G-Seed_?氏_第十四話(後編)

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:45:55

 訓練場の片隅に身を寄せながら、
「俺の気のせいかもしれないけど、俺らってなんか、嫌われてない?」
 四方八方から浴びせられる敵意のこもった視線を感じ、シンは小声で聞いた。
「気のせいじゃないわよ。ま、仕方ないけどね。私達、選発戦出てないのに
選ばれたわけだし」
「だが、不正を行ったわけではなし。堂々としていればいい」
 ルナマリアとレイは、あっさりと言い放った。それはそうだとシンも思う
のだが、
「そういえばさ・・・」
 何で議長って俺達を特別枠で入れたんだろ? と続けようとして――
シンは自分の目付きが変わるのを感じた。

 ――すげえMSだなあ、ゴッドガンダムってのは

 ――けど、宝の持ち腐れだぜ。乗ってるのがナチュラルじゃよ

「おい! 今、宝を持ち腐れって言った奴、誰だ?」
 シンの怒声に訓練場いる全員の視線がシンに集中した。
 火を吹く様な怒気を瞳に宿し、シンは訓練場の一人一人を睨みつける。
 すると一人の巨漢が嫌な笑いを浮かべながら
「俺だ。何か文句――」
 巨漢の言葉は中断させられた。
 瞬間移動したかと思うほどの速度で一気に間合いを詰めたシンの拳が、
驚愕の表情を浮かべる男の腹に叩き込まれようとした刹那、
「やめなさい!」
「やめろ! シン」
 同じく瞬間移動したかのような速度で追いついてきた、ルナマリアと
レイがシンを抑え付けた。
「放せ! 放せって!!」
「駄目よ。私闘は懲罰の対象。そんなことも忘れた?」
「そうだ。それにこんな人の能力を評価する能力に著しく欠ける男など、
お前が殴るに値しない」
「だけど!」
 その時、
「何をしている!?」
 血相を変えたラドルと、ドモンが訓練場に姿を現した。
「いえ、俺は何も。代表候補どのが、急に興奮し始めまして。なあ?」
 周りに同意を求める男に、
「ふざけるなあ!!」
 ますますシンは怒り狂った。
「静まれ。見苦しいぞ。シン!」
「で、でも・・・」
 ドモンはため息をついた。
「シン。お前は弱い犬になるつもりか?」
「え?」
「弱い奴ほど大勢の前で虚勢を張りたがる。そういうものだ」
 巨漢の顔色がさっと変わった。
 それを完全無欠に黙殺し、
「ラドル司令。始めないか? そろそろ」
「そ、そうですな」
 ラドルは汗を拭きながらドモンに同意した。
「どのような形式で?」
「そうだな・・・。勝ち抜き戦がいい」
「では、三人。選ばせましょう」
「その必要は無い。そちらは全員出してくれ」
 ドモンは余裕の表情でそう要求した。

 *         *

 息を軽く吐き、軽く跳躍。虚空を軽く突く。
 ルナマリアは、自分が緊張している事に気づいていた。
 相手に目をやる。当然相手は男。鍛えこまれた身体、太い腕
厚い胸板。太い足・・・。やはり女の自分とは比べ物にならない
体格である。
(どれくらい強くなってるかな? 私)
 ここで無様な試合をすれば、一気に批判が噴出すのは分かっている。レイ
の言うとおり、不正をして選ばれたわけでなし、何も負い目に思う必要はない
のだが・・・。やはりそれを考えると重い気分になる。
「ルナマリア」
「はい、お師匠様」
 ルナマリアは全身を耳にして師の言葉を待った
「打ち込めるからといって、全部打ちこむな。以上だ」
「はっ・・・。はあ」
 ドモンは口の端に笑みを浮かべ、ルナマリアの両肩をポンと叩いた。
「始まれば分かる」

「始め!」
 開始の合図と共にルナマリアは一歩前へ出た。
(あっ・・・)
 自然と身体が構えを取り、緊張が霧散し意識が相手に集中していく。身体が
自動的に戦闘態勢を取ったような感覚。周囲から音が消えた。
 敵が動く。

 ――おそい

 敵が左のジャブを出してくる。丸見えだ。
 牽制の一発を軽くスウェーそしてかわし、顔を狙ったもう一発が放たれる
と同時に踏み込む。
 ルナマリアのカウンターの左回し打ちが相手のコメカミに炸裂。手ごたえ
十分。身体が動き続ける。右アッパーで相手の顎をカチ上げ、もう一度左回
し打ち。

 ――音が戻った

 驚きの声が聞こえる。目の前に完全に失神した相手が横たわっていた。
 ルナマリアは思わず、しげしげと自分の拳を見た。その顔に徐々に喜色の
色が浮かび始める。
 満面の笑顔で振り返るルナマリアに、親指を立てて答えてやりながら。
「全部打ち込むなと言っただろうに」
 苦笑と笑みを等分にしたような顔でドモンは呟いた。

 訓練場の喧騒は静まりつつあった。
 代表候補達のすさまじい強さに驚愕していることもさることながら、それ
よりも大きな理由は、その場にいる人間が片端から医務室へ搬送されていく
ために、減少していくから、という恐るべきものであった。
 始めのルナマリアという少女のときはまだ良かった。
 快進撃を続けていたその少女が途中で、
「ルナマリア、シンとレイにもやらせたい。全員やるな」
 という無礼極まりない――しかし、その言葉に反論できる人間は既に誰も
いなかった――ドモンの言葉と共にレイ・ザ・バレに交代。
 この少年も恐ろしい強さで、的確な一撃で相手を次々と葬り去っていった
が、この少年は決して無駄な加撃を撃たず、相手が倒れるダメージだけを淡
々と与えていくだけだったので、まだ被害は少なかった。
 もっとも、診断でもするように相手のダメージを冷酷に図る様は、ジブラ
ルダル基地のザフト兵たちの心胆を寒からしめるのに十分であったが・・・。
 しかし、悲劇はその後やってきた。
「はあぁっ!」
 このシン・アスカ。
 全身から荒々しさと猛々しさを発散したこの少年の一撃は、とてつもない
威力だった。少年の拳は、兵士達の強靭な腹筋を貫いてアバラをぶち折り、
ガードしても痺れと共に腕に拳の後が残した。蹴りは生半可な防御を試みた
腕をへし折り、当たれば相手を吹き飛ばして必ず意識を刈り取った。
 そのシン・アスカがニヤリと獰猛な笑みを浮かべた瞬間、会場の人間は
怖気をふるった。
 シン・アスカという怒れる狼の前に進み出ようとしている哀れな子羊は、
試合の前にドモンを罵倒したのをシンに咎められた巨漢であった。
「あ・・・その、何だ。悪かった・・・」
 開始の合図がかかる前に、巨漢から詫びの言葉を発っせられた。満座の前
で謝るというのは彼にとって本意ではなかっただろうが、目の前の存在に対
する恐怖がプライドを上回った結果であったろう。
「俺に言っても仕方ないでしょう。ちゃんと師匠に謝ってくださいよ!」
「分かった・・・。でも俺はただ、お前らぐらい優秀な人間ならナチュラル
に指導を受けるより、ちゃんとプラント本国で指導を受け方がいいと思って・・・」
 多分に媚びを含んだ言葉が、シンの感情を再び急速沸騰させた。
「だから! ナチュラルだからとかコーディネーターだからとかって、そん
なの関係ないだろ! 遺伝子がどうとかってそんなの、諦めた奴が言い訳の
ために使う言葉だ!!」

(シンめ、言う・・・)
 どこまでも真っ直ぐで、前しか見ていないヤツだ。
(チボデーと気が合いそうだ)
 ドモンは元の世界にいた、拳友を思った。
 おそらく彼、いやシャッフルの仲間達も自分がいなくなったことを知るまい。
ガンダムファイターの力とは国家の力。それがいきなり消失したなどと、正直に
公表する国があろうか?
 彼等が自分がいなくなったことを知るのは先のことであるだろう。
 もっとも

 ――知ってもどうにもならないだろうがな・・・

 ドモンは頭をふって、あまり生産的でない思考を追い払った。このことを
考え出すと流石のドモンも暗い気持ちになるのだった。

「大使・・・」
 隣にやってきたラドルにドモンは軽く頭を下げた。
「突然にもかかわらず、協力してくれた事に感謝する」
「いえ、大使。候補達の強化は本来、プラントの仕事でありますから」
「そうか」
「しかし・・・。正直驚きました。どんな魔法を使われたのですか?」
 冗談めかしてはいたが、司令の言葉には間違いなく本音が含有している。
 ドモンは苦笑した。
「別に、特別なことはしちゃいない。大抵の修行はこの基地でもやっている
んじゃないか? ただ単にその量が少しばかり多かっただけさ」
「なるほど・・・。やはり何事にも王道なし、ということですな」
 とはいえ、

 ――あれを『少し』と言っていいものかどうか
 
 この基地に来たときのゾンビの如き三人を司令は思い出し、ラドルは頭を
捻った。
「・・・何にしても、彼等三人はあの若さにして、あの強さ。つくづく頼もしい。
いえ、正直末恐ろしい気すらしますよ」
 ラドルの賛辞に、
「そんなに褒めないでくれないか、司令。これで戦いを甘く見るようになったら
本人達のためにならん。奴等の器量が問われるのはこれからだ」
 厳格な師らしく謹厳な面持ちでドモンは言ったつもりだったが、ラドルの
表情を見るに、成功したとはいえないようだった。無理をしなくてもいいのに、
と彼の表情は雄弁に物語っていた。

 シンの咆哮はレイの耳にも届いていた。
 レイは、こういうシンの真っ直ぐさとその火のような情熱さが好きだった。
 だが、
(シン。お前の言う事は正しい。だが、お前が仮に――)
 何故かこの時だけは、形容しがたい未整理の思いが己の胸の中に浮遊す
るのを、レイは感じていた。

 
 ともかく、こうして三人は見事、プラント代表候補の地位を射止めるのに
ふさわしい実力を有している事を証明したのであった。