KtKs◆SEED―BIZARRE_第36話

Last-modified: 2009-10-28 (水) 14:35:50

 『PHASE 36:アスラン・ザラの世界』

 
 

 カガリが掘り起こされた記録の世界で、父の記録と対峙していた頃、地上では二人の男の対決もまた行われていた。それも二組も。

 

「おおおおおおおおおッ!!」
「あああああああああッ!!」

 

 キラとアスラン。フリーダムとセイバー。その戦いは、肉眼でおいそれとは確認できぬ速度で繰り広げられ、瞬間的には音速を超えたときさえあった。
 その鬼気迫る戦闘は野獣と比べてもなお、野蛮にして獰猛。しかしそこに使われる技術は細緻にして卓越。そして常軌を逸する速度と力と激しさで戦いながら、まだどちらも致命的なダメージを負っていないという事実。
 何もかもが異常。この世界において最高峰のMSパイロットが雌雄を決するという状況も、そのパイロット同士が親友であるという内情も含めて、何もかもが。
 彼らの間に入り込めるものはいなかった。入り込むに相応しい縁と力を持ちえぬ者には、決闘の片手間に一掃される。
 ここはもはや、彼らの世界。

 

「どうした……その程度の攻撃で、届くものかぁぁぁ!!」
 キラのビーム砲の軌道を見切って、MA形態に変形することで避けたアスランは、MS形態を上回る高速移動能力を利用し、フリーダムの背後にまわろうとする。
「舐めるなアスラン!!」
 しかしすぐさま反応したキラは、牽制のためにビームを放つ。セイバーは後ろを取れずに、退避した。
「強く、鋭く、隙も無い。さすがといったところか……だがな……『怖く』はない!」
「何をっ!」
 セイバーが再びMS形態に戻り、ビームサーベルを抜く。
「あの日、ミリアリアの仲介で会った時のお前は、まだ自分の意志があった。覚悟を履き違えた部分はあっても、やることは自分で決めていたはずだ。だが、今のお前にはそれさえない……。空っぽだ。攻撃を通して、それがわかる!」
 SEEDの感知能力ゆえか、研ぎ澄まされた戦士の勘ゆえか、アスランは、キラの内面を見抜いていた。
「何があったキラ……何がお前を、そんなふうにしてしまったんだ」
「……うるさい!!」
 キラもまた、ビームサーベルを構えた。
「話してもらう……絶対に」
 2機は共に、光の刃を携えて睨みあう。さきほどまで嵐のように激しく動いていた両機が、今はさざ波一つ立たぬ湖面のように、静止していた。

 

(しかし……このままではまずいな)
 心滾りながらも、冷静なアスランの頭脳は、自らの不利を悟っていた。力量は互角であるが、機体の性能差が違う。原子炉を搭載し、セイバーよりも遥かに長時間動くことができるフリーダム相手に、このまま戦い続ければいずれこちらが先に力尽きる。
「時間との勝負か……厳しいな。だが……」
 それでもアスランの胸中に、焦りはなかった。
「それが『いい』。厳しい道……そこにきっと、答えがある」

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 そしてもう一組の決闘。ポルナレフとストレイツォの戦いは、一進一退のまま戦況は硬直していた。
 ポルナレフが斬ったとしても、よほど深くなければストレイツォの傷はすぐに塞がる。
 ストレイツォの放つ打撃や圧縮体液による攻撃も、感覚を研ぎ澄ませて回避、防御を行うポルナレフには届かなかった。
 どちらも決定打を与えられぬままに時は過ぎる。しかし、どちらが有利であるかといえば、いうまでもなくストレイツォに軍配が上がった。
 吸血鬼であるストレイツォのスタミナが人間より遥かに上である以上、このままの状態が続けば先に力尽きるのは確実にポルナレフの方だ。それだけでなく、必死で戦っているポルナレフに対し、ストレイツォはまだ余裕や遊びを残していた。
 偶然にも、キラとアスランの戦いと実に似た様相を示していた。
「そろそろ飽きてきたな……。このまま消耗戦になっては面白くない」
 ふと、ストレイツォが呟いた。訝しげにこちらを見るポルナレフに視線を返し、
「新しい出し物をお見せしよう」
 指を鳴らした。

 

「何をするっていうんだ?」
 ポルナレフは警戒を強め、敵が何をしてくるか静かに待つ。どこから攻撃が来ても対応できるように構えながら。
 ストレイツォが指を鳴らしてから、十秒余りが経過した頃、ポルナレフは寒気を覚えた。殺気に反応して背筋が寒くなるというやつではなく、物理的に周囲の気温が下がっていることを感じたのだ。
「………まさか!」
 そのときストレイツォが動いた。野獣もかくやというほどの俊敏な動きでポルナレフの前に立つと、緩やかに、握手を差し出すような動作で、右手をポルナレフに向けて伸ばした。
「ッ!!」
 しかしそのゆったりとした腕から、ポルナレフは恐怖の表情を浮かべて離れた。しかしその動きはさきほどまでより、ややぎこちなく、ストレイツォの腕を避けきれなかった。その指先がポルナレフの左肩にちょいとだけ触れた。
「ぐうおおっ!!」
 指先が触れた瞬間、ポルナレフの左半身は今までに感じたことのない感覚に囚われた。痛みではなくむしろ、神経が麻痺して何も感じられないというような、『無感覚』。
 ポルナレフはすぐに床を蹴り、ストレイツォから離れたが、ストレイツォの狙いは既に達成されていた。
 左腕を斬り落とされた断面から、さっきまで流れ出し、巻かれた布に滲んでいた鮮血は、いまや液体から固体となって傷口をふさいでいる。肩全体が塊、うっすらと白いものが浮いている。それは霜だった。
 ポルナレフの肉体は一瞬にして凍らされていたのだ。
「危なかったな。もう少し触れていたら、心臓まで凍っていたぞ?」
 ストレイツォの楽しそうな声が気に障る。感情的には怒りにまかせて攻撃に移りたかったが、ポルナレフの理性は短絡的な行動を戒めた。
「ふふ、かつて我が友ダイアーの命を奪った気化冷凍法……。それを今、私が使っているとは奇妙なものだが……中々に面白い」

 

『気化冷凍法』

 

 それはポルナレフが、戦友のジョセフ・ジョースターより伝え聞いた吸血鬼の能力の一つ。ジョセフ自身もその能力を直接目にしたことは無かったらしいが、師匠や戦友から吸血鬼との戦闘について学んだとき、教えられた、あのDIOが得意とした力。
 自分の肉体に宿る水分を一瞬にして気化させることで、体温を急激に下げ、触れた敵の肉体を凍らせる。ものの数秒で大の男の全身を凍らせることができるほどの威力だという。
 実際、周囲の気温さえも下がり、床にも霜がつき始めている。寒さのせいで筋肉が緊張し、動きがやや鈍くなっていることが実感できる。数値にすればコンマ1秒以下の遅れであるが、拮抗した状況では致命的だ。ポルナレフはひとまず相手と距離を取る。

 

「さて……この技の恐ろしさはもうわかったと思う。貴様はもはや、紙一重でかわすという真似はできん! 肉を切らせて骨を断つというような、傷を負うことを覚悟いた攻撃もできん! ちょっとでも触れさえすれば……私はお前を殺せるのだから」
 ストレイツォは、先端まで力強さに満ちた右人差し指を向ける。
「これでお前の戦術はますます限られた。お前に出来ることはもはや! 残されている全てのスタンドパワーを注ぎ込んで、一撃必殺を狙うしかないはず!」
 ポルナレフは思わず唾を飲み込む。確かに、このまま長期戦になっては勝てない。犠牲覚悟の攻撃も通用しない。それではもはや正面からあたるしかない。
(だが、こいつがわざわざそれを促すということは、俺と正面からやりあって勝てる自信があるということ……)
 実際、ポルナレフはストレイツォの戦闘力を認めている。たとえ、鎧を脱ぎ捨ててスピードアップしたシルバー・チャリオッツでも、勝ちを得られるかどうか。

 

「さあ……一騎打ちと行こうじゃないか……一瞬ですべては決まる。このストレイツォ……容赦せん!」

 

 ストレイツォの声を聞きながら、ポルナレフはこめかみに嫌な汗を流していた。
(承太郎じゃあねえが、マジでやれやれってぇ状況だぜこいつは。だが、退いちゃ勝機はつかめねえ……。前に出るしかねえ!)
 ポルナレフは覚悟を決めると、自らのスタンド、シルバー・チャリオッツを消した。
「む、なんの真似だ」
 ストレイツォが怪訝な声を出す。ここでスタンドを引っ込めるということは、真剣勝負の最中に武器を納めるのと同意義である。正しく自殺行為だ。
(いや待て……武器を納める……剣を納める?)
 ふと、ストレイツォにはポルナレフの狙いがおぼろげながら読めた気がした。
「……試してみるか」
 吸血鬼の双眸に力が込められ、圧縮体液が発射された。圧縮体液は正確無比にポルナレフの心臓へと直進し、
「!!」
 一閃された銀の輝きにより、斬り落とされた。その姿が見えたのは、まさに一瞬。圧縮体液を防いだ次の瞬間には、すでにそこにはいなくなっていた。
「なるほど……読めたぞ。それは話に聞く、『居合』というやつだな?」

 

『居合』

 

 東洋の果て、極東の国、日本において磨かれた、鞘の内の剣。抜く前に既に勝負はついているといわれた、伝説の妙技。
 『抜く』と『斬る』が一動作に収められているがため、すでに抜かれた状態の剣と互角以上の勝負ができる。更に、抜いたまま構えていると、刀の重みで疲れが生じるが、居合ではそれを防ぐこともできる。

 

「斬る直前までスタンドを抜かぬことでパワーを温存し、出したと同時に全力の攻撃を繰り出す。しかもスタンドが出るその時まで、こちらとしては、どの方向から斬りかかってくるかなど、スタンドの動きが予測できず、防御の構えがとれない……。
 相当な実力のスタンドであっても、その剣を完璧に避けることは難しかろう。その技であれば、再生も間に合わないほどの致命傷を、私に負わせることもできるかもしれぬ」

 

 この技は、かつてポルナレフが手足を失い、五体不満足な状態となった頃に磨いた技。その巧みさは、車椅子の姿勢から、最強クラスのスタンド使いであるディアボロに剣の切っ先を届かせたことでも証明できる。

 

 波紋の戦闘者としての修業を積んだストレイツォは、ポルナレフの技の見事さを称賛するとともに、その技の弱点も見つけていた。
(しかし、この技、抜いたと同時に斬ることを長所とした特性上、抜いた後はただの剣となる。1撃目で討つことができなければ、1撃目を強く放つがゆえに、素早く2撃目に移ることができず、隙のある時間が多くとられる。すなわち……)
 まず、空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)を放つ。気化冷凍法によって下がった空気で鈍くなったポルナレフの動きの程度は予想がつく。予想の範囲内なら、どう避けられても、肉体のどこかを撃ち抜くように撃つことができる。
 ポルナレフのとる道は、撃ち抜かれるか、スタンドではじき落とすかだ。撃ち抜かれればそれまで。そしてスタンドではじくのなら、攻撃をはじき、2撃目を放たれる前に拳を打ち込み、血肉を凍らせて砕き散らすまで。
(どちらにしても……このストレイツォに負けはない)
 歩み寄ってくる達人を、ストレイツォは待つ。ポルナレフが1撃目を放った後、2撃目を放つよりも先に攻撃が届く距離まで引き付ける。そう、およそ3メートルというところか。
 1歩、また1歩と、勝負の瞬間が近づいてくる。互いに互いの目を睨み、一寸もそらさない。
 殺気が物理的な事象を引き起こすのなら、この部屋はズタズタに引き裂かれていたことだろう。一般人ならばそこにいるだけで意識を失いそうになるほどの緊迫感が、大気に満ちる。
 そして、二人の間の距離が6メートルにまで縮まった時、
「…………らぁっ!!」
 ポルナレフの右腕が勢い強く振られた。剛速球を投げるかのようなフォームで放たれたのは、ボールではなく赤い液体だった。液体、すなわち自らの血液を散布したすぐ後、ポルナレフは床を蹴って走り出していた。
「むっ!?」
 広範囲にまき散らされたその液体を、ストレイツォはそのまま浴びた。避けなかったのは、血を避ける必要性が低かったことと、こちらに向かってくるポルナレフの方が注意すべき対象だったからだ。
 鮮血はストレイツォの胸、すなわちグッチョの顔にかかった。ポルナレフはスタンドの剣で頸動脈を斬り、大量の血を噴出させ、スタンドを見るグッチョへの目つぶしにしたのだ。
(だが、私のとる対応法では、今さらスタンドを見る必要はない!)

 

「RRRRRRRR(ルルルルルルルル)! 食らえ!」

 

 走りくる敵にストレイツォが吠える。その目に体液が集まり、銃口と同義となる小さな穴が開こうとしていた。
「空裂(スペースリパー)……」
 そしてついに、ポルナレフの足がストレイツォの待つ、3メートルの距離に届こうとしていた。
「眼刺驚(スティンギーアイズ)を!!」
 それは、ストレイツォの知るポルナレフの動きであれば、確実に仕留められる攻撃であった。
 たとえ左右のどちらに避けても、それぞれ逆方向にやや弧を描きながら飛ぶ弾丸は、体のどこかには確実にあたる。上に跳んでも高さが足りず撃ち落とされる。伏せたら失速してしまうため、立ち上がる前に再攻撃できる。そういう距離。そんな絶妙の距離の、

 

「!!………?……!?」

 

 はずだった。
(ど、どこへ!?)
 そのとき、ストレイツォの視界から、ポルナレフの姿は消え失せていた。霞のように忽然と、目の前にいたはずの男はいなくなり、圧縮体液の一閃は、虚空を貫いただけに終わった。
 混乱をきたしながらポルナレフの姿を探すが、見つからない。しかし床を見た時、そこに転がるものを見て、ストレイツォは悟った。ポルナレフの居場所を。
「上かッ!!」
 ストレイツォが見上げると、そこに歴戦の剣士の姿はあった。ポルナレフは、ストレイツォが予想しえぬ動きで、彼の目が届かぬほど高い空中に跳び上がっていたのだ。いかにしてそこまで高く、素早く跳び上がったか、それは床に転がる物体に答えがあった。

 

「貴様、自分の斬り落とされた腕をッ!」

 

 その物体とは、序盤でストレイツォに斬られたポルナレフの左腕。気化冷凍法の影響で硬く凍りついていた。

 

「『踏み台』にしたのか!!」

 

 そう、ポルナレフは転がっていた左腕を蹴り飛ばし、床と垂直に立たせ、そこに己の足を掛けて、それを踏み台にして高く跳び上がったのだ。ストレイツォが空裂眼刺驚を発射する瞬間、目に穴が空き、一瞬だけ目が見えなくなるそのときを狙って。
 グッチョへの目つぶしも、スタンドを見る目を封じるため以上に、視界全体を閉ざすため。すべての視覚が失われた瞬間に高く跳べば、あたかも突然消えたように見える。
 そして跳び上がったポルナレフは、山なりの軌道を描いて3メートルの距離を縮め、今、ストレイツォの立つ位置へと落下しながら、必殺の一撃を放つ。

 

「銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)!!」

 

 ストレイツォの首が、刎ねられた。

 

「ば、馬鹿な! そんな馬鹿な!」
 居合において最も重要なことは、速度ではない。相対する敵がいかな行動をとるのか、事前に読み、相手が攻撃する前にそれを悟り、こちらが剣を抜き放つ。そのためのタイミングや間合いを計るために、敵の動きと心を読むことが肝要なのだ。
 パワーで勝るキング・クリムゾンをして、一太刀を浴びせられたのも、ポルナレフがディアボロの動きを読んでいたからである。今回も、ポルナレフはストレイツォの狙いを読んでいた。
 だが今回、ポルナレフは更に先を行った。心を読むことの更に先にあるものとは、相手の心を支配すること。結果を予測するのでなく、結果を望むように生み出す。相手の行動を誘導し、己の望む動きをとらせる。これすなわち心法の奥儀である。
 ストレイツォの目を睨むことで相手に睨み返させ、こちらの上半身あたりに意識を集中させる。足元や、床に転がる左腕には欠片の注意も向けさせない。グッチョへの目つぶしも、真の狙いを悟らせない。
 そうすることで、ストレイツォの行動を支配し、正面からの策謀にはめたのだ。

 

「NUGAAAAAABAHHHHHHH(ヌガアアアアアアバアアアアアアアア)!!」

 

 叫ぶストレイツォの生首は、刎ねられた勢いで天井近くまで飛んでいく。上からストレイツォは、自分の首から下が、30を超えよう肉塊に、寸断された光景を見つけていた。
「せめてやすらかに眠りな、グッチョとやら」
 重い口調で静かに祈りを送るポルナレフの声が、ストレイツォにも聞こえた。脳を斬り砕かれたグッチョは、ついに屍生人(ゾンビ)としての生も絶たれ、自然なる死の眠りについたのだった。

 

「そしててめーもだ……くたばりな、ストレイツォ!!」

 

 哀しみの表情から一転、炎のような怒気を噴出し、ストレイツォを睨む。その苛烈なる殺気を受けて、ストレイツォは逆に冷静な心を取り戻していた。それは、かつてジョセフに敗れた時と同じような心境だった。
 善人ぶって罪を受け入れ、改心する気などはない。後悔も罪悪感も無縁のものだ。悪に身を染めて得た無敵の肉体は、確かな充実感を与えてくれた。けれど、もはや取り返しのつかない寂しさと共に、思うことがある。
(ジョセフやポルナレフのように生きられたら……また違った充実感を得られたのだろうか)
 叶わぬ夢を想いながら、重力に従って落下してくるストレイツォに、容赦なく断罪と復讐の剣は、放たれた。

 

「針串刺しの刑!!」

 

 一瞬だった。ストレイツォの頭は、一瞬にして無数の穴が開けられていた。美麗であった顔は見る影も無く、穴だらけで脆くなったためか、床に落下したと同時に、その衝撃で腐った果物のように砕け散った。最後に彼が何を思ったのかは、もはや誰にもわからない。
 床を汚す血と脳症と頭蓋骨の欠片を、冷たく見据えたポルナレフは無言のまま、胸中であの世にいる友人に、復讐が成し遂げられたことを告げるのだった。
(終わったよ……シェリー。ようやく……けど……)
 ポルナレフの意識がかすむ。視界がだんだんと白くなっていく。その症状は、右手の傷から流れ出る、血液の量に比例して重くなっていった。
(やべえな……また……サラに怒られちま……)
 プッツリと、ポルナレフの思考が途切れ、彼の体は糸の切れたマリオネットのように、力なく崩れ落ちた。

 
 

 ストレイツォ―死亡、再起不能(リタイア)
 グッチョ『サバイバー』―死亡、再起不能(リタイア)

 

 J.P.ポルナレフ『シルバー・チャリオッツ』―この後、駆け付けたスピードワゴンたちに救助されるが、重傷

 

   ―――――――――――――――――――――――――――

 

「なぜだ! なぜ墜ちない!!」
 キラ・ヤマトは叫びをあげる。歴戦の戦士を尽く灰塵とした砲撃も、光線さえも斬りさばく斬撃も、セイバーをとらえることはなかった。
「動き、速さ、とらえきれないものではない、はずなのにっ!」
 フリーダムのビームサーベルが突きを放つ。しかしその突きにあわせて放たれたセイバー側の突きにより、ビームサーベルの先端同士が噛み合い、火花がはじける。
「言ったはずだ……お前の攻撃には、お前の意志が込められていないと」
 フリーダムとセイバーは、互いに後方に下がり、距離をとる。
「嵐や雷と同じだ。パワーは凄まじいが、明確な方向性というものがない以上、攻撃を避け、防ぐことは、たやすいとは言わないが、不可能でもない」
「方向性? それならあるさ! 僕は皆と共に、戦争を終わらせて、平和を築く!」
 キラにはいまだに理解できなかった。なぜわかってくれないのか。なぜ自分の行動を否定するのか。自分は正しいことをしているはずだ。犯してしまった過ちを、二度と繰り返さぬために、なすべきことをなしているはずだ。それなのになぜ、と。
「この戦いも、そのために必要だというのか? 俺と戦うことも、必要だというのか?」
「当然だ! デュランダル議長が導く世界に陥らないために、オーブは、解放されなくちゃいけないんだ!」
「議長の世界とは、具体的になんだ? いや、そもそも……その理由はお前が考えた末に出した結論なのか?」
「………え?」
 キラの動きが一瞬止まる。それは常人では確認できないような僅かな鈍りだったが、アスランの目はそれを見逃さなかった。
「誰に吹き込まれた考えだ? なぜそれを諾々と受け止め、従うんだ。自分で自分の道を選ぶことを、なぜやめた!」
 たたみかけるアスランに、キラはさっきまでの明快な返事を出せなかった。
「それは……だって……僕が、僕が勝手なことをしたら……また、また……」
「……………」
 アスランは注意深く反応を見守る。固く閉じた心の壁の一部に、隙間が生まれたように思えた。

 

「また、犠牲が……バルトフェルドさんみたいに………っ!!」

 

「何? 今何と?」
「……!! もうっ! 嫌なんだぁぁぁぁぁっ!!」

 

 アスランが、自身も知る男の名を聞いて、思わず口にした途端、キラは自らが発した言葉に喰ってかかるかのように牙を剥いた。フリーダムが加速し、剣を振るう。
「ぬおおっ!!」
 その一撃は、今までのように洗練されたものではなかったが、圧倒的な激しさを通わせていた。
「もうっ! もう守れないのは! フレイもっ! バルトフェルドさんもっ! もう僕の手の届かないところで、好きな人が死ぬのはっ、嫌なんだぁぁぁ!!」
 叫びながら打ちかかるキラの猛攻に、さしものアスランも冷や汗を流す。さっきまでとは違う、滅茶苦茶で、乱れに乱れたものであるが、それは紛れもなく意志と激情の籠った攻撃であった。
「バルトフェルド……彼が、死んだのかっ!!」
 アスランは、ようやく親友がこうまで歪んでしまった理由を垣間見た。キラ・ヤマトという少年は、強いくせに弱く、繊細でいて頑固、一途を通り越して猪突猛進、思い悩み貯め込みやすく、それでいてこうと決めたら譲ることをしない。
 そんな彼が、元々弱り揺らいでいた精神状態の中、親しき人の死を前にすれば、変貌してしまうこともありえるだろう。
「そうか……それなら……!」
 アスランの目に、再び炎が燃える。今までまるで理解できなかった親友の現状が、少しだけ見えた。同時に、これから進むべき道も、僅かながらに見える気がする。
 アスランもバルトフェルドの死はショックだが、今は悲しむよりも戦うことが必要だ。

 

「行くぞ! キラ!!」

 

 アスランは操縦桿を強く握り、戦闘の第2幕目を開始した。

 
 

   ―――――――――――――――――――――――――――

 

 灼熱に燃え上がったままに、凍りついたような空気の中、アヴドゥルとイギー、そして背後にたたずむ謎の男は、微動だにせずにいた。しかし、永遠にそのままであるわけにはいかない。
 最初に動いたのは、謎の男であった。彼はコツリと音をたて、一歩を踏み出した。
「!!」
 その動きが、あまりに無造作に感じられたので、逆にアヴドゥルは戸惑い、攻撃をしかけられなかった。
「……安心しな。戦う気はない。信じる信じないは勝手だがな」
 男が言った。ナイフのように鋭く、よく通る声だった。しかし確かにその声にこちらに向けてくる殺意は感じられなかった。
(……確かににわかには信じがたいが………嘘とも思えん)
 男の足音から感じられる歩き方も、酷く隙だらけであった。今攻撃すれば確実に葬れることが理解できた。
(凄まじい心臓の持ち主だな……。私が攻撃しない保証などないというのに)

 

 男がアヴドゥルの左横を通り過ぎた。そこでアヴドゥルは初めて彼の姿を見ることができた。スマートな体型をしたスーツ姿の若い男。髪はきっちりとなでつけて、後頭部で編みこんでいる。整った顔立ちには冷徹さと共に、獣じみた狂気が漂っているように思えた。

 

「君は、何者だ……?」
 その問いに、男は少し首を曲げてアヴドゥルの顔を見る。やや間を置いて、答えは返ってきた。やや苛立ったような顔つきで、焦げたペッシを指さし、
「そこのマンモーニ(ママっ子)のお守りさ」
「何……?」
 男はペッシの傍らまで近付き、脈を確認する。
「どうやらちょいと火傷しただけみてえだな。ったく十分手加減されてるじゃねえか……! この程度で意識失うなんざ、まだまだ半人前だな。この腑抜けが!」
 親や教師が見せるような、親愛を孕んだ怒りを見せる男に、アヴドゥルは再度質問した。
「その男の仲間ならば……やはり、私の敵ということになるんじゃあないかな?」
「普通ならそうだろうが、今回は別に『敵』がいてな……」
 状況が思っていたよりも複雑そうなことを感じ取り、アヴドゥルは今この場で説明を聞くことをやめた。
「まあ敵でないというのなら……この場は黙って行かせてもらうぞ。カガリが待っているだろうからな」
「そっちも問題はないはずだぜ……お嬢さん(シニョリーナ)には、俺の仲間が向かっているはずだからな」
 立ち上がり動きだすアヴドゥルを、男が呼び止めた。
「他にもいるのか? えー、と、君の仲間が」
「ああ、自己紹介がまだだったな」
 男はペッシをつま先でつつきながら名乗った。

 

「俺の名は『プロシュート』だ。そして、今このけったいな御殿にいるもう一人は……」

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 アヴドゥルがペッシを倒す以前、イギーがペッシを発見した頃に、時間は遡る。
 カガリはドナテロ・ヴェルサスに捕らえられていた。
「さて……あの犬が加勢にいったとなると、ペッシの勝ちも怪しくなってくる。さっさとてめえを連れておさらばといこうか?」
 ヴェルサスの手が、カガリの胸倉を掴み上げた。
「その前に意識を失わせておいた方がいいな。また逃げられたらまずい」
 嗜虐的な笑みを浮かべ、胸倉を掴むのと逆の方の腕を振り上げる。以前、エンポリオを気絶させたときの要領で当て身をくらわせることにした。
「くっ……!」
 すでに全力を出し切り、傷ついた体は反撃を行える状態ではない。ただカガリはそれでも、最後まで目をそらさず、敵を睨みつけることはやめようとしないでいた。
「……ちっ、どこまでも生意気なメスガキがッ!」
 ヴェルサスの手がしなりをきかせて放たれようとした時、

 

 バズンッ

 

「な……」
「……あ?」
 その手が、はじけた。ヴェルサスの手の皮膚が裂けて、鮮血が飛び散る。二人は共に一瞬状況をつかめず、間の抜けた声をあげた。先に状況を悟ったのは、ヴェルサスの方だった。

 

「っ! ぐっ、ぐおおお!?」
 カガリをつかんでいた手を放し、傷ついた手の手首を抑える。血と肉の隙間から、鈍く輝くメスが何本も生えていた。外から手に突き刺さったのではなく、内側から突き破っていたのだ。
「な、なんだッ! これはッ!?」
 手を押さえて喚くヴェルサスを、カガリは驚愕の目で見ていた。何が起こったかわからないがゆえの驚愕ではなく、何が起こったか理解したがゆえの驚愕であった。
 それは、まだ懐かしいとは言えぬ近い記憶。ユウナとウェザーにも重傷を負わせた、あの恐るべき敵との遭遇。カガリにとって最初の、スタンドという異常な存在との邂逅。今それが、再び行われていた。
「これは! まさかあの時の!」
「……その通り」
 どこからともなく、男の声が聞こえた。ひっそりと不気味に、しかし芯には鉄が仕込まれているかのように強い声が。
「久しぶり……というべきかな。カガリ・ユラ・アスハ。そして……ようやく会えたな。ドナテロ・ヴェルサス!」
 声がひときわ強く放たれたとき、ヴェルサスのズボンが引き裂かれ、大量の出血をともなって、左の脛の中から一振りのナイフが飛び出した。
「ぎ! ぐああああああああああ!!」
 倒れこんで絶叫するヴェルサスに、声の主は姿を見せることも無く、苦痛にもがく姿を見つめていた。カガリはかつて自らも味わった、『体内から金属が湧き出てくる現象』と、周囲の空間に満ちる冷たい殺気に恐怖を覚えていた。
 正直、ヴェルサスに掴み上げられていた時よりもよほど怖い。
(プロの殺気というものか……慣れないな。さすがにこれは……)
 かつて1度さらされたその殺気。感情を感じさせず、雑草を引き抜くかのように冷徹に命を奪えるその相手に、カガリは今日最大の恐怖を抱いていた。

 

「くっそ……こ、こんなとこで死ぬわけには、いかん!!」

 

 ヴェルサスがそう叫んだと同時に、周囲の光景がまったく変貌した。テレビのチャンネルが移り変わるかのように突然、コンピュータの並ぶオフィスは消えて、薄暗い大きな縦穴の底が現れた。

 

「……ここは?」
 カガリが見回すと、その穴は円形で、直径は10メートルはないと思われた。深さは3メートル程度で、上を見上げると見覚えのある、蛍光灯の輝く天井が見えた。
(元の総司令部……戻ったのか)
 しかしその穴の底にヴェルサスはいなかった。縦穴の壁に小さな横穴がある。そこから逃げたのだろう。
「……アヴドゥル、イギー!」
「カガリ……無事のようだな」
 しかし彼女にとって、より重要な者たちはちゃんとそこにいた。無骨ながら頼れる護衛たちは、傷だらけではあるが五体満足に立っている。しかし、その一人と一匹のすぐ隣にいる二人の姿に、カガリは眉をひそめる。
「その二人は?」
「ああ……安心していい……かどうかわからんが、当面の敵ではないようだ」
 アヴドゥルはそう言うが、気絶して倒れているらしい男と、不機嫌そうに腕組みし、壁にもたれている男――カガリにはどちらも堅気には見えなかった。
「うーむ……と、そうだ! まだ総司令部は占拠されたままだったんじゃないか!!」
 攫われる前の状況を思い出し、慌てて顔をあげるカガリだったが、彼女に返ってきたのは、
「あ! カガリぃ! 戻ったんだね!」
 ユウナの明るい声だった。
「……ユウナ?」
 穴を覗き込むユウナの顔が見えた。その表情から銃を突き付けられている恐怖感なぞ、微塵も感じられない。
「わ、私はこのとおり無事だが……そっちはどうなったんだ?」
「あー、なんと説明したらいいか。とりあえず……この御仁を紹介するよ」
 ユウナの横から、別の男が顔を出した。見知らぬ顔だった。軍人でも政治家でもクーデターの一員でもなさそうだ。
「誰だ?」
 警戒しながら、その男を観察する。
 逆三角形気味の輪郭をした、尖った顎をした痩せ気味の男。黒い長髪を、幾房かに分けて結んでいる。胸を張って立ち、こちらを見下ろしてくる目つきが、少々むかつきを感じさせた。
(他人を見下ろすことに慣れている感じだ……逆にいえば、そういった行為に慣れるだけの力があるとも言えるが)
 むかつきはしたが、虎の威を借るタイプにも見えない。自分に強い自信を持っていることが感じられた。更には、ユウナを除く、その場にいるオーブ軍人たちの表情は確かにこの男への恐怖を浮かべている。
 何かをしたのだ。屈強なる軍人たちが、恐れ慄くような何かを。おそらく、どこにも銃を突き付ける反逆者たちがいなくなっていることに関係しているのだろう。

 

(……やばい奴かもしれないな。一体こいつらは……)
「彼らは敵ではない……俺が、今はお前の敵ではないのと同じようにな」

 

 カガリのすぐ背後で、声がした。

 

「ッ!!」

 

 慌てて振り向くカガリの目に、奇妙な男の姿が飛び込んできた。
 歳は20代後半。黒い帽子に黒いコート、横じま模様の長ズボン。コートの下は裸で、筋肉質な素肌が見える。整った顔立ちではあるが、目つきはどこか異様なものを感じさせた。闇を煮詰めたような暗い眼差しを感じさせた。
「こうして顔を見せるのは初めてだな……俺の名は『リゾット・ネエロ』」
 リゾットは淡々と、感情を見せることなく、かつて殺そうとした相手に名を教えた。
「そこの二人は……立っているのがプロシュート、倒れているのがペッシ。そして上にいる男は……そちらの始末はついたのか?」
 最後の声は、穴の上にいる男に向けられたものだった。

 

「ああ。クーデターを起こそうとしていた奴らは、まとめて『あっち側』に行ってもらったよ」
 男は右手をくいと動かす。その手の中には眩しく光るものがあった。
「……鏡?」
 手のひらと同サイズの、一枚の鏡が、光を反射していた。

 

「……彼の名は『イルーゾォ』。通称、『鏡のイルーゾォ』だ。この総司令部を占拠している者を排除するように、命令しておいた。もう一人仲間がいるが、今ここにはいない」
 紹介を聞きながら、カガリはいまだに変わらぬ恐怖を感じていた。リゾットから発せられる威圧感は、まったく変わっていなかった。
「……これで少しは、以前にあんたを傷つけ殺そうとした、償いになっただろうか」
「………何が目的だ? 暗殺者のお前が、何を求める?」
 彼らが人道的な優しさで、自分たちを助けるわけがないと確信し、カガリは恐怖の源泉と真っ向から対峙した。そんなカガリの姿勢に少し感心した様子を見せながら、リゾットは申し出た。

 

「手を組みたい。利害は一致しているはずだ……お前がさきほどの男、ドナテロ・ヴェルサスの敵であるならば……」

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 時間はポルナレフの決闘が終わって、十数分程度経過した後。あるいはヴェルサスが逃亡をはかる数分前。場所はポルナレフとストレイツォが決闘した広間。広間の片隅には、ストレイツォの死体が遺体袋(ボディバッグ)に入れられて、ひとまずそのまま置かれていた。
 無人となったそこで、一つの動きがあった。
 ポルナレフとストレイツォ、二人が戦いの中で流し、いまだに固まりきってはいない血の池に波がたち、血の池の中央に、異物が発生した。
 その異物は血の池から躍り出ると、床を這いずり、ボディバッグまでたどり着いた。そして有無を言わさず鋭い牙で、袋を噛み裂き、中のストレイツォの死体にも牙を立てた。まだストレイツォの内部に残っていた血が噴出し、床を濡らす。
 次の瞬間、異物はストレイツォを咥えたまま姿を消し、その広間のどこにも存在しなくなった。ストレイツォの遺体と共に。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 
 

「ハアッ、ハアッ、くそが……!」

 

 一応の止血をしたものの、激痛の響く傷を恨みながらも、ヴェルサスは自動車に乗り込み、上手い具合に逃走を行っていた。自動車はそこらに駐車してあったものを盗んだ。鍵は大地から掘り起こして作ればよかったので、調達はわけのないことだった。
 その車で、オーブの内通者が潜水艦を用意してある、海岸のポイントに向かっていた。助手席には、いまだに気絶したままのセッコが乗せられている。
 セッコも連れて逃げたのは、無論、情あってのことではなく、まだまだ利用価値があるからである。高い戦闘力、応用の効くスタンド能力、扱いやすいオツムの程度、どれをとってもここで捨てるには惜しい駒であると判断したまでである。
「しかし……このまま帰るというのもな……。任務は完全に失敗だ。手ぶらで帰ったら立場が悪くなる……」
 できればそれは避けたかったが、今さら名誉を挽回する手も思いつかなかった。
 カガリもさらってくればよかったかもしれないが、彼女の行動力からして、暴れられて連れ去るのにてこずる可能性が高い。そうなればその隙に、リゾットに惨殺されてしまっていたことだろう。
「まあそれはもう仕方ないとして……あいつにも連絡をとっとかにゃあな」
 ポケットから通信機を出す。それにはセッコでもペッシでも、ストレイツォでもない相手からの、連絡が入るはずであった。『そいつ』には戦闘以外の行為をしてもらうために、アークエンジェル側にも内密に、潜り込ませておいたのだ。
 とはいえ、今は悠長に待っていられず、間に合わなければ自分だけでも国を脱出するしかない。
「む………?」
 だがふと窓から外を目にしたヴェルサスは、どうも『そいつ』を待たざるを得ない状況になりそうだと、嫌そうに顔を引きつらせた。通信機を操作し、
「……あー、おい聞こえるか? そっちの仕事は終わった? 丁度いい。ちょいと指定の地点まで取り急ぎ来てほしい」

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 幾度もの衝突、度重なる激突。永遠に続くかのような錯覚に陥るまでに互角の攻防は、しかし終局に近づきつつあった。互いに技量のすべてを出し尽くし、見せ尽くした果てに、今こそ終幕が訪れようとしていた。
(次だな……次で最後だ。次の攻撃を最後に、もはやセイバーは全力の攻撃を繰り出せるようなエネルギーはなくなる)
 アスランは正確に己の機体の限界を見定めた。
(やるしか……ないじゃないか!)
 双眸に燃える黒い炎が、よりいっそう激しく燃え盛る。

 

 漆黒の炎。漆黒の殺意。
 強敵から学んだ、戦いの極意。

 

「行くぞ……最後の勝負だッ! キラ!!」

 

 セイバーが身を翻し、バーニアを全開にして突進をしかける。

 

「ああぁああああああッ!! アスラァァァァン!!」

 

 対するキラは獣の雄叫びのように名を呼び、セイバーの動きに応じて、弾丸のように真っ直ぐ突っ込んできた。

 

 共に機体の速度の限界値まで引き出しており、並みの腕なら正面衝突して双方爆死していることだろう。しかしこの二人はどちらも、この尋常ならざる速度あろうと精密極まる動作を可能とする、化け物である。
 まずキラの攻撃は、これが戦いでなく舞踏か何かであれば、紛れもなく全世界の人間から賛辞と拍手が与えられたと言い切れる、芸術的なまでの動きを見せた。
 今までの人生で、最速速度にして最良技術の一撃を繰り出した。宙に投げられたコインも射抜くような、正確無比な一突きを放った。

 

 対するアスランは、いまだにいかなる攻撃を放つか。はたまたキラの攻撃を防ぐか。それさえも決めてはいなかった。キラの攻撃が到達するまで、もはや1秒あるかないかだというのに、アスランは取るべき行動さえ、胸中に見出していなかった。
 それでいて恐怖はない。確信があったからだ。
 必ず見えるという、確信が。

 

(見るべきはキラの動きではない。戦場の様相でも、味方の動向でもない。見据えるべきはただ自分のみ……自分の、俺だけの道……!!)

 

 漆黒の殺意とは、敵に向ける殺意にあらず。自分自身に向けるもの。
 自らの恐怖を殺し尽くし、自らの弱さを黒い炎で燃やし尽くし、死と隣り合わせの厳しい道を進む覚悟を据える。
 死中の中の活路。暗黒の中に輝く光の道。それは自らを撃ち殺した果てに、ようやく見えるものだ。

 

『ボグォウウウウウゥゥゥッ!!』

 

 黒い炎が燃え上がる音が聞こえたような気がした。そして同時に……ついにアスランには『それ』がはっきりと見えた。
 キラの繰り出す必殺の攻撃の軌跡が、光の帯となって繰り出される前に理解できる。
 進むべき方向が、自分の立つべき位置が、手に取るように汲み取れる。シンとの模擬戦のときなどと比べ物にならぬくらいはっきりと。

 

(………リンゴォ。これが、そうなのか? これが『男の世界』……いや)
(この俺の世界……)
(アスラン・ザラの世界……!!)

 

 ゆえに彼は、世界の示すがままに動いた。進むべき方向に、立つべき位置に。
 そしてその結果もまた、アスランは最初からはっきりとわかっていた。

 

 瞬間、破壊音が耳に届いた。MSの外壁が傷つく音。内部深くまで抉り込まれ、後ろ側に突き抜けた音。

 

「あ……ああ……な、なんで………」
 弱々しい、キラの泣くような声が胸に痛い。
「なんで……なんで……」
 自分は酷いことをしているという自覚は、無論のことアスランにもあった。もし立場が逆なら本当にたまらないだろう。
「こんな……っ」
 だがそれでもこうしなければいけなかった。アスランは、こうする他なかった。キラは、このようになってもやはり一番大事な親友だから。

 

「なんでっ! よけなかったんだ! アスラン!!」

 

 フリーダムのビームサーベルに、胸を刺し貫かれたセイバーの中で、アスランはキラの涙混じりの声を聞いていた。

 

「気分は……どうだ? キラ」
 アスランは落ち着いた、ゆっくりとした口調で問いかけた。およそぎりぎりで死を免れた人間の台詞とは思えない調子だった。
 あとほんの少し、サーベルが刺さる位置がずれていたら、コクピットを綺麗に貫かれ、座席に座るアスランは一瞬で焼き尽くされて蒸発していただろう。いや、今からでもキラが少しビームサーベルを動かせば、その惨劇は実現する。
 そんな死の淵にあって、アスランはまったく恐怖も敵意も抱いてはいなかった。彼はそんな弱さなど、既に殺していたのだから。
「気分? 気分だって!? 君は死ぬところだったんだぞ!!」
「そして……お前は殺すところだったんだ」
 穏やかに優しく、母が子をあやすように紡がれた言葉は、キラの心臓に鋭く突き刺さった。キラの不安定な魂が、急速に『死』の手触りを実感した。虚ろな魂に『本物』が投入され、閉ざされた心をこじ開けていく。
「う……ああ………」
「恐怖が、罪の意識が、蘇ってきたか?」
 キラの体が激しく震える。抑えの利かぬ両手で頭を抱え、唇をわななかせる。しかしその目には光が宿りつつあった。彼はようやく、今まで見ていなかったものを、見たくなかったものを、見ようとしていた。
「それでいい……覚悟とは弱さを超えることであって、消し去ることではない……。俺はそう教わった」
 もしもアスランがキラの隣にいたら、頭を撫でていただろう。それほどアスランは優しく、キラは痛々しかった。
「ぼく、は………ぼく……きみを、ころ、ころし…………」
「死んでいない。俺は。まだ、お前は戻ってこれる。人間に戻れる」
 キラの両目から涙が溢れる。フリーダムのサーベルから光が消えて、無防備のまま空に浮くだけになる。彼はバルトフェルドが死んだときに失った自分自身を、目の前の友の強さを見せつけられて、ようやく取り戻しつつあった。
「でもっ……でもっ………」
「確かにお前のやったことの取り返しはつかない……許さないと言うものも多いだろう。これから生きるのは、死ぬより辛いことかもしれない。けれど……」
 アスランは、キラが殺した者たち、キラに僚友を殺されたシンやポルナレフたちのことを想いながらも、己の我儘を口にした。
「それでもお前には生きていてほしいんだ……友達だから」
「アスッ……」

 

 ドズンッ

 

 烈光が、セイバーの脇腹を貫いた。

 
 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「……ラン?」

 

 キラの目の前で光に射抜かれ、爆発するセイバー。上半身と下半身が腹部から分断され、飛行能力を失い、重力に服従して落ちていく。
 アスランが座しているはずのセイバーの上半身部分が、丁度、真下にあったアパートらしい建物にぶつかる。建物が衝撃で破壊され、粉塵がもうもうと立ち昇った。倒壊した建物は、瓦礫によってセイバーを埋もれさせた。

 

「アスラン? アスラン!? 嘘だろう!? 嘘って言うんだアスラン!!」

 

 半狂乱になって通信をこころみるキラだが、その成果は一向に現れなかった。

 

 沈黙。痛いほどの沈黙。
 静寂。気が狂いそうになるほど静寂。
 アスランは答えない。息をとめたように、答えない。
 セイバーは動かない。死んだように、動かない。

 

(嘘だ)
 頭が真っ白になった、キラが最初に脳裏に浮かべた単語はそれだった。

 

(嘘だ)
(こんなことは嘘だ)
(こんなことがあっていいはずがない)
(彼のような人間に、こんなことがあっていいはずがない)
(認められない)
(認めたくない)
(もう見ていたくない)
(この場にいたくない)
(僕は、僕は、僕は僕は僕は―――――!?)

 

「ああ……あ……うわあああああああああ!!」

 

 絶叫した後のことを、キラは憶えていなかった。
 気がつけばアークエンジェルの格納庫に戻っており、涙を流し続けながら、どこにも焦点を合わせていない目で、『アスラン』という単語のみを、えんえんと呟き続けていた自分がいた。
 キラ・ヤマトが認識できたのはそれだけであった。そしてその後、自分をあれだけ想っていてくれた親友を、助けもせずに逃げたことに気付き―――死にたくなった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「命中したぜ……!」
 腰を下ろしたヴェルサスが、大地に手のひらを押しつけて呟いた。すぐ隣には、巨大な金属製の円筒が、穴を斜め上に向けてそびえている。
 それは彼が掘り起こした、一本のビームライフルであった。かつての大戦で行われた『オーブ解放作戦』において、数えきれないほど撃ち放たれ、破壊されたうちの一つだ。発射された光は、見事にセイバーを撃ち抜いた。

 

「これで……キラ・ヤマトはまたも救いを失った」

 

 窓から一対一でセイバーと戦うフリーダムを見たヴェルサスは、いつでもセイバーを破壊できるよう準備をしていた。見たところでは互角の戦況で、どちらが勝ってもおかしくはないと思えた。
 しかしヴェルサスにとって、キラがここで死んだり捕まったりするのはまずかった。そこで援護射撃をしようとしたのだが、その戦闘はさすがのヴェルサスも下手に介入できないほどハイレベルだった。
 最後の最後、フリーダムの剣がセイバーを貫いたときには、無事終わったと安堵した。しかしその後、フリーダムは止めをささずに貫いたままの体勢で静止していた。
 訝しんで、通信機で無線を傍受すると、どうやらヴェルサスにとって、キラが死ぬよりも望ましくないことが起こっているようだと、理解した。

 

「『戻れる』『生きていてほしい』『友達』……残念だなアスラン・ザラ。まだキラには頭を冷やされちゃあ困るんだ。それにしても……」

 

(このあまりにも都合のいいタイミング。ことをなすべき時になすべき場所にいて、なすべきとこに気付ける。これは……やはり、運命というやつかねぇ。神父よ……運命は俺を好いてくれている……そうじゃないか? ええ?)

 

 火を吹いて落ち、大地に墜落したセイバーを眺めながら、ヴェルサスは力無く笑う。傷ついているうえに、巨大なものを掘り起こしてスタンドパワーも使い切った。既にヴェルサスの気力も限界に来ていた。
「さて……そういうことで、あとは頼む。潜水艦のある海岸まで連れて行ってくれ」
 ヴェルサスは傍らにいる、『ストレイツォの遺体』を運んできた男に向かって依頼すると、意識を失って地面に身を投げ出した。
「人遣いが荒い……この件は報酬に上乗せしてもらわなきゃなんねーぜ」
 男は愚痴りながらストレイツォの遺体をトランクに、倒れたヴェルサスを後部座席に投げ込むと、言いつけのとおり、自動車を海岸に向けて発進させた。その振動で、助手席にいたセッコが目を覚ました。
「う……おっ……おお? こ、ここはどこだ? あん? てめー誰だ?」
 セッコは運転席に座る男に言う。彼はその男に見覚えはなかった。忘れているだけという可能性もあるが。
 美形ではあるが個性に乏しい、印象の薄い顔をしている。バンダナを額に巻き、髪を縛って七つの房にしている。長ズボンと袖のないシャツが上下一体となった、縦縞の服を着込み、肩には小さな球体を幾つも貼り付けた、プロテクターのようなものをはめていた。
「おめーと同じだ。後ろで寝てるヴェルサスに雇われている」
 男はセッコの方に首を向けることもなく言った。

 

「それと、名前はスクアーロだ」

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 砕け散ったビル。頑強な鉄筋入りのコンクリートも、落下速度をプラスされた金属の塊の重量には敵わなかった。
 燃え上がる炎。噴き上がる煙。人が住まうために作られた領域は、一転して、人が住むには最も相応しくない場所となった。

 

 そして、アスランはそこにいた。

 

(撃たれたのか……誰に? 周囲のMSからならわかったはず……角度からすれば、地上から? なぜ気付かなかった? まるで地の底から急に現れたかのように……)

 

 痛みは感じていなかった。火に炙られながら殆ど熱くもない。体も動かない。ただ圧迫感があること、外の風景が見えることから、どうやらコクピットは潰され、裂け目まで入っており、自分は体を挟み込まれているらしいと、アスランは判断する。

 

(これは抜け出せないな……キラはどうしただろうか?)

 

 今にも死にゆくという状況で、アスランが気にかけたのは親友のことであった。

 

(不甲斐ないな……結局あいつを助けられなかった。あと少しだったのに。あいつの心が目覚めるまで、あと少しだったのに。キラは、まだやり直すことができるんだ。ラクスもきっと……なのに……俺はしょせんこの程度か……)

 

 チラチラと揺れる炎ばかりが映っていた視界が徐々に暗くなっていく。

 

(くそ……死にたくない……覚悟はしていた……恐怖は無い……だが……俺はまだ何も……してやれていないのに……)

 

 キラ、カガリ、ラクス、シン、ユウナ、ポルナレフ、ミーア、デュランダル……数え上げるのに両手の指では到底足りぬ数の、親愛なる人々に、まだ何も。
 自然と涙が溢れる。情けない。悔しい。申し訳ない。だがもはや……

 

「しょうがねーなぁ……泣くことはねえぜぇ、お兄さん」

 

 聞き覚えのない声がして、頬に強い感触を与えられたすぐ後に、アスランは意識を失った。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 一人の男が、倒壊した建築物より這い出てきた。煙に燻され、火に焙られ、随分と汚れているが、表情に危機感はなく、戦争に巻き込まれ、命からがら抜け出してきた一般市民というわけではなさそうだ。

 

「やれやれ……ようやく出られたか。救助に行って自分まで帰れなくなっちゃ、世界で3番目くらいの間抜けになるとこだったぜ」

 

 髪の毛を短く刈り込んだ、中肉中背の男。際立って美形でも醜悪でもないが、抜け目ない計算高さを感じさせる、印象的な男だ。
 男の名はホルマジオ。リゾットやプロシュートたちの仲間であり、リゾットが言っていた『今ここにいないもう一人』であった。
 隣に浮かんでいるのは、ロボットのような影。丸い頭、ガラス玉のような目。人差し指の先は鋭い刃物のような爪を備えていた。
 時折その爪を振るい、周囲の炎や瓦礫を切り裂き、男に被害が及ばぬようにしている。それは彼の『スタンド』。名は『リトル・フィート』。そしてその能力は―――

 

「ったく、しょうがねぇなぁ~。まあ火の海なんて状況は経験済みだし、ナランチャの奴とやりあったときに比べりゃ、この程度の火は屁みてえなもんだがよぉ~」

 

 男がぼやきながら自分の手のひらを見る。手のひらの上には、小さな人の形をしたものが乗っていた。大きさは10センチ足らず。普通は人形であると考えるだろう。
 しかし、その人の形をしたものには、体温があった。脈拍があった。呼吸があった。怪我の痛み顔をしかめ、時折震えている。『それ』は生きているのだ。
 そしてそれこそは、まさにアスラン・ザラその人に相違なかった。その右頬には、ほとんど目立たないものではあるが、小さな傷跡がついていた。墜落したときに受けたものではなく、もっと新しいものだ。

 

 能力『リトル・フィート』―――爪で傷つけた生物を、小さく縮める能力。

 

「プラント、オーブ、両国の重要人物であるアスラン・ザラ……雑誌やテレビでも見た面だし、間違いねえ……。交渉にはいいカードになる」

 

 彼の本来の任務は待機である。リゾットたちに何らかの問題が起こり、内側からは何もできないとき、外からの対処を行う。それが彼の役割だった。
 そのために、ホルマジオは自分の能力で自分の体を小さくし、見つからないように国防総省の屋上に隠れていた。戦場の動きを見守りつつ、連絡を待っていたのだ。
 その最中、双眼鏡を覗いていたホルマジオはセイバーの撃墜を発見した。彼は、ここでアスラン・ザラを助けられれば、各方面に恩を売れると考えた。リゾットに連絡して許可をとりつつ、用意していたオートバイを飛ばし、ここまでやってきたのだ。
 まだ他の救援は到着していない。まだ戦いが終わったわけではないのだから、手が回らないのも無理もない。それでもアークエンジェルは退く気配を見せている。終わりも間近だろう。
「ひとまず決着はつきそうだ。一安心ってとこか。………だからよォ~」
 ホルマジオは顔をしかめる。
「こんなところで死なないでくれよなぁ? 俺は恩を売るチャンスを逃したくはねェ~」

 

 その視線は、アスランの今にも途絶えてしまいそうな儚い息と、ある程度布を巻きつけても止まり切らない出血と、そして、潰れて失われた右足に注がれていた。

 
 

TO BE CONTINUED