PHASE 01・『引かれあう者たち』
「スタンド使い……か。とんでもないねまったく」
ユウナ・ロマ・セイランは優雅に紅茶を口に含みながら言った。
そこはセイラン家の私邸。豪勢な屋敷でくつろぎながら、ユウナは目の前に座る彼の話を聞いていた。
ウェザー・リポート。常軌を逸した能力『スタンド』を持つ男。
彼の話によると、スタンドとは精神エネルギーが生み出す、能力者の分身であるらしい。
その分身の姿は多様で、人間に近いものもあれば、動物や機械のようなものもあるという。力が強いものがいれば弱いものもいる。動きの速いものもいれば遅いものもいる。千差万別だという。
また、それぞれが固有の能力を持っている。ウェザー・リポートは『天候を操る能力』を持ち、彼の昔の仲間には、『体を糸状にほつれさせる能力者』や、『物質の内部に潜り込める能力者』、『一つの物質を二つに増やせる能力者』といった者たちがいたという。
それほどに違うスタンド同士だが、共通点もある。スタンドはスタンドでしか傷つけられない、スタンドはスタンド使いにしか見えない、スタンドが傷つけば本体も傷つく、逆もまた然り、スタンドは本体から離れるほど力を落とす、スタンドは一人一能力である、などだ。
「まあ、一般人じゃ太刀打ちできないのは確かだねぇ」
自分を襲ってきた吉良吉影の力。『爆弾』ですべてを吹き飛ばす能力。PS装甲を使ったMSすら簡単に爆破したあの力、うまく使えば、あの『フリーダム』ですら倒せるだろう。
そしてこのウェザーは、そんな化け物に勝利したのだ。彼はいったい何者なのだろう。
「君は昔のことはあまり話さないね。お仲間のことにしたって、能力について話しただけだしさ」
「……すまない」
ウェザーはそう謝罪したが、話すことはできないという想いは変わらなかった。
「そう、まあ無理強いはしないよ」
素性を知らすことのできないような人間を雇うなど、愚かとしかいいようのないことだが、ユウナは目の前の男を自然に信じることができた。大体、見知らぬ人間がスタンドに追われているのを、わざわざ助けるような人間が悪い奴のはずもない。
「ところで……仲間がいたってことは、他にもいるのかい? スタンド使いが」
それだけは聞いておきたかった。戦いが、一変するかもしれない情報なのだから。
「……おそらくは」
ウェザーはそう答えた。
「俺の仲間が今どうしているのか、生きているのか死んでいるのかもわからない。だが、この前の男のように、俺の仲間以外にもスタンド使いはいるだろうし……いずれ現れるだろう。新手のスタンド使いが」
ウェザーは断言した。
「そう言い切る理由は?」
「『スタンド使いは引かれあう』……磁石のように。そういうルールだ」
それは理屈にもなっていなかったが、超能力に理屈云々を言うのも妙な話だ。ユウナはウェザーの言葉を受け止め、覚悟することにした。いつか来る、スタンド使いとの出会いを。願わくば、それが味方であってほしかった。
サイド・ザフト
「ガム、噛むかい?」
時はコズミック・イラ73年10月2日、場所は工業用プラント、アーモリーワン。
オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハの護衛としてアーモリーワンにやってきたアスラン・ザラ――現在名、アレックス・ディノ――に声をかけたのは、プラントの最高評議会議長、ギルバート・デュランダルの護衛の一人である、ザフト軍人だった。
赤服を着ているところから、トップエリートであるようだが、あまりそういった感じがしない。歳は20代後半。背は高く、肉体は鋼のように鍛え上げられている。顔立ちも悪くない。
いわゆる美形ではないが、男らしく、愛嬌のある顔だ。だが髪型が変わっていた。銀色の髪を、歴史資料でしか見られなくなった昔のミュージシャンのように逆立たせているのだ。
「あ、いえ、お構いなく」
アスランは男の差し出したガムを押しとどめた。
「いやあ、あんたの護衛対象は可愛くてうらやましいぜ。俺の護衛対象はあの通りのおっさんだろ? 男じゃあ身分違いの恋とかも期待できねえ」
最後の台詞にドキリとしたが、男の様子には揶揄した雰囲気はない。あくまで軽いおしゃべりにすぎないようだ。
「代表と議長に対し、随分な言いようですね……ええと」
「ポルナレフ……名乗らしていただこう。ジャン・ピエール……」
頬に左手を当て、男は名乗った。
「ポルナレフ」
バン!!
デュランダル議長に誘われ、工廠へと向かうアスランに、気取った様子で名乗りをあげた議長の護衛の一人、ポルナレフ。彼に、アスランは言った。
「私はアレックス・ディノです……ともあれ、雇用主をそういうふうに言うのは感心しませんね」
「生真面目だねぇ。将来剥げちまうぜ?」
気にしていることを、とアスランは内心憮然とするが、この自然体で馴れ馴れしく、失礼な男に、悪感情を抱きはしなかった。彼の気安く明るい笑みを見ていると、そんな気は失せる。
「いいんだよ俺は。雇われる条件が『敬語つかわなくてもいい』なんだからよ」
敬語とかいう以前の無礼さだとアスランは思えたが、口にはしなかった。それよりも、
「雇われる条件って……スカウトされたということですか?」
「フフフ、俺の剣さばきは控え目に言っても超一流だからな。議長じきじきにスカウトされたというわけよ」
ということは、彼は訓練所の教官なのだろうか。アスランもナイフの訓練を受けた記憶はあるが剣というのは……。
「その顔はあれだ。剣なんて時代遅れでダサい、つーかキモいとか考えてる顔だな」
「いえ、そこまでは……」
しかし、実際、このご時世、剣を使う戦いなどないだろう。
「機会があれば見せてやるよ。剣は何よりも強く、しかもカッコイイ!ってとこをな」
親指を立てながらニヤリと笑ってポルナレフが言った時、彼らはMSの格納庫が立ち並ぶ工廠に着いた。
「だからこそオーブも軍備は整えていらっしゃるのでしょう?」
デュランダル議長の涼やかな声がアスランの耳に届く。議長は、カガリに工廠の案内をしながら話を進めていた。
「まったくあの狸め。お嬢ちゃんを苛めて楽しんでやがるなぁ」
確かに、カガリは明らかにデュランダル議長に言い負かされていた。
「あれだ。ようするにお嬢ちゃんは、膨れ上がった力が暴走することを恐れているわけだ」
「……まあそういうことです」
オーブの表立った要求は、かつての戦いで流出したオーブの技術と人的資源の、軍事利用の停止である。そしてその裏には、大西洋連邦の言いがかりに近い恫喝がある。
だが、このポルナレフはその更に奥にある、カガリの恐れを的確に読み取っている。アスランはこの男が見かけより遥かに鋭敏であることを悟った。
「大きすぎる力は抑えきれずに暴走するのが人の世の常。それがわかっていてなお力を求めるのもまた人の世の常。しょうがねえっちゃ、しょうがねえことなのかもしれんがよぉ」
「しょうがないとは……思いたくないのですが」
アスランは思わず素直な言葉を口にしていた。
「なら思わなきゃいいだろ」
「え?」
「無理なことでも、結果がわかっていても、人様から認められなくても、それでも譲れないことはあるもんさ」
砕けた言葉づかいの中に、アスランは目の前の男の人生の深さを垣間見たような気がした。
「せいぜいがんばりな。俺はそういうめんどくさいことは嫌いだけどよ」
明るく人懐っこい笑みを浮かべて言う。言葉は乱暴だが、声には暖かな励ましがこもっていた。
「ええ、頑張りますよ」
アスランはやはり生真面目に答えた。
「だが! 強すぎる力はまた争いを呼ぶ!」
「いいえ、姫。争いがなくならぬから、力が必要なのです」
カガリの苛烈で切実な叫びと、デュランダル議長の穏やかでいて、譲る気のない言葉が応酬された直後、警報が鳴り響いた。
「何だ?」
格納庫の内側から光線が放たれた。轟音と爆発が生まれ、破壊された格納庫から、三体の巨大な影が現れた。だがその意味を認識する前に、格納庫の破片がカガリたちのいる場所に降り注ぐ。
「カガリ!!」
アスランはカガリの上に覆いかぶさるが、瓦礫の多さと大きさから見て、このままでは二人とも助からないことは明らかだった。とはいえ移動する時間もない。
(こんなところで!)
アスランが絶望したとき、
「ハァッ!!」
ポルナレフがその場にいる者たちの壁になるように、降り注ぐ瓦礫の前に立ち、気合の声をあげた。同時に、瓦礫が次々と砕け、ポルナレフの体に到達する前に地面に落ちていく。あまりにも不自然な光景だった。まるで目に見えない何かが瓦礫を破壊しているかのようだった。
「大丈夫かい? 議長! アスハ代表! それと生真面目な兄ちゃんよ?」
「ああ、ありがとうポルナレフ」
議長はポルナレフの声に答えると、
「姫をシェルターへ!」
議長の言葉に兵士の一人が応え、カガリを案内する。アスランは衝撃に打たれているカガリを促し、兵士の後を追った。ちらりとポルナレフを見ると、彼は頼もしい笑みを浮かべ、
「縁があったらまた会おうや」
そう言って手を振り、周囲に指示をとばす議長の横に立った。
見るものが見れば気づいただろう。ポルナレフの側に、鋭利なる剣を構え、中世風の甲冑をまとった銀色の騎士が立っていたことに。
レイ・ザ・バレルは己のMSを求めて格納庫に走っていた。なんといってもこの場にはデュランダル議長が――ギルがいるのである。
たとえこの状況が、『予測』のついていたことであるといえど、『不測』の事態は常にありうる。あの、ポルナレフが護衛についているのだから滅多なことは起こらないとは思うが……。
(取り急ぎ、奴らとの戦闘を開始し、注意をこちらに向けなければ)
そして、格納庫が視界に入ったとき、その格納庫に一条の光線が命中した。格納庫が爆発し、中にあったMSが倒れ、瓦礫の下敷きになる。レイ自身が瓦礫の下敷きにならなかった事は幸運だったが、この瓦礫を取り除き、MSに乗るのは骨である。
(とにかく人手がなくては……)
人を呼ぼうと、レイが周囲を見回した時、
「人を呼ぶ必要はないぜ……むしろ呼んでもらっちゃ困る」
落ち着いた声がレイの耳に入った。その声の主である男を、レイは知っていた。
まとう服はザフトの『赤』。矢印状の耳飾をつけ、髪を円柱状に固め、後ろ髪を一本の三つ編みにして背中に垂らした、精悍なその男のことを。
そして、その男の『能力』も。
「俺のスタンドが出せなくなるからなぁ」
そう言って、男は右腕を頭上に掲げると、
「全隊ィィィィ一斉射撃用意ィィィィ」
その腕を振り下ろした。
「撃てェェェェッ!!!」
その号令の直後、大きな瓦礫の一つが砕けて吹き飛んだ。次から次へと、瓦礫が吹き飛んでいく。もし、その衝撃を人間が受けたら、粉々の肉片にされてしまうだろう。
ものの十数秒で、レイと、そしてその男の専用MSから瓦礫が取り除かれた。
「行くぞ。遅れるなよォォ、レイ」
男はこの緊急事態にも落ち着き払った態度であった。その態度は彼の強い精神の表れである。赤服を着たその男は、レイと同じ立場にありながら、『指揮官』然とした雰囲気を持っていた。
実際、彼は一つの『中隊』の指揮官なのだ。
「どこのどいつか知らんが……」
彼は暴れまわる三機のMS……カオス、アビス、ガイアを見つめ、宣言した。
「この虹村形兆が、必ず殺すと予告しよう」
サイド・ファントムペイン
アスラン・ザラがポルナレフと対面していた時、赤い髪の少女、ルナマリア・ホークはちょっとしたトラブルに襲われていた。
非番を楽しむため、式典準備で忙しい工廠を後に、同僚と共に街に出たはいいものの、計算外のことが二つあった。
一つは、同僚のシン・アスカ、ヨウラン・ケントとはぐれてしまったこと。
もう一つは、
「なあ、彼女ぉ、いいだろ?」
「楽しいとこ連れてくからさぁ」
「心配ないよ。こう見えても俺たち純愛タイプだからさぁ」
「そうともよ!!」
コーディネィターとは思えない頭の悪い口説き文句でしつこく迫ってくる4人の男たちだった。どいつもこいつも、お世辞にも顔がいいとはいえない。遺伝子操作の限界というやつだろうか。
ルナマリアはため息をつき、
「悪いけど友人を探してるから」
そう言ってその場を去ろうとしたが、
「じゃあ、俺たちも一緒に探してやるぜ」
「おお! それがいい、そうしよう!!」
「賛成!!」
「決まりだな。じゃあ行こうぜ」
強引に話を進め、肩に手など回してくる。生理的嫌悪感を覚え、いっそ拳にものを言わせようかと、ザフトで鍛えた腕を振りかぶろうとしたとき、
「ちょっとすまない。もし多忙でなければ……ひとつ、ちょっとした質問に答えてくれるとありがたいんだが」
そんな声がかけられた。
「「「「あ?」」」」
声をかけたのは20代の青年だった。スマートな体型で、身長は180センチ弱。鍵穴のような模様のついた白いスーツを着て、腕や胸に巨大なジッパーをつけているという、奇抜なファッションをしている。
髪はおかっぱのように綺麗に切りそろえられ、トップで編み込み、縞模様のヘアピンをつけているという凝り様だ。容貌は端麗で、女性的とすらいえる。
「なんだこのオカマ野郎」
「質問だぁ? 見てわかんねえのかタコ。こちとら暇じゃねえんだ」
「失せろ。いじめるぞコラ」
「引っ込んでな!!」
ナンパ男たちが険悪な目で睨むが、その青年は顔色一つ変えなかった。
「今、人を探しているんだ。三人の子供なんだが……」
「失せろっつてんだろうがぁ!!」
言葉の途中でナンパ男の一人が殴りかかる。だが拳が相手の顔面に届く前に、ナンパ男はいきなりすっ転んだ。
「ああ? どうしたよペイジ」
仲間がペイジと呼ばれた男の顔を見ると、彼は白目を向いて気を失っていた。
「え? おいどうしたんだよ!?」
「て、てめえの仕業か!」
「年上だからって余裕かましてんじゃねえぞッ!!」
ナンパ男の一人がナイフを取り出した。
「俺はボーンナム。人呼んで『切り裂きボン』。その綺麗な顔を切り刻んでやろうかぁ?」
「『切り裂きエド』の真似かそいつは……俺は人探しをしているんだと言っているんだが」
ナイフにもびくつく様子のない青年に、ボーンナムはいっそう怒りをこみ上げさせた。
「このダボがぁっ!!」
ボーンナムは激しく切りかかったが、青年はボーンナムの腕を取ると、あっさりとひねり上げて関節を極め、ナイフを取り上げてしまった。
「ああっ、ボーンナムぅぅ」
「くそっ、二人で一度に飛び掛るぞジョーンズ!!」
「おうよプラント!!」
二人がそう言っている間に、青年はもがくボーンナムに当身をくらわせて気絶させる。
「もういい、しゃべるな。話が噛み合わねぇ……あー、そこのお嬢さん、君は話を聞いてくれるかな?」
青年がルナマリアに話しかけたと同時に、ジョーンズとプラントが一度にとびかかる。しかし、
「あびゃ!!」「のぺ!!」
一体どうやったのかわからなかったが、二人は同時にぶっ飛ばされ、キュウとのびてしまった。
「うわあ」
ルナマリアは思わず声を出した。
まったく息も切らさずに四人の男を叩き伏せた青年に、ルナマリアは見惚れてしまう。すると、青年がルナマリアに目を向けた。
「とりあえず煩い奴らは黙らせたが、よかったかい?」
「あ、は、はい!! ありがとうございました!!」
「いや、話しやすい状況をつくっただけさ。それで、さっきも言ったが人を探しているんだ……人数は三人、少年二人と少女一人。年齢は君と同じくらい。大抵は三人一緒に行動している。服装は上物。
短い緑色の髪の鋭い目をした少年、水色の髪で少女のような顔立ちの少年、金色の髪のぼうっとした感じの少女。三人とも顔立ちはいい。知らないかい?」
流れるように説明する青年に、ルナマリアは記憶を掘り返すが、そのような3人組を見た記憶はなかった。
「すいませんけど、見てないです……」
「そうか、いや、すまない時間をとらせてしまったね」
「いえそんな!! あ、そうだ。何なら私も一緒に探しましょうか? 助けてくれたお礼に」
ルナマリアは目ざとく提案したが、
「いや、それには及ばない。気持ちだけ受け取っておくよ。どうもありがとう(ディ・モールト・グラッツェ)」
それだけ言うと、青年は静かに手を振って去っていった。
「……お、大人ぁ~、やっぱり男は年上よねぇ」
ルナマリアは頬をいくらか染めて、うっとりと青年の後姿を見つめていた。
数十分後、ルナマリアと別れた青年は、目的の人物たちを探し当てていた。
「……ごめんなさい」
しょぼくれた金髪の美少女、ステラ・ルーシェ。
「ステラが道に迷ったのが悪いんだぜ?」
水色の髪のかわいらしい顔の少年、アウル・ニーダ。
「お前だってゲームセンターで動かなかったくせに」
鋭い目の少年、スティング・オークレー。
「あ、お、お前だってやってたじゃないか!!」
「お前がもう一回もう一回ってうるさいからだろうが」
誰が信じるだろうか。この三人がコーディネィターを超えた戦闘能力を持つ、強化人間(エクステンデッド)であることを。
3人を前に、青年はため息をついた。
「まあ仕事の前だから説教している暇もないが……各自反省するように」
鋭い視線を3人に向けて言う。その威圧感は三人をして怯ませるに十分であった。肉体的には自分たちより劣るはずの彼を前に、三人は共通した思いを抱く。
『勝てる気がしない』
それは能力や才能、まして遺伝子などではない。もっと決定的な何かの差を感じるのだ。
「あの二人も待っているだろうし、そろそろ行くぞ。用意はいいな」
青年は言った。
「ああ」
「いつでもOKだぜ!」
「……(コクリ)」
三人のやる気を確認し、青年――ブローノ・ブチャラティは高らかに宣言した。
「では、任務を開始する!!」
ドン!!
そして『二人』と合流したブチャラティとステラたち三人は、軍事工廠の敷地内へ潜入した。目的地の位置、敷地内の構造は事前に調べてある。
入り口のゲートは通らなかった。ステラたちにはどうなっているのかわからなかったが、ブチャラティに手を引かれるままに『壁』に向かって進むと、いつの間にか壁をすり抜けて敷地内に入っているのだ。
ステラたちには見えないが、それがブチャラティのスタンド『スティッキー・フィンガーズ』の能力ということだった。
成人男性のシルエット。頭の上半分は、中世の騎士の兜のようなもので覆われ、首や手の甲、ベルトにジッパーの金具をつけている。その能力は『殴ったものにジッパーを貼り付ける』というもの。壁にジッパーを貼り付け、開けば壁の向こう側への抜け穴をつくることができる。
また、向こう側まで突き抜けずに、内部に空間をつくって中に物を入れることもできるし、物体をバラバラに解体してしまうこともできる。スタンドの中でも上位に位置するスピードと破壊力を持った、強力なスタンドだ。
だが、ステラたちがブチャラティに畏怖と信頼を向けるのは、そんな能力を持っているからではない。もっと暖かく大きなものを、彼が持っているからだ。
「できるだけ人のいない道を通るんだ。いいな」
「任せといてくれよ」
敷地内に入っている以上、ゲートで許可を受けて入った者と見なされているはずだが、用心に越したことはない。ブチャラティの命令に、『二人』の内の一人である『彼』は答えた。
腕を露出させたタンクトップ、黒ズボン、腰には格子模様の布を巻きつけている。
19歳という実年齢にもかかわらず、ステラたちと同い年にも見える童顔の『彼』――名は『ナランチャ・ギルガ』――ネオ指揮下のファントムペインであるステラたちとは違い、ブチャラティ直属の部下である。
スタンドは『エアロ・スミス』。小さなプロペラ戦闘機という姿だが、機銃と爆弾を装備しており、自動車くらいあっという間に廃車にできる破壊力がある。だが今重要なのは戦闘力ではなくもう一つの能力だ。
「こっちから行くのが、一番人と会わずに目的地まで行けるぜ」
ナランチャの顔の前に、四角いモニターがある。それは、『二酸化炭素』を探知するレーダーの画面だ。黒い画面に映る、光る点。これが二酸化炭素、すなわち『人間の吐く息』を表している。範囲はおよそ半径100メートル。潜入、索敵にはうってつけの能力だ。
ナランチャの案内で、ブチャラティ一行は目的の格納庫の前に着いた。
「中には三十人くらいはいるッスよぉ~」
ナランチャが報告する。
「三十人……そのくらいなら問題ない」
ブチャラティはそう言うと、自分自身の胴体にジッパーを貼り付けた。ジッパーを開くと、胴体から二丁の機関銃が出てきた。次にナランチャの腹にジッパーをつけ、中から拳銃とナイフを取り出す。
「これって気持ち悪いんだよな~~」
ナランチャが嫌そーな顔で呻く。そんなことは気にせず、ステラたちは各々が得意な武器を手にとっていく。ブチャラティ、ナランチャ、そしてもう『一人』は武器を持たない。必要ないのだ。
三人が武装を完了させたのを確認し、ブチャラティは格納庫の壁に、
「『スティッキー・フィンガーズ』!」
特大のジッパーを貼り付けた。
格納庫の中には、ナランチャの言ったとおり、三十人近いザフト軍人の姿があった。
ブチャラティが合奏を指揮するコンダクターのように腕を振ると同時に、六人は一斉に攻撃を開始した。
スティングの機関銃が兵士をなぎ倒す。アウルは側転をしながら遊ぶように銃弾をばらまく。ステラはナイフで兵士を切り裂きながら、もう一方の手にした銃で別の兵士を撃つ。
「ボラボラボラボラボラボラ!!」
ナランチャのエアロ・スミスが、ステラたちを狙おうとした兵士を打ち倒した。
ブチャラティたちのチームの任務はファントムペインの援護である。従って、戦闘は基本的にステラたちの役目だ。
けれど、ブチャラティは作戦に対し、『できるだけ人を殺さない』という注文をつけていた。甚だしい偽善ではある。作戦の性質上、殺さないなんてできるわけはないし、死ななくても障害が残る可能性はある。
仮にも軍に勤める以上、相手も戦死は覚悟しているだろう。だが戦時下でない今、これは大義名分のないただの強奪である。自己の利益のために他者を踏みにじることは、彼の最も嫌悪する所業であった。だが命令に逆らえない以上、せめて被害は最小限に抑えたかった。
しかし何より一番の理由は、単純に『仲間』に罪を犯させたくないという、私的感情だったのだが。
ともあれ、ステラたちもナランチャも命令どおり、兵士たちの足を狙い、頭部、心臓部への攻撃はさけているようだった。
すぐにすみそうだと思ったとき、ステラが一人の兵士に蹴り飛ばされた。
「ステラッ!」
スティングが叫ぶ。
ステラを倒した赤い服のザフト兵は、彼女が手放したナイフをつかみ、アウルに向かった。
「『銃は剣よりも強し!』なんてふざけたことをぬかす奴がいたが、もちろんそんなことはねえ」
ザフトであるというのにナチュラルで、髪をおったてたあのおかしな教官はそう言っていた。
彼はナチュラルが大嫌いであり、当然その教官、ジャン・ピエール・ポルナレフも大嫌いだった。ポルナレフと、彼からインパルスの正式パイロットの座を奪ったシン・アスカの仲がいいことを知り、ますます嫌いになった。
しかも更に腹立たしいことに、白兵戦においてもMS戦においても、彼はポルナレフに勝ったことはなかった。
一度は罠をしかけて事故死に見せかけ殺そうとまでしたが、いつものおちゃらけた態度に似合わぬ勘のよさで、罠を見抜かれてしまった。その時、ポルナレフは彼に対しこう言ったのだ。
「こんなくだらねえ真似をする限り、お前は一生俺には勝てねえ」
ポルナレフは彼を告発することはなかった。それがまた、彼のプライドをひどく傷つけた。
ここまでされた以上、もはや『手段を選ばず』などできない。正々堂々、正面から、誰が見ても完全にポルナレフを打ち負かしたといえるような勝利でなければ、このプライドは癒せない!
それから、彼はポルナレフの技術を必死で盗み、修練をこなしていった。インパルスパイロットになるという野望もかすむほどに、彼はただポルナレフだけを見て、己を鍛えていった。
やがて彼は正式にアビスのパイロットになったが、まだポルナレフを越えられたとは思っていない。
だから、
「こんなところで終わってはいられん……!!」
マーレ・ストロードは、敵から奪ったナイフを構え、水色の髪の少年へと足を進めた。
アウルは向かってくる男、マーレ・ストロードに対し銃弾を放った。だが、マーレは怯むことなく、アウルへと歩み続ける。弾丸は彼に当たることなく、後方へとすっとんでいった。
「な!!」
アウルは焦っていた。ステラが倒されたことに。相手が怯まなかったことに。その焦りが、彼の狙いを甘いものにしてしまった。落ち着いて心を決めなければ、命中させることはできない。
「剣に限らず、重要なのは間合いだ……剣の間合いでならば、剣の方が銃よりも強い」
そして、気がついたときには、アウルはマーレの間合いに取り込まれてしまっていた。
「くッ!」
アウルは銃を捨てポケットから小型ナイフを抜き、応戦する。
「呼吸を整えろ。呼吸を乱すものは恐怖。恐怖を克服したとき、呼吸は規則正しく乱れない。どんな攻撃にも冷静に対応できる。それが『境地』というものだ」
マーレは呟き、『俺もそんな境地にはほど遠いけどな』、そう言って笑っていた大嫌いな男の顔を脳裏に浮かべる。
マーレのナイフがアウルのナイフを弾き飛ばす。無意識のうちに彼は呟く。ポルナレフの技量を盗もうとするうちに憶えてしまった彼の言葉を。
「剣とは戦いの道、覚悟の道だ。数グラムの銃弾では感じ取れない、命と死の重さをその手に感じろ」
マーレのナイフが、
「そして、それでもなお、己の道を切り開け」
奔った。
ビュンッ!!
ナイフは空を切った。
「………」
マーレの目に、アウルを引っ張って動かした『男』の姿が映る。いつの間に近づいてきていたのか、わからなかった。そのことにプライドが傷つけられる。
「次は貴様か」
マーレの問いに『男』は答えず、手振りでアウルを促し、アウルはその場を離れた。そして『男』はマーレを見る。
「よい剣だ……」
『男』の言葉にマーレは内心驚いた。『男』はナイフではなく、『剣』と言った。それは手の内を読まれているということ。
「ただのナイフ使いではない……その若さでそれほどの『剣の道』を歩むとは……『良き師』にめぐり合ったと見える」
(良き師だと? あいつが?)
マーレは知った風なことを言う、『男』の言葉にいらついたが、なぜか否定の言葉を出せなかった。
『男』は、悠然とマーレを見据えた。ただならぬ眼光であった。どこにでも売られている素っ気無いシャツとズボンを着ており、大柄で逞しい筋肉をしている。侵入者の中では飛びぬけて年長で、50歳くらいと思われた。
逆立てた髪が、あの教官を思い起こさせてマーレの気に触る。
「行くぞ」
『男』はそれだけ言うと、マーレへと近づいていく。その歩みは不思議に軽やかで、『男』の体が幾重にもぶれているように見えた。
近づく『男』を睨むマーレは、自分の呼吸が荒れていることに気がついた。
(恐怖しているのか? 俺が?)
「そんなわけあるか……」
マーレは呼吸を整える。
『男』が床を蹴って跳んだ。そしてマーレに向けて両足をそろえて突き出し、蹴りの体勢で突き進んだ。その動きはマーレには奇妙にゆっくりと見えた。
「こんなノロい蹴りでッ!!」
マーレはその足をつかみ、ナイフを突き立ててやろうとした。だが、
バアシィッ!!
「なっ!?」
足をつかもうとした瞬間、『男』はいきなり両足を大きく開いた。つかもうとしていた左手は、肘を伸ばされて『男』の右足に押さえられ、ナイフを構えていた右手も『男』の左足に絡めとられ、同様に伸ばされ、押さえられている。
マーレは、両腕を『男』の両足によって開かれ、『男』を頭上で持ち上げている状態になっていた。どう力を入れられているのか、腕は極められて動かすことができない。
「ううっ!!」
今までにない状況に、マーレの呼吸が乱れた。
「精進せい、若いの」
『男』が笑みを浮かべた。それは敵のものであるというのに暖かで、どことなく、あの大嫌いな教官に似ているように思えた。
悔しかった。この敗北に、悔しさがないことが。堂々と戦った結果としての敗北に、清々しさすら感じたことが、変わってしまった自分が、どうにも悔しかった。
(くそ、ジャン・ピエール・ポルナレフ。認めてやる。貴様の勝ちだ)
もはや勝負の次元ではない。たとえ剣の腕でポルナレフを越えたとしても、それによって感じるのは、復讐心でも嗜虐心でもないだろう。その時、自分はきっと、あの教官に感謝してしまう。そのことに気がついてしまった。
「稲妻空烈刃(サンダースプリットアタック)!!」
掛け声と共に、『男』の両手から手刀が放たれ、マーレの首筋を襲う。マーレは思わず頭を後方にそらして逃げようとするが、逃げ切れるものではない。
(くそ、やっぱりナチュラルなんか、大嫌いだ……)
マーレは首に衝撃を感じると同時に、意識を刈り取られてその場に倒れた。
その時にはすでに、格納庫内のザフト兵は全員床に倒れていた。
「見事だ。ダイアーさん」
ブチャラティは、その『男』――『ダイアー』に賞賛を送った。もしもこの襲撃がファントムペインの三人だけで行われていたら、あるいはあの凄腕のザフトレッドに倒され、失敗していたかもしれない。
ダイアーはこの六人の中でも随一の戦闘能力を持っている。中でも、相手の心理を的確に読み取り、蹴りを敵にあえて受け止めさせるようにしむけることで極める『稲妻空烈刃(サンダースプリットアタック)』は強力な必殺技だ。
「邪魔すんなよおっさん。あそこから俺の逆転劇が始まったとこだってのにさぁ」
アウルが拗ねた表情で文句を言う。実際は勝てなかったことをアウル自身わかっているのだが、そうそう礼を言えるほど素直な性格ではないのだ。
「いや何、若い才能に出会って血が騒いだのでな。しゃしゃり出てしまった。すまんな」
ダイアーは鷹揚に笑って謝る。
「ステラは大丈夫かよ?」
「平気」
ナランチャの問いに、マーレに蹴られたステラが答える。
「おーい、のんびりおしゃべりしている場合かよ?」
スティングに言われ、ブチャラティは頷いた。
「よし、では三人ともすぐに乗り込め!」
ブチャラティの言葉に、ステラたちは弾かれたように行動を起こす。
一分と経たぬうちに、三機のMSは動きだした。こうして、後の大戦の引き金は引かれたのだ。
「くそッ、何でこんなことに!」
『コア・スプレンダー』で現場に急行するシン・アスカは、思わず悪態をついた。
新型MSが三機とも奪われるだって? 冗談みたいな悪夢だ。しかも、あの格納庫にはマーレ・ストロードがいたのだ。いけすかない先輩だが、戦闘やMS操縦の腕前には一目おいていた。特に剣においてはシンより一つも二つも上だった。
ポルナレフ教官がシンにだけもらしたことがある。
『あいつもなかなかいい目をするようになったよ。俺を越える日も近いかもな』
その言葉には、まだまだ越えられてはいないという余裕もあったが、いつかは越えられるだろうという悔しさと、期待と、喜びがにじんでいた。
正直、それを聞いたシンはマーレに嫉妬を抱いた。そして、そのマーレが生死不明という状況に、シンは複雑な心境だった。だが、間違いなく言えることが一つあった。それは、
「あいつら、絶対に逃がさないッ!!」
ということだった。
そしてシンは現場に到着すると、カオスに押されるザクに援護射撃した後、『コア・スプレンダー』と『ユニット』を合体させ、新型MS『インパルス』に変えて、暴れまわる三機の前に降り立った。
「何でこんなこと……」
シンは叫ぶ。怒りを、言葉と瞳に込めて。
「また戦争がしたいのか!? あんたたちはッ!!」
TO BE CONTINUED
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