Fortune×Destiny_第29話

Last-modified: 2007-12-04 (火) 10:33:29

29 天地戦争決戦前夜

 

「俺が嗾けたとはいえ、随分無茶をするな、カイルは。」
スパイラルケイブから地上軍拠点に戻る道すがら、シンはカイルにそう言った。少々心配してはいたのだ。バルバトスの罠にかからないかと。
「あー、うん、俺も無茶したと思ってる。ごめん、シン。」
「無事ならそれでいいんだけどさ。カイルの暴走は他人気遣ってることが多いからだろうけど、止められないんだよなあ。」
「うー、悪かったって!」
「そう口を尖らせるなよ。」
シンは苦笑し、赤い軍服の裾を翻した。
デスティニー形態をとると黒く変色していたが、解除すると元の色に戻った。同時にマントも消えている。あれは一時的なものらしい。
「でも、あのときのシンはかっこよかったよなあ。吸血鬼みたいで!」
全く褒められている気がしない。シンは形の整った左の犬歯を見せながら、カイルにはっきり聞こえるよう呟いた。
「……首筋噛もうか?」
「なにぃ? シン、俺の大事なカイルに噛み付くのか!?」
「シンが本気でそんなこというわけないだろ、自分の思考回路でものを言ってんじゃないよ! それにあんたはカイルに対して過保護すぎるんだよ!」
相変わらずのロニとナナリーの遣り取りに、シンは目元に笑みを浮かべた。
「しかし、この後ディムロスは何らかの責を負うことになるだろうな。軍の責任はそう軽くない。」
ディムロスとアトワイトは一足先に拠点に戻っていた。残された7人はお互いの経過の報告などをしていたため、少々ディムロスたちより遅れていた。
「リトラー総司令が手加減してくれるといいんだがな。」
「できないこともないが、彼には彼の責任がある。地上軍だけではない、地上人全体のことを考える必要がある。それくらい彼の責は重い。簡単なことではないだろう。」
「むう……まあ、俺はいつだったか軍法会議もののこと仕出かしたけど、あのときは代えの利かないパイロットってことで何にもなかったみたいだけど。同じようにはいかないだろうな。」
「しかし、ディムロスが代えの利かない人員であることは確かだ。そのあたり、どうやって調整するかが問題だな。」
万が一ディムロスが最終決戦に出られなければ、歴史が変わってしまう。必要とあらばリトラーにそれを伝える必要もある。
そんなことはできればしたくないが、せざるを得ないというのが現状である。
「ま、なんとかなるでしょ。とにかく拠点に戻りましょ。」
冷たい空気が7人の体を凍えさせる。拠点に戻れば暖房が待っていると思いながら、一行は拠点へと急いだ。

 
 

拠点に戻ると、7人全員がラディスロウに呼び出された。軍法会議にかけられる、というところだろう。
自分達の処分はともかく、ディムロスのことが気がかりだ。
「ハロルド・ベルセリオス大佐以下、出頭命令に応じ参上しました。」
ハロルドは指令室に入るなり背筋を伸ばし、そう言った。シンもそれにあわせてザフト式の敬礼をする。
「これで揃ったな。では、ベルセリオス大佐以下は奥に。これからディムロス中将の行動についての軍法会議を行う。」
シンとジューダス以外はいつもどおりの歩き方だが、この二人だけは軍法会議の重みを理解しているらしく、背筋を伸ばしてやや固めの歩き方で司令室の奥へと進んだ。
「では、ディムロス・ティンバー中将。中将の報告によれば、ソーディアンの実験中、ハロルド・ベルセリオス大佐の命に背き……。」
シンの眉が跳ね上がる。そんなことは全く起きていない・むしろハロルドが無理に引っ張っていったはずだ。
「さらにベルセリオス大佐の部下であるシン・アスカ曹長の制止を振り切り、アトワイト・エックス大佐の救出に向った。」
事実とは全く異なる報告だ。シンは止めたりしていない。
カイルたちを嗾け、その上にカイルたちを助けるとき、真っ先にバルバトスに飛びかかっていたのはシン自身だ。だというのに。
「ベルセリオス大佐。事実に相違ないか?」
「相違ありません。」
ハロルドも平然とそう応えた。これでは事実とは異なる報告をしていることになる。
いくら自分達を庇うためとはいえ、これでは軍の規律もあったものではないのではないか、とシンは思った。
とはいえ、軍の規律をねじ曲げて生き延びた自分が言うことではないが、とは心の中で付け足したが。
「待ってください、ディムロスさん! リトラーさん、あれは俺たちが……。」
やはりこの状況はカイルには納得できなかったらしい。しかし、ディムロスはそのカイルを制止する。
「いいんだ、カイル君。司令、お聞きの通りです。今回のことに関する責任は全て私にあります。」
「わかった。では、ディムロス中将。判決を下す。」
リトラーは少しだけ目元に笑みを浮かべ、言った。
「ディムロス中将にはダイクロフト突入作戦の前線指揮官の任を与え、これを持って処罰とする。前線指揮官は最も死亡する確率が戦い役職だ。処罰としては適当だろう?」
あまりにも意外な回答だった。ディムロスは明らかに予想外だと言わんばかりに、そして処罰になっていないと主張する。
「司令! 私は以前からその任務に……!」
しかし、それ聞いたクレメンテが楽しそうに口を開いた。
「ほほう、わしがいない間にそういうことになっとったのか。わしが天上軍に捕まるまではわしがその任に就くことになっとったはずじゃぞ。」
「それは! 万が一のことを考えて私とカーレルで決めたことで……!」
そのカーレルも穏やかそうな瞳でディムロスを見遣り、言葉を紡ぐ。
「それはそうですが、あれは口約束ですし。正式な軍の決定というわけでもありませんでしたから。」
「カーレル、お前まで!」
「そこまでだ、ディムロス中将。」
演壇の上からリトラーが声をかけた。
「君の気持ちはわかる。だが、君を失いたくないという者たちの気持ちも察してやれ。」
ディムロスは周囲を見た。リトラー、カーレル、クレメンテは勿論のこと、シャルティエ、イクティノス、ハロルド、カイルたち6人、そしてアトワイト。
皆、自分を慕うような、そして無事であってよかったと言いたげな視線を向けている。彼は一度俯き、そして、強い意志をその目に宿して口を開く。
「了解しました、司令。ダイクロフト突入作戦前線指揮官の命、承りました!」
リトラーは微笑み、そして会議の終了を告げた。
「これで軍法会議を終わる。なお、明日のヒトサンマルマルをもってダイクロフト突入作戦を開始する。それまで各自休息、及び準備を整えること。解散!」
少しほっとした気分でシンたちはラディスロウの外に出ようとした。出口に立つと、演壇の上からリトラーが一行に声をかける。
「ああ、君たち。ディムロスの友人として礼を言う。ありがとう。」
「いえ、俺たちは何にもできませんでしたから。」
「できたことは大きくありません。我々に出来ることを尽くしただけであります!」
「そうか。すまなかった。」
リトラーは7人に微笑みかけ、彼らは一礼してから外に出た。
「あのリトラーって人もなかなか粋なことをするねえ。」
「とりあえず歴史通りに動いてる。後はダイクロフトに突入して、バルバトスのろくでもない動きを抑えるだけか。」
「そういうことだ、ロニ。しかし、問題はそこだ。バルバトスのあの力は簡単に片付くようなものではない。それに、やつがどこにいるのか、それすら僕たちにはわからないんだ。」
「ジューダス、そう深刻になってもどうにもならないって。俺たちには心強い仲間がこんなにいる。ロニやジューダス、ナナリー、リアラ、ハロルド、それにシンも。」
「私も、がんばれるだけがんばる。私に出来ることなら何でもするわ。」
「まあ、俺も皆の英雄、ということに対する義務は果たすつもりでいる。大丈夫、守れるさ。」
「相変わらずあんたは守ることに必死ねえ。まあ、いいわ。とりあえずあんたたちに見せたいものがあるの。あんたたちも見たいでしょ? ソーディアン完成の瞬間。」
歴史書に有名なソーディアン。その完成の瞬間を目撃できるのなら命すら投げ出す、という歴史家も少なくはあるまい。
それを見られるのだ。歴史修正の旅と戦いを続ける6人の役得のようなものだろう。

 
 

7人はソーディアンチームとともに物資保管所までやってきた。
そして、シンがソーディアンを入れたあのケースがある研究室へと足を踏み入れる。
「はいはーい、そんじゃソーディアンチームの皆はこっちのケースの前に来て。それから、ヘルメット被ってね。」
ハロルドは計器の調整を行いながらディムロスたちに言う。
「それからカイルたちはそこでおとなしく見てなさい。いいわね?」
6人はハロルドが言った規定の場所に留まり、ソーディアンチームやまたケースの中に入れられたソーディアンを見ることにした。
「じゃあいくわよー。」
ハロルドは大仰なレバーを手前に倒し、スイッチを入れた。同時にヘルメットを被ったソーディアンチーム、そしてソーディアンが光に包まれた。
「う……眩しすぎる……。」
特にシンは目の色素が極端に少ないせいで前が全く見えない。目を閉じていても、色の薄い肌と同じ色の瞼ではそのまま突き抜けてくる。
手で顔を覆うしかなかった。
「はーい、オッケー。これでソーディアンは完成よ。」
鍔が赤く、厚みのある長剣がソーディアン・ディムロス。
細く、やや青味がかった曲刀のソーディアン・アトワイト。
ナックルガードが逆転し、横からの攻撃のみを想定して作られた片刃の剣、ソーディアン・シャルティエ。
すらりとした、刺突に適した形状の直剣、ソーディアン・イクティノス。
ソーディアン・ディムロス同様の厚みと雷のような模様の入った刀身を持つ、ソーディアン・クレメンテ。
そして、シンの持つアロンダイトによく似た刀身の色と、峰の反り返った爪のような意匠、そして蝙蝠の翼を思わせる鍔を持つ、ソーディアン・ベルセリオス。
いずれも人格の宿る、これを勝るものはないと言われる晶術剣の完成である。
人格が宿っているとされるコアクリスタルからは脈動するような光が漏れている。
まさに生きた剣だ。人格が投影された本人が手にすれば体の一部として使用できる。
違う人間であっても晶術の素質がある者ならば、そしてソーディアンと心を通わせることが出来るのならば、通常の剣士とは比べ物にならないほどの反応速度を手にすることが出来る。
ソーディアンが逐一情報を伝えてくれるからだ。
そんなソーディアンマスターが身近にいるからこそわかる。あの剣は並みの剣ではない。
それはソーディアンのオリジナルとなるディムロスたちも感じているらしい。
「これは本当に剣なのか? 持っている感覚さえ、全くない。」
「こりゃ楽だわい、ほいほいほいっと。」
「この剣があれば、僕も戦えます!」
驚いたような顔のディムロス、ソーディアンをその場で軽々と振り回すクレメンテ老、そしてしっかりと剣を握り締めるシャルティエ。
彼らの反応は剣の性能をそのまま示していた。
「ハロルド、この剣には特別な力があると聞きますが?」
「うん、兄貴、ちょい貸して。」
イクティノスの質問に応えるべく、彼女はカーレルからソーディアン・ベルセリオスを受け取った。
「はあっ!」
ハロルドが放った裂帛とともに闇が生み出され、近くにあった空のコンテナを圧縮粉砕した。
「あ、やりすぎちゃった。……まあ、こんな風に晶術が使えるの。レンズのエネルギーを使った魔法みたいなものね。6人もいればお互いの属性の相性カバーしあえるし。」
「我が妹ながら……恐ろしいものだな。」
「今更何言ってるのよ。さて、シンにはもうちょっと手伝ってもらうわよ。あんたはソーディアンなしでも晶術使えるし、必要になったら機械の調整もしてもらいたいし。カイルたちはリトラー司令に伝えてきて。」
またカイルたちと別行動だ。ここ最近多くて困るが、シンはハロルドの助手としての仕事がある。申し訳なさそうにカイルに言う。
「すまんな。カイル、頼む。」
「ううん、シンにはシンの仕事がある。シンにしか出来ないことだから。それに、ハロルドも実験素材以上に気に入ってるみたいだし。」
「……はい?」
「それじゃあ、皆、拠点に戻ろう。」
カイルは意味深なことを言い残して拠点へと戻っていった。
「カイル……何を言ってるんだ?」
しかし、シンが今できることは何もない。手持ち無沙汰そうにソーディアンチームの様子を見てみる。
「このソーディアンには回復する力があるのですね、ハロルド?」
「うん、何ならそこのシンに実験台になってもらう?」
いきなり名指しで言われ、シンはびくりと硬直する。
「お、俺?」
「そーよ。あんたを残しておいたのは、こういうときのためでもあるのよねー。」
彼は深々と溜息を吐き、すらりとアロンダイトを抜いた。
「これでいい?」
シンは軽く自分の右頬を斬りつけた。周囲から息を呑むような声がする。
「あ……シン君、だったわね。大丈夫、なの?」
さすがのアトワイトも目を丸くしている。当然だろう。ハロルドに言われたとはいえ、躊躇いもなく自分を傷つけられるのだから。
「命に別状はないですし、傷跡が残るようなものでもないです。さあ、どうぞ。」
彼は軽く刀身を覆うレンズエネルギーの被膜についた血を布で拭い、鞘に収めた。
「あ、ありがとう。……ファーストエイド!」
応急処置の名を持つ回復晶術が、シンの頬につけられた傷を消し去る。彼は何事もなかったように傷があった場所を右手で触った。
「傷がなくなってます。ありがとうございました。」
シンはすっかり自分がハロルドに調教されているのを感じていた。
実験のためだの何だのと振り回されているうちに、大抵のことはこなせるようになった。それも、苦痛だとは思えなかった。
おそらくは、エルレインに見せられた夢の世界での絶望の反動であろう。あれ以上の苦痛ではないのだから。
その上、最近はこのハロルドの手伝いが楽しくなってきた。
あれこれ言われる内容はハードだが、ハロルドの奇妙な行動や、その裏側にあるものが垣間見られる気がするからだ。
中身は子供だが、その内面にある人間の部分を探し、それが新鮮に感じる。自他共に認める大天才科学者であっても、やはり人間である。
しかし。
「ハロルドに付き合わされて……大丈夫?」
「慣れました。付き合ってて結構楽しいですよ。」
笑顔で応えたシンの顔を見て、アトワイトは少々溜息を吐いたらしい。「ハロルドに毒されたか」とでも顔に書いているようだった。
そんな様子を見たシンは苦笑する。無理もない。自分でも異常だとは思っている。
アトワイトと入れ替わるように、カーレルが近づく。
「やあ、シン君。怪我はもう大丈夫かい?」
「はい、もう治りました。アトワイト大佐の晶術は抜群に効きます。」
「そうか……妹のこと、すまないな。いつものことだが。」
「いえ、私もそれなりに楽しめておりますから。問題ありません。」
シンは背筋を伸ばして応える。あくまでもカーレルは自分より階級が上なのだ。これが軍の応対というものである。
「なら、改めて頼める。君にはハロルドのことを守ってやってほしい。」
「それならば、前と同じように……。」
「以前よりも増して、頼みたい。」
「は……それはまた、何故ですか?」
「妹には君が必要らしい。君は気付かなかったか? 君を見る目が普通じゃない。あれは実験素材として見ていなかった。そう、まるで私には……。」

 
 

そこから先に何を言おうとしているのかが、シンには何となくわかった。
確かに自分を全裸にして、それを楽しんでいた節がある。嫌いな相手の裸など、見ても楽しくはあるまい。
それに、「あんたの制御はあたし一人いれば事足りる」とも言っていた。
その裏側にあるものが「それ」だということも、想定の一つとしては頭にある。
ハロルドも人間である。そんな感情を誰かに抱いてもおかしくはない。
しかし、それをパーフェクトに想像することはできなかった。
「兄である私が言うのも問題があるのだが……。あれで本音を口に出したがらない。それに……。」
「私は、ハロルドのことは気に入ってますし、一緒にいて楽しいですし。守りますよ、私が。何があっても。」
それは本音である。別に嫌いではない。しかし、それだけだ。これ以上の感情は持っていない。
自分は所詮コピーであり、この時代の人間でもない。その範囲内で出来ることをする。
カーレルは不安そうな瞳をシンに向け、口を開く。
「すまない。せめて、私がハロルドの側にいられないときだけは守ってやってほしい。それだけだ。」
守るという言葉に、極端に弱いシンだ。彼は敬礼し、返答した。
「はい、了解しました。私が守ります。」
何か、嫌な予感がしたが、シンはそれを気のせいだと思うことにした。
「このソーディアンの名はベルセリオス……私と妹は常に一緒にいる。そして君のアロンダイトはこのソーディアン・ベルセリオスのプロトタイプでね。」
「えっ?」
今彼の腰の後ろにある剣、アロンダイトがソーディアン・ベルセリオスのプロトタイプとは初耳だ。
彼女は失敗作だと言っていたが、それをシン用にカスタマイズしたらしい。
「それだけ君を気に入ったということだ。だからこそ、君に頼んだんだ。」
カーレルは優しい笑顔をシンに向けた。彼もまた、カーレルに笑みを返す。そして、シンは「Alondite」と柄に刻まれた剣を無意識の内に撫でていた。
まずはハロルドに言うべきことがある。彼はハロルドに話しかけた。彼女はソーディアンチームにソーディアンの晶術の使い方をレクチャーしていた。
「ハロルド、気になることがあるんだけど。」
「何? 今見ての通り晶術の使い方教えてるところなんだけど。」
「重要な話なんだ。地上軍の勝敗に関わるものなんだが。」
シンの表情は深刻そのものだ。ハロルドは彼が冗談でそんなことを言うとは思っていない。
完全に教え込んだカーレルに他のメンバーの指導を頼み、彼女は少し離れたところで話をする。
「んで、何?」
「ラディスロウは元々浮遊戦艦ではなく、輸送艦なんだよな? 武装もほとんどない。」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「ベルクラントの直撃を受けたらまずいんじゃないのか?」
「大丈夫よ、コーティングしてるし。」
ハロルドが持っている技術は凄まじい。しかし、ベルクラントの破壊力を考えるとそれだけでも不十分なのだ。
「コーティングというと、アロンダイトやソーディアンに使われるあれだよな。けど、俺は不安が残ってる。俺は改変世界の映像資料を見てきた。ラディスロウが吹っ飛ばされてる映像を。それに、あの世界でラディスロウの残骸も見てきた。」
これが一番懸念すべき課題である。
実際に撃砕されている様子を見ると、いくら歴史の改変を防ごうにも、そこまで乗り付けるラディスロウが破壊されては台無しである。
「すると何? あたしの作ったコーティングシステムが破られるってこと?」
「いくらコーティングしててもベルクラントの直撃、それも一点集中型の収束エネルギー砲を食らったらどうなる? 俺が見てきたラディスロウの破片は、収束エネルギー砲で切断された感じだった。」
ハロルドは軽く髪の毛を掴み、ぼやく。そこまで防げる機構はないらしい。
「ふんふん、確かに収束砲食らったら防ぎきれないわね。どうにか回避するしかないんじゃない?」
「あんなエネルギー砲をラディスロウの巨体がかわしきれると思うのか? でかいものは遅いんだ。たとえ速く動けても的が大きいんじゃ意味がない。」
その言いようは、ある程度の解決策がある、という意味を含んでいた。彼女はそれを考えながら、シンに言う。
「……あんた、何かアイディアもってるわけ?」
「ああ。俺が元の世界にいたとき、大型機械に乗り込んで戦争やってたって話はしたよな。そのときに使ってた兵器にアンチビーム爆雷っていうのがある。」
「ふんふん。」
「あれは金属粒子使って高熱のビームのエネルギーを拡散させるシステムなんだ。あれを応用……。」
ハロルドはシンが言い終わらないうちに彼の袖を掴んでいた。
「あんた、いいこと言ってくれるじゃない! 確かに収束エネルギーを考慮する必要はあったわ。でも、あんたの言った方法なら何とか残るエネルギーをコーティングで防げるわ! ぎゅふ、ぎゅふふふふふ。」
楽しそうに彼女は言い、必要な材料を調達すると、その場で組み立て始めた。
「何を作ってるんだ?」
「霧の発生装置よ。ベルクラントは衝撃と熱量で地殻を粉砕するんだけど、衝撃の方はどうにかなるとして、問題は熱だったの。でも、霧を発生させればそれに当たって拡散するはずよ。」
「けど、そんなもので防げるのか?」
「霧と言っても晶術制御で比熱を極端に増やしてあるのよ。それに、粒子を固定させることで一種の対衝撃バリアとしても使用可能よ。そもそも霧は細かい水滴の集まりだから体積に対する表面積が大きいし、熱の吸収にはぴったりなのよね。」
言っている意味はわかる。動かないようにした霧の粒子を使い、水分を無理矢理蒸発させることで熱エネルギーを様々な方向へと拡散させるシステムだ。
これならば収束エネルギーは分散し、ラディスロウ自体が受けるダメージは低下するはずである。
そんなものを簡単な材料だけで作れるハロルドが恐ろしい。
「必要なエネルギーはコアクリスタルの失敗作1つほどあれば問題ないし、防ぐための物質は周囲にいくらでもあるし。あんたに言われるまで気付かなかったあたしがバカだったわ。」
さらに彼女はラディスロウの各所に設置するための、粒子固定システムを複数個作り上げ、本体ともどもシンに手渡した。
「あんたに渡しとくから、設置してきなさいな。あたしはレクチャー続けなきゃいけないし。作業終わったら一度戻ってきて。」
彼はザックを渡され、それにシステム一式を詰め込んで背負う。
「わかった、行ってくる。」
既に外は夜の帳が下りている。地上軍拠点はこのまま真っ直ぐ西のはずだが、光を放つようなものは置いていない。
そんなものを配置すると真っ先にベルクラントで狙い撃ちにされるからだ。
メイガスやアヴェンジャーに攻撃されないためにも、血のような光を放つデスティニー形態はやめた方が良さそうだ。
シンはフォース形態をとり、ふわりと宙を舞う。
「うう、寒い……。」
その上装置自体はそれほど重くないが、嵩張るために空気抵抗が発生し、飛行進路が定まらずふらふらする。そんな状態で、メイガスに遭遇してしまった。
「しまった!」
逃げても無駄だ。どこまでも追跡し、そして攻撃してくる。立ち向かうほかない。彼は右手にアロンダイト、左手にサーベルを持ち、メイガスに挑む。
「このっ!」
メイガスの手にある剣が右手の一撃を受けた。しかし、メイガスの様子がおかしい。こんな攻撃如きでやや仰け反ったらしい。
「……?」
疑問に思いはしたが、攻撃の手は緩めない。地竜閃と地竜乱斬を使い、一気に攻撃を仕掛けた。メイガスは瞬時に解体され、レンズを残して砕け散った。
「アロンダイトの力のお陰、なのか?」
サーベルとアロンダイトでは破壊力が天と地ほども差がある。むしろ今までサーベルで戦えたのが不思議なほどだ。
「ソーディアンに近い破壊力、ということか。」
心強い剣が手に入った。それ以上に最強の形態も手にした。ハロルドを守ってほしいというカーレルの願いも、これなら何とかなりそうだ、とシンは思った。

 
 

地上軍拠点のラディスロウに帰還すると、彼は早速リトラーに許可を得てから取り付け作業にかかった。
フォース形態を用いてふわりと浮き、ハロルドが指定した場所に装置を取り付けていく。
それほど難しい作業ではなかった。20分ほどで終わらせ、リトラーに報告すると、シンはカイルたちに顔を見せに行った。
「やあ、皆。くつろいでるか?」
「お、シン。戻ってきたのか。」
ロニがシンに笑顔を見せながら歩み寄るが、シンは苦笑しながら言う。
「いや、ちょっと用事があって戻って来たんだ。すぐに戻らなきゃいけないんだけど。」
「それより、シン、大変なんだ。カーレルさんが……。」
カイルは言う。この最終決戦でカーレルが死ぬということを。それが歴史上決まった流れなのだと。そうジューダスが言ったらしい。
「どうすればいいと思う?」
シン自身もショックを受けていた。だが、彼が出した結論はジューダスと同じものだった。
「……放置するしかない。俺たちは歴史を修正するために来たんだ。その俺たちがねじ曲げることは出来ない。」
「けど!」
シンはカーレルの様子を思い返しながら言葉を紡ぐ。
「いいか! 今度のことは俺が歴史を変えたときとは違う! 今回それをやれば、歴史が変わってしまう。死ぬはずの人間が生き延びたら、歴史は大きく歪む。カイルや俺たちの忌避するエルレインがするのと同じことをすることになってしまうんだ。」
彼は思う。あの嫌な予感が当たってしまった。カーレルは最初から死ぬつもりだ。そして、彼は自分に妹を託すつもりなのだ。
「自分がそばにいられないときだけ守ってくれ」とカーレルは言った。
しかし、それはこうも取れる。「自分はこれから死ぬだろう。だから可能な限り一緒にいてくれ」と。
これは遺言そのものだ。シンは決意を固めていた。何が何でもカイルたちは勿論、ハロルドを守りきると。
「だって!」
それでも諦めきれないカイルの左頬に、シンは鉄拳を炸裂させていた。
「いい加減にしてくれ! カーレルさんだって、それなりに覚悟はしてたよ。自分が死ぬんじゃないかって。覚悟が出来てる人の邪魔をする上に、歴史を改竄だと!? エルレイン以下だぞ、それは!」
カイルは沈黙した。理屈はそうだ。だが、感情がそれを拒否している。
「わかってくれ、俺たちはカーレルさんの死を望んでるわけじゃない。ここにいる、誰一人として。けど、俺たちのやるべきことは果たさなきゃ。頼む、わかってくれ。」
シンにはそれしか言えなかった。
そして、これをハロルドには隠しておかなくてはならない。守るべき相手を騙す。これほど辛いものはない。
しかし、彼には自分のやるべきことがある。何をおいてもだ。
その板ばさみになり、シンの苦悩は募っていた。