GUNDAM EXSEED_B_45

Last-modified: 2015-09-05 (土) 21:28:45

アメノミハシラもとい現在の国名はアマツクニから帰還してから、時間はノンビリと過ぎ去り、クランマイヤー王国の季節も秋が深まっていた。
「紅葉狩りという文化があるというのを以前にハルドに聞いたが、どういう行事なんだろうな?」
アッシュは執務室で相変わらず、仕事に追われていたが、効率化の手段を覚えたことで、仕事の片付きは早くなり、だいぶ余裕が生まれていた。
アッシュから紅葉狩りの話しを聞かされてもユイ・カトーはどうでもいいといった感じで、書類に目を通していた。
「さぁ、分かりませんね。でも隊長は教養のある人間ですからね。紅葉でも見ながら、詩の一文でも詠うんじゃないですかね」
ユイ・カトーは適当に言ってみたが、実際にハルドは教養のある人物で、芸術作品の価値も理解しているし、本人も芸術をたしなむような人間だ。絵を描くのも楽器を弾くのもそつなくこなす。
そのことから、ユイ・カトーは教養と人間性は一致しないものなのだなと常々思っている。あんな粗暴な人間が美しい絵を描けたり楽器から綺麗な音色を響かせるのは、世の神秘だと思っていた。
「……わりと良い感じですね。流石は農業国家って感じです。農作物は上々の収穫で、輸出用のMSも良い具合に生産ラインが動いてます。私の方は何も言うことはないです」
そう言うとユイ・カトーは書類から顔をあげてアッシュを見る。
「では、まぁそれで通しておいてくれ。あと横領はするなよ」
念を押したが無駄だと思った。どうせ、この女は金の亡者。どこからでも金を引っ張ってきて自分の懐に入れるだろうとアッシュは思ったので若干諦めている。
「しませんよ、横領なんて」
しれっとした顔で言いのけ、ユイ・カトーはアッシュの執務室から退室していった。
たいした面の皮だと思い、アッシュは椅子に座りゆったりとする。まだ昼を少し過ぎたばかりだった。しかし今日の仕事はないし、明日の仕事は明日になってみなければ分からないのですることはない。
アッシュは椅子に座ったまま、ノンビリと外の景色を眺めていた。木々の葉は赤や黄色に色づき秋の美しさを見せている。
本当に平和だと思う。ハルドにレビーとマクバレルのコンビがいないだけでも静かになるのかとアッシュは思った。トラブルを起こしそうなストームも秋はナーバスになる季節らしく、酒も飲まずに大人しくしており、イオニスは、ひたすら農作業をしていて害はない。
ノンビリだな。つくづくそう思い、アッシュは椅子に座ったままウトウトとしかけた。その瞬間だった。アッシュの部屋が激しく揺れたのは。
アッシュは、その衝撃で頭の回路を一瞬で切り替える。摂政から兵士のそれにだ。
「クリス。敵襲か?」
アッシュは努めて冷静にクリスに連絡を取る。クリスにはクランマイヤー王国の防衛司令本部の設置と、その管理を任せていた。
「はい、敵襲です。敵はクライン公国と断定。長距離からの砲撃です。距離が遠すぎるため、敵の全容は把握はまだできません」
「被害は?」
「現状、ありません」
そうかとアッシュは考え、クリスに命令する。

 
 

「コロニー住民にはいつもの訓練通りに非難するよう、君からコロニー全体に緊急放送。第一次避難場所に住民を集めろ。MS隊は出撃準備。シルヴァーナとレディ・ルージュ号も火力支援のために出撃準備をさせろ」
アッシュは急ぎ、準備を整え、クランマイヤー王家邸の執務室から出ると。バーリ大臣にばったりと出会った。
「攻めてきましたか?」
「ええ、いつかは来ると思っていたことがやってきました」
アッシュはバーリ大臣の質問に答えるとバーリ大臣にも指示を出す。
「大臣はメイ・リーと一緒に姫様を迎えに、時間帯的に姫様は学校でしょう。学校は第一次避難ばしょですから、合流して一緒にいてあげてください。では失礼します」
アッシュはバーリ大臣にそれだけ言うと、クランマイヤー王家邸から素早く出ていった。王家邸から出ると同時に、人魚と海の男亭からは完全装備といった体のアイリーン・ジャクソンとそれに続いてベケットが現れた。ビストロ・マイケルズはアランが軍服姿で店から現れた。
「アイリーンはレディ・ルージュ号の出港準備だ。ベケットも迎撃のMS隊に加わってもらう。マイケルズ中佐は防衛司令部でクリスと一緒に待機を」
アッシュは各員に指示を出すと自らは前線指揮官の任務を行うために、アイリーンやベケットと共に工業コロニーへと向かう。
アッシュはコロニーの構造上のまずさがあると思った。メインコロニーから工業コロニーへ行くだけでも手間取る。兵士の緊急招集には時間がかかりそうで嫌な予感がしたのだった。
そう思った直後だった。工業コロニーへと向かうリニアトレインが緊急停止した。リニアトレイン内ではリニアトレインの線路が破損し、工業コロニーへ向かうルートが寸断されたとの放送が流れていた。
「やられた!」
アッシュは嫌な予感が的中し、思わず叫んだ。

 

クランマイヤー王国から離れた位置。まだクランマイヤー王国のコロニーが肉眼では掌に収まる距離だった。
クライン公国の戦艦の中で、ロウマは掌サイズに見えるクランマイヤー王国のコロニーを掌で潰して遊んでいた。
「着弾は?」
ロウマは気負いのない声で尋ねる。答えたのはガルム機兵隊のジョットだった。今は特別に戦艦の砲撃手をしていたというか、ロウマがさせていた。
「言われた通りの場所に当てたっす。けどコロニー自体にはダメージはないっす」
「いいよ、それで。とりあえず、同じように残りの三つも破壊して」
とりあえず、これで初動はこちらが勝つかなとロウマは考えた。クランマイヤー王国は四つのコロニーが円形に配置され、リニアトレインという交通手段でつながっている。
とりあえず交通手段を破壊すれば、クランマイヤー王国の部隊の集合は遅れるだろうと思いついてやってみたが、効果はどうだろうかとボンヤリと考えるのだった。

 

ロウマの指示で行われた攻撃は想像以上のダメージをクランマイヤー王国に与えていた。
「おい、どうすんだいアッシュ。アタシら閉じ込められちまったぞ!」
アイリーンが叫ぶ。アッシュはやめてくれと思ったこちらも考えているのだからと。アッシュが僅かに考える時間が欲しいと思っていた時だった。ベケットがどこからかノーマルスーツを二着持ってきていた。
「多分、リニアトレインの作業員用の予備だと思いますよ。俺はこんなかでは格下なので摂政閣下と姐さんでどうぞ」
どうぞって……アッシュは取り残される危険も考えた。リニアトレインの酸素供給も停止しているかもしれないというのに。
「ま、行ってください。俺は救助を待つんで。なるべく早く行ってくれるとありがたいですね」
ベケットは軽い調子で言うと、アッシュとアイリーンを送り出したのだった。

 
 

「くそ、冗談じゃないよ、リニアの駅と駅の間がどれくらいあるのか知ってるのかい!」
アッシュはアイリーンのボヤキを聞き流しながら、寸断されたリニアの線路と線路を飛び移って移動する。
しかし、本当に冗談ではない。まさかマラソンをするはめになってしまうとは思わなかったが、アッシュたちは何とか工業コロニーへと到着したのだった。
とにかく車か何かが必要だ、脚で走って、ここから宇宙港までは時間がかかりすぎると思った直後だった。
工業コロニーに大穴が空いて、大規模な空気漏れが生じた。アッシュは咄嗟に物に掴まって何を逃れたが、アイリーンはそれができず、大穴に吸い込まれ宇宙へ放り出されてしまった。

 

「着弾を確認っす。でもすぐに塞がるっす」
ガルム機兵隊のジョットはロウマに艦砲射撃が直撃したのを報告した。ロウマは頬杖をつきながら、
「いいね」
と言った後にジョットに質問した。
「狙うのに手間取ってたようだけど。理由は?」
「デブリが多すぎるんす。あのコロニーの周り。なんかの装甲の残骸みたいな奴っす」
ロウマは少し考えて答えをだした。
「たぶんバリケード。デブリじゃなくて自分らで設置した奴だ。……ジョット君がいなくなると、この距離での艦砲射撃の命中率は?」
ジョットは躊躇いもなく言った。
「ゼロです」
ロウマはそう言われ、若干考える仕草を見せたが、結局はジョットに下がっていいと指示を出したのだった。
「ジョット君頼りも悪くないけど。効率が悪いね。近接戦闘をしようか」

 

本当に冗談じゃないぞとアッシュは思った。出撃の準備の段階で仲間が二人死にかけている。アッシュは工業コロニーに空いた大穴が固着剤で自動で塞がるのを確認すると、急いで工業コロニーの宇宙港へ向かった。
アッシュが宇宙港に辿り着いた時、宇宙港に戦闘員はわずかしかいなかった。くそ、面倒な。
アッシュは僅かな戦闘員に指示を出す。
「各員は、各コロニーに取り残されている、戦闘員の回収に迎え。僕も回収に出るぞ」
アッシュはとにかくアイリーンとベケットの回収を急がなければと思いキャリヴァーで出撃したのだった。しかし、出撃した直後にキャリヴァーに向けて何かが飛来し、キャリヴァーの右肩を完全に粉砕する。
「この距離で、艦砲射撃じゃない敵襲!?」
しかし、敵の姿は見えない。アッシュは恐らくスナイパーだろうと思った。それも恐ろしく腕の立つ奴だ。
「相手は自分をスナイパーだと認識したはずっす。でも現状自分は砲撃手っす」
ジョットは超高性能望遠カメラで出撃してきた機体を狙ったのだった。ジョットのゼクゥドは異様な姿で戦艦の甲板上に立っていた。右半身を完全に巨大な砲と連結させたという姿だった。
「知ってるっす。アッシュ・クライン摂政の機体っす。撃墜すれば勝ちが見えるっす」
ジョットはコックピットの中でニヤニヤと笑みを浮かべながら狙いを定める。対してアッシュはキャリヴァーをコロニーの陰に隠れるように移動させた。
現状、スナイパーの対処は不可能だとアッシュは理解していた。まず、するべきことはベケットとアイリーンの救出だということに。アッシュはネックスのメインカメラでアイリーンの姿を探そうと辺りを見回すと、その姿は容易に見つけることができた。
アイリーン自身がライトで信号を出していたことも、発見の容易さに繋がっていた。しかし、そのライトの信号を捉えていたのはアッシュだけではなかった。

 
 

「いいっす。良く見えるっす」
ジョットはそう言って、砲弾を変更、拡散弾にすることにした。少し汚いがアッシュ・クライン摂政には頑張ってもらおうと思ったのだった。
ジョットは少し待つ、超望遠カメラでキャリヴァーの位置を確認し、キャリヴァーがアイリーンを回収しようとした瞬間、ジョットはトリガーを引いた。
発射された砲弾はキャリヴァーの真上に到達すると炸裂し、熱を持った破片が降り注いだ。
「まずい!」
アッシュはアイリーンの身の安全を考えた結果、急ぎ機体を動かし、キャリヴァーはアイリーンを抱えてかばうような体勢となり、キャリヴァーの背中に大量の破片が降り注ぎ破片が衝突する度にキャリヴァーの背中が小さな爆発を起こす。
「クラスター拡散弾っす。しかし、立派な人っす。身を挺して兵士を守るなんて、殺すのがためらわれるっす。けど、殺るっす」
そう決心し、ジョットはズタズタのキャリヴァーに再度狙いを定めた。その瞬間だった。何かによって、ジョットの機体の超望遠カメラが破壊された。
「無理っす」
道具が無いのでは仕留めきれない。それよりも、気になったのは何が自分の機体のカメラを壊したのかだ。クランマイヤー王国には自分以上の狙撃手がいるのか?そう思うとジョットは自身の狙撃手のプライドから許せない気持ちに襲われたのだった。

 

「秋はよー、ナーバスなんだよなー、嫁と娘が死んじまった季節でなー。まーどうでもいいけどよー」
コックピットの中で独り言を言っていたのはストームだった。ストームはザバッグに乗っており、その右手には実体弾のスナイパーライフルが握られていた。

 

「相当ひどくやられたな」
アッシュはアイリーンとベケットを回収後、宇宙港へと戻ると、機体から降りてキャリヴァーの状態を確認した。
アッシュの見立てではキャリヴァーの右肩は根元から完全に砕けており、修復するのは難しいと感じたし、背中などはもっと酷い。完全に黒焦げの上に破砕されており、手の施しようが無いように見えた。
「悪いね、アタシをかばった傷だろ?」
アイリーンはアッシュの横に立ち、同じように損傷を受けたキャリヴァーを見上げていた。
「いや、僕の判断の結果だ。あなたをかばったからどうだというのはまた別の問題だろう」
そう言うと、アッシュは格納庫内の技術者に声をかける。
「キャリヴァーの予備機はあるかな?」
「すみません。キャリヴァーの調整はレビーさんがいないと上手くいかなくて、一応機体だけはあるんですけど」
それではキャリヴァーの予備機体に乗るのは怖いなとアッシュは思った。そう思った直後にアッシュは考えた。そもそもレビーとマクバレルの二人無しで、MSの整備、修理作業などが回せるのかという疑問である。
アッシュはもう一つ技術者に尋ねた。
「今のMS整備責任者は誰だ?」
少し切羽詰まった声だった。技術者は首を傾げ考え込む仕草を見せた。アッシュはそれだけで駄目だ、と思った。
「すいません。分かりません。レビーさんがベテランの人なんかを連れていったまま、アメノミハシラ、じゃなかったアマツクニから、まだ帰ってきてないんです」
アッシュの嫌な予感は的中した。レビーとマクバレルそれにベテランの技術者がいない。間違いなくMSの修理の手が足りなくなると思った。それに現場の統率が全く取れていないようにアッシュは思えた。

 
 

「しかたない。きみがMSの整備等の責任者だ。現場を何とかまとめろ」
アッシュは自分でも若干無理と思える命令を技術者に出した。技術者の見た目は気弱そうな青年だが何とかやってもらわなければならない。
アッシュは状況に嫌なもの感じながらクリスに連絡をした。
「クリス、聞こえるか?アッシュだ。そっちはどうだ?」
「司令部最悪です。人員が僕と二人しかいません。後方での作戦等の援護が可能になるまではしばらくかかります」
「戦闘部隊も集合に手間取っている。現状、安定して出せそうなのは数機のMSくらいだ。あと危機的な状況なのはMSの整備班が機能していない。レビーとマクバレルがいないせいだ。このまま機体を動かすのは危険な気がする。
一度出撃機体に関して、簡単でもチェックをさせたい。敵が来るまでどれくらいある?」
アッシュがそう言うと、クリスは少し待って、と言い、1分程度の間をあけ、答える。
「半日後に本格展開してくると思います。向こうはこちらの索敵を躱すためにデブリの多いルートを通ってきているため、速度は遅めです。そのため本格的な戦闘範囲に入るまでには時間がかかります。ですがこれよりもずっと短くなる可能性があることもお忘れなく」
戦艦がデブリ帯を強引に抜けてきた場合か。とにかく、すぐにでも戦闘が可能な体勢を整える必要があるというのが、アッシュとクリスの共通の考えだった。

 

「あ、だめじゃん」
クリスは思わず。全く普通の調子で呟いた。
「駄目だなぁ」
ロウマは旗艦のブリッジで呟いた。
呟いた二人の行動は全く違う物であった。ロウマはただ一言、命令を発し、クリスは慌てて司令部にいる人間に対して叫んだ。
「襲撃開始」
「即時撤退、司令部放棄ぃ!」
直後、ロウマの命令でクランマイヤー王国の周囲に隠れていたMS隊が動き出し、同時にクリスがいた作戦司令部が爆破された。
「歩兵侵入済み、歩兵侵入済みです。アッシュさん!司令部壊滅。戦死者2名つまり僕だけ無事です。くそったれ!」
なんだと!?とアッシュが聞き返そうとした瞬間、工業コロニー側の宇宙港にMSが滑り込むように数機、突っ込んで来た。
「パイロットはMSに搭乗しろ!」
アッシュは叫びながら、自分も走り出し、コックピットのハッチが開いていたザバッグに乗り込んだが、間に合わない者も相当数いた。宇宙港に突入してきたMS隊が即座に、格納庫まで攻め込んできたのだ。
間に合わなかったパイロットたちは機体に乗り込む前に、攻め込んできたMSは機関砲を掃射し、パイロット達を肉塊に変えていった。対MS用の砲弾かとアッシュは思った。直撃を食らったパイロットたちは全く原型を留めていなかったからだ。。
攻め込んできたMSは全く見たことのないものだった。見た目は完全な水陸両用の機体で胴体と頭部が一体となっているが、手足は割とスマートであるが手に関してはクローの形状で物を掴めそうではなかった。
「ザンダタ。きみらのお友達のマクバレル君が設計したMSはどうかな」
ロウマは今頃大慌てであろうクランマイヤー王国陣営を思って愉快な気分になった。
アッシュは新型だとかどうかは関係なく、ザバッグのビームサーベルを抜き放つとザンダタの胴体を縦に切り裂き、一機を始末し、もう一機を狙おうとビームサーベルで斬撃を放つ。
だが、もう一機の方は動きが良く。アッシュの操るMSのサーベルの一撃を回避した。だがその直後、背後から別のMSのビームサーベルが胴体を貫いた。

 
 

「ベケットか?」
「はい、そうですよっと」
言いながらベケットの乗るザバッグはビームサーベルを引き抜いた。それと同時にMSは崩れ落ちた。やったとアッシュとベケットの二人が思った瞬間、破壊したはずのMSから武装した兵士が脱出し、小銃を乱射しながら、クランマイヤー王国の市街に侵入する。
「そういう戦いなのか!?」
アッシュは相手の動きを甘く見ており完全に反応が遅れた。そのため脱出した兵士を見過ごしてしまった。しかしアッシュにはそのことを考えている時間はなかった。まだ敵はいるはず、そう思い宇宙港へ向かおうとした時だった。
スナイパーライフルを持ったザバッグが宇宙港からMS格納庫へゆっくりと歩いてきたのだった。
「誰が乗ってる?」
「俺、ストーム」
敵が来ないということはストームが始末してくれたということか、それはありがたいと思った時だった、ベケットからアッシュへ通信が入った。
「悪いんすけど、医者を連れてきては貰えないっすかね」
「どうした!?怪我をしたのか!」
アッシュがベケットに尋ねるとベケットは酒場の陽気な声とは違う重くるしい声で言う。
「姐さんがやられました。両脚が吹っ飛んでんのと内蔵が、その破片を食らったせいで……腹から漏れて」
「分かった!すぐに移動していい!止血はしてるし、内臓も戻したな!?」
アッシュは叫ぶと機体を移動させようとしたが、宇宙港と、格納庫の惨状を考えると自分がどうすべきかという考えがまとまらなくなってくる。
だが、とにかく人命優先だと思い、アイリーンの命を優先することにし、ベケットに病院があるメインコロニーへ向かうように指示した。その直後だった。
「アッシュちゃん。優先順位を間違えないようにしないとだめだぜ」
ストームの機体は既に格納庫にはなく、宇宙港で接近してくる敵MSを狙撃していた。
「敵さん。汚く戦争しようとしてやがる。パイロットも工作兵だし。事前に工作員を入れて、司令部爆破までやりやがった。それで工作兵がすることと言えば?」
アッシュは少し考え、答えを述べる。
「インフラ破壊か」
アッシュはすぐに阻止せねばと思い、機体を動かそうとするが、すぐにストームが止める。
「ここどうすんの?俺だけじゃ無理よ。防衛に加わって貰わんと」
くそ、状況が錯綜しすぎだとアッシュは思いながら、とにかく宇宙港の防衛にあたって、敵の侵入をまず防ぐことにし、その間に、ことのあらましをクリスに通信で伝えた。
クリスの方も中々に切羽詰まっている状況らしい、荒い息と苦悶の声を漏らしながら、クリスは生まれて初めて銃撃戦をしていると叫んでいる。そんな状況で悪いと思うが、アッシュは今後の指示を仰ぎたかった。
「やることは変わりませんよ。とにかく守る。インフラに関してコロニーは構造上、何をやっても住民は即死しないようには出来てます。ギリギリまで我慢しましょう。とにかくアッシュさんはMSを何とか守ってください。MSが無いと反撃も何もないです!」
そうクリスが言った直後、クリスの悲鳴が聞こえ、通信は途絶した。アッシュはクリスも必死で戦っていると思い、覚悟を決めて、宇宙港とそこから繋がるMS格納庫を守ることを決めたのだった。

 
 

アッシュから連絡が入る数分前、クリスは必死に走っていた。冗談ではない。司令部が爆破されるなど普通の戦闘じゃ無いぞ。とクリスは敵が汚く戦争をしてくる相手だと思った。とにかくヤバい、ヤバいと思って走っていた瞬間だった。
クリスの脚に激痛が走った。そしてクリスは立っていられず、地面に転がった。何が起きたのかとクリスは脚を見ると、脚には風穴が空いていた。
「嘘だろ?撃たれた?」
理解すると痛みは耐えられないものになりクリスは地面をのたうち回った。しかし、まだ大丈夫だ。そう思った。以前にハルドにやられた拷問に比べれば、まだ理性を保てる痛みだと思うことにした。
クリスは這って物陰に隠れ、様子をみるとガチガチに武装した男2人がクリスに近づいてくる。
「こっちは少年だって分かるだろうに見境なしでホントにクソだな公国は」
クリスは荒い息を吐きながらいつもとは違う口汚い言葉を使いつつ、懐から銃を取り出した。脅しに使ったことはあるが本気で撃ったことはない。だが今の状況、撃たなければ死ぬだけだった。
「おい、小僧。楽にしてやるから、隠れてないで出てこい」
冗談じゃない。自分から殺されに出る馬鹿がいるかと思った時だった。クリスに意外な味方がやってきた。
「お、おまえたたち。武器を捨てろ!く、クランマイヤー王国では、じ銃の所持じには許可が、い、いるんだぞ!」
それは、ひ弱そうな姿の若い警察官と老人の警察官の二人組だった。全然頼りにならない味方だとクリスは思った。無理だろうと思ったクリスは声をかけることにした、このままでは殺されて終わりだ。幸い、警察官たちとクリスの位置は近い。
「警官さんこっち!そいつら軍人!こっちに隠れて!」
クリスがそう叫んだ瞬間、二人組の男はクリスに向けて銃を連射する。警察官の二人組は身を低くして、クリスと同じ場所に隠れる。
「あのー警官さん。聞きたいんですが、銃を撃ったことは?」
「本官は一度も発砲したことが無いのが自慢です!」
「ワシも勤続してから一度も発砲したことが無いのが自慢だ」
つまりは全員、素人ということだ。これはどうしようもないなと思いながら、クリスは物陰に隠れた状態で、敵がいそうな場所を適当に撃った。身を乗り出して狙いをつけるなんて自分にはとてもじゃないが無理だと思った結果だった。
警察官の二人もクリスと同じように適当に銃を撃っている。まずいなぁ、これは死ぬかもしれないなぁ、そう思っていた時だった。アッシュから連絡が入ってきたのは。向こうも結構な参上のようだが、こちらも似たようなものだと思いながら、クリスはアドバイスをした。
もしかしたらこれが最後の会話かもしれないという気持ちになった。だが諦める前に銃の弾を撃ち尽くそうとクリスは思ったのだった。
だが、しくじった。物陰に隠れていたつもりだったが、敵はもう一人いて、回り込んでいたのだった。警察官二人は撃たれ、クリスも肩を銃で撃ちぬかれ、悲鳴をあげ、それきりでアッシュとの通信は切れてしまった。
自分が軍師で、実際に戦っていない状況だったら、こんな簡単な動きすぐに気づくというのにとクリスは思い、大きなミスだと思った。
ついてないなぁ、お終いかぁとクリスは目の前の男に銃を向けたかったが、肩が上がらないのでどうしようもない。
なんという判断ミスか。こんな田舎の国に関わったせいで、野良犬みたいに路上で死ぬことになろうとは。それもこれも、あの姫が悪いとクリスは思った。
あの姫に着いていけば何か大きなことを成し遂げられると思ったらこのざまだ。判断ミス。つくづく判断ミスだと思ったが、不思議と後悔はなかった。
「あなたに世界最高の軍師を殺すという栄誉をあげるよ」
クリスは目の前の男にそう言って目をつぶった。肩も脚も痛いので早く楽にしてほしかった。そしてクリスはいつまでも目をつぶって待っていた。だが何も起きなかった。もしかしたら死ぬ瞬間というのは何もないかもしれない。
そう思って目を開けたクリス。その目に映ったのは最強の男の姿だった。

 
 

冗談じゃないぞ、とセインはミシィと一緒に第一農業コロニーの小屋に隠れなが思っていた。
クライン公国の襲撃があるなんて、と思いながらセインは、小屋の中から周囲の様子を確認していた。第一農業コロニー内はセインの見た限り、まだ完全に制圧されているとは思えなかった。
コロニーの外壁を破ってMSがコロニー内に侵入してきたのには面食らったが、数は二機だ。もうすぐ、アッシュたちが助けに来てくれるという楽観的な考えがセインにはあった。
「どうしよう、セイン?」
ミシィは心配そうな表情を浮かべているが、セインからすればこれくらいの状況なら、まだ大丈夫なはずだと思っていた。
それに、どれだけどうにもならなくなっても、ハルドさんがいるから大丈夫。そう言おうとしてセインは思い出した。ハルドは現在、入院中であったことを。
まぁ、それでも頼りになる人物たちは多い。まずは皆に合流しなければと思い、セインは行動を起こそうとタイミングを狙っていた、その時だった。敵のMSの一機がこの場から離れていった。
そしてもう一機は背を向けている状態。セインはこのタイミングならと思った。
「行くよ、ミシィ!」
「うん」
二人は手を繋いで小屋から走り出した。セインはとにかくリニアトレインに乗って工業コロニーまで向かえば良い。そこでMSに乗れば、コイツら等一蹴できるという考えだった。
しかし、その考えは甘かったと言わざるを得ない。なぜなら、走り出したセイン達の前にすぐにMSが立ちはだかったからだった。
セインは自分の考えが甘かったのかもしれないと考えた。こいつらは最初から自分たちの存在に気づいていて、今の今まで見過ごしていたのだと。自分たちが逃げられると思って安心したところを追い詰めること考えていたのだろう。悪趣味だとセインは思った。
敵のMSは、ゆっくりと足をあげて、中々、下ろそうとしない。セイン達は急いで走ったが、その瞬間にセイン達をギリギリ踏みつけないように、足を下ろした。セイン達がかわしたのではなく敵のパイロットがわざと外したのだと思った。遊んでいる。セインはそう思った。
自分たちをとことんまで追い詰めて遊んでいるのだ、敵のパイロットは。その証拠に次の足も走るセイン達のギリギリをかすめて踏みつけがされる。
とことん悪趣味な奴だが、なんとか逃げ切ってやる。セインはそう思いミシィの手を引いて走った。
だが、三回目の踏み付けの時だった。この時はセイン達は本当にギリギリだった。間違いなく踏み潰される、そう思った瞬間にミシィが転び、手を引いていたセインも引っ張られて一緒に転び、ギリギリ踏みつけられずに済んだ。
「ごめん、足首をくじいたみたい……」
ギリギリ助かった直後に、ミシィはセインにそう言った。セインはそんなお約束な、と思い愕然とした。敵のパイロットは三回目で踏み潰せなかったことに腹を立てている様子にもみえ、機体は大きく足をあげ、慎重に踏み潰そうとしている。
冗談じゃない。こんな悪趣味な奴にそう思いながら、セインはミシィをかばう体勢になった。ミシィを見捨てれば逃げられるがセインはそうする気など全く起きなかった。
MSの足がゆっくりと振り下ろされる。絶体絶命。そう思った時だった。重低音がセイン達の耳に届いた。

 
 

「ははははは!イオニス・レーレ・ヴィリアス、見参っ!」
大型の農作業用トラクターに乗ったイオニスがトラクターをMSに向けて突進させる。
「ゆけ!ブラックバード号!」
そう叫んだ直後にイオニスはトラクターから飛び降り、トラクターは無人のままMSに突っ込み片足立ちだったMSはトラクターの衝突の衝撃で転倒する。
トラクターと言ってもクランマイヤー王国の広大な農地で作業をするような車両であり、そのサイズは常識を超えている。MSといえども激突の衝撃に耐えて立っていることなど不可能だった。それも片足立ちなら尚更だ。
転倒したMSはそのまま、無人のトラクターに押されていく。
「ははははは!マクバレル殿によって改造された、我が過去の愛機の動力を内蔵させた超高出力トラクター兼、我が愛馬ブラックバード号を舐めるなよ!」
MSの動力でトラクターを動かすなんて何を考えているんだ、この人たちはとセインは助かったことよりも、マトモじゃない考えのほうが気になった。
「大丈夫か、若者よ!私、イオニス・レーレ・ヴィリアスが来たからにはもう安全だ!」
そうイオニスが言った直後、トラクターが爆発し、敵MSが立ち上がる。セイン達は互いの状況確認は後に、とにかく逃げようとした。しかし、ミシィが足をくじいているのを忘れていた。
「ええい!」
セインはどうしようも無いので、ミシィをおんぶして走り出した。しかし、そのせいで速度は、かなり落ちている。
「ははははは、遅いな若者!私はこんなに速いぞ!」
イオニスはセインがミシィをおんぶしていることなど全く気にせず、全速力で走っていく。クランマイヤー王国キチガイ三巨頭の一人だから仕方ないと思ってセインは諦めることにした。
「セイン。私、絶対に死にたくないからおろさないで、全速力で走って!」
背中のミシィも色んな人間に出会った結果、クズ度が上がってきていることをセインは感じながら、とにかく必死に走った。
敵のMSは追ってきているが動きは鈍重だった。スラスターを使わず走って追ってきている。射撃兵器を使えば楽だろうとセインは思ったが、それは悪趣味なパイロットのプライドが許さないのだろう。
セイン達をなぶり殺しにするという目的で、あの敵パイロットは動いているようだった。タチが悪いことこの上ないとセインは思った。
だが、リニアトレインの駅は目の前だ。リニアトレインに乗れば、とりあえず大丈夫。そう思った時だった。リニアトレインの駅の前にはグリューネルトとエルスバッハというイオニスの従者が待機していた。
とりあえず、それは良いとセインは思ったが。良くないぞと思うこともあった。グリューネルトとエルスバッハは両腕でバツの字を作っていたから。セインは嫌な予感がした。
「ふむ、リニアトレインは使えんか」
イオニスが急に言い出した。セインは質問した。
「なぜわかるんです?」
「なぜわからんのだ?」
イオニスは質問で返してきた。分かるわけが無いとセインは怒鳴りたかったが、そんなやり取りをしている場合ではないと思った。後ろからは、あの悪趣味な趣向を持ったパイロットの乗った機体が迫っているのだ。
「とにかく何とかしてくださいよ!」
セインはどうにもならず叫ぶしかなかった。イオニスに行っても無駄なので、グリューネルトとエルスバッハに対してだ。すると二人は、二人の背後に置いていた巨大な箱から、巨大なロケット砲を取り出した。

 
 

「対装甲ロケット砲です」
「耳をお塞ぎください。また、後ろに立たないよう、お気を付けください」
グリューネルトが説明してから、エルスバッハが指示を出したのでセインはミシィをおんぶしたまま従った。イオニスは全く従う気配を見せていなかった。
「では」
「発射します」
グリューネルトとエルスバッハは同時にロケット砲を発射した。発射されたロケット弾は、追ってきている、MSの膝関節に着弾した。その衝撃は大きかったようで、MSは明らかに姿勢を崩した。
「着弾確認」
「明らかな損傷は認められせん」
「では、もう一発だ!」
イオニスの命令を聞くと、グリューネルトとエルスバッハは恐ろしく素早い動きで、ロケット砲に次の砲弾を装填した。
「次弾装填完了」
「発射します」
グリューネルトとエルスバッハの撃ったロケット弾は、再びMSの膝関節に直撃した。その瞬間に敵のMSの膝関節が破壊され、敵MSは崩れ落ちた。セインはやったと思った。だがイオニスは違うようだった。イオニスは確信を持って言う。
「撃ってくるので、退避」
え?とセインが言うと、エルスバッハがセインがおんぶしていたミシィを代わりに抱え、走り出した。ロケット砲とその砲弾を背負った上で、ミシィを抱えて走るとは尋常ではない体力だと思いながら、セインはエルスバッハの後を追って走った。
グリューネルトは逆方向に走り、あろうことかイオニスは、MSの方向に向かって走っている。いやいやそれはダメだろと、セインは思ったが、敵のMSはイオニスは一顧だにしていない。
どうやら接近してくる小さな物体は目に入らない精神状態なのかもしれないとセインは思った。
敵のMSは地面に片膝をついた状態でフラフラと手に内蔵されたビーム砲の狙いを定め、発射した。発射されたビームはリニアトレインの駅を破壊し、その爆風をセインは背中越しに感じた。
エルスバッハは全く動じない様子で僅かに振り返り、走り続けている。セインもそれに続いて走った。
敵のMS地面を這いずりながらも、セイン達の方へと手に内蔵されたビーム砲を向けてくる。こっちの方が、人数が多いからか?セインはついてないと思ったが、その直後エルスバッハは走りながら、ミシィをセインの背中に乗せた。
そして自分はロケット砲を担ぎ、高速で次弾を装填している。いや、間に合わないだろ、とセインが思った直後、セイン達とは反対方向に逃げたグリューネルトがロケット砲をMSの腕に直撃させる。
その衝撃によって敵MSは僅かによろめいた。その隙に砲弾を装填し終えたエルスバッハはロケット砲を構え、即座に発射した。砲弾は一直線に進み、セインは信じられないと思ったが、敵MSの手のビームの発射口に入り込んだのだった。
直後に敵MSの右腕が大爆発をする。おそらく内部の何かとロケット弾の爆発が反応して大爆発を起こしたのだろうと思った。
とにかくこれで、てきMSの戦力は無くなったも同然だった。もう片方の腕は動作不良を起こしているのか、何もしようとしてこない。これで安心だと思い、セインは破壊されたリニアトレインの駅が気になったので、駅の方へ向かった。

 
 

「待ってください」
エルスバッハが止めたが、セインは反応が遅れた。ミシィを背負っていたせいもあれば、完全に油断していたせいもあった。だが、とにかくセインはエルスバッハの忠告を聞くことが出来なかった。その結果――
セインは腹に何か熱く、そして思い衝撃を感じたのだった。
え?と思った瞬間、セインは倒れ、セインは腹に感じる激痛に身もだえしていた。
「セイン?え、セイン?」
ミシィはセインの背中から振り落とされた形になったが、真っ先にセインの方へと這って近寄り、セインの姿を間近で見た瞬間、悲鳴をあげた。
「いやぁぁぁぁぁ!セイン!セイン!」
ミシィが悲鳴をあげたのはセインの腹から血が溢れ、血だまりが出来ていたからだった。ミシィは冗談だと思ったが、間違いなく現実だった。セインは腹部に銃弾を受けていた。
撃ったのはだれか、それはマトモな戦闘行動ができなくなった敵MSのパイロットだった。敵MSのパイロットはコックピットから這い出して、小銃でセインの腹を撃ちぬいたのだった。
しかも、敵パイロットはそれだけで止まらずに連射して確実に殺そうとしており、そして引き金はセインとミシィに対して狙いを定めたまま引かれた。
乾いた音が連続して鳴り響く。間違いなく銃声。敵のパイロットは確実に狙いをつけていた。しかし、銃声が鳴り響いた後でも、セインとミシィに銃弾は届いていなかった。
なぜならエルスバッハがセインとミシィの盾となってその身に銃弾の全てを受け止めていたからだった。
ふざけるなと、敵のパイロットは思い、弾倉を入れ替えようとした。だがそれは果たされず、その首はイオニスが振るったサーベルによって胴体から切り離された。MSの方へとイオニスが走っていたのはこのためだった。だが、しかし、遅かったかとイオニスは思った。
「往生際の悪さは男を下げることを知らんのだろうな」
イオニスはそう言って、サーベルの血を拭うと鞘に納めた。グリューネルトは既にセインらの方へと走っている。イオニスはその間、優雅にセイン達の方へと歩いていた。
グリューネルトはエルスバッハを一瞥すると、即座にセインの治療に移った。
「あのグリューネルトさん。セインは助かるんですか。それにエルスバッハさんは……?」
グリューネルトは何も言わずセインの治療を続ける。
「弾は貫通しています」
それだけ言うと、グリューネルトはセインの腹に空いた穴を消毒し、穴に生体組織のペーストを注入し、腹の穴を塞ぐと包帯を巻いて応急処置を完了させた。
「これで、処置完了です。死ぬことはありません」
そうグリューネルトが言うとミシィは明るい表情になった。しかし、セインが大丈夫となるとエルスバッハの方はどうなのか、ミシィがそう思ってエルスバッハの方を見た時、イオニスがエルスバッハの前で黙祷捧げていた。
「エルスバッハ。良い男であった」
イオニスはそれだけ言うと、エルスバッハの前から去り、歩き出す。
「あの、もしかしてエルスバッハさんは私たちの盾になって……」
ミシィはグリューネルトに尋ねた。するとグリューネルトは何の感傷も無い様子で答える。
「そうです。即死でした」
それだけ言うと、グリューネルトは無表情に主であるイオニスの後を追おうとしたが、ミシィとセインを見て、セインの肩に抱いて持ち上げ、ミシィをおんぶしてからイオニスの後を追いかけた。

 
 

「ふむ、リニアトレインは使えんようだな」
イオニスはエルスバッハの死を気にした様子もなく言った。
「では、別のルートを使いましょう」
グリューネルトもエルスバッハの死を気にした様子もなく言う。
二人のその様子にミシィは思ったことを率直に述べた。
「あの、お二人はエルスバッハさんが亡くなって悲しくないんですか?」
率直な問いにイオニスは顎に手をあて僅かに考え、そして言う。
「戦の場でのこと。良くあることだ」
「私からは特に言うことはありません」
イオニスとグリューネルトはそれだけしか言わなかった。ミシィはおかしいと思ったが、イオニスは背中から、それ以上追及を阻むように鋭い気配を発していたため、ミシィはそれ以上の追及を断念した。その直後だった、腹を撃たれたセインが目を覚ました。
「……すっごく、痛い……」
セインの第一声はそれだった。だが、ミシィはセインの命が無事であることにホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 

状況と言うのは不思議な物で、一つ改善されれば、また一つ状況が改善されるということもある。セインたちにとって今がそれにあたる。セインが目を覚ましてすぐだった。コロニーの外壁を破って、フレイドが降下してきた。
そのフレイドは戦闘要員を回収しに来た機体ということで、セイン達はノーマルスーツに着替えると、フレイドの手のひらとコックピットに乗った。
フレイドのパイロットは現状各コロニーを行き来する方法が、コロニーの外壁を破ってコロニー内に入り込むしかないことを伝えた。とんでもない状況だなとセインは痛む腹を押さえながら思った。
「傷口には手を触れないでください」
グリューネルトがセインにすぐ注意をする。どういうことかと聞こうと思ったらミシィが説明してくれた。
「生体組織ペーストは人体のどの部位にも適合して変化する万能細胞で出来ているの。だけど部位に定着するまでには時間がかかるし、刺激を与えるともっと時間がかかるから触らない方がいいの」
セインは、へー、と思いミシィの知識に感心した。そういえばハルドさんが以前に品質の悪い生体組織ペーストのせいで死にかけていたなぁ、とセインは平和だった時を思い出した。セインは急にあの頃が懐かしくなってきた。
「なんでこんなことに。こっちみたいな辺境は放っておいてくれりゃいいのに」
セインが心からそう思っていると、セイン達を乗せたフレイドは、コロニーの外壁を破って宇宙空間に出る。宇宙空間から見た限りでは、クランマイヤー王国はいつも通りで戦いなど起こって無いように見えた。
フレイドまっすぐ工業コロニーへと向かうと、コロニーの外壁を破ってコロニー内に入り、すぐにMS格納庫へと向かい、MS格納庫へ到着すると同時にセイン達を下ろして再び、戦闘要員を回収するために動き出した。
「うそだろ……」
「……ひどい」
セインとミシィは格納庫へ到着して愕然として、MS格納庫は死体だらけであったからだ。セインはどういうことなのか、誰かに聞きたかった。ちょうどそこへ死体を運び終えたアッシュの姿を見た。

 
 

「セイン君。生きていたか!」
アッシュはセインの姿を見ると、大きく喜びの声を上げた。セインはアッシュがそんなに大きな声を出すなど思っていなかったので面食らった。その隙にイオニスがさっさとアッシュのそばに近寄る。
「だいぶ厳しいように見えるが?」
「いいえ、死んだ兵には悪いですが、幸い非戦闘員が多かったので、つぶしはききます」
「私はどうする?」
「フレイドで宇宙港の護衛を、イオニスさんの戦力に被害が無ければですが」
アッシュはエルスバッハの姿が無いことに気づいており、聞いたのだった。
「戦死一名だが、戦力はもう一人いるので問題はない。宇宙港の防衛にあたる」
セインはアッシュとイオニスの話しを遠巻きに聞いていた。二人ともいつになくドライな口調であったことで、セインは思わず萎縮してしまった。だが、聞いておきたかった。どうしてここがこうなっているのかを。
「あの、セインさん……何が……」
「奇襲を受けた。油断して、宇宙港突入され、直通のここまで侵入されてこのざまだ」
そう言って、アッシュは手を広げた。手を広げられてもセインには血の海だけしか見えなかった。
「セイン君はイオニスさんたちと、宇宙港の防衛だ。敵はこちらからの侵入を諦めている節があるが、警戒は必要だ。よろしく頼む」
アッシュがそう言った直後、ミシィが怒声を発した。
「セインは怪我してるんですよ!」
「死んでなければ戦ってもらう。今はそういう状況なんだよ。ミシィさん」
穏やかな口調で言うがアッシュの言葉には有無を言わさぬ迫力があった。その迫力に気圧されミシィは口ごもるしかできなかった。
「ミシィさんは。格納庫の奥の方に隠れていてくれ、運悪くここに居合わせた民間人もそこにいる。攻撃は届かないから安全だ」
それだけ言うとアッシュは、セインらに背を向け、格納庫のハンガーに収められているザバッグへと乗り込んだ。直後にザバッグのマイクからアッシュの声が聞こえる。
「僕はこれからメインコロニーに向かう。きみ達の無事を祈っている」
そう言ってアッシュはザバッグを発進させたのだった。
「さて、若者よ。奮い立たねばな」
イオニスはセインを見て言った。セインは、はい!と答えると、パイロット用のノーマルスーツが収納されている場所へとよろよろと歩き出した。
「セイン。待っ――」
ミシィは意識を失った。それはグリューネルトの手によるものだった。
「戦場へと赴こうとする漢を止めるのは無粋です」
そう呟き、グリューネルトは民間人が避難している場所へとミシィを運び、そして自らも戦いへ赴く準備をするのだった。

 

ギリギリ助かった。クリスは目の前に立つ男を見てそう思った。男の姿、痩せた体型で切れ長の目の男。その男はクリスに銃を突き付けていた男の首を180度以上回転させ、殺していた。
「虎(フー)さん。よろしく……」
それだけ言って、クリスは意識を失った。よろしくと言われた瞬間、虎が動く。虎の相手は小銃で武装した男たち。虎の見立てでは耐衝撃などを想定したアーマーを着ているようだった。
ならば、と虎は手を貫手にして銃を持った男たちに迫る。当然、銃を持った男たちは銃を撃つが、虎には全く当たらずに距離をつめられていた。
バケモノか?そう思った瞬間だった。虎の姿が消え、男の一人が貫手で腹を貫かれる。以前にロウマと戦った際、アーマーによって打撃による攻撃が無効化された結果、虎(フー)は鍛錬を重ね、この人間すら切り裂く手刀を完成させたのだった。
もう一人の男が悲鳴をあげて銃を撃つが、虎は当然のように回避し、編み出した手刀で男の首を叩き斬り、首を刎ね飛ばす。
格闘という一点においては虎(フー)という男が最強であると証明された瞬間であった。

 
 

気づいた時、クリスは避難所の治療施設にいた。どういうことだろうかと考え、少し体を動かした瞬間、クリスは左肩と左脚に激痛を感じた。
「こら、まだ動いてはダメだ」
クランマイヤー王国で唯一の病院の外科担当の医師が言う。
「きみは運が無いな。肩の銃創に関しては肩の骨を破壊して弾丸が止まっているし、脚に関しては膝を砕いて弾丸が止まっていた。弾は取り出したが、今後のことも考え、輸血は少なめにしておいたすまんな」
ああ、だからか、頭に血が回らないのかとクリスは思った。だが、一応聞いておきたいことはあると思った。
「警察官二人はどうしてますか?僕と一緒に運ばれたはずです」
そんなに役に立ったわけではないが、助けてもらったからには礼をしようとクリスは思ったが。医者はすぐに首を横に振った。
「死んでたよ。ここに来た時には既にな。……君の位置から見えるかは分からんが青い袋がいくつかある。死体はその中だ」
そうか、とクリスは思った。自分のようなクズが生き残って善良な警察官が死ぬとは、と。
「どうやら、逃げ遅れている民間人に狙いを定めて攻撃している輩がいるようだ。信じられんことだよ。全く」
クリスはその話を聞いて疑念が湧いた。いくら聖クライン騎士団がマトモな集団ではないからといって、そんな真似をするかと。ましてや只の公国軍人にそんな真似は出来るはずが無いとクリスは確信があった。
おそらく、今クランマイヤー王国を襲撃しているのは騎士団でも公国軍でもない別の傭兵か何かだ。クリスはそんな答えを得たのだった。だが、そんな答えを得ても意味がないとすぐに自己判断した。
今、大事なのは民間人を殺しまくっている傭兵どもの対処だ。クリスはそれを考えようと思ったが、その瞬間に意識の限界が来そうだった。これ以上、脳を使うのは危険と思った時だった。必死な叫びがクリスの耳に届いた。
「すいません。医者はいますか!?」
この声は酒場のベケットだなとクリスは記憶をたどった。
「どうした!?」
医者が慌てて動き出すと医者の動揺の声がクリスにも聞こえた。
「こいつは……とにかくベッドに。すぐに手術だ!」
医者や看護師が慌てて動き出す。クリスは何事かと思ったがベケットが蒼白の表情で、手術の光景を眺めていることで何となく、察した。おそらくはアイリーンが重傷を負ったのだろう。
クリスはつくづく皆がついてないと思った。その時である。クリスたちがいるメインコロニーを最初の砲撃とは違う衝撃が襲ったのは。
「ベケットさん!」
クリスは体力を振り絞って叫んだ。クリスの予測では衝撃の原因は一つだ。
「クリス君。宇宙港が破られた!」
ベケットが叫ぶ。クリスは、やはりそうかと思った。今のような事態に備えてメインコロニーの宇宙港は隔壁が自動で墜ちるようになっており、敵の侵入を防ぐのだが、それが破られたとなると、敵のMSは好き勝手にメインコロニーを蹂躙してくるだろう。
「行ってくる。姐さんをよろしくな。クリス君」
ベケットはそう言って避難所を飛び出していった。クリスは待て、と言おうとしたが、とてもではないが間に合わなかった。
相手が何機かも分からないというのに、それによろしくされたところでどうにもならないぞと、クリスは叫びたかった。何より一番に叫びたかったのは、死ぬぞ!という一言だった。

 
 

まぁ死ぬだろうなという予感がベケットにはあった。MSの操縦に関してはそれなり以上だと思うが、エースというわけでもない。それでもベケットはザバッグに乗り込んだ。
ベケットは宇宙港から侵入してきた敵を見据えながら、不意に昔のことを思い出していた。別に大した人生ではないとベケットは思う。。
普通の家に生まれ、勉強が嫌いだから、学校にも行かず適当にしていたら、就職口がなくて仕方なくクライン公国軍に入隊。軍に入っても長くは続かず辞めてブラブラとその日暮らし。
幸いMSパイロットの腕はそれなりにあったので潰しはきいたが、どの職場も長くは続かなかった、働き始めてはすぐに辞めてのくり返しで我ながら我慢弱いとベケットは思う。そして流れ流れて気づいたら海賊という有様だ。
海賊は嫌いではなかった。仕事自体はわりかしノンビリしていたから基本的に働くことが嫌いなベケットでもやっていけた。だが、もう辞めようかなというところで運悪くクランマイヤー王国に捕まった。
だが、まぁ、それで良かったかなとベケットは思った。クランマイヤー王国は人も良いし、環境も良い。
仕事だって昔、高校に通っていたころにモテたいからという理由で始めたわりには真面目にやっていた楽器を酒場で弾くだけの仕事だ。悪くはなかった。いや、悪くはないとベケットは思う。
さっさと終わらせて日常に戻るのだ。グダグダと適当に酒場で酔っ払いどもに適当な音楽を聞かせるのだ。ベケットはそう決意し、機体を動かした。
敵は四機、変わらず水陸両用に見えるような機体だ。その四機が一直線に避難所に向かってきている。こっちの手の内が読まれているような気がベケットはした。
ベケットは、とにかく避難所に近づけなけないようにしないといけないと考え、機体を前進させ、敵の注意を引くことにした。とにかく攻撃して敵を誘導する。それがベケットの考えだった。
コロニーの内の被害を考えると使いたくはなかったが、ベケットのザバッグはビームライフルを敵の機体の一気にめがけて撃った。それは敵機の胴体に直撃したが、敵機はそれでも問題なく動く様子だった。
「硬いよ。全く」
嫌になると思いながら、ベケットのザバッグは避難所から離れるように移動しながら、ビームライフルを連射する。
何発かは敵機に当たっているが、イマイチ効果が薄いとベケットは思った。胴体狙いは間違いかと考え、関節を狙おうと思ったが、動いている敵機の関節をピンポイントに撃ちぬく技量をベケットは持ち合わせていなかった。
「もう少し訓練を真面目にしておけば良かったかな?」
言っても仕方ないが、ベケットは現状、自分が仕事を果たせているのは確信していた。敵の四機は明らかにベケットの機体に釣られて動いている。
後は自分がこの四機を始末できれば最高だが、とベケットが思った直後。ビームライフルを持つ手が敵のMSの掌から発射されたビームによって破壊された。
「まぁ、こうなるよなぁ」
自分の腕ではこんなものかとベケットは思い、敵も中々に腕の立つ集団だと思った。ベケットのザバッグはシールドに内蔵された小型ミサイルを牽制目的で敵機に向けて発射するとシールドを捨ててビームサーベル抜いた。

 
 

「よし、来いよ!」
敵機はビームを撃ちながら接近してくる。それほど連射効率の良いビーム砲ではないのだろうとベケットは思い、ベケットは自身の機体も敵機に向けて加速させた。
その間に敵の四機はベケットのザバッグを囲むように動いていたが、ベケットはもうどうでも良かった。とりあえずやることはやった。
アイリーンの姐さんを医者に届けたし、避難所から敵を遠ざけることもできた。後はやたらめったに動いて、時間を稼ぐだけだと思った。
「こっちは死ぬ気だけど、そっちはどうだい?」
片腕のザバッグは四機のMSを相手に、滅茶苦茶に動きながら、ビームサーベルを振り回していた。そのうち、一機が焦れて、ベケットのザバッグに突進する。ベケットはそういう相手を仕留めるのが一番得意だった。
真っ直ぐ突進してきたところを軽く躱し、敵の機体の胴体にビームサーベルを突き刺し、そして引き抜いて更に切り裂く。これで一機仕留めた。そう思った瞬間、ベケットのザバッグを衝撃が襲う。敵のMSが機関砲を連射していたいたのだ。
ガリガリと装甲が削られる中で、ベケットは不意に果たしていない約束を思い出した。
「そういや、セイン君にギターを教えてねぇや」
ギターを弾ける男はモテるから教えてやると前に言ったのだった。しかし、教えるのは無理だな、とベケットは思った。
敵のMSは三機で一斉に距離を詰め、一機はザバッグの腕を抱え込み抑えつけ、一機はザバッグの胴体を抱えて抑えつける。そして最後の一機はヒートクローを構えていた。
「悪いね、ギターは教えられない」
そのベケットの最後の言葉と同時に、ヒートクローがザバッグのコックピットを貫いた。そしてベケットの命は散ったのだった。
三機のMSは手こずらされた苛立ちを晴らすためか、ビーム砲をパイロットを失った機体に対して撃ち、ザバッグはパイロット共々、マトモな残骸もなく爆散した。

 

「誰の機体だ!?」
アッシュとストームは避難所の防衛に当たるため、メインコロニーに到着した瞬間、ビームの光と、MSが爆散する光景を目の当たりにした。
少し考えれば分かった。ベケットの機体だ。それ以外にメインコロニーに向かうと報告してきた機体はない。
「くそっ!」
アッシュは毒づくとストームに避難所の防衛を任せ、自身は三機のMSの殲滅に動いた。
「貴様らは」
アッシュのザバッグが敵MSに対してビームライフルを連射しながら突進する。胴体は効き目が薄いことを察していたアッシュは関節部をピンポイントで狙い、てきMSの三機全ての両脚をビームライフルで貫いた。
敵のMSは自立が不可能となり、倒れ伏す。アッシュのザバッグはビームライフルを腰にマウントし両手にビームサーベルを抜くと、自立できず、もがく敵機一機ずつにビームサーベルを突き立てていった。
「分かるよ。三機でなぶり殺しにしたんだろ?一方的に相手を殺すのは楽しいか?僕は楽しくないな」
最後の一機を前にしてアッシュはそう言い、アッシュのザバッグはビームサーベルを敵機に突き立てた。アッシュは敵機のコックピットの位置は把握していたので、ビームサーベルをパイロットのいる場所に突き立てた確信があったが、全く心は痛まなかった。
三機を殲滅させてから、アッシュはベケットが乗っていたであろうザバッグを見た。上半身が無くなっていた。確かめる必要も無くベケットは死んだとアッシュは確信した。その瞬間だけ、わずかに胸が痛んだ。

 
 

「ベケット君だった?」
アッシュが避難所の防衛につくと、ストームが尋ねてきた。アッシュは、そうだ、と一言だけで答えた。
「良い奴だったんだけどね」
「敵はそんなことは知らないさ」
いつだって敵は、何も知らずにこちらの大切なものを奪っていくのだ。アッシュは過去の戦友たちもそうして逝って行ったことを思い出す。
アッシュは僅かに感傷に浸りかけたが、そんな暇は与えられなかった。アッシュが避難所の防衛についてすぐ、コロニー内の電気が全て消えたのだ。
「電気系統を潰されたか!?」
しかし、すぐに非常電源が立ち上がるはずとアッシュは考え、まだ大丈夫だという確信があった。非常電源はアンタッチャブル、どうやっても干渉できないため、コロニーの電気系統は最低限だが維持され続ける。
だが、アッシュの目の前の光景は夜と同じ、いや、それよりも暗く見えた。非常電源の電力は生命維持などの機能に重点的に回されるため、コロニー内の民間施設や日光などを再現するシステムまでは電力がまわらないのだった。
「アッシュ君、敵来てる!」
ストームが叫んだ直後に実体弾のスナイパーライフルを連射する。
ストームにそう言われても、アッシュには敵の姿が認識できなかった。だが、アッシュが敵を探していた、その瞬間、ビームがアッシュのザバッグの脇をかすめ、避難所の建物に直撃する。
いくらビームが当たっても大丈夫なようにマクバレル主導で避難所は改築されているが、それでもアッシュは肝が冷えた。
「ストーム!こちらからは敵が見えない!」
「夜間用の特殊迷彩だ。こっちはライフルの暗視スコープでギリギリ探せるけど、動きに追いつくのは厳しい!」
アッシュは集音マイクを使って敵の位置を探そうとするが、足音も無い。完全に奇襲用の機体かと思い、アッシュは対策を練ろうとした瞬間、ビームライフルが闇の中から発射されたビームにライフルを破壊されたのだった。
「全く見えないぞ。敵は何機だ!?」
そうストームに尋ねた瞬間、ストームのザバッグがスナイパーライフルを連射した。
「確認できてるので四機、今潰したから三機」
アッシュは冗談ではないと思った。ストームは良いが、こちらは見えないからどうしようもない。夜間迷彩なら少しでも明かりがあれば違うだろうに、そう思った時、アッシュはある種の閃きを得た。
そして、すまないと思い。ザバッグのシールドに内蔵された小型ミサイルの設定を変更し、避難所の周囲の建物に発射する。ミサイルは建物に着弾する前に爆発し炎を巻き上げ、建物に火が移り、大きく燃え上がる。
ストームもその意を悟ったのか、ミサイルを発射し、建物を燃やし、火の柱を立てる。アッシュのザバッグはそれだけでは止まらず、ビームサーベルを一本抜いて、ビームサーベルに大量のエネルギーをチャージ、刃を長時間維持できるモードにして、適当に投げた。
適当に投げたビームサーベルは地面に突き刺さり、ビームの発光が周囲を照らす。ストームのザバッグも同じようにビームサーベルを投げて、地面に突き立て、ビームサーベルの発光で周囲を照らす。
これで多少は見えるはずだ。そうアッシュが思った直後、アッシュの思い通り敵の姿が僅かに見えた。アッシュのザバッグはすぐさま敵の機体を追う。

 
 

「逃がすか」
アッシュのザバッグはシールドを投げつけ、打撃を与えると一気に距離を詰め、残り一本となったビームサーベルで敵機のコックピットを貫いた。
「ストーム!」
「あいよ」
直後、ストームのザバッグのスナイパーライフルが二機の敵機を連続で撃破した。これで
今の所、敵はいないはずだとアッシュは思った。
「敵の動きが悪辣だな」
「なんの、これくらいじゃ、まだまだよ」
そうストームが陽気に返してくれたおかげでアッシュは少しだけ、重い気持ちから回復したような気がした。アッシュは少し外の空気が吸いたくなったため、コックピットのハッチを開けた。
悪辣、アッシュはそう言って、ストームはまだまだと言った。アッシュはそれはストームが自分を励ますために言ったのだと思った。しかし、違った。全てはストームの言う通りだったのだ。
アッシュが外の空気を吸うためにコックピットのハッチを開けた瞬間だった。突如、避難所内から一瞬の閃光、そして続けて爆発音が鳴り響いた。

 

ユイ・カトーは事の次第を全て見届けていた。
ユイ・カトーは、警報が発令された瞬間に、自分のオフィスの中に隠してあった、もしもの時のために蓄えていた貴金属を詰めてある巨大なトランクだけを手に自分のオフィスから出ると、同じく政庁舎で働いているマッケンジーを連れてすぐに避難所に逃げ込んだのであった。
ほとんどのクランマイヤー王国住人はユイ・カトーより避難が遅かった。慣れていないせいだろうと思い仕方ないと思った。ユイ・カトーは避難所の中で、安全そうな場所を探したが、結局、見つからなかったため、体育館を改修して作り上げた避難所の端の方にいた。
部署こそ違えど同じ場所で働いているマッケンジーはしばらくの間、所在なさげに動きまわっていたが、結局ユイ・カトーの脇に座ったのだった。
しばらくの間、避難所は中の人々に怯えこそあれ、平和だった。しかしながら、外で銃声が聞こえてくると避難所内の人々の怯えは大きくなり、やがて銃に撃たれたらしきクリスが虎(フー)に連れられてくると。
避難所内の住人の動揺は大きくなった。ユイ・カトーは撃たれた人間など見慣れているが、それから少しして、酒場の看板娘兼女海賊のアイリーンが両脚を無くして運ばれてきたことには多少だが面くらったが、それでも想定の範囲内だった。
なにせ戦争をしているのだから、怪我人などいくらでも出る。そう思った直後、避難所を衝撃が襲ったわけだが、それも想定の範囲内で済ませた。
そうしている内に、避難所内の電気が全て消えた。さすがにこれは想定の範囲外だった。外ではMS戦をしている音がして、これはどうにもならないかもしれないとユイ・カトーは一瞬思った。
だが、MS戦の音は割とすぐに消えて、避難所の外からは音が聞こえなくなり、これで安心だろうと思った時だった。マッケンジーがロウソクを取り出し、マッチで火を付け、避難所の真ん中付近に置いたのだ。
準備が良いことだとユイ・カトーは感心した。ロウソクの柔らかな光で避難所内が照らされようとしていた時だった。
ユイ・カトーは気になる動きの人影を見た。袋から何かを取り出しているのだ。ユイ・カトーの位置からはイマイチそれが何なのか分からなかった。それは人々が真ん中付近のロウソクに集まってきていたからであり、人が邪魔で見えなかったのだ。
だがまぁ、ロウソクか何かだろうとユイ・カトーは思うことにした。準備の良い人間はどこにでもいるものだと感心した直後だった。袋から何かを取り出していた男は、ロウソクのそばから離れ集まっている人々の中から抜け出した。
その動きは明らかに急いでいるものであり、ユイ・カトーは明らかな不審感を抱き、声をかけた。

 
 

「ちょっとっ!」
呼びかけられた瞬間だった。その男は手に持っていた何かを投げた。ユイ・カトーは男が何かを投げたのは確かに見えた。だが、何を投げたかまでは暗がりの中では判断できなかった。
しかし、それが避難所の中心部、ロウソクの明かりがある傍に近づくとユイ・カトーの目にもその正体がハッキリと分かり、分かった瞬間ユイ・カトーは軍人時代に徹底的に教え込まれた反応速度を発揮し、叫んだ。
「グレネードっ!」
しくじった。遅かったとユイ・カトーは思った。避難所の人間はユイ・カトーの精一杯の大声を聞いてもキョトンとしているだけだった。
無理だ、間に合わない。そう思い。自分はトランクを縦に即座にその場に伏せた。直後、閃光が走り、大きな爆発音が連続して起こり、ユイ・カトーは爆風と共に自分のトランクにビチャビチャと何かが付着する音を聞いた。
火薬の臭いのする中でユイ・カトーは立ち上がると、血煙というもの初めて見た。そして、避難所内に充満する血や臓物の臭いに吐き気を催しそうになった瞬間、ユイ・カトーは避難所内の惨状を目の当たりにした。
全面が血の海であった。腕や脚のパーツがそこかしこに散らばっていると思えば、どこの者だかわからないぐらいに粉々にされた肉片が散らばってもいる。
避難所の住民は、辛うじて生きている者は悲鳴をあげることすら叶わず、うめき声をあげるしかないものがほとんであり、怪我で済んだ者は悲鳴をあげていた。
幸いと思っていいのか分からないが、ユイ・カトーは避難所の端にいたうえ、トランクを盾にしていたために無傷で済んだが、避難所の人々のほとんどが何らかの怪我を負っていた。
ユイ・カトーは目の前の惨憺たる光景を見て、少し頭を整理する時間が欲しかった。整理する時間は僅かで済んだ。とりあえずは何とかなりそうな重傷者を探そうと思った。
避難所に待機している医師も、治療スペースが端の方にあったため、なんとか無傷で済んだようだった。医師は看護師を伴って人々の具合を見ている。だが、駄目だということはユイ・カトーにすぐわかった。医師がやたらと首を横に振るせいだ。
この攻撃による死者は数十では済まないだろうとユイ・カトーは思っていた。その直後にアッシュが避難所へと駆け込んできて、言葉を失っていた。
「これはどういうことだ……?」
アッシュは辺りを見回して無事な人間。つまりユイ・カトーを見つけると、静かに尋ねる。ユイ・カトーはありのままを語った。
「民間人に扮した敵が紛れ込んでて、グレネードを集団の中に投げ込んだ」
その言葉を聞いた直後アッシュは叫んだ。
「ふざけるな!そんな戦いがあるか!」
アッシュの顔にはユイ・カトーの想像を絶するほどの怒りが満ちていた。だが、すぐにその表情は蒼白のものに変わった。ユイ・カトーはアッシュも大切な人物のことを思い出したのだろう。そして、ユイ・カトーに尋ねる。
「姫様は無事かっ!?」
それは、ユイ・カトーも考えていたことだった。ユイ・カトーは、わからない、と首を横に振ると。アッシュとユイ・カトーはすぐに姫を探しに動き出した。
とにかく子供だ。運よく大人の陰に隠れて爆発をやり過ごしているかもしれない。アッシュもユイ・カトーもそれに賭けたのだった。アッシュもユイ・カトーも必死に探す。
そんな中、ユイ・カトーは見たくもない物を偶然に見てしまう。それは頭だけになったマッケンジーの死体だった。

 
 

「お疲れ様でした」
ユイ・カトーはマッケンジーの死体にそれだけ言うと、姫を探す作業に戻る。探している時間は10分を過ぎただろう。なにせマトモな形の死体の方が少ないのだ。だが、子どもに関しては生きている人数が多い。
咄嗟に親が身を挺して守ったということだろうとアッシュは考えた。それならばとアッシュはある服装の男性を探すことにした。それは執事服の男性。そうやって探せばアッシュは簡単に見つけることができた。だが、見つけた瞬間、アッシュは言葉を失った。
執事服の男性の背中は大きくえぐれていたからだ。アッシュから見て生存は絶望的だった。だが、その姿勢は大切な何かを抱えかばうようだった。アッシュはそこに一縷の望みを見出した。
「バーリ大臣……メイ・リー……キミもか……」
アッシュは近づくとバーリ大臣の横に姫の世話係のメイ・リーの姿も見つけた。メイ・リーは左半身にグレネードの破片が大量に刺さっており、一目見ただけ息が無いとわかった。
アッシュは結局、このメイ・リーという女性がどういう人物だったのか分からなかったが、それでも、姫に対する忠誠は本物だったのだなと、その最後を見て、感じ入るものがあった。
アッシュは、すいませんと呟きながら、バーリ大臣の身体をゆっくりとどかし、バーリ大臣が最後まで守ろうとしたものを見た。そこには確かに姫の姿があった。
ガタガタと震えている姫の姿がそこにあった。アッシュは一瞬ためらったがゆっくりと手を伸ばし、姫の頭を撫でる。触れた瞬間、姫はビクリと身体を震わせたが、それでもアッシュは頭を撫で、優しい声音で語り掛ける。
「もう大丈夫ですよ」
自分は嘘をついているとアッシュは思った。何が大丈夫なものか、これだけ人が死ぬのを間近で見て、大切な存在が二人も死んで何が大丈夫なのか。
アッシュは安易な言葉を吐いた自分を殺してやりたくなった。だが、アッシュにはこの言葉を言うのだけが精一杯だったのだった。
アッシュは姫を抱きかかえた。姫の目は虚ろだった。感情を失ったように、ただ呆然としている。外傷はほとんど無さそうに見えた。だが精神的な傷は恐ろしく大きいだろう。アッシュがそう考えていたら、姫がか細い声で言う。
「バーリとメイ・リーはどこです……?」
アッシュは考えた。嘘を言うべきか真実を伝えるべきか。真実を伝えるのは10歳の少女には重い。だが嘘をついても結局は先延ばしにするだけだ。アッシュは姫を抱えたまま歩き出し、穏やかな声で言った。
「二人とも亡くなりました」
「……そうですか……」
姫は空虚な瞳に、感情のこもらない声で言った。アッシュは自分の判断が正しかったのか分からなくなった。
アッシュは姫をなるべく血や死体の見える場所にいさせたくないと思い、仕切りがなされている治療スペースへと連れて行った。しかし、そこも似たようなものだった。医師が必死で怪我人を治療しており、とてもではないが姫を置いておける場所ではないと思った。
アッシュは姫を連れて去ろうと思った時、良く知る少年を見つけた。クリスである。クリスは左肩と左膝に包帯を巻いていた。クリスは、どうも、と無事な腕を上げてアッシュに挨拶する。

 
 

「なんとか生きていたみたいだな」
「まぁ何とかです。怪我人が増えてベッドから追い出されて虫の息という感じですが」
それだけ喋れれば大丈夫だろうとアッシュは思った。
「姫様は……まぁ、なんとも」
何か余計なことを言いそうになって止めたのだろうとアッシュは思った。怪我のおかげかしらないがクリスはいつになく自制心が働いているようだった。
そんな風にクリスと話しているとアッシュの元に看護師がやってきた。アッシュは何だ、と思ったが看護師は穏やかな口調で言う。
「子供用のスペースを用意したので、お預かりします。摂政」
アッシュは姫を手放すことに若干の不安があったが、自分のような何も分からない人間が抱えているよりも、看護師などのプロフェッショナルに預けた方が安全かと思い。アッシュは姫を看護師に預けた。
姫はされるがままの人形のようで、その表情から感情らしきものは読み取れなかった。
「正規軍じゃないですね。多分傭兵でしょう」
クリスは突然アッシュに対して言い出した。アッシュも薄々そんな相手だと思っていた。
「対策は?」
アッシュが尋ねるとクリスはすぐに答える。
「鼠狩りです。コロニー入り込んできた奴らも含めて、追い詰めて皆殺しにしましょう」
皆殺し、その言葉を聞いても過激だとは全く思わなかった。むしろ、それぐらいされて当然の奴らだと思った。
「鼠狩りだったら、私も参加しますよ」
ユイ・カトーがアッシュとクリスの話しを聞いて、割り込んできた。
「いやしかし、君は――」
非戦闘員だろう?そう言おうとした瞬間、アッシュの身体が宙を舞い、アッシュは床に転がされ、その首筋にはナイフが当てられていた。
「これでも特殊部隊時代にハルド・グレン隊長から戦闘技術の手ほどきは受けているので邪魔にはならないはずです」
そう言うと、ユイ・カトーはアッシュを軽く持ち上げ、ナイフをしまう。
「それに……」
ユイ・カトーはそれだけ言うと視線を避難所の入り口に向けた。入り口には虎(フー)が立っているがアッシュから見て、その様子は異常なものだった。
目は血走り、歯ぎしりをしており、その服には大量の血、そして手にもべったりと血がついていた。
「私は虎(フー)さんと、その弟子たち。みんなで鼠狩りに行ってきます」
では、と言って、ユイ・カトーはアッシュの元から去って行った。残されたアッシュは少し考え、再び避難所の防衛のためにMSに乗り込むのだった。
クランマイヤー王国の住人はまだ、この場所に避難しきっていない。アッシュはまだ避難所を守る必要があると考えたのだった。

 

アラン・マイケルズ中佐は完全に油断していたと自分を叱りつけたい気分だった。街中をフラフラしている男に声をかけたら、その瞬間に撃たれた。幸い銃弾は二の腕の肉をえぐる程度の当たり方だったため助かった。
アラン中佐はすぐに逃げ、適当な民家に入り込んだわけだが、間の悪いことに民家には逃げ遅れた民間人がいた。どうやら外では、民間人を無差別に撃ち殺している輩がいるようだった。法的に考えて許されることではないとアラン中佐は憤っていた。
しかしながら、ヘタに外に出ることは危険と考え、アラン中佐はしばらくはこの民家に避難していようと考えたのだった。
アラン中佐は外でMS戦が起きているのも、コロニーの電気が止まり、非常電源に変わったのも理解していたが、銃を持った男たちが徘徊している中で外へ出るという選択肢は取りづらかった。
アラン中佐は、状況が好転するまで隠れていることを選択したのだった。状況の好転とは、取り敢えず、銃を持った男たちが徘徊していない状況に変わることだった。

 
 

虎(フー)の心は完全に怒りに支配されていた。無辜の民を傷つけるという非道。それを行う外道どもをこの世から抹殺する。それだけのために動き出していた。避難所の惨状を目の当たりにした瞬間、虎(フー)の心から敵への慈悲は完全に消えたのだった。
虎は恐ろしいほどの速度で動き、ひたすらに獲物を求めて走っていた。そして獲物を見つけた瞬間に飛びかかり、その拳一打で相手の息の根を止める。虎の心は相手を八つ裂きにしたいほど怒り狂っていたが、それは効率が悪いという考えもあった。
とにかく多く殺す。外道どもには、その血で贖わせる。自らが犯した罪の重さを。虎は暗闇に包まれたコロニーの中をひたすらに獲物を求めて疾駆するのだった。

 

アラン中佐は隠れている民家の中から、外で銃撃戦が行われていることを把握していた。鳴り響く、銃声。だがそれはすぐに止み、続いて人の声が聞こえてくる。
「ユイ・カトーでーす!まだ避難してない人は出てきてくださーい!」
聞いた声でアラン中佐はホッと胸を撫で下ろし、民家内に隠れていたまだ避難していない人々を連れて、声のする方へと向かった。
慎重に歩いた先には銃を携えたユイ・カトーと虎(フー)の弟子らしき男たちが二人いた。ユイ・カトーはアラン中佐の姿を見つけると怪訝な表情を浮かべた。
「今まで何してたんですか?」
「……申し訳ない。隠れていた」
答えを聞くとユイ・カトーは大きくため息をつき、アラン中佐の後ろにいた、逃げ遅れた民間人を見て尋ねる。
「全員ご家族?」
ユイ・カトーの質問はアラン中佐には意図の分からないものだった。
「ええと、中佐さん以外に、この人も家に逃げ込んできた人です」
そう民間人が答えると、ユイ・カトーは、ふーん、といった調子で、逃げ込んできた男に尋ねるのだった。
「合言葉をお願いします」
言われて、男はたじろいだ。僅かに考える仕草を見せた瞬間だった。ユイ・カトーは男の足を撃った。
「おい!?」
アラン中佐はいきなりの行動に目を丸くした。
「合言葉なんて決めてないのに。なんで考える必要があるんですか?」
ユイ・カトーがそう言うと男が懐に手を突っ込んだ。その瞬間に虎の弟子たちが消えたような速さで動き、男の腕を掴み上げる。掴み上げられた男の腕には銃が握られていた。
「はい、ダウト」
ユイ・カトーは男の眉間を銃で撃ちぬき、殺害した。
アラン中佐には訳が分からないことだらけだった。ユイ・カトーには聞きたいことがやまほどあった。だが、ユイ・カトーは男を撃ち殺すと、そのまま歩き出してどこかへ行こうとする。
「おい、待ってくれ!」
アラン中佐が呼び止めるが、ユイ・カトーは足を止めなかった。だが、言葉を残して去って行く。
「とりあえず気をつけて、避難所まで行って下さい。気をつけてと言っても、この辺の鼠は虎さんと私たちで粗方殺しているので、大丈夫だと思いますが」
そう言って、ユイ・カトーはアラン中佐を一顧だにせず去って行ったのだった。
アラン中佐は訳の分からないことばかりだったが、とにかく逃げ遅れた避難民を連れて、避難所へ向かうことにしたのだった。

 
 

アラン中佐は避難所へ向かう道で、粗方片付けたという、ユイ・カトーの言葉の意味がだいたい分かった。道には銃を持った死体があちこちに転がっている。完全に戦場だとアラン中佐は思い、避難所への道を急いだ。
そして避難所に辿り着いたアラン中佐は愕然とした。避難所の中の光景を目の当たりにしてだ。避難所の中は血の海だった。
ほとんどの者が血の海の中で虚ろ表情していた。中にはなんとかして血の海を拭きとろうとしていた者もいたが、途中で泣き出すものや吐いてしまうものばかりだった。
一体何が起きたのか、アラン中佐は想像がつかなかった。そんな時、アラン中佐を呼ぶ声がした。それはクリスのものであった。
「中佐、こっちへ」
クリスは避難所の床に直に座っていた。クリスの見た目も大丈夫そうな感じはなく、左肩と左ひざに包帯が巻かれていた。
「なにがあった?」
中佐が尋ねるとクリスは苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「避難所の民間人の中に敵が紛れ込んでました。そいつが避難所の中でグレネードを何個か爆発させて、相当数がやられました。僕が甘かったです。もっと常識的な方法を使ってくる相手だと思ってましたからね」
クリスの話しを聞いた直後、アラン中佐が思ったのは、これは戦争ではないという感想だった。戦争にはルールがある。民間人を虐殺しないこともルールのひとつであり、戦闘員が民間人に偽装しないのも戦争のルールだ。
アラン中佐は自分の中の常識が崩れると同時に強烈な怒りに襲われていた。
「ゲスどもめ……」
敵は兵士ではない只のテロリストだ。何の慈悲も掛ける必要はない。怒りを押し殺しアラン中佐は呟くと、銃を片手に自らもユイ・カトーらに合流しようと考えた。だが、クリスがっそれを止めた。
「少しは頭を使える人が残ってないと困るんですよ」
クリスは何とか無事の右手でアラン中佐の服の裾を掴んで、アラン中佐を引き留めた。
「とにかく、色々と準備していた物が、全部パーにされました。ここからこちらの体勢を整えるためにはどうするかを考えなければいけません。協力してください」
クリスはそう言って、アラン中佐を説得したのだった。クリスはこれから先、もっと厳しくなる。そういう予感がしていた。

 
 

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