G-Seed_?氏_第十五話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:46:04

「これが・・・海。すごい・・・」
 ルナマリアが海を見て歓声を上げた。
 ディオキア。
 煙るような緑の山を背に、白い家並みが広がり、その中から美しい尖塔が
明るく晴れ渡った空を刺す美しい街だ。
 そして目の前に広がる海。
 どこまでも広がる海原は、空との境界線がわからなくなるほど青く、鼻に
つく潮の香りも何だか心を躍らせる。
 ルナマリアほど表には出さないが、レイもはじめての光景をじっと見つめ
ている。弟子達の素直な反応にドモンは目を細めた。
 その時、
「早く行こうぜ。観光に来たわけじゃないんだからさ!」
 無粋といえば無粋だが、オーブ育ちのシンにとっては、海というのは見慣
れた対称であるようであった。
(いや、今回ばかりは修行ではなく観光なのだ、シン)
 臨界行に耐え切り、見事勝利を収めた弟子達を休ませてやろうと思って
ここに連れて来たのだが・・・
「分かってるわよ! そんなこと」
「失礼しました。ドモン師父。つい浮かれてしまいまして」
 修行に来たと思い込んでいる弟子達を見て、ドモンはふと悪戯心を起こした。
「うむ。ここに来た目的は、東方不敗の奥義を伝授するためだ」
「奥義、ですか!?」
 『奥義』の響きにシンが目を輝かせた。レイとルナマリアも真剣な顔で
ドモンを見つめてくる。
「伝授するのは奥義『海王烈走』だ」
「海王烈走・・・」
「いたって単純な奥義でな。右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右
足を出して、海上を走破するというものだ」
 重々しく言いながら、ドモンは弟子達から視線をそらし、海を見つめた。
「単純ではあるが、奥は深い。だが、お前たちなら極められる」
 言い終わった後、ドモンは10秒ほど間を置いた。
 そして、
「というのは冗談――」
 言いかけて、ドモンは既に弟子達の姿がないことに気づいた。
(どこへ行った?)
 慌ててドモンは目をさ迷わせる。そして、ドモンが見たものは・・・
「うおぉぉぉ!」
 既に上半身裸で短パンとなり、海に向かって突っ走っているシンと、
シンと同じ格好で準備運動をしているレイ、着替える場所を探してきょろ
きょろと辺りを見回しながら歩くルナマリアの姿であった。

「紛らわしい事言わないでくださいよ、お師匠様」
 歩きながらルナマリアが口を尖らせた。
「すまん。しかしお前達、常識というものを考えれば分かるだろう? 海の
上をそんな方法で走れるわけがない」

 ――素手でジンをぶっ飛ばす人間に常識と言われても

 三人の弟子はそろって半眼になった。
「だが、別のやり方ならできないこともないが・・・」
 果たしてこの師の発言は、冗談なのかマジなのかと三人が真剣に悩んでいると
ると、
「着いたぞ」
 三人が目を向けると、そこには豪華としか形容しがたいホテルがあった。
「・・・ここでどんな修行するんですか? 師匠。壁登りとかですか?」
「違うというのに」
 ドモンはため息をついた。
「今日と明日を休みとする。ここでゆっくり羽を伸ばせ」
 歓声が上がるかと思いきや、まだ半信半疑という顔をしている弟子達を見て、
ドモンは最早苦笑するしかなかった。
 
 *         *

 身体に吹き付ける風と疾走感に浸りながら、シンはバイクを
を飛ばしていた。
(それ! はんぐおんだ! な~んて!)
 死ぬほど寒い一人ボケツッコミを心の中でやってしまうほど、久々に
バイクに乗れるのが嬉しくて、シンはご機嫌だった。
 休み。
(いい響きだな・・・)
 夕食までは各自自由行動にしようということで、レイやルナマリアとはホテル
で分かれ、こんなに景色のいい場所で乗らない手はないと思ったのでレンタルの
バイクを借り、今に至るというわけである。
 バイクのエンジンの響きが心地よい。シンは久々の開放感に浸った。
 やがて、波の打ち寄せる崖の突端にたどり着き、シンはバイクを止めた。奇岩の
連なる眺めのいい場所である。シンはゆっくりと崖の先端へと歩を進めた。
 海風がシンの髪の間を吹き抜けていく。波の音と海鳥の声以外は何も聞こ
えない。一人世界に取り残されたような感覚。
 目を閉じると、自然と内なる流れを感じる。大分自由に周天を行えるように
なった。この気を操るという行為は、すべての基本だというが・・・
「いけね」
 シンは頭を振った。今日は修行を忘れようと思っていたというのに。
 遠くから歌声が聞こえた気がして、シンは耳をすます。
「彼女・・・かな?」
 向こうの砂浜で一人の少女が波と戯れているのが見えた。
 いいな、とシンは素直に思う。こういう平和な世界がずっと続くという
のは素晴らしいことだ。

 その時。

 ――唐突に

 何の前触れもなく

 ――足元が崩れた

「おっ・・・おおおおわぁあああああぁあ!?」
 空中では何もどうすることもできず、シンは海へと落下していく。
一泊置いて全身に思い切りバットで殴られたような衝撃が来た。
(ってぇ!!!)
 下が岩場でなかったのは運がいい。しかし、
(や、ヤバイ・・・)
 海に落ちた時は、服をぬいではいけない。脱ごうとすると服が絡まること
が多いからだ。だが、水に叩きつけられたときに、上に羽織っていた上着が
もろに腕にからまっている。
 必死ではずそうと思うが、濡れた服は容易にぬげない。さらに、
(ぐっ!)
 足までつった。右足! 激痛が走る。こうなったらもう治るまで浮かんで
いるしかない。だが、身体が・・・沈む。
 恐怖がシンを貫いた。
(嘘だろ? こんな・・・ところで)

 ――嫌だ!!

 必死でシンは手を動かした、皮膚が海面に出た感覚。
「はぁぁヴぇ!」
 海水が波打ち、もろに喉に海水が流入。
 逆に酸素を吐き出してしまい、気が遠くなる。心臓が氷の手で掴まれた
ような感覚が襲い、息がつまり脳が焼けるように・・・

 ――やにわに

 顔を海面に引きずり上げられた。

 海上に顔が引き上げられ、シンは大慌てで息をし、咳き込んだ。
「・・・動くな」
 耳元で囁かれた言葉は冷たく透き通っていて無機質だったが、それがシン
を逆に落ち着かせた。そのままシンは髪を掴まれどこかへ引きずられていく。
(誰だ?)
 目を開けたいが、海水に濡れている状態では目が開けられない。足が何か
にぶつかった。
「・・・立て」
 また耳元で聞こえた。シンは立ち上がると同時に手が離れ、水音が遠ざか
っていく。その音を頼りに歩きながら、シンは意を決して目を開けた。
「って!」
 案の定海水が目を激しく刺激し、シンは目をしばたたかせて涙を搾り出した。
ぼやけた視界に映ったのは、金色の髪と
「は、はだ・・・か?」
 シンの声に反応し、ゴーグルをはずして少女が振り返った。濡れた金色の
髪が、日の光できらめいている。瞳は深いすみれ色。そしてしなやかな裸体
 幻想的ともいえるその光景に、シンは思わず立ち尽くした。