G-Seed_?氏_第十一話(後編)

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:45:08

 オーブ政府から連絡を受け、呼び出されたドモンが見たものは、
「ドモン・カッシュ。戦火の拡大を防いだ英雄にして、アメノミハシラの
守護神。お会い出来て光栄です」
 高く髪を結い上げ、金色の瞳が生える夏草色のドレスに身を包み、唇に紅
を引いた令嬢であった。
「こちらこそ、お会いできて光栄です。アスハ代表」
 ドモンは、自然と礼をとっている自分に気づいた。
 あの後、何があったのかドモンは知らない。だが、今、彼女から溢れ出る気
の澄み方と躍動感に満ちた力強さと来たらどうだ。漲る五月の新緑のようではないか。
「男子三日会わざれば刮目して見よ、という。女子も同じだと今日知った」
 並んで歩きながら、ドモンは小声で囁いた。
「客寄せパンダはパンダらしく期待に答えているだけだ」
 カガリも小声で囁き返し、春の日差しのような笑顔を見せた。
 屋外での調印式が始まり、ドモンやオーブ政府の高官達が見守る中、カガ
リはゆっくりと進み出た。カガリの視界に海が映る。水面に日があたりきら
きらと光の粒子が踊っている。

 ――いい日だ

 居並ぶ報道陣を前に、カガリは大きく息を吸い込んだ。、
「今日、この場において、ドモン・カッシュ全権大使と共に――」
 
 ――突如。
 
 周囲が騒然となった。
「駄目です! 軍本部からの迎撃、間に合いません!」
「お逃げください! カガリ様!」
 口々に混乱した言葉を叫びながら、兵士達が駆け寄ってくる。兵士を見て
報道陣がざわめき、会場は騒然となった。
「ちょっと! ほら落ち着いて! これは違うんだって!」
 ユウナが叫ぶが、混乱している兵士達の耳には届かない。
「騒ぐな!! いったいどうしたというのか!」
 凛とした声が、混乱の波を薙ぎ払った。
 ユウナは苦笑した
(これこれ。こういう力が、僕には欠けてるんだよねえ・・・)
 兵士一人が慌てながらも口を開く。
「フリーダムが、この場に接近中とのことです!」
 兵士が言い終わらぬ間に、空の一点に現れた黒点が大きさを増し、やがて
10枚羽の白い機影となった。
「あの馬鹿め・・・」
 カガリが小さく呻き声を上げた。轟音が近づき、風がカガリの髪を揺らす。
「代表!」
 カガリの瞳に、風の中身じろぎもせず立つドモンの姿が映った。
「少しばかり俺の出番が早くなったと思っていいのか!?」
 わざとらしく思えるくらい大声で叫ぶドモン。カガリはハッとして、ユウナ
に視線を送った。ユウナが小さく頷く。
 カガリは二人の意図を悟り、
「すまん。ドモン・カッシュどの。どうも末端まで連絡が行き渡ってなかった
ようだ!」
 すまなそうに言って見せた。
 あくまでも、小さなアクシデントが起きてすまない、という風に。
「気にしないでくれ! 武道家とは、常在戦場が心得。時間のズレなど些細な事!
今一度確認する。機体が多少派手に壊れるかもしれんが、よろしいか?」
「一向に構わん!」
「では、流派東方不敗。お目にかける!!」
 ドモンは悠々とフリーダムに向かって歩を進め、高く天に指をかざすと
激しく打ち鳴らし、咆哮を上げた。

「ガンダァァァァァァァァァァァァ―――――――――――ム!!!」

「な、何だ!?」
 眩い光が、式場の方角から炸裂し、キラは目を覆った。
 光が収まったその後に見えたものは。

 ――日輪を背負う6枚羽のMS

「ゴッドガンダム・・・」
 キラは恐怖で身体を震わせた。フリーダムですら、あのゴッドガンダムの
前では赤子同然だ。

 ――だけど

「選ぶ道を間違えたら、行きたい所へは行けないんだ!」
 キラは意識を集中した。
 湖面に一滴の水が落ちるイメージ。その波紋はどこまでもどこまでも広がっていく。
 視界が開け、頭が冴え、澄み渡っていく。
 キラはゴッドガンダムを見据えた。
(どう来る・・・)
 圧倒的な演算能力で空間内の敵の動き全てを先読みし、弾丸が到達するまでの
ラグまで計算しての超精密射撃。
 フリーダムが圧倒的な撃墜数を誇る所以である。
 しかし。
「まっすぐ!?」
 思うと同時に正面から衝撃がきた。
「ごっ!」
 後頭部がもろにシートに激突。いきなり、身体が前に思い切り引っ張られる。
 
 ――機体が後ろにすっ飛んでいる

 と脳が認識した時は遅かった。半身の状態でフリーダムが海面に激突。
「ぐげがっ!」
 対ショックシステムを突き抜け、身体がバラバラになるような衝撃が来た。
(アバラが・・・)
 ヒビでも入ったか呼吸の度に激痛が走る。機体が海に沈んでいく。
「くっそぉぉ!」
 キラは必死に歯を食いしばった。
 水面に向かって浮上。水面が揺れてこれでは上からだと丸分かりだ。
(出がけを狙われて・・・。たまるか!)
 急加速! 空が映る。計器の針が一気に跳ね上がる。
 索敵。
「何で!?」
 ゴッドガンダムは、何をするでもなく宙でホバリングしていた。
「追い討ちをかける必要も・・・。ないっていうのか!」
 怒りのままにビームライフルを放つ。一発。二発。三発。四発・・・・
「だ、ダメだ・・・」
 こちらが、引き金を引く瞬間、残像が残るほどの高速機動で回避される。
(引き金を引く動作が見えてるっていうのか・・・)
「それなら!」
 ビームライフル。肩部プラズマ砲。腰部レール砲での時間差射撃。
「・・・嘘だろ」
 キラは、自分の顔から急激に血の気が引いていくのを感じていた。
 当たらない。まったく当たらない。
 数多のMSを叩き落してきた、自分の射撃術が通用しない。
 
 ――敵の姿がぶれた。

「ごっ!」
 今度は上から衝撃。身体が思い切り頭上に跳ね上がり、天井に激突。
首が折れるかと思った。
 右側から衝撃。今度は。左後方側。正面。
 目茶目茶に身体が叩きつけられ、首が振られて脳がシェイクされ、吐き気
が込み上げ、意識が半覚醒と覚醒を繰り返す。
 アバラの痛みが地獄の責め苦のように痛覚を刺激し続ける。
(痛い! 痛い! 痛いイタイイタイ・・・し、しぬ・・イタい)
 唐突に攻撃がやんだ。
「げぇはっ!」
 込み上げる吐き気。
 キラはヘルメットの中に吐瀉物を吐きちらした。最低の感触が頬をつたい
匂いが鼻をつく。
「畜生・・・。畜生畜生!」
 涙がこぼれた。
「また・・・」
 ゴッドガンダムは、距離を取ってホバリングしていた。
 完全になぶられている。見下ろされている。
 この自分が!
「うああぁぁぁ!!」
 絶叫を上げてキラはビームサーベルを抜き放ち、ゴッドガンダムに突撃した。

 師匠に稽古をつけてもらっている弟子の如く、ゴッドガンダムにつっか
かっては吹き飛ばされるフリーダムを見ながら、
「完全に遊ばれちゃってるねえ」
 ユウナはわざと本題と離れたことを口にする。
 こんな茶番はどうでもいい。――いや、キラ・ヤマトが乗るフリーダムが、
あそこまで相手にならないというのは、実は多少ショックであった。
(ヤバイね、こりゃ。ちょっとオーブは、出遅れたかな?)
 思考をめぐらせつつ、隣の国家元首の顔に視線を送る。
「確かに。一万回戦っても一万回負けるな。それぐらい差がある」
 カガリの表情は、石膏で固めたように硬かった。
「つくづく化け物だねえ、ゴッドガンダムは」
 それ以上の韜晦に耐えかねたカガリは、
「・・・ユウナ、お前知っていたのか? キラがこんな風に、条約の調印
を妨害しに来るって」
「まあね。君の弟と元アークエンジェルのクルーが不穏な動きをしてるって
報告が上がってきちゃ、いたからさ。だから万が一を考えてドモン大使には
言ってあったけど・・・。つくづく期待を裏切らないなあ、君の弟」
 ふざけた口調だったが、ユウなの目はまったく笑っていなかった。
「いつからキラ達を監視してた?」
「当ててごらん?」
「・・・私達が二年前、オーブに帰還してからずっとか?」
「正解」
「どうして知っていながらフリーダムまで黙認していたんだ?」
「戦力は、あって困るものじゃない。国家として作ったわけじゃないから、
言い訳も立つし、他国に漏れた時点で全員逮捕して、機体と戦艦だけはあり
がたく頂戴して隠匿しておくとか、色々やり方はある。一番うるさい大西洋
連邦には、鼻薬かがせてあるしね」
「この前の襲撃は?」
「あんなことのためにオーブ軍を動かすのは税金の無駄使いだよ。全員死ん
でくれれば、それもまた良し」
 カガリはため息をついた。
 結局の所、自分達は寛大にも放し飼いにされていただけ、ということだ。
 それにもかかわらず、全世界が自分達の双肩にかかっているかのように錯覚して
いた自分達の、何と身の程知らずで愚かだったことよ。
(まさに噴飯ものだな)
 内心で自虐の笑いをもらしつつ、
「どうして、キラを庇うような形を取ってくれたんだ?」
 一番腑に落ちなかったことを、カガリは聞いた。
「君の弟が世界最高の頭脳を持った技術者の一人であるのは間違いない。
利用できるものなら利用したいのさ。これからゴッドガンダムの技術を解析し、
ガンダムファイトを戦うために。そしてこれからも、オーブが技術大国とし
て栄えていくために」
「・・・これが最後のチャンスと思っていいのか?」
「君の監督次第、とだけしか言えない」
 ユウナの声はどこまでも無機質で機械的だった。だが、ほんのわずかにで
はあるが、温度が混じっている気がして、
「ありがとう」
 カガリは礼を言った。

*         *

「ちゃんと模擬戦に見えているといいが・・・」
 ドモンは、後ろを振り返りつつ独白した。なぶるような真似をするのは趣味
ではないが、この際仕方が無い。ただ、良心の呵責が思った以上に少ないのは、
目の前の機体に乗った少年への好感度がマイナスにまで落ちているのが原因だろう。
(調印式にMSで乱入しようとするとはな!)
 正気の沙汰ではない。
 次々と繰り出されるビームサーベルをドモンは軽々とかわしていく。ドモン
にとって、目の前の人形が行う動作は、あまりにも鈍重で雑で大雑把すぎた。
<ドモン大使、もう十分だ。流派東方不敗の『不敗』の名にふさわしい超絶の技の数々、
とくと拝見させてもらった!>
 通信機からカガリの声。
<恐悦至極! では、終わらせる。・・・武装とカメラを破壊して海に叩き
落す。それでいいか?>
 小声でドモンは訊ねた。
<かまわない。回収の船は向かわせてある。存分にやってくれ>
<承知した!>

 フリーダムが鈍重極まりない動作で横薙ぎを放ってくる
「はあっ!」

 ――瞬斬!

 抜く手も見せぬ居合い抜きの二連撃。
 フリーダムの両腕がビームライフルとビームサーベルを持ったまま宙を
舞った。
「ふん!」
 後ろにまわりざま、肩部の二門のビーム砲を破壊し、腰部の二門のレール
砲をへし折る。
「これで・・・!」
 左腕でフリーダムをふん捕まえ、右腕でフリーダムの頭部を粉砕しようと
した瞬間、
<やめてください! 僕をカガリの所へ行かせてください!>
 接触回線を通じて、半狂乱になった少年の声が聞こえてきた。両碗がなく、
武装も全て剥ぎ取られた状態である、ということも忘れるほど混乱しているようだ。
 聞けばこちらの世界では世界最強のパイロットの一人であるというから、
ここまでコテンパンにやられたのは初めてなのだろう。
(いい薬だ、このガキには)
 初対面の時から、その瞳の奥に潜む人を見下したような目が気に入らなかった。
<・・・行ってどうするつもりだ?>
 多少溜飲が下がったドモンは尋ねてみた。こんな馬鹿げた暴挙に出た理由を、
ちゃんと本人の口から聞いてみたくはある。
<カガリを連れてこの国を出ます!>
<出てどうする?>
<僕達は今度こそ、正しい答えを見つけなきゃならないんです! 今度こそ!
逃げずに!>
 ドモンは激しい頭痛を覚えた。
<貴様が自分探しの旅に出ることは止めん。だが、代表まで巻き込むな!
代表はお前と違って、多忙なのだ。それに、働かずに禄を貰い続けては恥と
考える人でもある>
 皮肉の成分を存分に込めてドモンは言った。目の前の少年には、これぐらい
言ってやらねばどうにもこうにも気が収まらない。
<こんな時に、ふざけないでください!>
 ふざけているのは貴様だ馬鹿者、と怒鳴りつけようとした時、
<こんな状況の時に、カガリにまで馬鹿なことをされたらもう、世界中が
本当にどうしようもなくなっちゃう。だから!>
 ドモンの心が急速に冷却した。
<・・・馬鹿なことだと?>
<プラントの議長が本当に平和を求めているのか分からないのに、その人と
手を組んでいる人が中心になっている条約に加盟するなんて! ウズミさんの
言葉にも背くことになるのに!>
<ほう・・・。なるほど>
 既にドモンの声には、氷点を下回るものが含まれ始めていたが、キラは何を
勘違いしたのか、勢い込んで続けた。

<僕達にもまだいろいろなことは解らない。でも――>
<分からん癖に何故、人の行為を『馬鹿なこと』などと断じる!?>
 この少年は、迷っているフリ、見つけようとしているフリ、をしているだ
だけだ。
 本当は既に心を決めている。自分だけがすべてを知っていて、周りは
何も知らない愚者だけと決め付けている。
 ドモンにはそれが分かった。
<分からんなら何もするな! 貴様の持っているのは、兵器だぞ! どこへ
向かっているかも分からんような奴に、殺される相手の身にもなってみろ!>
<僕だって撃ちたくない! 本当に嫌なんです。こんなこと。撃ちたくない!
撃たせないで!>
 切なげで悲しみに満ちた少年の声。
 絶対零度まで下がっていたドモンの心の温度が、急速に反転し、鉄をも溶か
す激情のマグマとなって吹き上がった。
 この少年が欲しいのは、追従の言葉を吐き、自分を甘やかしてくれる人間だけだ。
 いつも正しい自分に対し、反対の意見を持つ奴は愚者。だから立ちふさがれば
「仕方なく」倒す。愚者に対して哀れみと、それを撃つことに悲しみを感じている
可哀想な自分に酔いながら。
<どこまで傲慢なのだ貴様は! 神にでもなったつもりか!>
<違う。僕は、一人の人間だ。どこもみんなと変わらない>
<どこも変わらない人間なら、周りの人間を対等とみて話を聞け! 俺は、
貴様にそう言ったはずだ! プラントの議長を闇雲に疑うなと言ったはずだ!
それを聞いてこの行動か!>
<あなたの言っていることも分かります。でも・・・>
 ドモンは疲れを感じた。
 怒りが、激情が、みるみるうちに引いていく。

 ――でも、きっと自分の方が正しい

 自分が間違えているはずがない。
 と、いうわけか・・・。
 こんな奴に一体どうやって伝えればいい? どうやったら伝わる?
 絶望がドモンの心に広がっていく。
 その時ふと、ドモンは自分の拳に眼を止めた。

 ――そうだ

 俺は武闘家。
 弟子を取り、『道』を説く機会が増えた事で忘れていたが、自分は本来武
闘家だ。武闘家とは所詮、お互いの心を、拳を交えることでしか語り合うこ
とのできぬ不器用な人間。
 ならば、言葉ではなく。

 ――思いを拳に込めるのみ!!

<・・・原子炉を閉鎖しろ>
<え?>
<速くしろ!!>
 声にはとてつもない圧力がこもっていた。その圧力に圧されるように、
キラは原子炉閉鎖のボタンを押した。
<へっ・・・閉鎖しました>
<そうか。では・・・。歯を食いしばれ!!!>
<なっ・・・>

「抜き手! 手刀! ひじ撃ち! 裏拳! 正拳! 前蹴り! 横蹴り! 
回し蹴り! 後ろ回し蹴り! 踵落とし! どぉぉりゃあ!!」

 ゴッドガンダムの超高速の連攻に、胴の一部分を残して文字通り木っ端微
塵に粉砕された『フリーダムだった物体』が海面に叩きつけられ、そのまま
沈んでいく。
 それをドモンは見下ろした後、ため息をついた。
(届いていてくれ・・・)
 近づいていく回収船を見ながら、ドモンは祈った。