DEMONBANE-SEED_種死逆十字_08_3

Last-modified: 2013-12-22 (日) 06:13:13

「もう知らねえ! ウェスパシアヌスの頼みなんざ知るか! 原型留めなくなるまでズタズタにブッ殺す!」

「待てクラウディウス! あの力は予想外ダ、ここは一旦引いテ……」

「アアッ!? アタマ沸いてんじゃねえのか脳味噌筋肉が! ここまでコケにされて引くだぁ!?」

 怒りを露にして喚き散らすクラウディウスとそれを宥めようとするカリグラ。二人をキラは冷ややかな──いや、冷たさすら感じない、光の消えた無感情の瞳で見つめていた。

 ──殺しはしない。だが何としても身柄を押さえ、何故自分やラクスを狙ったのかを聞き出し、みんなを傷つけたことを償わせる──自分でも驚くほどスムーズに、そして淡々と思考を加速させていく。

 目的が定まり、それを行動に移そうと拳銃を持つ手を強く握った、その瞬間。

「……っ!?」

 突然の轟音と強い振動に、飛び出そうとしたキラは体勢を崩しつんのめりかける。なんとか体勢を立て直し、また連中の仕業かと前方の二人に目を向けるが、当の二人もこの事態に困惑していた。

「なんなんだよ今のはよ!? カリグラ、テメェか!?」

「チ、チガウ俺ではなイ! こ、これハ……?」

 轟音と振動は不規則ではあるが絶える事無く、シェルターが激しく揺さぶられる。揺れの正体、それに真っ先に気付いたのはバルトフェルドだった。

「これは……まずいぞキラ! これはシェルターの外からの攻撃、おそらくMSだ! そう長くは保たん!」

「ンだとぉ!?」

 バルトフェルドの叫びに、真っ先に声を上げたのはクラウディウスだ。

「まさか……さっきのクソコーディ共! まだ仲間が居やがったか!」

「まずイ、やはりここハ引くぞクラウディウス! 連中だけナら構わんガ、騒ぎが大キくなるとオーブ軍まで現れルやもしれン!」

「……ドチクショウがっ! ズラかるぞカリグラ!」

 クラウディウスの足元から風が巻き上がり、それが渦となりクラウディウスとカリグラを包む。渦は徐々に強さを増していき、遂には台風かと思えるほどの凄まじい暴風がシェルター内に吹き荒ぶ。

 風に遮られたキラの視界の向こうから、風の音に紛れて捨て台詞が響く。

『覚えてろよキラ・ヤマト……テメェはボクがこの手でズタボロにしてやる!

 クソ虫みてぇに地べた這いずって、ションベン垂れながら命乞いするまで弄ってやんよ!』

『次こそは必ズ、なんトしてでも捕えル……覚悟していロ!』

 暴風は徐々に勢いを失くし、完全に消えた時には既に二人の姿はなかった。

 だが、胸を撫で下ろす暇はない。未だシェルターは外からの攻撃に晒されているのだ。

 一難去ってまた一難もとい、もう一難来て一難去った現状で真っ先に動いたのは、やはり彼だった。

「ラクス、『鍵』を渡して」

「っ! キラ、それは……っ!」

 駆け寄ったキラにラクスが拒否の声を上げかけるが、キラの顔を見てその口が止まる。

 キラはその時無表情を崩し、ラクスに優しさを湛えた静かな微笑を向けていた。目にもゆっくりと光が戻っていく。異常加速していた思考と、過敏すぎるほどに研ぎ澄まされていた知覚が落ち着いていくのを感じながら、キラは眼前のラクスへ言葉を紡ぐ。

「大丈夫、守ってみせるよ。ラクスもみんなも、僕が生きて守り抜いてみせる……

 それが、今の僕がやらなくちゃいけないことだと思うから」

 そう告げたキラに、ラクスは一度開きかけた口を噤み俯いてしまう。だがすぐに顔を上げると、キラに笑顔を返す──精一杯の、泣き笑いにしか見えない笑みを。

 懐から取り出したハロ、更にその中から一枚のカードキーを取り出す。この小さなカード一枚が、『自由』を再び解き放つ為の鍵。

「ありがとう……行って来るよ」

「キラ……お気をつけて」

 送り出してくれるラクスにもう一度笑いかけ、キラはシェルターの奥へと歩き出す。

 ──再び、この手に剣を取る為に。







「かくして英雄は舞台に戻り、再びその手に剣を持ってその力揮わん……ってね」

 海岸沿いの小高い丘の上から、黒い女がMS同士の戦闘……否、一方的な蹂躙を楽しそうに眺めていた。

 シェルターから空高く飛び立つは八枚の翼と核の心臓を持つ機械天使、フリーダム。二年前に造られた機体とは思えぬ圧倒的な機動力と火力を持ってして、シェルターを破壊しようとしていたザフトの最新鋭水陸両用MS『アッシュ』を返り討ちにしていく。

 頭部と胴体が一体化したボディから生えた手足をライフルで撃ち抜き、レール砲で砕き、ビームキャノンで消し飛ばす。しかし正確無比な射撃は決してボディやコクピットを掠める事はない。圧倒的な力の差を見せ付けるフリーダムの姿は、見ようによっては敵にすら慈悲を与える天使にも見えるが──同時に、格下の相手を甚振って楽しむ悪魔の姿にも見えた。

「これでようやく、舞台に主役全員が揃ったね。けど全てはここから、前回までの公演はまるでダメだった。役者の質が良くても、舞台も脚本も設定も演出も全てが半端。そんな書割を続けて、遂には役者自体まで半端になってしまう始末……どんな結末だとしても、ホントにつまらない駄作で終わった……これまでは」

 まあ半分近くは『ボク』が悪いんだけどね、と言いながらも女は全く悪びれた素振りを見せずクスクスと笑う。その時丁度フリーダムが、最後のアッシュをライフルの連射で四肢を貫く。文字通りのダルマと化した六機のアッシュが、フリーダムの周囲に転がっている。フリーダムは当然のように、無傷。

「けど今回は一味違うよ。役者を大量追加し、大道具も小道具も充実。そして今回の特別ゲスト演出はボクだ。

 ああ、どうしても期待してしまう! 今まで同様中途半端で終わるか、新人達のアドリブで話が大きく変わっていくか、トンデモ演出が超展開を生み出すのか……ま、ボクはどうなっても楽しければかまわないけどね。失敗は成功の素、何度でも繰り返せばいいのさ」

 けど、と言葉を区切りフリーダムを見る女。無力化されたアッシュが全て自爆し、燃え立つ炎と煙の中心にフリーダムが立っている。朝焼けの中、朝日と炎に照らされるフリーダムの姿は歴戦の勇士か、はたまた血塗れの虐殺者か。

「失敗してもいいといっても、演出が盛り上げる努力を怠っちゃいけないよねえ……とりあえず、小道具の準備と役者の出番くらいしっかり調整しないと……そう思うだろう、マルキオ?」

 純粋に邪な笑みを浮かべた女の体が闇に包まれる。その言葉の最後は艶かしい女の声ではなく、渋さ滲み出る男の声で紡がれた。







「殆ど寝てない中叩き起こされたかと思ったら、とんでもない報告をしてくれるね。どうせなら寝る前に間に合わせてくれれば良かったのにさ」

『お疲れのところ、大変申し訳ありません』

 執務室の机をトントンと指で何度も叩きながら、ユウナは不機嫌を隠そうともせずモニターの向こうの人物に言い放った。その人物、トダカ一佐もまた顔に苦渋を浮かべユウナに謝罪していた。

 今現在、オーブは物凄く微妙な立ち位置と時期にいた。連合と組みプラントと闘うか、プラントと組み連合と闘うか──目の前に突きつけられた選択はその二つ。もはや中立を貫くという選択肢は何処にもない。

 だがどちらをとるにしても問題はある。今現在オーブはユニウスセブン破壊に大きく貢献したザフトの戦艦ミネルバを停泊させている。同盟を締結したらまずミネルバを連合に引き渡さなければならないが、そんな事した日にはプラントから激しく敵対視されるのは勿論、ミネルバの活躍を知るオーブや他国の民から白眼視されるのは必須だ。かといって連合との同盟を拒めばかつてのようにオーブが焼かれるのは目に見えている。どちらを取るにしても危険はあるのだ。

 だが中立の維持は無理でも、最悪オーブ本国に、民に危険が及ぶのだけは避けなければならない──そう考えるユウナはその実現の為に宇宙にアスランを上げ、自分は地上で駆けずり回った。目下の理想は連合と極力優位な内容で同盟を結びつつ、プラントとも裏で繋がりを持つ事。

 だがそれももはやタイムリミットが近い。アスランは未だプラントから戻らず、連合からの同盟への催促は条件を厳しくしながら続いている。

 もはや猶予はない。膨れ上がる国民の不満を少しでも和らげる為、そしてユウナ自身が同盟を引き伸ばせるギリギリの日時に定めた『一大イベント』は、明後日だ。よりにもよってそんな時に……っ!

「沿岸警備の部隊をロストした直後、アスハ別邸にテロリスト襲撃? しかもその間数時間合ったにも関わらず軍内部で警備強化どころか情報伝達すら出来ていなかった!? しかも行政府に連絡が来たのが事件発生から3時間後とか、どんだけ平和ボケしてんのよオーブ軍はっ!?」

 報告を聞いた時、ユウナは本気でキレそうになった。ハッキリ言ってこれは軍の怠慢である。アスハ派の軍人からセイランである自分は嫌われているとユウナは自覚していたが、その嫌がらせにしてもこれはちょっと酷すぎだろうと思う。

『弁解の余地も御座いません……!』

 まあ流石に今回のは嫌がらせじゃないか、とユウナはトダカを見て考えを改める。トダカもまたアスハ派ではあるが、軍人の分を弁えた立派な男だ。相手が誰だろうと命令に私情を行動に挟む事はない。明後日の『悪巧み』も彼に少なからず協力してもらっている。

 そんな彼今自分に頭を下げ続けている。彼が本当に今回の不祥事にショックを受け、それを悔い恥じているというのはユウナにも十分に分かった。この会合の後、今回失敗した人間は彼の前に引きずり出され、怒号を叩きつけられるのだろう……それを思えば、ユウナの不機嫌も少しは落ち着いた。

「ハァ、まあ過ぎた事ぐだぐだ言ってもしょうがないか。君に責任がないとも言わないけど、君に当たるのは流石に筋違いだし。で、結局今分かってるのは?」

『……ハッ、アスハ別邸を襲ったと思わしきMSですが、損傷が酷く機種まではまだ特定出来ていません。しかしシェルターに残された遺体は全員コーディネーターでした。私見ですがこれはやはり……ザフトではないかと』

 うわメンドクセェ、とユウナは頭を抱えたくなった。本当によりにもよってこんな時に、と顔も知らないザフト兵や命令した奴を呪いたくなる

(ミネルバと何とか話をつけた途端にこれか……ボクって運が悪いのかなあ)

『現在保護したマルキオ氏や家政婦の女性から詳しい話を聞いていますが、どうにも要領を得ず……それと子供達が魔術師だの魔法だのと意味不明な事を言っているのですが、まあ混乱しているだけでしょう』

「魔術師、ねえ……もう一度確認しておくけど、保護したのはマルキオ導師と家政婦、それに子供達だけなんだね?」

『はい……それが何か?』

「いや、なんでもないよ。それじゃとりあえずもういいよ、引き続き調査は頼むけど……明後日の艦隊の配置とミネルバの件、宜しくね」

『ハッ!』

 トダカが敬礼をし、モニターから光が消える。ユウナは椅子の背もたれにドッと身を任せ、疲れ果てたように大きな溜息を付いた。

「なんだかなあ……これはカガリに言うわけにはいかないよな」

 トダカの報告の中で一番に懸念される点──それは保護された人物にラクス・クラインとキラ・ヤマトがいなかったということだ。殆ど知られていないが、極一部の人間はオーブにラクスが保護されている事を知っている。動機は分からないが、今回のテロも恐らくはラクス狙いだろうとユウナは思っていた。

 そしてもう一点気になるのは、襲撃者が一人残らず、MSすらも壊滅させられていた点だ。数機のMSを返り討ちにするだけの力を持つMS、そしてその場にキラ・ヤマトがいたとすると、連想されるのはかつて彼が駆っていたという、フリーダム。

「……なんだかんだ言って、カガリもやってくれるよ。弟君だけじゃなくフリーダムまで確保してるなんてね」

 タダでさえ多い問題が、またしても増えた。プラントの姫君と非公式ながらオーブ国家元首の弟、二人は何処に消えたのか? そして最低でもフリーダムという戦力を持つ彼等は、何をする気なのか? ユウナにはその答えを見出せないが、下手に回りに、特にカガリになんて話す訳にはいかない。

 もし、仮に話せる人物が居るとするなら──

「ああ~もう! アスランさっさと戻ってきてくれないかな~!」

 ユウナはほんの一週間ちょっとまでほとんど親交を持たず、自分が色々押し付けて宇宙に送った恋敵に、聞こえるわけのない助けを求める声を上げた。

 ──その恋敵からほぼ強制的に奪ってしまった花嫁との結婚式まで、あと二日。







「全員集まったわね」

 ブリーフィングルームに集められたシン達ミネルバクルー一同に、正面に立っていたタリアが真剣な顔を向ける。突然召集をかけられたクルー達は、今から何が行われるのか少々不安気だ。

「既にオーブに降りたことのあるクルーは噂で耳にしているかもしれないけど、明後日オーブ首長国連邦の代表首長であらせられるカガリ・ユラ・アスハ氏が、同じくオーブの政治家であるユウナ・ロマ・セイラン氏と結婚なさいます」

 ざわりと、クルーにざわめきが走る。多少なりとも噂はあったが、事が明確になりクルーは何気なく祝いの言葉を上げる、こんな時期に不謹慎なと非難のする、何故この時期にそんな事になったかを冷静に考察する、特に反応する事無くスルーするなど様々な反応を見せる。

 シンの感情は当然憤り……もあったが、一番心を占めていたのは、困惑だった。よくもまあ世界中が大変な時期に結婚なんて出来るなというカガリを馬鹿にした気持ちも強いが、それよりも引っかかったのは、アスランの事だ。

 あの時ミネルバの甲板で見たアスランとカガリは、どう見ても恋人同士にしか見えなかった。なのに実際カガリの結婚相手に上げられたのは全く別の人間。どういう事なのだろうとシンは首を傾げる。

 だがそんなささやかな疑問は、次のタリアの一言であっと言う間に憤怒によって塗り潰された。

「そしてここからが重要よ。その結婚と同時にオーブは連合との同盟を締結することになるのだけれど……ミネルバは結婚式の最中にオーブを出航、カーペンタリアへと向かいます」

 ざわめきが先ほどとは比べ物にならないほどの大きさで広がる。つまりオーブは……プラントの敵となる。留まっているのはマズイから、拘束される前に逃げ出すという事なのだろうか……?

 静粛に、とタリアの横に立つアーサーが手を叩いて静まるよう促すが、殆どのクルーは聞く耳を持っておらず……シンに至っては聞こえてすらいなかった。

 もはや困惑もクソもない。シンの中でアスハへの、オーブへの怒りが燃え上がる。

(保身の為に連合と手を組んで、俺達を売ろうってか……アスハの恥知らずは!)

 あの時と、家族を失った時と変わらない。結局アスハは自分達の都合すらよければいい、だからその為なら誰だって犠牲に出来る、守ってくれる訳がない。またしてもアスハは、俺の気持ちを裏切るのか!

「……落ち着きなさいっ! まず話を最後まで聞きなさいっ!」

 一喝にシンを含む一同、それらを静めようとしていたアーサーの動きまでもが止まる。仁王立ちしたタリアが据わった眼で一同を見渡す……青筋すら浮かぶその顔を向けられ、一同は身を震わせながら黙り込む。

「コホン、ではアーサー、説明をお願い」

「ハッ、ハヒッ!」

 話を振られたアーサーが一瞬ビクつくがすぐに表情を正すと、ブリーフィングルーム正面のモニターにオーブの地図を表示させて説明を始めた。

「え~と作戦だが、正直そう難しい事はない。既にオーブ政府や軍上層部との打ち合わせは済んでいる。オーブ軍が結婚式警備の為の艦隊を展開する中、我々はその中で意図的に穴が開けられている南西方向から領海を離脱する手筈となっている。カーペンタリアまでは少々遠回りになるが、これは短距離の進路上に連合が待ち伏せている可能性を考慮してのものだ。

 なお今回のオーブ脱出は、一般には『オーブと連合の同盟を察知したミネルバは危険から逃れる為、独自の判断でオーブから離脱した』と発表される事になる。それと……」

「え、ちょ、ちょっと待ってください!」

 艦隊の配置等のデータをマップに表示しながら説明を続けるアーサー。その内容に疑問を持ったシンが、堪らずその説明に割り込んだ。それに呼応するようにクルー達のざわめきが再び響きだし始める。ちょっとシン!と傍らのルナマリアが止めようとするが、もう遅い。

「どういう事ですか、オーブともう話が付いてるって!」

「そ、そりゃ言葉通りの意味だよ。今回の作戦はオーブからの協力を得て行うんだ」

「そういう事よシン、オーブは連合と同盟を結ぶけど、私達を連合に引き渡す気はないわ。私達を無事逃がしてくれる事を、件のユウナ・ロマ氏は確約してくださった……とはいえ連合と組む以上協力を表沙汰には出来ないのだけれど」

「……なんですか……なんなんですかそれ!? 訳が分かりませんよ!」

 タリアが呆れ気味に言った言葉に、シンは艦長やクルーの前だと言うことも忘れて激昂する。身を乗り出す彼をルナだけでなくレイも押さえつけるが、彼はそれにすら気付いていない。

 ──マジで訳分からない。連合と組んでおいて俺達を逃がす? 何の為に? 俺達を裏切ったんじゃない?違う、そうじゃない。あの国は裏切ったんだ、プラントを、ミネルバを、俺達を、俺を……

 俺を、俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺をを俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺を俺をっ!

 父さんを! 母さんをっ! マユをっっ! 俺達家族をっっっ! オーブは裏切ったんじゃないかっっっ!

「連中は連合と同盟を結ぶんでしょう!? 俺達を助けてどうするんです!? 確約? そんなのどうせ口先だけでしょう!? あんな……あんな国信用なんて出来ませんよ!? どうせまた罠か何かじゃないんですか!?」

「……シン、貴方の境遇は知っているけど落ち着きなさい。この作戦において、オーブは信頼できるわ」

「なんでそんな事が言えるんです!?」

「口約束ではなく、ミネルバの安全はオーブ、プラント上層部間で交わされた密約だからよ」

 敢然と言い放たれたタリアの一言に、シンは勿論タリアとアーサーを除くクルー全員が目を丸くする。全員の脳にその言葉の意味が浸透するのを待たず、タリアは畳み掛けるように続けた。







「詳しい話は機密に触れるので話せないわ。けどユウナ氏とデュランダル議長の間には繋がりがあり、それを保つ為にオーブはミネルバの安全を守らないといけない……こちらとオーブの利害は一致しているという事よ。言えるのはそれだけ、作戦に対して何か質問は?」

 誰からも声も挙手も上がらない。大半のクルーが未だ状況を正式に把握していないのだから当然だろう。実際の所、タリア自身もユウナの方から大まかな話を聞いただけで正確な話を知っているわけではない。しかしオーブが連合と同盟を結ぶなら早急にオーブを離れればならないのは確か、その為に話に乗らざるを得なかったのだ。だが流石にそれをクルーに伝えるわけにはいかない。 ともかく、ようやく沈静化した一同にタリアが溜息を付いて説明に戻ろうとするが、

「……オーブは、連合と同盟するんじゃないんですか?」

 それをまたしてもシンが止めた。タリアは一瞬諌めようとしたが、その声色が激昂していない静かなものであることに気付き、あえて黙らせる事をしなかった。

「そう、オーブは連合と同盟を結ぶ。これは確実よ」

「じゃあなんで……なんでそれでプラントとも繋がりを持とうなんてしてるんです? オーブは……本当に一体何考えてるんですか?」

「……私には分からないし、分かったとしても私が言えることではないわ。貴方が自分で考え、自分で結論を出しなさい」

 シンの反応がもう返ってこないのを確認し、タリアは説明に戻る。シンは説明など全く頭に入る事無く、オーブの事だけを考えていた。

 ──アスハが、オーブが憎かった。父さんと母さんを、マユを見殺しにした国が、俺を裏切った国が。自分の事しか考えず国民を巻き添えにしたアスハが、何も知らないアスハが憎かった。アスハが奇麗事ばかりのふざけた奴で、オーブもまたふざけた理念を妄信する国だと、自分は知っていた──知っていた、筈なのに。

 オーブが何をしたいのか分からない──それはシンに、シン自身も自覚していなかった歪みをわずかに、ほんのわずかに突きつけた。



 ──俺は本当に、オーブが憎いのか?──









「キラ君……本当にいいの?」

「はい。僕はもう逃げない、闘うって決めたんです。あんな結婚式、カガリが望んでる筈がない」

「そうですわ、今の連合と同盟を結ぶなどオーブの未来の芽を摘むだけです。カガリさんにそんな事をさせるわけには参りません」

「どうなんだろうねえ……まあ、僕はラクスと君に付き合うよ。ザフトもどうにも信用できないしね」

 島国であるオーブを構成する小島の一つ、その地下深くに造られた秘密ドッグでキラとラクス、マリューとバルトフェルドが今後の行動に話し合っていた。

 ラクスの信奉者であるクライン派で構成された、『ターミナル』『ファクトリー』なる組織により造られたこのドッグの存在は殆どの人間には知られていない。知っているのは組織の人間か、かつて戦争を止めた三隻の戦艦に乗っていた者達、その中の更にほんの一握りだけだ。

 そしてその秘密のドッグに隠されているものこそ──

「……分かったわ。旧クルー、二日で集められるだけ集めてみる」

「お願いしますマリューさん。僕は先に他の方々とプログラムチェックだけは済ませておきます」

「あらあら、私もまた色々と勉強しておかないといけませんわね」

「ハハッ、そうだね……さて、これから忙しくなるぞ」

 四人は揃って、ドッグに鎮座する巨大な船に目を向ける。そこにあるのは前大戦で数々の戦火を潜り抜け、畏敬の念を込めて不沈艦の字を賜った白亜の宇宙戦艦、アークエンジェル級一番艦『アークエンジェル』の雄姿であった。二年前の物とは思えぬほど丁寧に整備されており、今もドッグに所属するファクトリーの技術者達によって外装のチェックが行われている。

 それぞれのやる事をするため、マリューとバルトフェルドがその場を離れていく。そんな中キラはアークエンジェルを見上げながら、ボーっとその瞳を虚空へと彷徨わせていた。その様子を見たラクスが心配げにキラに声をかける。

「キラ? どうかなさったんですか?」

「……ねえラクス、SEEDって結局なんなのかな?」

「……まだ気にしているのですか?」

 あの襲撃の後、傷を負ったマルキオと子供達の応急処置を済ませたキラ達はカリダに後を任せドッグへと移動した。その間キラとラクスは、マルキオに自分達を襲った魔術師や魔術、そして狙われた理由であるSEEDについて問いただそうとしたのだが──



『申し訳ありません、今はまだ何も話せないのです……ですが二人ともよくお聞きなさい。その力は魔を払い、

 この世界を導く為に授けられた力なのです。その力を、どうか正しい方向へと導いてください……

 決して、あの魔術師達のような邪悪な輩に渡してはなりません』



 ──結局、それらについては何一つ分かりはしなかった。

「キラ、今はそれを考えるのはやめておきましょう……今はカガリさんを救う事を考えなければ」

「……そうだね、ラクスの言う通りだ。今一番大事なのは、カガリを助ける事だよね」

 あの襲撃のおかげで、決心が付いた。再び剣を取る事を、混迷する世界に再び平和を取り戻す事を。それにラクスも、みんなも賛成してくれた。だから自分も期待に答えないといけない。

 今度こそ世界に平和を取り戻してみせる、その為の答えを見つけてみせる──ラクスと、みんなと一緒に。

「それじゃ、ちょっとブリッジで手伝ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 互いに笑いかけた後、キラはアークエンジェルへと駆けていく。それを見送るラクスの笑み、その瞳がほんの一瞬虚ろな色を浮かべたが、それにキラとラクスが気付く事はなかった──







「……おいティベリウス、本当に半殺しにしても構わねえんだな?」

『エエそうよ~ん☆ ウェスパシアヌスは生きてさえいれば問題ない、ですって』

「ヒャッハハハ! それじゃボコボコのズタズタにして持って帰ってやんよ」

「……調子に乗っテ、足元をすくわれルな」

「ウッセえんだよウド! 今度は絶対にナメたマネさせねえ……フリーダムだろうがなんだろうが、コイツの勝てるワケねえ! ま、どっかの誰かさんはボッコボコにされたみたいだけどなぁ?」

『あらヒッドイわね~、あれは相手もMMモドキだったからよ~ん♪ それにザコに余計な魔力使ってなきゃ

 楽勝だったわ~』

「無駄口はそこまでダ、行くぞ」

『せっかちねぇ~。まあいいわ、それじゃ現地で合流シマショ☆』

「テメエが来た時にはもう終わってるかもなあ? んじゃ行くゼ! イア、イア、ハスタアァァァァ!『セラエノ断章』っ!」

「……行くゾ、『水神クタアト』ッ!」







 オーブ首長国連合の記念日となる筈の、代表首長の結婚式。

 それが魔と血と死の匂いが充満する地獄絵図と化す事を、今はまだ誰一人として知らない──







to be continued──







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