G-Seed_?氏_第二十話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:47:20

「では、力を貸してくれるというのかね?」
 ギルバート・デュランダルは、声を上ずらせた。いつも悠然とした物
腰を身上とする彼には珍しい事である。
 だが、無理もなからぬことであった。この世界においては一人で一国
を相手取る力を有する異世界の戦士がもう一人、プラント力を貸してく
れるというのだ。これが興奮せずにいられようか。
「はい。ムッシュ・デュランダル。あなたは、三度に渡って直接私の元
に足を運んでくださいました。ここまで礼をつくされてどうして、断わ
ることができましょう。それに今日、話してみて分かりました。あなた
は、私の剣を捧げるに値する方だ」
 デュランダルの目の前の若者は、まるでお話の騎士のような物言いで
承諾の意を示した。
 しかし、その時代かかった物言いがまったくそうと感じられないほど、
その若者は、プラントのにわか上流階級とは比較にならない、伝統とい
うものを匂い立たせていた。
最上級の紅茶を薄く入れたような肩まで流した長髪。哀愁を含んだ
切れ長の瞳と名うての芸術家が腕を振るったかのような美麗な顔つき。
金モールの肩章と胸飾りのついたクラシカルな赤地の軍装コートをク
ラシカルに着こなしている。
まさに、御伽噺に出てくるような美貌の貴公子であった。
「まいるね・・・。君ほどの男にそういわれると、何だか自分が大人物
になったかのように錯覚してしまう。せいぜい精進させてもらうよ。君
を失望させないためにもね」
「――ジョルジュ。ただ、ジョルジュとお呼びください。ムッシュ・デュランダル。
今から私は、あなたに仕える騎士となったのですから」
「ありがとう。まさに100万の味方を得た気分だよ」
 デュランダルは、感極まったように手を差し伸べ、ジュルジュ・ド・サンドは
柔和な微笑みを浮かべながらその手を握ったのだった。

――――――――――――――――――――

「やってられるかぁ―――っ!!」
 絶叫と共にイザーク・ジュールは思い切り絵筆を叩きつけた。白銀の髪と切れる
ような繊細な容貌を持つ少年である。ちなみに、黙っていれば涼やかな美少年とい
う評価を得られる容姿を持ちながら、残念ながら黙っている事の方が少
ない少年でもある。
「気持ちは分かるけどよ。落ち着けって、イザーク」
 くせのある金髪と褐色の肌のディアッカ・エルスマンが、たしなめるよ
うに言った。こちらの少年にはどこか飄然としたものが感じられる。
 しかし、長の付き合いである相方の言葉もイザークの耳には届かず、
「これが落ち着いていられるか!? デッサン100枚描くことが一体何の
役に立つのか俺に説明してみろ!!」
 すると別の声が、
「・・・一般に彫刻家よりも画家の方が空間認識能力が高いとされてい
る。なぜなら画家は、平面という2次元空間に、3次元空間を描くから
だ。2次元に3次元の世界を描くために、空間を意識し、立体像を頻繁
に脳内で創造することによって・・・」
「そんなことは分かっている!!」
「分かっているなら、言わせるなよ、イザーク」
 そう言ってアスラン・ザラは呆れたように肩をすくめてみせた。
 藍髪に碧眼の少年である。生気に満ちすぎともいえるイザークとは対
照的に、歳に似つかわしくないどこか疲れたような雰囲気が漂う少年だ。
「けど、イザークの気持ちも分かるぜ。あのジョルジュって教官が化物
染みた強さだってのは俺も認めるんだが、名選手かならずしも名コーチ
ならずってのは、ある話だからな」
 それまで黙って聞いていたハイネ・ヴェステンフルスも苦笑を浮かべ、
絵筆を軽く放った。赤みがかった金髪と涼やかな目元が特徴的な若
者である。
「あの教官の命令でなければ、こんなこと一分たりともやる気にもなら
んわ!」
 イザークは憤然と腕組みをし、残りの3人はそろってもう一度ため息
をついた。大なり小なり程度の違いこそあれ、イザークの意見に同意す
る気持ちは3人とも同じだったのである。
「何やら話し声がしていましたが、もう終わったのですか?」
戸口からいきなり飛んだ凛とした声が4人を打ち据え、4人は慌てて姿勢を正した。
 4人の側を通過しながら、鋭く4人の書き上げたデッサンに目を
走らせた。そして、次の瞬間、
「ぐっ!」
「がっ!」
「でっ!」
「うっ!」
 4種類の悲鳴と、どん、がん、ずん、ごがんという4つの物体の壁に
対する激突音がほぼ同時に上がった。ジョルジュのサーベルに殴りつけ
られたらしいと4人が気づいたのは、痛打された箇所と壁と激突した箇
所の痛みを自己の脳が認識してからであった。

 ――まったく見えなかった

 ザフトの壮絶極まる選発戦を勝ち抜いた自分達が、である。昨日、4人
総がかりのMS戦で完敗して、この教官の強さが化け物染みているの
は知っていたが、まだまだ認識不足だったようである。
「あなた達の空間認識能力は、著しく低い。お粗末と言っても良いレベ
ルです。ゆえに、能力向上のための訓練を課し、あなた達はそれを受諾
したはずです。にもかかわらず、手を抜くとは何事ですか。己が誓約し
たことを守らぬことは、騎士にとって最も恥ずべきことと知りなさい」
 氷のような目で4人を見下ろしながらジョルジュは、淡々と述べた。
「俺たちは、騎士じゃなく軍人だ。教官殿」
 体を起こしながら、イザークは自分の視線が鋭くなるのを抑えられな
かった。少し前まで、二隻の艦を率いる立場にあった者が、いきなり新
兵同然の扱いを受けることになったのであるから、無理も無からぬこと
ではある。
「そうでしょうか? 主に忠誠を誓い、ただ主のための一振りの剣とな
るという点で差異はないと私は考えます」
 バッサリとイザークの反論を切り捨て、
「君達は、基礎訓練がお気に召さないようですから、応用に移ります。
着替えて10分後に訓練場C-2に集合しなさい」
 ジョルジュは歩き去った。

「・・・ふんっ! 応用だか何だか知らんが、お絵かきよりはマシなん
だろうな!?」
 足音も荒くイザークが退出していき、やれやれという表情を浮かべ
ながら、ディアッカとハイネもその後に続く。
 だが、アスランだけは暗い顔で俯き座り込んでいた。
「何やっとるんだ貴様ぁ!?」
 廊下から聞こえたイザークの怒声でようやく立ち上がり、アスランは
のろのろと廊下へと足を進める。
 だが、その足取りは明らかに闊達さを欠いており、その顔には苦悩の
陰影がはっきりと影を落していた。

 ――10分後。

 鉄の巨人の前に4人は立っていた。
 中央にVの字型の甲飾りがついた三角帽子型ヘルメット。左肩と左胸を
プロテクトするケープ型の装板。腰には黄金の細工を施したサーベル。
ジョルジュの駆るガンダム・ローズである。
「訓練の内容は至ってシンプルです。今から、ローゼス・ピットであな
た方を攻撃します。それを回避しなさい。全力で」
 淡々と平易に叙述されたまったく平易でない内容。しかし、4人が
反応するよりも早く、ジョルジュは無慈悲極まりない言葉を紡いだ。
「ビームの威力は最低にしてありますから、即死することはありません。
では、始めますよ」
 ジョルジュの言葉が終わるや否や薔薇が訓練場に咲き誇り、
「ぐわっ!」
「うおっと!」
「何とぉ!?」
「き、傷が疼くだろうがぁ!?」
 悲鳴と4つの肉体と怒号と光と薔薇が訓練場で乱舞した。

 左に重心を移すとみせて右に跳躍運動。着地。そのまま膝を曲げて
転が・・・
「ぐっ!」
 あまりの痛みにアスランは小さく悲鳴を上げた。
(オールレンジ攻撃がこれほど厄介とは・・・)
 ディアッカの話で聞いてはいたが――というより昨日、嫌というほど
味合わされたが――とてもではないが回避しきれるものでは・・
「う・・・お・・・」
「ディアッカ!」
 アスランの視線の先で、先程から攻撃を受け続けていたディアッカが
ついに地面に横倒しになった。
(やっぱり無茶だ、こんな訓練は!)
 駆け寄ろうとしたアスランは、薔薇がディアッカに向かって射撃体勢を
取るのを見て取り
「な、何を!?」
 信じられないという思いを込めて叫んだ。
だが、無慈悲にも倒れたディアッカの背に光条が突き刺さり、ディアッカの
体がびくんと跳ね上がった。
「教官! あなたは正気なのか!?」
「無論です」
 あまりにも冷淡な物言いに、アスランの頭に血が上った。
「俺たちは訓練を受けるために来ているんだ。拷問を受けるためにきている
わけじゃない。ディアッカを殺す気ですか、あなたは!」
「同じことを二度言うのは好きではありませんが、もう一度繰り返しま
しょう。あなた方は私の訓練を受けることを受託したはずです。己自信
が誓約したことを守ることができないならば、死になさい」
 底冷えのするような響きがジョルジュの唇から発せられた。
「騎士たるもの、自分の命より一度誓約した事を守れぬことの方を恥じ
るべきです。もっとも、騎士でないというなら話は別です。即刻この場
から立ち去りなさい。騎士でないものを指導する気は私にはありません」
 冷酷極まる物言いに、アスランは苛烈な眼光をジョルジュの顔に叩き
つけた。
 だがその時、足をふらつかせながらも立ち上がったディアッカが、
「おい、アスラン。もういいって。ちょっと疲れただけだからよ」

「しかし!」
 いきり立つアスランをなだめるように、ディアッカは片目をつぶって
みせる。
「いいって。教官殿の方が正しい。騎士ね、いいじゃんそれ。
俺も生半可な気持ちで議長に従ってるわけじゃない。だから、
もう一回頼むわ。教官殿!」
「・・・良い心がけです」
 再び訓練場に薔薇が舞い、光が連続で瞬いた。

 
 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ボロ雑巾のようになりながら初日の訓練を終えたアスラン達。そんな
アスラン達にジョルジュはルービックキューブ100題と目隠し歩行訓
練を命じる。
 体に鞭打って立ち上がるアスラン達。だが、アスランだけは『ラクス』
と共に、出席しなければならない集会があった。こんな時にと、苛立ち
を表しながら向かおうとするアスランをハイネが呼び止めた。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

「そんな顔じゃあ、バレちまうぜ! アスラン」
「分かってはいるんだが、得意じゃないんだ。こういうのは」
 煮え切らない調子で答えるアスランに、
「そりゃ、お前にしたら元婚約者の名を語る偽者なのかもしれんが、
役得だと思えよ。いい子じゃないか、あの子。一生懸命で」
「一生懸命すぎるように感じるよ、俺は」
 周りにアピールするためには、多少過剰なくらいの方がいいとはいえ、
多少積極的すぎる気がするのだ。
 しだれかかる様にもたれかかられ、人前でキスをねだられるのにはと
ても慣れそうに無い。はっきり言ってしまえば、そういうことをする女の子は、
忌避するとまではゆかないにしても、あまり好きではない。
 アスランはもう一度ため息をついた。
「お前、随分自分に自信があるんだな。・・・何? 女の子はみんな自分に
メロメロってか?」
「おい、ハイネ――」
 からかわないでくれ、と続けようとして、アスランは思わず表情筋の
動きを停止させた。軽い言葉とは裏腹に、ハイネの瞳には硬質な光が
宿っていたからだ。
「アスラン。一つ言っておくがな、女の子にとって、自分の本当に好き
な男以外の異性に体を触れさせることは、心底苦痛なことなんだぜ? 
お前、そこんとこ、ちゃんと分かってるか?」
 ハイネの口調には、厳重に真綿に梱包されてはいたが、間違いなく鋭
い刃があった。
「俺達同様、あの子のやってることは遊びじゃない。あの子はそれがち
ゃんと分かってる子だって思うぜ?」
「あ、ああ・・・」
 気圧さるように、アスランはようやく返答にもなっていないような声
を発した。その反応に、ハイネはふっと笑って軽くその前髪をなで上げ
た。同時に、ハイネの瞳にやわらかさが戻り、いつもの超然とした佇ま
いが復活する。
「悪い悪い。これでもフェミニストなんで、つい一言、言いたくなっちまった。
俺も歳かな、説教まがいのこと言っちまうなんてよ」
「あ、いや・・・。そんなことは・・・」
「ほらほら、さっさと行けよ。遅れるぞ」
「・・・分かった」
 困惑気味の表情を浮かべつつも、時間に遅れまいと走っていくアスランの後姿を
ハイネは苦笑の中にほんの少しの自嘲も込めた笑みを浮かべつつ、見送ったのだった。