KtKs◆SEED―BIZARRE_第04話

Last-modified: 2008-02-09 (土) 09:02:06

『PHASE:04 灰燼を望む者』







 二体のMSが向かい合っていた。両方ともにブレイズザクウォーリア、高い機動力を持ったザフト軍の機体である。

 片側はジャン・ピエール・ポルナレフ。今のザフトレッド。歴戦の勇者であり、この世界の英雄になりうる器。

 そしてもう片側は、アレックス・ディノこと、アスラン・ザラ。かつてのザフトレッド。前大戦の英雄であり、今は表舞台の外に生きる男。



 二人が対峙していたのは、何時間か、あるいは一瞬か、それは意味のないことである。

 意味のあることは、対峙が終わるときに行なわれることであるからだ。そして、意味のあることは、行なわれた。

 何がきっかけとなったのか、二体のザクはまったく同時に動き、互いに相手との距離を縮め、その影を重ね合わせた。



 そして影同士が離れていき、一呼吸の時間が経過した後、一体のザクが爆発した。

 ポルナレフのザクだった。





「だぁぁあぁーーーーっ!! また負けたぁっ!!」



 ポルナレフがMS戦シミュレーションマシンから飛び出して喚いた。

 たまたま朝早く起きたアスランとポルナレフは、たまたま廊下で出会った。

 話すうちにいつの間にかアスランはマシンに引きずり込まれて、ポルナレフの訓練につき合わされていた。

 さきの戦闘で強敵に出会い、より腕を磨く必要性を感じたらしい。

 その相手にアスランを選ぶ辺り、彼もアスランの正体を知っているらしいが、いい訓練相手が見つかったと単純に喜んでいるだけのようだ。



「これで三戦三勝……まだやりますか?」



 アスランが得意げに言う。

 いつもはもっと遠慮と慎みのある彼であるが、まったく己を飾ろうとしないポルナレフと接していると、そういうものが馬鹿らしくなってくるのである。



「やらいでか! と言いたいとこだが、もう朝飯の時間なんでな。続きは後だ」



 結局やるのかと思いながらも、アスランはポルナレフの動きがやるたびによくなっているのを感じていた。彼は天性の戦士であると実感できる成長速度だった。



(不思議だな。戦いも、自分の武力も、あれだけ嫌悪していたのに、彼との戦いではそれを感じない)



 それはおそらく、彼が自分の力に罪悪感を持たないためだ。彼は自分のように、戦うことを悩みはしないだろう。

 それは、彼が戦闘狂だからでも、戦いの結果に対する想像力がないからでもない。

 彼は覚悟しているのだ。どのような結果となろうとも、それを受け止める覚悟を。自分の意思で、自分の運命を生きる覚悟を。

 その覚悟の輝きが、アスランの心を穏やかにしているのだろう。



『無理なことでも、結果がわかっていても、人様から認められなくても、それでも譲れないことはあるもんさ』



 かつて彼が言った言葉。彼はその言葉どおり、譲れないことのため、覚悟を持って生きているのだろう。

 ひるがえって自分はどうだ? 力を捨てた現状は、本当に自分の意思で選んだ運命か? 覚悟を決めて生きているのか?

 覚悟しているというのならなぜ、ミネルバが沈みかけたときに力を望んだ?



(俺は、弱い)



 戦闘能力とかMS操縦の技術とか、そんな些細なことではなく、精神において、目の前で敗北を悔しがる男に遠く及ばない。

 それは、ブローノ・ブチャラティに、三人のエクステンデッドたちが抱いたものと、似た想いであった。





 ポルナレフと分かれ、そろそろ起きてくるだろうカガリのところへ行こうと歩いていると、ある人物に出会った。

 忘れもしない、黒髪のザフトレッド。赤い眼に怒りをたぎらせカガリを睨んでいた、シン・アスカであった。

 彼はアスランに気づくと、微妙な表情をつくり、

「あ……おはようございます……」



少しモゴモゴとした調子でそう言った。



「あ、ああ、おはよう」

アスランも返事をした。



しばし沈黙が流れたが、やがてシンの方から口を開いた。



「あの……アーモリーワンで、ザクに乗ってたの、あなたですよね?」



「え、ああ、そうだが」



「あの時、インパルス……あの白いMSに乗ってたの俺だったんで……助けてくれてありがとうございました。

 それに、ミネルバも、あなたの提案で助かったて聞いたし……それも……」

 ミネルバに帰還した後、シンは、「もうかっこよかったんだから!!」と、はしゃぐメイリンからアスランの活躍を聞かされ、

(この時、ポルナレフが、「しかし俺ほどの渋みや含蓄はないだろう?」とメイリンに言い、「ああはいはい」と軽く流され、

 「そうやってあしらわれるのは一番哀しいぞ……」と落ち込むという、コントがあった)

 会ったらアーモリーワンでのことを含めて礼を言わなければと思っていたのだ。

 しゃっきりしないながらも、感謝の意を伝えるシンにアスランは、



「ああ、いや、こっちも他人事じゃなかったし、俺一人の力で助かったわけでもない。まあ、お互い様さ」



 微笑を浮かべてそう言った。しかし、



「ところで……君は、デッキから代表を睨んでいたが……なぜだ?」



 この機会に、アスランは最も気になっていたことを問いただした。



 すると、シンの気配が急激に変化し、あのときの怒りの眼ほどではないが、強い苛立ちを含んだ視線をアスランに向け、はき捨てた。



「あんたに関係ないだろ?」



「いいや、関係はある。俺は代表の護衛だ」



 引くことのないアスランに、シンは視線をそむけ、



「俺は、オーブが嫌いだ。言うことはそれだけだ」



 そう言って、アスランの脇を通り抜け、去っていった。



「……オーブが嫌い、か」



 彼の真意はアスランにはわからない。わからないが……重い理由であることは確かだった。

 アスランは、その理由を知ることは簡単にはいかないだろうと思っていたが、図らずも、その理由はその日のうちに知ることになった。





「ユニウスセブンが!?」



 シンは思わず声をあげた。大戦の引き金となった悲劇の地、ユニウスセブンが地球に落下してきているというのだ。

 100年単位で安定した軌道を保ち、宇宙に浮かんでいるはずだったものが。

 あれが地球に落ちたらどうなる? 恐竜が絶滅したのは、10キロ以上の隕石が地球に衝突したからだという説がある。

 それと同規模のプラントが衝突するのだ。結果は考えるまでもない。



「そんなものどうするのよ?」



 ルナマリアが言う。



「砕くしかない」



 周囲が黙り込む中、レイがあっさりと答えた。



「軌道を変えるのはもう手遅れだ。となれば破壊するしかない」



「で、でも。デカイぜぇ、あれ!?」



 ヨウランが思わず声をあげる。シンはむしろ、楽だと思った。危ないならばぶっ壊す。実に豪快で単純明快な解決策だ。

 あの教官なら喜んで乗り出すだろう。自分も同じだ。

 オーブや地球連合には憎しみもあるが、地球に生きている人々のほとんどは、そんな憎しみとは関係がない。助けてやりたいと思う。この理不尽な運命から。



「ほぼ半分に割れてるっていっても、最長部は8キロは……」



「だが衝突すれば、地球は壊滅する」



 レイの淡々とした言葉は、淡々としているがゆえの重みがあり、その場の誰もが言葉をなくし、深刻な表情で沈黙した。

 最初から人の輪を外れ、黙って缶コーヒーを飲む形兆だけは、その言葉を聴いても鼻を鳴らして動じなかったが。



「んー…でも、ま、それもしょうがないっちゃ、しょうがないか? 不可抗力だろ? 変なゴタゴタがなくなってむしろ楽になるかも……」



 ヨウランが、雰囲気に耐えかねてそう言った。良識に欠けていると言われれば、認めるしかない言葉であったが、彼が本気でないのは皆わかっていた。

 しかしさすがに言いすぎだろうと思い、軽くたしなめようかとシンが思っていると、



「よくそんなことが言えるなッ! お前たちはッ!!」



 シンが宇宙で、最も嫌いな声が響き渡った。







 カガリ・ユラ・アスハ、オーブを代表する権力の持ち主。その彼女が怒りもあらわにレクルームに踏み込んできた。



「しょうがないだと!? 案外ラクだと!? どれだけの人間が死ぬことになるのか! 本当にわかって言ってるのか、お前たちはッ!!」



 カガリの怒声が響き渡る。だが、その言葉は聴く者の胸には響かない。今のは仲間内での戯言だ。

 それを他人に本気で説教されれば、誰だってうんざりする。

 とはいえ、彼女が今回の出来事における被害者であることは皆わかっていた。

 だから誰も文句は言わずにいたが、反抗的な空気はわかるものだ。カガリにももちろんわかったし、それが彼女を更に怒らせた。



「やはりそういう考えなのか、お前たちザフトは!?」



 シンの目つきが変わる。鬱陶しそうな苛立ちを含んだ瞳が、明確な怒りの色に。



「あれだけの戦争をして、あれだけの思いをして……! やっとデュランダル議長の施政のもとで、変わったんじゃなかったのか!?」

 激昂するカガリを、アスランが止めようとしたとき、



 ゴンッ!!



 前にもあったようなタイミングで音が響いた。シンが思い切りテーブルを叩いた音だ。メイリンが、テーブルを心配げに見つめた。壊れでもしたかと思ったようだ。



「うっさいよあんた」



 シンは、『あの時』と同じ怒りを込めて、カガリを睨んだ。



「ヨウランも無神経なこと言ったかもしれないけどさ、そこまで言われるようなことじゃないだろ!」

「シン、言葉に気をつけろ」

 シンの台詞に、レイが言う。真面目なレイらしいとシンは思うが、怒りは収まらない。



「あんたさ、ポルナレフ教官に言われて学んでないのかよ? 時と場所をわきまえるってことをさ。

 そんな頭でも務まるなら、代表も楽な仕事だよな。オーブならその程度でもいいのかもしれないけどね」



「こ、このっ!」

「いいかげんにしろカガリっ!!」

 アスランがシンにつかみかかりかねないカガリを止める。



「せっかくだから教えてやるよ。俺は昔、オーブに住んでいた。俺の家族はアスハのせいで死んだんだ」



 その憎悪に満ちた言葉に、周囲の全員が凍りつく。ただ形兆だけが、珍しく興味の色を瞳に浮かべて、耳を傾けていた。



「アスハが、理念を守るために国民を見捨てたおかげでね! 国民も救えずに英雄気取りなんて笑わせる!!

 正義のため? 未来のため? そのためなら、今生きている命は、犠牲になって当然なのかよ!?

 苦渋の決断だろうが、責任をとって自爆しようが、そんなの、死んだ人間にはなんの意味もないんだ!!」



 オーブの理念。他国を侵略せず、他国を侵略されず、他国の争いに介入しない。国民も国土も護れなかったその理念を、今もオーブは使っている。

 その理念のために犠牲になった命があるというのに、それをかえりみもせずに。

 その無反省こそが、シンには最も許せない。



「だから俺はオーブもアスハも嫌いだし、許さない。けど、オーブやアスハ関係なしに、あんたは嫌いだ」



 シンはカガリに対して、足を踏み出し、一歩一歩近づいていく。



「ボギーワンとやりあう前の格納庫で、あんだけ偉そうに『力を持つな』と非難しといて、自分たちの身が危険になればその『力』に助けを求め、また非難。

 何様だよ。それに『やはりそういう考えなのか』だって?」



 シンはとことんカガリを軽蔑した視線で眺め、



「手を取り合って歩むなんて言っといて、こっちを信じていないのは、そっちの方じゃないか」

「ッ!!」



 シンは、うつむくカガリから興味をなくしたように視線をそらす。



「ガーガー言われなくても、ユニウスセブンは何とかするさ。邪魔をしないで黙って見てろよ」



 そう言い捨てて、シンはカガリを押しのけて、レクルームを出て行った。結局、カガリは何も言えなかった。





 アスランは地獄のように落ち込むカガリに、声をかけられなかった。

 カガリは泣くこともできずにどんよりと暗い空気を漂わせながら、青ざめたを通り越して真っ白になった顔色で、フラフラと通路を歩くカガリ。

 さながらゾンビだ。一体どうすればいいのか。

 アスランにも、シンに対する言葉は思い浮かばない。ウズミ・ナラ・アスハは確かに戦争を避けるための治世を行った、少なくともそれを目指していた。

 だが、結局はその治世の基盤となる理念のためにオーブは焼かれた。それはどうしようもない事実。



「おいおいどうしたよ、やけに暗いっつーか、なんつーか」



 その通路の向こう側から、紙袋を抱えたポルナレフが歩いてきた。



「あ、ポルナレフさん」

「前から思ってたけど、『さん』はいらねーよ。敬語もいらね。お前は俺の部下じゃねえんだしよ」

 気さくにそう言うが、カガリを見て顔をひきつらせる。

(何があったんだよこれ……)

(いやその……)

 さすがにアスランは言葉を濁す。とりあえずポルナレフは、



「あー、代表、お一つどうすか」



 紙袋から、紙に包まれた丸いものを取り出した。匂いからすると食べ物らしい。ポルナレフが紙を剥くと、四段はある巨大なハンバーガーが湯気をあげていた。

「まあ……ひとつ食ってください。何か知りませんが、気が落ち込んだらとりあえず食うことです」



 カガリはハンバーガーを受け取ったが、沈んだ表情で見つめるばかりで食べようとはしない。自分自身に絶望したカガリには、慰めの言葉も届かない。

 どうしたものかと顔を見合わせるアスランとポルナレフだったが、そのとき、思いもよらぬ人物が、偶然現れた。





「おやこいつは、見たくもない面が一つに、粉々に破壊してやりたい顔面が一つか」



 実に嫌そうな口調で言い放つ、一人の男。



「ふん、ポルナレフ。貴様のことは嫌いだが、一つアドバイスをしてやる。その女に、情けをかけてやる価値はない」

 虹村形兆。レクルームでシンの怒りを眺めていた彼が、そこにいた。彼はカガリを唾でも吐き掛けそうな表情を向けて言った。



「そいつはな、今しがた、お前のお気に入りのシン・アスカに、こっぴどく負けたところなんだよ」

 ビクリと、カガリの肩が震えた。



「ま、詳細はシンの小僧から聴けばいいが……政治家の癖に素人の非難になんの反論もできず、敗北した後は落ち込み自虐するばかりで、周囲のお人よしどもに甘えるだけ。 そしてそれが当然と思っている最悪な女。そいつはそういう、まったく人間のクズなんだよ」


 さきのシンと同じように、カガリに近寄りながら形兆は言う。嫌悪や苛立ちを見せることは多々ある彼だが、こうもはっきり『軽蔑』の意を表すことは珍しい。

 彼にとって、カガリは今にも歯を全部へし折ってしまいたいほど嫌いなタイプであった。



「俺は、人間は成長してこそ生きる価値があると思っている。

 ……逆に言えば、成長する気もなく自分の惨めさにひたって酔って、周囲の足を引っ張るだけの無能は……生きる価値も資格もないと思っているよ!」

 カガリのことを見たくもないとばかりに顔を背け、形兆は去っていった。





「カガリ……」

 形兆の姿が見えなくなった後、何を言っていいかわからないまま、アスランがカガリに話しかける。すると、



 バクゥッ!!



 カガリがハンバーガーにかぶりついた。その双眸から、涙がボロボロと流れ出る。



「くそっ、くそぉっ……」



 ガツガツとハンバーガーを食らうカガリには、しかしもう、さきほどまでの暗さはなかった。

 その様は、食らうことで力をつけ、まだ見ぬ明日への活力を得る獣のようだった。



「アスラン」

「……なんだい?」

「私は、私はこんなままでは、終わらないぞ。こんな、惨めで、愚かで、腐った人間のままでは、終わらないぞ……!!」

 一度目の憎悪がカガリを自分自身への絶望に突き落とし、二度目の罵倒がカガリの自分自身への怒りに火を点けた。

 その怒りはカガリの感情を叩き起こし、再起と成長を、アスランとカガリ自身に誓わせた。

 アスランは、カガリの熱い想いに、ただ頷きだけで応えた。それで充分であった。



 カガリはハンバーガーを食べ終わると、ポルナレフに、

「ご馳走になった。この借りは必ず返す」

「気にせんでいいすよ、こんくらい」

「いいや、命と同じくらいの借りだ。必ず、報いてみせる」

 さきほどとは別人のように凛々しい顔で、ポルナレフに言うと、アスランと共に、割り当てられた自室へと向かった。



 アスランはカガリを見つめながら思った。

(カガリは覚悟を決めた……俺も早く決めなくてはならない)



 ポルナレフは二人を見送りながら思った。

(ときには太陽より北風が必要、か。形兆の野郎にそんな気はなかったろうが、まあここは感謝、だな)



 彼らがそうしている間にも、ユニウスセブンは地球へと近づいていた。確実な破滅を伴いながら。







 白髪で顔色の悪い男が一人、忌々しげに窓から客人の帰宅を眺めていた。彼の名はロード・ジブリール。

 反コーディネイター組織、『ブルーコスモス』の盟主であり、『ファントムペイン』を支配下におく男である。



「あのおいぼれどもは呑気に笑いおって……今があの人外どもを一匹残らず駆逐できるチャンスだというのに!!」



 吐き捨てながら、今頃宇宙にいるはずの部下の顔を思い出す。ユニウスセブン落下についての調査を命じておいた、ネオ・ロアノークと……ブローノ・ブチャラティ。

 ネオ・ロアノークについては問題ない。癖のある男だが、反抗しても無意味であることを理解している。だがブチャラティの方は……



「油断ならんな」



 ジブリールがブチャラティに出会ったのは、ジブリールがブルーコスモスの建て直しを半ば成功させ、次代の盟主の座が見えてきた頃のことだ。

 ブチャラティは、軍のテロリストグループ壊滅作戦に協力した一般人として、彼の前に姿を現した。

 ブチャラティは、他の二人の仲間と共にジブリールの下に就きたいと言い、その能力『スタンド』の秘密を明かした。

 ジブリールは腰が砕けるほど驚愕したが、一度受け入れると、ブチャラティたちは強力なカードとなるかもしれないと考えた。

 そこで彼らの力を試すため、危険な任務を遂行するための部隊を急造した。

 お目付け役かつ、ブチャラティたちの軍事訓練を行う教官一人と、三十人足らずの隊員で構成された部隊『スリーピングスレイヴ』。

 奴隷のように扱き使われるために存在する特殊部隊は、多大な成果をあげた。



『平和の敵よ心せよ、眠れる奴隷が目を覚ます』



 いつしかスリーピングスレイヴは、そのような警句が生まれるほどに、軍の横暴に苦しむ人々からの支持を得た存在となっていた。

 その手腕、その知力、そして人望。部隊に割り当てられた兵士たちは、残らずブチャラティに心酔している。

 彼と関わった誠実な軍人や民衆のほとんどが、ブチャラティに好意的感情を示している。

 それは全体から見ればごく少ない支持であったが、確かに存在していた。



 隊の名称である『眠れる奴隷』が、ブチャラティを意味する二つ名となった頃、ジブリールは彼の力を完全に認め、そして……恐れた。





 ブチャラティにネオの援護をさせ、スリーピングスレイヴと引き離したが、それでも安心はできない。



(奴の望みはなんだ……?)



 ブチャラティには何か野望がある。それはわかっているが、ただの富や名声、地位や権力ではなさそうだ。それが何なのかがわからない。



「くそっ」



 忌々しい。ブチャラティも、その仲間たちも、コーディネイターどもとはまた違った意味で忌々しい。

 その忌々しさが、何からくるものなのかはわからない。ブチャラティが見つめるものと、関係があるという気がするのだが。



「まあいい……奴の野望も力も、すべてこの私の掌中で使い潰してやるまでだ」



 ジブリールは、それまでの思考を振り払い、自分に言い聞かせるように呟いた。



「ユニウスセブンが落下した後は、コーディネイターとの戦争だ。

 それにブチャラティを投入すればいい……奴も、ギルバート・デュランダルも、私に害をなす者は互いに噛み合って死ねばいい」



 だが、ジブリールは知らない。この世界を狙う者が他にいることを。

 ユニウスセブンの全貌も、ロゴスの存在も、デュランダルの真意をも知る者が、静かに機会を待っているということを。







 ……そのパイロットは、何も見はしなかった。何も聴かなかった。敵機の姿とか、ビームの光とか、そんな前触れも感じることのないまま、



 ボッ!!



 死を迎えた。

 顔から飛び出て無重力空間を漂う目玉が、血の舞う空間と、パイロットの無惨な躯を映していた。



   ――――――――――――――――――



 ユニウスセブン落下阻止作戦……それは、意外な方向へ動いていた。

 先行し、メテオブレイカーによってユニウスセブンを砕こうとしていた、ジュール隊――前大戦で大きな功績をあげたイザーク・ジュールを隊長とする部隊――が、ジンを操る謎の一団と戦闘になったのである。




「くそおッ! なんなんだこいつらはッ!!」

 イザークが吠える。その端正な顔立ちに似合わぬ猛々しい声に、しかし答えを返すものはなかった。わかっていることは、こいつらがユニウスセブンの破壊を邪魔しようとしていること。そしておそらくは、こいつらこそが、このユニウスセブン落下を引き起こしたのだろう。




「メテオブレイカーを守れッ!!」



 イザークが命令するまでもなく、彼の部下たちは敵のジンから、メテオブレイカーを守るためにゲイツR四機でその周囲を囲んでいた。

 だが、そのうちの一機がいきなり動きを狂わせた。ガクガクと痙攣を見せたかと思うと、次第に高度を下げ、ユニウスセブンに墜落し、爆発してしまう。



「なっ、どうしたんだよ!!」



 その異常事態に副官のディアッカ・エルスマンが声をあげる。



 ジンが残る三機に迫り、刀を振り上げた。狙われた一機は、応戦しようと構えをとる……直前に動きを止めた。



「どうしたぁッ!! 戦わんかバカモノォッ!!」



 イザークが叫ぶが、その言葉はパイロットに届かない。



 なぜなら、そのパイロットの顔はすでに右半分を破壊され、無重力化で球体となった鮮血と脳漿がコクピット内を漂っていたからである。

 次の瞬間、すでに主の失われたMSが破壊された。





「ユニウスセブンにてジュール隊がアンノウンと交戦中!」



「イザーク……?」

 旧友の名を耳にし、アスランが反応する。彼もまた、このユニウスセブンの破壊に手を貸すことになったのだ。カガリには話してある。その時の表情からするに、気を使わせてしまったようだった。


(まだ戦う覚悟が決まったわけでもない……が、黙ってみているというのも)

 アスランは葛藤を抱えながらも、戦場に意識を向けた。



「さらにボギーワン確認!」



 アスランは次々ともたらされる情報に顔をしかめる。だが、このままここにいても始まらない。とにかく現場に急行しなければ。



「アスラン・ザラ、出る!」



 一機のブレイズザクウォーリアが、宇宙へと飛び出した。



 ―――――――――――――――――――――――

「あれ落とそうとしてるの、ザフトだと思うかい?」



 ネオ・ロアノークがユニウスセブン上の戦闘を眺めながら、傍らのブチャラティに尋ねた。



「違うだろう」

「なぜそう思う?」



 ブチャラティは分析する。



「彼らはそこまで愚かではない。こんな大儀も宣戦布告もない攻撃を行えば、地球はもちろん、プラントからも少なくない怒りの声があがるだろう。地球にもコーディネイターがいないわけじゃないし、同族殺しまで犯してしまう。


そんなバカな真似はするのは、よほど視野狭窄に陥った凶徒か……恐ろしく悪辣な策略家のどちらかくらいだろう」



 ネオは頷いた。

「俺もそう思う……やはりこれはテロリストの仕業ということになるかな?」

「俺が前に相手にしたテロリストの中にも、これくらいのことを計画していた奴らはいたしな。おそらく間違いないだろう」



 ブチャラティは『この世界』での経験を思い返して語る。



「まあそうは言っても、もう少し調べないとな。頼めるか?」

「ああ、俺たちはお前たちのサポートが任務だ」



 ブチャラティはそう応え、ダイアーとともにMSに乗り込み、ユニウスセブンを目指して発進した。



「俺だけ留守番かよ……」

「ナランチャ、MS操縦、ド下手なんだからしょーがねーじゃん」

 そしてアウルと喧嘩するナランチャと、隣でババ抜きをするステラとスティングが残された。

 

 こうして……ザフト、ファントムペイン、謎のジン部隊の三つの勢力が、ユニウスセブンに出揃うことになった。





「なーんか、おかしいぜ? なんか妙だ……」



 仲間と共にユニウスセブンに到着したポルナレフは呟いた。今、ユニウスセブンが真っ二つに砕かれたところだ。そしてまた更に半分に砕かれる。そして今、ポルナレフの前で動こうとしているメテオブレイカーによって更に砕かれることになるだろう。


 その成功を見ながらも、ポルナレフは嫌な感覚を拭えなかった。



「もっと早くに砕けていてもよかったと思うんだがな……」



 ポルナレフの見たところ、ジュール隊の腕はかなりのものだ。特に隊長にイザークと、副官のディアッカは、ポルナレフ相手に全勝中のアスランにも匹敵する。シンやアスランも活躍しているし、ポルナレフ自身、さきほどジンを一体切り伏せたところだ。




 ボギーワンやそこから発進したMSも、黙ってこっちの様子をうかがい、手伝いはしないが、邪魔もしてこないから、敵は謎のジン部隊だけだ。

 確かにこのジン部隊は強敵ではあるが、これだけの戦力でかかって、ここまで時間がかかるほどの相手とは思えない。しかし実際にはジュール隊は多くの隊員を失い、大幅に時間をロスしてしまった。このままでは、ユニウスセブンを完全に破壊しきることは難しいだろう。




 そのとき、ポルナレフは見た。目の前でメテオブレイカーを設置しようとしたゲイツRが一機、急に動かなくなったのを。他のゲイツRがその奇妙さに気づき、連絡を取るが応答がないようだ。




「……ッ!!」



 猛烈な悪寒。そして次の瞬間、



 バズンッ!! ブッシュウウウウウゥゥゥ!!





「なぁっ!?」





 ポルナレフの左腕が……突然、『ちぎれ飛んだ』。



「うおおおォッ!?」



 ポルナレフはいきなりの激痛と消失感に叫びをあげてしまう。



「ぬ、うう、こ、これは」

 ポルナレフは血の吹き出る切断面の上部を握り締め、少しでも血を止めようとする。



(こいつは……スタンド能力!!)

 それ以外に考えられない。こっちがこうまで苦戦していたのは、スタンドによって次々と味方が殺されていたからだったのだ!!



(この宇宙空間でMSのコクピットを攻撃できるってことは、とびっきりの遠距離操作型だぜ……)



 ユニウスセブンの大きさから考えれば、キロ単位の射程距離が必要だ。射程距離Aは間違いない。



『ファハハハハハハハ!!』



 脂汗を浮かべるポルナレフに、いきなり耳障りな哄笑が届いた。



『理解できねえだろうな~、な~んで腕が吹っ飛んだかよ~~、かわいそうだから、早いトコ、ぶっ殺してやるよぉ!!』



 邪悪な声の主はポルナレフへと襲い掛かった。だが、声の主は知らない。ポルナレフには、腕が吹っ飛んだのがなぜか理解しているし……声の主の姿も見えているということを。




「『シルバー・チャリオッツ』!!」



 銀の甲冑をまとう騎士の姿をしたスタンド、銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)。その暗示はタロットにおける『戦車』。侵略と勝利を意味する。手にした剣による斬撃は、幾人もの強敵を切り裂いていた。


 そして、今また、光をも切り裂くポルナレフの技能が、一体の敵を貫いた。



『ギャアアアアアッ!?』



 ポルナレフを襲うとした『敵』は、チャリオッツの剣先に貫かれ、もだえ苦しんでいた。その姿は気持ちの悪い大きな『クワガタムシ』のようだった。









「ギャアアアアアッ!?」



 ポルナレフが敵スタンドを貫いたと同時に、ユニウスセブンの地表にそっと隠れていたMAの中で、一人の老人が叫びをあげた。



 彼の名はグレーフライ。使うスタンドはタロットでいう『塔のカード』。破壊、災厄、旅の中止を暗示する『灰の塔(タワー・オブ・グレー)』。

 大きなクワガタムシの姿をしたこのスタンドは、10センチの距離から10丁の銃で撃ったとしても余裕でかわすことができるスピードと、長大な射程距離を誇っている。力は弱いが、スピードにものをいわせた突進力は、人体程度たやすくバラバラにできる。


 牙の生えた口から伸びる触手『塔針(タワーニードル)』で、人間の舌をひきちぎるのが大好きな、根っからの悪党スタンドだ。



 弱点は精密動作性の低さだ。標的が隠れていた場合、探し出すのが非常に苦手である。

 それゆえに隠れた目撃者がいてもまとめて皆殺しにできる飛行機事故や列車事故ばかり起こし、DIOの命令でジョースター一行を襲撃したときも、逃げ隠れできない機中で行った。


 結局その弱点ゆえに、座席に隠されたハイエロファントの結界に気づけず、『向こうの世界』では殺されてしまったが。



 こちらの世界でも彼のやることは変わらなかった。人を殺し、金品を強奪する。あるいは依頼をもらって人を殺す。それだけだ。

 ある日、彼は依頼を持ちかけられた。



『このユニウスセブンの破壊を阻止せよ。ある程度割れるのはいいが、地球にまったく被害を与えなくしてしまうことだけは阻止せよ』



 それが、そいつの依頼であった。グレーフライにとっては他人が何人死のうが何兆人死のうが知ったことではない。

 その後もその依頼者と組んでいれば、うまい汁を吸えそうだという予感もあり、依頼を引き受けた。

 そして依頼者から渡された、この自動操縦システム付きMAでユニウスセブンに隠れ、レーダーでMSの位置を確認しながら、メテオクラッシャーを設置しようとするジュール隊MSのコクピットに、タワー・オブ・グレーを送り込み殺害していったのである。


 いちいち殺した人間の数など憶えていないが、そこらで戦っているジン達の誰よりもたくさん殺したはずだ。楽な仕事であったはずだ。大金を手に入れるのはあと一歩だったはずだ。




 だがまさか、スタンド使いがMSに乗っているなんて思いもよらなかった!!







「てめー、知ってるぜ。ジョースターさん達を飛行機で襲った『タワー・オブ・グレー』っつースタンドだな? お前も『この世界』に来ていたのか」



 ポルナレフは冷酷なほどに醒めた声で言う。いつもの明るく温厚な彼とは思えないその表情は、敵に対しては非情を貫く戦士のものだった。



「確か、舌をひきちぎるのが趣味なサイコ野郎だったよな。それじゃ俺はお前の……」



 チャリオッツの剣が一瞬にしてタワー・オブ・グレーより引き抜かれ、



「そこ以外を切り刻む」



 次の一瞬でその体を十個以上の肉片にまで解体した。



 同時にMA内のグレーフライも、クワガタムシの形をしたアザのある舌を残して、体中ズタズタになり、その息をひきとった。



「ふう……これで後は、まともな戦闘と破砕作業ができるだろう……それにしても、ここは早くミネルバに戻らなきゃな……」



 ポルナレフは痛みに耐えながら、連絡用回線を開いた。







 ミネルバはポルナレフからの通信に、初めは疑問を、次に驚愕をもって迎えた。



「な、何があったというの!?」



 タリアが狼狽を隠すこともできず、叫ぶ。

 自然な反応だろう。片腕を失くした男と、その片腕が血と共に、コクピット内を浮かんでいるのを見れば、そうそう平静ではいられまい。



「……まあ、見てのとおりなんだが……議長」



 ポルナレフがさすがに驚愕を顔に浮かべる男に目を向け、



「スタンド使いがいたぜ」

 そう報告した。タリアにもカガリにも、議長を除いた誰もがその意味を理解できなかったが、議長は大いに納得したらしく、重々しく頷いた。

「倒したのかね?」

「俺を誰だと思っているんで? けどまあ、こんな様だから、もうこれ以上は戦えねえよ。いったん、帰艦する許可をもらいたい」



 タリアは意味がわからなかったが、このまま放置しているわけにもいかないと、許可を出した。そしてポルナレフとの通信がいったん途切れると、議長の顔を見て、



「議長、オーブ代表、ポルナレフが帰艦したら、彼と共にボルテールにお移りいただけますか? ミネルバはこれより、大気圏に突入しながら艦首砲によってユニウスセブンの破砕を行いたいと思います」




 その言葉にクルー達がどよめくが、タリアは毅然としていた。





「タリア、しかし……」

「私はこれでも運の強い女です。お任せください」

「……わかった。ポルナレフも早くよい医者に見せねばならない。残念だが、ミネルバの医療設備だけではあれの治療は無理だろう」



 議長のその言葉に、タリアは顔を曇らせる。

 ポルナレフのあの怪我、おそらく、あれはもう治るまい。

 何があったのか知らないが、切断面が潰れていて、よほど設備が整っていなければつなげられまい。

 腕をつなげられるような設備のある場所へ行くには、時間がかかりすぎる。

 だが議長はそんなタリアの考えを読み取ったように微笑み、



「心配ない。私には『当て』がある」

 不思議なほど自信たっぷりに言う議長に、タリアは首を傾げかけたが、異論を唱えはしなかった。

 タリアはこれからの作業に向けて、指示を出す。

 議長はカガリに手を差し出し、ボルテールへエスコートしようとたが、カガリは静かに首を振った。



「私は残る……アスランを待たなくてはいけないし……それに、『彼』ともう一度会わなければいけないから」



 そう言う彼女の意志がダイヤモンドのように砕けないことを察し、デュランダルはそれ以上の説得はせず、ただ無事を祈る言葉を口にした。













ジャン・ピエール・ポルナレフ『銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)』……左腕切断により戦線離脱、帰艦。再起『可能』?





グレーフライ『灰の塔(タワー・オブ・グレー)』……舌以外を切り刻まれて死亡、再起不能(リタイア)





ユニウスセブン破砕作業……続行










TO BE CONTINUED