DEMONBANE-SEED_種死逆十字_04_4

Last-modified: 2013-12-22 (日) 05:24:30

「兵士にとって経験は重要な要素である……それをイヤでも実感させられる光景だわ」

「いやそれよりも、いえそれもあるんですが! それより彼ですよ彼! あの人本当にナチュラルなんですか!?」

 ミネルバのブリッジで、先発したMS隊の戦いをモニター越しに見ていたタリアとアーサーは、それぞれ別の意味で驚嘆の言葉を発した。そしてそれはどちらも的を得た見解だった。


 ザフトの赤服が乗る最新鋭MS相手に旧式のジンで拮抗し得る、おそらくベテランと思われる敵パイロット達。そしてその兵相手にブランクがありながらも健闘するアスラン。これまで実戦経験が皆無だった温室育ちのエリートとは違う、実戦で鍛え上げられた力強さを見て、タリアは状況を顧みて苦々しく思うのと同時にその重要さを再確認していた。


 そしてその中でも特に異彩を放つ存在がいる。率先して前に出、その剣で敵を斬り倒していくダガータイプの旧式機体。しかもそれを操っているのはナチュラルだというのだ。指摘したアーサーは勿論のことタリアも、そして他のクルー達も驚愕の表情を見せていた──ただ一人を除いて。


「議長は彼がこれほどの戦力になると御存知だったのですか?」

 タリアはその唯一人──笑みを浮かべて艦長席の後ろに座るデュランダルに問うた。

 元々ティトゥスが作戦に参加できたのはデュランダルの許しがあったからだ。タリアとカガリが渋る中、彼の一声でカガリが折れ、タリアも仕方なく認めた。そこでいきなりアスランまで出撃させて欲しいと言い出したのはまた別問題として頭が痛かったが。


「いや、彼の参加を許したのは単に人手が欲しいと思ったからだよ……まあ、少しも期待していなかったといえば嘘になるがね。先日の彼の言葉に嘘がないなら、いい戦力になるだろうとは考えていた」


 そのデュランダルの言葉に嘘はないと感じるタリア。が、同時に別の疑惑を持つ。

(……本当にそれだけ?)

 タリアとデュランダルには長く続いている、かつ複雑な関係がある。その賜物か、タリアはデュランダルの少々熱の入りすぎな目と、どこか嬉しさ、喜色の混じった笑みに気付く。彼の言葉に『嘘』はない。しかしまだ何かを隠しているという印象をタリアは持った。


 だがそれを追求しようとした直後、開きかけた口をレーダー手の叫びが遮った。

「レーダーに反応! 大きい、なんでこの距離で今まで……! デ、データベースに該当あり!ボギー・ワンです!」

 クルー全員に緊張が走る。これまで追い続けてきた宿敵、それがこの場で一体何をしようというのか?

 ドサクサに紛れてのこの船の撃破を狙っているのか、もしくはユニウス落下の犯人達とグルだったのでは……

「え、何これ、こんなのどこから……か、艦長! 本艦に電文、発信先は……カオスからです!」

 様々な予想がタリアの頭を駆け巡る中、その答えは信じられないといった表情をしたメイリンから告げられた。そしてその答えは、タリアの想像したどの答えとも凄まじくベクトルの違うモノであった。








『まさか仲良くやれ、なんてことになるなんてね……あいつ等と!』

 オルトロスをそこらに撃ちまくりながら叫ぶルナの声が、通信機越しにシンの耳に届く。だが耳に届いただけで、サーベルを抜いてジンへ斬りかかっていたシンの頭までは届いていなかったが。


 ユニウスの外壁は乱戦模様を呈していた。設置された数機のメテオブレイカーを起動させつつ、まだ未起動の物を守るわずかなゲイツRと、それらを破壊しようとする多数のジン。そしてジンから彼等を守ろうと闘う五機のザクと一機のダガー、一機のガンダム──そして其処に突如として現れた、奪われた筈の三機のガンダム。


 ザフト側は最初三機の登場に多いに慌てた。あれが強奪された機体であり、ザフトに敵対しているのはミネルバ

の人間は勿論、他のザフト軍にも伝えられていたことだったからだ。

 しかし、何故か三機はザフト軍には攻撃せず、何故かメテオブレイカーを狙うジンのみに攻撃を集中していた。怪訝に思う全員に、ミネルバからの通信が届いたのはすぐだった。


 奪われたMS経由の電文より、ボギー・ワンより休戦とユニウス落下阻止の意が示されたこと。そしてそれを受け、今現在は彼等を放置すること──それが、タリアが下した命令だった。


 全員、納得出来ているわけではない。特にミネルバクルーからすれば追いかけてきた倒すべき敵だ、普通なら共闘するなど論外である。が、今の切羽詰った状況がその理不尽な選択を選ばせる。これ以上厄介な敵を増やすのは勘弁だし、逆に戦力が増えるのはありがたいのだ。


「ムダ口叩いてる暇があったら一発でも当てる努力しろよルナ! 今メテオブレイカーを落とさせるわけにはいかないんだからな!」

『む、そんなことアンタに言われなくても分かってるわよ!
……けどシン、アンタ意外と気にしてないみたいね。アンタが一番突っかかると思ってたのに、文句の一つもないなんて』

 レイなら分かるけど、と付け足されたのは余計だが、確かに自分でもそうだと思う。普段なら間違いなく憤慨している──まあ今もユニウス落としの犯人達に対して怒り心頭ではあるが──ところだろうが、今は強奪犯に対して落ち着いて対応できる……否、しなければならないのだ。


「──文句がないわけじゃない、あいつ等には確かに頭にきてるさ……けど、今はあいつ等も地球にこれが落ちるのを防ごうとしてる。それなのにこっちがユニウス放っておいてあいつ等やっつけよう!
なんて出来ないだろ?」

 そして何より、奴等を倒すよりもシンにとって優先すべき事柄がある。

「何にせよ、今はこいつをぶっ壊すのと……こんな物を落とそうとするバカを何とかするほうが先だ! こんな事で、何の罪もない人が死ぬようなことがあってたまるか!」


 インパルスがライフルを構え、ゲイツRを狙っていたジンの横っ腹にビームを叩き込む。ジンが爆散した直後、ユニウスの外壁ではまた新たなメテオブレイカーが一つ起動し、ドリルが岩盤を砕きながらユニウスの奥深くへと潜っていく。


 そして数十秒後、ユニウスの大地に大きな亀裂が入った。







「ええい! おのれ、おのれ!」

 亀裂の入ったユニウスセブンを見ながら、サトーは怨嗟の叫びを上げる。その眼下でユニウスの亀裂は更に大きくなり、遂にその巨体は四つほどの塊に分かれていく。

 まだ終わってはいない。あの内一つでも落とすことができれば地球に壊滅的なダメージを与えられる。だが、現状がこのまま進むほど甘くないこともサトーには分かっていた。


 最初こそ数と腕の差で押せてはいたが、今の戦況はかなり劣勢だ。新型を含む敵の増援と、一人また一人と討たれていく同胞達。そしてとうとうユニウス破砕の一手を打たれた事に、焦りと憤りは募っていく。


 何より、サトーの怒りを刺激したのは──

「おのれナチュラルめ! ここでも、ここでも我等の邪魔をするか!」

 両手に剣を持った、一機のダガータイプ。見た目、装備、そしてその見事としか言えない腕前。連合とは思えぬから傭兵の類なのだろうか。しかし、そんな事は関係ない。


 この場にナチュラルが存在し、それによって自らの行いが阻まれているという事実。それがサトーの怒りに油を注いでいた。

『サトー隊長!』

 サトーのジンの周りに集まってくる四機のジン。ザフトにいた頃からついてきてくれた、彼の腹心の部下達だ。

「残っているのはこれだけか?」

『各所でまだ何人かが戦ってはいますが、そう長くは持ちますまい……申し訳ありません。メテオブレイカーもかなりの数が残っているのにこのザマとは……』

 かつて副官の位置にいた男が悔しげに言う。彼もまたサトーと『同じ理由』でユニウスを落とそうとしていた一人だった。

「──皆、今までよく私について来てくれた。礼を言うぞ」

 自分の周りのジン全てにゆっくりと目を向けるサトー。副官のように同じ理由がある者、自分を慕ってついて来てくれた者、単にザフトにいるのが面倒になった者等々、理由は様々──しかし、サトーはこの場にいる者や今も闘っている物、既に討たれている者を含めた、己について来てくれた人間全てに感謝した。


「もはや我等に生き残る道はないだろう……だがただでは死なぬ! 最後に腑抜けたザフトの若造どもに一矢報い、ナチュラルどもに滅びの一撃を叩きつけてやろうではないか!
……お前達の命、俺に預けてもらうぞ!」







 インパルスと三機のザク、そしてツヴァイダガーが砕けた岩の欠片やデブリを避けながら、4つに分かれたユニウスの内一つの外壁にそって駆ける。その頭上で、別のユニウスの欠片が大きく砕けるのが見える。


『イザーク達がやってくれたようだな、俺達も急ぐぞ!』

『言われなくても分かってますよ!』

 促すアスランにシンがやや反抗的に返すが、別にそこまで敵意に満ちているわけでもない。

 イザーク達ジュール隊と別れ、別々に破砕作業をすることになったミネルバMS隊+α。散発的な攻撃こそあるが、相手の数と勢いは既に目に見えて落ちていた。これはミネルバ隊の力も大きいが、今もまだそこらに飛び回りながら黒いジンを追い掛け回す例の三機のおかげでもあるのが複雑だったが。


「前方に二機確認した、メテオブレイカーだ」

『こっちも確認した。ルナマリアとレイは起動にかかってくれ。俺とシン、ティトゥスは周辺の警戒に回る』

 アスランの返事を受けたティトゥスはメテオブレイカーと余裕を持って距離を取り、モニターとレーダーに意識を向ける。その後ろでレイとルナのザクがメテオブレイカーに近寄り、起動用のコードを入力していく。


 そしてツヴァイのコクピット内に響くアラーム。レーダーが機影を捉え、正面に陣形を組んで迫ってくるのは五機のジン。

『来たか! メテオブレイカーを守るのが最優先だ、撃ち漏らすなよ! 二人は起動を急いでくれ!』

『『了解!』』

 レイとルナが返事をした直後、向かってきたジンが一斉にビームカービンを発射する。正に乱れ撃ちという勢いのそれは命中精度こそ低いが、とにかく手数が多い。メテオブレイカーへの直撃コースな弾も少なくはなく、シールドで防ぐだけでも一苦労だ。


 更に向かってくる五機の内三機が、カービンを撃ちながらこちらへ距離を詰めてくる。

『ちぃっ、ティトゥス、頼む!』

「承知!」

 シールドを持つインパルスとザクはビームを防ぐのに手一杯で動けない──代わりに、シールドを持たないツヴァイが接近を抑えるために前に出る。

 一際先行していた一機のジンへと近づく。そのジンはカービンを投げ捨て、斬機刀を抜いてツヴァイへと突貫してくる。ジンの横薙ぎの一撃を紙一重で回避し、逆にシュベルトゲベールを右胸に突き立てる。


 だが、目の前のジンはその状態で更に機体を前進させ、刀を投げ捨てると両腕でツヴァイの肩を掴んだ。

「何っ!?」

『眼下のこの大地、これ一つさえ落ちれば我等の悲願は果たされるのだ! 我が命にかけて、邪魔はさせんぞぉナチュラルぅ!』

 雄叫びが接触回線から流れてきた直後、ジンは激しい光を伴って爆散する。爆風に大剣と左腕の先は呑み込まれ、衝撃と破片が全身の装甲を激しく打ち、吹き飛ばす。

「ぐおおっ!」

『ティトゥスさんっ!』

『そんな……まさか自爆したのか!?』

 後方の二人の驚愕の声を聞き取りながら、機体を安定させ体勢を立て直す。被害を確認、衝撃で全身に多少ダメージが来ているが、特に深刻なのは左腕だ。シュベルトゲベールは取り落とした上、中程まで焦げ付き、指先に至っては何本か融解寸前で明後日の方向にひしゃげている。


「おのれ、真逆捨て身の覚悟とは……!」

 ──真、脆弱よな。命をかけねば敵を満足に討てぬあ奴等も、それにてこずる貴様も──

「くっ、このような時にまた……っ!」

 『声』が頭の中に響き、鈍い頭痛が走るような感覚に陥る。その隙を狙ったかのごとく、ビームカービンの一撃が右足を貫く。

「ちいっ! 貴様!」

 ──何を憤る?貴様が憤るべきは己の弱さ、脆弱さよ……貴様の下らぬ感傷が全ての原因ではないか──

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇー!」

 ジンの方向へ振り向き、声を振り払うかのように頭部バルカンをジンに撃ちまくるが、難なく避けられる。逆にビームカービンを何度もかすめさせてしまう始末。

 ──このような輩に無様を晒すのが貴様の望みか?この程度が貴様の限界か!?否、否であろう!──

「ウオォォォォォ!」

 咆吼と共に突っ込み、斬る。斬る、斬る、斬る、斬る斬る斬る斬る──気付けば、目の前には五体バラバラになったジンが映り……直後、再び閃光へと消える。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 流石に二度目の自爆をそのまま受けるような間抜けは晒さず、即座に後退して衝撃をそのまま受けるのは避ける。しかしコクピットのティトゥスは、肉体疲労よりも遥かに酷い精神疲労を負っていた。


 故に、後方から更なる敵が迫っていることに気付けなかった。

「がっ!」

 鋭い衝撃。背中のバックパックに損傷を受けつつ振り向く。既に目前に迫っていた二の太刀に、融解した掌を叩きつけるように突き出す。ガタガタと振動がコクピットに響き、刀は掌から肩までを真っ二つにする寸前で止まる。


 刀が食い込んでしまったジンに引導を渡そうとサーベルを振り上げようとした直後、何かが視界の大半を遮る。

 理解と直感どちらが早かったか、それが頭部に迫るシールドの先端だと気付いた直後、回避行動を取ろうとして操縦桿を倒すが、無反応。どうやら至近距離での自爆によるダメージに先程の背への斬撃、更に今の左腕への一撃がトドメとなり、スラスターの点火機構に異常が起きてしまったらしい。


 結果、モロに入ったシールドの一突きはツヴァイのカメラアイを叩き割り、その勢いでツヴァイの左腕から刀が抜ける。

『見事な腕前であった……しかし! ここは貴様のような輩の居て良い場所ではない! 滅び行く大地と共に消えよ、ナチュラル!』

 コクピットに響く、ジンのパイロットであろう男の声。半分以上ダウンしたモニターの向こう側に、ティトゥスは左腕から引き抜いた刀を振り上げるジンの姿を見る。考えられる結末は、一つ。


 ──拙者は、死ぬのか?

 やけに冷めた思考で、ティトゥスはそんなことを考えた。







「ティトゥスさん! やめろーー!」

 雄叫びを上げながら、シンはツヴァイダガーに刀を振り下ろそうとするジン目掛けライフルを連射する。

 ギリギリだった。ティトゥスが二機落としてくれたおかげでメテオブレイカーへの攻撃が弱まり、シンがティトゥスの援護に出て行けるだけの余裕が出来た。ボロボロのツヴァイを見つけたのと全周波通信でジンのパイロットの声が響いたのは、同時だった。


「その人は、絶対、やらせるもんかぁ!」

 ジンが後退し、ツヴァイと開いた間合いの間にインパルスを滑り込ませる。ジンが刀を構え直しているのを油断なく見定めながら、ティトゥスに呼び掛ける。

「ティトゥスさん! ティトゥスさん! 大丈夫ですか!?」

 返事はない、気絶してしまったのだろうか?
流石にそのまま放置しているわけにもいかないので更に強く呼び掛けようとするが、そこでティトゥスではない別の人物の怒号が響き渡り、シンは身体をわずかに震わせた。


『邪魔をするな! 大義は我等にこそある! 我が妻と娘の墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!』







「なん、だと?」

 突然全周波帯に流れてきた通信を聞き、アスランは愕然とする。

『ここで無駄に散った命の嘆きを忘れ、その命を奪った者達と偽りの世界で笑うか! ナチュラルの手まで借りてこの歪んだ世界を守りたいか、貴様等は!』

 憎悪に満ちた声が戦場に轟く。血のバレンタインの悲劇、それはアスランにとっても人事ではない。彼もまたあの時、母レノアを失った被害者の一人であり──ナチュラルを憎んだ一人のコーディネーターであるのだから。


しかし、アスランはそれが間違いだと気付いた、気付かされた。ナチュラルの全てが悪い訳ではない、コーディネーターだけが被害者なわけじゃないことに。憎んでいた筈のナチュラルの少女と、互いに大事な者を奪い合ってしまったコーディネーターの親友のおかげで。


 だがそんなアスランを畳み掛けるように男が叫んだ次の言葉は、アスランに頭を強く殴られたような衝撃を与えた。

『何故分からん! パトリック・ザラの取った道こそが、我等にとって唯一正しき道だったのだと!』

「……っ!」

 パトリック・ザラ。最後までナチュラルを憎み、ナチュラルを滅ぼさんとしたその思考についていくことが出来ず、袂を分かったアスランの父。その名を引き合いに出され、アスランはショックを隠せない。


『そうだ! あの核攻撃でオフクロは死んだ!あんな事が出来るナチュラルなんぞと分かり合えるものか!』

『全てナチュラルが悪いんだ! 奴等が殺したから、今度はオレ達が殺してやる!』

 サトーの声に同調するように残ったジンのパイロット達も叫び出す。ビームカービンの一撃を、精細を欠いたアスランは避けきれずライフルごとザクの右腕が貫かれる。


『アスランさん!』

「くそっ……」

 トマホークをシールドから射出し、無理矢理左手でキャッチして構える。ルナマリアの声はもう耳に届いてすらいなかった。

 メテオブレイカーを落とさせてはいけない、彼等を止めなければならない、それは分かっている──だが、思考に入り込んだ雑念が、アスランの集中を乱していた。それはずっと前から思っていながら、決して考えないようにしていた、疑問。


(父のせい、なのか? 彼等が凶行に走ったのは……いや、そうじゃない。父上をただ否定だけして、それを正そうともせずオーブに逃げ出した俺は?
俺が、俺こそ責任を負うべきじゃなかったのか!?)







 一方ティトゥスは、徐々に戦場から離れて流れていくコクピットの中でただ座っていた……その表情を、修羅に変えて。

 不快、不快、不快の極み。死に直面した瞬間とは一変、ティトゥスの心は不快感が嵐のように荒れ狂っていた。

 理由も意味も知れぬ不快感を伴う衝動は未だ収まらず膨らむばかり。それは聞こえてくるジンのパイロットの声が聞こえるたび、なお強くなっていく。

『もはや止めることなど出来ぬ! ナチュラルにも堕落したザフトにも、もはや出来ることなど何もないわ!』

「巫山戯たことを……っ!」

 イラだちを吐き捨てるように呟く……この胸の中の感情全てを込めて叫んでやろうかと思い立って、気付く。

《何故、「巫山戯るな」と思ったのだ?》

 分からない。何故そんな事を思ったのかも。この不快感の正体も。何も、何も、何も分からない!

 ──それは貴様の、己自身の無力さへの憤りよ。それ以外何があるというのだ?──

 『声』の告げた言葉は、ティトゥスの心を大きく揺さぶった。

「拙者は、無力……」

 ──そうではないか!鉄屑の駄馬は満足に動かず、脆弱な肉体はこの棺の如き狭い空間から出ることも敵わぬ!
あのような誰とも知れぬ馬の骨に命を奪われかけ、挙句小僧に助けられる体たらく! そのような生き恥を晒して、憤らぬ道理はあるまい!──

「この感情が……拙者の、拙者自身への憤りだというのか!?」

 ──そうだ! 認めるが良い! 貴様は無力! そして同時に力を求めている!
下らぬしがらみに拘り、人を捨てるのを躊躇しながら、結局貴様はかつての力を捨てられぬのだ! 書を捨てられぬのがその証!
貴様は力を手元に置いたまま、捨てられぬのだ!──

「違う、拙者は、拙者は……」 

 ワナワナと手が震える。震える手はゆっくりと懐の中へと入れられ……屍食教典儀を取り出す。

 ──何故迷う! 何を躊躇する! 力が欲しいのだろう! 人にこだわる必要が何処にある!──

 認めたくない、認めればそれはこの世界でやってきた全てを全否定するに等しい。だが『声』の言う事に反論できぬのも、また事実。

 仮に、もし『声』の言うことが全て、真実であるならば──

「拙者は……拙者のやってきたことは……」

 ──拙者はこの世界に来て、何をやってきたのだろう。魔道の愚かさを知り、真の境地を目指すと言いながら、其処に至る術は未だ暗中模索。己の無力に憤った挙句、捨てたはずの魔術を完全に捨てきれぬ。


 なんと滑稽。なんという無様、無様の極み。このようなザマで、どうやって真の境地などに辿り着けようか。



 ならば、いっその事。



 ──人を捨てよ! 魔道に堕ちよ! 人肉を喰らい血を啜れ! それこそ最も拙者が望みしもの!──

「拙者の、望み……」

 拙者の望みは……唯一つ。剣の道を極めることのみ。

 ……例えそれが、どのような道であれど。

 ──全て斬れ! 全て殺せ! 悪鬼羅刹の道こそ拙者の望む道、それこそ拙者の心を満たす唯一つの道! 今こそ

 失いし力が戻る時! 『拙者』は再び、あのおぞましくも絶対的な力を行使する事が出来るのだ!──

『我等の無念と怒りを、今度こそナチュラルどもにぃ!』

 ティトゥスの唇が歪み、目は血走り──久しく忘れていた狂気の笑みを作る。握った屍食教典儀へ、魔力の供給を初め──

『ふざけた事ぬかすなーーーーーーっ!』

 ──直後、響き渡ったインパルスからの全周波通信に、彼は我を取り戻した。







 ふざけんな、好き勝手何言ってやがるこの野郎。

 シンは、今まで好き放題叫びまくっていた目の前のジンのパイロットへ心底頭にきていた。今日ほど一日に何度も何度も、怒りが絶頂に達した日があっただろうか?
いいやない。

「さっきから聞いてりゃふざけた事ばかりいって! 大義だ!? 世界が変わらないだ!? 理由になってないのが分からないのか、アンタ達はーー!」

 彼等の気持ちが分からないわけでもない、むしろ痛いほど分かる……だがそれ以上に、こいつ等のやろうとしていることは、凄まじく気に入らない!

 ライフルを狙いもつけず乱射する。至近距離にもかかわらずジンは素早く回避行動を取り距離を取るが、シンは撃つのをやめはしない。

『黙れ小童! 貴様に何が分かる! 家族を失った無念、奪った者達がのうのうと生きている世界への絶望……ナチュラルと馴れ合う貴様等ごときにぃぃ!』

「分かんないね! 復讐だのなんだの言って、大量虐殺しようとする奴の気持ちなんて!
アンタこそ、自分のやったことでそれだけ無関係の人が死ぬか、その人たちがどんな気持ちで死ぬか、ちゃんと考えたのかよ!? 大義だのパトリック・ザラの道だの、適当な理由つけてただ平和に暮らしてる人達を巻き込むような奴を、俺は絶対に認めない!」


 ジンに乗る男の怒声に怒声で返し、一気に距離を詰めてサーベルを振り下ろす。最初はシールドで受け止められるもののもはや限界だったのか、融解を起こしたシールドを左腕ごと斬り落とす。体勢を崩したジンに、更に左回し蹴りを叩き込む。


『ぬおおぉっ! 何故だっ! 何故なのだっ! 何故ザフトが、コーディネーターがそこまでナチュラルを守ろうとする!? 何が貴様をそこまで駆り立てる!?』

「ナチュラルもコーディネーターも関係ない! 俺は力のない人達を巻き込むような奴が許せない、それだけだ!」







「シン・アスカ……」

 シンの叫びを聞いたティトゥスは呆然とシンの名を呟き、次の瞬間くくくっ、と小さな苦笑を漏らした。

 よくよく聞けばかなりムチャクチャな内容だ。正当性もへったくれもない、ほとんど子供の我が侭のようなものである。おそらく話下手な自分でも、論破しようと思えば簡単に出来る──シンが間違いを認めるかどうかは別だが。


 だが、例えそうであっても──人を、命を守りたい。むやみに命を奪おうとする者が許せないと思える心。それは自分には無い美徳、尊いものなのだろうなだと、ティトゥスはなんともなしに思う。


 自分には命どころか、守りたいものなど何一つ、ない。かつて、自分でも覚えてないほどの大昔には持っていたかもしれないが、かつて魔道に堕ちた時に全て捨て去った。この世界に飛ばされ、人の身体に戻ってからもただ己のことしか考えず、それ以外の全てを捨てて生きて来た。そんな自分に守りたいものなど何もない。


 そう、何一つ──



 ──本当に?

「……っ!」

 ほとんど映らないモニターに、「それ」は映された。

 己が立っていた場所。己が生きていた世界。己が美しいと思ったもの。そして今、悪意により滅ぼされんとしている大地。

 青い『地球』が、そこにあった。

「……拙者は……」

 宇宙に出てから何度も目には入っていたはずだが、まじまじと見つめるのはこれが二度目だ。やはり、美しい。

 かつて自分は世界は違えど、この惑星を滅ぼす寸前までに貶めた事がある。その時は特に、躊躇する理由はなかった……強者との戦いこそ、己の生きている意味だった故に。他の事など些細なこと、興味などなかった。


 そして、今。再び自分の眼前で地球は滅びようとしている。最悪、クトゥルー降臨にも匹敵する災厄が地球にもたらされるだろう。もし、それが現実となるのであれば……


「──っ! そうか、そうなのか……ははははははははは……」

 気付いた。ようやく気付いた。この不快感、この衝動、この思い。こんな単純で簡単な事に、今まで気付きもしなかったのか。

「はははは……なんたる間抜けよ。拙者はここまで大馬鹿だったとは、笑うしかあるまい。はははははは……」







『……だがもはや、我等に引く道は無し! 貴様に譲れぬように、我等にも譲れぬのだ!』

 インパルスと闘うジンのパイロットは叫ぶと、フルスロットルでスラスターを噴かせつつインパルスの腹にニーキックを叩き込む。衝撃がシンを揺さぶり、インパルスが動きを止めた隙を付いてジンはインパルスを無視して抜き去り、メテオブレイカーへと向かう。


「……ルナマリア、レイ! まだ起動できないか!?」

 アスランが切羽詰った声で呼び掛ける。疑惑と困惑が渦巻く頭で尚二機のジンを押さえてきたがもう一機、しかも恐らく彼らのリーダーであろう男まで加わってくるとなるともはや抑えるのは無理だ。メテオブレイカーも完全に守るのは流石に不可能で、致命傷はないがかなりダメージが蓄積している。せめて二機ある内どちらかでも起動させてしまわなければ……


『もう少し、もう少しだけ!』

『くっ、損傷のせいか動作がすぐに働かん!』

『早くしてくれ、でないと……ぐあっ!』

 ザクの両側面から接近してきた二機のジンが刀をザクに振り下ろす。左側はシールドで受け止めるが、右から来た方は右手がないのもあって防ぎきれず、右足を斬り落とされる。バランスを崩しつつもアスランは上昇し、一度距離を取ろうとする。だが直後、二機のジンはアスランを無視してメテオブレイカーへと向かっていく。


「しまった! ルナマリア! レイ!」

『大丈夫ですアスランさん! こんのぉ、真正面から突っ込んでくるならー!』

 ルナのザクは一時作業を止め、オルトロスを構えて放つ。ビームの奔流にジンの一機は貫かれ、上半身と下半身が泣き別れとなり……その状態でなお、上半身は回転しながら前進を止めず、メテオブレイカーへと取り付いた。


『この破片だけは、なんとしても砕かせるものかーーーーー!』

 直後、爆発がザクごとメテオブレイカーを呑み込んだ。

『キャアアア!』

「ルナマリア! おいしっかりしろ!」

 ジン、そして誘爆を起こしたメテオブレイカーの爆発に吹き飛ばされたルナのザクは地面に叩きつけられ、倒れる。呼び掛けるアスランの声に、弱弱しい返事が返ってくる。


『ううっ……ごめんなさい、あたし、守れなかった……機体もちょっと、しばらく動けそうにない……』

「くそっ、レイ!」

『問題ありません、このブレイズウィザードなら近寄られる前にやれる!』

 残ったメテオブレイカーに向かうもう一機のジンに、レイのザクファントムは背負ったブレイズウィザード──ミサイルポッドから多数のファイヤビー誘導ミサイルを放つ。ミサイルは弾幕となり、正面から突っ込んだジンは回避する間もなく全身にミサイルを受けて爆発するも、メテオブレイカーには距離が十分に離れていた為、被害は無い。


「よし、これで……後はこいつ一機!」

 振り下ろされた刀をトマホークで受け止める。最後の一機、こいつを止めさえすれば……

(今は父のことは置いておく……例えどんな理由があろうと、こんな物を落とすのを許すわけにはいかない! ……そうだよな、カガリ?)







『後一歩、後一歩なのだ! 今も他所で戦っている同志達の為に、先に逝った者達の為に! 引き下がるわけにはいかんのだぁぁ!』

 大急ぎでジンを追いかけてきたシンの耳に男の声が聞こえ、視界にはジンを止めているアスランのザクが映る。しかしザクはもうボロボロ、トマホークは刀にじわじわと押され、最後にはトマホークが弾かれてしまう。


 そのまま返す刀で左腕も斬り落とし、ジンは左足以外を失ったザクを無視してメテオブレイカーへと向かう。

「アスランさん! 大丈夫ですか!?」

『シン! 俺のことはいい! 早く奴を追うんだ!』

 いきなり怒鳴られても、流石に今度は怒る気がしない。むしろここまでボロボロになっても闘ってくれたその姿勢に、シンのアスランへの認識はわずかに変わり始めていた。


「分かってます! 絶対に、やらせたりしない!」

 そう言ってジンを追う。既にレイと戦闘に入っているようだ。倒れているルナが心配だが、今はジンを落とすことに集中しなければならない。

『シン、奴をメテオブレイカーに近づけさせるな! 自爆でもされたらもうメテオブレイカーは保たん!』

「分かってる! けど急いで作業を再開しないと……もうあんまり時間がない!」

 左腕を失い、武器は刀一本だけだというのにジンの勢いは衰えない。インパルスとザクの攻撃をことごとくかわし、隙を見て刀や足蹴りを用いてダメージを与えてくる。


『貴様等のような小童に、この俺が止められるものかああああ!』

 ビームを潜り抜け、ジンがレイのザクに大きく振りかぶった右回し蹴りを横っ腹に叩き込む。インパルスの通信機から、ザクの中に居るレイの呻き声が聞こえた。

『ガハッ……』

 蹴り飛ばされたザクが地面に叩きつけられる。シンは一瞬レイを助けようとしたが、すぐにライフルの照準をジンに合わせる。あれだけ大きなモーションをした後なら、隙も出来る筈──!


 ロックオンし、引き金を引く──寸前、ジンが無造作に、しかし力強くその右手に持った刀を投擲した。何を、と思ったシンの思考は、投擲された方向を見て凍りつく。刀は間違いなく、動けないルナのザクへと向けて放たれていた。


 即座に銃口を刀へと向ける。動体、しかもあれほど小さいものを狙ったことはない。

(けど、やらなきゃルナが──!)

 トリガーを引く。放たれたビームは刀へと向かい──もう一条のビームと共に狂いなく刀に命中し、破壊する。安堵すると共に、もう一条のビームがレイのザクからだったことを確認して……


 そこでようやく、シンは自分達のミスに気付いた。

『最後の最後にこのような姑息な手を使うのはシャクだったがな……仲間は守れたようだが、メテオブレイカーは守れなかったようだな、少年』

 通信を送ってきたジンは、もはやメテオブレイカーから目と鼻の先の位置。インパルスもザクも撃ちまくるが、もはやジンは避けようともしない……どっちにしろ、手遅れだ。


『今逝くぞ、皆……妻や娘のところに逝けぬのは残念だが、道連れは多いのだ、寂しくはあるまい……』

 直後、ジンは爆散し……メテオブレイカーも、一際大きな誘爆を起こして消え去った。

 破砕は、失敗したのだ。

「そんな……チックショオオオオオオオオ!」







 分かってみれば、実に単純なことだった……いや、こんな単純な気持ちすら、自分は忘れていたのだ。

 地球が滅びる……それを考えた瞬間頭に浮かんだのは、この世界に飛ばされてきてからの二年間。その二年間で自分が歩んできた道。闘った戦場。見、聞き、感じた世界。そして、出会ってきた人物。


 なんだかんだと自分に世話を焼くネスとストーン。陽気な黒人、気の強い女海兵、寡黙な格闘家、ツヴァイダガーを造ってくれたメカニック達……南アメリカや各地の戦場で共に戦った数多の戦友。ヤジ馬根性丸出しのフリージャーナリストに、その護衛。


 骨休みにはうってつけのオーブ。豊かな自然に溢れた南アメリカの大地。過酷だが力強く生きる人々が多いアフリカの砂漠──

 言い表せないほど出会い、見てきた多くの人、多くの景色、多くの出来事──その全てが、消えてなくなる。少数の人間の、勝手な願いで。

 ──巫山戯るな。

「……単純なことだったのだ、この気持ちは」

 失いたくなかった。守りたかった。友と呼べる人々を、過ごしてきた世界を……心から美しいと感じた、己の生きて来た地球を。その思いがユニウス落下の報を聞いて怒りとなり、行く手を遮られる度増大した強すぎる怒りは不快へと変わる……人として当然の、好みしモノを守りたいという感情。そんなことすら、自分は忘れていた。


「挙句その感情を持て余し、己の弱さに付け込まれるとは……もはや何も言えぬわ」

 手に持った『屍食教典儀』を眺めて、呟く。あの『声』については、未だよく分からない。この魔導書の関与があったのかどうかすら定かではないが、今はなんとなく……あれは魔導書云々は関係なく、単なる己の弱さ、力への執着心が形となったモノではないかと思う。まあ魔導書の意図であれそうでないのであれ、あそこまで『声』に振り回されたのは己の未熟故なのは間違いない。


 まあともかく、これで感情の整理はついた。そのおかげか、『声』も今は聞こえない。

 では改めて己に問おう。今自分は何をするべきか?

 通信は全て聞こえていた。このままではあの巨大すぎる破片はそのまま地球へ落下するのは避けられない。それをただ、この動かぬ相棒の中で指を咥え、黙って眺めているのか──否。


 失うには惜しいものがあの惑星には山ほどある。失われるのを黙って放っておくことが出来るのか──否、断じて否。

「……こういう時に使うのだったかな、『後味が悪い』という言葉は」

 ならば、どうする。

「貴様が望んでいるのかどうかは知らんが、拙者は人を捨てぬ……だが力を貸してもらうぞ、最後にな」

 屍食教典儀を手に、呟く。今、己に出来るのは、唯一つ──もう、真の境地へ辿り着くという目的は、果たせぬかもしれない。

 だが、それでも構わない。もはや、覚悟は出来た。

「──母なる惑星〔ホシ〕を守り、命を散らす……か。陳腐な幕引きだが、拙者のこれまでを思えば上々よな。では参るとしよう……付き合ってもらうぞ、屍食教典儀!」








「クソッ!どうしようもないのかよ!」

 シンは眼前の破片を見ながら吐き捨てる。大気圏が近くなり、ミネルバからは帰還命令を受けている。ギリギリまで艦からの攻撃を続けるというが、どれほど効果があるものか。


『結局、俺達には何も……なんだ、あれはっ!?』

「え? ……なっ!?」

 自分が掴んで運んでいるアスランの声に、シンは怪訝な顔をし……それを見て驚愕の表情を浮かべた。

 宇宙空間に描かれた、幾何学的で巨大な紋様……『魔法陣』といえば分かりやすいだろう。直径40メートルはありそうな円形のそれが、紅い光によって宙に描かれている。


 そしてその魔法陣の中央に存在するものを見て、更にシンの驚愕は大きくなる。

「ツヴァイダガー!? なんで……」

 全てを言い終える前に、魔法陣から激しい光が放たれる。光が放たれる直前、シンは魔法陣の中、ツヴァイダガーを中心に巨人の姿を幻視したような気がした。

 ──それが幻視でなかったことに気付いたのは、すぐだった。





 ──激しい光の中から、『それ』は現れた。





「あ、あああああ……」

「何なの……アレは、一体……」

(そうか、やはり彼は……!)

 静まりかえるミネルバのブリッジの中メイリンはガタガタ振るえ、タリアは呆然と声を漏らし……デュランダルは驚愕の表情を浮かべながらも、その眼に隠し切れない興奮の色を浮かべる。






 ──『それ』は、神の模造。





『スティング……なんだよアレ……なんなんだよアレはっ!おいっ!』

『知るか!俺に聞くんじゃねえ!落ち着けアウル!落ち着け、そうだ落ち着くんだよ!』

「すごく、おっきい……かみさま?」

 半狂乱状態のアウルを宥めつつ、震える自身も落ち着けようとするスティング。ステラだけが何時もと変わらぬボーっとした顔で、あながち間違ってもいない言葉を口にしていた。






 ──『それ』は、機械仕掛けの神





『ディアッカ、俺は夢でも見ているのか……』

『夢だとしたら、グゥレイトにデンジャラスな夢だぜ……』

「二人ともしっかりして下さい!これは現実です!認めたくないですが、私もホンットーに認めたくないですが現実なんですっ!」

 三つ目の破片を幾つかに砕き、更に砕く為メテオブレイカーを探していたジュール隊。上官二人がイってしまい必死で現実に引き戻そうとするシホ。





 ──『それ』は、最強最悪の戦機にして戦鬼。





「おいおい……冗談きついだろ! なんじゃありゃあ!?」

「大佐、落ち着いてください!」

 取り乱しまくるネオを必死で落ち着けようとするリー……その横で、ウェスパシアヌスは口元を押さえながら、信じられないという顔で『それ』を睨むように見つめる。


(信じられん、全く信じられん……こんな、こんな愚かな! 死ぬ気か、ティトゥス!?)





 ──『それ』は本来、魔道を極めたものにしか召還できぬ、穢れし力の顕現。





『ねえ、レイ……目の前になんか変なモノが見えない?』

『奇遇だなルナマリア、俺も同じ質問をしようとしていたところだ』

 互いのザクの肩を貸しあうレイとルナは肝が据わっているのか思考が付いていけてないのか、やけに落ち着いている。逆に『それ』が現れる過程を最初から見ていたシンとアスランは唖然として、それを見ていた。


『ティトゥス……君は、一体……』

「ティトゥス、さん……貴方は……アンタは一体なんなんだあああああっ!?」







 その姿は一言で言うと、鎧を纏ったボロボロの人のようだった。



 そこらがひび割れ、割れ目の入った銀色の装甲はうっすらと紅く……まるで、血を吸ったかのよう。



 太い足の左側は無く、砕けた太腿から骨のようなフレームだけが伸びている。



 両腕に握られた巨大な曲刀は片方は中ほどで折れ、もう片方は刀身全体にひび割れが走っている。



 ひび割れた仮面のような顔の右目はカバーが砕け、血走った丸い眼がギョロリと周囲を見渡す。



 まるで、落武者。不完全に召還された、出来損ないのデウスエクスマキナ。



 されども、それは物語を終わらせる為のデウスエクスマキナであることには変わりない。



 

 ──さあ、収拾の付かなくなった物語に終焉を。





 鬼械神皇餓〔デウスマキナ・オーガ〕、降臨。





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