その直前の記憶はハッキリしていない。
ただ、“飛ばされた”、あるいは“振り落とされた”と表現するような事象に遭遇した
事は、ぼんやりと覚えている。
────目覚めた時。
そこは、ありふれてはいるが、見慣れない街の中だった。
調べていくうちに、そこが親友達と過ごした世界の未来の姿だという事が解った。
日本によく似た都市文化と、熱帯特有の文化とを併せ持つ持つこの国は、オーブ連合首
長国と言った。
彼女が知るA.D.20世紀末から21世紀初頭にかけてのこの世界には、存在していなかった
国家である。
この時代より60年近く前に世界再構築戦争、それ以前の人間である自分の視点から見れ
ば『第三次世界大戦』と呼ぶべき大規模戦争が起き、世界の国境線は大きく書き直された
のだと言う。
そのことを調べて回る最中に、自分らしくない、迂闊なミスを犯す。
この国の通貨を持ち合わせていないことに気付かず、喫茶店であやうく無銭飲食をやら
かすところだった。
たまたま、その場に居合わせた、制服姿のトダカという青年に助けられた。
服装から創造されるとおり、この国の軍人であり、三佐という階級だった。その階級制
も、自分と関わりの深いある組織に酷似していた。
行くアテのない彼女は、トダカの官舎に居候する事になる。
思春期を迎えた少女が、独身の青年の家に住み込むのは、いかがなものかとも自分でも
思ったが、他にアテがあるわけでもない。
幸いにして、青年は紳士であり、少女に対し不穏な行動を取る事はなかった。
こうして、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、11歳は、コズミック・イラ67年のオ
ーブに暮らす事になったのである。
当初、一時的なものだと思っていた。
親友や尊敬する義兄がすぐに迎えに来てくれる、そう思っていた。
ただ、不安な事もあった。
フェイトは、バルディッシュを失っていた。
この地に来てから失くしたのか、それとも次元の彼方に飛ばされてしまったのか、それ
は解らない。
それを失ったことは、最初のうちは、泣き叫んでしまいそうなほどの不安だった。トダ
カがいなければ、実際、そうしていただろう。発狂していたかもしれない。
なんとか自分で心を落ち着かせつつ、迎えを待った。
だが────
1ヶ月、半年、1年、2年────それだけの時が流れても、迎えは来なかった。
親友である少女のことは疑っていなかった。彼女はたぶん、彼女の世界と時間から、で
きる限り自分を探しているだろう。
けれど、本来その力を持つ、あの機関はどうだろうか?
所詮はお役所である。強力なデバイスであるバルディッシュを失い、せいぜい他人とは
違う事が出来ます程度の少女に成り下がった自分を、リスクを冒して探し出そうとするだ
ろうか。
そう、思考が及んだ途端、フェイトの中で、何かが崩れ去った。
尊敬する義兄、優しかったハラオウンの家族。だが、それも結局はプレシアの作り出し
た“産物”である自分に対するものでしかなかったのか。
オーブに来て2度目の季節、13歳の年に、フェイトは迎えを待つことをやめた。
だが、動き出した運命は、彼女にオーブでの平穏すら与えてはくれなかった。
Jun・5・C.E.71────
ザフト・プラントとの戦闘で苦境に立たされた地球連合は、オーブに対しカグヤ島のマ
スドライバー使用を要求。オーブがこれを突っぱねると、地球連合は軍事力を行使してオ
ーブに侵攻してきた。
オノゴロ島の市街地に、続々と降り立つ、連合軍の鉄の巨人、人型機動兵器モビルスー
ツ、ストライクダガー。
その足元では、まだ取り残された。市民が逃げ惑っているのだ。
だが、オーブ軍のM1アストレイは、そんなことはお構いなしに、市街地に降り立つスト
ライクダガーに攻撃を仕掛ける。
「あぶないっ!」
フェイトは、思わず声を上げていた。
逸れた粒子ビームが、1組の母子に向かう!
思わず手をつきだし、デバイスなしで出来る限りの障壁を生み出そうとした。
「えっ!?」
思わず、手をまじまじと見つめる。魔法が発動しない。
「きゃあぁっ!」
粒子ビームは間一髪、母子を逸れたが、余波で2人は飛ばされ、転倒する。
「はやく、こっちへ!」
フェイトは母子に駆け寄り、抱き起こすと、避難船の待つ漁港の方へと促す。
────この2ヶ月、どうも調子がおかしかった。
以前は、バルディッシュがあるときの様には行かないと言っても、簡単な魔法なら発動
させることは不可能ではなかった。しかし、4月頃から、それさえできなくなったのであ
る。
ほとんど唯一、バリアジャケットだけは、少し魔術式を組み替えることによって。発動
させる事が出来た。
フェイトは、トダカの身内ということで市街地でなるたけ逃げ遅れた一般人を探して回
っていた。あらかた無人となった事を確認すると、舗装された道路を歩く避難民を追い越
すように、その山側の土手の、犬走りをかけて行く。
「!?」
フェイトの頭の中に、一瞬の電撃のようなショックが走った。
思わず立ち止まり、空を見上げる。
そこには、オリーブドラブと黄色に塗られた大砲の化け物、カラミティ、そして……
それを見た瞬間の、フェイトの感想は、“禍々しい堕天使”。
「あ……あぁあぁぁ……」
翼を広げた、青と白の怪物────
カラン。
立ち尽くしていたフェイトの足元に、何かが転がってきた。
「やだぁ……やなのぉ……」
上の林道の方から、幼い女の子の声が聞こえてくる。
そちらを見ると、自分と同年齢程度の少年が、斜面を駆け下りてくるのが、正面に見え
た。
そして、フェイトの足元に転がった、それを拾い上げる。
「あぁ……ごめん」
少年がそう言いかけたとき。
その背後に、青と白の翼持つ巨人──フリーダムが、視界一杯に入り込んできた。
「あぶないっ!」
反射的にだった。
少年の身体を抱え込み、強引に伏せうずくまらせると、自らの背中を盾にするように、
少年を覆う。
閃光、熱、衝撃、轟音。どれがどれだけどの順に押し寄せたか判別できない。フェイト
は、死を覚悟した。
ゴォォォッ
フリーダムかカラミティか、どちらかのスラスター音が離れていくのが聞こえる。
「っ……ご、ごめんなさい……っ」
重そうに動く少年に、フェイトは慌てて立ち上がった。
少年も立ち上がる。お互い致命傷は負っていない。何とかバリアジャケットはその役目
を果たしてくれたようだ。
一瞬、呆然と仕掛けた表情で、お互い見つめ合ってしまう。
「そうだ、マユ!」
先に我に返ったのは、少年の方だった。
少年は慌てて、斜面を登っていく。フェイトもそれに続いた。
斜面を登りきるとそこはフリーダムの射撃で、無残に抉られ、林道を形成していた木々
は、なぎ倒され、燃えていた。そして────
「マユ……父さん……母さん……!!」
少年がそう呼びかける、変わり果てた3人の人間の姿。両親、マユと言うのは妹だろう
か────
フェイトは空を見上げた。フリーダムとカラミティは、跳梁跋扈するように、まだ戦い
を続けている。
その姿に、青と白の悪魔の姿に、フェイトは胸の奥に、久しく忘れていた感情が、呼び
覚まされていくのが解った。
────力が欲しい。バルディッシュに変わる新しい力を。
「うわあぁあぁぁぁぁあぁぁっ」
緋色の瞳を怒りに燃やし、叫ぶ少年──シン・アスカ。
その姿を見て、フェイトは自分の手を、ぎゅっと握った。
────彼のような存在を守る、力が欲しい!