G-Seed_?氏_第三話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:42:52

「まさか本当に破壊してしまうとはな・・・。ドモン、お前本当に人間か?」
 冗談に紛らわせてはいたが、ミナの声音に真剣なものが幾分混じってい
ると感じるのは、ドモンの錯覚であったとは、誰も断言はできなかったであろう。
「・・・間違いなく人間だ。それに、俺の世界には俺と同じくらいの力を持った
奴が4人はいる」
「その4人とは、いつぞや言っていたシャッフル同盟のメンバーか?」
 ドモンは首肯した。
「お前達の世界では、そのシャッフル同盟とやらが、戦争や事件を調停
しているのだったな・・・。眉唾だと思っていたが、お前ほどの力の持ち主が
5人いるとなれば、確かに可能だろう」
 茶を一口すすってミナはため息をついた。
「正直、この世界にもそういう者達がいてくれたらと思わんでもない」
「いや、どこの世界にもその世界のやり方があるだろう。俺達の世界の
やり方が正しくないとも思わんが、絶対に正しいとも思わない」
「そうだな・・・。いや、すまん。くだらんことを言った」
 ミナは苦笑を浮かべた。
 だが、今、連合がプラントに突きつけている要求を考えると半ば本気で調
停者がいたら、と埒もないことを考えてしまうのだった。
ユニウス落としの実行犯及び計画者達のほとんどは速やかに逮捕され、
プラントの法廷において裁判にかけられることとなった。
 当然というべきか、地球連合国は犯人達の身柄の引渡しを要求。しかし、
プラント側はこれを拒否。
 理由としては、犯人達がプラント人民であり犯行を行ったのがプラント領
内であること。
 ユニウス7が比喩でも何でもなく粉々に粉砕された結果、地球に被害は出ず、
公式にはプラントが未然に事件を防いだということになったこと。
 プラント内で、犯人達への同情や共感の声がそれなりにあがり――血のバ
レンタインおよび前大戦からそれほど年月が立っていない事を考えれば無理も
ない話である――ナチュラルに渡せば、どんな裁判をされるか分からないとい
う声が無視できなかったこと。
 プラントと地球連合の間に犯罪人引渡し条約が締結されておらず、法的根拠
がないこと、等が上げられる。
 しかしながら、地球連合諸国が強く出てくれば、揉め事を避けたいプラント
は折れたであろう。しかし、大西洋連邦ですらプラントの提案を了承し、事態は
収束に向かうと思われていた。
 しかし先日、突如地球連合は豹変し、今までの要求とはまったく異なった
要求をプラントに突きつけたのである。
『武装解除・現政権の解体・連合理事国の最高評議会監視員派遣・・・』
要は、プラントは地球連合の属領に戻れという要求である。
 その上、
『以下の要求が受け入れられない場合は、プラントを地球人類に対するき
わめて悪質な敵性国家とみなし、これを武力をもって排除する事も辞さない』
 到底相手が飲むとも思っていないであろう要求を出しておいて、この激烈
きわまる文頭の言葉。
 ほとんど宣戦布告である。
 もっとも、始めに高すぎる要求を突きつけるというのも交渉のテクニック
ではある。落とし所はもっと無難な所に落ち着くだろうとは思いはするが・・・。
 二年。
 お互いに大量破壊兵器を打ち合った前大戦からまだ、たったの二年である。
まさか地球連合も戦端は開く気にはなれまい、とも思う。
 しかし、狂信的なブルーコスモスが軍や地球連合の中枢に食い込んでいる
ことを思うと、楽観的にもなれないのである。
「・・・ミナ?」
 ドモンの声でミナの意識は思考の海から浮上した。
「すまない。で、何だ?」
「・・・ソキウス達、そして、このアメノミハシラの人間の中に、自分の
身体について、何か異変があると言っているものはいないか?」
 ミナの瞳が鋭く細められた。
「それは、もしかして――」
 その時、慌しい足音と共にソキウスが一人駆け込んできた。
「何事だ!」
 鋭い声を上げるミナに、
「連合が・・・。プラントに宣戦布告いたしました!」
 ソキウスは蒼白な顔で叫んだのであった。

*         *
 
 目の前のトレイに乗った肉らしき物体をつつきながら、
「てかさぁ、『プラントはテロリストを支援していたに違いない。
犯人を引き渡さないのはその証拠である』って何なんだよ!? 
この前まで、別に引き渡さなくていい、って言ってたじゃんか・・・」
 ヴィーノ・デュフレが呻き声を上げ、
「よっぽど俺たちのことが嫌いなんじゃないの!? ナチュラルは!」
 ヨウラン・ケントが苦々しい口調で吐き捨てた。
 先程から愚痴ばかりで、二人とも食がちっとも進んでいない。
 何か胃に入れておく必要があるのは承知してはいても、後何時間か後には、
敵が押し寄せてくると思うと、どうにもこうにも食べ物が喉を通らない。
 何と言っても相手は地球連合軍、正体不明のガンダム強奪犯などとは
その規模も錬度も比べ物にならない・・・。

 ――死ぬかもしれない

 まだまだ新兵同然である彼等が恐怖で萎縮するのは、無理もないことであった。
しかし、二人の向かいに座っているレイ・ザ・バレルは、
「敵の考えなどどうでもいい。俺たちはプラントを守るだけだ」
 動じている風も無く、ミルクだけを啜りながら淡々と言った。
 彼の場合、食欲が無いわけではない。
 被弾して身体が傷ついた時、胃に食物が入っていると腹膜炎になるという
判断ゆえである。もっとも、機体に被弾した場合、内外の気圧さで血液が沸騰
する可能性の方が高いことは高い。しかし、そういうことを踏まえたうえで、
少しでも生に近づこうとする決意の表れと見るべきであろう。
「そうよ! あんな無茶苦茶な連中にいいようにされてたまるもんですか!」
 アメジストの瞳に憤懣を宿し、ルナマリア・ホークが力強く賛同の声を挙げ、
「ああ!」
 シン・アスカが、拳と掌を胸の前で打ち付けた。
 シンの心は怒りで煮えたぎっていた。
(あの時と同じだ・・・。二年前のオーブと)
 要求をつきつけ、聞かないとなると武力行使でねじ伏せる。
「プラントも、ミネルバも、やらせるもんか! 絶対に!」
 ヨウランとヴィーノは顔をほころばせた。
「頼むぜ、シン!」
「機体の方はまかせてくれよ! ・・・つっても、それしか出来ないんだけどさ」
 言っているうちに情けなくなったのか、自嘲気味にヴィーノがため息をついた。
「そんな言い方すんなよ! 俺は戦うのが役割で、ヴィーノ達は整備するのが
役割ってだけでさ。どっちがどうとか、そういうもんじゃないだろ!」
「あ、ありがと。シン」
 ヴィーノは驚いたように目をしばたかせながら、それでも嬉しそうに笑った。
「あ、いや・・・」
 シンは少し顔を赤らめて下を向いた。
 何か熱血してるみたいで恥ずかしかったのだ。
 ふと横を見るとルナマリアが芝居がかったような仕草で驚きを表現していた。
「・・・何だよ、ルナ」
「ちょっと・・・。今の聞いた? レイ。シンが友情友情した、しかもまともなこと
言ってるわよ」
「お前にも聞こえたということは、俺の幻聴ではなかったということか。これは
困った。隕石がミネルバに命中しないとも限らない。頭上には目を光らせて
置くべきかもしれん」
「そりゃないだろ・・・」
 シンのぼやきに、ルナマリアがプっと噴出し、ヨウランとヴィーノも笑い出し
レイも口の端に小さな笑みを浮かべた。
 釣られてシンも笑い出し、場に和やかな空気が満ちた。
 笑いながら、、
(今度こそ、守る。大切な、すべてを・・・)
 シンは決意を新たにしていた。
 その時、
「・・・また、どこかから援軍が来て助けてくれないかなぁ」
 後ろからメイリン・ホークの可愛い声が響いた。
 メイリンは、そのままシンの後ろを通って、ルナマリアの隣に腰を下ろす。
「ちょっと、メイリン。あんた、あんなヨタ話信じてるの? 実はユニウス7
を破壊したのは、一機のMSだったってやつ」
「でもぉ・・・。変じゃない? こんな突拍子もない噂がいきなり出てくるの」
 メイリンの言葉に、一同は考え込んだ。
 確かにおかしい。
「・・・あんまり言いたくないけどさぁ。一機で破壊って可能っちゃ可能だ
だよなあ。MSっていうより何を装備させるかが問題なわけだし」
「はあ? 何言ってんだよ。ヨウラン」
 ヴィーノが怪訝そうに訊ね、シンも首を捻る。
「関係ないけどさ。ザフトって、Nジャマーキャンセラー持ってたよな・・・」
 一気に周りの温度が下がったような気がしたのはシンだけではあるまい。
「それとこれも関係ないけど、人って喋るなって言われると喋りたくなるよなぁ・・・」
「ストーップ!」
 ルナマリアが大声を挙げた。
「や、やっぱり私は、この前の破砕作業は、どっかから援軍が来て助けてくれた
って方を信じるな!」
「そ、そうだよね。その援軍は実は異世界から来た戦士で、パンチ一発でユ
ニウス7を砕いちゃった! みたいな」
「拳一発でプラント破壊! いやあ、ロマンだね、男の!」
 何やら怖い想像が浮かびそうになり、ルナマリア、メイリン、ヴィーノが
妙にうわずった甲高い声を挙げた。
 三人とも目がまったく笑っていなかったが・・・。
 しかし、彼等は偶然にも真実の扉に手をかけていたのだが、言っている本人
達自身がまったく真実だと思っていないので、この時点においては、何の意味
も持たなかった。
「・・・何にしても、だ。噂話の詮索やアテのない援軍について妄想するより
目前の戦いに備えた方が建設的だ」
「そうだよな・・・」
 シンはホッとしながらレイに賛同した。レイの優等生的発言がこれほど
ありがたいと感じたことはない。
「だな・・・。じゃ、俺達はそろそろ行くわ」
「遅れるとエイブス主任、怖いしな」
 ヨウランとヴィーノがそう言って立ち上がった。レイも続き、シンも立ち
上がった。
「えっ? お姉ちゃんも行くのぉ?」
「そりゃ行くわよ。私だって暇じゃないないんだから」
「そんな・・・」
「ほらほらっ! そんな深刻な顔しない! 何もこれが今生の別れってわけ
じゃないだから」
 くしゃっとメイリンの頭を撫でてやりながら、快活に笑うルナマリアを見て、
シンは小さな微笑を浮かべた。あの二人は本当に仲がいい。
 ふと、妹の顔が浮かび、痛みに耐えるようにシンはマユの携帯をグッと握り
締めた。

 *         *

「――ザフト軍事ステーションに全軍で総攻撃をかけると見せかけ、
別働隊が極軌道側から接近し、『プラント』に向かって『核』を放つ・・・か」
 地球に散らばるソキウス達からもたらされた情報を総合し、導きだされた
結論は恐るべきものだった。
 『民間人を殺傷しない』
 これが近代戦の最低限のルールではなかったか?

 ――否

 この作戦は殺傷というレベルではない。コーディネーターという種を根絶
するためのものだとしか思えない。
「狂っているとしか思えんな、地球連合は」
 憤りをとやりきれなさを等分に含ませ、ミナはため息をついた。
「・・・どこへ行く、ドモン」
 黙って立ち上がったドモンに、ミナは鋭い視線送った。
「知れたこと!」
 ドモンの答えは簡潔明瞭だった。
「言ってくおくが、この世界では個人が兵器を持っているだけで犯罪に当たる。
そして、どんな大義名分を掲げようが、動機が正しいものであろうが、地球連合の
軍隊に攻撃を仕掛ける行為は、テロ行為としかみなされぬ。そしてお前はこの世界では、
調停者でも何でもない。ただの民間人だ!」
 言葉を紡ぎつつも、ミナは、目の前の男が止まらないであろうことを確信して
いた。
「テロリスト結構! これ以上の悲しみや憎しみが生まれるのを看過すること
が正しいというのなら、人が死ぬことを看過することが、正しいというのなら、
俺は悪でかまわない!」
 一点の汚れなき清冽な思いを感じつつ、なおもミナは言葉を叩きつける。
「こちらの世界には、こちらの世界のやり方があると言っていたのは、お前では
なかったのか?」
「確かに言った。だが、人が死ぬのは、どこの世界であろうと間違っている!」
 沈黙が満ちた。
 ドアに手をかけつつ。
「すまん。何の礼もできずに」
 ドモンが別れの言葉を口にする。おそらく二度と、ミハシラへは戻らぬつもりなのだろう。
「別に私は、謝罪も礼も欲してはおらん」
「・・・世話になった」
ドモンが出て行った後、ミナはしばし虚空を睨んだ後、ソキウスの一人と
側近の一人を呼び、
「項目D4の調査結果を再分析し、結論が正しいか確認させろ。最優先だ。
それと・・・。ギルバートデュランダルと繋げ」
 指示を飛ばした。
「了解しました」
 指示を実行すべく立ち去ろうとするソキウスと側近の背に
「・・・なぜ何も言わん」
 ミナの言葉が飛んだ。
 しかし、言葉を発すると同時にミナは心の中で大きく舌打ちした。
 上に立つものが、命令を下しておいて迷いを見せるとは何事か!
 すると、主の心中を察したか、ソキウスの一人がまず口を開く。
「ミナ様。我等ソキウス、ナチュラルのために生きる者達であります。ですが
同時に、大恩あるミナ様に忠誠を誓う者達でもあることを、どうぞお忘れなさ
いますな」
「――我々も同じです」
 側近もソキウスに唱和した。
「ミナ様。あなたは戦火や連合の圧制を避け、アメノミハシラに流れてきた
難民である我々を、ナチュラル、コーディネーターを問わず助けてください
ました。そのご恩、我等一同、決して忘れてはおりません」
「「我等の進む道は、あなた様と共に!」」
 
 二人が去った後、ミナは苦笑を浮かべた。
(ざまあない・・・)
 部下に励まされる君主。何と己の未熟なことか!
 だが、同時にふつふつとミナの胸に込み上げるものがあった。己の半身で
あった存在を失って以来、久しく忘れていたこの感覚。
 この熱は、情熱と呼ぶのか野心と呼ぶのか。
 どちらでもいい。
 ミナはゆっくりと立ち上がり、ドアを開くと外へと踏み出した。