LILAC SEED_第01話

Last-modified: 2008-01-18 (金) 16:35:38

LILAC SEED
PHASE01 翼なき天使

 
 
 

新暦75年5月18日

 
 

闇と霧と雨の葬送曲
波の奏でる静寂の中、海辺の帳を白銀の光が切り裂いた。

 

ひゅん、と飛来するそれはまさに閃光。粒子の光は予見されたように少年の身体を大きく弾き飛ばす。

 

腹部で炸裂する爆薬に少年は肋骨が砕ける音を聞いた。

 

撃墜に白い砂が巻き上がる。

 

間違いなく、目の前の己の悪夢に殺される。
喀血に息がつまる。呼吸ができなければ意識を繋げない。

 

「くそっ――」

 

明滅する意識を引き絞り、悪態などを一つ。
だん、と爆発が目の前で起こり、彼の目の前に転がる煤にまみれた金色の矮躯。
「ヴィヴィオ…」
殺される、間違いなど万に一つにあり得ない。
闇色の天幕に佇む、白銀の天帝。
苦痛と絶望に歯を噛み締める。これではまるでダメだ、これでは何も護れない。

 

「―――いつまで逃げ続ける気かね?」

 

酷く冷酷で、冷めた瞳で彼の悪夢はそう告げた。

 

「いつまでも…です」

 

血だらけの腕で少女を抱き寄せる。意識はないが、微かな呼吸。まだ生きている。

 

「やめたまえ、今の君では私を防ぐ手立てはない」

 

それでも、自らを鼓舞して立ち上がる。
膝は震え、思考はノイズに紛れ、意識は闇へと堕ちかける。

 

「それでも、あなたを認めるわけには行かない」

 

断じて否と、血まみれの少年は呟く。
圧倒的戦力差を前に、たった一つの小さな命を抱えて。

 

「―――君になにができる?」

 

何もできやしない、だけど何もしないまま終わるわけには行かない。
左手は少女を右手には楯を。
悪夢を前にすくむ足をねじ伏せ、彼は離脱のタイミングを計る。

 

世界が軋むようだ。

 

「君は必要な存在だ。私への指令は君とソレを確保すること」

 

ソレだ、と?
激高により、完全に彼の足が止まった。それを、究極たる彼の悪夢が逃すはずもない。
高速で迫る白銀の嵐、背後への跳躍での回避ですらも悪夢自体からは逃れることはできなかった。
目前に迫った死神に、少年が驚愕に目を見開く。
みしり、高密度の魔力刃が少年の腹部を強打。折れた肋骨が内臓に突き刺さる、ただでさえ薄い意識がフィードアウト。

 

「が、はっ」

 

臓腑が捻れ、胃の中がひっくり返る。
勝てない、どうあがいても勝てる気がしない。

 

不様に受け身も取れず落下する。
指先に至るまで神経が麻痺したのか、痛覚は幸か不幸か消え失せた。

 

「ヴィヴィオ…」

 

血の味を噛み絞めながら立ち上がる。
だが、その猶予すら与えず悪夢が歩を踏み出す。

 

「諦めたまえ、それが君の運命だったのだよ」

 

冗談、まだ負けては、いない。
この身が朽ち果てるまで、負けてなんかない。

 

少年は呟く。
小さく、それでもハッキリと混迷する視界の向うに。

 

「未来を作るのは、運命なんかじゃ、ない…」

 

―――瞬間、大気が咆哮した。
吹き荒れる魔力の蒼風が夜の闇を反転させる。悪夢も、影すらも赦さない光の世界に一瞬ためらう、だが逆を言えば一瞬しか躊躇しなかった。
独立する12基の砲台。光の檻を紡ぐ前に、少年は飛びすさる。
光が砂丘を穿ち、砂塵が舞い上がる。
だが、一つとして彼を捉えるモノはない、粉塵の向う距離にして一息で20メートル。
本来ならばありえない運動能力。いかに彼が優れた人材であろうとも、それなりの代価を払わねばならないその力。
それを、彼もまた一瞬なりとも躊躇しなかった。

 

「―――あ」

 

なにか、たいせつなものが壊れた。

 
 

「君はそうまでしても足掻き続ける、ははは最高だな」

 

聴覚がノイズを認知する。
味覚が断絶する。
嗅覚が死んだ。
視覚がひび割れた。
触覚は無いに等しい。

 

いやだ。
彼にあるのは、目の前の悪夢に対する恐怖ではない。
自己の損失、それが彼には恐ろしい。
いやだ。

 

温もり

 

孤独

 

絶望

 

希望

 

友情

 

親愛

 

結束

 

そうして、愛。

 

自己を形成する記憶が陥没する。

 

「あ―――ぁ――――」

 

迫る閃光を見えない視覚で認識する。
回らない舌を動かし、彼は必至の速度で沖を目指す。

 

「―――理屈は間違ってない、だけど僕は否定する」

 

「そうか、ならば君にはここで退場してもらう」

 

させない、この子の命も自分の命も、そして世界も決して滅びの道に導かすものか。
彼は壊れた意識で笑みをこぼす。
追い来る悪夢はもはや追いつけない速度まで彼は加速した。

 

「…必ず、あなたは討つ」

 

―――盛大な水音。
そうして、脱走した少年は少女とともに行方を眩ました。

 
 
 
 
 

基本骨子の欠陥。逐一修復。
主とのリンク欠損、認識不能。転生機能より新たな主を確認
管制人格としての機能破損、修復不可。
防衛プログラムの欠損。
バックアップシステムの破損および66項の消滅を確認。
融合機能、正常作動。

 

点検結果、システム再起動への所要時間、不明。
幸、蒐集能力に破損は見られない。

 

管理権を譲渡を確認。
以後所有権を八神はやてから■■■に――――

 
 
 
 
 
 

目が醒めた。
鳥のさえずりと静かな陽光。
酷く、長く眠りに付いていたようだった。

 

ゆっくりと目をあける。
白い天井、白いカーテン。
酷く違和感を覚える、日常の光景。

 

毎日のように見ていたはずなのに、どうして僕はこの世界が相応しくないのだろう、と思ってしまうのだろうか?

 

「―――どうして?」

 

目に止まったのはサイドテーブルに置かれた、銀の指輪。無論、そこにある以上彼の物なのだろうが、彼が思ったことは郷愁でもなんでもなく、ただ素朴な疑問だった。

 

「―――あ、目が醒めたんだ、どこか痛いところとかある?」

 

声を聞いて目を向けた。
白い肌、赤い髪。大輪の花のような笑顔を浮かべて彼女は僕にコップを渡した。
どこか酷い嫌悪と既視感に襲われる。

 

「名前とか教えてもらえると助かるんだけど、それとあの子は貴方の娘かな?」

 

ずきり、と意識が軋む。
恐怖に唇が震える、恐れていたことが本当になった。いや、そもそもなぜ僕はこれを恐れていたのだ。

 

「―――僕は、ダレだ?」

 

脱落感、喪失感。
白い世界が瓦解する。崩壊の現実と、逃避できない幻想の中、少年は一人瞠目した。

 
 
 
 

でも何故か、差し伸べられる少女の手が酷く、懐かしかった。

 
 
 
 

予告

 

失った名。それは平和への代償か。
それとも、崩壊の序曲なのか?
空虚な日常を望む本心、非日常を求める虚脱感。

 

次回
LILAC SEED
PHASE02日常の旋律