかくのFAITHの権限、最大限に活用させてもらいましょう」
「ですが、FAITHの権限にも限界があります。この件が露見すれば、艦長の立場は……」
 まだ納得いかない様子のレイに、タリアは苦笑で返した。
「この艦に配属されたころはそうでもなかったけど、もう出世なんて諦めてるわ。こんな問題児ばかりの艦、全員の面倒を見るだけで精一杯だもの……それにあまり頼りたくないけれど、本当に危なくなってクルーに迷惑をかけそうなときは……分かるでしょう、レイ。無論、それは最後の手段だけど」
「……そこまで仰るのでしたら」
「じゃあこの件はこれで終わりよ。いいわね?」
 終わりを宣言されて、シンはなんとかなったことを認識する。
 ステラは、犠牲にされたりしない。それを完全に理解したところで、シンはもう一度タリアに頭を下げた。
「ありがとう……ありがとうございます、艦長!」
 シンに続くように他の三人も頭を下げる。それを押し留めながら、タリアは告げた。
「もういいわよ、そんなにペコペコしなくても……あなた達には、まだまだ頑張ってもらわなきゃならないしね」
 タリアの表情が普段どおりの、艦長としての厳しい面に切り替わった。
「アスランたちが戻ってから、また詳しい話をすることになるでしょうけど……次の作戦が決まったわ。おそらくは、大きな戦いになるわよ」

 
 
 

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