GUNDAM EXSEED_EB_12

Last-modified: 2016-01-12 (火) 20:30:28

放たれた銃弾は誰もいない空間を貫き、進んでいくだけだった。リヒトは即座に後ろに向かって全速力で走りながら、殆ど瞬間移動としか言えないような速度で追ってくるユウキ・カーボンの存在を確認しながら、45口径カービンを連射する。
だが、撃った弾丸は全てが躱され、リヒトとユウキ・カーボンの距離は一瞬で縮まる。
「殺しはしない。色々と用があるからな」
気づいた瞬間、ユウキ・カーボンはリヒトの目の前に立ち、刀を振るおうとする。そのことにリヒトは驚愕の表情を浮かべる。だが、
「バーカ」
驚愕の表情は一瞬であり、リヒトは不敵な笑みを浮かべた表情に変わるその瞬間、ユウキ・カーボンは自分が罠にはめられたと直感し、即座に両腕で顔を防御する。その直後だった。リヒトの着ているコートが破裂したのは。
そして破裂と同時に、鋼鉄製のボールベアリング弾が、リヒトの周囲に弾丸の速度でばらまかれる。その範囲内にはユウキ・カーボンも当然、収まっており、ユウキ・カーボンは、その直撃を受け、両腕で防御した顔以外の全身にベアリング弾がめり込む。
クレイモアコート。リヒトが着ていたコート兼武器だ。原理は単純で、起動状態にすると、人間が一定距離内に入ると、コートが破裂し、コート内のボールベアリング弾が高速で周囲にばら撒かれる。
近寄ってくる相手にはそれなりに有効と、トーマスは言っていたが、充分以上に有効だった。難点は、異常に重いことと異常に通気性が悪いことだ。
「ぐぅううううう――」
リヒトは即座に45口径カービンを撃つが、ユウキ・カーボンは地面に倒れこみながら回避し、全身から血を流しながらも即座に立ち上がり、間合いを離そうと走り、リヒトのそばから逃れようとする。
それに対し、腰に吊り下げ、コートの下に隠していた、ホルスターからサブマシンガンのような形状の銃器を左手で取り出すと、必死に距離を取ろうとするユウキ・カーボンに向けて、その銃――エッジガンを連射する。
撃ちだされるのは弾丸ではなく、投げナイフのような刃物。それを、電磁力を使い発射する、それがエッジガンであり、兵器開発施設のトーマスからリヒトが貰った武器である。
構造上、銃弾より明らかに速度が遅い、発射される刃物、ユウキ・カーボンは全身から血を流しながらも、ユウキ・カーボンは刀で、その全てを弾き飛ばす。だが、弾き飛ばした瞬間、ユウキ・カーボンは刃物から液体が飛び散るのを認識した。
マズイと思ったが遅かった。刃物を弾いた瞬間、液体の一滴が、むき出しのユウキ・カーボンの腕にかかる。
直後、ユウキ・カーボンの腕を激痛が襲い、ユウキ・カーボンは声にならない声をあげながら、地面に倒れこむ。ユウキ・カーボンはすぐに毒の類だと理解した。速度が遅い代わりに毒でカバーする武装だということも理解した。
ユウキ・カーボンは激痛の走る箇所を地面の芝生にこすり付けると、僅かに痛みは無くなった。だが、リヒトはわざと狙いを外して、エッジガンの刃物を地面に突き刺さるように撃つと、地面に突き刺さる刃物に対して、エッジガンを撃つ。
すると、刃物と刃物がぶつかり、その衝撃で液体が、散弾のように飛び散り周囲にばら撒かれる。当然、範囲内にユウキ・カーボンがいることを承知した上での行動だった。
ユウキ・カーボンは刃物に付着している液体が万が一にでも、ベアリング弾が直撃し、皮膚が、えぐられている箇所に付着したなら、発狂するような激痛が自身を襲うことを想像し、気力を振り絞り、立ち上がると、再び走り出す。
対してリヒトは、エッジガンをユウキ・カーボンに向けてひたすらに連射するが、ユウキ・カーボンは深手を負っているにも関わらず、速度を上げ、公園の林の中へと逃げる。
「ちっ」
リヒトはエッジガンにこれ以上、期待するのは無理だと理解し、林の中へユウキ・カーボンが逃げ込むと一旦、銃を下ろす。
元々、色物な武器なだけにそこまで期待はしていなかったが、現状では充分以上の成果だ。リヒトはトーマスに感謝したい気持ちになった。
刃物を飛ばしてみれば強力なんじゃないかという考えで造られた武器だが、実際は突き刺さるだけで、人間に致命傷を与えるほどではなく、それほど強力な武器ではないが、事前に弾として使う刃物に毒物を塗付しておけば、当たらなくても十分すぎる威力だ。
万が一でも当たれば、激痛でショック死する。皮膚にかかった程度で、あの痛がりようなのだから、直接、粘膜や体内に入れば、人間では耐えられない。
だがまぁ直撃は期待できないと思い、リヒトは罠を張るための道具として使うことに決め、ユウキ・カーボンを追って、林の中に向かうことにした。

 
 

その際、リヒトは45口径カービンに付けられた紐を伸ばし肩にかけ、カービン入れてきたバッグを拾い上げると同じく肩にかけ、右手は腰の大型のホルスターからクロスボウを抜き、右手に持ち、歩きはじめた。
血の跡を追っていけば、ユウキ・カーボンの行く先は明らかだったが、段々とユウキ・カーボンの血痕が少なくなっている。
リヒトはすぐに治療できる傷ではないと思い出しながら、一つの予想を立てる。おそらくカーボンヒューマンとして作られた時に、高い自己治癒能力を与えられたのではないかと。そういう技術もあるのは知っていたが、別にリヒトは怖いとも思わなかった。
「一発致命傷を与えれば、終わりだ」
死ねば再生は出来ないだろうと思いながら、リヒトはポケットから銀色のケースを取り出すと、その中の一本の注射器を自分の首筋に打ち、液体を体内に注入する。
「よし、行くか」
リヒトはシャツについているフードを被り、顔を完全に隠すと、ユウキ・カーボンを追うのだった。

 

ユウキ・カーボンはしくじったことを痛感しながら、木に身体を預け座り、傷が治るのを待っていた。出血はほとんど無くなっている。
これは、カーボンヒューマンとして作られる際に付与された身体機能であり、寿命が短くなる代わりに治癒能力が異常に強化されるというものであった。
血は止まっているものの、ベアリング弾は未だに体内に埋まったままであり、出血はないものの、ユウキ・カーボンの全身には穴が空いたままであった。
「くそっ」
ユウキ・カーボンは毒づきながら、ポケットから鎮痛薬が詰まった注射器を取り出すと、それを二本連続で自分に注射すると、更にポケットからピンセットを取り出し、ベアリング弾がめり込み、穴となっている部分にピンセットを突っ込んで弾を取り出す。
鎮痛薬を使うと反応が鈍るが、仕方がなかった。反応が鈍ることより、身体に弾が残っていることが問題だと考えたためであった。
ユウキ・カーボンが身体の中に残ったベアリング弾を全て取り除くと、傷口はみるみる内に塞がり、ユウキ・カーボンの傷は完全に治癒するが、その直後にリヒトの声が聞こえてくる。

 

「おら!どうした、出て来いよ!」
林の中、周囲に多くの木という、を隠すには好都合な場所の中で、そう叫びながらリヒトは左目をつぶり、周囲を見渡すが、人の存在は見えなかった。武術の達人になると、リヒトが左目をつぶっても存在を認識できなくなる。
リヒト師匠曰く、達人になれば周囲の気と自身の気を一体とさせ、自我を極限まで見えにくくすることが可能であり、リヒトの目からも逃れられると言っていた。実際に、リヒトは師匠のイメージ像を見ることは出来ない。
ユウキ・カーボンも話しを聞く限りでは、武術の達人であることから、見えないことは当然かと思い、リヒトは先手を取って相手の位置を把握することを諦めた罠をはることにした。
左手のエッジガンを周囲の地面に向かって、適当に連射し、大量の毒物が塗付、正確には浸して毒が滴り落ちるほど、毒液に浸しておいた刃物を地面に突き刺していく。そして、刃物が刺さった箇所のそばにクロスボウのボルト(矢)を撃ちこんでいく。
リヒトは罠の配置は充分かと思い、もうエッジガンはいらないと思い、ちょっとした作業を行う。
それは、肩にかけていたバッグをおろし、エッジガンのマガジンを外すと、マガジンの中身を全て袋の中に入れるという作業であり、それを終えるとリヒトはついでにエッジガンも細かく、分解し、バッグの中に入れる。
リヒトはエッジガンを形成していたものが入ったバッグを左手に持つと、再びユウキ・カーボンを探して林の中を歩く。

 

ユウキ・カーボンはリヒトの声がしても、動こうとはしなかった。それよりも、僅かでも出血による体力の喪失を埋め合わせるために、身体を休めようとした、その時である。爆発音と僅かな風がユウキ・カーボンの肌を撫でる。
爆発物か?ユウキ・カーボンはそう判断し、一箇所にとどまっているのは危険だと思い、走り出す。
「そこか」
リヒトはユウキ・カーボンの姿を見つけ、クロスボウのボルトを発射する。ユウキ・カーボンはボルトにあたらないように素早く駆け抜ける。
ユウキ・カーボンはなぜ銃を使わないのか、一瞬疑問に思ったが直後に思い知る。ユウキ・カーボンが躱したボルトは木に突き刺さり、僅かな時間を置いて、爆発したのだった。

 
 

「ははっ!」
いい感じにはまったとリヒトは思いながら、クロスボウに巻き付いている布を引き抜くと、即座にカーゴパンツの大きなポケット内に手を突っ込み、ポケットから布を取り出す。
しかし、ただの布ではない。布にはクロスボウ用のボルトが何本もくくりつけられており、リヒトがその布をクロスボウに押し付けるとクロスボウは自動で巻き取りを始め、連射可能な状態になる。
リヒトは何本かを連射する、ユウキ・カーボンの動きは素早く、当たることはなかったが別に構わずに、とにかくクロスボウの引き金を引く。
ユウキ・カーボンは完全にこのクロスボウのボルトが時限式の爆薬を内蔵したものだと思っている。そう思ってくれたほうがありがたいため、リヒトに文句はなかった。それよりも、どういう形ではまるかが一番の関心だった。

 

ユウキ・カーボンはとにかく走りながら、リヒトに対して距離を詰めることを最優先とし、間合いを詰めようとした時、直感的に地面を見た。不自然に地面に刺さっている刃物とクロスボウのボルト。なんで爆発していないんだ?
ユウキ・カーボンが、そう思った直後、地面に突き刺さっていたボルトが爆発し、その周囲に突き刺さっていた、エッジガンの毒液まみれの刃物が周囲に吹き飛び、同時に刃物に大量に付着していた毒液が周囲にばら撒かれる。
ばらまかれた液体がユウキ・カーボンの身体に数滴付着し、ユウキ・カーボンは激痛に襲われながら、逃げようとして走り出した瞬間、木に突き刺さっていたボルトが爆発し、ユウキ・カーボンを襲う。
その瞬間、時限式のボルトと、対人センサーが内蔵されたボルトがあることを理解し、ユウキ・カーボンは爆発の衝撃で地面に倒れる。
「殺し合いは苦手みたいだな」
リヒトは地面を転がるユウキ・カーボンを見下ろしながら言った。真っ向からの殴り合いや斬り合いならば、勝ち目がないことはリヒトも理解していた。だが、こうして罠をはり、手段を選ばなければ、なんとでもなる。
一度戦い、その後にユウキ・クラインの経歴を調べて分かったことだが、ユウキ・クラインは二十代の後半になるまで実戦経験が無いのだ。せいぜい街のゴロツキ相手に大立ち回りを演じたことがあるだけだ。
このユウキ・カーボンの年齢設定は二十代の真ん中であり、カーボンヒューマンの記憶や経験は、蘇らせた年齢と同じになるため、当然このユウキ・カーボンは二十代の真ん中まで記憶と経験しかない。つまりは実戦経験が全くないのだ。
実戦の経験がないのにも関わらず、達人を凌駕する技量というのは恐れいるが、付け入るスキはいくらでもあった。とにかく基本的に警戒心と距離の取り方が甘い、反応速度やら何やら人間離れしているせいで、かえって判断の甘さが生じる。
もっとも、ユウキ・カーボン本人は油断など全くしておらず、真剣だろうが。リヒトからすれば、考えが甘いとしか言えなかった。
「偉そうなことを言ってるわりには人殺しの経験が無いんだろ?色々と甘いぜ、アンタ」
リヒトがそう言った直後、ユウキ・カーボンは起き上がりながら、指を弾く。リヒトは僅かに身体を揺らすと直後に、リヒトの後ろの木の表面で何かが爆ぜるような音が聞こえた。
リヒトは見なくても分かった、ユウキ・カーボンが小石を指で弾いて、リヒトに向けて撃ったのだ。指弾術という指で礫を弾いて相手に傷を与える技術だ。本来は小さな鉛玉など指で弾き撃つ技術だが、ユウキ・カーボンは小石でそれを行った。
当たっても皮膚をえぐる程度の威力なので、さして問題はない。リヒトはそれよりも、指弾で隙を作って、逃げようとするユウキ・カーボンに注意を向け、クロスボウを撃つ。
ユウキ・カーボンの動きの速さを考えると直接狙っても外れるだけなので、直接狙うことはせず、ユウキ・カーボンの走る速さを目算し、ユウキ・カーボンの走る先の地面にクロスボウのボルトを撃ち込む。
ユウキ・カーボンは思った。時限式や対人センサー式ならば、このまま駆け抜ければ、ギリギリ無傷で済むと。しかし、そう思った瞬間――ボルトが地面に突き刺さった瞬間に、それは爆発し、破片を周囲にまき散らす。
突然のことにユウキ・カーボンは足を止める。そして、その頬を爆発の衝撃で周囲に拡散したボルトの破片がかすめる。
「ほら、脚を止めるなよ」
リヒトはユウキ・カーボンのそばの木に向かって、クロスボウのボルトを撃ち込むと、やはりボルトは、突き刺さった瞬間に爆発し、その衝撃とボルトの破片を周囲にばらまく。破片はユウキ・カーボンの身体をかすめ、ユウキ・カーボンに血を流させる。
だが、致命傷を与えるには至っておらず、ユウキ・カーボンは素早い動きで、リヒトの視界から隠れる。

 
 

判断が甘かったとユウキ・カーボンは隠れ、膝をつきながら思う。接触で起爆する矢、時限式で起爆する矢、対人センサーによって起爆する矢の三つがあるなどとは想像せず軽率に動いてしまったという反省の気持ちが芽生えたのだった。
それに、毒に関しても予想が外れていた。鎮痛剤が殆ど効かないのだ。痛みは皮膚に延々と残っている。ユウキ・カーボンはどうしようもなく、シャツを破いて、その布の一部で皮膚についた毒をふき取るしかなかった。

 

「かくれんぼは上手か」
リヒトはそう呟きながら、ユウキ・カーボンが襲ってくる気配がないと判断すると、ポケットから銀のケースを取り出し、中の注射器を自分の首筋にあて、薬液を注射する。
これで残り三本。消費量は増え続けるだろうと思いながら、リヒトは残り三本を使いきる前に仕留めるために再び動き出す。
林の中をリヒトはユウキ・カーボンの行方を追って捜索するが、本人の姿は見つからない。代わりに、ユウキ・カーボンが体内から摘出した、ベアリング弾が捨てられている場所を見つけた。
最初にここに逃げ込んだわけかと思いながら、リヒトはベアリング弾を回収すると、ポケットの中に突っ込んだ。
さて変わらず、ユウキ・カーボンの姿は見当たらないわけだが、こうなった以上仕方ないよなと、リヒトはニヤリと口元に笑みを浮かべると、リヒトは左手に持っていたバッグをユウキ・カーボンが居そうな方向に向かって、高く放り投げた。
高い放物線を描くバッグに対してリヒトはクロスボウを構えると、親指でクロスボウの引き金近くのダイヤルを回し、接触起爆のモードにしてボルトを撃つ。
一々ボルト変えるなどやってられないという考えで、トーマスが開発した機能だった。ボルト自体に高性能な電子制御で起爆するシステムが採用されており、指一本で接触起爆、時限起爆、センサー反応起爆の3つのモードが使い分けられるようになっている。
人体に刺されば一発で致命傷。威力は低くとも地雷のようにも使えるので、もしかしたら実用性はあるかもしれないとリヒトが思っていると、ボルトはバッグに突き刺さり爆発する。
そして、事前に行っていた小細工が機能する。爆発したバッグから、大量のエッジガン用の刃物が飛び散り、同時に刃物に大量に付着している毒液が飛び散り、周囲に雨のように降り注ぐ。
その直後、ユウキ・カーボンは転がるようにして、林の木の一つ、その後ろから飛び出し、走り出てくる。ユウキ・カーボンは走りながら布きれで身体に付着した毒液を拭いつつ、リヒトの方へと、段々と方向転換しながら迫ってくる。
しかし、その速度は最初と比べると明らかに落ちていた。出血と激痛による体力の消耗、出血はもとより、痛みを受けることでも人間の体力は落ちていく。そして極め付けはボルトに大量に塗っている麻痺毒だ。
ユウキ・カーボンはボルトの破片をすでに何度も食らっている。直撃ではないにしても相当に強力な毒であり、それが皮膚を切り裂いて体内に僅かでも入っている。
ユウキ・カーボンは鎮痛剤のせいで動きが鈍っていると思っているかもしれないが、動きが鈍っているのは毒のせいだ。ことごとくこちらの罠に嵌ってくれて、楽しいことこの上ないと思いながら、リヒトはクロスボウを連射する。
ユウキ・カーボンは当然のように回避しながら、刀を手にリヒトに向かって突っ込んでくる。
リヒトに取っては、それも予測済みであり、リヒトはクロスボウを撃ちながら、右胸のホルスターの一つに収められている大型拳銃、トーマスの命名ではノンセレクターを抜き放ち、向かってくるユウキ・カーボンに向かって撃つ。
拳銃の発砲音とは思えない、爆発音が轟き、拳銃弾ではなく、大型のライフル弾が発射される。発射された弾丸は超音速でユウキ・カーボンに向かっていくがユウキ・カーボンはこれを辛うじて回避する。
だが、直後にもう一発が発射されユウキ・カーボンへと再び弾丸が襲い掛かる。その弾丸は、リヒトが左胸に装備しているホルスターからノンセレクターをもう一丁抜き放ち、右手で持ち、引き金を引いた弾丸だった。
ユウキ・カーボンは回避することは不可能だと思い、咄嗟に刀で防ぐが、弾丸の威力に耐え切れず、刀は容易く折れる。ナマクラが!ユウキ・カーボンは心の中で毒づくが、すぐに走りだし、リヒトのもとへと向かう。
リヒトは左手のノンセレクターを放り捨て、左手でポケットから弾薬を取り出しているように見えた。大型の拳銃は一発しか装填できない。ユウキ・カーボンは装填を阻止すべく、全力で加速する。

 
 

タイミングはシビアかと思いながら、リヒトは装填を終え、銃を向けるが、ユウキ・カーボンはリヒトの視界から消えていた。その瞬間、リヒトは後ろに飛ぶ。折れたユウキ・カーボンの刀が宙を薙ぐ。
その動きはユウキ・カーボンにとっても予想外であり、リヒトには躱せない速度で打ちこんだはずだったが、リヒトは余裕を持って回避していた。
ユウキ・カーボンは偶然だと思い、もう一太刀を叩き込むために、リヒトを追って踏み込み、折れた刀を振るう。
リヒトの右手の銃の銃口は、ユウキ・カーボンの方を向いていたが、ユウキ・カーボンはその動体視力を持って、高速の移動の中でも銃弾は自分にあたることはないと確信していた。だが、ユウキ・カーボンが確信を抱いた瞬間、リヒトは笑い、引き金を引く。
発射されたのは散弾、それも集弾性は皆無で、銃口から発射された瞬間に、小さな金属球は、広範囲に散り、その金属球が当たらないと確信していた、ユウキ・カーボンの肩を切り裂く。
発射した金属球はユウキ・カーボンが体内から取り出し、捨てていったものであり、リヒトはノンセレクターに銃弾ではなく、それを詰めて発射したのだった。
ノンセレクターはトーマス曰く、弾丸を選ばずに使える銃というものであり、撃つ際には火薬が使われている弾丸なら火薬を使うが、火薬が無い物体を撃つ場合は、極限まで圧縮した空気を爆発させるようにして、発射する。
空気銃ではあるが、充分以上の殺傷力を持たせることが可能なことをリヒトは理解した。しかし、ユウキ・カーボンは肩から大量に出血しながらも怯むことなく刀を振るう。それに対して、リヒトは役目を終えたノンセレクターを捨て、素手でユウキ・カーボンに挑む。
ユウキ・カーボンはその判断に一瞬、疑問を抱いた。以前に戦った時から、時間はほとんど経っていない。武器を使って、その差を埋めることは出来ていたが、武器無しで戦ったところで、勝ち目はないと分かっているはず。
しかし、そんなユウキ・カーボンの考えは一瞬で打ち崩された。
リヒトはユウキ・カーボンが刀を持つ手を、手刀で叩き落とすと、ユウキ・カーボンを中心に円を描くような滑らかな動きでユウキ・カーボンの左側に立つと、鋭く重い掌打をユウキ・カーボンの顔面に叩き込む。
リヒトの一撃により、ユウキ・カーボンの体が揺れ、よろめきながら後ろに下がる。ユウキ・カーボンは困惑する。前回は標準的な軍隊格闘術だったが、今くらったものは中国武術であることに。そして、リヒトの動きが前回とは比較にならないほどキレを増していることに。
「八卦掌か?また随分と古臭いものを使うんだな」
ユウキ・カーボンは体勢を立て直しながら、リヒトに尋ねる。リヒトはフードで顔を隠したまま、構えを取るが、その構えは、古今東西の武術を研究し理解したユウキ・カーボンも見たことのないものであった。
「俺の師匠直伝の武術だ。未熟だから実戦では、まだ使うなと言われてたが、今は使う」
未熟で、あの動きか、頭が下がると思った瞬間、リヒトがゆったりと動き出す。そう思った瞬間、リヒトが急にユウキ・カーボンの前へと現れる。
凄まじく速いのに、全身の力は抜けているように見えた、その瞬間、リヒトは腰を支点に上半身を投げ出すように傾けると、脱力した上半身がしなるように動き、その先端の右拳が、鞭のようにユウキ・カーボンに襲い掛かる。
ユウキ・カーボンは咄嗟に刀で払おうとしたその瞬間、リヒトの手は精妙な動きを見せ、右拳がユウキ・カーボンの刀を持つ右腕を上から叩き、同時にリヒトの左拳がしたからユウキ・カーボンの腕を叩き、上下でユウキ・カーボンの腕を挟みこむ。
そして流れるような動きで、挟み込み固定した右腕を支点にユウキ・カーボンの懐に入り込みながら、強烈な踏み込みから、肩と背中を使った体当たりをユウキ・カーボンに叩き込む。その威力はユウキ・カーボンが吹き飛び、数メートル転がるほどであった。
しかし、強烈な一撃を叩き込んだのにも関わらず、ふらつくのはリヒトの方であり、ユウキ・カーボンは自己再生能力の効果による部分も大きいものの、しっかりと立ち上がる。
その時、リヒトに明らかな異常が生じた。外から見れば漆黒にしか見えないリヒトのフードの中から、血が滴となって落ち始めたのだ。ユウキ・カーボンは自分が一撃も与えてないことは理解しているので、その血の意味を察し、見当をつけた。

 
 

「なるほど、だいぶ無理をしているみたいだな」
ユウキ・カーボンはリヒトが何らかの手段で自身の能力を高め、それで自分の動きについてきていると想像した。しかし、それには相応のリスクがあるようで、したたり落ちる血はその影響だと考えた。
「別に無理してねぇし」
強がったものの全く誤魔化せていないとリヒトは思っていた。自身の口から出る声に僅かではあるが息切れが混じっていることをリヒト自身も分かっていたし、実際、大丈夫ではないからだ。
鼻血は止まらない上、脳が熱を出し、頭が中から燃え上がるような感覚も抱いており、頭の中は常に爆発と圧縮を繰り返しているようにも感じていた。相当に酷い顔になっているだろうなと思いながら、リヒトは自分の身体に限界を感じながらも動く。
「理想も無いのに、良くもそこまで頑張れるな」
リヒトは思う。そんなものは必要ないと、理由がなければ必死になれない奴とは自分は違うと思い、リヒトは一瞬で距離を詰める。
速い――いや、巧いのか、そう思いながら、ユウキ・カーボンは折れた刀を捨てて、素手で応戦する構えを取り、スッと間合いに入って来たリヒトに対して拳を開き、受けの姿勢を取る。
その瞬間、リヒトの拳が一直線に打ち込まれる。ボクシングのジャブと似ているが異なる、拳を縦にして放つ素早い拳打。ユウキ・カーボンは、それを、開いた拳で受け流す。下手に腕でガードすると、骨が折れる危険性もあるし、そもそも痛い。
三歩必殺とはいかないか、リヒトは拳打を弾かれながらも、目の前のユウキ・カーボンとは別の人物を思い浮かべる。それは自分の師匠だが、師匠は三歩――とは言っても10mの範囲内ならば、三歩で相手の懐に飛び込み、必殺の拳を叩き込むことができた。
それが出来ないということから、まだ、未熟かと思いながらも、リヒトは即座に次の一打を打ち込む、再び鋭い拳打、しかしユウキ・カーボンは後ろに下がりながら悠々とそれを回避する。
ユウキ・カーボンは思う。速いが、拳法ならば対処は容易いと。リヒトの使う武術は、ありとあらゆる中国武術を混ぜたものだが、その混ぜた動きにリヒト自身がついてきていない、別の流派の動きに変わる瞬間に明らかに切り替えの瞬間がある。
熟練すれば、切り替えに隙は無くなるのだろうが、リヒトの技量はその域に達していないため、ユウキ・カーボンは、事前の僅かな挙動から、リヒトが何をするのか簡単に見切れた。問題は全くない、そうユウキ・カーボンが思った瞬間であった。
ユウキ・カーボンは腹部に激痛を感じ、ユウキ・カーボンの体勢が崩れる。その瞬間にリヒトは鋭く踏み込み、腹部に腰を落とした強烈な拳打を叩き込んだ。崩れ落ちるユウキ・カーボンに対してリヒトは言う。
「自分で未熟って分かってるのに、武術に頼るかよ」
リヒトはそう言いのける。別に尋常の試合ではない、実戦だから構わないのだ。暗器をいくら使おうが、何をしようが。
リヒトがしたことは単純に拳打を放った瞬間にリストブレードに内蔵されている。鉛玉を高圧ガスで発射する隠し武器を使ったというだけであったが、全く警戒していなかったユウキ・カーボンは直撃を受けたのだった。
「……戦いである以上、卑怯とは言いいたくない、それでも――」
ユウキ・カーボンはなんとか立ち上がるがリヒトは即座に腰のホルスターから45口径自動拳銃を抜き放ち、速射する。
ユウキ・カーボンは転がるようにして、銃弾を躱すが、その動きに合わせるようにリヒトがユウキ・カーボンを蹴りつける。
ユウキ・カーボンは避けるのは無理だと思い、その蹴りを腕でガードするが、その瞬間にリヒトは拳銃を至近距離でユウキ・カーボンに向けるが、ユウキ・カーボンは咄嗟の判断で、拳銃の銃口の向く先から、身体を逃がす。
リヒトは蹴りを放った脚を戻しながら、強い踏み込みでユウキ・カーボンの懐に入る。そして踏み込みに連動した形で肘打ちを叩き込もうとするが、ユウキ・カーボンはその肘を手で受け流すようにして、叩き落とす。
しかし、リヒトのもう片方の拳銃を持つ手が伸び、その銃口をユウキ・カーボンに向けるがユウキ・カーボンはその腕を叩き、リヒトの手を真上に上げるが、直後に足に激痛を覚える。
それはユウキ・カーボンが受け流して叩き落とした、リヒトの腕のリストブレードから撃ちだされた鉛玉によるものだった。
ユウキ・カーボンが足の痛みによって、一瞬動きが鈍ると、リヒトの膝蹴りがユウキ・カーボンの腹部に突き刺さり、ユウキ・カーボンをのけぞらせる。それと同時にリヒトは至近距離で拳銃を連射する。

 
 

ユウキ・カーボンは確実にダメージを受けていたが、素早い動きでギリギリではあるが銃弾を全て躱す。その動き対して、リヒトは感心して言うのだった。
「すごいな。一発は当たると思っていたんだけど」
リヒトは自身の肉体に限界を感じながらも、余裕があるように言いのける。対するユウキ・カーボンは全く余裕がなかった。
「普通に戦ったら絶対にアンタには勝てないんだろうけどな。何でもありの殺し合いとなれば問題なしだ。アンタはそういうのには向いてないと分かったしな」
実際、細かな身体動作の練度に関してはユウキ・カーボンには遠く及ばないことはリヒトも理解していた。だが結果としては問題にはならなかった。
ユウキ・カーボンの戦闘術は根底にあるのが自己鍛錬であり、対人殺傷に特化していない。対してリヒトの戦闘術は人間を殺す技術に特化したものだった。その視点から見れば、ユウキ・カーボンの戦闘術などリヒトにとっては、お遊戯と同じだった。
前に戦った時は、装備がちゃんとしていなかったことと、生け捕りにしようとしていたことが問題だった。しかし、装備を整え、別に殺してもいいかと思って戦えば、この結果である。リヒトは思う。脳筋野郎は簡単に殺せると。
「確かにな」
ユウキ・カーボンは素直に認めるしかなかった。自分の戦いに関する技術、というよりも戦いに対する姿勢が実戦向きではないことを。結局の所、それが原因で、リヒトにいいようにやられていることを。
「生身では無理だと分かった。だから――Gゲイツ!」
ユウキ・カーボンは生身での戦闘でリヒトに勝利することを諦め、MS戦に移行するため自機を呼び出す。その行動に対し、リヒトは不敵に笑いながら言う。
「前とは立場が逆だな。アテネ、来い」
ユウキ・カーボンの機体が転送され、現れると同時にリヒトも自身の機体ジェネシスガンダムを呼び出す。二機のMSが大地に立ち、向かい合う。

 
 

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