G-Seed_?氏_第十二話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:45:19

「ここは・・・」
 キラは目を覚ました。
 質素な作りだが上等なベッド、清潔なシーツ。窓にはレースがかかり、
夕暮れの光を受け、わずかに赤らんで見える。
「・・・僕は、どうして・・・」
 身体のあちこちが痛み、悲鳴を上げている。
「僕は・・・。カガリを・・・連れ出そうとして・・・」
 立ちふさがったゴッドガンダム。その超絶の強さ。武装を全て破壊され、
両碗を破壊された状態で吊り下げられ、そして・・・
 キラは身震いした。
 武装の無い状態でゴッドガンダムの拳がカメラに大写しになった時の
恐怖と、その後襲ってきた痛みといったら! キラは身震いした。
「起きたか」
 部屋の隅から声がした。短い金髪と金色の瞳。
「カガリ・・・」
 キラの呼びかけには答えず、カガリはベッドに近寄ると冷たい目でキラを
見下ろした。その視線は氷の槍のごとく鋭く、キラは心を刺しつかられたよ
うな気分になった。こんなカガリを見るのは始めてだった。
「・・・怪我は痛むか?」
 気遣いの言葉にキラはホッとした。
「ううん。そんなには・・・」
「そうか。なら、遠慮はいらんな」
 言うなり、カガリは左手でキラを掴みよせ、思い切り殴りつけた。
「ぐっ・・・」
 口の中が切れ、金臭い味が口内に広がる。
「まったく・・・。傷が開いただろうが」
 右手に巻いた包帯をさすりながら、カガリが言った。
「なぜ、あんな馬鹿な真似をした?」
 カガリの声には抑え付けた怒気があった。
「ドモン大使から聞いてはいる。だが、貴様の口からもう一度聞きたい。
言いたいことがあるなら言ってみろ」
 言われるままに、キラは今日、ドモンに言った事をもう一度繰り返す。
 カガリは黙って聞いている。
 だが、どうにも気が散って、言葉に力が入らない。
 あの拳に込められていた思い。
 怒り。やるせなさ。キラに対する苛立ち。変わってくれという願い。
どれも眩しいくらい純粋で、熱くて・・・。
 あの拳に決められた思いが、自分の中の確信にヒビを入れている。だから
自分は揺らいでいる。
 キラはそう思って。

 ――ゾっとした

 自分は迷っていたのではなかったのか? 
 確信って何だ? 一体いつから自分はこんな・・・。
 キラは頭を振った。そして、必死に声を張り上げた。
「ガンダムファイトって言ったって、結局、世界を巻き込んだ戦いじゃないか!
戦いは止めなくちゃならないんだ!」
「キラ・・・」
 始めてカガリが口を開いた。
「国家間の争いを止めるなんて、そもそも私達がどうこうできることじゃないんだよ。
もっと力を持った、例えば大西洋連邦の大統領あたりが考えることだ。もっとも、
大統領だって、色々縛りがあるから出来るか分からん。ましてや、今の未熟
極まりない私達できることなど、何も無い」
「何もできないと思って何もしなかったなら、もっと何もできない」
 キラは激しく反発した。
「前は・・・。前は上手くいったじゃないか!」
「なるほど。また、争っている所に出て行って、闘ってる勢力を全部倒して
戦いを止めてみるか?」
「そ、それは・・・」
「馬鹿野郎!!」
 怒声がキラの鼓膜を震わせた。
「この前は本当に運が良くて、上手くいったように『見えた』だけだ。
そもそも、局地的に戦闘が停止しても、それが原因でプラントと連合が
和平を結ぶと思うか!? そんなわけはないんだよ! 私達が参加した戦闘
がたまたま最後の戦いだっただけで、私達の行動によって戦争が終わった
わけじゃない! ・・・まあ、私達が参戦したおかげで連合とザフト双方の被害が
拡大したという効果ぐらいはあったかもしれんが・・・」
 カガリは自嘲の笑みをもらした。
「か、核ミサイルがプラントに当たるのを止めた! アスランと僕で!」
 キラは必死に反論を試みた。
「ラクスが強奪してなければ、ザフトのパイロットがお前の代わりにやった
んじゃないか? お前より上手くできないかもしれんが、ザフトのパイロット
達の技能は高い。出来る奴が一人くらいはいるだろ」
 言葉を失い沈黙するキラに、カガリは顔を近づけた。その目には底冷えする
ような冷たい輝きが浮かんでいる。
「お前さっき、何もできない、と言ったな? 別に何もする必要はないんだよ。
誰もお前に何かしてくれと頼んでいないんだからな。それに間違っている事
なら、やらないほうが遥かにマシだ。誰にも迷惑かけないからな!」
 カガリはもう一度、今度は右手でキラの胸倉を掴みあげた。
「そしてな、キラ。行動には責任というやつがともなうんだ。好き放題やっても、
誰かが代わりに責任を取ってくれるのは子供のうちだけだ。お前は、今、自分が
どれほどの温情と超法規的扱いによって、こうしていられるか分かってるのか!?
ユウナが動いてくれなかったら、お前は・・・。お前は今頃、重犯罪にとして
逮捕されているんだぞ! お前は、自分の不始末を自分でつけられず、人に
ケツを拭いてもらっているんだ!」
 キラは、呆然とカガリを見つめた。
 全てがガラガラと崩れていく。そんな気がした。
「僕は・・・間違ったんだろうか?」
「ああ! 間違いも間違い、大間違いだ!」
 カガリは、キラを殴りつけようとして、手を下ろし、
「私達は・・・二年前から・・・ずっと間違っていたんだ。お父様も」
 小さな声で言った。
「だけど僕は、人類の夢だって・・・」
「キィィィラァァァ!!」
 カガリは絶叫し、今度はまったく手加減せずにキラを殴り飛ばした。
キラはベッドから転げ落ち、力の無い瞳でカガリを見上げた。
「まだ分からないのか! お前は二つか三つの分野において能力が高い
のタダの人間なんだ。全てができるわけじゃない! 限界ってものがあるんだ!
限界がある以上、全ての判断を正しく行えるはずがないんだよ!」

 ――その通りだ
 
 唐突にそう思った。
 その瞬間、ドモンの作った亀裂にカガリの言葉が雪崩込んだ。
(そうだ、僕達は間違っていた・・・)
 本当にたまたま、色んな要素が絡んで、あのた戦いの後、戦争が終わって
ゴタゴタの中で、責任を問われなくなっただけで。
 
 ――知っていた。
 
 でも、間違っていたなんて認めたくなかった。
 だから、ラウ・ル・クルーゼの言葉にすがった。この世で一番憎いと思った、
フレイを殺したあの男の言葉に。
 自分は究極のコーディネーターだから間違っていない。間違っているのは
世界の方だと思い込みたかった。
 そして、自分が正しいと思い込み続けるには、また同じ方法で上手くやって
みせなければならない、だからカガリを連れて行こうとした。
 どうして?

 ――間違った行動で人を殺したなんて思いたくなかったから

 キラの両眼から涙が溢れ出した。大粒の涙はとめどなく流れ出して
止まらない。
 
 ――撃った。
 
 フリーダムで。

 ――殺した

 何機も何機も何機も撃墜した。
 武装しか、カメラしか撃っていない、なんてことは言い訳にならない。
 武装を奪われて攻撃されることの恐怖は、今日、骨身に染みるほど分かった。
 あれが自分のやってきたこと。
 考えたくない。直視したくない。
 自分の行動が正しくて、自分達の行動によって戦争が終わったんじゃないのなら

 ――フレイはの死は

 守りたかった人を守れなかったことの意味って何だ?
 何のために自分は人を殺した?
 嫌だ。辛いのも悲しいのも、もう嫌だ。
「逃げるな、キラ。向き合う事は辛い。間違いを間違いだと認めることは辛い
苦しくて、辛い。本当に・・・辛い」
 苦渋に満ちたカガリの声が、掠れて小さくなる。
 キラは涙に滲んだ目でカガリを見上げた。 カガリの金色の瞳にも涙が浮かんでいる。カガリは拳で涙を拭った。
「だが・・・。だがそれが、今の私たちの戦いだ!!」
 カガリがキラの手を取った。
「闘おう、キラ。一緒に・・・闘おう」
「・・・・・・うん」
 キラはカガリの手を握り返すと、泣きながら何度も何度も頷いた。
 そしてまた、子供のように泣いた。

 嵐のような激情が過ぎ去り、
「少しは、落ち着いたか?」
「あ・・・うん」
 真っ赤になった目をキラはこすった。
「本当に、泣き虫だな。お前」
「ごめん・・・」
「けど、そのくらいの方がいい。やたら悟りきったような表情よりは、お前
らしくていいぞ」
 カガリが微笑み、キラも小さく笑った。
「とにかく、ユウナには礼を言っておけよ。できるだけ早くな」
「その必要はないよ」
 キラとカガリは驚いて戸口の方を見た。
「ユウナ! お前、何でここに?」
「悪いけどずっといたよ。流石にカガリに全面的に任せるには、キラ君
のやったことはあまりにも重罪過ぎる。反省してないようなら、容赦しない
つもりだったんだけどね」
 ユウナは二つのディスクを放った。
「言葉はタダだから好きじゃないんだ、僕。そのディスクのデーターの分析
よろしく。明後日厳守ね。それと、今日、モルゲンレーテで、モビルトレース
システムと精神フィードバックシステムの解析チームのミーティングがあるから、
顔出すように。いいね?」
「分かりました。ユウナさん。本当に・・・」
「礼を言うより態度で示す!」
「はい!」
 歩き出すキラに、
「そうそう。ドモン大使、今日、この国を立つらしいよ? 何でも、お弟子
さんとの合流場所が変わったんだってさ」
 キラの足が止まった。
「僕ちょっと渡し忘れたものがあったんだけど、代わりに・・・」
「行きます! 行かせてください!」
「はい、これ」
 時間が惜しいとばかりに窓から飛び降り、走っていくキラ。
 その後ろ姿を見ながら、
「大分、ドモン大使の鉄拳は効いたらしいねえ。随分素直になったんじゃない、彼」
「まあな。お前にも限界がある、お前は神じゃない、と私達が言ってもなかなか
届かなかっただろう。実際あいつは強い、そして能力も高い。なかなか、あいつに
あそこまで徹底的に思い知らせてやれる人間はいない」
 ふと思いついて、カガリはユウナを繁々と見た。
「何だい? そんなに見つめられると照れるなあ」
「お前・・・。ここまで計算してたのか?」
「冗談じゃない。君の弟がアレに乗ったら、止められる人間がドモン大使く
らいしかいなかったってだけだよ、ホント」
「そうか。ま、そういうことにしておくか」
 カガリはキラの走っていった方角を見やった。
 夕陽がそろそろ沈まんとしていた。

「まだか・・・?」
 ドモンは目をこらした。使いを送ったと連絡があってから、そこそこ時間
が立っている。
 その時、一人の少年が角から姿を現した。息を切らしながら走ってくる。
「大使――っ!」
「慌てなくていい! ゆっくり来い!」
 ほどなく、ドモンの前に少年はたどり着き、
「ユウナ様から預かってまいりました!」
 ドモンは、少年の顔を直視した。
(何があったか知らんが、いい目をするようになった)
 そう思いつつ、ドモンは顔を引き締めると、
「お前が、今そうしていられるのは、代表とユウナどのの骨折りだ。
肝に命じておけ!」
「はい!」
 素直さとまっすぐさを感じる心地よい返事が返ってきた。
 ドモンは口の端に微笑を上らせると、ゴッドガンダムに向かおうとした。
「あの!」
「何だ?」
「時間がおありでしたら、今ここで・・・。僕と戦ってください!」
 予想だにしない少年の言葉に、ドモンは目を丸くした。
 言ったキラ自身も驚いていた。
 礼がいいたくて。
 だけど、それだけじゃなく、もっと伝えたい事があって・・・。気がつい
たら口が動いていた。
「・・・よかろう!」
 ドモンがマントを脱ぎ捨て、構えを取る。
 それだけで、すさまじい圧力がキラに圧し掛かってくる。
(逃げちゃダメだ・・・。ちゃんと、伝えるんだ!)
 目の前の人が、自分に伝えてくれたように。
「う、うおおおおあああぁぁ!!」
 圧力に抗するためにキラは、絶叫を上げた。
 地を蹴り、ドモンに向かって突進。形も何も無い。思い切り振りかぶって、
思いを込めて、力いっぱい拳を叩き込む。それだけだ。
 それしかできない!
 目をつぶって、キラは拳をくりだした。
「うっ!」
 拳に衝撃。
 巨岩を殴ったような感触。
(当たった・・・?)
 ドモンの唇が動いた。
「・・・名前を、教えてくれるか?」
「えっ?」
「ファイターは互いに名乗りあうもの。俺は、今自分の目の前にいるファイター
の名前が知りたい」
 胸が詰まった。
 ドモンの暖かさに満ちた声が、言葉が、ドモンの胸の全てを雄弁に語っていた。
「キラです。キラ・ヤマト!」
 涙が出そうになるのをこらえ、キラは叫んだ。ここは男なら泣く場面じゃない!
自然とそう思った。
「俺は、ドモン。ドモン・カッシュだ!」
 ドモンが大きく飛び下がり、距離を取った。
「今、俺たちはMFに乗っていない。だが、ファイターとは本来、自分の身体一つ。
拳一つで闘うもの! よってファイターとファイターが向かいあっていれば、
それはガンダム・ファイト!!」
「は、はい!!」
「うむ。では、ゆくぞ! ガンダムファイトォォォォォォ!!」
「えっ・・・あ・・・」
 ガンダムファイトの流儀を知らないキラは硬直してしまう。
 ドモンも気づいたらしく、苦笑して頭をかいた。そして、キラの方から言
えとうながしてくる。
 キラは頷くと、大きく息を吸い込んだ。
「ガンダムファイトォォォォォォッ!!」
 ドモンが笑った。
「レディィィィィィ――――――ッ!!」
 ドモンの気が爆発的に膨らんだ。
 ドモンが構えを取る。吸い込まれるように、キラも構えを取った。
 キラの身体がドモンの闘気に反応して焼けるように熱くなり、力が湧き上がり、
血が猛り出す。

「GO!!!」

 二つの身体が交錯した。

*         *

 夜。
「キラ。遅かったな」
 ドアが開く音に、PCから顔を上げ、カガリは振り返った。
 今日から当面の間、キラは、孤児院ではなくカガリの邸宅で暮らす事になった。
当分、マリューやバルトフェルドと距離を置いたほうがいいと考えた、カガリの
提案であった。
 自分達はもっと外の人間とかかわるべきなのだ。居心地のよい、昔の仲間
とばかり一緒にいるのではなく・・・
「ただいま」
「おかえ・・・・。なんだその顔は!?」
 カガリが頓狂な声を上げるのも無理はなかった。
 キラの左半分の頬が倍以上に腫れ上がっている。
「うん? 大使とちょっとね」
「お、お前、大使にケンカでも売ったのか!?」
「違うよ」
 心外だ、という風にキラは言った。
「ファイトだよ。カガリ」
「・・・無謀なことするなあ、お前」
 呆れて額に手を当てるカガリに、キラは微笑もうとして、頬に走った痛みに
顔をしかめた。
 だが、心地のいい痛みだった。
「ねえ、カガリ」
「何だ?」
「大使は・・・。ドモンさんは、強いよね」
「ああ、強いな。誰よりも強い」
「確か、ガンダムファイトの優勝者はドモンさんと闘えるんだよね?」
 カガリはガンダムファイト条約の条項に関するデータを検索した。
「ええと・・・。ああ、確かにそうだ。まだ決定ではないが、優勝チームの
チームメイト同士で闘って最後の一人になれば、ガンダム・ザ・ガンダムの
称号をかけて闘うことができる、とある。まさか、キラ。お前・・・」
「カガリ。僕は・・・」
 
 ドモンは山だ。
 雄大で高く聳え立つ山。
 目指す山の頂上は見えず、自分は麓にもたどり着いていない。
 だけど。
 だからこそ――
   
 「僕はあの人に、勝ちたい」