もう少し、眠っていたい心地だが、カーテンから漏れる白い陽光が瞼を押し割ってくる。
今日のシフトはどうだったか?と考えて、寝ぼけた頭は案外にも早く答えをだした。
オフだ。
もう少しまどろんでいようかと思った矢先、自分を呼んだ少女の声に覚醒した。
「パパ―――」
駆け寄ってきたヴィヴィオはキラが起きたのを敏感に感じ取ったらしい。子供は気配に敏感というのは嘘ではないらしい。
飛びついてきたヴィヴィオを抱き上げながら身体を起こす。
「おはようございます、パパ」
「うん、おはよう、ヴィヴィオ」
微笑ましい光景だ。自分はいつもこういう生活を望んでいたのだと、改めて気付きキラはベットから降り、窓を開け放った。
冷たい空気が、寝ぼけた頭を覚ます。覚醒にあたり、ヴィヴィオが寒いかな?とかも思案し始め、ふと視界に映った女性の姿を認めて、伸ばした手を止めた。
なのはにフェイトとはやてだ。というか、彼女たちを見間違えるはずがないのだけれども…
「なに、あれ?」
だが、彼女らは手に大きな袋を抱えてロビーへと消えていった。
疑問に、キラは首を捻る。
なにか、祝い事でもあったかな?と窓を閉めてディスプレイを眺めること数秒、やはり検討はつかずキラは再び首を捻った。
日付は2月14日。日本発祥の文化。同じ地球でも南洋の島国で過ごしていたキラには知るはずもない、バレンタインという行事だった。
「で、ヴィヴィオは何を食べてるの?」
と、コンロにやかんをかけ、キラはヴィヴィオに向き直った。もきゅもきゅと小さな口を動かす動作は、あからさまに何かを食べている証だろう。
「キャラメル、おねえちゃんがヴィヴィオにって」
菓子のようだった。早朝から菓子を与えるとはどうかとも思うが、少女が幸せそうに食べる姿を見ると取り上げることもできそうに無い。フェイトに親ばかというけれど、案外自分もそうなのかもしれない。
いやぁ、自分のことは案外わかりませんよ?
まあ、その与えた人物も今は出張で本部の方に顔を出していて不在。
「でも、またなんで今日なんだろう?」
呟いて、自分の言ったことに思考の中に没頭していく。傍から観れば、器用なことである。
しかしまあ、応えはでないとわかっているので、そうそうに切り上げて朝食の準備へとかかるのだった。
「はやて、これ何?」
呟いたのは、紛れもなく本心だった。
差し出されるは、白い箱をリボンで丁寧にラッピングしたモノだ。
「なに、て今日はバレンタインやよ?」
「何それ?」
「あれ、キラ君知らんかったん?」
あっちゃーと頭を抱えるはやてにキラもまた首を傾げた。
はやてが言った言葉はキリスト教の聖職者に関する事柄だったような気もするが、やはりはっきりとはわからない。
「で、なに?」
鸚鵡返しのキラに、はやては顔を朱に染めてぶんぶんと手を振る。
…照れているらしい。
「あかんわぁ、始めから説明するなんて、やっぱり恥かしいなぁ」
半ば押し付けに近い形ではやてはキラにそれを渡して走り去ってしまった。
「?」
同じようなことが、なのはとフェイトにあったことをここに記す。
「で、エリオ君はわかる?」
キラとヴィヴィオの自室でエリオはチョコレートを齧っていた。勿論キラとヴィヴィオもである。
「地球の文化らしいですよ?女性が男性にお菓子を贈るとか、愛情表現みたいなものらしいです」
そう言う、エリオにキラは曖昧に頷く。
「博識だね」
「フェイトさんが言ってました。それに、二日くらい前から皆総出でキッチンに集まってましたから」
それを知らないのは、キラが任務で多次元に行っていたからか。
ふーん、とクッキーを齧る。
なかなか、面白い文化であるのは間違いないが、どうして菓子なのだろうか?それも何故か、圧倒的にチョコレートが多い。
「3月の14日に今度は貰った人がお返しをする、とも言ってました」
へぇ、と再び呟く。
オーブにはなかった風習だ、そういえばカガリもこの時期に張り切っていたのはこのせいだったのか?勿論だが、プラント育ちのラクスには知識はなく、キラと同じく首を傾げていたが。
カガリは何処でそんな情報を仕入れてきたのか、そこが一番のくだらないが謎だった。
来客を知らせるインターフォンにヴィヴィオが扉へと、走っていき、程なくしてキャロを連れて帰ってきた。
「キラさん、どうぞ」
差し出される包みは確実に菓子の類。ヴィヴィオも同じ包装のものを持っている辺り、今エリオに渡しているものとは違うのだろう。
ふむ、と頷く。
エリオはキャロと二言三言話すと、自分の菓子をまとめて退出して行った。
なるほど、エリオも小さくても男だということか。プレゼントを貰ったときの表情がなんとも初々しい。
エリオも退出してから少し後、ちょっと、調べてみた。
昔、結婚を禁止していたローマで、バレンタインという司祭が兵士達を結婚させたため、ついには皇帝の怒りを買い二月一四日に処刑。元々、バレンタインというのは故人を偲ぶ行事だったらしい。
これがどうして今の風習になったかは本人しか知る由もないが…
思い立って、キラははやてを訪ねた。
用件はこうである。
「余ったチョコレート、ない?」
彼女が目を見張ったのは当然の結果だった。
乗り継いだモノレールから徒歩で一時間、駆動車は生憎の雪で使えない。
雪が、白く街を彩っていた。朝の快晴は今やうそのようだ。
雪を踏みしめて海岸を歩く。
空模様は彼の心情を表しているかのごとく垂れ込めている。
目的地に着くと、キラとヴィヴィオは包みを廃屋のテーブルにそっと置いた。
置いて、目を閉じる。
実らない、愛情と故人を想う。
少年はポケットから三人の女性から貰ったチョコレートを口にする。
「――――甘いね」
届くことない、想い。できることなら伝えたかった気持ち。
でも、彼女を想っていた気持ちだけは嘘なんかじゃないから、少年は祈るように目を閉じて、そこを後にした。
墓なんて、立派なものはない。
もう少し、財産が溜まったら、この近くに家と一緒にお墓もちゃんと作ろうと思っているけど、それもまだ先のことか。
少年は少女を抱き上げる。
「ごめんね、もう少し、居たいけど、ゼストや中将のお墓参りも行かないといけないから」
少年はゆっくりと踵を返し、少女は腕の中で家屋に向って大きく手を振っていく。
二人の姿はもう、遠い。
少年は、静かに振り返り、少女と同時に口を開いた。
「またね」
そうして、視線を空に上げて
「―――フレイ」
何時の間にか、また雪が降り出していた。
二月の、もう春だというのに珍しいのに、でも今だけは確かに、彼女が応えてくれたような気がしていた。